017 「魔法探偵」 南條竹則 集英社




 今回は私Kundryが、英文学者南條竹則の小説「魔法探偵」を取りあげます。

 南條竹則といえば、近頃は幻想文学、ミステリの本で、翻訳者としてしばしばお名前を拝見しますが、中華料理関連のエッセイや、トボけた味の小説も以前から書かれておりました。この小説はその中から選んだものです。

 この小説はひと言で言ってしまうと、ふとしたことから魔法杖を手に入れた自称詩人である主人公が探偵稼業を営むこととなって、舞い込む不思議な依頼を、幽霊である女の子、雪乃を助手にして解決してゆく、というstoryです。

 まず主人公の名前が鈴木大切、というのがトボけています。もちろんこれは、仏教学者である鈴木大拙のもじりですね。魔法杖というのは猿の手のミイラで、これはW・W・ジェイコブズの「猿の手」からとられたものでしょう。幽霊の雪乃を甦らせる反魂香は落語の「反魂香」、その雪乃が大家さんたちには骨(コツ)と見えて、お札を貼られるというのは三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」。このような仕掛けは随所にあるようで、私が気付いていないものもありそうです。

 依頼はといえば、果子狸(ハクビシン)をペットに連れている人を見たのは幻覚じゃないか確認して欲しいだの、豆腐の中に泥鰌が入っている料理「泥鰌地獄」はじっさいにあるのか確かめて欲しいだのといったもの。浅草花屋敷の近くにあったビルで魚雷戦ゲームがしたいという幽霊親子の依頼には、昭和30年代半ばに浅草花屋敷の近くに建てられ、昭和40年代には取り壊されてしまったビル「新世界」を、反魂香をもってこの世に甦らせてしまうという離れ業を見せます。

 この反魂香は、最終章においてさらに大物を―すなわち1970年の大阪万国博覧会の会場、新大阪まで行くための新幹線「ひかり」までも(時間が限られていますが)現出させてしまうのです。

 ここに至るまで、さすが英文学者、さまざまな詩人や文学者の名前が出てきますが、音楽もお好きとあって、登場人物が指揮者メンゲルベルクのベートーヴェンや、アンソニー・コリンズ指揮のシベリウス”悲しきワルツ”のSP盤を手廻し蓄音機で聴いている場面などがあります。シベリウスを聴いている場面では、英国の名指揮者ジョン・バルビローリへの言及があって―


 全体、バルビローリという指揮者は何を振っても感情がこもっていて、吾輩は誰よりも好きなのであるが、ことにシベリウスの演奏となると、彼の右に出るものは、まァいない。世に名指揮者はあまたいるが、シベリウスの音楽の魂に一番深く触れたのは、バルビローリだ。ビーチャムだって素晴らしいし、ムラヴィンスキーも、このコリンズのSPも悪くはないけれど・・・

 これが伏線というわけでもないのでしょうけれど、最終章においては、反魂香の力を借りてこの世に現出せしめた大阪万博会場で、探し出すことを依頼されていたペンダントを無事手に入れた主人公は、まだ時間があると、バルビローリとニュー・フィルハーモニア管弦楽団の来日公演を聴くために、大阪フェスティヴァル・ホールに向かいます。一曲目が終わったところで雪乃とともに席に着き―

 ・・・舞台に指揮者が―あのバルビローリがあらわれた。
 満場の拍手に迎えられたその人は、西洋人にしては小柄だった。オールバックにした髪の毛はすっかり白髪になっている。写真で見る、あのいかにもイタリア人的な容貌に、いくらか厳しい表情を浮かべていた。かれは指揮台に上がると、優雅な仕草でシャツのカフスを袖からたぐり出した。
 指揮棒が上がり、音楽がはじまった。

 そしてシベリウスの交響曲第5番を聴き、帰りの新幹線に乗ろうと急いでいると、なんとしたことか、ペンダントがない! 乗り遅れたら元の世界に戻れなくなる、もう探している時間もありません・・・。

「早く、早く!」
 雪乃が袖を引っぱる。だが、吾輩は無念さのあまり、太陽の塔をふりかえって立ち尽くしていた。


 そのとき、主人公は驚くべき人物から声をかけられ・・・。



Sir John Barbirolli


(Kundry)


引用文献・参考文献

「魔法探偵」 南條竹則 集英社

「泥鰌地獄と龍虎鳳」 南條竹則 ちくま文庫



Diskussion

Hoffmann:この著者による翻訳のものはいつか取りあげたいと思っていたんだ。

Kundry:すみません、先回りしちゃいました(笑)

Hoffmann:「泥鰌地獄」については、この著者自身も「泥鰌地獄の謎」というエッセイを書いているね。ちくま文庫から出ている「泥鰌地獄と龍虎鳳」という本に収録されているよ。

Klingsol:「鈴木大切」という名前からして笑わせてくれるね。

Parsifal:「鈴木大切」というのもさることながら、「猿の手」「反魂香」「泥鰌地獄」といったものが方々から借用されているのが・・・これはHoffmann君好みの小説じゃないか?

Hoffmann:1970年、大阪のフェスティヴァル・ホールでバルビローリのシベリウスを聴くというのがたまらないね。じつは、バルビローリは大阪万博のときにニュー・フィルハーモニア管弦楽団と来日する予定だったんだけど、来日を目前にして亡くなっているんだよ。つまり、来日公演は実現しなかったんだ。

Kundry:そうだったんですか!

Hoffmann:だから、これは幻に終わったバルビローリの来日公演を聴くという、我が国の音楽愛好家の夢をかなえてしまった小説なんだね。

Parsifal:バルビローリはHoffmann君も好きな指揮者だよね。

Kundry:シベリウスもお好きな作曲家でしたよね。ぜひ、バルビローリのシベリウスのdisc紹介をお願いします。

Hoffmann:引用箇所にビーチャム、ムラヴィンスキー、コリンズの名前もあるよね。バルビローリとコリンズはシベリウスの交響曲を全曲録音しているけれど、ビーチャムにはたしか5番の録音がないし、ムラヴィンスキーは7番だけだから・・・7番でやってみようか。

(追記)
 シベリウス交響曲第7番のdisc紹介のページ、upしました。(こちら