055 「オカルティズム 非理性のヨーロッパ」 大野英士 講談社選書メチエ




 「精神科医の悪魔祓い」の時にKlingsol君のお話にもありましたが、この本にはオカルティズムに関して、「実際には全く新しいものではない。それらの活動を主要な世界宗教は何千年も前から愚かなものとして糾弾してきたのだ」と書いてあり、著者の無知と不見識を露呈する結果となっていました。ところが、我が国のようなオカルトの研究後進国ではこの点について指摘する人はいなかった模様ですね。

 そこで今回は、オカルト、あるいはオカルティズムについての本を取り上げます。

 オカルティズムというのは、怪しげな降霊術やら呪術、悪魔憑きのことではありません。「オカルティズム」とは日本語に翻訳すれば「神秘主義」。哲学、化学、天文学、自然科学、社会学、そして宗教や政治学などすべてを包括するものです。ひと言で言えば、「世界をどう理解し、操作するか」という知的体系のこと。

 すなわちオカルティズムの歴史を語ろうとすれば、古くルネサンス期の神秘思想、フィチーノ、プラトン主義、占星術、グノーシス派とカバラ、魔術、そして近代に至ってスウェーデンボルグ、動物磁気、フリーメーソン陰謀論と反ユダヤ主義へと至る流れを俯瞰することになります。

 ルネサンス期には、コレスポンダンス理論が幅を利かせていて、宇宙や自然などのマクロコスモスと人間というミクロコスモスとの間には照応があると見なされていましたから、星界の運行法則や自然界の神秘法則を読み解くことによって、人間の病を治療することも可能だし、人間の運命も占うことができるとされていました。

 しかし古典主義時代になると、これを合理的に解釈する科学思想が生まれて、ルネッサンス魔術は衰退することになります。

 しかし、これをもってオカルティズムが雲散霧消したわけではなくて、18世紀に啓蒙主義の世界観が支配的になって、フランス革命を経て神が死んで以後、新たな近代オカルティズムが生まれます。

 著者によると、これは大きく左派オカルティズムと右派オカルティズムに分かれており、左派オカルティズムは、神が死んだ後を継ぐのが理性崇拝(ロベスピエール)、人類愛(コント)、女性・性愛崇拝(フロラ・トリスタン、フーリエ)とする考え方。一方、失われた神や王権の復興を望むカトリックや王党派の間で広まったのが右派オカルティズムで、その原動力となったのは19世紀後半にヨーロッパ各地に「出現」した聖母マリアでした。聖母マリア信仰は古代以来の大地母神崇拝や処女神崇拝といった民衆崇拝と結合して、ここからマリア派異端というべき右派オカルティズムが誕生します。これは後の反ユダヤ主義を導くことになります。

 また、近代におけるメスマーの動物磁気説やブラヴァツキー夫人の心霊術などは、電磁波の発見やモールス信号といった科学的な発明、発見により影響力を拡大して、フロイトの精神分析の誕生に至ります。

 つまり、合理的思考が強まれば対抗するようにオカルティズムも影響力を強めるという流れがあるんですね。これは現代においても同様なのです。


書影

 私がとくに感じているのは、宗教―なにも大量殺人目的でボツリヌス菌、炭疽菌を培養し、サリンやVXを製造したオウム真理教のようなカルト教団のことばかりではありません、キリスト教を含むすべての宗教が、オカルティズムを基本としており、また同時にオカルティズムがキリスト教をはじめとする宗教を形づくってきたことです。

 近代日本は特に新たな科学技術が発祥した地でもなく、ほとんどの技術・理論は輸入物であるのにもかかわらず、啓蒙主義一辺倒で「神」を棚上げしてしまって、科学者たちは非オカルトの旗印の下で(のみ)「研究」の亡者となっています。だから、我が国には科学と非科学という単純な二分法しか存在していないのです。これはあまり不思議なことではありません。2007年の調査結果で、北欧、西ヨーロッパ、東アジアでは国民の半数以上が神を信じないか、神の存在に懐疑的であるといわれます。そのなかで、我が国は神を信じない人口比率の多さで第5位だったそうです。つまり、そもそも信仰心がほとんどないのです。しかし、それでいて占いや悪魔憑きのような心霊現象、超自然にかかわるものは、ライトノベルやアニメ、ゲームなどに数多見られる。神を離れて、世界の真理を理解しようと求めたら、なぜかオカルティズムに分類されるような手段に走ってしまう・・・。

 じつは、キリスト教こそが、もっともオカルティズムを必要としているのです。なぜか。進化論(ダーウィニズム)や唯物主義によって、もはやキリスト教という宗教が、人々の知的・霊的生活を律する啓示宗教として成立できなくなってしまったからです。その証拠が、たとえば「死刑廃止」論です。そこに宗教的な意味合いが失われてしまっているから、死刑は廃止するべきではないか、という主張が出てくるのです。「近代」以降、「宗教」を存続させるには近代オカルティズムに頼るしかないのが現実なのです。

 だから、新興カルト宗教は判で押したようにオカルティズムを利用しているのです。かつてのオウム真理教をご覧なさい、オカルティズムの模倣・引用がじつに平々凡々たる低レベルで行われ、その実態が陳腐で幼稚なものであったにもかかわらず、多くの信者を獲得して、彼らは犯罪行為に加担したのです。そればかりか、多くの知識人、タレント、文化人が麻原彰晃をカリスマとして祭り上げていたではないですか(いまでは「なかったふり」をしていますけどね)。

 なぜ「幼稚で陳腐」なのに騙されたのか・・・違います、幼稚で陳腐だからこそ、人は簡単に騙されるのです。科学とか学問というものは、ちょっとやそっとの研究で真理に至ったり、解決できたりするものではありません。しかし、低レベルで陳腐なオカルティズムほど打てば響くように、簡単に答えが返ってくるのです。人は易きに流れる―オウム真理教の例でいえば、なにを尋ねても麻原彰晃が「それはこうだ」と答えてくれる。その意味では、現在のキリスト教を含む宗教が利用してるオカルティズムは、ヨーロッパで長い歴史を持つ「真の」オカルティズムとは似て非なるものです。

 神なき時代―現代において、それでも人類を万能だと信じさせてくれるもの、人々が求めているのはこれです。その手段―あまり使いたくないことばですが、パラダイムということばは、こういうときに便利ですね(笑)―のひとつに科学があります。科学の反対は非科学。オカルティズムを非科学に分類してしまえば話は早いのですが、この科学・非科学とは別に位置付けられるくらい、「オカルティズム」は巨大なテーマなのです。


(Parsifal)



引用文献・参考文献

「オカルティズム 非理性のヨーロッパ」 大野英士 講談社選書メチエ



Diskussion

Hoffmann:読みやすい本ではないけれど、貴重な入門書だね。

Parsifal:ひとつだけ惜しいのは、 この本で解説されているのは主としてフランスにおけるオカルティズムの歴史だということでね、他の国、地域に関してはほとんど触れられていない。

Klingsol:右派、左派というふたつの流れなんだけど、オカルティズムといえば一般には右派のimageが強かったな。ここではエリファス・レヴィが左派に位置付けられている。

Parsifal:メスマーの動物磁気が文学に与えた影響は有名だね。

Kundry:マリア信仰が結果的に反ユダヤ主義に至る流れは意外でした。ドイツではともかく、右派オカルティスト、原理主義カトリックから対独協力派のヴィシー政権などが形成されていったというのは、ちょっと驚きです。未知なるものを解明しようとする欲望が陰謀論につながるのはわかりますが・・・。