081 「リングワールド」 ラリイ・ニーヴン 小隅黎訳 ハヤカワ文庫




 「リングワールド」はラリイ・ニーヴンによるSF小説です。発表は1970年。ヒューゴー賞とネビュラ賞を受賞した有名な作品です。



Larry Niven

 storyは―

 2850年、ルイス・ウーは元冒険家で200歳。進歩した医療技術や細胞賦活剤(ブースタースパイス)のおかげで、肉体的には青年そのもの。彼のもとにパペッティア人ネサスがあらわれ、クジン人「獣への話し手(スピーカー・トゥ・アニマルズ)」、若い女性ティーラ・ブラウンとともに、ある恒星をリング状に取り囲む巨大な謎の人工構造物「リングワールド」へ旅立つ。

 リングワールドは幅が約100万マイル、直径がほぼ地球の公転軌道(周囲が約6億マイル)の人工のリング状で、内側は人間が居住可能となっている未知の天体。中心に恒星があり、リングワールドを回転させることで地球に近い人工重力を作り出している。リングの両縁には高さ1000マイルの壁があり、大気が漏れ出ないようになっている。リングの内側は地球の表面の約300万倍の広さがあり、推定30兆人が暮らしている。

 ネサスは、高度に進歩したテクノロジーを持つとともに、非常に臆病なことで知られるパペッティア人。

 「獣への話し手(スピーカー・トゥ・アニマルズ)」は、ネコに似た獰猛で肉食性の種族のクジン人。クジン人はかつて人類との戦争に敗れた種族。

 ティーラ・ブラウンは、若い人間の女性で、ネサスが選んだメンバー。彼女の役割は、物語がすすむにつれて明らかになる。

 探検隊の宇宙船「うそつき野郎号(ライイング・バスタード)」は、リングワールド上に墜落してしまい、彼らは宇宙に戻るための方法を探さねばならなくなる。彼らは、リングワールド上を旅しながら、奇妙な変化を遂げた生態系を目の当たりにし、さまざまな原始的な文明と接触する。そして、リングワールドの住民がテクノロジーを失うことになった原因を知ることになるが、誰が何のためにリングワールドを建設したのかは謎のままとなる。



リングワールド。これは公式ではなく、ファンの手によるもの。

 ・・・というもの。SFの設定によるなかなか壮大な冒険小説です。小道具的なものは多彩で、いくつか取り上げると、テレポーテーションを可能にする転移ボックス及び跳躍円盤(ステッピングディスク)。内部の時間を停滞状態にすることができるスレイヴァーの停滞(ステイシス)フィールド。群生全体で光を反射させ、集中させることで外敵を焼き殺すことが出来るひまわり花(ミラー・フラワー)等々。

 一方で、リングワールドの住民は優れたテクノロジーを失って久しく、いまやリングワールドの驚異は神のなせる業と考えており、司祭、狂信者の集団も登場するところ、現代社会にも見られる宗教的原理主義を風刺的に描いています。

 しかしなんといっても興味深いのは、リングワールドというアイディアそのものでしょう。小説の中では、その桁外れの巨大さや、地表面に立ったときに目に映る情景などをさまざまに描いています。これを訳者あとがきを参照しながら説明すると、まずリングワールド各部のサイズは―

 外壁の高さ 1,000マイル(1609.34km)
 床面の幅 997,000マイル(1,604,515.97km)
 半径(主星からの距離) 95,000,000マイル(152,887,680km)
 床面の厚み 50フィート(15.24m)

 縮尺を16,000,000分の1とすると、半径が9.5km、床面の幅約100m、外壁の高さは10cmとなります。これは山手線より一回り大きい環状七号線を真円にして、その道路に沿って高さ100m(ただし厚みは約1ミクロン)の塀を巡らし、その塀の上縁と下縁を10cm内側へ折り曲げたもの。その塀(床面)に立っている微生物が全体をどうやって見渡せるのか、考えてみて下さい。そしてこの巨大なリボンの中央に恒星があるわけです。

 まったくもって、途方もない構造物を考えたものですね。

 ただしこれにはヒントがあって、1960年にアメリカの物理学者フリーマン・ダイソンが提唱したダイソン球 Dyson sphere です。これは、恒星を卵の殻のように覆ってしまう仮説上の人工構造物で、高度に発展した宇宙文明は恒星の発する熱や光を効率的に活用するために、人工生物圏を建造している可能性があると考えたことから導き出されたもの。ラリイ・ニーヴンの「リングワールド」もこのダイソン球を円環状に薄く切り出したものと見ることができるわけです。ニーヴン自身、リングワールドのことを「ダイソン球と惑星との中間の形態」と考えていたようですね。


  
左はダイソン・リング。独立した人工天体群が公転軌道上に配置され恒星の周りを回っている。中央は複数のダイソン・リングが集まったダイソン・スウォーム。右は人工天体群を軌道上に配さないダイソン・バブル。

 さすがにこのリングワールドの魅力でしょう、本国でも我が国でも、熱烈なファンによって、さまざまな観点から考証が行われており、曰く、気温の問題については、床物質の性質上、光子に加えて中性微子(ニュートリノ)の熱平衡を考慮すべきであるとかいった議論があるようです。とくに、リングワールドが力学的に不安定であるという指摘は、作者自身が続篇で工学的な検討を加えて回答としています。

 また、登場人物のキャラクターがなかなか魅力的で、臆病なパペッティア人ネサスも、勇猛果敢な「獣への話し手(スピーカー・トゥ・アニマルズ)」も、「人間に似た」思考は期待できない存在で、それでもそれなりに意思疎通を図ることができて、ときにこれは友情の芽生えかな、なんて思わせられてしまうところ、そのあたりの匙加減は小説をおもしろく読ませるレベルで適切なものです。主人公のルイス・ウーが、ときに「空気を読」んで発言したり行動したりするところが「人間的」で微笑を誘われます。

 おもしろく読ませるといえば、宇宙船の名称「うそつき野郎号(ライイング・バスタード)」をはじめ、妙なスラングの多用など、原文はパロディックなもので、翻訳者の労を多とするべきものですね。

 その後、「リングワールド」の続篇が発表されています。すなわち、「リングワールドふたたび」、「リングワールドの玉座」、「リングワールドの子供たち」の3篇です。私はすべて読みましたが、やはり第一作をはじめて読んだときの面白さは格別のものがあります。未読の方はこれから愉しむことが出来るのですから、うらやましいですね(笑)


(Parsifal)


引用文献・参考文献

「リングワールド」 ラリイ・ニーヴン 小隅黎訳 ハヤカワ文庫



Diskussion

Parsifal:1970年なんて言うと、我々にとってはそれほど昔のことではないけれど、アポロ11号が1969年だからね。

Hoffmann:インターネットなんて影も形もない(笑)

Parsifal:説明は省略してしてしまったけれど、これは作者の未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉に含まれる一冊で、この小説の中で語られるエピソードは、ほかの小説でふれられているものもあるんだ。できれば、読んでおいた方がいいんだけどね。

Hoffmann:短篇集の「太陽系辺境空域」、「中性子星」(いずれもハヤカワ文庫)、そのほかにもいくつか読んでいる。「不完全な死体」、それに「パッチワーク・ガール」(いずれも創元推理文庫)なんてミステリ・タッチの作品もおもしろい。

Klingsol:ジェリー・パーネルと共著の「インフェルノ ―SF地獄篇―」(創元推理文庫)は読んだ。主人公のSF作家アレン・カーペンタイアーがSF作家大会の宴会で、ホテルの8階の窓に腰掛けて、窓枠に手を触れずに酒を1本飲みほすという賭をして、まっさかさまに落っこちてしまう。そして気が付くとそこは荒涼とした原野、ベニトと名乗る男が現れて、ここは地獄の入口だと言う。この男を案内役に、主人公は地獄めぐりをはじめることになるという、ダンテのSFパロディだ。

Kundry:「リングワールド」は、いわゆる世界観がよく作り込まれていますね。ただ、解けていない謎も残されています。やはり続篇は必読ですか?

Parsifal:全部は読まなくてもいいかな(笑)それでも第二作の「リングワールドふたたび」(ハヤカワ文庫)までは読んで欲しい。