La Mer






アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団によるドビュッシー管弦楽曲集の国内盤LPのセットから―。この「海」を聴くと、オーケストラの技術はあやしいものの、同じアンセルメによる「ペレアスとメリザンド」1964年盤がこの指揮者としては平凡な出来だったのだと思えます。新古典主義的ロマンティスムとでも言いましょうか、
勝手にことばをつくっちゃっていいんですか〜(^o^;理知的でありながら熱演ですね。感情移入を極力排しているようで、また温度感も低いものの、即物的にならないのは・・・オーケストラが弱いせい?(^^;

意外と激しいですね〜(・・;



こちらはカルロ・マリア・ジュリーニ指揮のLP。左は英Columbiaの、たぶんこれがオリジナル盤で、フィルハーモニア管弦楽団の演奏。右はロスアンゼルス・フィルを振ったDGG盤。Hoffmannの好みは古いフィルハーモニア管弦楽団との演奏です。ロスアンゼルス・フィルの方は、ジュリーニはこのオーケストラの音楽監督時代に、たいへん素晴らしい録音をいくつも行っているんですが、ここでは晩年のジュリーニに特徴的な遅いテンポとゆったりふくらませた響きが特徴的で、このため細部がマスクされてしまっています。録音も古い方が断然いいですね。余談ながら、DGGの優秀録音というのはめったにほとんどありません。

ジュリーニさんはその後さらにもう一度ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と録音していますよね

あとで取りあげるよ(笑)



これはジョン・バルビローリ指揮による録音。左はハレ管弦楽団、右はバルビローリにはめずらしいパリ管弦楽団との録音。ハレ管弦楽団の方は、表情ひとつにもそれらしさを出そうとして、冒頭など妙にものものしく、リズムを刻んでいる各楽器の「合いの手」も少々無機的な方向へ傾きます。良く言えば個性的ですが、悪く言えばクセが強い。どことなく演歌調(?)で、最後はクライマックスの後にオチをつけるあたり、バルビローリらしいですね。パリ管弦楽団はさすがにフランスのオーケストラで堂に入った演奏、やっぱり浪花節(笑)なんですが、極端な不自然さはありません。ハレ管弦楽団との録音の方がバルビローリの意図が徹底しているようです。

細部にこだわらずに処理したかと思うと、次には思い切りこだわって味付けしてみたりと、やや恣意的と感じられるますね。あと、微妙なニュアンスが不足しているように思えるんですが・・・(^^;



ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送局管弦楽団による管弦楽曲全集、国内盤LPのセットから―。1973年録音。ひじょうに明晰な演奏でありながら無機的にならない、知情意のバランスにすぐれた演奏ですね。音色の多彩な変化も表現されており、それはうつろいゆく、というよりもときどき仕切直しをしているように聴こえるのがおもしろい(それだけ変化が感じられるということです)。自発性あふれるオーケストラはアンサンブルも高い水準にあり、まだどことなくフランス的な響きが残っているようで、ほのかにロマンが香る・・・あまりこんな曖昧かつ情緒的な言い方はしたくないんですけどね。

楽器とか、奏法のせいでしょうか?



アンゲルブレシュト指揮で、“Orchestre National”とありますが、これはいわゆるORTF、フランス国立放送局管弦楽団のことですね。ここにupしたお写真はEratoから出たドビュッシー管弦楽作品集LP3枚組のセット。1958年3月20日のlive録音で、Disques MontaigneからCDが出ていた録音は1962年録音、TestamentのCDは1954年録音で、いずれもこれとは別録音。

ドビュッシーの音楽が、フランスの音楽であるというイメージから、優雅で上品な、ただひたすらおしゃれな音楽だと思っているひとは市場にあふれている凡百のdiscを聴けばおおむね満足できるでしょう。ここで聴ける演奏は、張りつめた緊張感のなかで、シーン毎に揺れ動くテンポと、ときにまばゆいばかりの金管、ひなびた音色の木管楽器が多彩な色(カラー)を展開して、そこに微細なニュアンスがこめられている、というものです(なんだかよくわかりませんな〜;;)。
かなりロマン的な演奏で、しかし主情的と言うには抵抗があります。ドビュッシーに認められた指揮者だから、というわけではないのですが、やはり作品に対する共感じゃないでしょうか。これだけ表現意欲にあふれていながら上品というより高貴とさえ感じさせる指揮者は、アンゲルブレシュトをおいてほかにありません。

Disques MontaigneとTestamentのCDもちょっとだけ聴いてみましたが、このErato盤がもっとも緊張感がありますね





今回は優美が喋ってよヾ(^o^*

えぇ〜、私が、ですか?σ(^o^;



LP3点、左からジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の米Epic盤で1963年の録音、真ん中がグイド・カンテルリ指揮フィルハーモニア管弦楽団の英World Records(EMI)盤、1954年録音、右がエドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の仏Philips盤で1957年録音、カップリングされた「夜想曲」とともに、ベイヌム初のstereo録音だそうだよ・・・・・・はいっ、優美さん、どうぞ(^o^)ノ

(笑)えーと・・・セル盤は即物的というか、あまりにもストレートな表現で・・・録音が高域上がりなのも不利なんですが、音色の変化にも乏しくて陰影に欠けるところが物足りないですね。カンテルリもあまり情緒的ではないんですけど、線が太くて、意外と濃厚な表情を醸しているのが印象的です。ベイヌムはいいですね。オーケストラの音色はやや渋めでコクがあって、それがとても魅力的です。派手さはないのですが、録音年代を考えればかなりモダンな感覚ですね。いまでも充分通用する好演だと思いますよ



LPさらに2点、左はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、1964年録音のDGG盤。これ、ジャケットデザインは「牧神の午後への前奏曲」に合わせたものだろうけど、なかなか味があっていいよね(^^*右はシャルル・ミュンシュ指揮フランス国立放送局管弦楽団録音はたしか1968年だったかな・・・この盤はFestival Classiqueというレーベルの仏盤だけど、もとは当時スイスに本部があった、レコードの通信販売会社コンサートホール・ソサエティによって製作された盤(録音)だね

カラヤン盤はいかにもカラヤンらしい流線型の演奏ですね。後のカラヤンのイメージからすると、意外なくらい嫌味な感じはしませんでした。録音はむしろ1970年代以降のものよりも抵抗なく聴けますね

この録音はベルリンのイエス・キリスト教会で行われたものだね。カラヤン、ベルリン・フィルは1972年頃から録音会場をフィルハーモニーホールに移しているね

ミュンシュ盤は・・・コンサートホール・ソサエティ録音って、どこでも絶賛されているカール・シューリヒト指揮によるモーツァルトやブラームスの交響曲のレコードと同じ会社ですよね

・・・そうだね

補助マイクを立てて適宜これを利用するのは1960年代以降なら常識なのでしょうけれど、あのシューリヒトの一連の録音はひどすぎますよね。ソロになるとその楽器が眼前に定位するんですよ。全合奏になるとオーケストラ全体が奥に引っ込んで・・・あれでは、各楽器―とくにソロのバランスなど、いくら想像をたくましくしても指揮者の意図や本当のところはわかりっこないですね。正直言って、演奏云々する以前に、聴くに耐えませんでした(-_-;

例のDeccaのショルティによる「タンホイザー」と同じだね(笑)

このミュンシュ盤も、やはり似たような録音上の操作はところどころ行われているようですね。それでもシューリヒトの録音にくらべれば、まだしもまともな方でしょうか・・・奥行き感がなくて、オーケストラ全体が2本のスピーカーを結ぶ線上に一列に並ぶの録音というのはよくあることなので、大目に見るとして・・・ミュンシュらしくフォルテシモでは大荒れ、そういった箇所ではノリノリなんですけど、細やかなニュアンスというのはあまり興味がないみたいでほとんど奏者まかせの素通りですね。この音楽の勢いには、それなりの良さもあるとは思うのですが・・・



続いてCD―ヴィクトール・デ・サバタ指揮ローマ聖(サンタ)チェチリア音楽院管弦楽団、1948年の録音。Testamentの復刻CDだよ

なんとも個性的で・・・主旋律以外の副旋律(?)とか、リズムの刻みがやたらと耳につきますね、不思議なバランスです。弦楽器のはなはだしいポルタメントはさすがに古さを感じさせる・・・というか、ほとんど異様ですね〜(^o^A;ここまでされると・・・



これはカール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送交響楽団、1952年の録音・・・

この指揮者は、とくに引き締まった響きが特徴的ですね。フランス音楽は比較的めずらしいレパートリーではありませんか?

そうだね。でも、フランスのオーケストラとのレコーディングは多いんだよ

響きをふくらませないので透明度が高く、速めテンポと相俟ってリズムが鋭く感じられますね。どちらかといえば客観的な指揮者なのかもしれませんが・・・かなりテンポを動かして、ときにじっくり歌ってみせたりもするのに、それが恣意的な印象を与えず、キマってるんですね(^^*経過部ではたいていテンポを速めてさっさと通り過ぎてしまうあたり、やはり旧世代の指揮者らしいですね。終わり近くで間違いか金管の音型がおかしいのと、ソロが一部ヘンな音を出しているなどの問題もありますが、これは好きな演奏です



お次はカルロ・マリア・ジュリーニ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。これは1994年、ジュリーニ3度めの録音だね

Hoffmannさんは先日、「晩年のジュリーニに特徴的な遅いテンポとゆったりふくらませた響き」とおっしゃっていたんですが、この時期に至ると、どことなく響きのふくらみが後退して、でもそれは室内楽的というよりも、音が痩せてきたような気がするんですよ。その点に関しては、なんだか晩年のカラヤンと同じ歩みと思えるんですが・・・(・・;ほんとうに意図してこうなったのか・・・?

最晩年のカラヤンねえ・・・(-_-*う〜ん

演奏はやっぱりHoffmannさんと同意見で、細部のニュアンスがマスクされてしまっていると感じます。ジュリーニさんは最初の録音がいちばんいいですね(^^*当時にして相当の貫禄ですけど・・・



レナード・バーンスタイン指揮ローマ聖(サンタ)チェチリア音楽院管弦楽団、1989年の録音・・・

バーンスタインは1990年に亡くなっていますから、最晩年の録音ということになりますね。マーラーやチャイコフスキーほどには、感情移入の激しい、響きの重い演奏ではありませんが、それでも遅めのテンポで、細部における濃厚な表情付けが個性的ですね。鮮烈な響きではないので、金管も刺激的音を出していないように聴こえます。むしろ、どことなく塗り重ねた油絵風のこってり感がありますね・・・響きが極端に重くならないのは、オーケストラの選択による狙いどおりというわけでしょうか。録音のせいか、ヴァイオリン、ヴィオラが浮き上がって聴こえて、深々とした響きが聴き取れないんですが、私はこの演奏、好きですよ(^^*

高域の弦楽器が腰高に聴こえるというのは、オーケストラのせいじゃないかな



ジャン・フルネ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、Supraphon原盤の国内CD。1963年の録音だ

オーケストラは一流ではないですね。ソロのちょっとひなびた音色はおもしろいのですが、あまり上手くはないみたいですね(^^;弦楽器の響きに厚みがないために、全体に高域寄りのバランスで、どこか表面だけ整えたように聴こえてしまいます



ポール・パレー指揮デトロイト交響楽団、1955年録音、Mercury原盤のCD化されたもの・・・

これもオーケストラの技術は一流ではないんですが、なかなかにフランス音楽らしい響きと歌い廻しで、違和感がありませんね。指揮者の実力でしょうか・・・録音は独特で、やや粗いのですが、生々しさもありますね



こちらはミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団、1988年の録音とある。このジャケットデザインはいいね(^^*

これは、いい演奏だと思いますよ。万人に受け入れられやすい、フランス音楽らしい上品な演奏じゃないですか? 欲を言えば、この作品は、もう少しスケールの大きい音楽だと思うのですが・・・この演奏に限りませんけれど、指揮者のみなさん、きれいごとですませちゃってる方が多いみたいですね〜(^^A;

こぎれいにまとめちゃってる?(笑)



ジェフリー・サイモン指揮フィルハーモニア管弦楽団、1990年の録音で、CALAから出たCDだね。ジャケットのデザインはドビュッシーにふさわしくない(笑)

ジャケットはともかく(笑)・・・これといって強烈な個性があるわけではないんですが、モダンな感覚がいいですね。フランス音楽であることをことさらに意識していない、肩の力の抜けた演奏は好ましいですね。オーケストラの音色も魅力的です(^^*



マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ放送交響楽団、Capriccioから出たCDだね。録音は表記がないけどたしか1988年頃じゃなかったかな・・・

まだあるんですか・・・(^o^A;;フウ

ポンマーはバッハやヘンデルの、たいへんすぐれた演奏を録音していますが、近代〜現代作品も得意にしているみたいですね。指揮者やオーケストラから、折り目正しいドイツ的な演奏を想像しましたが、ドビュッシーとして決して場違いな印象はなく、これもいい演奏だと思いました。やっぱり実力のあるひとはなにをやっても・・・じつは、ほかの収録曲のなかには、ちょっと硬いかな、と思うものもあったのですが、この「海」に関しては、フランスのオーケストラよりも、かえって各部での響きの重層的なおもしろさが伝わってきたような気がします。外国語が、その言語のネイティヴが喋るよりも聞き取りやすいみたいなものですね(笑)




この3点は、デジレ・エミール・アンゲルブレシュト指揮フランス国立放送局管弦楽団による演奏だね。左は1954年録音のDucretet-Thomson原盤をTestamentが復刻CD化したもの。真ん中も同じもので、こちらは仏PatheがLPで出したもの。右はDisques MontaigneのCDで、1962年の録音だよ。ちなみに上の方で聴いたErato盤は1958年の録音だったね

Hoffmannさんは、Ducretet-Thomson盤そのものはお持ちじゃないんですか?

高くて買えないよ(^o^A;

演奏は―先日聴きました1958年録音のErato盤も含めて―どれもすばらしいものですね。ほかの指揮者がこんな表情を付けたら恣意的に聴こえてしまいそうなところですが、「心の欲する所に従えども 矩を踰えず」の境地でしょうか。やはり、作品に対する共感でしょうね。演奏はほぼ同等ですが、オーケストラは1962年の方がノリがいいみたいで、その代わり、ややせかせかして聴こえる部分もあります。1954年の方が落ち着いた印象ですね

1962年のDisques Montaigne盤はlive録音だからかもしれないね。たしか、Ducretet-Thomsonはliveじゃなかったと思うよ。それに、新しい方はさすがに録音がいい

たしかに、ソロの表情などは新しい1962年の方がわかりやすいですね。当時名手揃いだったこのオーケストラの、とくに木管楽器の音色を愉しむなら、この盤が最適かもしれません。

先日の1958年のlive録音であるErato盤LPは、録音が良好で、しかも演奏も―とくにオーケストラの響きが充実しているのですね。ソロが浮き上がらないで全体のハーモニーで聴かせる傾向も、これはこれでとても魅力的ですね。それぞれに良さがあって、甲乙つけ難いところです。

Ducretet-Thomson原盤のCDとLPをくらべると、CDの方が細かい音が明瞭なようですが、LPの方が微妙に奥行き感が感じられて、どちらをとるか、これはお好み次第だと思います。一般的にはCDの方が好まれるだろうと思いますが・・・。あと、この録音は最後の音の残響が一瞬のうちにfade-outするんですよ。気を付けていないと気がつかないんですが、これはLPもCDも同様で、残念ですね


Disques MontaigneのCDとEratoのLPは最後に拍手も入っているね







ピエール・ブーレーズ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団による1966年の録音。お写真はCDですが、北斎がジャケットを飾るLPも持っています。

明晰系の演奏。現代でも充分通用するモダンな感覚というか、この録音のレコードが発売された当時の評判がどうであったかは知りませんが、いまやこうした曖昧さを排した演奏が主流ですね。フランスのオーケストラを使わずに録音しているあたりがブーレーズらしいんですが、「海」の演奏として決して場違いな印象もなく、交響詩「海」の、ひいてはドビュッシーの規範的な演奏といってもいいんじゃないでしょうか。

これはいま聴いてもいいですね。ドビュッシーは調性をボカしてはいるものの、響きをボカしているわけじゃありませんからね(^^*



チェリビダッケ、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団のCD。左はひところshopでよく見かけたMETEOR盤、海賊盤ですね。右はチェリビダッケの死後に遺族の許可が出てEMIから発売されたもの。EMI録音は1992年8月13日のガスタイクにおけるlive録音、METEOR盤には録音年の記載なし。聴いたところ別演奏ですが、基本路線に変わりはありません。

例によってスローテンポで、噛んで含めるような演奏です。これだけスローでありながら重くなりすぎないのは、このテンポについてゆくオーケストラの実力でしょう。そのテンポと相俟って、フォルテシモの箇所でもスコアが見えるような明晰さ、チェリビダッケが楽譜を改変しているところもはっきりと。とくにティンパニの変更がわかりやすい。

これは協和音も不協和音も、その移ろいも、すべての響きを曖昧にしないために遅いテンポとなったと思えますね・・・って、チェリビダッケの演奏はみんなそうですけど(^o^;Hoffmannさんもおっしゃるように、この遅いテンポでもリズムが犠牲にならないのはさすがですね

それにしても、遺族の許可があればめでたく「正規盤」ってことは、要するに海賊盤の問題は、結局それを造って売っているやつが金儲けをして、演奏者や遺族といった「権利」を持っているひとの収入にならないからなんだよね

芸術的・道徳的な問題ではないということですか?

道徳はどうか知らんが、芸術的な問題だというならば、遺族が故人の意思に反するかもしれないことを許可することだって、その是非が問われるだろう? 遺族=権利者が許可したなら海賊盤でないというのなら、「正規盤」か「海賊盤」かという違いは資本主義の原理によって決まってくる(にすぎない)わけだ







リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団による1993年の録音。ムーティがフィラデルフィア管弦楽団を振ったdiscは録音良質なものが多いんですが、どちらかというと、アナログLPの方が彫りが深くて好きです。これはCD。

このオーケストラは輝かしく、ゴージャスによく鳴るんですが、この音色に魅力があるかというと別問題。良くも悪くもinternationalな響きで、しかしだからこそドビュッシーのスコアの仕掛けが明瞭になります。ダイナミクスなど、細部ではっとさせるようなコントロールが行き届いているのはさすがムーティ。明るめの響きでストレートな運び。

歌わせすぎることなく、重層的なおもしろさにも欠けてはいないんですが、たしかにストレートというか、旋律が直線的に聴こえるような印象があります。オーケストラの響きは派手ではないものの、たしかにゴージャスですね(^^;



ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送交響楽団による1993年のlive録音。SACD Hybrid盤。

これもコントロールの行き届いた演奏なんですが、ムーティ以上に入念な表情付けが施されているかと思えば、あっさりやりすごすところも。作為的とまでは思わないんですが、ちょっと考えすぎかも。このdiscでは併録されている「夜想曲」の方が好演ですね。SACD盤にしては細部の見通しいま一歩。

緩急のコントラストがきつすぎるような気がします、緩急といってもテンポのことばかりでなく、響きや表情付けも含めてのことですけれど・・・。あまりに目まぐるしくて、聴いていてちょっと振り回されているような印象ですね。この指揮者のマーラー演奏と同じ方法での音楽造りだとは思うんですが、ここではあまり成功していないようですね



準・メルクル指揮リヨン国立管弦楽団による2007年の録音です。どうもNAXOSの録音ってのは味も素っ気もないね。もうひとつヌケが悪くて、新しい録音にしてはクリアネスに不満。

オーケストラはやや鈍重。ムーティ盤、ベルティー二盤の後に聴いてはさすがに酷か(^^A;緩急のコントラストといえば、第一楽章で遅め、第二楽章でさらにたっぷりやって、第三楽章でベルティーニ並の快速テンポになる・・・わりにはあれこれやっている印象を与えないんですね。遅くなっても粘るわけではなく、意外と淡泊。またオーケストラの表情が多彩とはいいかねるのも、これは技術的な問題か。とくに金管のピアニシモなど、手に余っているよう。とはいえ、朴訥とした演奏が、そこはかとないいい雰囲気を感じさせてもいます。好きか嫌いかと訊かれれば、結構好きかも(笑)

たしかにソロなどは世界一流とは言えませんし、地味といえば地味なんですが、素直な歌い口に、私は好感を持ちましたよ(^^*





今度は優美が喋ってよ(*^^)
σ(^o^;え〜、ワタシがですか?



えー、それでは・・・ネーメ・ヤルヴィ指揮デトロイト交響楽団による1992年の録音、このCDはルーセルの交響曲第4番、ミヨーのプロヴァンス組曲、ルーセルのシンフォニエッタ、そして最後にドビュッシーの「海」と、英Chandosらしいユニークな組み合わせのdiscですね。

意外にも録音レベルが低くてヴォリュームを上げなければならないんですが、その状態で大音量になっても飽和することなく朗々と鳴るあたり、さすがChandosのCDですね。演奏もそんな録音ですから、屈託なくのびのびとしたものです。全体にテンポは速めで、これといって強烈な主張を感じさせはしないものの、どこをとってもドビュッシーの管弦楽作品として過不足のない好演だと思います。私はデトロイトのオーケストラを聴くのははじめてかもしれませんが、かなり上手いうえに、響きもたいへん美しいオーケストラですね。これ、知らずに聴いてフランスの楽団だよと言われたら、信じちゃいますね。おそらく指揮者の手腕によるところが大きいのではないでしょうか


このひと、なにをやってもこんな「フワッ」とした響きになるんだよね。ある意味、とても現代的だ



アルミン・ジョルダン指揮スイス・ロマンド管弦楽団の1990年の録音です。

ジョルダンはHoffmannさんがお好きな指揮者ですね。小細工のない「純情」な演奏とよくおっしゃいますよね(^^*ここでも同様に、素直で明快な演奏となっています。テンポの変動もほとんどなくて、粘ったり踏ん張ったりしませんから、良くも悪くも響きは上品ですっきりしています。ドビュッシーとなると、作品によっては毒が仕掛けられているのではないかとも思いますが、この「海」に関してはあまりそうした不満もなく、これはこれでいい演奏ですね


強烈な個性とか主張がないのに、引き込まれちゃうんだよね(^^*



シルヴァン・カンブルラン指揮SWR交響楽団による2004年の録音です。

このひともHoffmannさんがかなり以前から注目してらした指揮者ですね。相当の知性派だと思いますドビュッシーといえば「印象派」といった誤解がまかり通ってきたのももう古い話ですが、横の流れよりも縦の線、さらにこうした構築性の妙で聴かせる演奏は、ドビュッシー演奏にまた新しい世界を開いているように思えますね


第一ヴァイオリン優勢気味で、やや浮きあがって聴こえるのは意図したものなのかどうか、ちょっとわからないんだけどね



エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団、これは1996年の録音ですね。

これも知的な演奏なんですが、どこをとっても抑制気味と聴こえます。重層的なおもしろさも充分なんですが、高度に充実した演奏であることは認めたうえで、どうしてもこれでなければというアピールポイントに乏しいような気がします。どうも細部の詰めがいま一歩と感じられて、「意余って言葉足りず」ならぬ「力足りず」なんじゃないでしょうか

遠くから響いてくる太鼓の「ドン、ドン」がすごい(笑)





往年の「巨匠」による録音―まずはシャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団によるlive録音、1967年11月14日、シャンゼリゼ劇場における同オーケストラが改組されての発足演奏会だね。はいっ、優美さん、どうぞヽ(^^*

またワタシがやるんですか〜(^o^A; ヾ(^∇^*優美お姉ちゃん、がんばってくださいっ



えーと・・・これはずいぶん表現意欲にあふれた演奏というか、テンポは伸縮自在といった印象で、勢い込んでみたり、潮が引いていったりと、ダイナミクスも含めて表情の変化著しい演奏ですね。恣意的に過ぎるのではないかとも思いますが、そこそこ様になっているあたり、巨匠時代の指揮者ならではですね・・・って、聴いているこちらもミュンシュの指揮だからと思っているからなんですが(笑)またこの指揮者らしく、激しい箇所はあざやかに聴かせるものの、しんみりした箇所となると、ちょっと持て余し気味とも聴こえます。正直なところ、私はこのような演奏にはちょっとついていけません(^^;コメンナサイ

ina音源の良質なstereo録音だね。シャンゼリゼ劇場の音響はややデッドみたいで、かえって細部までよく聴き取れる。それだけに古くさく感じてしまうということもあるね。じつを言うと、ところどころで笑っちゃった(^^A;



次はピエール・モントゥー指揮ボストン交響楽団、1954年のmono録音だ


先ほどのdiscよりも録音は古いのに、演奏ははるかにモダンですね。録音もmonoとして鮮明で、やはり響きへの鋭敏な感覚はたしかです。主旋律に限らず、聴こえるべき音が聴こえるという、模範的な演奏といっていいのではないでしょうか。このようなmono録音の時代からきちんと明晰な演奏している指揮者もいたわけで、その後も「印象派」だなんて勘違いしてモヤモヤと曖昧な演奏をしているひとがいるのは不思議ですね


例によって主旋律以外の副声部の扱いがユニークで、さらに情感豊かでありながら、決してsentimentalにならない節度がモントゥーらしいよね







クロード・モネの「印象、日の出」がジャケットを飾っているCDです。左はクイケン兄弟らによるドビュッシーの室内楽作品集、ケルンの西ドイツ放送局の録音で仏Arcana盤(で、いいいのかな?)。右は仏Forlaneから出たJean-Claude Bernede指揮Orchestre des Concerts Lamoureuxの演奏で、ドビュッシーの「海」とラヴェルの「亡き王女ためのパヴァーヌ」、「ボレロ」、「ラ・ヴァルス」。

モネの「印象、日の出」といえばまさしく「印象派」という呼称の元となった絵ですね。当時は「未完成の描きかけ」だとか「即席で仕上げた」なんて酷評されたそうですが、海にしろなんにしろ、ある瞬間の対象を、もっとも写実的に描いていますよね。ちなみにForlane盤にはジャケット画がモネであることが明記されていますが、じつはこちらは裏焼き。ただしいずれも色調を変えていて、Arcan盤は青みが強く、Forlane盤はくすんで寝ぼけたよう、後者はcopyのせいでこうなったのかな・・・って、それはともかくとして、いまだにドビュッシーが「印象派」って誤解はなんとかならんかね、モネに文句を言うわけではないんだが・・・。

やっぱりここはハクサイの絵ですよねっヾ(^∇^*



あらららら・・・(^o^;

さて、Jean-Claude Bernede指揮Orchestre des Concerts Lamoureuxの「海」。1986年5月のlive録音と記載されています(拍手は入っていない)。このベルネードさんってベルネード四重奏団を率いていたヴァイオリニストですよね。パリ音楽院でヴァイオリンを学び、指揮はピエール・デルヴォー、マルケヴィチらに師事したひと。なるほど、たしかにフランスのオーケストラにしてはめずらしいくらい、アンサンブルは整っています。整っているだけじゃない、弦楽器出身の指揮者にありがちな、横に歌わせることに傾いた演奏ではなくて、縦横のバランスも見事。強烈な主張を感じさせるような作為的な演奏ではないんですが、よく聴けば木管のソロなど表情付けは入念。どこをとってもこうあって欲しいというようなドビュッシーになっていて、たいへん好感を持ちました。



そこで「海」のマルケヴィチ盤。これは国内盤でOrchestre Lamoureux, Parisパリ・ラムルー管弦楽団と表記されていますが、同じオーケストラでしょう。録音は1959年5月。

マルケヴィチらしい明晰系の演奏です。ただ録音のせいかオーケストラは横一列整列型、前後感がなくて、ためにマルケヴィチのアプローチと相俟って、よけいにドライな印象が強く、聴いていてちょっと疲れます。第三楽章などは白熱的ながら、骨組みが透けて見えるような痩身の響きで、これが1950年代のフランスのオーケストラから聴くことができるというのも意外ですね。

     (;^∇^) ρ(^o^*)