#05 フランケンシュタインの孤独






ゴドウィン主義と呼ばれた急進的革命思想家ウィリアム・ゴドウィンを父に、「女性の権利の擁護」という著書で有名な女権論者メアリ・ウルストンクラフトを母に、18世紀も末の1797年に生まれたメアリ・ウルストンクラフト・シェリーだよ

詩人シェリーの奥さんですね?
彼女がすでに妻のいた革命詩人パーシー・ビッシュ・シェリーと駆け落ちしたのが1814年・・・ということはメアリはわずか17歳だったのですね

そう、このときメアリの異母妹であるクレア・クレアモント(クレアはその後詩人バイロンの愛人となるんだよ)が同行している。2年後に三人はジュネーヴに赴き、バイロンとその主治医ポリドリと会って、恐怖小説を競作しようということになった

ポリドリの「吸血鬼」という小説も有名ですね、以前はバイロン作として伝えられていたようですが・・・

結局バイロンもシェリーも恐怖小説を書かなかった、書かれたのはポリドリの「吸血鬼」と、このメアリ・シェリーによる「フランケンシュタイン」というわけさ

副題に「あるいは現代のプロメテウス」とありますね

プロメテウスは人間に火を与えた罪で、岩山に縛り付けられ、ハゲワシに食われる。「現代のプロメテウス」というのは、生命を創造した引き替えに愛する者を失う(殺される)フランケンシュタインのことだろう。
文学史的にはゴシック小説、あるいはロマン主義の小説、という見方が一般的だけど、SF小説の先駆とする見方もある。いずれにせよ、人間ー生命を創造するという夢に取り憑かれた科学者の物語、そして創造された人造人間の悲劇の物語だ

テーマは・・・人間の孤独、と読みましたが・・

さらに真理の追求と知の獲得に伴う・・・うん、やはり孤独の一語に集約される悲劇だね



この小説は北極探検に向かう語り手が姉へあてた手紙の形式とっている、そのなかで語り手はフランケンシュタインに会い、その異常な体験を聞く、そのフランケンシュタインが語る話のなかには人造人間が語る自己の物語がはめこまれているという「枠物語」だ

語り手は孤独に苦しんでいて、友がほしい、と姉にあてて書いていますけれど、フランケンシュタインも、自分の生い立ちを語るなかで孤独を、さらに人造人間ー怪物を造った結果陥ることとなった孤独を語っていますね

そして怪物がもっとも悲痛な叫びをもって自己の孤独を語っている。心が人間的に成長するにつれ、容貌が醜く恐ろしいが故に疎外される自分の運命に悲しみをこらえきれず、ついにフランケンシュタインに伴侶を造ってくれと要求する・・・

ここの台詞は感動的ですね

 なるほど自分たちは怪物で、世界じゅうからつまはじきにされるだろうが、それでおたがいい っそう深く結ばれることになるだろう。幸せな暮らしはできまいが、害もなさず、今のようなみじめさは味わわずにすむだろう。おお、わが創り主よ、幸せにしてくれ、ひとつだけでも恩を受けたと、感謝させてくれ! おれに同情を寄せてくれる生き物もいると、見せてくれ。この頼みをはねつけないでくれ!

しかしフランケンシュタインは一度はこの要求に同意するものの、怪物の子孫が増えることを恐れ、女の怪物を破壊してしまい、復讐を受ける・・・

悲しみに打ちひしがれた怪物には同情せずにいられませんね・・・最後は怪物がフランケンシュタインを殺して、海に浮かぶ氷の塊にのって、闇のなかに消えてしまうのですね

語り手も、フランケンシュタインも、真理を追及しようとするが故に孤独になる。怪物も知を獲得して、人間的な感情を発達させればさせるほど孤独になる点では同じなんだが、怪物の場合は、もともと忌み嫌われる存在であり、愛は求めても得られないのだね

この小説では怪物こそがもっとも威厳に満ちた、崇高な人物と感じられますよね

孤独というテーマには、科学(者)の義務や責任といった問題もからんでいるけれど、やはり中心になるのは怪物の悲劇だと思うね

あと、この文章、19歳の女の子が書いたとは思えない・・・これは翻訳でなく、ぜひとも原書で読むべきです。なんというか、金属的なかっちりした文章ですね、ロマンチックですけれど、センチメンタルにべたつかない、名文ですね

え・・・優美、わかるのか? たいしたものだ(・o・);;





えっ・・・うふふ(*^ ^*)



引用文はメアリ・シェリー「フランケンシュタイン」森下弓子訳(創元推理文庫)から