#06 名誉の死




以前は、チャイコフスキーはコレラで死んだということになっていましたね

うん、でも、それにしてはシーツなんか焼き捨てられることもなく、洗濯に出されただけで、葬儀の際には棺の蓋を開けてみんなチャイコフスキーの顔をなでたりして別れを惜しんだというので、実際の死因は違うのではないか、なんて留保をつけてる伝記もあった・・・

詳しいことは知らないのですが、ほんとうは自殺だった、ということですね

うん、そこに1988年に出版された伝記がある、アラン・ケンドールというひとが書いた「チャイコフスキー」、イギリスのBodleyHead社刊だ

あまり好きじゃないとかいいながら・・・(笑)

(笑)まあまあ・・・この本によると、チャイコフスキーは死のすこし前に、ステンボルク・トゥルモル公爵の甥と親しくなった、ふたりの交際になにがあったのかはわからないけれど、いまではよく知られているように、チャイコフスキーは同性愛者だ。この交際の結果、公爵は皇帝あてにチャイコフスキーを告訴する手紙を書き、この訴状は立法府の主任訴追人で副検事総長であったニコライ・ボリソヴィチ・ヤコビの手に渡った。もしもこの告訴が正式に受理されればチャイコフスキーは市民権を剥奪され、シベリアへ追放されることはまぬがれない・・・

当時は同性愛は立派な犯罪だったのですね

宗教的にもことさらに厳格なロシア正教のことだからね。
ところがこのヤコビは法律学校時代のチャイコフスキーの同級生であった男で、この訴状を皇帝に差し出すことをためらったんだ。つまり、これが明るみにでれば、チャイコフスキー個人の問題ではなく、法律学校同窓生全員の恥辱になる、というわけだ

やっぱり時代ですね

そこでヤコビは名誉裁判を実行した。チャイコフスキーとともに、当時生存していた同窓生8人を呼び寄せ、自宅で秘密法廷を開いた。結果、彼らはチャイコフスキーに有罪の宣告を与え、自殺をもとめたんだね。スキャンダルが公になって恥辱にまみれることを選ぶか、あるいは自殺して教会での葬儀、聖堂での追悼式、そして死後の名誉を選ぶか、と・・・

その結果が・・・

当時この家で働いていた女中が後に回想していたところでは、締め切られた扉の向こうからは激しい口調のやりとり、怒声が聞こえ、やがてひとりの男が外出してすぐに戻ってきたそうだ・・・これは、毒薬を買いに行ったのではないかな。まもなく、チャイコフスキーが「コレラで」死んだ・・・ほかにも当時から事情を知っていたひとはいたらしいんだけど、堅く口止めされていたんだな

当時の社会情勢や倫理観・価値観から、とりわけて名誉を重んじるのは当然なのかもしれませんけれど・・・

現代のわれわれが事の是非を云々することはできないだろうね。チャイコフスキーにしても、当時すでに名声ある大作曲家としてはいささか不注意と言わざるを得ない

ただ、同窓生たちがそこまでして守ろうとした名誉は、自分たちの名誉だったのでしょうか、それともチャイコフスキーの名誉だったのでしょうか・・・自分たちのこともさることながら、チャイコフスキーのことを慮って・・・?

・・・そう考えたいね





・・・

う〜ん、なんだか、猛然とチャイコフスキーの音楽が聴きたくなってきたぞ・・・

私もです、Hoffmannさん(・_・)

よし、最高傑作の最高の名演奏を選んでやるぞ、優美、ちょっと待ってろo(^^)o

はい(^^)