#07 輪にな〜れ


ん・・・わかってきたって、なにが?

このお家には数字が並ぶデジタル時計がありませんよね、全部長針と短針がぐるぐるまわるアナログ式です

ああ、その方が好きなんだよ

たとえれば日時計と砂時計の違いなんですよ。つまり時間を循環するものとしてとらえるか、直線的に前進するものとしてとらえるか・・・Hoffmannさんは循環の方ですね

う〜ん、それはそうだね・・・

砂時計って、デューラーやハンス・ホルバインをはじめとする多くの画家が死神を描くときに、必ずと言っていいくらい持たせていますよね。つまり終末へ向かうもの、死の象徴なんですね。ところが日時計には終端というものがありません、太陽そのものが巡回していますからね





小学生のHoffmannさんは1年前の自分に出会ったとき、発端から終端に至っているようでいて、じつはもとの地点に戻ったような気分になりませんでしたか?
私にはHoffmannさんが、とりあえずは過ぎ去る瞬間にむかって、「止まれ、おまえはいかにも美しい」と呼びかけて、自分が輪(環)としての時間のなかに生きていることを自覚していたのではないか、と思えるんですが・・・

ニーチェ言うところの「円環の渇き」というわけか(^^)それなら「循環」と言うより「回帰」と呼んだ方がいいね

聖トマス・アクィナスが「永遠は円の中心に似ている・・・時間の全過程を包括しており、しかもその各部分はひとしく現在化されているのだ」と言っていますよね

それは、円周上にあっては「現在」しか認識できないが、中心にあれば「永遠」を認識できるという意味だろう?

つまり、Hoffmannさんは教科書にいたずら書きすることで、円周上から足を踏み外そうとしていたのではないかと思うんですよ

(笑)環を、つまり永遠を俯瞰しようとして?

デジタル時計って分なら分、秒なら秒の積み重ねじゃないですか。「09:01」を表示しているデジタル時計は、次には「09:02」になりますよね。「01」と「02」の間はどこにもないんです。これでは時間というものが、バラバラの輪切りですよ。
針のあるアナログ式(正確に言えばクォーツではだめなんですけど)なら「01」と「02」の間はひと続きです。そうでなくてはおかしいですよ、時間は連続しているわけですから。
そして時間は文字盤のうえで、無限の瞬間を、終わりのない反覆と永遠の現在を繰り返している・・・人間は通常この文字盤のうえ、円周上に生きているわけですね。でも幼い日のHoffmannさんは、それとは気づかないうちに、この文字盤全体を認識しようとしていたのではないでしょうか(^^)

なるほどなあ(^^)だんだん自分自身のことがわかってきたよ(笑)・・・それにしても、トマス・アクィナスの本なんてうちにあったか?



本棚にありましたよ(^^)お忘れでしたか? もうすこし、整理なさらないと・・・(^^;)
そうそう、さきほどHoffmannさん、「タイムマシン酔い」っておっしゃいましたけど、タイムマシンと言えば、ジェームズ・P・ホーガンの「未来からのホットライン」というSF小説を読みましたよ。人間がタイム・トラベルをするのではなくて、情報を未来や過去に送り、また受け取る、というものですけれど・・・

ああ、あれはいいね、SFということを抜きにしても、小説としてとても面白いし、感動的だ

ええ、夢中になって読んじゃいました(^^)

ジェームズ・P・ホーガンは結構翻訳が出ているけれど、比較的初期の「星を継ぐもの」・「ガニメデの優しい巨人」・「巨人たちの星」の三部作は読んだ?

いえ、まだです

月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見し、地球に持ち帰って、綿密に調べたところ、死体は間違いなく現代人と同じ人類だったが、それは5万年前に死んでいるものであった、というのがこの三部作の発端なんだよ

・・・不思議ですね(・o・)

ひとつの謎が解き明かされると、また新たな謎が浮かび上がる・・・読み始めたらやめられないよ(^^)



読みたいです(^^)その本、どこにありますか?

このあたり・・・じゃないな・・・こっちかな(・_・;)・・・おお(・o・;)こんなところにこんな本が・・・ええと・・・この山をどかせば(・_・;)yoisho

(^^)kusu