#11 愛の伝染病


たしかに、吸血鬼小説の古典といえばブラム・ストーカーの「ドラキュラ」、それに女性吸血鬼の
登場するシェリダン・レ・ファニュの「カーミラ」が代表作だね。
ほかには・・・ゲーテの「コリントの花嫁」、メリメの「グスラ」、ゴーゴリの「ヴィイ」、トルストイにも
あるし、さらに時代を下ってロレンス・ダレルにロートレアモン、マルセル・シュオブ・・・怪奇小説
作家の短編まで挙げていたらきりがないぞ・・・

前に、メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」のときにも話に出ましたけど、ポリドリも「吸血
鬼」という小説を書いていましたよね。「ドラキュラ」よりも古いのですね

うん、ジョン・ポリドリの「吸血鬼」は1818年に発表されている。日本でも昭和7年に佐藤春夫の
翻訳が出ていて、古くから読まれているものだ。
ヨーロッパに吸血鬼ブームを巻き起こした作品だけど、少々荒削りで、吸血鬼小説の原型みた
いなものだな。影響力はともかく、作品それ自体に文学的に大きな価値があるとは思えない。
これがバイロン作と伝えられていた時代に、ゲーテが「バイロンの最上の作品」と評したなん
て、ちょっと意外な気がするね。まあ、同性愛の匂いの感じられるところがユニークかな。
もっとも、題材はいかにも超自然的なものであるわけで、ロマン主義思潮の初期にはかなり衝
撃的な作品であっただろうことは確かだ。
ついでに言うと、ワーグナーに影響を与えたハインリヒ・アウグスト・マルシュナーという作曲家
が、このポリドリの小説を芝居にした台本を元に、「吸血鬼」というオペラを作曲している。CDを
持っているけど、まずめったに上演されないのが不思議なくらい、見事な作品だよ





一方の「ドラキュラ」といえば知らないひとはいませんね

ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」は19世紀末の1897年に刊行されて以来、各国語に翻訳され
て版を重ね続けている大ベストセラーだ。銀幕の世界でもムルナウによる「ノスフェラトゥ」
(1922年)や、トッド・ブラウニングのユニヴァーサル映画「魔人ドラキュラ」(1931年)をはじめと
して、20世紀を通じて絶えることなく新たな観客を獲得し続けてきた。
原作を読んでないひと、映画を観ていないひとでも、吸血鬼といえばドラキュラを思い浮かべる
だろうね

トランシルヴァニアに実在したヴラド・ツェペシュがモデルとなっているのですよね?

優美、よく知ってるね(^^)ただ、べつにこのひとが吸血鬼だったわけではなくて、いわゆる吸血
鬼伝説と結びついて小説の主人公とされたので、吸血鬼といえば「ドラキュラ」ということになっ
ちゃった・・・(笑)





小説ではなくて、民間の吸血鬼伝説となると、死者の訪問・・・死者ですから墓場からの蘇生、
近隣の村落における複数の人々を襲う原因不明の突然の死、といったものがほとんどですね

まあ、例をあげなくても想像がつくよね、それだけ類型化されているということだ。
おもしろいことに、吸血鬼の文献は18世紀頃から急激に増えているらしい。つまり、科学の発
達と啓蒙思想によって、18世紀以来吸血鬼を悪魔の仕業としてではなく、科学・医学の面から
解明しようとしてきた、という構図だね。否定するために文献が増えたっていうのも皮肉な話だ
な。

その研究のなかには、たとえば、歴史上の黒死病(ペスト)の流行と吸血鬼騒動の時期の不思
議な一致を指摘しているものがある。ついでに言うと、吸血鬼の出現は、火葬の習慣の知られ
ていない地域に限定されている。つまり、この場合、吸血鬼はペストという流行病の擬人化で
はないか、というわけだ

そういえば、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の映画「ノスフェラトゥ」(1978年)では、吸血鬼はペ
ストとともにブレーメンの町にやって来るのでしたね

“Nosferatu”(1978)

また、いわゆる「早すぎた埋葬」説がある。
つまり墓場や棺のなかから甦る吸血鬼は、早すぎた埋葬の犠牲者であるとする考えだ。これ
は現代に至るまで、意外にも高確率で発生している事故だと言うひともいる。いわんや18世紀
の昔における死亡診断の誤診においておや、だね。
仮死状態に陥った者を埋葬してしまい、土のなか、棺のなかで蘇生した患者が墓石を押しの
け、地上に現れる・・・あるいは、そのまま数日間苦しみにのたうったあげく、今度こそほんとう
の死に至り、後に暴かれた墓のなかで、気の毒な「死者」の表情は恐怖に引きつり、棺をこじ
開けようとして生爪をはがし、ぼろぼろになった死衣は血まみれになっている・・・これを見た
人々は、死者が甦ったのだと誤解するわけだ

エドガー・アラン・ポーの同名の小説にあるとおりですね。そういえばアメリカで、内部に非常ベ
ルのボタンが備え付けられた棺が売られていると聞いたことがあります。まんいち、蘇生した場
合、このボタンを押せば駆けつけてくれるとか・・・(・_・)

ああ、そんな話、聞いたことがあるな。
あと、土中の温度や条件によって、死体が腐敗しない(しにくい)という場合がある。これも結構
めずらしくないらしい。死後も腐敗しない死体は、「生きている死者」、すなわち吸血鬼として恐
れられたというわけだ。

・・・しかしまあ、こういう謎解きみたいな話はどうも味けないね(^^;)・・・やっぱりフィクション
(小説)のほうがいいな。
吸血鬼伝説を民俗学的な立場からもっと詳しく知りたければ、そこの棚にあるPaul Barberとい
うひとの“Vampires, Burial, and Death”(Yale University Press, 1988)という本を読んでごらん。



Hoffmannさんは吸血鬼のどんなところがお好きなんですか?

吸血鬼は犠牲者を誘惑し、その血を吸うことで同族を増やそうとする。血を吸われた者は同じ
く吸血鬼になるのだからね。吸血鬼の側からすれば、生に近づこうとして、しかしそれは相手を
死に近づける結果になる。
犠牲者の側から見れば、これは忌むべき死の伝染であると同時に、肉体の不死という特権を
獲得することでもある。吸血鬼に血を吸われる者が誘惑に抗しきれず、快楽の表情を浮かべ
るのも当然だね。
キリスト教社会においては、霊魂にのみ与えられた不死の権利を肉体が獲得するのだから、
吸血鬼信仰が危険極まりないものとして扱われるのも仕方がない。
だから吸血鬼の弱みは十字架であり、日光だ(ニンニクもあるけどね)。
首筋への接吻を介して同類を増やそうとする孤独な夜の末裔・・・吸血鬼って、なんともロマン
ティックな存在だと思わない?

・・・そうおっしゃるHoffmannさんの方がロマンティックだと思いますけど(^^)

(笑)澁澤龍彦が「わたしの恋愛映画ベスト1」というアンケートで(恋愛映画、だよ)、ヴェルナ
ー・ヘルツォークの「ノスフェラトゥ」を挙げ、「吸血鬼とは愛の伝染病である、ということをヘルツ
ォーク監督はこの映画で訴え・・・」と書いている

「愛の伝染病」ですか? それはいいことばですね(^^)
もしもHoffmannさんが生まれかわって吸血鬼になったら・・・誘惑してくれてもいいですよ

え?

あっ、いえ・・・なんでもないです(*^_^*);;



ところで、現代の吸血鬼小説であるこちらの本・・・

ああ、その2冊は・・・忘れちゃった(^^;)どんな小説だった?


Fred Saberhagenの“The Dracula Tape”は、ストーカーの「ドラキュラ」をドラキュラの側から語
りなおした小説ですね。ここではドラキュラは、自分はミナ・ハーカーに恋をした、礼儀作法をわ
きまえた貴族であり、ヴァン・ヘルシング教授こそ残忍な人非人である、と主張するのですね。
変わった着想ですけれど、そんなにおもしろくはありませんでした。

Thomas F Monteleoneの“Lyrica”は、正確には吸血鬼ではないのですが・・・生き血を吸うの
ではなくて、芸術家の精気を吸う絶世の美女リリカが主人公ですね。リリカの犠牲になって破
滅する芸術家には、画家のゴッホや作曲家のモーツァルトなどが登場します。一度は石の棺に
封印されたものの、100年の眠りから目覚めて、その美しい容姿を武器にファッションモデルと
して、映画スターとして、次々と天才たちの精気を吸い尽くしてゆく・・・なんだか、エロティックな
小説ですよね・・・(^^;)

あっ Σ(・o・;)

どうされました? (・_・)

エロティシズムを忘れていた。吸血鬼といえば、吸血鬼のエロティシズムについてふれないわ
けにはいかないぞ(・_・;)



それは、また別項ということで・・・(^^)