#15 ロデリック変容




この「アッシャー家の崩壊」には、読んでいていろいろ興味を惹かれるところがある。たとえばロデリック・アッシャーの読んでいる本が列挙されている部分、はじめて読んだとき、ここにあげられている本を探して書店をまわったものだよ

Hoffmannさんらしいですね(^^)

グレセの「ヴェルヴェルとシャルトルーズ」、マキャヴェリの「ベルフェゴール」、スウェーデンボルグの「天国と地獄」、ホルベルヒの「ニルス・クリムの地下旅行」、ティークの「はるかな蒼い彼方へ」、カンパネラの「太陽の都」・・・翻訳の出ていないものや、かつて出ていても絶版・品切れのものばかりだったけど、そこの棚にある「太陽の都」はそのころ古本屋で見つけて買ったものだよ。
澁澤龍彦も「アッシャーの好んだ本」というエッセイで・・・

ホルベアに『ニルス・クリムの地下旅行』という作品があることを私が初めて知ったのは、あのエドガー・ポーの『アッシャー家の崩壊』に親しむようになってからだから、もうずいぶん前のことだ。

・・・と書いている。
現在では日本語で読めるものも増えているかもしれないね

意外とロデリック・アッシャーに似合わないようなものも・・・(^^;)

(笑)それは言わないでおこう(^^;)



なによりこの小説は書き出しがすばらしい。高校生の頃、これをはじめて読んだとき、小説とはこのようにはじまるものか、と思ったものだ

 ひっそりとひそみかえった、もの憂く暗いとある秋の日、空に暗雲の重苦しいばかり低く垂れこめた中を、わたしは終日馬にまたがり、ただひとり不気味なうらぶれた地方を通りすぎていた。そして夜の帷がおりかかるころ、やっと陰鬱なアッシャー家の見えるところまで辿りついた。なぜかは知らぬが―邸の姿を一目見るなり、堪えがたい愁いがわたしの胸にしみわたった。

・・・すばらしいな、引用しているときりがない。翻訳のせいもあるかもしれないけど、原文で読んだってこの印象は変わらない

この小説では、つねに遠回しの表現を用いることで、たとえば死の憂鬱な雰囲気や崩壊と腐敗の予兆といったものを感じさせますよね。でも、決して曖昧ではなく、明晰な印象を与えるので
すね

そこがポオならではだろう。さらに、ロデリック・アッシャーの友人という、目撃者視点で語られているのもさすがというべきだね







ポオはボードレールによる翻訳紹介以来、フランスではかなりの人気で、多くの芸術家たちを刺激したことはよく知られている

ボォドレールとマラルメによる飜訳が出て以来、「リジイア」と「ユーラリューム」の作家の気ちがいじみたヴィジョンがよびさます「形而上学的戦慄」に、象徴主義者の世代で抵抗できた藝術家は、ほとんどいない。

・・・と、これはステファン・ヤロチニスキの指摘だ。
作曲家のドビュッシーもそのひとりで、かなり長い期間をかけて、「アッシャー家の崩壊」をオペラ化しようとして未完に終わった。
「アッシャー家の崩壊」だけでなく、「鐘楼の悪魔」をオペラにしようという計画もあったらしい

先日、HoffmannさんのCDを聴いていましたら、アンドレ・キャプレというひとの「赤死病の仮面」をテーマにした、同名のハープと弦楽四重奏のための作品がありましたよ。ちょっと不気味な音楽でした

キャプレもドビュッシーと同時代の作曲家だね。
ドビュッシーの「アッシャー家の崩壊」は、1979年になって、チリ出身の作曲家ファン・アジェンデ=ブリンが補作完成させていて、CDも出ている。30分位の短い作品だけど、この補作はドビュッシーらしさがあって、なかなか愉しめるよ

ドビュッシーによる脚本では、ポオが言外に匂わせた、それとなく暗示したものをかなり露骨にさらけ出してしまっている。

ひとつには、オペラ化するためには対話が必要だから、原作にはほとんど登場しない医者をクローズアップして、兄妹の愛に嫉妬心を燃やす存在としていることだな。マデラインを生きたまま埋葬するのは、原作では兄であるロデリックだが、ここでは医者になっている。

もうひとつは、原作ではロデリックとマデラインが双子の兄妹であったものを、あえて年齢の離れた設定(ロデリック35歳、マデライン「ひじょうに若い」)としていることだ。

このふたつの大きな改変によって、ロデリックの狂気よりも、兄妹の間にある禁断の愛の方をより明白に浮かび上がらせようという意図だな

でも、ここはあえて双子の兄妹としておいたほうが効果的だったと思いますが・・・

この小説のテーマは「異常な愛」ととらえるならば、その「異常な愛」の「異常さ」をきわだたせるにはそのほうがよかったかもしれないね。
まあ、フランス映画初期の1928年に制作されたジャン・エプシュタインの同名の映画では、このふたりを夫婦にしちゃっているそうだから(そればかりか、ラストに至っても死ぬことなく、客とともに、燃えて沼に沈んでいく邸から避難する!?)、それにくらべればまだしもかな(笑)

考えてみれば双子の愛と合一って、もっとも純粋にして完璧な愛のかたちかもしれませんよ





ところで、ポオといえばアイルランド生まれの挿絵画家、ハリー・クラークを思い出さずにはいられないぞ。ビアズリーの影響を受けながらさらにデカダン、装飾性を高め、様式化された作品のエロティシズムとグロテスクの美学は、まさにポオにふさわしいといっていいね。
1919年にイギリスのGeorge G. Harrap社から出た“Tales of Mystery and Imaginanation by Edgar Allan Poe”という挿絵本がこのハリー・クラークの傑作だよ。うちにあるのは・・・ええと、これだ、カラーの挿絵も入っているから・・・第2版かな

あ、私、その本で読んだんですよ(^^)

え・・・そうなの?(・_・)

はい、白黒のモノトーンの挿絵はほんとうにすばらしいですね。
あと、1983年にThe Dolme Pressから出た、Nicola Gordon Boweというひとによる“Harry Clarke : His Graphic Art”という本がそこにありますね。珍しいイラストやスケッチが収録されていて、観ていてとても愉しい本ですね(^ ^)nikoniko





引用文は「ポオ小説全集T」河野一郎他訳創元推理文庫、澁澤龍彦「マルジナリア」福武書店、ステファン・ヤロチニスキ「ドビュッシィ」平島正郎訳音楽之友社から