#17 誰でもない自分・誰でもある自分




そういえば先日読んだ本にあったのですが、ある映画監督の名を騙って、若い女性にオーディションと称して不埒な振る舞いに及んだという事件があって、被害に遭った女性が本物の映画監督を訪ねたところ、「ニセモノのほうがカッコよかったわ」と言ったとか・・・

(笑)立派な犯罪だけど、見栄っ張りが自分を偉く見せようとしているのなんかにくらべたら、すっかり他人を演じてしまう、他人に成り代わってしまうという詐欺師やぺてん師にはいっそ爽快感があるね

Hoffmannさん、まさか・・・(^^;)

しないしない(^^;)そんな度胸も才覚もないよ。
どうせなら、いっそのこと「どこにもいない誰か」になってしまうほうがいいかもしれない(^^)

それは本来の自分と違う自分とか、誰かのニセモノということではなくて・・・

そう、不特定の何者か、だよ。
よく居酒屋で○○商事とか××物産だとかの超一流企業の部長クラスの名刺を配っているひとが、じつはそこらの中小企業をリストラされたおじさんで、名刺は偽造、勝手に印刷したものだった、なんて話があるだろう?
でも、もしも自分でやるならありもしない組織の、ありもしない身分の方がいいな

アイデンティティの喪失に悩むのではなくて、アイデンティティを放棄して愉しみを見出す、というわけですね(笑)





自分が自分じゃない、ということは誰でも自分である、ということだ。
現代文学なら、現実の社会におけるポジションを失った「自我」の、現代の管理社会のなかでの「喪失(感)」をテーマにするわけだよね。
でも逆に考えたら、詐欺師やぺてん師なんて、そもそもアイデンティティを放棄しているが故にもっとも確固とした自己を保っているのかもしれない。架空の人物になりすまして、いつでも必ず嘘をつくという恒常性がアイデンティティを確立してしまうんだよ(笑)
まあ、居酒屋で虚勢を張って偉ぶったり、女性を騙したりするよりも、その結果が導く効果(金銭とか性的快楽とか)なんかどうでもいいから、仮装したり、変装したり、っていうこと、それ自体を愉しんじゃうのがいいかもね

ぺてん師志願ですね(^^;)現代文学も近代的自我も真っ青ですね(笑)

(笑)社会の外側ってなんだろうね? 幻想か虚構か異端か・・・?
トーマス・マンはアメリカに亡命して、自分のいるところがドイツだ、と言ったよね。中心はいたるところにあって、どこも中心だらけ(笑)自分が逃げた先にはやっぱり中心がある、それがご当人の「現実」ってものだよ。
だから社会における立場なんてあんまり意味がないと思うんだ。そんなものはどうにでもなるんだよ





種村季弘の「ぺてん師列伝」という本に、「ケペニックの大尉」の事件が紹介されている。
1906年、ベルリンでひとりの大尉の制服を着た男が哨兵小隊の一行を呼び止め、さらに歩兵数名の加勢を呼び出すように命じた。呼び止められた下士官は大尉の命令に従い、総勢14名でケペニック市庁舎を占拠、市長を逮捕して会計係に金庫の勘定決算させ、4千マルクを運び出させた。そして市長は大尉の命令でベルリンに護送された。
ところがいざ到着すると、当番将校はそんな連絡は受けていないという。4千マルクの領収書には「フォン・アロエザム」とサインがあったが、そんな名前の大尉も存在しなかった。これには市長も護送した歩兵たちも仰天した。
そのころ、当のフォン・アロエザム大尉は駅の一時預かり所のロッカーから一抱えの荷物を出して有料便所へ。やがてそこから出てきた男は・・・

しおたれた上着によれよれのズボン、ボロ靴をはいた、ありふれた失業者のいで立ちである。男は前よりも一回まわり嵩ばる大きな包みを抱えており、疲れ切った足どりで郊外のリクスドルフの方へと、そのまま大都会ベルリンの闇に吸い込まれた。

この事件を知った皇帝ウィルヘルム二世の皇子は「こんなことはドイツの歴史上でも前代未聞だ!」と腹の皮がよじれるほど笑ったそうだ(^^)

その本、私も読みましたよ。なんとも愉快な事件ですよね(^^)

偽大尉の正体はウィルヘルム・フォイクトという57歳の、がに股で風采のあがらない元靴屋だった。しかも刑余者にして目下失業中。これが颯爽たるドイツ第二帝政の官憲の鼻を明かしたという落差からか、逮捕されるや大人気で、予審中に130通の結婚申し込みの手紙が殺到、そのなかには若い、大金持ちのアメリカ娘が二人もいたそうだ(笑)

でも、フォイクトの目的はお金ではありませんでしたよ。住民登録がない、滞在許可証もない、身分を証明する物がないので、旅券が欲しかったのですよね

フォイクトの望みはおそろしくささやかだった。ベルリンで姉のベルタの紹介で識ったばかりの貧しい後家のリーマー夫人と、五十七歳で初婚の小さな家庭を持とうとしていただけだった。そのためには金ではなくて旅券が必要だったのである。

市庁舎を占拠して、戸籍謄本室で真物の偽造旅券を作ろうというのが目的でした。ところがケペニック市庁舎には旅券室がなかった・・・だから逮捕されたときには、フォイクトは詐取した4千マルクのうちほぼ半額を、偽造旅券を手に入れるため、偽造専門のいかさま師に支払っていたのですね

・・・

つまり、フォイクトの目的はアイデンティティの獲得だったわけですよ・・・

(-_-;)うぅ・・・でもね、この事件でいちばん注目すべきは制服の威力だろう?
ウィルヘルム二世皇帝は「これが規律というものだ。何人もこの点でわが国の真似ができる者はおるまい! これこそが制服の力だ」と大笑いしたそうだよ

皇帝自身が・・・はからずも痛烈な皮肉になっていますね(^^;)

古着屋で値切って買った制服ひとつで、これだけのぺてんが成功したということは、官憲はかくも制服やその意味するところの肩書きに騙されやすいということじゃないか。ここでは制服のほうが旅券なんかよりも、はるかに世間に通用したわけだ。ウィルヘルム・フォイクトはこの事件で、旅券以上に強力な身許証明書を身にまとっていたんだよ

それは認めます。だからこそこの事件は痛快なんですね(^^)



それではHoffmannさん・・・(^^)

ん?

アイデンティティを失わない程度に・・・まず手はじめに私のwigを・・・(((( ^^)(((((^^;)



引用文は種村季弘「ぺてん師列伝」青土社から