#18 「角度が大事(でえじ)」




平井呈一は永井荷風の弟子だったひとでね。門外不出の日記の浄書を複本作成することから、中央公論社での個人全集出版の企画交渉まで一任されるほどの信頼関係にあった。ところが、破局は突然やってきて、荷風は日記(出版されることを前提にした日記文学)「断腸亭日乗」と「来訪者」という小説で平井呈一を偽筆・贋作をしたと攻撃に出た

でも、「断腸亭日乗」って、誇張と嘘の多い、ほとんど創作された日記ですよね

平井呈一の側はこの事件については語っていない。後に真相を尋ねてみても「本当といえば本当だし、嘘といえば嘘だね」なんて答えたり、たくみにはぐらかされてしまったり、だったそうだ。紀田順一郎の「日記の虚実」という本にこのあたりの経緯が推考されている

じっさいにはどんなひとだったのでしょうか?

その紀田順一郎によれば、荷風が書いたような「強慾冷酷」とは正反対のひとだった・・・

つねに端然と和服を着こなし、会えば開口一番「お宅さんは皆さんお達者?」と尋ねる、その気さくな口調がいかにも下町生まれの年輩者らしい、心づかいを感じさせられたものである。

当時中学生だった荒俣宏が手紙を出せば、ていねいな返事が返ってくる。待ち合わせたら、渋谷の喫茶店に、和服姿の腰に手ぬぐいをぶらさげて、下駄をカラコロと現れたそうだ。ふとしたことで怒らせてしまうと「バカヤロ、コノヤロ」で、破門されちゃう。でも、忘れてまた受け入れてくれる

(^o^)いいですね〜

江戸前の語りことばで、話題がゴシック文学から恐怖文学に及ぶと70歳にして夜を徹する、そんなひとだったそうだよ。
ちなみに、平井呈一を直接知っているひとに聞いたんだけど、そのひとが子供に腫れ物ができた、なんて話をすると、どこそこのお札がいい、とか、どこぞのお水をもらってくるといい、なんて言う、あたかも江戸文人のようなひとだったということだ(^^)

Hoffmannさんも、将来そんなひとになってくださいね(*^_^*)

えっ・・・(笑)





Hoffmannさんはこのひとの翻訳書をたくさんお持ちですよね

うん(^^)なんといっても有名なのは、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の翻訳、恒文社の「小泉八雲作品集」(全12巻)かな。誤訳もないわけじゃないし、最近では、あれは意訳だって攻撃するひともいるけれど、文学作品として、じつに雰囲気のあるいい訳だよ。
それから、いまはなき牧神社(「まきじんじゃ」じゃないよ、「ぼくしんしゃ」)から出ていた「アーサー・マッケン作品集成」。現在沖積社から復刻版が出ているけど、これがまたすばらしい。おかげですっかりアーサー・マッケンの虜になってしまった(笑)

マッケンを含むイギリスの怪奇小説、ゴースト・ストーリーの数々は現在でも創元推理文庫でいくつか読めますね。以前お話したブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」や、シェリダン・レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」はそのなかの代表ですね。どれもとてもいい翻訳だと思いました

種村季弘による編纂の吸血鬼小説アンソロジー、「ドラキュラ ドラキュラ」に収録されているポリドリの「吸血鬼」は佐藤春夫訳とされているけれど、あれもじつは佐藤春夫名義で発表された平井呈一の訳なんだよ

すると新人物往来社版の平井呈一訳というのは改訳にあたるのですね



怪奇小説じゃないけど、アーネスト・ダウスンも忘れられないな

思潮社版の「ディレムマ」と・・・文庫本よりもさらにひとまわり小型の「晩秋」という本がありますね。昭和11年の刊行・・・「平井程一譯」とありますね


ああ、「程一」が本名なんだ。当時は本名を使っていたんだよ

山本文庫・・・って、かわいらしい本ですね

ふっふっふっ・・・よくぞ訊いてくれた( ̄ー ̄)niyari

(・_・)? いえ、べつになにもきいては・・・

もう故人になっちゃったけど、東京大学教授の英文学者由良君美が若い頃に、この山本文庫の近刊書目のページで「ダウスン『晩秋』平井程一訳」とあるのを見つけて、読みたくなったが、いくらさがしてもどこにもなかったそうだ。で、あるインタビューで「これを必死に捜したんですが、どうも出版されなかったらしいですね」と語っている・・・

それをお持ちなんですね(^^;)

そう、ちゃーんと出版されていたんだ。だから、この本はちょっと自慢なんだよ(^-^)ehen



あと、ゴシック文学の古典、ホレス・ウォルポールの「オトラント城奇譚」を忘れるわけにはいかない。先日の新人物往来社の「怪奇幻想の文学」の第V巻にはふつうの日本語訳が収録されていたけど、その後、これを擬古文訳で訳し直している。ちょっとくらべてみよう・・・

マチルダは母ヒッポリタのいいつけで、自分の部屋にさがったものの、おちおち心もおちつかず、とても床にはいるなどという気にはなれなかった。

さてもマチルダ姫は、母君の宣(の)らするまゝにおのが曹司(へや)に退りけるも、いかにか心おち居ず、臥床に寝まる心ぞなかりける。

日本語って、豊かなものだったんですね・・・





めずらしいところではオスカー・ワイルドがある。昭和25〜26年の改造社版「ワイルド選集」全3巻も結構めずらしいんじゃないかな。
それに、講談社文庫で出ていた異色の「Yの悲劇」!

エラリー・クイーンですね。これは読みました。じつは「Yの悲劇」は別な翻訳で読んでいたのですが、それでももう一度読んでいて、まったく飽きさせません。
ここでは探偵役の、引退したシェイクスピア俳優ドルリー・レインが、あたかも下町の演芸場から現れた旅回り一座の座員のようで、なるほどこういうのもありかなと・・・

「ニューヨークからご遠路わざわざ光来になるからには、ただのご無沙汰伺いじゃないでしょう。そう言や、まるひと冬お見限りだったからね。―ロングストリート事件の解決以来でしょう。こりゃ子供だって見当がつく。いったい何です、こんどの騒ぎは?」

ほかの登場人物の台詞だって「当たるも八卦、当たらぬも八卦、そんなとこですかな?」とか、きわめつけは「やい、このおったんちん!」(笑)

(笑)

そもそもが、翻訳論で言われる読みやすさとか、初歩的な誤訳のない正確さなんていうのは翻訳論以前の問題なんだよ。名訳っていうのは、こういうものをさして言うことばなんだな

作品を見る角度が定まっていますよね(^^)

(^^)優美、わかるか?

(^^)うふふ・・・





引用文は「牧神」マイナス3号牧神社、紀田順一郎「日記の虚実」新潮選書、「怪奇幻想の文学」第V巻新人物往来社、ホーレス・ウォルポール「おとらんと城綺譚」平井呈一訳思潮社、エラリー・クイーン「Yの悲劇」平井呈一訳講談社文庫から