#26 男にして女 ― あるいは全体性の神秘




結婚式の際に花嫁と花婿の間で衣装の交換が行われたり、結婚式以外でも祭礼で衣装交換・仮装の儀式が行われたりするのは、これは広くヨーロッパやアジアの諸国でも見られた風習だそうだ

どういう意味があったのでしょうか?

アフリカやポリネシアの民族においては、成年式における衣装交換は両性(具有)を経ることによって性的な男性に至るというイニシエイションであったそうだ

つまり、全体性の存在様式を知らなくては、限定された存在様式にも達することができないというわけですね

古代ギリシアでは新婚初夜に花嫁が付け髭をするとか、妻を迎える夫が女性の衣装を身につけるという風習があったそうだよ。これも、同じような意味があったんじゃないかな。
農耕儀式における衣装交換は、古代ギリシアだけではないらしい。アフリカ、アメリカ、メラネシア、オーストラリアから古代ゲルマン、古代近東、イラン、インドの宗教における神々にも両性具有は見いだされる。ここでは両性具有は統一的完全体の象徴であり、いっさいの可能性が結合された始源の全体性をあらわしていたんだろうね


始源の全体性って、なんですか?

ミルチャ・エリアーデによれば、「反対の一致」、つまり対立するものがそれぞれの実在を相互補完するものと解釈されることこそ、失われた「統一」を回復したいという願望のあらわれだということになる。キリスト教ならば神に対して、その夜の様相として悪魔が姿をあらわすようにね。善と悪も、これは分裂の結果であって、原初の「統一」は善悪をも超越した絶対的自由だというわけだな。
プラトンも原初の両性具有たる人間は球形であったと言っているだろう? 球形というのは、古代から完全性・統一体の象徴だよ



それにしても、プラトンの言うように原初の形態を求めるのが愛だとすれば、故に愛はノスタルジーに似ているとも言えますね


おもしろい見方だね。愛し合うふたりは互いに相知るよりも、はるか以前からお互いを知っていたという不思議な感覚にとらわれる・・・(笑)
でも、ここで愛を持ち出すと、愛の行為は生殖にのみ奉仕するものである(べき)とする一部の宗教家・道徳家には困ったことになる。このノスタルジーは半身を求め、ふたたび原初の状態への結合を希求するものでしかない


でも、そのようなお堅い修身の教科書みたいな発想は、まさに社会や宗教が成立してからのものですよね

もちろんさ。だからまったく意味がない。むしろ両性具有について考えるなら、深層心理学の研究に目を向けた方がいい。ここで大御所にお出まし願うと(^^)フロイト先生は両性具有のテーマを退行願望と死の衝動とに結びつけて、性的衝動は有機生命体が無機物に退行しようとする願望のあらわれであり、性の快楽は連続性、すなわち死に至る衝動であると説明した

エロティシズム理論の基本ですね



でも、両性具有ということでは、むしろユング理論の「原型」説のほうがこの場にふさわしいかもしれないな

アダムとイヴや、プラトンのアンドロギュヌス神話が集合的無意識というわけですね。でも、むしろ「原型」理論で直接的に両性具有と結びつけられるのは、男性の無意識のなかには女性像アニマという潜在的な異性があり、女性の無意識には男性像アニムスが存在するという説ですね

(笑)愛する対象となる者(異性)は、その主体の無意識のなかにある潜在的な異性の影なのかもしれない、それが外部に投影されて、主体はその影に恋する・・・(^^;)kudoikana?

そういえば男性は無意識に母親に似た女性を求め、女性の場合は父親に似た男性を求める傾向があるそうだ。だから世のなかの配偶者同士が容貌が似ているケースが多いのは、これで説明できるというわけだね

Hoffmannさんもそう思いますか?

(笑)さて、どうかな?(^^)
男性が女性に母親像を求めるのというのは、まあ多少は誰にでも見られる要素だと思うけど、これが強度であるのは、母親との同一化によって自らの男性的存在を維持しようとする心理だ。だから、精神的には未熟と言わざるを得ない

男性的存在の維持って、逆じゃないんですか? たとえば女装する男性には女性化したいという願望があるのではないですか?

服装倒錯の男性が女装するのは、「恐ろしい母」―やさしくもあるが息子の独立心をくじいて我が身から手放そうとしない、息子から男らしさを奪う脅迫的な力を持つ母親と、同一化しようとする心理によるものだ。それによって去勢不安を克服しようとするんだよ。だから衣装倒錯者に同性愛者の割合がごくわずかであるというのも当然なんだ
その意味では、さっき言った世界各地で行われていた衣装交換の儀式は、衣装倒錯とはまったく似て非なるものだね



そういえばHoffmannさん・・・先日私の服をお買いになるとき・・・

(笑)うん・・・

店員さんに「このサイズでいいんですか?」と訊かれたんでしたね(^^ )

ああ・・・(^^:)

その店員さん、Hoffmannさんが着ると思ったのかもしれませんね(^^;)

kusu( ^^)/(^^;)maitta・・・





参考文献
「エリアーデ著作集 第六巻 悪魔と両性具有」宮治昭訳 せりか書房
※ 澁澤龍彦「夢の宇宙誌」(河出文庫)に収録された「アンドロギュヌスについて」というエッセイが、上記論考を下敷きに平明な文章でまとめたもの(というか、ほぼ焼き直し)です。