#35 「理髪師の唄」




アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグも「閉ざされた城の中で語るイギリス人」の献辞に、「E.J.の憶い出に捧ぐ ならびにビアズレー友の会(秘密結社)のために」と記している。E.J.というのは作家エドモン・ジャルーで、ビアズレー友の会というのはじっさいに存在したわけではなく、このジャルーと画家ハンズ・ベルメール、それにマンディアルグの3人が、当時数少ないビアズレー愛好家としての連帯意識をあらわしたものらしい

「閉ざされた城の中で語るイギリス人」には、登場人物がビアズレーについて言及する箇所がありましたね

優美、よくおぼえているね。「鉛筆の、また絵筆の持ち方を心得ていた、後にも先にもただ一人のイギリス人(ヒントを授けますと、ほら、マントンの墓地に眠っている)、彼のデッサンが・・・」という箇所だね。これはもちろんビアズレーのことだ

さすがに大作家ですね。当時から美術・芸術の目利きだったのですね

マンディアルグには「ビアズレーの墓」という短編小説もあるんだよ





先日、タンホイザーのお話をしましたけれど、たしか、ビアズレーは「ヴィーナスとタンホイザーの物語」という散文作品も書いたのですよね

優美、よく知ってるね。「丘の麓で」という題名で雑誌に発表したものは「ヴィーナスとタンホイザーの物語」を改変したものだ(ただし、「ヴィーナスとタンホイザーの物語」が私家版として出版されたのは雑誌より後)。残念ながら未完の作品となったけどね。日本でも「美神の館」という題で、澁澤龍彦による翻訳が出ている

雑誌って、有名な「イエロー・ブック」(“The Yellow Book”)ですか?

いや、「サヴォイ」(“The Savoy”)だな。ビアズレーといえば「イエロー・ブック」を連想するけれど、この高級な季刊文学雑誌にビアズレーが参加していたのは第4巻までなんだ。オスカー・ワイルドが同性愛問題で逮捕されたときに、黄色い表紙の本を持っていたんだな。これはフランスの小説だったんだけど、新聞には「オスカー・ワイルド、『イエロー・ブック』を抱えて逮捕さる」という大見出しが出た。誰もが「イエロー・ブック」(“The Yellow Book”)だと思って、出版元には群衆が押しかけて、投石し、罵り声をあげる騒ぎとなったんだ。まったくえらい・・・

・・・とばっちりですね〜(^^;

じっさいにはワイルドは「イエロー・ブック」に寄稿したこともない。そもそも編集主任がワイルドを閉め出していて、ビアズレーはこのことを喜んでいたんだよ。だからワイルドの側も「イエロー・ブック」を嫌っていて、ビアズレーにも好意を持っていなかったんだけど、いつの時代も大衆というのは愚かで短絡的なんだね。ビアズレーは「サロメ」の挿画も書いているので、非難はこちらに向かってしまったんだ

たしかに、ワイルドといえば「サロメ」、「サロメ」といえばビアズレー、ですよね。ビアズレーの絵も、いかにも性的倒錯を扱っているように見えるのは事実ですね



それで出版元は5号発刊前に美術部門の編者ビアズレーをクビにしてしまったんだよ。
その後の「イエロー・ブック」は、特色を失い、魅力に乏しい個性のない雑誌となりはて、13号をもって廃刊となった・・・

つまり、当時の社会道徳の圧力に敗れたわけですね

敗れたっていうより、屈したんだな(-_- )nasakenai
ところがレナード・スミザーズという、豪華本と好色文学・絵画の出版をやっていた男が、「イエロー・ブック」も当初のアイデアはよかったのだから、同じ路線でいまいちど別な雑誌を出版してみようと考えた

それが「サヴォイ」なのですね

そう。文学面の編集をアーサー・シモンズが担当して、シモンズ自身やダウソン、イエイツの作品を掲載した。一方美術面を担当したビアズレーも挿画だけでなく、散文や詩も執筆している。それが「丘の麓で」や「理髪師の唄」というわけだ。
残念なことにあまり売れなくて、8号で廃刊となったんだけど、「イエロー・ブック」が捨てた新文学と新絵画の理念を勇敢に、かつ社会に妥協することなくとりあげ、その水準を維持しようとしたという点で、「イエロー・ブック」よりも魅力ある、質の高い雑誌だったようだね


ようだね・・・って、Hoffmannさんは「イエロー・ブック」は・・・

ビアズレーが去った後の第9巻の、それも復刻版しか持っていないんだ。というか、なんでこれ一冊だけウチにあるのか・・・いつ買ったのかぜんぜんおぼえていない(^^;)とにかく、全部は読んでいないんだよ(笑)

これρ(^^;

“The Yellow Book” Vol.IX

(笑)Hoffmannさん、「サヴォイ」は全巻お持ちですね

これも復刻版だけどね(笑)
そうそう、さっきビアズレーの日本への影響についてふれたけど、ロンドンに留学した夏目漱石が帰国後にはじめて出版した作品集は、体裁が「サヴォイ」の最終号と同じで、しかもビアズレーそっくりのイラストが添えられているんだよ。画家は橋口五葉というひとだ

で、この「サヴォイ」の第1巻と第2巻に「丘の麓で」が、第3巻に「理髪師の唄」が掲載されてるんだよ

ほらρ(^^ )

“THE SAVOY”


“UNDER THE HILL” from No.1


“THE BALLAD OF A BARBER” from No.3

すてきなイラストですね〜この冒頭がさきほどの詩ですね。続きを聞かせてください

王様も、女王様も、また宮廷の人々も
彼だけを頼りに髪を刈ってもらう

・・・

その腕前の妙たるや、何の苦もなく
冴えない顔には活を入れる
また古代ギリシアの女神には
新たな奇蹟と美とを添える

それでいて謙虚で驕らず、いかなる客にも同じ熱意を持って仕事にかかる名人だった。
ところがある日、13歳の「日の出を迎えた春の花のように/明るくしかも無邪気な」王女様の髪を結っていて・・・


三たび理髪師は髪を縮らせ
三たびその髪を真直に伸ばした。
二度も髪鏝(アイロン)は王女のドレスを焦がし
二度もかれは王女の裾につまずいた。

彼の指は日頃の冴えを失い
象牙の櫛も意のままにならず、
どうしたわけか目の前がぼんやりして
あやしく床が揺らぎはじめた

オーデコロンの壜をひっつかむと
彼は両手で壜の頸をへし折った。
まるで自分が一人ぼっちのように心もとなく
しかも王様のように強大な感じがした。

王女はかすかな悲鳴をあげた
カルウセルのつくった傷口は鋭く深かった。
眠りたい人をそっと寝かせておくように
彼は王女をそっとそのままにしておいた。

それから爪先立って部屋を出た、
事の次第に満足した微笑を浮かべながら。
やがてメリディアン・ストリートで、彼の絞首刑が行われた。
カルウセルのために、空しき祈りを捧げよかし。

・・・グロテスクな滑稽味がすばらしいね

それにこのイラストも! 傑作ですね




おまけ

Ernest Dowson“The Pierrot of the Minute” Illustrated by Aubrey Beardsley (1897)


文中の「理髪師の唄」は澁澤龍彦訳

Hoffmannならこんな調子に訳しますかね(^^;

王女はかすかに叫んだが
深く鋭く切りつけた。
そして王女を夢のなかに
そっと眠りにつかせておいた。

爪先立って部屋を出て
すべてはよしと微笑んだ。
やがてメリディアン通りで縛り首
祈りむなしきカルウセル。

・・・どう?(笑)

う〜ん(*^^)(^^;)dame?



さて、今日は優美のHomepage開設一周年だね。去年の1月30日に仮upして、正式公開としたのが2月11日だ

よくおしゃべりしましたね〜(^^ )

ちょっとその頃の写真を引っ張り出してみよう・・・







きゃー(^o^;;;;恥ずかしいですよ〜

(笑)まあまあ・・・撮影したほうが恥ずかしいよ(^^;)でも、優美は最初からきれいだな・・・

えっ・・・(*^o^*)なんですか?


あーいやいや(*^_^*)これからもよろしくねって言ったのさ。

それにお越しいただいている皆様も、どうかこれからもよろしくお願いいたします


よろしくお願いしますねっ(*^o^)σσσ)))~0~)/プニプニプニッ♪