#39  黒死病の仮面






ペスト(らしき疫病)は、古くは聖書にも語られていて、さらに紀元前3世紀のエジプトを中心とする悪疫の記録もペストと見られている。

文学に現れたペストといえば、フランスのアルベール・カミュの小説「ペスト」が有名だけど、これはカミュの思想・哲学を表現するための小説だね。ルポルタージュとしてはダニエル・デフォーの「ペスト」がすぐれている。
忘れちゃいけないのがジョヴァンニ・ボッカチォの「デカメロン(十日物語)」だ


パゾリーニが映画化していますよね。オムニバス形式の(^^ )

「デカメロン」は黒死病下のフィレンツェで、7人の男と3人の女がひとり一日一話ずつ、十日間話し続けて全百話の物語を語る、という形式の枠物語だ。面白おかしな好色艶笑譚ばかりだけれど、じつはその背後にはペストが蔓延する都市フィレンツェがある。冒頭にはその惨状が語られていて、淡々と描写されているだけにかえって恐ろしい・・・。

あと、「ピープスの日記」で有名なサミュエル・ピープスが、17世紀半ばにペストがロンドンを襲ったときに、まさにそのロンドンで生活していたから、その「日記」のなかで、当時の状況を生々しく伝えている。もっとも、夫人を疎開させた後は、ペスト怯えながらも浮気ばっかりしているんだけどね(^^ )





ペストって、そもそもどんな病気なんですか?

ペストには腺ペストと肺ペストがあって、流行するときにはいずれか一方というわけではないらしい。その病態は、腺ペストの場合、感染してから数日で高熱を発し、随意筋が麻痺して引きつけなど起こすに至る、鼠蹊部や腋下部のリンパ腺が腫脹 硬結して排膿しない、3日め頃になると全身に出血性の紫斑が現れ、この黒い斑点からここから黒死病と呼ばれるようになったんだな。

肺ペストは喀血などの肺炎症状、心機能が低下するので苦痛のあまり暴れたりすると一巻の終わりだそうだ。こちらは空気感染するからやっかいだぞ。

ペストは歴史上は300年周期で流行しているそうだけど、 いまではさまざまな抗生物質が開発されている。もちろん、当時は治療法はなし、運良く回復することもあるけれど、死亡率は30%とも40%以上ともいわれている。

それでは現代でも根絶はされていないのですね?

いまでもインド、マダガスカル島(野生のアレチネズミがいるそうだ)などでは散発しているそうだ。

ネズミといえば、じつは18世紀にドブネズミが、ロシアからヨーロッパに入り込んでいるんだよ(大群がヴォルガ河を泳ぎ渡っているのが目撃されている)。このドブネズミによってクマネズミが駆逐されたらしい。ドブネズミはヒトとの交渉が少ないので、これでクマネズミ→ヒトというペスト菌の感染経路が多少とも減少したわけだな


はあ・・・ドブネズミも捨てたものではないですね(^^;



当時はペストの病因はどのように考えられていたのでしょうか?

いちばん単純なのはこれこそ神の怒りという考えだね。それまで不品行の限りを尽くしてきたひとが、突如として施しや善行に救いを求める例もあったそうだ。かと思うと、この世限りとばかりに欲望の赴くまま、つかの間の刹那的な快楽を求め、放埒な生活に耽溺したひとたちもいたという・・・

疫病が伝染病であるという認識さえなかったのですね?

もともとヒポクラテスの唱えた、人体の四体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)がバランスを欠いたときにひとは病気になるという説が、歴史上長く信じられていたんだよ、そこから発展して四大素(土、水、空気、火)や天体の運行(占星術・惑星)と病気との関連も考えられていたんだ。

黒死病の時代には、汚染空気というものがあって地震や火山の爆発で地表に吹き出される、これが停滞した土地で疫病が発生すると考えている学者がいた。この大気腐敗=病因説は占星術とも結びつけられ、かなり支持者がいたらしい


中世って、キリスト教会がさかんに占星術を禁止していたのではありませんか?

禁令が発布されたってことは、民間において盛んだったからだよ(^^ )





イスパニアでは監獄に閉じこめられていたイスラム教徒が感染を逃れて、もちろん連中は神の恵みとしてアッラーを讃えたわけだけど、この奇蹟の原因を隔離によるものと気づいた医者もいたんだよ。そのほかにも、完全に交通路網を外れたところでテント生活をしていたアラビア人がペストの流行から逃れられたという事実もあったんだな。
ところがこうした事実から導き出された感染説も、なぜかヨーロッパ全土では注目されない。隔離が有効であることが分かっていながら、大気の有害物質なんて議論に血道を上げていたのはどうしてなんだろうね?(-_-?)

そして出てきたのがある医師による、キリスト教徒の敵が空気、水、食物などに毒を投入している、という報告だ

「キリスト教徒の敵」って・・・(・・;)

いうまでもなく、ユダヤ教徒(ユダヤ人)を想定した発言だ。この発言がきっかけとなったものか、1348年ジュネーヴでユダヤ人の大量虐殺が起こり、これが各地へと広まってゆくことになる

前回、UFOのお話をしたときの「陰謀説」と同じですね

そうそう、人間って、原因の分からない、恐ろしい災厄・不幸に見舞われたときに、これをだれかのせいにしたい、そうして納得したいって思うんだね。その結果、仮想敵をこしらえて、スケープ・ゴートに仕立てて、場合によっては攻撃に出る・・・ユダヤ人の住んでいない地域では「キリスト教徒の敵」として、ハンセン病患者やアラビア人、墓堀人などが迫害の対象となったということだ




ともあれ、患者の隔離が感染の拡大に対して有効なのは分かっていたわけですから、その後患者の隔離も行われるようになったのですね

でも、隔離政策はむしろ黒死病が終息して政情も落ち着いてからのことなんだね。まあ、ペストが蔓延している間は支配階級側もそれどころではなかっただろうし、なにより役人も奴隷もばたばた死んじゃうんだからね。
ところが、隔離政策には別な問題がある。隔離といったって、実質は患者の遺棄であり、社会的な抹殺、場合によっては家族もろとも被差別者とする制度として機能してしまう


そういえば、薬害スモンのときも、原因が確定するまでは感染症と誤解されて、患者やその家族は地域社会ではつらい思いをしたということですね

こうしたことが、たとえば歴史上、ハンセン氏病患者への根強い偏見にも影響しているんじゃないかな(例のホテルは廃業したそうだけど)

ユダヤ人差別・迫害については言わずもがなというわけですね

そういうこと。そしてその迫害の急先鋒に立ったのは、ほかでもないキリスト教徒だ。ジュネーヴに続いてユダヤ人虐殺の起こったストラスブールでは「キリスト教徒のユダヤ人に対する借財及び負債はすべて棒引きとする」なんてお触れが出ている

当時商取引や金融業で社会の中心になりつつあったユダヤ人に対する怨恨もあったのでしょうね

だから、ユダヤ人の虐殺、焼き討ちは必ず略奪行為を伴っていたんだよ。それには、その居住地がゲットーのように「隔離」されていることはまことに都合が良かった・・・

教皇庁はこうした流れに対してなにもしなかったのですか?

黒死病に関して、ユダヤ人が無実であることは二度ばかり回勅を発布したけれど、ほとんど効果はなかったそうだ。なぜなら・・・

なぜなら・・・?

ユダヤ人狩りにこぞって志願し、参加したのは、己の宗教的正義を確信していたキリスト教徒たちだったからだよ

皮肉ですね・・・

これは20世紀に至っても、第二次大戦下のナチズム社会で同じことが繰り返されているよね。このときのユダヤ人の虐殺に対しては、ローマ教皇庁は指一本動かしていない

キリスト教の問題なんでしょうか?

キリスト教に限らず、宗教って、本質的には閉鎖的かつ非寛容的なものだと思っているんだけどね。あと、宗教にしろ政治政党にしろ、集団となること・徒党を組むということには、その目的であるところの正義の行為に参画しているという自覚と確信が必要とされるだろう・・・

キリスト教やナチズムの場合は、ユダヤ人迫害という行為が、その確認のために機能しているということですね