#40 ユニヴァーサルの栄光と悲惨




ユニヴァーサルは「フランケンシュタイン」の制作にあたって、モンスター役はベラ・ルゴシを予定していたんだ。当のルゴシは故国ハンガリーでシェイクスピアものも演じた俳優だという自覚もあって、てっきりフランケンシュタイン博士の役が回ってくると思っていたらしい。ところがモンスター役だと聞いて、台詞もないし、表情も分からないという理由で断ったんだよ

そうだったのですか? はじめからボリス・カーロフが予定されていたのかと思ってました(・_・ )

それほど、モンスター役にふさわしく、またカーロフのイメージが強烈なんだよね(笑)でも、最初はルゴシに声がかかったんだ。いやがるルゴシをなだめて、ともかくもテスト撮影を行ったところ、これが大失敗。とくにメイクがケッ作で・・・これは傑作じゃなくて、思わず笑い出してしまうようなものだったそうだ。

途方に暮れていたところに、「おれに撮らせてくれと」名乗りを上げたのがジェイムズ・ホエールなんだな。ホエールはすでに「暁の総攻撃」という「普通の」(つまり怪奇映画じゃない)映画で名をあげており、ユニヴァーサルはこの気鋭の人気監督に「フランケンシュタイン」を任せることにした・・・。

問題は主役で、ルゴシは正式に役を下りちゃったし、ホエールが目を付けた俳優には断られるしで、何人かがテストを受けては落ちるという繰り返しだった。ところがある日、ホエールは撮影所の喫茶室でコーヒーを飲んでいる当時43歳の下積み俳優を発見し、これこそモンスター役にふさわしいとスカウトした・・・。

偶然の大抜擢だったんですね〜

メイク部のチーフ、ジャック・P・ピアースはテスト撮影の失敗に懲りて、今度は解剖学から犯罪学、古今の埋葬習慣まで研究したという・・・優美、たとえばあのモンスターって手足が異様に長く見えるよね?

ええ、全身のバランスを崩しているくらい、長く見えますね

あれって、古代エジプトで犯罪者の手足を縛って生き埋めにすると、死後体液が手先、足先に集まって四肢全体が異常に長く、太くなるという事実から取り入れられたんだそうだ。じっさいは、服の袖を切りつめたんだね(^^ )

さらに人造人間らしく動作を鈍くするために、モンスター役の俳優には20キロ以上もの重しや衣装を身につけさせていよいよテスト・・・結果、思いどおりの演技と効果をあげたその男、すなわちボリス・カーロフをモンスター役に据えて、撮影を開始することになった・・・


名作の影にはキャスティングからメイクまで、紆余曲折があったのですね〜



映画の「フランケンシュタイン」って、名作には違いないんだけど、メアリ・シェリーの原作とはずいぶん違ったものになっているよね。だから長い間「これは本来の原作とは別ものだ」と思っていたんだよ( ・_・)♭

私もそう思いますけど(・_・)別ものとしてよくできている、と・・・

でもね、ジェームズ・ホエールもボリス・カーロフも、じつは原作に描かれていたモンスター(人造人間)の苦悩をよく理解していたんじゃないか、って思えるようなところがある。だいいち、モンスターの表情にしてからが、無知と無邪気、それによる残酷と悲哀そのものをあらわしているようだろう?


“Frankenstein”(1931)

言われてみれば・・・すると、ことにカーロフの存在はこの映画の要ですね。それにカーロフ自身も、この映画によって大成功したのですよね

うん。ところが苦労も多かったんだよ。カーロフが休憩時間にスタジオの外で一服していたところに撮影所の秘書が出くわして、カーロフは悪気もなくにっこり微笑んだんだけど、秘書は卒倒。この事件以後、カーロフは食事以外ではスタジオを出られなくなってしまった。

また、当時条例で定められていた俳優の拘束時間を大幅に超える過酷なスケジュールには、さすがのカーロフもたまらず抗議したそうだ


あのメイクにも時間がかかったのでしょうね

つけるのに5〜6時間、落とすのに2時間かかったそうだ。終盤の、人間ひとり担いで山道を走るシーンだって、ほんとに大の男を担がされて―いまみたいにスタンド=イン(替え玉)なんかいないし―それを何十回も繰り返させられた・・・カーロフは「『フランケンシュタイン』は私の人生をめちゃくちゃにする」と嘆いたという・・・。

それでもカーロフはその後見事に大成したし、映画史に名を残したんだから幸運だったんだけどね・・・

・・・とおっしゃると?

モンスター役を断ったルゴシはその後もユニヴァーサル映画には出演したけれど、晩年は麻薬中毒で立っているのもやっとという状態、入院しての治療中にはシーツやパジャマまで食べようとするほどの重症だった。この麻薬中毒はひどい後遺症となって、死の直前までルゴシを苦しめたんだ

ドラキュラ役に呪われたのでしょうか・・・(・_・;



一方監督については運不運が逆でね。「魔人ドラキュラ」のブラウニングは幸運な晩年を迎えたが、「フランケンシュタイン」のホエールの晩年は悲惨だった。
若くして大成功、「フランケンシュタイン」の制作に取りかかった時点で、給料はユニヴァーサルでも最高の額(週に千ドル)、「フランケンシュタイン」の成功もあって、ホエールはまさに栄光の頂点にあった・・・

・・・

ところがホエールの別荘には同性愛者の映画人が集まってパーティに明け暮れているというゴシップが漂いはじめ、ユニヴァーサルが営業不振となり、経営者が交代すると、とたんに自由は狭められ、先のゴシップも手伝って引退を余儀なくされる・・・

スキャンダルによる失脚って、アメリカ的ですね〜

その後は酒と乱痴気騒ぎに明け暮れ、1957年5月の朝、自宅のプールで溺死体となって発見される・・・プールサイドには裸のビーチボーイを描いた未完の油絵があり、これはホエールの晩年の恋人であり、また彼を殺害した犯人であろうと人々は噂したという・・・




怪奇映画の監督や、その主演俳優というのは、映画界でも一段低いランクに見られて、ときに不幸がつきまとうものなんだね。これは日本の古い怪談映画の場合にも同じことが言えるようだ

よく、大成した女優さんが、若いころにポルノまがいの映画に出演したことを隠したり、あれはだまされて出演したんだなんて言ったりしますよね(^^;)

怪奇映画にも似たエピソードはあるよ。女優の池○淳子が若いころ出演した映画に「花嫁吸血魔」というのがある、この映画のなかでゴリラみたいな怪物に変身するんだよね・・・ホントかどうか知らないけど、このひとは有名になってからフィルムを買い占めて焼却処分にしたそうだ

天知茂さんも若いころは吸血鬼とか、悪役ばかりでしたよね(^^;)晩年は明智さん・・・

優美も詳しいね(笑)まあ、ルゴシもカーロフも、それぞれの当たり役のイメージが強く焼き付けられてしまって、つくづく嫌気がさしたようだね。ルゴシは「私がこの役(ドラキュラ)のために、どんな被害を蒙っているか、誰も知らないんだ」と言ったそうだし、後にクリストファー・リィはドラキュラ役を演じ続けることを「ベラ・ルゴシみたいになるのは嫌だ」と拒否している


ひとつの役柄にイメージが固定されてしまうことを嫌ったのでしょうね

俳優としては当然だよね。「一世一代の当たり役」というのも、当人にとっては憎むべき足枷となるんだろう。でもね、そんなこと言いながら、晩年麻薬中毒の後遺症で苦しんだルゴシの唯一の幸福は、本人が望んでいたとおりドラキュラ伯爵のケープをまとった姿で埋葬されたことだろうと言われている

せめてもの慰めですね〜(-_- )



さっきクリストファー・リィの名前が出たけど、リィが出演しているのはイギリスのハマー・フィルムによる怪奇映画のシリーズだね。これは1957年の「フランケンシュタインの逆襲」ではじまったんだけど、このシリーズで一躍有名になったクリストファー・リィにしても、「フランケンシュタインの逆襲」のときは、そのモンスターのメイクのためにずいぶん苦労したそうだ。なにしろ仲間と一緒に食事もできない、顔じゅうメイクで固めてあるために固形物は摂れないからね。食事はもっぱらスープのみ、ひどいときにはチューブで流動食を流し込むという始末だったそうだ

さきほどのクリストファー・リィの「ベラ・ルゴシみたいに・・・」という発言は、このハマー・フィルムの「ドラキュラ」シリーズのことですね。たしか、Hoffmannさんはあまりお好きではなかったと・・・

うん、以前はベラ・ルゴシに比べてどうにも気品に欠けると思っていたんだけど、最近では、あれはあれで悪くないなと思うようになってきた(笑)犠牲者の血を吸うときにまるで発情しているみたいな表情をするのが・・・なんというか、じつにモットモダ(^^;;

吸血鬼のエロティシズムですね(^^ )たしかに、ユニヴァーサルのベラ・ルゴシって、あまりセックス・アピールを感じさせる俳優ではありませんね(^^;)ちょっと丸顔なのが・・・難ですね(笑)

“Dracula”(1931)

(笑)それに、ユニヴァーサルの方は脇役がおおむね大根だ。「魔人ドラキュラ」のジョナサン・ハーカー役を演じた(演じてるんか、あれで?)デヴィッド・マナースなんて、あんなボンクラがルゴシの4倍のギャラを貰っていたなんて、信じられんぞ(-"- )プンスカ
一方、リィのハマー映画で共演しているピーター・カッシングなんて、なかなかの怪優―名優というより―だよ。このひとは、自分の台詞だけじゃなくて他人のまで全部暗記していたんだそうだ




あと、このDVDのセットに収録されている「狼男」と「オペラ座の怪人」ですが、「狼男」の主役は「ロン・チェイニー」とありますね。一方「オペラ座の怪人」は「クロード・レインズ」。「オペラ座の怪人」といえばこちらのロン・チャニィが有名だと思いましたが・・・

「千の顔と千の声を持つ男」と呼ばれたロン・チャニィ主演の「オペラ座の怪人」は、同じユニヴァーサルでも1925年の第一作だね。たしかにあの映画のスチール写真は印象強烈だ。「オペラ座の怪人」といえばロン・チャニィの写真を思い浮かべるひとは多いだろう。でもこのセットに収録されているクロード・レインズによる1943年の作品は第二作だね

なぜこのDVDのセットは有名な第一作にしなかったのでしょう?

あれはサイレントだからだろう。この、第二作のレインズは「透明人間」でも主演、「狼男」でもジョン・タルボット卿を演じているね。

それでね、この1941年の「狼男」のロン・チャニィは、じつは「オペラ座の怪人」に出演したロン・チェイニィ(チャアニィ)の息子、ロン・チェイニィ・ジュニアなんだよ。このケースには「ロン・チェイニー」とのみ表記されているけれど、これは正しくないね

息子さんでしたか〜(・o・)


“The Wolf Man”

このロン・チャニィ・ジュニアは1940年代のユニヴァーサル映画で、吸血鬼からフランケンシュタインのモンスター、ミイラ男、狼男など、ほぼすべてのキャラクターを一手に引き受けて演じたんだよ


それはすごいですね

・・・と思うだろうけど(じっさい、すごいことかもしれないが)、吸血鬼もミイラ男もモンスターも、どれも別な俳優―ルゴシやカーロフなどから引き継いだ二代目なんだよ。つまり、先代が老いたり逝去したり、戦争に招集されたりしたための中継ぎだったんだね。起用された理由は主に偉大な父親の息子である、ということだったみたいだ。

もともとの芸名はクレイトン・チャニィといって、1939年に「廿日鼠と人間」という映画で脚光を浴びたのに、1940年の「紀元前百万年」で原始人の凶悪な首長を演じたのがきっかけになって・・・


ロン・チャニィに息子だということでロン・チャニィ・ジュニアとして怪物役ばかり、演じさせられることになってしまったと・・・

もっとも、「狼男」だけは誰から引き継いだのでもない、ロン・チャニィ・ジュニアが初代だな。そのためか、本人もこの役には愛着を持っていたようで、「自分のはまり役はローレンス・タルボット(「狼男」の主役)だ」と常々洩らしていたいたそうだ

でも、狼男っていちばん地味なキャラクターですね

どうして?

だって、狼男って民間伝承がもとになりますから、「フランケンシュタイン」や「魔人ドラキュラ」のような原作はありませんし、吸血鬼における十字架やニンニク、日光といった弱点、あるいは蝙蝠に変身するなどといった、誰でも知っている要素が少ないですよね。せいぜい満月によって変身するということくらいではないでしょうか?

う〜ん、なるほどなあ

だからユニヴァーサルの映画では、犠牲となる者の手に現れる五線星形、銀製(弾丸など)の武器といったアイデアを創り出していますよね。そうしないと、ドラマが成立するための要素が不足だったのではありませんか?

ああ、たしかにそうかもしれないね

でも、ロン・チャニィ・ジュニアは名優であることには違いないと思いますけど・・・(^^ )

ロン・チャニィ・ジュニアはいろいろとエピソードのあるひとで、生まれたときは呼吸が止まっていたので、父親は赤ん坊を掴みあげると底冷えのする夜のオクラホマに飛び出して、湖の氷を割って、その凍てつく水に我が子を漬けて蘇生させたとか・・・。
成人してからは途方もない大酒飲みで、友人と狩猟に出かけたときには、車を運転しながらウイスキーのボトルを1本あけてしまったとか・・・。
あと、父親の友人であったサイレント期の俳優と共演した際には、監督のその俳優に対する扱いが冷たいことに腹を立ててオフィスにおしかけ、彼に対する待遇を改善しないなら役を下りるぞと要求したという・・・このエピソードなんか、彼がじつにやさしく愛すべき人間だったことを物語っているね


たしかに「狼男」を観ると分かりますね、このひと、ノーメイクだといかにもやさしそうなひとですよ

善人面だよね。ところが、共演の女優は本番ではじめて狼男のメイクを見て、まったくリアルな・・・というか、本物の絶叫をあげたそうだよ

やっぱり名優ですね(^^ )



ユニヴァーサルの怪奇映画では脇役がおおむね大根だとはさっき言ったけれど、例外中の例外がドワイト・フライだ。このひとこそ名優の名にふさわしい・・・が、同時に才能豊かな名優であるが故に不幸だったひとだね

「魔人ドラキュラ」で、ドラキュラの毒牙にかかってその僕となったレンフィールド、それに「フランケンシュタイン」では大学の研究室から異常な脳を盗み出してしまい、モンスターを偏執的なまでにいじめ抜いたあげく、逆に殺されてしまうせむし男フリッツを演じているひとですね

ドワイト・フライはユニヴァーサルで「異常で不気味な小悪党」を演じ続けたひとだけど、もともとはブロードウェイの舞台俳優で、辛口の批評家たちからも「最高の名優」「フライには度肝を抜かれた」と激賞されるほどの才能の持ち主だったんだ

そうでしたか!Σ(・o・ )たしかにすばらしい役者ですね。とくにレンフィールドには共演の、脇役はもちろん、ベラ・ルゴシをさえ圧倒するほどの存在感がありますね

Dwight Frye “Dracula”(1931)

ドワイト・フライはピアノが達者で、コンサート・ピアニストとしてもやっていけるだけの技量を身につけながらも、演劇の魅力に取り憑かれて、大学を中退後小劇団に加わった。やがてその才能が認められて、ニューヨークでは批評家の投票により舞台俳優のベストテンにランクされるまでになったんだ。

ところがおりしも大恐慌が世界を襲い、フライは生活の糧を得るべくハリウッドへ移る。ここでちょっとした悪党の役をもらったところ、「魔人ドラキュラ」の監督トッド・ブラウニングに目を付けられた・・・。


ブラウニングが期待したのは「知的で素朴な青年が、奇怪な狂人に変わるさまを説得力を持って演じ切れる役者」だったそうだ・・・

この作品を観れば、ブラウニングの目に狂いはなかったと断言できますね(・_・)ホントに・・・

もう、最高の名演技だよね。ロック歌手のアリス・クーパーはこのレンフィールドを演じたドワイト・フライを観て、「ドワイト・フライのバラード」なる一曲を吹き込んでいるくらいだ。

そして次に依頼されたのが「フランケンシュタイン」のせむし男フリッツだ。その後もフライには愚か者や狂人の役ばかり舞い込んできて、当人は「コメディだってやれるのに。ぼくはそれで八週間もブロードウェイの舞台に立ったんだ」と嘆いていたという・・・。

その後ふたたび舞台に立つこともできたが、残念ながら収入の面で舞台俳優では生活できず、ハリウッドに戻らざるを得ない。1943年にはひさしぶりに大役を演じるチャンスが来たが、クランク・インを目前に心臓発作で死去、当年44歳だった・・・


映画俳優としては一流にはなれなかったのかもしれませんが、「魔人ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」が名作として、現代においても普遍の価値を有しているのは、じつはこのドワイト・フライの演技に与るところが大きいかもしれませんね・・・(-_-)

永遠に映画史に名を残すひとだよね


Dwight Frye “Dracula”(1931)



参考文献
「妖魔の宴」全6巻 菊地秀行監修 竹書房文庫

ドラキュラ編、フランケンシュタイン編、狼男編が各2巻で全6巻。それぞれのテーマによる海外の短編小説アンソロジーだ

各巻に監修者によるエッセイが収録されているのですね

そう、各キャラクターの映画(史)について語った読み物だよ。正直なところ、このエッセイだけ読めばいい

肝心の海外の作家による小説は?(^^;

読む価値なし!(笑)