#42 「親愛なる友、切り裂きジャック」 ― 終わりなきミステリー




結局切り裂きジャック事件は迷宮入りとなったわけだけど、事件当時から、じつは犯人は誰それじゃないかという説は繰り返し論じられてきたんだ。

疑われた面々をおおざっぱに分類すると・・・


医 師・・・死体解剖の手口から
屠 者・・・近所に屠場があった
ユダヤ人・・・人種的偏見と宗教の相違
東洋人・・・人種的偏見と未知の人種への恐怖
船 員・・・ドックが近く、売春婦の客に多い
警察官・・・犯人が逮捕されないのは警官であるため
産 婆・・・もぐりの産婆が堕胎に失敗した
妖術師・・・迷宮入りしたのは犯人が黒魔術を使うため

妖術師とは、ちょっと荒唐無稽ですね(^^;

いやいや(笑)それどころか吸血鬼とか、あろうことかゴリラ、その他有名な作家や犯罪者から「エレファント・マン」ことジョン・メリックまでが疑われている

ゴリラって、ポオの「モルグ街の殺人」からの連想ですね

そうだろうね。そしてあげくの果ては・・・まあ、このへんは後で話そう





メルヴィル・マクノートン警部の未公刊のメモによると、当時警察当局がかなり容疑が濃いとにらんでいた容疑者として名前が挙げられているのは次の3人だ・・・

1 モンタギュー・ジョン・ドルイット
2 コズミンスキー
3 ミカエル・オストログ

M・J・ドルイットという男は当時31歳、家柄も良く弁護士の資格を取得していたが、母親が発狂、自分も発狂するのではという恐怖に取り憑かれていた。ミラーズ・コートの事件後行方不明となり、事件から7週間後の12月31日、テームズ河で死体となって発見された・・・どうやら自殺だったらしい。マクノートンによれば、彼の家族も彼がホワイトチャペルの殺人犯ではないかと疑っていたということだ。性的異常者であり、しばしばイースト・エンドで男色に耽っていたとも言われている。
死ぬ前に勤務先だった私立学校の校長にあてた手紙があって、これがドルイットが切り裂きジャックであることを告白した手紙ではないかとの噂もあるが、公表されていない。


コズミンスキーというのは殺人現場近くに住んでいたポーランド系ユダヤ人。1889年に精神病院に収容されているんだけど、マクノートンのメモによれば「長年にわたる孤独な悪癖に耽溺したため気が狂った」ということだけど・・・
なんのことか分かる?(;^^)(-_-*)まあ、だいたいは・・・

ミカエル・オストログはロシア人医師で狂人にして札付きの殺人狂だそうで、女性に対して常習的に暴力をふるったということだ。

このなかで、マクノートンはドルイットこそジャックであると信じていたらしい

それがヤードの見解だったのですね?

そういうわけでもないんだな、ひとによって違うんだよ。



ウォーレン総監の考えは、その孫が書いた伝記のなかで語られているんだけど、ドルイットと、別な入水自殺した若い医師を混同していて、ウォーレン自身がどちらをジャックと考えていたのか、正確なところはわからない。

アンダースンCID部長は回想録のなかで、相変わらずポーランド系ユダヤ人だと主張、これを「確認された事実」だとしている。それにしては名指しにしていないんだけどね。

この事件の捜査主任を務めたアバーライン主任警部は、ジャックを毒殺魔ジョージ・チャプマンと信じていたらしい


聞いたことのある名前ですね

犯罪史や犯罪実話ものを繙けば必ず名前の出てくる有名人だね。
ジョージ・チャプマンは本名セヴァリン・アントニオヴィチ・クロソウスキーといい、ポーランドに生まれて病院助手を勤めてからイギリスに渡ってきた。その後同棲する女性が次々と腹痛と嘔吐を伴う病気で死亡、3人殺したところで死体解剖の結果、アンチモン中毒と分かり、証拠も見つかってチャプマンは逮捕され1903年に死刑となったんだ。
でもこれ、状況証拠だけなんだな。それにジャック事件当時23歳だから目撃証言とも食い違う。惨殺犯が毒殺犯に転じるというのも考えにくい。




まあ、結局事件は迷宮入りで一件書類のファイルは閉じられたんだけど、その後世界じゅうの素人探偵が次々と独自の説を発表し続けて現代に至っているわけだ

いまの3人のほかに、どんな容疑者がいるんですか?

まずレナード・マスターズというジャーナリストの説、犯人はイギリス人のハーバート・スタンレーなる医師であるとしている。
スタンレー医師のひとり息子が売春婦に性病をうつされて1888年に死亡、息子は臨終の床で性病をうつしたのはメアリ・ケリーという女だと告白、スタンレー医師は息子を死に陥れた売春婦を捜し出して復讐を遂げる・・・。
これはスタンレー医師の告白記事がブエノス・アイレスの新聞に掲載されていたということなんだけど、証拠もなにもなく、そもそもスタンレー医師の実在も不明とあっては問題外だね。

次に画家ウィリアム・スチュワートの説、切り裂きジャックはじつは切り裂きジル、すなわち女だったという説だ。メアリ・ケリーは死んだとき妊娠3ヶ月だったことに着目して、これはもぐりの産婆が堕胎に失敗して証拠隠滅を謀った(殺人事件に見せかけた)ものだとしている。

でもほかの被害者たちが妊娠していたという事実はないから、思いつきにすぎないという印象だね。それでももぐりの堕胎医という説はその後もたびたびむしかえされているようだ。

犯人を女性とする説はほかにもあって、リチャード・ハードという作家の説がそれだ。
これは亭主が街娼に騙されて有り金まきあげられた、その女房が街娼に復讐したというもので、自分の妻が切り裂きジャックだったという老囚人の告白の形式をとっている。まあ、想像力の産物、フィクションとしか思えない


いろいろあるんですね〜(・_・;)



まだまだあるぞ( ^^)

イギリス作家ドナルド・マコーミックの説では、アレキサンドル・ペダチェンコなるロシア人医師が切り裂きジャックであるとしている。
これはもともとウィリアム・キューというイギリスの小説家が自叙伝のなかで明らかにした話で、動機はロシアの秘密警察がイギリスの警察組織の欠陥を世界に暴露するためという荒唐無稽なものだ(笑)
たしかに当時のイギリスではロシアからの亡命者が反政府運動を行っていて、ロシア政府はたびたびイギリス政府に抗議していたけれど、それでロシア警察が亡命ロシア人を暗殺するならともかく、売春婦を殺して世間を騒がせるなんてまるで意味のない工作だよね。
そもそもペダチェンコなんてロシア人が実在したのかさえ疑わしい(^^;)


話が大きくなってきましたね〜(^^:)

日本でもその犯罪研究書の翻訳が出ているロビン・オーデルの説では、犯人はショウキットだという・・・

ショウキット・・・って、なんですか? ひとの名前ですか?

ショウキットというのは、ヘブライ語でラビ、またはユダヤ教の律法で定められた方法で動物を食用に殺す免許を与えられている者という意味だ。
当時ロンドン、イースト・エンド界隈に居住していたショウキットが性的サディズムの衝動に駆られて犯行を重ね、最後の犯行後、ついにその正体を仲間のユダヤ人に見破られて処分された、というのがオーデルの推理なんだけど、証拠もなんもないよね(^^;)

お次はトマス・カレンの説、このひとは過去の資料や先人の推理を整理検討してまとめたあげた功労者だ。現在そうであるように、切り裂きジャックの被害者を5人であるとしたのもこのひとで、以来これが定説となっている。
それだけのひとだからさすがに断定は避けているけれど、結局ドルイットがもっとも疑わしいとしている。


一方では、トーマス・ニール・クリームという有名な犯罪者や、フレデリック・ベイリー・ディーミングという、妻と4人の子供を殺した男が、自分は切り裂きジャックだと告白したなんていう話がある。でも、事件当時にロンドンにいなかったりして、結局はホラ話だったと分かっている。犯罪者ってけっこう見栄っ張りで、どうせなら大物に見られたいという気持ちが強いみたいだね。
その後も連鎖反応的に臨終の床で「じつは私は切り裂きジャック・・・」と告白するのが流行して、びっくり仰天した遺族が警察に届け出たが、調べてみると死に際のホラ話だった、ということがかなりあったそうだ


も、もの好きですね〜みなさん・・・(^o^;





そして極めつけというべき説がトマス・ストウェルなる脳外科医の説だ。
ストウェルによれば、切り裂きジャックはヴィクトリア女王の孫、エドワード7世の長男、クラレンス公爵アルバート・ヴィクター殿下であるという・・・


ええっ、王室のひとじゃないですかΣ(・o・;

クラレンス公は1892年にインフルエンザで死亡したことになっているんだけれど、じつは梅毒による脳軟化症で、精神病院で死亡したものであると・・・脳に異常をきたした際、夜になるとイースト・エンドを徘徊し、売春婦を殺したという。王室はこの事実に薄々気がついて公を精神病院に軟禁した・・・これはストウェルがヴィクトリア女王の主治医ウィリアム・ガルの手記を見たことから、導き出した結論なんだそうだ。

クラレンス公といえば1881年には日本を訪れて、明治天皇に謁見するなど、日本とも縁がある。梅毒に感染したのは西インド諸島でのことで、それが脳を冒して凶行に及んだというわけだね。

この説はマスコミで大々的に取りあげられ、世間に注目されたんだけど、そうこうするうちにストウェルは死去、その息子は父親の遺した書類をことごとく焼却処分してしまったので、ガルの手記なるものの存在も謎になってしまった・・・


なんかもう、衝撃の事実と言うよりファンタジーの世界ですね(・・;)

・・・その後の研究者マイケル・ハリスンによると事件当日はクラレンス公にアリバイがあって、ガルが公を診断したとされる時期も、ガル自身がインドに滞在中だったことが分かり、この説は根も葉もないものとして否定された。

ところがハリスンは、ストウェルが発表した記事ではジャックが「S」という匿名にされていたことに注目して、これはクラレンス公がカレッジ在学中に個人教授をしていたジェームズ・ケネス・スティーヴンではないかと推理する


ややこしいですね〜(@_@;)ストウェルの説を別な容疑者に向けてしまったのですね

スティーヴンは事故のために脳に障害を持っており、ガル医師の患者だった。そしてカレッジ時代にはクラレンス公と同性愛関係にあったが、その後疎遠になり、脳障害のために欲求不満が爆発して売春婦を殺害したのではないか・・・

推理どころか、想像を超えて妄想の領域に入っていませんか〜(^_^;;

(笑)いや、まだまだ上手があるぞ〜((( ^^)(((^^;)きゃー♪



スティーヴンといえばスティーヴン・ナイトというジャーナリストの説も、なかなかスケールが大きい・・・ナイトによればジャックは3人、主犯はウィリアム・ガルで、直接手を下したのはガルの馬車の馭者ジョン・ネットレイと、画家ウォルター・シカートだという。

この説はウォルター・シカートの息子であるジョゼフ・シカートから聞いた話がもとになっていて、これによると、1884年クラレンス公はウォルターの紹介でアン・エリザベス・クルックという煙草商に働く娘と親しくなり、翌年秘密結婚、娘のアリス・マーガレットが生まれた。これを知った時の首相ソールズベリー卿はふたりの仲を裂き、アンは子供を連れてイースト・エンドに逃れた後、発狂して死ぬ。アンの友人で結婚立会人だったメアリ・ケリーがこの秘密をネタに脅迫に出て、口封じのために殺された。つまり切り裂きジャックはガルがでっちあげたものだった。さらに、ガルはじつはフリーメイスンの会員で、ソールズベリー卿、アンダースンCID部長も同じくフリーメイスンの一員だったので、この事件はもみ消された・・・


たしかに、壮大なスケールですね(・o・;

・・・で、娘のアリスが後に結婚してジョゼフを生み、ナイトはこのジョゼフから話を聞いたということなんだけど・・・このジョゼフという男、自分はクラレンス公の落とし胤だと自称する、単なる詐欺師みたいで、どうも与太話の域を出ない感じだね(^_^;

要するに、自分の身分に箔を付けるための作り話というわけですね(^^;)あらら・・・

まあ、ガルもウォルター・シカートもネットレイも実在する人物であるところがミソだな。創作としてはこれまでのどの説よりもおもしろい。フリーメイスンまで持ち出して、よくある陰謀説のヴァリエーションだし、一般には受け入れられやすいんじゃないかな・・・と思っていたら、この説を下敷きにした映画が制作されているんだよね(^o^;

えっ、なんという映画ですか?

それは・・・日本でもヴィデオが出ていたし、これから見るひともいるかも知れないから、内緒にしておこう(笑)



まあ、センセーショナルな新説もこのあたりで出尽くしたみたいで、あとはメアリ・ケリーの内縁の夫の犯行とか、例のドルイットがじつはクラレンス公と同性愛関係にあったので、ドルイットの犯行を明るみに出すことのできないヤードが彼を暗殺したとか・・・もう完全にフィクションの領域に入ってるよね


いっそフィクションなら、突飛なアイデアも楽しめますね。エラリー・クイーンの「恐怖の研究」とか、M・J・トローの「霧の殺人鬼」とか・・・(^^ )

前にも話に出たね(^^ )でも、「霧の殺人鬼」は直接切り裂きジャック事件を描いたものではないよ

切り裂きジャック事件に題材を得たフィクションで、Hoffmannさんのおすすめはなんですか?

う〜ん(-_-)・・・・・・そう、島田荘司の「切り裂きジャック 百年の孤独」だな

「百年の孤独」って・・・

ガルシア=マルケスの小説じゃないよ(^^;)

もちろん焼酎でもありませんよね(^o^ )







参考文献・引用文献
仁賀克雄「ロンドンの恐怖」早川文庫 ほか

切り裂きジャック関連の本は何冊かお持ちですよね(・・ )

いや、いろいろ読んだけどこれがベスト、この1冊があれば充分だよ!(^^ )