#13 妖星あらわる!


アリスやまゆでおなじみ。東急ハンズで購入。
ちょっと若返り効果?



Hoffmannさんは1986年にはおいくつでしたか?

えっ?(^^;)

(中略)

でも、どうして?

今日、澁澤龍彦の本を読んでいたらこんな一節があったんですよ・・・

私はべつにそれほど長生きしたいとも思っていないが、できることなら、あと十年ばかり生きて、一九八六年、すなわち昭和六十一年の年を迎えたいものだとつねづね考えている。なぜかといえば、この年は、七十六年の周期をもつハレー彗星が、宇宙の果ての長い旅路から帰ってきて、ふたたび地球に接近する年だからだ。



このエッセイには、ノルマンディー地方のある町の美術館で見た古いタペストリにハレー彗星が描かれていたことや、「諸道勘文」や「扶桑略記」に記録されたハレー彗星のことが書かれているんです

うん、その文庫本をかしてごらん・・・ほら、このエッセイ自体は1978年に書かれているけれど、この文庫本は昭和61年に出ている、「文庫版あとがき」にちゃんと書いてあるよ

本文中に、やがて地球に接近するハレー彗星をぜひ見たいものだと、期待をこめて書いた私だったが、いざ実際に接近した年を迎えてみると、案に相違して、期待の星はさっぱり見えず、「なあんだ、がっかりさせやがる・・・・・・」といったところである。

それでは、Hoffmannさんも見なかったのですか?

うん、すくなくとも日本では地平線すれすれに、横に短い尾を引いているのがわずかに観測された程度ではなかったかな・・・新聞に写真が出ていたような記憶がある

それは残念でしたね・・・(・_・)

その前の、1910年のときはすごかったらしいよ。このときは彗星が太陽と地球の間に入って、ところによっては地平線から反対側の地平線まで、虹みたいに尾がかかったそうだ

明治43年ですね

彗星の尾に包まれると酸素がなくなるというので、酸欠状態下での呼吸の仕方を練習したり、なかには世の終わりがきたと、財産使い果たしたあげく首をつった大金持ちもいたらしい。大阪では彗星よけのまじないと称して、ふつうのおこわご飯を売りだして荒稼ぎしたやつもいたんだとか(笑)

(笑)



でもね、76年に一回・・・妖星現る、と。それ自体が天変地異だよね。それを落ち着き払って冷静に観測しているというのも、なんというか、つまらないような気がするんだけどね。まあ、前回はろくすっぽ見えなかったんだから仕方ないけど・・・

明治時代みたいに発狂したり自殺したりっていうのもたしかに困ったことですけれど、ドキドキ、ワクワクしたり、いざ天上に帚星(ほうきぼし)、ときたら、スワ一大事、とあさっての方向に突っ走っていくようなあわて者がいてもいいですね(^^)

ある意味、そのほうが健全な気がするよね(^^)そんなあわて者に、自分がなってみたいという誘惑もある(笑)でも、次回までは生きてないだろうな



じゃあ、別な彗星でもいいですよ、どこか宇宙の果てから飛んでこないでしょうか・・・そのときはHoffmannさん、私もおつきあいしますよ・・・おこわご飯炊いて(^^)



引用文は澁澤龍彦「玩物草紙」(中公文庫)から