#19 蒸気機関車


このベスト、シャツとあまり合わないかも・・・でもエアコン不調で寒いし・・・メガネは押さえておきませんとね(^^;)



Hoffmannさん、作家の吉行淳之介が対談で、アメリカでポルノが解禁になったときのことを話していたんですけど・・・

で、解禁したときは映画館は超満員でしょう。しかし、一年後には映画館に人影がないのね。ガラガラの映画館の大きな画面で、蒸気機関車のピストンみたいなものが出てくる。だけどああいうものはね、ばかばかしいとおもっても、一ヵ月ぐらいたつとまたちょっと見たくなるんですね。

いまでは解禁もなにもないような世の中ですけれど、Hoffmannさんもたまには見たくなりますか?(^^;)

まあ、いまさら映画というメディアが主流でもないと思うけど・・・どうしても見たい、という気持ちになることは滅多にないけど、ぜんぜん見られないとなったら、そのときはやっぱり見たくなるかもしれないね(^^;)
それにしても・・・





はい?

その行為を「蒸気機関車」にたとえるのは陳腐だね。作家の発言としては想像力が乏しすぎるんじゃないか

対談のなかでの気楽な発言なのでしょうけど、通俗的なのは否定できませんね

機関車といえば、フランス世紀末の作家、ジョリス=カルル・ユイスマンスがデカダンスの聖書とも言われる小説「さかしま」のなかで、女性そのものを機関車に見立てている。自然が創造したもののうち、もっとも美しいとされる「女」に対抗しうるようなものを、人間は人工的に作り出さなかったか、という主人公デ・ゼッサントの考察だ。ちょっと長いけど・・・

 二種類の機関車のうちの一つ、クランプトン式機関車は、ほれぼれするような金髪と鋭い声の持ち主で、まばゆい銅のコルセットに締めつけられた、ほっそりした背の高い女だ。粋な金髪をきらめかせて、しなやかに、神経質に、猫のような伸びをする。なまぬるい脇腹に汗をだらだら流し鋼鉄の筋肉を固くして、彼女がその繊細な、巨大な薔薇の花の形をした車輪を急がしく動かしながら、急行列車や鮮魚列車の先頭に立って、さながら生ける者のごとく、こちらへ向かって駆けてくる時は、その異様な美しさは怖いほどだ!
 もう一つの機関車エンゲルト式は、鈍い嗄れた叫び声を出す、どっしりした褐色の髪の女だ。鋳物の甲鉄に締めつけられた肥った腰と、おどろに乱れた黒い煙の鬣と、二つずつ組になった低い六つの車輪とをもった、怪物じみた獣である。彼女が地軸をゆるがせながら、貨物の長い尻っぽを重々しく、のろのろと曳きずって進む時は、何たる圧倒的な偉容であろう!
 ほっそりした金髪美人も、堂々たる褐色の髪の美人も、世間には大勢いるだろうが、これほどすらりとした繊細さ、これほど怖ろしい力強さをそなえた典型は、おそらく、どこにもいないにちがいない。だから、人間は人間なりのやり方で、神とひとしい創造をやりとげたのだ、と確かに言えるのである。

自然よりも人工性を崇拝するデカダンスもここにきわまれり、だ。それにしてもこの部分だけ読んでも、さすがにユイスマンスだと思わずにはいられないね(-_- )unun

蒸気機関車のフォルムって、たしかにフェティッシュな感覚を刺激するところがあるかもしれませんね

「さかしま」の発表からおよそ20年後には、アルフレッド・ジャリが「性交は回数無限に可能である」という信念のもと、「超男性」という小説を書いて、そのなかで自転車対汽車の一万マイルの競争を描いている。5人の自転車乗りのうちひとりは途中で死んでしまうが、死後硬直が解けるや全力でペダルを漕ぎだす、という冗談だか妄想だかわからないような小説なんだけどね。永久に続く、愛欲の平行運動にあらわされたエロティシズムだな





でも・・・(*・_・*)

ん?

フロイト的に考えたら、機関車が象徴するのは・・・(*-_-*)po



引用文は吉行淳之介「わが文学生活」(講談社)、J.K.ユイスマンス澁澤龍彦訳「さかしま」(桃源社)から