#27 東京の薔薇




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・・・この歌は、マレーネ・ディートリヒの“Lili Marlen”(リリー・マルレーン)ですね

うん。一部では反戦歌のように思われているけれど、そういうわけでもないらしい。正直言って、何度聴いてもマレーネ・ディートリヒの歌詞は聴き取れない(^^;)
戦争で引き裂かれた恋人たちの愛と別れの歌だとか、夜、兵舎の外で恋人と会う話だとか、酒場の女への思いを歌ったものだとか、いろんなことを言うひとがいるんだよ。まあ、そのうちのどれでもいいや、と思ってるけど・・・(^^;)
この歌はドイツの無名の兵士が綴った詩に、ノルベルト・シュルツという作曲家が音楽を付けたもので、マレーネ・ディートリヒが兵士慰問で、自分の持ち歌としてよく歌ったんだそうだ

マレーネ・ディートリヒはアメリカに亡命していますから、連合軍兵士の慰問ですね。
でも、もともとは第二次大戦中、ドイツ軍部が敵軍の戦意を喪失させようとしてラジオで流したと聞いたことがあります。それが敵方でも味方の側でも大流行してしまったのですね



戦争中の対外宣伝放送といえば、東京ローズだな

東京ローズ・・・ですか? 聞いたことがありますけど、よく知りません

第二次大戦の戦局が重大化してきた1943年の暮れ頃から太平洋戦域の全米軍に向けて、東京から「ゼロ・アワー」と称する女性アナウンサーによる宣伝放送が流された。目的は米軍兵士に妻子や恋人たちのことを思い出させてホームシックに罹らせ、厭戦気分を煽りたてることにあった・・・

当時のことですから、ラジオ放送ですね

うん。女性アナウンサーは数人交替制だったらしいんだが、米軍兵士たちの間ではしだいに「東京ローズ」という愛称で呼ばれるようになる。まだ見ぬ敵国の、いつかめぐり会える大和撫子、「声のピンナップガール」というわけだ

まさにアイドルですね

彼女に会えるときが戦争の終わるときだ、と、ある意味希望の星だよね。米軍兵士たちにとって、東京ローズは毎晩その声を待ちわびる憧れのスターとなったんだ

人気女性アナの草分けですね(^^)

そうだね(笑)番組の内容ときたら、洒落っ気たっぷりのおしゃべりだったそうだ。日本の放送史上、現代に至るまでのNHKが流した放送のなかで、もっとも気の効いた番組だったかもしれんぞ(笑)

私のかわいい米兵の間抜けちゃんたちへ・・・

さあ、ニューギニアのナイチンゲールさんたちや他の太平洋孤児合唱隊の皆さんたち、もっと声をそろえてやってみてちょうだい。危険な敵の宣伝ですよ。よく気をつけてね・・・

洗練されたユーモアというか、エスプリの効いた感じですね(^^)



もっとも、東京ローズの戦後は悲劇だった。
占領下の東京で、たまたまそのひとりだったアメリカ生まれの二世である戸栗郁子、本名アイバ戸栗という女性が逮捕状もなく本国に連行されて、反逆罪の名の下に起訴されることになっ

偶像が偶像のままに終わらないのが戦争というものでしょうか(-_-)

折からのマッカーシー旋風、つまり赤狩りの時代にあって、左翼知識人の反逆性を効果的に印象づけるために、見せしめとして利用されたものらしい・・・特赦になるまで30年もかかったということだ

赤狩りを背景にした情報操作によって、東京の薔薇という偶像は虚像として、引きずりおろされてしまったのですね





そういえば、戦争コメディなんだけど「ペティコート作戦」っていうアメリカ映画がある。
ポンコツ潜水艦をやっとの思いで修繕して出撃するんだけど、ペンキがピンク色のやつしかなくてね、それでもしょうがないからと塗装して、見事ピンク色の潜水艦となってしまうという映画だ。この映画のなかで、潜水艦の艦長が東京ローズの放送を受信する場面があったよ。ピンクの潜水艦をからかっているんだけどね

「ペティコート作戦」って、おかしな題名ですね(^^)どういう内容なんですか?

うん(^^)それがね、このオンボロ潜水艦がある島で・・・

(^^)



参考文献 ドウス昌代「東京ローズ」サイマル出版会