#31 誰でもない自分・誰でもある自分




優美のwigだけどね、東急ハンズで買うと、レシートに品名が「ヘンソウヨウヒン」と表示されてい

変装ですか? (^^)それでは一度、Hoffmannさんもかぶってみられてはいかがですか?

(笑)そりゃ変装じゃなくて女装だよ



まあ、変装なんかしなくたって、誰しも、いついかなるときでも、何者かを演じている、と思うんだけどね。
よく言われることに、人間には次の3つの「自分」がある。
本来の自分、そうありたいと願う自分、他人から見た自分。それぞれには差違というか、隔たりがあって、それがストレスというものの原因になっている。

実力が認められていないという不満や、モテたいのにモテないという不満、理想と現実が異なるという、その異なり方のパターンですね

そう。結果的にいちばん多いのは、自分を偉く見せたいという願望だろう。どこにでも反対意見ばかり言うへそ曲がりはいると思うけど、なかでも冷笑的な態度をとったり、「いやいや、おまえたちにはわからんだろ」と他人を見下した態度をとるひと、よくいるよね。
まあ、演じる対象は概ね見栄を張って、高い方に傾きがちだね

馬鹿を演じるということもあるでしょう?

それもあるだろうけれど、これもある意味、冷笑的な態度であることが多いと思う。この場合、まさに演じていることがわかるように演じるからね。つまり馬鹿のふりをしながら、そんな演技のなかで、それとなく自分を偉く見せようとしているといった例が多いんじゃないかな。
あるいは、コメディアンでいうところの「ボケ役」を演じて、笑いを取ろうとしているだけだったり、あと、危険回避っていうのもあるな

すると、どんな人間を演じているかではなくて、演じていることによってどういう効果があるのかということ・・・つまり尊敬されるとか、人気を得られるとか、あるいは悪意による被害ををこうむらないですむ、といった効果が、演じるひとの目的だということになりますね

そういうこと。
そんなのにくらべれば、変装というのはいっそあっけらかんと思い切りのいい行動だよね





dialogue#17に続く