#53 呪わにゃ損々 ― あるいは右や左の・・・


ひさしぶりの純正wigです。



Hoffmannさんのお好きな怪奇小説ですけれど、怪談にもお国柄がありますよね。やっぱり正調怪奇譚といえばイギリス、ドイツはちょっと理屈っぽくて、フランスはまさに美学的・幻想的・・・

中国はお色気主流でアラブは血なまぐさい・・・(笑)

日本は因縁話が多くて・・・ちょっと陰湿ですね



日本の仏教って、建前は性善説だけど本音は性悪説だよね

そうなんですか?(・_・)

死ぬと霊魂は悪意の塊になっちゃう。供養しなけりゃこともあろうに子孫にまで祟るんだからね。
よく身体の不調を訴えるひとに、どこかの坊主が「あなたの15代前の先祖のひとりが行き倒れになって墓もない」、もしくは「墓が荒れたままになっている」、だから「探し出して供養してあげなさい」とくる


ありがちですね〜(^^;

もしもそんなことを言われたら、「おれの先祖には子孫に祟るようなやつはおらん」、と啖呵を切ってやりたいね。
そもそも15代前の先祖といえば32,768人だぞ。それだけいれば、なかにはあろうことか行き倒れになったやつもいるだろうし、いわんや墓がないやつもいるだろう。なかんずく困窮の果てにのたれ死にしたり、あまつさえ殺人犯のひとりくらいいたって不思議じゃないぞ。
まあ、その32,768人に確実に共通していると言えるのは、みなさんすくなくともひとりの子孫は残したということくらいなもんだ(-。-)/


・・・日本語、それで正しいんですか?(笑)





その日本人独特の陰湿な考え方って、どうしてなんでしょう?

ちょっと以前、右脳左脳ということがさかんに言われたことがある。
角田なんとかという学者が言い出したらしいんだけど、簡単に言うと右脳は感性を、左脳は悟性を司っていて、たとえば音楽は右脳で聞くけど、ことばを使った話は左脳で聞く。日本人は左脳ばかりが使われていて、右脳が閉塞状態になっている例も少なくないんだとか・・・


するとどういうことになるんですか?

秋の虫が鳴いているのが聞こえる・・・ヨーロッパでは虫の声としか思わない、もしかしたらうるさいとは考えるかもしれない。日本人だと左脳で聞くから、やれ秋だなあとかやれ寂しいな、という具合になる。

これと同じ現象が、怪談のみならず文学にも音楽の受け取り方にもあらわれているんじゃないかな。たとえばユーモア小説っていうと、日本では必ずといっていいくらい「風刺」になっちゃうだろう? でも、イギリスのウッドハウスやジェローム・K・ジェロームあたりを読むと、そこに見てとれるのはそんなに理屈っぽくない、もっと乾いたユーモアだよ

たしかに海外のユーモア小説って、必ずしも風刺ではありませんよね。つまりこれといったメッセージが込められたものとは限らず、もちろん皮肉などでもありませんね

怪談にしても同じこと。なにも怨念・怨恨ばかりがghost出現の前提とは限らない

たしかに、日本人って、なにごとも情念や精神の働きとみなすようなところがありますね

そうそう(苦笑)写真を撮れば作品としての意味付けがどうのこうの、音楽を聴けば精神的な深さがどうのこうのと、なにかにつけて意味を見出さなければ気がすまない。ものごとをあるがままに受け入れられなくて、自分なりに「ことばで」解釈しちゃう。視野の狭さにも通じるね。
そんな国民性とも言える性質が、先祖の祟りだなんてねちねちと陰湿な発想につながっているんじゃないかな


これは・・・新説ですね(笑)





親の霊に祟られるだなんて・・・(^^;

そんなことを言う坊主こそ、ホントに親が聞いたら嘆くぞ