#55 恐怖願望 ― あるいは「飾りじゃないのよ恐怖は」




ただいま〜

おかえりなさい・・・その本は?

うん、○○Pressの新刊だよ

また怪奇小説ですね(^^)
私もHoffmannさんの影響で、怪奇小説をずいぶん読みましたけど、考えてみれば、怪奇小説の魅力って不思議ですよね。怖がりたいという欲求って、どうして生じるんでしょう?

ひとはなぜ恐怖に魅惑されるのか・・・そもそも恐怖って、魅力的なものなんじゃないかな



フロイトによれば不気味なもの“das Unheimliche”は「親しいもの」「なつかしいもの」“das Heimliche”の否定語であり、この「なつかしいもの」の語源は「家」“Heim”や「故郷」“Heimat”だ。これは、つまり人間がいちばん最初に住んでいた場所―すなわち「子宮」を意味するということになる

(^^;)またフロイトですか?

(笑)恐怖とは子宮への誘惑の否定形である・・・と。
子宮願望・胎内回帰願望っていうのはわかるよね?


あたたかく狭い肉の壁につつまれてぬくぬくとしていたいという、いわば胎児の特権状態への憧れのことですね

うん。それが文学にあらわれた例は枚挙にいとまがない。怪奇小説に限っても、たとえばポオの「早すぎた埋葬」なんかがその代表だし、江戸川乱歩の小説にもたびたび見られるよね

「人間椅子」や「屋根裏の散歩者」などですね

フロイトは胎内回帰願望のほかにも去勢コンプレックスや二重人格などを「不気味なもの」の本質としてとりあげているけれど、なかでもこの子宮願望という原始的欲求が抑圧されたタブーのひとつであるという指摘はおもしろいね





一方で、デカルトは恐怖というものをまるで評価していない。その「情念論」のなかで、恐怖には有益なところがまるでない、恐怖とは臆病と驚愕と懸念の過度のものであって、つねに悪いものだと断じている。

でもね、満ち足りた環境よりも労苦がひとを成長させることもあるんだし、一方的に悪いものと決めつけるのもどうかな。

時代を下ってハイデッガーあたりになると、自己の存在に関心を持っている、そのような存在だけが恐怖を感じることができる、としている。

人間は(人間に限らないけど)、生まれ落ちた瞬間から死に向かって歩んでいる、そして日常的な世界のいたるところには生命に対する危険と、死の影が潜んでいる。いわば生あるものはすべて、死に向かって世界に投げ出された存在なわけだ。苦しみや恐怖に無感覚でいるほうがどうかしているんじゃないかな


でも、誰しもそんなに日常的に死を意識しているわけではないでしょう?



イーディス・バークヘッドは“The Tale of Terror”(邦訳題名「恐怖小説史」)という本で「現代では、恐怖物語はそれ自身のために語られる。それ自体が目的となり、危険に身をさらす恐れのない人々がおそらく最も堪能するだろう」と言っている。

たしかにゴシック・ロマンスと呼ばれる作品群なんて、もともと有閑階級の女性の読み物として発生しているけれど、そこまで言い切ってしまっていいんだろうか?


バークヘッドが「現代」と言っているのは、この本が執筆された1921年時点での現代ですよね。それから80年以上も経過した「現代」の、いまどきのホラー映画なんかを想定すると、これも一面、真理だとは思いますけど・・・

でもね、「危険に身をさらす恐れのない」なんて、みんなそう思っているだけなんでね、そんな安心感に亀裂を生ぜしめるような小説が名作なんだよ。
ポオに「赤死病の仮面」っていう小説があるだろう?

毛孔からおびただしく出血して死に至る疫病―赤死病が蔓延している国で、ある伽藍に千人もの騎士や貴婦人が引きこもり、外部の死の恐怖から逃れて夜な夜な快楽の宴を繰り広げている、ところがある夜の仮装舞踏会に死装束をまとった正体不明の男が現れて・・・というストーリーですね

・・・その男こそ「赤き死の仮面」だったわけだ。
これ、まさに戦慄的な小説だと思わない? 死の恐怖に形象を与えるなんて、さすがはポオだよね。たとえ鉄の扉に閂をかっても、そして夜ごとの歓楽に身をゆだねていても、だれも、死とその恐怖から逃れることはできないんだよ


つまり、これこそが恐怖であるということですね

そう。真の意味での恐怖の主題とは、読み終わったらああおもしろかったで忘れちゃうような、家庭の愛玩物ではない。遠いように見えて、じつはいつも身近に口を開けている暗黒に、読者を気づかせるようなものなんだと思うね





中世の学者が机のうえの髑髏を見つめている図版がよくあるだろう? つねに死を見つめ、死と慣れ親しんで死について考察しようという、当時の学者たちのモットーである「メメント・モリ(死を想え)」の実践だよ

・・・すると、Hoffmannさんはそこまでお考えになって怪奇小説を読んでいるんですか? (・o・;

(笑)う〜ん・・・好きなものがある、どうしたものかこれが私を魅了する、なぜ私はこれに惹かれるのか・・・こうやって考えていくと、それまで自覚していなかった自分が見えてくるようで、おもしろいね

ホントですか(笑)こじつけじゃないんですか〜(((( ^^)(((^^;)hahaha