#56 不可能犯罪の巨匠 ― あるいは不可能を可能にする男


ネタバレ一応ありません(^^;



クラシック音楽が好きだと言っても、ロマン派の音楽が好きなひともいれば、バロック音楽しか聴かないというひともいるし、オペラ以外は興味なし、なんてひともいる。これはジャズでも同じことが言えるし、ミステリについても変わらない

ミステリですか? たしかにいろいろなジャンルがありますね

ここにある雑誌がミステリの特集を組んでるいるんだけど、座談会のメンバーが、いわゆるハードボイルドもののファンが揃っているもんだから、話の内容はハードボイルドばっかり(^^;

別な記事ではちょいと毛色の変わったミステリの好きなひと―ある小出版社のオーナーだな―がいくつかお薦めの本をとりあげて「こういう本を読まずにつまらん本格物なんて読んで喜んでるやつは死んでしまえ」なんて書いてる(^^;


(笑)Hoffmannさんはハードボイルドなんて、興味がないのでしょう?

うん。読んでみたことはあるけど、人物キャラクターも紋切り型で類型的、気の利いたセリフが、ファンにはたまらない殺し文句なんだろうけど、それを取り払ったら、どれもこれつまらないストーリーだとしか思えない。とくに、現代のハードボイルドものは、ありゃ紙芝居だよ

(笑)紙芝居って、どういうことですか?

全編これ映画やテレビの影響で、そもそも小説として成り立っていないと思うんだ

ハードボイルド・ファンに怒られますよ(^^;)Hoffmannさんって、登場人物のカッコ良さに不感症なんですよね(笑)

えっ・・・どういう意味?(^_^;;





それで、Hoffmannさんのお好きなミステリ作家がジョン・ディクスン・カーですね

まあ、好きなうちのひとりだね。われながらクラシックな好みだ

ここまで読んで怒っていたハードボイルド・ファンの方々が鼻で笑っていますよ、きっと(^o^;
ジョン・ディクスン・カーが本名で、カーター・ディクスンという筆名でも作品を書いてますね


カーター・ディクスンというのは、作者本人がジョン・ディクスン・カーとは別名義にしようと、「クリストファー・ストリート」という筆名で出版するよう申し入れていたのを、出版社が「カー・ディクスン」という名前で出版してしまった。そこで抗議の結果、次作では「カートライト・ディクスン」に、という提案をしたところ、この出版社はまたしても変更を加え、「カーター・ディクスン」としたものなんだそうだ。

それはともかく、1930年に出版された「夜歩く」が、ポオのような不気味な雰囲気の探偵小説として好評をもって迎えられ、その後「絞首台の秘密」「髑髏城」「蝋人形館の殺人」といった作品を次々と発表して、密室殺人ものの大家としての名声を確立、殺人方法を考案する比類無き天才と呼ばれたんだ

題名を聞いただけでも不気味そうな小説ですね。たしか「夜歩く」って、フランスが舞台ですよね。ポオの作品を意識していたんでしょうね

誰が犯人かということ以上に、いかにして犯行をやり得たのか、ということが問題になるんだね。カーというひとは、アリバイ工作とか、意外な犯人の意外な動機、といったものにはあまり関心がない、作中人物の性格や内面を分析するリアリズム小説には嫌悪感すら抱いていたようだね





カーはその多くの著作に、恐怖の趣を添えているのが特徴だね。つねに自然と超自然、合理的な解釈と不合理の対立がストーリーのおもしろさを支えている・・・

Hoffmannさんのとくにお好きな作品はどれですか?

やっぱり「火刑法廷」だな。代表作と言っていいだろう。この作品では、例によって超自然的な事件が解決を見て、すべては理詰めで説明されるんだが、ラストに至ってふたたび神秘的・オカルト的なエピローグが付加される

Hoffmannさんがお持ちのこの本の表紙、怖いです(^^;



カーというと、怪奇趣味の推理作家としての側面ばかり強調されているけれど、これは致し方ない。晩年の、怪奇味のない作品はやっぱりつまらないんだよね。でも、登場人物のキャラクターはよく描かれているし、意外とユーモア性もある。物語作家としてはやっぱりたいしたもんだと思うよ

ストーリー・テラーとしての才能は、ウィルキー・コリンズやディケンズといったイギリス作家の伝統ですね

そういえば遺作となった「血に飢えた悪鬼」には、ウィルキー・コリンズが探偵役で登場するよ。物語も、主人公の遭遇する事件、友人たちの奇怪な行動・・・なんて、ウィルキー・コリンズの小説とちょっと似ているね。そこに不気味な雰囲気の加味されているところがカーの個性だな


作品は長編小説が多いですよね。ただ、私が読んだいくつかの作品は、ちょっと文体が凝りすぎているというか・・・時間がゆっくり流れていた時代の小説なのかなと感じましたけど(^^;

そこがいいのさ(笑)



あと、キャラクター描写のうまいストーリー・テラーとしての個性を活かした歴史ミステリも少なくない。ロンドン警視庁の警視が1800年代初頭のロンドンにタイム・スリップする「火よ燃えろ!」、ナポレオンとウェリントンの時代を舞台に、殺人の嫌疑をかけられた青年貴族の復讐を描く「ニューゲイトの花嫁」なんかがある。言っとくけどタイム・スリップなんて設定は、いまでは陳腐に思えるかもしれないけど、この小説が書かれた当時は斬新だったはずだよ

私は「ロンドン橋が落ちる」を読みました

ああ、あれは実在の作家ローレンス・スターンや盲目の治安判事ジョン・フィールディングなんかが登場するよね

このジャンルでHoffmannさんのお気に入りはどれですか?

ケンブリッジ大学の歴史学者が、3世紀前の殺人事件を解明するために悪魔に魂を売って、17世紀のロンドンに立ちかえるという「ビロードの悪魔」だな


この本、ほかの長編小説と比べても、とくに大作ですよね。Hoffmannさん好みですね(^o^)

それから・・・1950年に恋人同士だった男女、その男がなにかの罪に追われ、追いつめられたときに女のほうが「150年昔に帰って、これを忘れられさえすれば」と叫ぶ、するとふたりは1795年の男女の意識のなかにいる。女は既に婚約者のある女性、男は美人の妻を持って、心臓病で余命幾ばくもない貴族、しかも殺人の嫌疑をかけられ追われている身・・・「恐怖は同じ」という小説だ、これもいいね

(^o^)Hoffmannさん、ロマンチストですね〜





カーの作品は創元推理文庫と早川文庫、ハヤカワ・ポケット・ミステリ(いわゆるポケミス)で主要なところはほとんど読める。もちろんダブっている作品もあるけどね。ただし、なかには重大な誤訳のあるものも混じっているので注意が必要だ

重大な誤訳ってどんなものですか?

トリックの解明に関わる部分の誤訳や、あろうことかトリックそのものを取り違えて訳しているものがあるんだよ(^^;

あらあら・・・(^^;

まあ、これより以前の翻訳だと、あろうことか抄訳で、誤訳は日常茶飯、ひどいのになると登場人物の名前までもが翻訳者によって変更されているしまつなんだけどね。こういったミステリはあまり古い翻訳には手を出さない方がいいよ





参考文献
ダグラス・G・グリーン「ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉」森英俊ほか訳 国書刊行会
ジョン・ディクスン・カー、カーター・ディクスンの著作多数 創元推理文庫、早川文庫、ハヤカワ・ミステリほか