#58 いつか見た犯人 ― あるいはミステリとしての戦後文学


微妙にネタバレあります(^^;



明治以来、日本の文学は海外文学の翻案によりはじまったといってもいいよね

戦前はほとんど翻訳に近い翻案、戦後は模倣ですね

うん。で、これは探偵小説においても例外ではない。海外の小説の翻案からはじまるのは、本邦における推理小説・探偵小説作家の草分けである黒岩涙香の昔からだな

黒岩涙香って、かなり昔の作家ですよね

文久2年、1862年生まれの作家だよ。明治20年代には探偵小説の黄金時代をつくりあげたひとだ。創作ももちろんあるけど、その多くは海外の小説の翻訳・翻案だな。当時のことだから発表の場はもっぱら大衆新聞だね。主要な新聞がこぞって探偵小説を連載するようになったのは、このひとの影響といっていい



で、坂口安吾の「不連続殺人事件」ですね

うん。もう知っているひとは知っているから言っちゃうけど、この作品の主要なトリックは海外の有名な女流作家の作品とほぼ同じのものだ

「不連続」もATGで映画化されていましたけど、その海外作品も映画になっていましたよね。たしか「ナ・・・(ムガムガ)

しーっ( ^^)♭(+ +;)そこまでにしておこう(笑)

作者も隠すつもりもなかったようだね。探偵小説が好きだという登場人物のひとりが、好きな作家としてまさにこの女流作家の名前をあげている

当時はまだ翻訳されていなかったのでしょうね





以前、ある雑誌を読んでいたら、「不連続殺人事件」はなかなかよくできた悪くないミステリだが、トリックが斬新だとか、意外性がすばらしいだとかいう評価はまったく間違っていて、この作品を日本ミステリ界のベストワンに推すひとは翻訳ミステリをあまり読んだことのないひとではないか、と言い、最も重要な部分がある海外の作品によく似ている、と得意になって指摘しているひとがいた。「不連続殺人事件」がそんなに高い評価を得ている作品だったとはぜんぜん知らなかったけど・・・

たしかに名作ですね

うん。でも、例の海外の作品と似ているのはよく知られていることだと思うんだけどね

まあ、このひとも「不連続」をすぐれた作品であると認めながらも、「本格探偵小説は、オリジナリティ、独創性をつねに尊重しなければならない」「偶然の一致だろうとなんだろうと、よく似た前例があれば、それだけマイナス」だと言っているんだな

Hoffmannさんもそう思いますか?

誤解を恐れず言わせてもらうと、ミステリであれなんであれ、オリジナリティなんてまったく評価の基準ではないなあ。
実用新案特許じゃあるまいし、似たようなトリックだからといってマイナスになるなんてこれっぽっちも思わないよ。むしろ、つまらないトリックに依存した出来の悪いミステリや、トリックそのものが破綻しているようなミステリがどれほどあることか・・・同じようなトリックでも、説得力のあるなしのほうが作品の評価においては問題になるべきじゃないかな

説得力のあるなしというのは、トリックそのものではなくて、その背景の物語の設定などによるわけですね

そういうこと。現代ミステリがつまらないと感じるのは、そういった点で玉石混淆だからだね。昔の本格物だと、出来の悪いものはとっくに淘汰されてしまっているから、いいものが多い印象を受ける

文学作品も一定期間寝かしておくといいんですね(^^)

じっさい、「不連続」はたいしたものだよ。翻案と呼べるほど元の作品に依存していない、どころか、元の作品は海外のミステリのなかでも名作のひとつと言われているけれど、小説としては疑いなく「不連続殺人事件」のほうがすぐれている


やっぱり純文学の作家ならではでしょうか

探偵小説だって小説なんだからね、小説としてよくできていることが重要だと思うよ





物語はこの作品が書かれた当時の昭和22年、地方の山中にある豪邸を舞台にしている。これ、いま読んでも不思議な魅力がある設定だな。登場人物たちはどれもこれも平凡人ではない、かなり異常な連中だけど、妙にリアリティがある。

それと、読者に対して公平で、必要な手がかりはすべて与えられていて、じっさい、雑誌連載時には、終章(解決篇)の掲載直前には読者への挑戦状が掲げられたんだよ。エッセイを読むと、そうした本格物こそミステリーの王道と考えていたようだね

挑戦状に対して、読者からの応募もあったのですね

当時の雑誌を読んだことがあるけど、見事真犯人を推理した読者がひとりいたよ。作者自身から賞金も出たんじゃなかったかな。なかには、とんでもない登場人物を犯人と目して、クイーンの「Yの悲劇」ばりのストーリーと見抜いた(?)読者もいた(^^;)作者から直接指名で挑戦された江戸川乱歩、荒正人、平野謙、大井広介といったひとたちは、たしか全滅だったな・・・(笑)





私はカタカナ混じりの文章と文体がなじめませんでした

何かというとホダされて、どうもいけないタチである。・・・所詮ホロリとしているのだ。じゃア思いきって行きます・・・

登場人物だって木兵衛は「モクベエ」、光一が「ピカ一」、警察官のニックネームなんて「ヨミスギ」「カングリ」「アタピン(アタマにピンとくる、の意)」ですからね(^^;;

イヤイヤ、然し、これは時代を考えたら仕方がないやね。それに、ハッキリ言って、カタカナ混じりの文章に関しては、坂口安吾はエッセイでもいつもこんな調子だアね。正直言って、オレも個人的にはこの手の文体はちょッといけないクチだ。まア、当時のいわゆる無頼派と呼ばれる文士の間では、こんなのが流行ってたンだな。だから、この点は大目に見て、カンベンしてやろうじゃアないか(^0^)ノカンラカラカラ

ちょ、ちょっと・・・笑い声も古いですね〜(^^;





古いといえば・・・「不連続殺人事件」は山奥の、あたかも隔離された環境での連続殺人事件を扱っているわけだよね

どことなく横溝正史の角川映画の雰囲気ですね(^^)

(笑)ああ、横溝作品にも言えるかもしれないけど、こうした閉鎖空間でのストーリー展開が、古くささを感じさせず、同時にその古さを魅力的なものにしているんじゃないかな


どういうことですか?

描かれている人物や情景の雰囲気が昭和22年で、でも汽車だの円タクだのは出てこないから、いつの時代の読者にもなじみやすいんだな。
同じ坂口安吾でも、ある短編推理小説では、東京駅発博多行急行列車が7時30分発で、京都着が午後6時41分とある。こうなると、さすがに古いなあとしか思えない。そのせいでもないと思うけど文体も、「不連続」とたいして変わらないのに、ついていけない印象だな。やっぱり「不連続殺人事件」は特別な名作なんだと思うよ




古さの魅力というのは、ちょっと郷愁を誘うような・・・いかにも日本の作品、という個性ですね。
でも、坂口安吾の推理小説は「不連続殺人事件」以外はあまりおもしろくないのですか?

短編小説はいただけないけど、特異な位置を占める作品がある。「明治開化 安吾捕物帖」という連作短編小説だ。勝海舟が推理に一枚かんでいるんだけど・・・捕物帖に関してはほかにもいろいろあることだし、項目をあらためよう

捕物帖といえば・・・銭形平次ですか?

いやいや(^^)銭形の親分だけじゃないぞ、名作は数々ある。たとえば・・・

(^^)nikoniko





引用文献・参考文献
坂口安吾「不連続殺人事件」 角川文庫
坂口安吾「能面の秘密 安吾傑作推理小説選」 角川文庫
坂口安吾「明治開化 安吾捕物帖」 角川文庫
坂口安吾「私の探偵小説」 角川文庫