#61 エロティシズム各論 ― 番外篇 弾圧の時代




詩人や作家が猥褻の名の下に当局から断罪される・・・この「当局」というのは、もともとはローマ・カトリック教会だったわけですよね

そうだね。1559年、教皇パウロ四世は自身が禁止した本の目録を宗教裁判所に送った、これがトレント宗教会議に付されて、この種の本の最初の包括的な目録となったんだ。これがいわゆる「禁書目録」だな。
つまり、当初は、猥褻が教会に対する風刺や攻撃の材料とされている場合だけ問題とされたのであって、じつはこれは現在でもそのままローマ教皇庁の公式の立場となっている

「禁書目録」は現代でも更新されているのですか?

最近はどうか知らないけど、ここに1948年時点での目録の抜粋があるな・・・

見せてください・・・サミュエル・リチャードソンの「パミラ」、バルザック、スタンダール、デュマ親子にゾラ・・・「世界文学全集」クラスの名作揃いじゃないですかヾ(・o・)/

いったいどこが猥褻なの、って言いたくなるようなリストだね(^^;)





つまりエロティシズムにしろ、ポルノグラフィにしろ、それ自体が起訴されるべきものではなくて、教会に対する批判と結びついた場合にのみ、当のキリスト教会が「禁書」としたわけですね

じっさいに猥褻文書の出版が法的に有罪とされるようになったのは、イギリスでは出版物の事前許可法が1695年に失効してから、1727年のこととされている。
それまでは猥褻文書を販売した書店が起訴されたところで、刑罰は数時間書店を閉鎖するだけといった軽微なものだったそうだよ

それがだんだん厳しい処罰を受けるようになったわけですか?

そうとも言えないな。キリスト教会から「異端」の烙印を押された場合には火あぶりだからね、むしろ「猥褻」で起訴される時代のほうがのんきな時代なのかも知れないよ(^^ )

やっぱり一般的な猥褻よりも反体制のほうが重罪として扱われたのですね



dialogue#33に続く