#72 中国のヨッパライ ― 我酔欲眠


おかえりなさ〜い(^o^ )

・・・タダイマ・・・

・・・お、おかえりなさい(・_・;

(-。-*ふぅ〜

Hoffmannさん、お酒を飲んでらしたんですね(^^;

うん。転勤した同僚がひさしぶりに戻ってきたんでね(-_-*ノミスギタカナ・・・

たまにはよろしいでしょう(^^ )でも、Hoffmannさんはあまりお酒に強い方じゃありませんよね



お酒といえば、今日ポール・アンダースンの「タイム・パトロール」を読んでいたのですけれど・・・

ああ、SF小説の古典だね。時間航行の方法が発見された時代で、過去に干渉して未来を変えようとする時間犯罪が多発するため、これを防ぎ、歴史を正当な軌道に保つために時の航路を監視する、それがタイムパトロールだね(-_-*フウ

・・・主人公が13世紀の中国で、酒に強いと豪語する蒙古人にウィスキーを飲ませる場面がありましたよ

ああ、当時の酒は単に発酵させただけだから24度以上にはならない、廃残物のために発酵が止まってしまうんだね・・・どころか、13世紀の醸造酒のアルコール強度は5%をかなり下回っていた・・・主人公がスコッチ・ウィスキーを見せて、上手くおだてたり、挑発したりすると、この蒙古人はいい気になってがぶ飲みして、ひっくり返ってしまうんだね(笑)

まあ、当時はアルコール度数が低いために、ゆっくり、のんびり楽しめたのかもしれませんね

アルコール度数が高いからっていい酒ではないし、それを飲んで自慢になるものでもないさ

量にしても同じですね

それでも「水滸伝」に登場する主人公のひとり(主人公はなにしろ108人もいる)、武松の飲みっぷりは豪快でいいね(^^*
蒋門神を懲らしめるために目指す料亭に向かう途中、たいした距離でもないのに、「酒が入っていないと腕を振るえない」と言いながら、目についた居酒屋に寄っては大椀に3杯づつ飲む・・・で、料亭に到着すると「二角」の酒を出させて・・・角って言うのは4升入る器だから8升だな、いよいよ大暴れ。女主人を帳場越しに吊り上げて、酒甕に放り込んでしまう(笑)


「水滸伝」の登場人物って、やたらと飲んだり食べたりしてますよね(^^;



中国の酔っぱらいといえば、李白さんを思い出しますね(^^ )

李白の詩は前にもちょっとだけ紹介したよね(^^*

世に処るは大夢のごとし、胡為ぞ其の生を労する・・・「春日酔起言志」(春の日に酔より起きて志を言う)という詩ですね(^^ )それに・・・

一杯一杯 復た一杯
我酔うて眠らんと欲す

いっぱいいっぱい またいっぱい
われようてねむらんとほっす

・・・というのもありましたね(^o^)

李白のほかにも(飲)酒をうたった詩はたくさんある。たとえば陶淵明にもずばり「飲酒」(酒を飲む)という詩があるよ

余閑居寡黙歡、
兼秋夜巳長。
偶有名酒、
無夕不飲。
顧影獨盡、
忽焉復酔。

我わび住まいして楽しみ少なく、
それに秋の夜も、もう長くなってきた。
ちょうど名高い酒があったので、
夜ごと飲まぬことはなく、
我が影法師を顧みて独り飲みほすうちに、
いつしかまた酔うてしまう。

いい酔い方ですね〜(^^ )

白楽天の「對酒」(酒にむかいて)という詩は・・・

巧拙賢愚相是非、
何如一酔盡忘機。
君知天地中寛窄、
G鶚鸞凰各自飛。

世の中は巧と拙、賢と愚とを差別して是非するが、
一酔してことごとく是非を争う心を忘れたら如何です。
天地の中は寛(ひろ)いか窄(せま)いか君はご存知だろう、
悪鳥と善鳥それぞれ自由に飛んでいるではないか。

これはちょっと理屈っぽいですね(^_^;



・・・って、Hoffmannさん、冷蔵庫開けて・・・まだ飲むんですか〜(・o・;

ま、ちょっとだけ・・・(^-^*)ゞでも、こうして中華詩から例をあげているときりがないね(飲)

なにしろ四千年の歴史ですからね〜(笑)
グスタフ・マーラーも自作のなかで、中国の漢詩をテキストに使っていますよね

ああ、交響曲「大地の歌」だね。あの作品はハンス・ベトゥゲが中国の漢詩をドイツ語に翻訳して出版した「中国の笛」(“Die chinesche Floete”)という本から、マーラーがいくつかの詩を選んでテノールとアルト(またはバリトン)によるオーケストラ伴奏を付きの音楽としたものだ。

マーラーはベトゥゲの翻訳を自由に綴りあわせたり変形したりしているし、そもそもベトゥゲの翻訳自体がときには原詩に忠実、ときには自由といった調子なので、全6楽章ある「大地の歌」の歌詞のなかには、その原詩が特定できないものもある


たしか李白さんの「春日酔起言志」も歌われていましたね

第5楽章の「春に酔いて」だね。これはベトゥゲも原詩をほとんどいじっていないし、マーラーもほぼそのまま使っている



第1楽章の「大地の悲哀によせる酒宴の歌」は李白とされているけれど、じっさいには李白の詩にはこの歌詞に該当するものはない。それでもそのテーマと気分はじつに李白的なんだな


酒は黄金の盃に満たされ、はやくも飲めよと我らを誘っているが
口をつけるのはしばし待て、まずは一曲この席で歌おう
憂愁を歌うこの歌も、君たちの心の底深くに哄笑となって響いてほしいもの

・・・冒頭はこのように始まり・・・(飲)

生は暗く、死もまた暗い

・・・という歌詞がたびたび繰り返される(飲)

天は永遠に青く、大地はゆるぎなく、
春を迎えては百花繚乱
しかるに人間はどれだけ生きられるというのだ
許されているのは百年に満たぬ歳月
地上の儚い慰みに興じるばかり

・・・という歌詞を経て、突如奇怪な猿が現れる・・・

見よ! 月の光を浴びて墓地に坐してうずくまるおぞましき姿!
猿だ! 聴け、その啼き声がこの世の生の甘き香りを破り、
甲高く響き渡るのを!


続けて最後は・・・


友よ、いまこそ盃をとれ!
黄金の盃を飲みほすがいい!
生は暗く、死もまた暗い

・・・と結ぶんだ(飲飲)



悠久の自然と、あわただしい人生を対比させるのは中国の漢詩人には、普遍といっていいくらい、共通する感情ですね・・・

そうそう(飲飲飲)・・・(-_-*)世に処るは大夢のごとし、胡為ぞ其の生を労する・・・所以に終日酔い・・・頽然として・・・前楹に臥す・・・・・・っと・・・ムニャ・・・・・・

・・・って、Hoffmannさん、Hoffmannさん! 寝ちゃったんですか〜(^o^;


・・・♪〜♪〜Dunkel ist das Leben , ist der Tod〜(-_-*)ZZZZZZ・・・

第2楽章はどうなるんですか〜(^o^;

ZZZ・・・(-_-*

風邪ひいちゃいますよ〜(・_・;

ZZZZZZ・・・(-_-*

Hoffmannさぁ〜ん(・o・;;;





「大地の歌」の歌詞はHoffmann訳。たまたま対訳付きの国内盤LPもCDも見あたらなかったので(笑)・・・飲みながら訳したので、かなりいーかげんな訳です(^^;