#73 屋根の上の牛肉


Hoffmannさんはお肉といえばなにがいちばんお好きですか?

ん? そうだなあ・・・鶏かな

牛肉はいかがですか?

豚も牛肉も、どれも好きだけど・・・どうして?




牛肉って明治時代の初め頃は、まだあまり食べる習慣がなかったのですよね

う〜ん、横浜開港以前はあまり一般的ではなかったかもしれないけど、明治時代だったら、もうめずらしくなかったんじゃないかな

そうなんですか? 今日、ジュール・ヴェルヌの「八十日間世界一周」を読んでいましたら、主人公のフィリアス・フォッグとはぐれてしまった従者パスパルトゥーが、横浜で牛肉を食べさせてくれる店がないので、空腹を抱えてさまよい歩く場面があったんですよ

彼はこの国の店には羊や山羊や豚がまったくないことに気がついた。また牛はもっぱら農耕用としてつかわれるので、牛を殺すのは神聖の冒涜だと思われていることを知っていたから、日本では肉にありつけないと結論した。

ジュール・ヴェルヌがこの小説を書いたのは1872年ですから、明治5年ですよね

ああ、でもそれはパスパルトゥーが・・・いや、ジュール・ヴェルヌが知らなかっただけでね。というより、ヴェルヌの参照した日本に関する資料が古かったんだろう(^^ )

天正文禄頃のキリシタン大名は結構牛肉を食べていたそうだし、江戸時代には獣肉嗜好には禁令が出ていたけれど、お上は別でね。徳川慶喜の牛肉好きは有名だよ

そうでしたか(・_・)



たしか種村季弘のエッセイに書いてあったな。ええと・・・パラパラヾ(・・ )(・・ )))
慶応元年、つまり1865年には横浜に屠牛場ができているから、牛肉店も見つかったはずであると。明治2年には横浜に牛肉専門の太田屋が開店していて、江戸の牛肉屋も横浜から仕入れをしていた・・・やがて牛肉食は東京に飛び火して、明治8年には牛肉屋が都内に40店という記録があるそうだ

それでは明治5年なら、丹念に探せば牛肉屋さんを発見できたわけですね(^^ )

そもそも獣肉忌避は仏教以来の風習にすぎなくて、日本人には獣類の肉や血液を汚穢視する思想はなかったとも言われている。それに仏教渡来以後だって、野生の猪や鹿、鳥類なんかは食い放題だったんだからね

結局パスパルトゥーも、質素な「お茶屋」で残り物の鶏肉を食べてましたね(^^ )





当時は牛肉といえばすき焼き・・・つまり牛鍋でしょうか?

そうだね。島崎藤村の「夜明け前」では、旅籠の庭に七輪を持ち出して牛鍋を煮る場面がある。庭で食べているのは、旅籠のお婆さんが牛肉を不浄なものとして座敷への持ち込みを嫌がったからだね。しかも、使った箸は紙に包んで捨てるという念の入りようだ(^o^;

ちょっと時代は下りますけれど、たしか森鴎外にもずばり、「牛鍋」という短編小説がありましたね

優美、よく知ってるね( ^^)/(^^*)po

牛丼も歴史が古いのですよね

しかも、昔から安かったんだよ。当時は牛めしと言ったようだけどね。

山川均のエッセイに、奥さんが転地療養でひとり暮らしとなったときに、10ヶ月くらい、毎日夕飯に牛めしを食ったとある。値段は9銭、この新橋駅前の店ではいつも3人の若い車屋が、やはり牛めしで夕食をすませていたというから、大衆的な食べ物だったんだね




牛丼はカツ丼とならんで、近代日本が発明した、きわめて独創的な食べ物といっていいね

和洋折衷ですよね(^o^ )



・・・で、今回のタイトルはどういう意味ですか?

ダリウス・ミヨーのバレエ音楽「屋根の上の牛」から拝借したんだ(^_^;

ジャン・コクトーによる台本の・・・ちょっとジャズ風の音楽ですね。原題は“Le boeuf sur le toit”・・・たしかに「屋根の上のビーフ」ですね(笑)



参考文献
ジュール・ヴェルヌ「八十日間世界一周」田辺貞之助訳 創元推理文庫
種村季弘「食物漫遊記」 筑摩書房 ほか