#74 地獄紀行


おお、gallery#73から続いているかのやうだ・・・(・・;



ジュール・ヴェルヌといえば「八十日間世界一周」のほかに「地底旅行」とか「海底二万里」あたりが有名だね

この三作はどれも映画化されていますね。私はジェームズ・メイスン主演の「地底旅行」が好きですね(^^ )リンデンブルック教授の♪


“A Journey to the Center of hte Earth”(1959年米)

ジェームズ・メイスンだって? 優美、趣味が渋いね〜(^o^;シブすぎ・・・
「海底二万里」もいいよ。なんてったって、ネモ艦長のノーチラス号だよ(笑)




ヴェルヌの作品って、いわゆる冒険小説ですけれど、SF小説の先駆けとも言えますね

1828年生まれで1906年に没しているから、まさに19世紀の科学的研究への崇拝の時代に生きたひとなんだよね。とくにヴェルヌは空想上の機械を考案するのが得意だったといっていいだろう。ノーチラス号もそうだし、気球はほとんど飛行船を予見するように描かれている。こうした各種の乗り物のほかには映画の技術を彷彿させる小説もあったな

乗り物と言えばロケットもありましたよね

「月世界へ行く」だね。正確には大砲で打ち上げるロケット弾なんだよね。さすがにこのあたりになるといまとなっては微笑ましいところもある。連れて行った犬が死んでしまったので、その死体を、窓を開けて外に―つまり宇宙空間に捨てるなんていうシーンがあるんだよ

ええっ、窓を?

空気が弾性によって真空の中にすばやく流出するのをできるだけ少なくするために、いそいでおこなわねばならなかった。・・・ロケット弾の内部の壁にたいする空気の圧力よりもさらに力強いハンドル操作によって、窓の蝶番はすばやく回り・・・空気の幾分子かが流れ出たくらいだった。

・・・なんて書いてある(^o^)

無理がありますよね〜(^^;

でも、登場人物たちの英知や発明には、どれも綿密で具体的なアイデアがちりばめられているところがメルヘンとは違うところだ。つねに理性的かつ明晰な語り口を意識させるところがヴェルヌならではだよ



ところで、ルートヴィヒ・ヘヴェジという世紀末ウィーンの作家(出身はハンガリー)の作品に「地獄のヴェルヌ」「天国のヴェルヌ」という短編小説がある。死後の作家が地獄と天国での見聞を編集者に送ってきたもの・・・という体裁だ

地獄めぐりといえば、ダンテの「神曲」地獄篇ですね

そうそう(笑)だから昔そんな小説があることを知ったときには、てっきりダンテのパロディ、それもジュール・ヴェルヌばりの長篇冒険小説だと思ってね(^^;)ドイツ語のタイトルはあたりをつけて原書を探したけど見つからない・・・その後岩波文庫の「ウィーン世紀末文学選」に翻訳が収録されて、これが二編合わせても30ページのほどの短編小説だった(^o^*見つからないわけだ・・・

(笑)それでは、ヴェルヌのような小説ではなかったのですね

まあ、そもそものアイデアはダンテからの借用なんだろうけど。「地獄・・・」では来訪者名簿を見るとダンテの名前があって、ヴェルヌに「とすると地獄巡りの作品は、まんざら根も葉もないでっちあげではなかったわけだ!」と言わせているし(笑)「天国・・・」の方には「ネモ船長」が登場するんだよね(^o^)でも、作品としてはちょいと皮肉の効いたユーモア小説といったところだな



それではダンテをパロディ化した作家はいないのですか?

大勢いるんじゃないかな。すぐに思い出すのはジョン・クーパー・ポーイスの「モーウィン」だね

ポーイスって、あまり馴染みのない名前ですね

J.C.ポーイスはイギリスの作家でね、ほとんど日本では紹介されていない。首吊り自殺をした男がいて、このとき男が踏み台にしたバケツと首に巻いた縄が、自殺の原因について話し合うという奇妙な小説があったな

はあ・・・(・_・;

「モーウィン」は長編小説で、創元推理文庫から翻訳が出ていたけど、いまは絶版か品切れみたいだね。
物語は、語り手であるイギリスの退役軍人が、隣人とその娘モーウィン(そして愛犬ブラック・ピーター)と散歩中、隕石の落下により地底にのみ込まれるところからはじまる・・・


・・・で、そこが地獄だったのですね

うん。生前の残虐な罪によって地獄に堕ちた歴史上の人物が次々と現れるんだ。サド公爵、異端審問官トルケマーダ、皇帝ネロ、ジル・ド・レー・・・ソクラテスも登場しているよ



あと、変わったところで「SF地獄篇」とサブタイトルの付いている「インフェルノ」、ラリー・ニーヴンとジェリー・パーネルの共作で、これも創元推理文庫から出ていたね

おふたりともSF作家ですね

ストーリーは、主人公のSF作家アレン・カーペンタイアーがSF作家大会の宴会で、ホテルの8階の窓に腰掛けて、窓枠に手を触れずに酒を1本飲みほすという賭をして・・・

落ちちゃったんですね(^o^;

・・・まっさかさまに(^_^;そして気が付くとそこは荒涼とした原野、ベニトと名乗る男が現れて、ここは地獄の入口だと言う。この男を案内役に、主人公は地獄めぐりをはじめることになるんだ

ダンテの原典にも案内役がいましたよね

地獄篇と煉獄篇がウェルギリウス、天国篇がベアトリーチェだね

ウェルギリウスって、古代ローマの詩人ですよね

叙事詩「アエネーイス」を書いたひとだね。で、このウェルギリウスが人生の最期に臨んで、「アエネーイス」を未完のまま残すことに苦しみ、心を痛めるさまを、ジェームズ・ジョイスやマルセル・プルーストばりに「意識の流れ」を追う手法で描こうとしたのが、ドイツの作家ヘルマン・ブロッホの長篇小説「ウェルギリウスの死」だな



「神曲」の純然たるパロディとは言い難いけれど、その枠を借りた小説が日本にもあるぞ。山田風太郎の「神曲崩壊」だ。

主人公の「私」は19××年2月30日、窓の外に降る泡雪を眺めながら「神曲」を拾い読みしていたところ、突如無限の宇宙空間に投げ出される。気が付くとそこは「神曲」冒頭と同様の暗い、荒涼たる森のなか。森を抜けて荒野に出ると、そこにはひとりの西洋人が待っていて、ダンテと名乗る。ダンテは「私」に、宇宙が崩壊して人類が死に絶えたこと、この異変のために地獄の秩序すら混沌に帰してしまったことを告げる・・・

むろん以前の通り、同じ罪を犯した人間は同じ泡の世界に、という原型はある。が、それらから形成される巨大な泡の世界全体が崩壊して、ちょうど異なる銀河系の星がいりまじったようにゴチャゴチャになり、昔の地獄ならとうていあり得ない、すっとんきょうな新しい世界を作り出している例もあるようだ。

はあ・・・「ゴチャゴチャ」で「すっとんきょう」ですか(笑)ずいぶんくだけたダンテですね〜(^^;

(笑)・・・で、日本人専用の地獄を見せようと案内されるんだ。用意された馬車の馭者は怪僧ラスプーチン、案内人はラ・ロシュフコー伯爵(作品中では「公爵」)・・・

フランス人にロシア人と、豪華メンバーですね〜(^o^;

各々の地獄に付けられた名称がなんとも傑作で、「飢餓の地獄」は「はらぺこのインヘルノ」、「酩酊の地獄」は「へべれけのインヘルノ」、「愛欲の地獄」は「おいろけのインヘルノ」といった具合だ(^o^)

登場するのは、「はらぺこ」では正岡子規、夏目漱石、芥川龍之介、永井荷風など。「へべれけ」では若山牧水や種田山頭火から高倉健に江利チエミまで現れる。

「おいろけ」では明治時代に牛鍋店を開いた木村荘平、この男は東京じゅうの48軒の牛鍋店をそれぞれ別の妾に経営させて、生ませた子供が全部で30人(笑)それに牛肉のみならずトンカツも好きだったという徳川慶喜公がいて、こちらは作った子供が21人・・・


みなさん、がんばったんですね〜(^o^*)

また、ここでは豊臣秀吉と秦の始皇帝が勃起持続力の競争をしていて、この判定役が伊藤博文と「金瓶梅」の西門慶となっている

これまたどちらも名だたる好色漢ですね・・・って、西門慶は実在しませんよね?

これにはダンテが「たとえ虚構の人物でも、あまり著名になると作者の化身として地獄でよみがえることがある。ふしぎな現象だがね」と言っているね

なんともトボケたダンテですね〜まあ、そのあたりが山田風太郎ならではといったところでしょうか(^^ )

そもそも物語は2月30日にはじまるくらいだからね(^^;



さらに「憤激の地獄」すなわち「むかっぱらのインヘルノ」では、勝新太郎と黒澤明が喧嘩しているその近くで、浅野内匠頭と吉良上野介がやりあっている始末だ(笑)


こんな地獄なら、ちょっと見に行ってみたいくらいだね(^o^;

Hoffmannさんがいらっしゃるのなら、そのときはぜひ私もご一緒して案内役を務めさせていただきますよ(^^*



参考文献・引用文献
ジュール・ヴェルヌ「月世界へ行く」江口清訳 創元推理文庫
「ウィーン世紀末文学選」池内紀編訳 岩波文庫
J.C.ポーイス「モーウィン」衣更着信訳 創元推理文庫
L.ニーヴン&J.パーネル「インフェルノ―SF地獄篇―」小隅黎訳 創元推理文庫
山田風太郎「神曲崩壊」 廣済堂文庫