#83 茶道 ― 珈琲の罪




今日は木山捷平の短編小説「苦いお茶」を読んでいたんですよ

ああ、語り手である主人公が戦時中大陸(満州)で縁あった幼女―「ナー公」と戦後再会する話だね。いまとなっては道具立てなんかちょっと古いと感じるのは否定できないけれど、戦後短編小説の名作だよね

表題の「苦いお茶」というのは、直接的にはこの小説のなかで喫茶店で飲むコーヒーのことですよね。短大生になったこの女の子が「小父さん、ここのコーヒー、とっても不味いのよ。でもわたし、さびしい時には、まずいコーヒーがのみたくなるの」と言っていますね





ところで、Hoffmannさんは喫茶店で特別に不味いコーヒーを飲んだことってありましたか?

あったよ。透明感がなくて濁っているやつ。でも、ちゃんとした喫茶店ならめったにないなあ。ことさらに不味い店があるのではなくて、とくに美味いコーヒーを出す店がある、ということじゃないかな。もっとも、結構最近までインスタントコーヒーを出す喫茶店というのがあったんだよ

インスタント・・・ですか?(^^;

いや、ひと昔前は結構それが普通のことだったみたいだね。
種村季弘のエッセイによれば、戦後間もない頃には、本物のコーヒーなんて現実にお目にかかることはめったになかったそうだ


中身がドクダミの煎じたのであろうが、ゲンノショウコであろうが、ハトムギやドングリ」の焙煎したものであろうが、とにかく煮出して茶色くなればそれがコーヒーで通り、飲む方はコーヒーを飲んでいるのだというある種の感情に浸るのが先決であって、味なんぞに四の五のいうゆとりはなかった。

コーヒーの偽物といえば「風と共に去りぬ」のなかでも言及されていましたね

ほかの理由はとにかく、シュガーや濃厚なクリームをいれるほんもののコーヒーが飲めなくなっただけでも、スカーレットは北軍を憎んだのである。

藤田一咲というプロカメラマンのエッセイを読んでいたら、このひとの家では子供の健康のために、麦茶を濃く出したものにミルクをたっぷり入れて麦茶ミルクコーヒーと呼んでいたそうだ(^^)

味だけなら代用品になりそうですけど、香りは違うんじゃないんですか(^^*

カフェインが含まれているということで、昔はあまり子供が飲むものではないといった感覚の親が多かったんだよ

砂糖やクリーム、ミルクといえばコーヒーには付きものですけど・・・

まあ、コーヒーってのは苦いもんだよね。だから、砂糖やクリームを入れる習慣ができたわけだろう

でも、最近はブラックで飲むひとが多いんじゃないですか?

たぶん、インスタントよりも、ちゃんと豆を挽いて入れるコーヒーが主流になったからじゃないかな。逆に言うとインスタントなんてそのままじゃあまりコーヒーらしい味もしない・・・(^^;だから代用品にも砂糖やミルクは欠かせないんだな





まあ、コーヒーの歴史についてはここで語る必要もないだろう。ひとつだけ言っておくと、コーヒーは、西暦900年頃にアラビア人の医師ラーゼスの書いたもののなかにはじめてことばとして現れたそうだ

医師・・・とおっしゃると、はじめはやはり薬として?

煙草もそうだけど、こういった嗜好品って、はじめは必ずといっていいくらい薬としての効果がうたわれるんだよね。たしかディケンズの小説では煙草が喘息の薬として登場していたぞ(笑)

煙草はともかく、コーヒーに関してはいまでも?

近頃はテレビでも雑誌でもヘルシー情報がブームだからね。ここに某コーヒー店でもらってきたパンフレットがあるけれど、ええと、なになに・・・「リラックス効果と脳の働きの活性化」、「ストレスの緩和」、「ピロリ菌や大腸菌を激減させる」、「善玉コレステロールを増やして動脈硬化を防ぐ」などなど・・・いろいろあるね〜(笑)

針小棒大的に考えれば、どんな飲食物でも、いい面もあれば悪い面もあるんじゃないですか(笑)それに、緑茶や紅茶でも同様に、健康ための効果があるといわれることがありますよね

紅茶といえば、こちらはイギリスを連想させるよね

英国といえば朝食も午後も紅茶ですよね

ところがね、映画だったか、原作の方だったか忘れたけど、「007」のジェームス・ボンドが、朝コーヒーと紅茶のどちらがいいかと訊ねられて、コーヒーを所望する場面があったんだよ。このとき「紅茶なんて泥水みたいなもの飲めるか」てなこと言ってる・・・(^o^;

きっと、いかにも英国的でない英国人という人物像を強調しようという意図でしょうね(^^;

ほかにコーヒーの扱われている印象的な場面といえば、映画ではフォルカー・シュレンドルフ監督の「ブリキの太鼓」(1979)がある。主人公オスカルとともにドイツ軍慰問中であったロスヴィーダが早朝、連合軍の爆撃から逃れる際、一度はトラックに乗り込んだのに、「朝のコーヒーを飲んでない」と言ってトラックを降りる。コーヒーを飲んで「グラッチェ」とひと言。そこで爆撃を受けて―

Hoffmannさんって、結構細部に注目してますね(^^*


“Die Blechtrommel”(1979)

文学作品では、さっき優美が言った「風と共に去りぬ」のほかには、ヘミングウェイの「老人と海」とか・・・

老人はコーヒーをゆっくり飲んだ。これが一日の全食料だ。それを飲まねばならぬことを彼は知っている。

それにレイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき女よ」では私立探偵フィリップ・マーロウが・・・

「どうだ、コーヒーは?」「コーヒーを飲めば、男と男として率直に話をしてくれるのかね?」

ちょ、ちょっと恥ずかしいセリフですね〜(^o^;

以上の「風と共に去りぬ」を含む三作は、コーヒーの扱いひとつをとってもいかにもエンタテインメント小説らしい。いいかえれば、ここではコーヒーも「おしゃれ」の要素なんだな

あら、なんだか否定的に聞こえますね(^o^;それでは、コーヒーが扱われているここぞという場面はありませんか?

エミール・ゾラの「居酒屋」に出てくるクーポーの台詞かな(笑)

「おれはコーヒーを作ってくる、最高のやつをな!」





参考文献・引用文献

「茶の木・去年今年」 木山捷平 旺文社文庫
「好物漫遊記」 種村季弘 筑摩書房
ほか