005 「ホラー・エクスプレス ゾンビ特急”地獄”行」 (1972年 西・英) 監督:ジーン・マーティン




 前回、ハマー映画を取りあげて、ピーター・カッシング、クリストファー・リィについてお話ししましたが、本日はハマーではなくグラナダ・フィルム=ベンマー・プロダクションが製作した、この二人の共演作、「ホラー・エクスプレス ゾンビ特急”地獄”行」 ”Horror Express” (1972年 西・英)を取りあげます。監督は、調べると「エウヘニオ・マルティン」とか「ユージニオ・マーティン」と出ますが、私の持っているIMAGICA・紀伊國屋書店のDVDにはジーン・マーティンとあります。

 じつはハマー以外でも、カッシングとリィの共演作はありまして、さらにヴィンセント・プライスが加わった作品もありますが、ここではTVシリーズ「刑事コジャック」(1973年)でブレイクする直前のテリー・サヴァラス Telly Savalas が出演しているのがミソ。

 まずは、あらすじを簡単に―

 1906年、中国四川省の氷壁から200万年前の類人猿の化石を発掘したイギリスの高名な人類学者サクストン教授(クリストファー・リィ)は、この化石を本国へ持ち帰るため、北京発モスクワ行きのシベリア横断特急に乗り込む。偶然にも乗り合わせたのは友人であるウェルズ医師(ピーター・カッシング)とその助手ジョーンズ。特急列車が出発する直前、教授の積荷を探っていた中国人の泥棒が、眼が白くなった死体で発見される。ポーランド貴族ペトロフスキー伯爵夫妻に随行する東方正教会神父プジャルドフは、サクストン教授の積荷に邪悪な悪魔が潜んでいると訴える。



なかなかいい雰囲気。駅員もたいがいな奴です。中国ですから「不思議な役人」です。


 その積荷が気になったウェルズ医師は、列車の荷物係にチップを掴ませて中身を調べるよう依頼するが、その荷物係も死体で発見され、積荷の中身は空になっていた。やむを得ずサクストンはウェルズ医師や警察のミロフ警部に、積荷は氷漬けになった類人猿であったことを説明するが、列車内では女性スパイのナターシャなどの犠牲者が続出。類人猿を発見したウェルズ医師とミロフ警部はこれを射殺するが、類人猿と目を合わせてしまったミロフ警部はその場で気を失ってしまう。

 
白い眼になって死んでいる荷物係。 右は頭部を切開して脳を調べるているところ。しわがなくてツルツルになっているのは、知識や記憶が抜かれたからだ・・・って、目視でわかるとは都合がいいですなあ(笑)

 これでようやく危機を脱したと安心するウェルズ医師とサクストン教授。ミロフ警部も意識を取り戻す。犠牲者や類人猿の死体を調べた教授たちは、類人猿の赤く光る眼を直視した犠牲者たちが、脳から一切の知識や記憶を吸い取られていたと推測する。さらに、類人猿の眼球には過去に見たものが映像として記録されており、どうやら太古の昔に地球へやって来たエイリアンであるらしいことが判明する。


深刻そうな演技と重要な会話内容が、なぜか空回り?

 やがて、車内で再び犠牲者が発見される。じつはエイリアンの正体は実体のない生命体で、撃たれた際にミロフ警部の肉体へ移動していたのだった。そこへカザン隊長(テリー・サヴァラス)率いるコサック隊が乗り込んでくる。サクストン教授の機転によって、エイリアンは人々の目前で正体を現し・・・。

 
立っているだけでも絵になるふたり。 右は、なにしに来たのかわからないが、有り余るほどの存在感を示すカザン隊長。

 主演にはクリストファー・リーとピーター・カッシングを迎えていますが、じつはこのとき、カッシングは最愛の妻ヘレンを亡くしたばかりで、「どうしても仕事をする気になれない」と出演を辞退したものの、親友リィに励まされて撮影に臨んだというのは有名な話。コサック隊長カザン役のテリー・サヴァラスは、翌年アメリカのTVシリーズ「刑事コジャック」でブレイクする直前の出演。プジャルドフ神父はラスプーチン似。伯爵夫人イリーナ、女スパイのナターシャともこれはスペインの女優さんでしょうか、なかなかの演技派なんですが、story中ではあまり重要な役柄でもなく、お気の毒。むしろ、カッシング演じるウェルズ医師の助手を演じているアリス・ラインハルトの、ちょっとトボけた味が印象的。

 撮影場所はスペインのマドリード、脇役の大半はスペイン人。それでいて、どことなくハマー・ホラー的なatmosphereが濃厚に漂っています。機関車のミニチュア撮影もなかなかのクォオリティで、我が国の東宝映画をはるかに凌いでいる。とはいえ、かなり荒唐無稽なstoryであることはたしか。シベリア横断特急の車内を徘徊する、およそ200万年の時を経て蘇った凶暴な類人猿の正体は太古の昔に地球へ飛来したエイリアン・・・これがじつは肉体を持たない未知の生命体で、人間その他の生物を宿主として生き続ける。殺した犠牲者の記憶や知識を吸い取ってしまう。殺した死体をゾンビのように操ることができる・・・などなど、88分という短い尺のなかによくもこれだけ詰め込んだもの。

 疾走する列車内での怪異ということで、ひょっとして「オリエント急行殺人事件」 ”Murder on the Orient Express” の模倣かなとも思ったんですが、アチラは1974年公開ですから、こちらの方が古いんですね。


「魚の眼が・・・白い」「ゆでると白くなります」・・・この会話になんの意味が?

 いや、途中までは一般に言われるほどひどい出来ではないなと思いながら観ていられるんですが、テリー・サヴァラス演じるカザン隊長が乗り込んできたあたりからどうも雲行きが怪しくなってきます。テリー・サヴァラスのひとを食ったような飄々たる演技はこの俳優さんらしいのですが、いったいなにが目的で、なにをしたくて乗り込んできたのか、さっぱりわかりません。邦題の「ゾンビ特急」というのは、ラスト近くで死んだコサック隊が生き返る(操られている)からでしょう。コサックのゾンビというのはめずらしいし、満更悪くない雰囲気で、映像的にもなかなか・・・と思わせるシーンもあるんですが、破綻した展開はもはや元には戻せず。せっかくのクリストファー・リイもピーター・カッシングも、なんかもうやることがなくなってしまって(笑)だんだん影が薄くなってきたところで、結末はゴーインに大団円でねじ伏せます。


このあと、汽車はこの物語モロトモ、崖から転落します(笑)

 私が持っているDVDケースには、「ミイラとゾンビと悪魔と宇宙人とが交錯する狂乱の展開を、クリストファー・リイとピーター・カッシングが懸命に支える、ゴシック・ホラーの限界点にあるような作品。だれもが見終わって『ふぅ~』と大きく息をつくに違いない。―黒沢清(映画評論家)」なんて書かれていますが、売る側からしてカルトもの扱いです。個人的には、観るだけ損な愚作ではない、中途半端な凡作よりはよほどましな珍作といったところです。ま、デキの悪い子が結構カワイイということもありますからNA(笑)

 特筆すべきは、後に「刑事コジャック」のテーマ音楽で有名になるジョン・カカヴァスの音楽が見事です。とくに冒頭の哀切極まる口笛のメロディは、見終わった後も忘れがたい、いい雰囲気と格調高さがあります。すばらしすぎて映画の内容とはアンマッチなくらい。じっさい、この映画の内容についてはある程度知っていたものの、はじめて観たときは、冒頭のテーマ音楽を聴いて、ちょっと期待してしまいましたよ。

 1972年公開ながら日本では劇場未公開であったためか、DVDは販売元によって邦題表記が異なっており、「ホラー・エクスプレス ゾンビ特急"地獄"行」(IMAGICA・紀伊國屋書店 2005年)、「ホラー・エクスプレス」(WHDジャパン 2007年)、「ホラー・エクスプレス/ゾンビ特急地獄行」(スティングレイ 2015年)と”表記ゆれ”(笑)がはなはだしい。お買い求めの際はご注意を。


(おまけ)



 これは「魔人館」”House of the Long Shadows”(1983年 英)。ピート・ウォーカー監督。出演が、ななななんと、クリストファー・リィ、ピーター・カッシング、ヴィンセント・プライスに加えてジョン・キャラダインと、怪奇俳優揃い踏み。作品としてはさほどすぐれたものでもないんですが、これが決してキャスティング上だけの共演で別撮りしたものなどではなく、一同4人が同じ空間で同じカメラに写っているのがうれしい。映画としては、凡作ながら、ファンならこの4人を観ているだけでも夢中になれるという、じつに貴重な、夢のような映画です。

 
 
John Carradine、Christopher Lee、Peter Cushing、Vincent Price
そこにいるだけで、怪しげな雰囲気を醸し出すOGちゃんたち(笑)



参考文献

 とくにありません。