012 「さよなら夏のリセ」 ”Surprise Party” (1983年 仏) ロジェ・ヴァディム




 「さよなら夏のリセ」”Surprise Party”(1983年 仏)です。

 なんとも甘ったるい邦題ですが、原タイトルは”Surprise Party”、すなわち「押しかけパーティ」。



左にアンヌ、中央がマリー=ジョー、右のメガネは我らが愛すべき(笑)ダヴィッド君です。

 舞台は1953年、北フランスはロワールの谷あいの小さな町アンボワーズの町。リセ最終学年のバカロレア(中等普通教育の修了資格証明であると同時に大学入学資格証明)にめでたく合格したアンヌと親友マリー=ジョー。アンヌは「優等」で試験に合格するという、学業優秀な女の子ですが、彼女、なかなかお転婆でしてね、ジャズに夢中でドラムを叩き、マリー=ジョーとシュノンソー城に忍び込んでそのまま眠ってしまい、翌朝観光客に写真を撮られ新聞に掲載されてしまったりします。政治家を目ざして選挙の準備をはじめていた父親からは大目玉を食らうんですが、なに、このお父さんもいいお父さんなんですよ。

 
納屋でドラムを叩くアンヌ。フランスにおけるジャズ受容について語るならば、少なくともダリウス・ミヨーとか第一次世界大戦後あたりからはじめなければなりませんが、この映画で画かれている時代だと、価値観の変化を象徴するものの代表でしょう。さらに、「エグゾティスム」と「モダン」の統合が、「戦後」を意識させるものでもあります。

 いよいよバカンス。ある日、この町に不思議な親子―美貌の母親と息子のクリスチャンがやって来ます。アンヌは一目で彼のことが好きになり、一方クリスチャンの方も、アンヌに惹かれ、二人は急速に接近します。

 
ここでも、クリスチャン母子の部屋からジャズが聞こえてくるのです。ただし、クリスチャンはその音楽をよく知らなかった・・・。彼には、町の(自分の)外の世界への憧れはないのです。この母子はどこから、なぜこの町にやってきたのか・・・。

 さえないダヴィッドはマリー=ジョーのことが好きなんですが、まったく相手にされず。ダヴィッド君自身によると「あいさつも形だけ」「目も合わせてくれない」。

 そのダヴィッドの家で「押しかけパーティ」(Surprise Party)が開かれることになります。表題になっているだけあって、このダンスパーティはちょっと見どころかも・・・。


 
左画像、このふたりはプロですね。ハメをはずして・・・といっても、時代が1953年だからか、フランスの地方都市だからか、ハリウッド映画あたりのお馬鹿な若い衆とはズイブン違って、微笑ましく見ていられます(笑)

 
思春期の悩み。左はパーティ会場に家を提供したダヴィッド君、これを見て「ああ、これはおれのことだ!」と・・・全米が泣いた?(笑)


 ちょっとしたすれ違いがかえってきっかけとなって、ついにアンヌとクリスチャンは結ばれます。そんななか、アンヌが自分から離れていくようで、取り残された寂しさから、マリー=ジョーは、アメリカ留学中でたまたま帰省していたダヴィッドの兄サミーに身体を与えてしまい、彼女は妊娠してしまいます。

 
そもそもフランスでは家に呼ぶ習慣から、パーティといえばだれかの家で開催するものなんですよね。そしてそのパーティにダンスは付きもの。ここでも男性はみんなスーツにネクタイであることにご注目。

 この時代のこと、堕胎といえばモグリの医者に法外な費用を払って、その手術も命がけ。マリー=ジョーに思いを寄せるダヴィッドは、堕胎の費用を用意しながらも、彼女にある提案をします・・・。

 
ちなみにフランスでは現代でこそ、人工妊娠中絶を「女性の権利」としていますが、これが合法化されたのは1975年のことです。

 一方、クリスチャンの母リサに夢中のマルコが母子の素姓を知ってしまう・・・クリスチャンの父は第二次大戦中の対独協力者として逃亡中の身、そのため母子は地方から地方ヘと隠れるようにひっそりと暮らしてきたのですね。リサに拒否されたマルコは、そのしっぺ返しとしてみんなの前でこの事実を暴き、隠していた秘密を知られたクリスチャンは翌朝、父親の不名誉をぬぐおうと、軍隊に志願するために汽車に乗り込んでしまいます。

 
色好みのマルコ君、前夜の「みんな聞いてくれ!」と翌朝の「ゆうべはぼくが悪かった」 ちゃんと、最後は悪人がいなくなるという展開です。

 クリスチャンが旅立ったことを知ったアンヌはマルコの車で汽車を追いかけ、「ゆうべはぼくが悪かった」と、マルコは踏切りに車を立ち往生させて汽車を止めます。そして車中のクリスチャンに呼びかけるアンヌ・・・。

 
悪い意味ではなく、ことば本来の意味でのメロドラマ・・・これ、乗っているのが「汽車」だからこそ、活きるシーンなんですよね。これが新幹線だったら絵になりませんや(笑)

 クリスチャン役を演じているのはロジェ・ヴァディムとカトリーヌ・ドヌーヴの間に生まれた息子、クリスチャン・ヴァディム。アンヌ役がフィリップ・ルロワの娘フィリピーヌ・ルロワ・ボーリュー。脇ではモーリス・ロネ(クリスチャンの父)、ロベール・オッセン(ダヴィッドの父)などがいい味わいを添えて、この2世俳優たちを支えています。


ダヴィッド君がお父さんに相談するシーン。ロベール・オッセンの、抑制気味でありながら貫禄の演技がすべてを納得させてくれます。

 1953年のフランス地方都市の風俗もユニークですね。冒頭で女の子が手にしている雑誌の表紙はマリリン・モンローで、主人公のアンヌはジャズに夢中、お父さんは「黒人の音楽なんて」と世代間のズレも表現されています。それに、マルコの車に乗っているとき雨が降り出すと、みんなで♪Singin' in the Rain・・・と歌いだします。

 
左画像の“Paris Match”「パリ・マッチ」はフランスの写真週刊誌。アメリカの”LIFE”のようなグラフ誌です。現在も発行されていますが、その発行部数は1950年代が最盛期でした。右画像、ドライブ中に雨が降り出して♪Singin' in the Rain・・・おそらく、ロジェ・ヴァディム自身の青春時代がノスタルジックに投影されているのでしょう。

 ジーン・ケリーの映画「雨に唄えば」”Singin' in the Rain”(1952年 米)はまさにこの映画で描かれている1953年の前年1952年の公開なんですよね(フランスでの公開年は1952年か1953年でしょう)。

 参考までに申しあげておくと、このミュージカル映画はサイレント映画からトーキー映画に移る時代のハリウッドを描いたもの。このなかで歌われる「雨に唄えば」”Singin' in the Rain”は、アーサー・フリード作詞、ナシオ・ハーブ・ブラウン作曲によるもので、古くは1929年公開の映画「ハリウッド・レヴィユー」”The Hollywood Revue of 1929”(1929年 米)で使われていたのですが、発表されたのはそれよりもさらに1年ないし2年前であったとされています。


 
ふた組の、それぞれのカップルが誕生して・・・牛がモーと鳴きます(笑)

 ロジェ・ヴァディムというと、「血とバラ」”Et mourir de plaisir”(1960年 仏・伊)あたりが有名で、耽美的な作風と言われることが多いのですが、正直なところ、私には耽美的とか退廃的と呼べるほど徹底したfetishismが感じられず、安造りで通り一遍な印象しかありません。ところが、このメロドラマ的な要素だけで作りあげた青春映画がよくできているのは、(失礼ながら)火事場の馬鹿力か、それともその実力故に、基本を押さえて正攻法で勝負すればこうなるということなのか・・・案外と、我が子クリスチャン・ヴァディムのために張り切ったのかもしれません(笑)

 キャプチャ画像が荒いのはVHS tapeからHDDに落として、さらにそこから焼いたDVD-Rであるため(自分が愉しむためですよっ)。いい映画なのに、なんでいまだに本国でもDVD化されていないのか、理解に苦しみますなあ。


(おまけ)

 
パーティ会場に大量のコーラが用意されているのは、飲むため? それとも・・・。

 マルコ君がねらっていた女の子とコトに及ぼうとしたとき、「コーラは? 持ってきて」と。これは妊娠しないように、事後洗うために必要だから。これ、私が子供の頃にはコーラで洗うと妊娠しないなんて迷信を信じていた人がいて、それをまた否定する人もいたんですが、もともと「コーラで洗えば妊娠しない」なんて信じていた人は当時のフランスにだっていやしません。炭酸だからよく振って栓を抜けば携帯ビデとして使えた、ということなんです。ちなみにマルコ君、このときは飲んじゃっていたもんですから「あら、残念ね」と。これに懲りて、パーティーの時はちゃんと2本、栓を抜かずに携えていきます(笑)


(Hoffmann)