013 「四季・ユートピアノ」 ”A Dream in a Different Key” (1979年 TVM) 佐々木昭一郎




 マーラーの交響曲第4番終楽章の旋律にのせて歌われる詞―

 夢は 風のなかにきこえる あの音
 虹色の 七つの音よ
 雪の日に消えた あの音
 風よ うたえよ Aの音から

 「四季・ユートピアノ」、1978年4月~1979年12月、NHKの制作で監督は佐々木昭一郎、初放送国内版は90分で海外コンクール版100分、手許にあるVHS tapeも100分です。ちなみに海外版のタイトルは”A DREAM IN A DIFFERENT KEY”です。




 ピアノ調律師榮子(さん、と付けたいな)が、その生い立ちから現在まで、出会ったひとびとやものの記憶をたどる過程が描かれた傑作。「榮子さん」というのは音叉のAの音から「A子さん」とも連想され、彼女の記憶も音や色に寄せて描かれています。

 幼年時代の記憶―兄、蓄音機、そしてピアノ。その兄を亡くし両親も失い、祖父母の元で成長した「榮子さん」は上京して、ピアノ工房で働いた後、ピアノ調律師となります。その生活でもさまざまひととの出会いと別れがあり、たぐり寄せた記憶からやがて自分の望みを発見した彼女は、亡き兄のため故郷にピアノを送ります。

 なんといっても主演の中尾幸世さんが、自らの記憶をたどり求めるものを探してゆく、その感動的な姿を演じて、すばらしく魅力的です。そのためでしょうか、この作品が放送された後、日本中で女性のピアノ調律師志願者が激増した、なんてエピソードもあるとか(笑)


 なお、キャプチャ画像をご覧いただければお気づきになると思いますが、「榮子さん」のup映像が多いのがこのTVMの特徴。感情移入しやすい画面造りになっています。16mm filmが使われているようで、videoでなくmovie風な質感がうれしいですね。ただし、手持ちカメラらしく、とくにはじめの方、歩いているシーン、走っているシーンなど、かなり画面が揺れます。

 画像が粗いのは、VHS tapeからHDDに落として焼いたDVD-Rからキャプチャしたため―。


 

 幼い日の、兄の思い出。線路に耳をあてて汽車の音を聞く兄。そして校舎の火事。走り抜けてゆく機関車で、兄の死が語られます。



 母の死。そして父の死。上の画像は祖父母のもとからの旅立ちのとき。家族やかけがえのないひとを失ったときには、マーラーの交響曲第4番の第1楽章のコーダが鳴り響いてピリオドを打ち、新たな旅立ちに際しては、第1楽章の第2主題が流れます。固定楽想のような扱いで、たいへん効果的です。



 ピアノ調律師「宮さん」は宇都宮信一氏、本物のピアノ調律師です。ピアノ調律師をテーマにしたドラマを作るので、と佐々木昭一郎監督が台本を持って相談に来るうちに、「出演していただけませんか」ということになったそうです。

 宇都宮氏は、「榮子さん」が本当に風邪を引いていると思って(演技でなく)アロエを切って与え、また上の直前のシーンでは、大川青年が帰りしなにいささか無礼な発言をしたのに乗せられて、まんまと(演技でなく)「あの青年、感じ悪いネ」と言っているところ。


 

 「宮さん」の手がしびれて調律ができなくなり、以来「宮さん」はサイレント映画を上映している映画館を探して入り浸るようになります。上左は迎えに来た「榮子さん」が「宮さーん、『月世界旅行』終わりましたよー」、右は「宮さん、映画終わりましたよ、終電車なくなりますよ」と声をかけているところ。宇都宮氏曰く―

 それから映画館内の座席に腰かけさせられて・・・いつもなら寝ている時間だものですから、ついウトウトと仮睡してしまっていたようです。といいますのも、隣の座席にいた「栄子さん」から「宮さん、映画終わりましたよ、終電車がなくなりますよ」って声をかけられて、実際にはっとしたくらいでしたから。
 あとで画面を見ましたら、そのシーンのわたくしは、なんともショボショボと哀れっぽく映っていましたっけ。


 演技でない、自然な姿を引き出して撮影するのが、佐々木昭一郎監督らしいところですね。


 

 世界一周の豪華客船「ロッテルダム号」で「宮さん」は姿を消します。「また、音がひとつ消えた」―このドラマは出会いと別れの繰り返しです。ちなみに上左に移っているのは「宮さん」=宇都宮信一氏の奥様です。

 

 「榮子さん」と同じくピアノ調律師であった友人アイコの死。一緒に歩いているとき、何度も背後を振り返っていたアイコ。「眠れない」と言っていたアイコ―。

 アイコの死がひとつの区切りとなって、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」から「自分の望みを確かめ」るという展開になります。音叉のAの音から幼児期の記憶がフラッシュバックして、「榮子さん」がかなえた望みは、アップライトピアノを買って貨物列車で運んでもらい、兄への贈り物として、ふるさとである北国の雪の上に置いてもらうというもの―。

 多くの出会いと別れを繰り返し、「榮子さん」の旅はその後も続くのです。




 たしかこのひとは当時多摩美の学生さんじゃなかったかな。つまりドラマのなかで使われている絵はじっさいに「榮子さん」本人によるものなんですね。

 

 初回放送は1980年だったかな、当時TVで観て忘れられず、その後、といってもまだDVDもLDも存在しなかった時代、私がVHS機器をはじめて導入する際、その前日に2本購入したVHS tapeのうちの1本が、この「四季・ユートピアノ」です。ちなみに同時に購入したもう1本は、先日取り上げたロジェ・ヴァディムの映画でした。当時はvideoレンタル店全盛期で、VHSソフトはとんでもなく高価でした。いまケースを見ると定価14,800円とあります。

 かなり以前から多くの人がDVD化を希望しているようですが、いまもって発売されていません。これまでの過去の資産を観る限り、NHKのfilm保管状態はお世辞にも万全とは言い難いものと思われるため、可能な限り早めにDVDなりBlu-rayなりで出してもらいたいものです。もちろん、「川三部作」、すなわち「川の流れはバイオリンの音」(1981年)、「アンダルシアの虹」(1983年)、「春・音の光」 (1984年)も併せて―。



(Hoffmann)


引用文献・参考文献

「宮さんのピアノ調律史」 宇都宮信一 東京音楽社