095 「カリギュラ」 "Caligula" (1980年 米・伊) ティント・ブラスほか




 「カリギュラ」"Caligula"(1980年 米・伊)です。主演はマルコム・マクダウェル、監督はティント・ブラスほか。監督を「ほか」とした理由は以下で説明します。



 「ペントハウス」誌のオーナー、ボブ・グッチョーネBob Guccioneが当時にして46億円を投じて制作した映画です。もともとが、ほとんどポルノ映画の扱いでしたね。ところが、これがなかなかよくできた映画なんですよ。時代考証なんかはデタラメとは言わないまでも、相当甘い。でもセットなんか洗練されていて、storyにもめりはりがあって、全編を貫く構成も上出来、156分間飽きさせません。entertainmentとしては一級品と言っていいんじゃないでしょうか。よく言われる性器のアップ映像なんか必要なかったんじゃないかと思います・・・とは、むかーし、観たときの感想です。

 つまり編集段階で、スポンサーである「ペントハウス」誌のオーナー、ボブ・グッチョーネがペントハウスのモデルを使って自ら撮影したポルノシーンを、監督に無断で挿入しちゃったんですね(誰です、「無断で挿入」と聞いて笑っているのは?)。だから監督はティント・ブラスほか、つまりボブ・グッチョーネ(さらにジャンカルロ・ルイ)の名前も入れなければならないんです。ちなみに問題の追加シーン、主要キャスト陣は一切関わっていませんよ。ポルノシーンの追加ばかりじゃありません、ゴア・ヴィダルによる脚本及びティント・ブラスの撮影したカットは大幅に改変・削除され、ヴィダルとブラスが意図していた「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」というテーマも蔑ろにされてしまっています。

 ただし、ここでひと言しておくと、ゴア・ヴィダルとティント・ブラスの意図するテーマは上記のとおりなのでしょうけれど、むしろ物語はティベリウス帝を殺害して帝位についた第三代ローマ皇帝カリギュラの暴君ぶりと、宮廷―ひいてはローマ帝国の腐敗・頽廃を描いたもの・・・とした方が適切と思えます。たしかに、その暴虐の度は妹ドルシラの死後、狂気の度を増して、ついに暗殺されるに至るわけですが、ところどころでカリギュラ自身が、なにをやっても権力におもねるばかりの元老院に失望し、苛立っている様子が、それとなく描かれているんですよ。だから単純にカリギュラを暴君呼ばわりするのではなく、ローマ帝国そのものの腐敗・頽廃と言いたいんですね。



 ずっと後になって、海外盤4枚組DVD"Imperial Edition"を入手して、ようやく全貌が理解できました。収録内容は―

Disc1 Complete Uncutversion 156分
Disc2 Alternative Version 153分 ほかにDeleted and Alternativescenesなど。
Disc3 Theatrical Version 102分 ほかにNorth American Bonus Footageなど。
Disc4 Extras。Making、とかCommentaryを収録。

 Disc2の"Alternative Version"がボブ・グッチョーネによる改竄前のいわゆる仮想ディレクターズカット版。私だってボブ・グッチョーネの追加撮影のことは知っていましたよ。どの箇所がそうなのかはだいたい、見当がつきますからね(笑)しかしあらためてこれを観たことで、いわゆる、スポンサーの横暴がいい結果を生むわけがない、どころか映画をダメにするのは、世の常であるなあとしみじみ思ったわけです。つまり、これを観て、わかっちゃいたけど、やっぱりそうかと理解できた次第です。ティント・ブラスの「カリギュラ」は、"Alternative Version"をもって評価するべきです。そこであらためて私の感想を申すならば―

 これがなかなかよくできた映画なんですよ。時代考証なんかはデタラメとは言わないまでも、相当甘い。でもセットなんか洗練されていて、ストーリーにもめりはりがあって全編を貫く構成も上出来、153分間飽きさせません。エンタテインメントとしては一級品と言っていいんじゃないでしょうか。

 ・・・と、やはり同じことを言います(笑)156分が153分に変わっただけ。



 一応、あらすじを簡単に―

 ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの曾孫カリギュラ(ガイウス・シーザー・ゲルマニクス)。

 第2代ローマ皇帝である暴君ティベリウス(カリギュラの大叔父であり法律上の祖父)は自分の実孫ゲメルスを後継者にしたいがため、カリギュラは身の危険を感じている。ティベリウスが病で重体となったとき、カリギュラの親衛隊長マクロがティベリウスを絞殺。カリギュラはローマ帝国の第3代皇帝となる。

 カリギュラは実妹かつ愛人のドルシラからの助言による親衛隊長マクロが自分を凌ぐ権勢を得ることを警戒して処刑。また、ドルシラに説得されて妻を娶ることにして、淫乱で離婚歴のあるカエソニアを妻に迎える。さらに先帝ティベリウスの実孫ゲメルスに無実の罪を着せて処刑。

 カリギュラは熱病にかかるが回復する、しかし、妹ドルシラが熱病に罹りあえなく死去。最愛のドルシラを失ったショックからカリギュラの狂気には歯止めが利かなくなり・・・。



 ボブ・グッチョーネは撮影中に監督のティント・ブラスと衝突したそうですが、できあがった映画を観て出演者たちも激怒したと言われています。その配役は妙に豪華。カリギュラ役のマルコム・マクダウェルは言うに及ばず―



 ここで妹ドルシラ役を演じているのはテレサ・アン・サヴォイ。イギリス人ですが、出演していたのはもっぱらイタリア映画。カルギュラとドルシラが森で戯れる場面は「ダフニスとクロエ」を連想させるような美しいシーンです。ここの音楽はハチャトゥリアンの「スパルタクス」から「スパルタクスとフリーギアのアダージョ」。

 なお、「カリギュラ」と同じティント・ブラス監督、テレサ・アン・サヴォイのほか、ヘルムート・バーガーが出演している映画「サロン・キティ」"Salon Kitty"(1976年 伊・仏・独)も観たことがありますが、ほとんど見るべきものがない駄作でした。この「カリギュラ」は火事場の馬鹿力だったんでしょうか・・・どうもその後のティント・ブラスは、軽い艶笑ものばかりを撮っているようで、そちらがそもそもの持ち味であって、また本人が本来「撮りたかったもの」なのかもしれません。



 前半で殺されてしまうティベリウス役にはピーター・オトゥール。当時48歳にして梅毒を病んだ77歳の老人を演じるためのメイクアップは毎日3時間を要したとか・・・そんなに苦労したのに、できあがってみたらポルノ映画だったので、自分の経歴に傷が付いたと、ボブ・グッチョーネとティント・ブラスを訴えると息巻いたんだとか。もっともこのひと、このころ重度のアル中状態だったとも言われているんですけどね。



 ちょっと興味をそそられたのが、このフリークス。おそらくは当時の外科手術による人工的なものという設定でしょうか(さすがにそれは無理か)。ただし、目のところだけくり抜いたお面をかぶっているのが歴然としてます。このあと、眠っているシーンがあるんですが、真ん中の眼だけ開いたままです、そりゃあペイントですからね(笑)



 これは公開処刑。巨大な芝刈り機が首だけ出して埋められた「反逆者」に迫る・・・。



 これは皇妃カエソニアの公開出産の場面。



 熱病にかかったカリギュラを看病する妹ドルシラ。その後彼女は同じ熱病で死に至ります。「私は祈った。皇帝が祈ったのに!」 ここは全編のクライマックスですね。



 これは国営の売春宿。ボブ・グッチョーネ改竄版(とあえて呼ぶ)だと、主にここでポルノ的な映像が延々と映し出されて、しかもあまりに長すぎるため、さすがに弛緩してしまうんですよ。純粋に映画の一場面として捉えても、全篇中の最大の欠点となっています。ちなみに私、映画館では観ていないんですが、グッチョーネが勝手に撮影して入れちゃった場面、日本での公開当時はほとんど画面全体が「ぼかし」になってしまって、なにがなんだか分からなかったんじゃないでしょうか(笑)



 ・・・そして暗殺。直前の場面からすっかり雰囲気が一変して、その静謐な雰囲気はなかなかのもの。



 こうした場面に登場する(白)馬というのは人間の死、すなわち魂の飛翔をあらわす典型的な手法ですね。

 なお、「カリギュラII」「カリギュラIII」という映画もあって、そちら二作はイタリア映画。この「カリギュラ」とは縁もゆかりもない、二匹目の泥鰌を狙った、いわば際物のそのまた際物。猛烈に退屈な駄作です。


 「カリギュラ効果」について

 「カリギュラ効果」とは、人は他者からなにかを禁止されたり制限されたりしたときに、逆に気になってしまい、かえって欲求が高まるという心理現象のことです。ただしこのことばは我が国固有の名称で、もとより学術的な用語ではないため、海外では通用しませんのでご注意を。

 これは映画「カリギュラ」が、その過激な内容のため、アメリカの一部の地域で公開禁止になったため、かえって世間の話題を惹いて、大ヒットになったことが日本でも報じられ、その心理状態について名付けられたものです。ま、「ピー」と音声が消されていたり、映像でモザイクなんかがかかっていると、かえって「なんだろう?」と興味を惹かれてしまいますよね。それと同じ心理です。




 カリギュラについて

 ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスGaius Julius Caesar Augustus Germanicus(12年8月31日 - 41年1月24日)は、第3代ローマ帝国皇帝(在位:37年 - 41年)。以下、カリグラCaligulaと表記します。

 その治世を通じてローマ市民からは人気が高かったらしいのですが、現存する後代の史料ではいずれも、カリグラは狂気じみた独裁者であり、残忍で浪費癖や性的倒錯の持ち主であったとされており、当人に対して好意的な記録がほとんどない始末。しかも現存する一次史料の数が少ないので、真実のところはわかりません。確実に言えることは、短い在位期間に、建設事業と領土の拡大に力を注ぎつつ、繰り返される陰謀から自身の地位を懸命に守りつづけようとするも、最期は、元老院も関与した陰謀により、41年に親衛隊将校らによって暗殺されたということだけです

 カリグラは2歳ないし3歳の幼少時から、軍事作戦で北部ゲルマニアへ行く父ゲルマニクスに同行しており、このときのカリグラは軍靴や甲冑まで含めた特別仕立てのミニチュアの軍装を身につけていたため、兵士たちのあいだでマスコット的存在となって人気だったようです。そこで付けられた渾名が、ラテン語で「小さな軍靴」を意味する「カリグラ」。もちろん、軍装の一部として彼の履いていた小さな軍靴にちなんだ渾名です。映画の中でも妹ドルシラが"Little Boots"と呼ぶ場面があります。もっとも、当人は、やがてこの渾名を嫌うようになったと伝えられています。

 父の死後、カリグラは母アグリッピナの元で暮らしていましたが、やがて彼女はティベリウスとの関係が悪化したため追放されています。そのため青年期のカリグラは、はじめ曾祖母(父ゲルマニクスの祖母)でありティベリウスの母でもあるリウィア・ドルシッラの元へ送られて生活することに。リウィアの死後は、祖母(ゲルマニクスの母)小アントニアの元へ。その後兄弟も追放され、カリグラと姉妹たちは軍によって軟禁され、ティベリウスの捕虜同然の状態に置かれたということです。

 ティベリウスに引き取られ、そこで6年間生活することとなったのですが、驚くべきことに、ティベリウスはカリグラに一切危害を加えることがなかったらしいのですね。一説によると、カリグラは天性の演技者であり、危険を察知してティベリウスに対する遺恨を完全に隠し通したらしいのです。このため、周囲の人々はカリグラのことを「いまだかつて、これほど立派な奴隷も、またこれほど見下げはてた主人もいなかった」と評したそうです。

 カリグラは33年にユニア・クラウディアと結婚していますが、翌年には産褥の床にあったユニア・クラウディアが死去。この頃、やがて重要な腹心となる親衛隊長官のナエウィウス・ストリウス・マクロと出会っています。マクロはティベリウスの前でカリグラのことを誉めそやし、カリグラに対するティベリウスの悪意や疑念を吹き払うようつとめたそうです。

 37年3月16日にティベリウスが死去。マクロがティベリウスに枕を押し付けて暗殺したと書いているのはタキトゥスです。一方、スエトニウスはカリグラ自身が手を下したのではないかとも記しているほか、ティベリウスの死は自然死であったと記録している人もいて、真相は分かりません。ティベリウスの遺産と「プリンケプス」の称号は、共同後継者であるカリグラとティベリウスの孫ゲメッルスが相続することになりましたが、カリグラはゲメッルスの狂気を理由に反故にしています。

 元老院からプリンケプス(「元首」の意)の称号を授与されると、カリグラは3月28日ローマ入り。そこでは民衆から「我らの子」「我らの星」との歓呼の声をもって迎えられ、「日の昇る所から沈む所まで、すべての世界の」民衆からの尊敬を勝ち得た最初の皇帝と称賛されました。

 24歳の若輩で、何一つ実績がないにもかかわらず、カリグラの即位がこれほど熱烈に歓迎されたのは、前皇帝ティベリウスがそれだけ不人気であったということです。なんでもその訃報にローマの民衆は大喜びしたんだとか。カリグラの即位を祝うため3か月にわたって催された公共の祝典行事では、16万匹を超える動物が生贄として奉げられたという逸話もスエトニウスによって伝えられています。

 即位してから最初の7か月間、カリグラの政策は、その多くが政治的な配慮によるもので、プラエトリアニや都市部の兵士のみならず、イタリア国外の軍まで含めた軍隊の兵士たちに賞与を支給したり、ティベリウスによって作成された反逆罪に関する書類を破棄し、追放された者たちの帰国を赦したり、さらには帝国の税制によって生活が逼迫した人々を保護したり、剣闘士による試合を復活させたりもしています。また、亡き母や兄弟の遺骨を集めて持ち帰り、アウグストゥス廟に安置することでその冥福を祈っています。いやあ、まともな若者じゃないですか。これだけなら名実ともに高貴で穏健な君主ですよ。

 ところが、37年の10月に深刻な病に倒れ、やがて全快しているんですが、どうもこのあたりを境に暴君へと変貌していったらしいのですね。

 病から立ち直ってすぐにカリグラは、彼が回復してくれるならば自分の命を奉げてもよいと誓った何人かの忠実な側近を呼び出し、約束を守ってもらおうと要求し崖から突き落とすなどして殺害しています。これ、映画でもそんなシーンがありましたよね。またカリグラは妻を追放し、義父のマルクス・シラヌスや従弟のティベリウス・ゲメッルスに自害を強要。これはカリグラが病に臥せっているあいだに陰謀を企てていたという罪状によるものですが、カリグラのでっち上げではないかとしている記録もあります。

 社会改革については、簡単に、税制廃止と公的資金の収支の公表、そして政務官選挙を民衆選挙に戻したことを挙げておきます。もっとも民衆選挙に関しては、賛否両論あったようです。いまでも、なにかというと「住民投票」とか持ち出す知事がいますが、それもO阪なんか、自分の思い通りの結果が出るまで何度でもやり直そうとしていましたよね(笑)

 その後財政危機と飢饉が発生して経済は悪化、元老院との対立により執政官を更迭し、数人の元老院議員を処刑。このあたりからカリグラもたびたび陰謀にさらされるようになります。カリグラの施政は元老院や貴族、騎士階級に対してとりわけ過酷なもので、カリグラに対して計られながら失敗に終わったいくつもの陰謀は、こうした苛烈な命令が原因となって引き起こされたものだとされています。最終的にカリグラを葬ったのは、カッシウス・カエレアによって率いられた将校たち。

 41年1月24日、神君アウグストゥスに奉げる笑劇や悲劇を上演していた少年俳優劇団に対して激励の言葉をかけていたカリグラを、カエレアと数名のプラエトリアニの将校が呼び止め、カエレアが最初にカリグラを刺し、数人の共謀者がそれに続いたということです。カリグラの身辺警護をしていたゲルマン人兵士が到着したとき、皇帝はすでに息絶えており、護衛兵は怒りのあまり暗殺者とその仲間を討ち殺しただけでは収まらず、罪のない元老院議員や傍観者までも手にかけたということです。

 元老院はカリグラの死を共和制復興の機会として利用しようと試みたのですが、軍は帝室への忠誠を守り、暗殺を嘆いたローマ市民は集会を開いて、カリグラの暗殺者を法に照らして処罰するよう要求しました。じっさい、国民には結構人気だったんですよ。映画内にもそのような台詞があります。苛立った暗殺者たちは、カリグラの妻カエソニアを探し出して刺殺し、幼い娘ユリア・ドルシッラも頭を壁に叩きつけて殺害しています。


 いかがでしょうか。なんだかんだで、このティント・ブラスの映画、史書によって伝えられているところから、使えるエピソードをかなり取り入れて制作されているんですよ。もちろんそれは、脚本を担当したゴア・ヴィダルとティント・ブラスの功績です。




(Hoffmann)



参考文献

 とくにありません。