monologue 2005.07〜2005.09

2005.01〜03 2005.04〜06

2004.12




2005.09.30 fri

・・・とかなんとかやっているうちに9月も終わり

すいぶん涼しくなってきましたね

外出するにしろ、家ンなかにいるにしろ、頭も身体も活動しやすくなってきたね




宿題がいっぱいあるんじゃないですか〜(*^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2005.09.29 thurs



ニコラス・ローグ監督の「赤い影」(1973英・伊)です。原題は“Don't Look Now”。

教会修復の専門家である男が、水の事故で幼い娘を失います。数ヶ月後、夫婦でヴェネツィアに滞在中、中年の姉妹出逢い、霊媒師であるというその盲目の妹は、夫妻の亡き娘がヴェネツィアを去るようにと警告していると言います。そこに、イギリスにおいてきた息子が怪我をしたとの知らせがあり、妻は早朝の飛行機で帰国。しかし、男は帰国したはずの妻が中年の姉妹と船に乗っている姿を目撃します・・・。

原作はダフネ・デュ・モーリア。DVDのケースには「オカルト・ホラー」と記載されていますが、むしろ「サスペンス・スリラー」といった印象の、いかにもこのひとらしいストーリーですね。



映像はたいへん美しいものです・・・が、重要かつ強烈に印象に残るのは赤い色。



冒頭、幼い娘が事故に遭う際に着ていたレインコートの赤い色が、全編にわたってライトモチーフのように繰り返し出現します。


霊媒の服、怪我をして寝ている息子の毛布、さらに・・・

こういった赤い色の使い方をした映画は、これまでにもありましたね

観ていないんだけど、ロジェ・ヴァディムの・・・あれ、DVDどころがVideo(tape)でも出ていないんだよね



このひとは、自分の特殊な能力に気付いていなかったのですね

ラストシーンでわかる仕掛けだね



それにしても、ヴェネツィアって映画となると、やたら「死の匂い」がするんだよね

どちらかというとエンタテインメント性が強いと感じましたが。質は高いと思いますけれど・・・

そうそう(笑)こういった映画は一度観ると、そうそう何度も繰り返し観るものでもない。レンタルならともかく、DVDで入手するまでのものだったか・・・とも(^o^;おもふ





2005.09.28 wed

汗でダメになるといえば、夏の間Tシャツでカメラを首から下げていると、革のストラップが汗で濡れて、乾くとゴワゴワになっちゃうんだよね

季節によって、ナイロンなどのものに替えた方がいいかもしれませんね

やっぱり革の黒がいいんだけどなあ(笑)まあ、とりあえず何本か買ってきたけど・・・(^^;


消耗品と割り切るには、カメラのストラップって、お高いですよね




2005.09.27 tues

最近は携帯電話が代わりになるので、腕時計をはめていないひとも多いね

Hoffmannさんは、最近おやめになりましたね

いや、革のバンドが傷んじゃって・・・汗かくのでひと夏でダメになるんだよね

夏の間は金属製の方がいいですね




2005.09.26 mon



モノクロ映画ばかり続きますが、マリオ・バーヴァ監督の「血ぬられた墓標」(1960伊)です。原題はDVDには“Black Sunday”と表記されていますが、本編中では“The Mask of Satan”となっています。


主演はバーバラ・スティール(二役)。原作はニコライ・ゴーゴリの「ヴィイ」・・・なんですが、言われなきゃ分かりません・・・どころか、言われたって納得いきませんね(^^;



モノクロがかえって効果的で、結構陰惨な場面もさらりと見せます。ストーリーの展開もテンポがよく飽きさせません。さすがイタリア怪奇映画の父と呼ばれるマリオ・バーヴァならではでしょうか。


見どころは、やや抑えめの残酷描写などではなく、バーバラ・スティールの二役ですね。可憐なカティアと復活した魔女アーサと、メイクも変えているとはいえ、見事に演じ分けています。

上がカティアで下がアーサですねρ(^^*)σ


でも、この女優さんはHoffmannさんのお好みではありませんね(^^;どちらかというと、もっとふくよかな女優さんの方が・・・

たしかに(笑)ちょっと、性格キツそうだし(^o^;





2005.09.25 sun



アラン・レネ監督の「二十四時間の情事」(1959)仏・日のDVDです。

2005.01.18 tuesにも書いたとおり、原題は“Hiroshima mon Amour”、映画公開当時からトンデモ訳として話題になった邦題ですね。原作は「ヒロシマ 私の恋人」として出版されているようで、間違ってはいないんですが、なんだか硬い印象。「ヒロシマ 我が愛」という訳も見たことがあるけれど、これは「愛」でも「恋」でも違う、やっぱり「恋人」なんですね(それは最後の場面で分かります)。いっそ「ヒロシマ モナムール」というのは?


「二十四時間・・・」というのがいかに苦し紛れか、わかりますね〜(^^;



題名はともかく、ひさしぶりに観たんですが、すばらしい。

もっともアラン・レネはさほど好きではなくて、やはりマルグリット・デュラス原作がいいんですね。あえて言えばそこにわずかに映像作品としての通俗性が加味されているところが、むしろプラスになっているのかもしれません。


この女優さん、エマニュエル・リヴァもとても魅力的ですね

岡田英次の演技がもうひとつ。フランス語の台詞というのがハンデになったのか・・・



物語は、フランス人の女優が映画の撮影にヒロシマを訪れ、建築家と名乗る男と知り合う。女優は「私はヒロシマを見た」と言い、男は「君はなにも見ていない」と言う。彼女は青春時代を過ごしたフランスの小都市ヌベールでの思い出を語ります・・・。

「恋とは認識」? このような台詞からサルトルあたり(の亜流も含む時代)を連想して、製作年代を感じてしまうんですが・・・


これは2005.09.13 tuesの(映画十傑)に入れてもよかったなあ

識る過程の恋と忘却と・・・




2005.09.24 sat



導入部はサソリの生態・・・ご存知ルイス・ブニュエルの「黄金時代」(1930)です。

「アンダルシアの犬」(1928)に続くダリとの共同作業といわれていますが、じつはダリはほとんど関わっていないそうです。

15分ほどの短篇であった「アンダルシアの犬」に対して「黄金時代」は63分の大作なんですが、ストーリーを説明できるような映画ではありません。



海岸の岩場でミサを執り行う大司教たち・・・その骸骨。有名なシーンですね。




引き裂かれた恋人たちの再会。



サドの「ソドム百二十日」の城から現れるブランジー侯爵(とその仲間・・・サドの小説の主人公たち)。どう見たって、イエス・キリストにしか見えませんね。

いやはや、この映画が自宅で好きなときにいつでも観られるなんて、いい時代ですなあ(-_-*





2005.09.23 fri



被写体ブレですが・・・おもしろい顔してますね(笑)

「くさめ」をしたところですね(^o^*




2005.09.22 thurs



モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」のDVDです。

1991年、プラハ・エステート劇場でのライヴ収録。モーツァルト没後200年を記念しての公演で、客席にはハベル大統領も姿を見せます。当時、日本でもNHKで放送されましたが、TVを意識してか、イントロダクションと終演後にドン・ジョヴァンニ役の歌手による短い演出があります。

上が開演前、オペラハウスに向かう歌手。手にリンゴを持っています。




ドンナ・アンナに追われて登場するドン・ジョヴァンニ、上半身裸なのは・・・状況を考えればもっともですね。

演奏はチャールズ・マッケラス指揮、プラハ国立歌劇場管弦楽団、同合唱団。どことなく、古楽器演奏を意識した響きを聴かせます。歌手は、一部情けない声を出すひともいますが、全体としてはまあまあの出来でしょうか・・・

ドン・オッターヴィオって、じっさい情けないひとですからいいんじゃないですか〜(笑)

・・・ってゆーか、比較的いいのはドン・ジョヴァンニとレポレロだけだったり(^^;


問題は音質と画質。どうも後にDVDで発売することなんか考えていなかったのか、はたまたライヴ収録の制約故か、1991年の収録としてはお粗末。

もっともお値段格安で、2,000円でお釣りがきたんですよね(^^;


最後の六重唱半ばで、ドン・ジョヴァンニ(役の歌手)が姿を見せ、前に進み出てイントロダクションで食べかけのリンゴを手に取ります・・・このあと、ほかの登場人物たちの反応が、暗くてよく分からないんですね。


そしてオペラハウスの外に出て、ひと口ガブリ。

やっぱり「原罪」の象徴なんでしょうか・・・




2005.09.21 wed

オーディオ雑誌で読者の訪問記事などを見るといつも思うんですが、みなさん、自分の装置の音に満足できることがなくて、来る日も来る日も音を良くするためのばかみたいな真摯な努力とどうでもいいような手間を惜しまず、不満だらけの音でしか音楽を聴けないなんてお気の毒としか言いようがありませんまったく頭が下がります。

評論屋の記事にしても、レコードやCDを聴くための「対策」とその行為をそれ自体を、まるで「オーディオ道」とでも名付けるべきものであるかのように「芸術」扱いしているなど、いい歳してばかみたいじつに見上げたものですね。

自分のキカイに不満だらけでやれスピーカーの設置位置をミリ単位で調整したとか、やれ高価なケーブルに替えてみただのというそのひとつひとつの積み重ね、あんなの、当人が好きでやってるただの道楽ですよその批判精神とたゆみない努力はまさに芸術家のそれであり、おおいに賞賛されるべきものだと思います。


Hoffmannさんは、ご自分の装置の音に不満は・・・?

ないよ(笑)いつもいい音出ているよ(^-^*マニアじゃないから


「幸せな奴」・・・って、言われちゃいますよ(笑)

幸せな方がいいに決まってるじゃな
いか(笑)




2005.09.20 tues

たまったfilmのscan中・・・。




2005.09.19 mon

(昨日の続き)
それにしても・・・ほとんどだれもご存じないと思われる本が入ってますね〜(^o^;

作者は有名なひとなんだけどね(笑)


* * * * * * * * *

以下はbbsにてDie Toteninselさんが選んでくださった「黄金の12冊」です。ご参考にどうぞ。

---ここから---
「トリストラム・シャンディ」 ロレンス・スターン
「ゼーノの苦悶」イタロ・ズヴェーヴォ
「杳子」古井由吉
「死せる魂」ニコライ・ゴーゴリ
「夢遊の人々」ヘルマン・ブロッホ
「彼方」ジョリ・カルル・ユイスマンス
「假装人物」徳田秋聲
「悪霊」フョードル・ドストエフスキー
「ホーニヒベルガー博士の秘密」ミルチャ・エリアーデ
「夜のみだらな鳥」ホセ・ドノソ
「牡猫ムルの人生観」E・T・A・ホフマン

 こんなんでどうでしょう(^^;)
 「ゼーノの苦悶」は入れるつもりではなかったのですが、バリーの「わがニコチン夫人」をHoffmannさんが挙げられたからには、それに対抗しておかないと(笑)
 「牡猫ムルの人生観」はHoffmannさんの代わりに挙げておきました(笑)

 あと1冊は夥しい数の(以下略)

---ここまで---

どれも納得。ドノソの「夜のみだらな鳥」はHoffmannも入れておくべきでした(^^;

それにしても、「アーケディア・ミクスチュア」の・・・(以下略〜)

Die Toteninselさん、どうもありがとうございました!




2005.09.18 sun

(黄金の12冊)

懲りもせずにまたまたやってみましたよ〜

12冊じゃなくて12作ですね(笑)

「オイディプース王」 ソポクレース
「失われた時を求めて」 マルセル・ブルースト
「大胯びらき」 ジャン・コクトー
「悪徳の栄え」 D・A・ド・サド
「ペーター・シュレミールの不思議な物語(影をなくした男)」 アーデルベルト・フォン・シャミッソー
「エリア随筆集」 チャールズ・ラム
「マイ レーディー ニコティーン」 ジェームス・M・バリィ
「ローマ帝国衰亡史」 エドワード・ギボン
「源氏物語」 紫式部
「断腸亭日乗」 永井荷風
「四季」四部作(「四季」「夏」「秋」「冬」) 中村眞一郎

やっぱり11作しかありませんね〜

やってはみたものの選びきれないな〜ギリシアの古典が一作しか入っていない、ドストエフスキーもカフカもユルスナールもマンディアルグも・・・日本でも「今昔物語集」とか・・・


ジャン・コクトーが2005.09.13 tuesの(映画十傑)と両方に登場するという快挙を達成ですね(笑)

我ながら意外鴨・・・でも、日をあらためてやったら、また違った結果が出るだろうね(^^;




2005.09.17 sat

某所(少々いわく付き)で写真を撮っていたら、近所に住んでいるというひとが近づいてきて、「ここで写真撮らない方がいい」「もう撮ったのなら、絶対に現像に出さない方がいい」とのこと。どうしたものか・・・。




2005.09.16 fri

(こんな死に方は嫌だ)

「裏切り者」として名高い小早川秀秋といえば、その死因は暗殺とも、農民に股間を蹴り上げられたためとも言われていますね

(こんな死に方は嫌だ その2)

以前読んでいた小説に、踏切でせり上がってきた遮断機を顎にしたたか打ちつけて、舌かみ切って死んだ・・・てのがありました(-_-;ヤダー





2005.09.15 thurs

「これには問題点が3つあります」と言っておいて、4つめ、5つめの問題点からひとの目を逸らさせるのはよくあるレトリックですね。あと、問題をそらせてしまう方法に、仮想敵をこしらえて人々の不満や怒りをそちらに向けさせ、同時に団結を深めるというものがあります。これは女性が職場や地域で集団になると、必ず見られる現象ですね。

どこかの国の政府もよくやってますよね。政情不安定になると飯日運動が高まるというのは・・・

大きな問題への注目をそらせるために、(どーでもいいような)ひとつの問題に思いっきりこだわってみせるというのもあるね

ひょっとして、遊星民影華のことですか?(・・;




2005.09.14 wed

いや、どーでもいいんですが、職場で「一眼レフって、どれがいちばんいいんですか? やっぱり○○○○○ですか?」と訊かれたので、めんどくさいから「え? 胃カメラでも買うのか?」とこたえておきました。

伏せ字にしたってどこのメーカーだかわかっちゃいますね〜(^^;

どれがいちばんいいかなんて、撮るひとの使い方次第だよ。なにを、どう撮りたいか、そのうえで質問してくれれば、Hoffmannにもそれなりの知識が・・・

・・・が?

まったくありません;;;

そもそもHoffmannさんは一眼レフって、先日生まれてはじめてお買いになったんですよね(^o^;しかもはじめての一眼レフがデジタル・・・

レンズ次第ってこともあるし(^_^;





2005.09.13 tues

(映画十傑)

たまにはこんなことして遊んでみましょうか(^^;

Hoffmannさんのお好きな映画ですね(^^*

一監督に一作で全10作、選んでみたよ

「ベニスに死す」Death in Venice ルキノ・ヴィスコンティ 1971年伊・仏
「恋人たちの曲・悲愴」The Music Lovers ケン・ラッセル 1970年英
「愛の嵐」The Night Porter リリアーナ・カヴァーニ 1973年伊
「惑星ソラリス」Solaris アンドレイ・タルコフスキー 1972年ソ連
「オルフェ」Orphee ジャン・コクトー 1950年仏
「ノスフェラトゥ」Nosferatu-Phantom der Nacht ヴェルナー・ヘルツォーク 1978年西独・仏
「ブリキの太鼓」Die Blechtrommel フォルカー・シュレンドルフ 1979年西独・仏
「第三の男」The Third Man キャロル・リード 1949年英
「ツィゴイネルワイゼン」 鈴木清順 1980年日本

9作しかないですよ〜

あとは、フェリーニ、パゾリーニあたりからと思ったんだけど、選びきれなかった(^^;


* * * * * * * * *

以下はbbsにてDie Toteninselさんが選んでくださった「映画十傑」です。ご参考にどうぞ。

---ここから---
「山猫」Il Gattopardo (1963) ルキーノ・ヴィスコンティ
「鏡」Зеркало (1974) アンドレイ・タルコフスキー
「ファニーとアレクサンデル(320分完全版)」Fanny och Alexander (1982) イングマール・ベルイマン
「ベルリンの空」Der Himmel ueber Berlin (1987) ヴィム・ヴェンダース
「ざくろの色」Саят Нова (1971) セルゲイ・パラジャーノフ
「アンダーグラウンド」Андеграунд (1995) エミール・クストリッツァ
「奇蹟」Ordet (1954) カール・ドライエル
「シテール島への船出」ΤΑΞΙΔΙ ΣΤΑ ΚΥΘΗΡΑ (1984) テオ・アンゲロプロス
「おとなしい女」Une femme douce (1969) ロベール・ブレッソン

 あたりですかね。Hoffmannさんの「映画十傑」と重複しないようにしました(笑)。10作目は夥しい数の娯楽映画のために空けておきます

---ここまで---

Die Toteninselさん、どうもありがとうございました!




2005.09.12 mon

いまはもう使っていないデジタルカメラが、電池は2CR5を使うものだった・・・で、予備に買っておいた2CR5が5本も手元にあるわけ。ところがいま使っているカメラで2CR5に対応したものはないんだな

だからって、2CR5対応の中古カメラを探さなくても・・・(^o^;

こういう条件で機種選定するひとって、いないだろうね〜(笑)




2005.09.11 sun

両親の家でレコードあれこれ聴いてきました。もともとここに置いてあるのは「売り飛ばす気にはならないけど、常時手元になくてもいいや」というものなので、手放しで絶賛、というものはないんですね。そのなかで、カール・ベーム、ウィーン・フィル1975年の来日公演全演目のレコード(LP4枚組が2セット)について。

EP盤で「君が代」「オーストリア国歌」が添付されています。これは初日の開幕に演奏されたもの。1975年で、まだこんな時代錯誤なことやってたんですね。

NHKホールでの収録とあって残響乏しく乾いた音質、ベームのアクセントの聴いたフレージングはある程度残響がないと効果が削がれますね。この時期で既に多少の衰えを感じさせるものの、最晩年のスローな演奏とは違って、意外とテンポが動いて表情を付けています。

せっかくの貴重な記録なんですが、一曲終わるたびに拍手喝采はともかくとしても・・・
「ウワァーウオォーブラヴォー」
・・・って、狂ったような歓声を聴かされるのにはいささかうんざり。悪い演奏ではないけれど、ちょっと大げさすぎます(※)。

まあ、それも記録ということで・・・(笑)



Hoffmannさんは音楽会でブラヴォーとか叫んだことあります?(^o^*

ブラヴォもブラヴァもブラヴィもない。「ブー」なら一度だけあるぞ(^o^*あまりにもヒドかったんで・・・


今度、「音羽屋っ!」とかおやりになってみてはいかがです?(笑)

するてえと、逆のときには「木戸銭返せえ!」とか・・・?(笑)

※ ひょっとすると、聴衆が「オレはこの音楽が(いまの演奏の良さが)わかってるんだぞ」と、ことさらにアピールしていた、そんな時代だったんじゃないでしょうか。




2005.09.10 sat

先日からモーツァルトのレクイエムばかり聴いていたら、自分が死んだ夢を見ちゃいました(笑)

お亡くなりになった・・・とおっしゃると、ご自分は出てこられないんですか? 夢の視点は?(・_・

視点は自分だよ。職場に行くんだけど、だれもHoffmannの姿が見えないの(^^;死んじゃってるから・・・

フロイト流に解釈すると、死は再生への願望ですね。つまり、これまでの自分とは変わりたいと・・・(-_-

べつにいまのままでかまわないんだけどね(^^;

職場に行かれるというのは、職場における立場を変えたいということなんでしょうか(-_-

それでね、その職場がなぜか築地がどこかの市場になっているんだな(笑)

海(羊水)から引き上げられた魚が並んでいるわけですね。それは彼岸から現世への通過点の象徴でしょうね(・_・

・・・再生への過程ってこと?

Hoffmannさん、ここでどなたかに会われませんでしたか? お知り合いの女性とか?(笑)


・・・もういいよ(^o^A;;





2005.09.09 fri

歌舞伎にしろ、オペラにしろ、S席が一律1,000円くらいになったら、いわゆる名流夫人はひとりも来なくなるだろうし、政財界のお偉方も、「趣味は?」と訊かれて「歌舞伎鑑賞」とか「オペラ鑑賞」なんて、絶対に言わなくなるんだろうね(笑)




2005.09.08 thurs



右から見たときと左から見たときでは、別な猫だと思うかもしれませんね(^^;

乱歩の「D坂の殺人事件」を思い出しちゃいましたよ(^^*




2005.09.07 wed

(レクイエムに関するメモ)
「鎮魂曲」という訳語は正しくない。レクイエムとは、死者の生前の罪を軽減し罰を軽くしてくれるよう神に祈る音楽である。


ブラームスの作品―「ドイツ・レクイエム」と呼ばれているが、これは誤解を招く。「ドイツ語によるレクイエム」とするべき。その新しさが向かおうとしているのは普遍性ではない。敷衍性(などということばがあれば)。




2005.09.06 tues

前ぶれがなく、唐突にクレシェンドがやってきて、しばし頂点とどまることもなく一気に駆け下りて、コーダが短い・・・

なんの話ですか?

モーツァルトのレクイエムを聴いていて、ダメだなあという演奏の―もちろん比喩だよ

現代社会についての暗喩かと思いましたよ(笑)




2005.09.05 mon

無能なトップはいわゆる「イエスマン」を周囲に集めますよね。でも、有能なひとでも質の低い取り巻きに囲まれたら、やがて無能になっちゃうんじゃないでしょうか。

「哀」教授(一応仮名)というひとがいました。いや、いまだっているんですが、そのhomepageも閉鎖されてしばらくたちます。Hoffmannはこの教授とは交際はないものの、ちょっとだけ個人的に知っています。うっかり屋なところがあって、私用公用を問わず日時の間違いもしばしば、講演会で使う予定だったテープにモーツァルトの音楽を録音してきたはずが、そのとき観ていたTV番組の音声が録音されていた、なんてこともあったようです。そんなところも含めて、たいへんユニークな魅力のあるひとで、多くのひとに親しまれ、周囲に集まるひとも多かったんですね。悪く言えば「取り巻き連中」が「ファミリー」を形成して、そのなかで楽しくやっていたようです。

失敗も、間違いも、特定の団体・個人への批判も結構なんですが、そうした言動をとるにあたってあるべき「礼」を失していたのは、日常、程度の低い―と言って悪ければ、単なる仲良しの―「ファミリー」に囲まれていたためなんじゃないでしょうか。それがhomepage閉鎖の原因のひとつとなったのではないかと思います。


※ 相手にとって致命的となりかねない批判を、おもしろおかしい文章にして読ませるというのは、「ファミリー」のなかでのみ許されるってこと。いつも仲良しの取り巻きに囲まれていて、そうした常識的な感覚が麻痺してたんじゃないかってことです。




2005.09.04 sun

(昨日の続きかも〜)
なにも目を見張るようなカメラワークを期待しているわけではないのです。フツーに撮って欲しいんですよ。

かなり古い話ですが、小澤征爾が二期会オペラでビゼーの「カルメン」を上演した際、国営放送局がこの映像を放映したんですね。このとき、大詰めのホセによるカルメン刺殺の場面、ここで映像がスローモーションになったんですね。もちろん、音声(音楽)は進んでいきます。この放送局のプロデューサー(でいいのか?)は、自分で音楽を聴いたり、オペラを観たりしたことがないんでしょう・・・というほどの問題じゃない、ひとこと、無能ですね。

ついでに書いちゃうと、この国営放送局、最近はどうか知らないんですが、かつて元旦のウィーンからの生放送では、アナウンサーやゲストが短い曲間にベラベラベラベラと、どうでもいいことを喋りまくり、ときにはもう演奏が始まっているのにまだ喋りつづけていた・・・。あるいは国内のホールからの生放送で、機材のトラブルによりたびたび音声が途切れたのに、番組終了時にそのことにはまったく触れない・・・。

この放送局所属オーケストラの理事ときたら・・・これは以前に話したから省略。



さて、こちらはレナード・バーンスタイン指揮、バイエルン放送交響楽団、同合唱団によるモーツァルト「レクイエム」のDVDです。1988年、バーンスタイン夫人の没後10年の記念日、アンマーゼーのディーセンにある修道院の付属教会におけるライヴ収録。



ソリストは突出したひとのいないことがかえって好結果を生んでいます。


時折こんな映像も挟まれるんですが、ごく自然で違和感がありません。



この演奏については、いろいろ考えることがあるのですが・・・興味のある方はぜひ聴いてみてください。



(おまけ)


このティンパニ奏者、どことなく、肖像画に見るモーツァルトと似てますね。

似ていると言えば・・・




合唱団のなかに、(若いころの)ルチア・ポップ、ホセ・カレーラス、ジュゼッペ・シノーポリ、ドナルド・マッキンタイアに似たひとがいますよ〜

こことここと・・・ヾ(^o^*
(^o^*あ、ホントだ(笑)




2005.09.03 sat



カール・ベーム指揮、ウィーン交響楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団によるモーツァルト「レクイエム」のDVDです。収録は1971年。

演奏は、ベームらしい折り目正しいオーケストラが印象的で、晩年の衰えを感じさせる(ぎりぎり)以前の時期、これはこれで悪くないんですが・・・カメラワークに問題ありありですね。

とにかく指揮者・奏者・歌手のアップばかり。教会での収録なんですが、全体の様子がほとんどとらえられていません。かろうじて上のカットで分かる程度です。

ソロはヤノヴィッツ、ルートヴィヒ、シュライアー、ベリー。みんな若い(笑)ただしこれも顔面アップばかり、4人が並んでいる適当なカットがなかったので、ここにはupしません。



IntroitusとCommunioではフレーズごとに、指揮者の映像と、これに合唱団(員)の映像を重ねた映像とがめまぐるしく切り替わります。この切り替わりが何度も何度も繰り返されて、いいかげんうんざり・・・正直なところ、観るに耐えません。

いっそ、もっと古い収録だと、逆に変な小細工はしていないのですよね

ドキュメンタリーに徹していればね・・・中途半端に古いのがダメなんだな。まあ、カラヤンのvideoだと、一曲の演奏中でもカットによって聴衆がいたりいなかったり、奏者の配置や椅子までが違っていたりするくらいだから、これなんかまだしもなのかなあ


カラヤンの映像作品については、「あれはあれでいい」というひともいるようですが・・・

広告が掲載されている雑誌に書いている評論屋だろう? あんなの、まともな神経で鑑賞できるシロモノじゃないぞ





2005.09.02 fri



bbsでDie Toteninsel さんから、発売されていることを教えていただいたヴィスコンティ監督の「山猫・完全復元版」DVDです。

情報ありがとうございます〜



1963年伊・仏。出演はバート・ランカスター、アラン・ドロンほか・・・

女優さんは〜?

ヴィスコンティの映画では女優はほとんど重要じゃないから省略!

それはHoffmannさんの独断では・・・(^o^;


澁澤龍彦のエッセイに、淀川長治が「ヴィスコンティというひとは、貴族が好きで、貴族が嫌いなんやね」と言ったとありましたが、うまいことを言うもんです。

キャプチャしてないんですが、革命軍と騎兵隊の戦闘シーンなどは、終始カメラが「引いて」いて、まるでオモチャの兵隊さんのように見えます。

ほとんど皮肉かと思えるくらいですね。決して歴史映画ではないんだぞ・・・というヴィスコンティの主張ですね



主役は個人でもなく、貴族の一家でもなく、ましてや時代でもありません。


滅びゆくものへの哀惜の思いこそが主人公と言うべきでしょうか・・・

ヴィスコンティ映画に一貫して流れるテーマだろう。どこか、永井荷風の文学に通じるものを感じるね





20050901 thurs

(Canonに関するメモ)
1933年、技術者吉田五郎と実業家内田三郎がカメラ工房「精機光学研究所」を設立。翌年試作モデル「カンノン(KWANON)」が完成、モデル名は観音教の信者であった吉田が命名したもの。
その後吉田は精機光学研究所を去り、内田は日本光学工業(現ニコン)にレンズと距離計の制作を依頼。この頃、内田は世界規模でカメラを販売したいとの思いから、聖典・規範を意味する「CANON」を商標登録。「精機光学研究所」はその後「日本精機光学研究所」、「精機光学工業株式会社」と変わり、1947年に「キヤノンカメラ株式会社」となる。

「キャノン」ではなくて「キヤノン」なんですね

CanonのHomepageによれば「全体の見た目の文字のバランスを考え、きれいに見えるようにしたから」、「『キャノン』では、『ャ』の上に空白が出来てしまい、穴が空いたように感じてしまうので、それを避けた」ということだ



ちなみに昭和22年、精機光学創立10周年の記念式典では、当時の社長が「我が社はライカ、コンタックスを打倒して、世界のトップをめざす」と宣言したそうだよ

実現した・・・といっていいでしょうね

・・・で、そのとき来賓としてその場に居合わせた日本光学の社長が「我々の足元にも及ばないような会社が・・・」とエラク怒ったんだそうだ(笑)この一事をもってして、NikonよりCanonに肩入れしたくなるね(^o^*




2005.08.31 wed

あれこれ手元に置いてもコレクションでもなんでもない、それがあたりまえなのがクラシックのdisc(LP、CD)。ひとつの作品でも、いろいろな演奏で愉しめます。お値段は中身の質と関係ありません。新品にしろ、中古品にしろ、高いからっていい演奏ではないし、安いからといって演奏や音質に問題があるというものでもない。

「トリスタンとイゾルデ」が30種類以上・・・これは中毒ですね〜(^o^;

Wagnerだからね。この場合、中毒というのは当たってるかも(^^;

音楽の世界では、19世紀までは作曲家の時代で、その後20世紀は演奏家の時代だなんて言われますよね。Hoffmannさんは、現代はなんの時代だと思われますか?

う〜ん・・・「演奏解釈」の時代じゃないかな


なるほどですね〜象徴的というか・・・ひとつのものでは満足できない時代なんですね(^^*

そりゃあそうさ、実用品じゃないんだから(笑)なんでもそうだけど、徹頭徹尾実用品だというなら、はなから選択の余地なんかあるもんか。どこぞの成金みたいに「おうオヤジ、いちばんいいやつくれ!」と言って買い物してればいいのさ(笑)





2005.08.30 tues

コレクターは別として、なぜ「買い替える」のか。
グレードアップなんてことばがありますが、「ああ、このキカイがあればもっといい音が出せるんじゃないか」とか「これを使えばもっときれいな写真を・・・」とか思うんでしょうか、やっぱり。新製品紹介記事なんかを読んでそんな思いを馳せるのは、グラビアページのお姉ちゃんを見て(^o^*エート・・・思いを馳せるのと似てますね。まあ、誰しも嫁さんなんかはおいそれとグレードアップできないから・・・(エヘンエヘン;;)

それ、テクノポルノとか言うんですよね(笑)

よくスケベ心がなくなったらオシマイだ、なんて言うじゃない。それと似た意味で、こうした欲求ってまんざら否定的な側面ばかりでは語れないと思うよ(^o^A;;アセアセ

でも・・・Hoffmannさんはあまり「買い替え」なんてなさいませんよね


え? そ、そうかな・・・

いつだって「買い増し」じゃないですか(*^o^)σ)~0~)/プニッ♪



カメラだって一台のボディ、一本のレンズだけで通すのが・・・(笑)

・・・理想だ(汗)





2005.08.29 mon

Hoffmannさんはご自分ではコレクターではないとおっしゃってますけど、そうでしょうか?

えっ・・・doki(^^;どうして?


2005.07.21 thursに書いてらした、若杉弘が「オペラ史上重要な5作品」として名前をあげていた作品なんですけど―

モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」
R.シュトラウス 歌劇「薔薇の騎士」
ドビュッシー 歌劇「ペレアスとメリザンド」
ベルク 歌劇「ヴォツェック」

このうち、一作品だけ落としてその代わりにヤナーチェクの歌劇「利口な牝狐の物語」を入れたいとのことでしたね。どれを落とすかははっきりとおっしゃいませんでしたけれど、bbsではDie Toteninselさんがアラお見通し・・・(^o^*

R.シュトラウスの「薔薇の騎士」だね。まあ、個人的に好みではないということもあるけれど。だって、ズボン役にしても過去の素材だし、ワーグナーやマーラーのパロディにしても所詮それは他人のパロディでしかないじゃないか。そんなに重要な作品とも思えない・・・というか、R.シュトラウスがそもそも好きじゃないんだけどね

それにしては、R.シュトラウスのレコードは管弦楽作品の全集盤もありますし、歌劇だってほぼ全作品レコードをお持ちですよね。でも、聴いていらっしゃるところをほとんど見たことがありませんよ(^^;

ああ、初期の「火の欠乏」から晩年の「カプリッチョ」までひととおりあるけど、ちゃんと全曲聴いたのは・・・ひとつもないかもしれんなあ( ̄- ̄)オホン

なにも威張らなくても・・・(^o^;

いいのいいの(笑)あれはね・・・
「資料」なんだからヾ(^0^*カンラカラカラ



いざとなると「資料」で逃げますね〜(((;^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2005.08.28 sun

そもそも趣味というものは自己満足・・・というわけで、趣味の世界はなんだってアリです。

クラシックカメラの世界ではめずらしくない、コレクターという存在がありますね。つまり、撮らずに飾るひと、限定モデルに目がないのが特徴です。こういうひとに写真を見せると、階調がどうの、周辺部の像の流れがどうの、レンズの味がどうのと・・・1時間喋っても、その写真になにが写っているのかについてはひと言も触れません。まあ、Hoffmannには無縁の世界と思っていますが、それはそれで結構、でもちょっと悪趣味だとは思います。




オーディオの趣味となると、コレクターとは違った悪趣味が横行していますね。

ろくすっぽ聴きもしないで次々と装置をとっかえひっかえしているひとは問題外として、使いこなしを知る「マニア」を自称しているひとが意外と多いんですね。いや、音が良くなる(あるいは良くなると信じている)なら、ひとそれぞれ、自由にやればいいんですけどね。たかが実用の機械ですから、芸術品や工芸品のようにありがたがるのもどうかと思いますが、目に見えないところの改造程度ならともかく、アナログプレーヤーのターンテーブルやスピーカーユニットにベタベタと汚らしいゴムを貼り付けたり、アンプの上に鉛の重しを山ほどのせたり、ひどいのになると機器のキャビネットにドリルで穴をあけたりと、Hoffmannならいくら音が良くなるとしても、その悪趣味ぶりにはちょっとついていけません。あと、ケーブルが床を這うと音が悪くなるとかで、洗濯バサミで床上数センチにケーブルを浮かせているひともいましたね。センタクバサミですよ、良い音を得るためのなりふり構わぬ情熱ですね(ププッ)。

逆もあります。かなり以前なんですが、プレーヤーやアンプに汚れはもちろん、指紋などの指の跡がつくのも我慢できないというひとが雑誌に紹介されていました。もしも友人がこの手のタイプだったら、絶対に遊びに行きたくはないですね。ちなみにこのひと、アナログプレーヤーのキャビネットの、アームを操作するとき手が触れてしまうところに、真っ黄っ黄のタオルを敷いていましたね(もしもHoffmannならセーム皮くらい敷きますが・・・って、そういうハナシじゃありません)。

どうもマニアというのは両極端ですね。Hoffmannが「マニア」と呼ばれたくない理由です。





2005.08.27 sat

メインスピーカーを変更・・・というのは、接続替えと同時に、設置場所の移動を意味します。

Hoffmann家は狭いので、スピーカーの置き場所には苦労しています。フロア型はそうそう動かせませんから、その他のブックシェルフ型は部屋の隅に並べておいて、いざ鳴らそうというときには、フロア型の手前のいい場所にスタンドを設置して、その上にのせてから聴いています。接続はその都度行い、常時つないでおいて切り替えるなどの方法はとっていません。

よく、オーディオショップみたいに何組ものスピーカーをマンハッタンみたいに林立させて得意になっているひとがいますよね。いつぞやHoffmannが訪問したマニアのお宅では、いま鳴っているスピーカーの姿がほかのスピーカーの陰に隠れてまったく見えなかったり、「もう、ぜんぜん使っていない」という装置まで麗々しく飾ってあったり・・・。「持てる我」を誇示するのも結構ですが(そもそも趣味というものは自己満足なんですから、コレクターという存在だってアリです)、あんなセッティングでいい音は出ません。ましやセレクターボックスで切り替えるに至っては、せっかくの高級な装置も鳴らずに泣きますよ。

鳴らさない装置は別室に移動させるのが理想ですが、それがだめならせめて聴く装置のみ、一歩手前に引っ張り出す程度のことはしたほうがいいですね。いや、ほんとうは一系統のみでベストの状態にしておくのがいちばんいいに決まっているんですが・・・。



カメラも・・・ですね(^o^;

(-_-;doki





2005.08.26 fri

ひさしぶりにメインスピーカー変更(接続替え)。フロアタイプからS社のブックシェルフ型へ。このスピーカーにすると、オットー・クレンペラー指揮のレコードが滅法いい音で鳴る。ところが、同じEMI(Electorola)盤でも、ほぼ同時代のバルビローリ指揮のレコードだと、ほかのスピーカーの方が良かったりするんですね。装置が音楽や演奏を選ぶなど「本末転倒」と言われかねませんが、現実にあるんですよ、こういうこと。

つないでいるアンプがS社のスピーカーと相性抜群なんですね。アンプを入れ替えたらまた印象が変わるかもしれませんよ〜(^^*真空管とか・・・

それは「蹴り」か?(^o^;ヲイヲイ





2005.08.24 wed

日本人指揮者、本日は山田一雄です。



1912年生まれ、ストラヴィンスキーの「春の祭典」やマーラー交響曲第8番など多くの作品の日本初演を手がけたほか、邦人作曲家の作品の積極的な紹介に努めた指揮者ですね。1991年急逝。

いろいろとユニークなエピソードを残したひとで、なかでも演奏中エキサイトしすぎて指揮台から客席に落下してしまい、指揮棒を振りながら舞台にはい上がってきたという話は有名ですね。Hoffmannがこのひとの指揮に接したのはもう晩年といっていい時期でしたが、高齢をものともせず、指揮台の上でタコ踊りよろしく大暴れしてました(^o^;手で指揮棒を振っているというより腕で振っている、肘で振っている、と見えたものです。

そうした指揮姿が示すように、その音楽造りもなりふり構わぬ熱血型で、外面を整えることなどまるで眼中にない、よく言えばハートがすべてといった演奏でした。うまくハマればたいへん感動的な演奏となるんですが、悪くすると収拾がつかなくなることもあるんですね。

・・・と、こう書けば、この指揮者の特質にもっとも適していたのがロマン派の音楽であったことは想像がつくと思います。たしかに、印象に残っている演奏といえば、マーラーの交響曲第6番、チャイコフスキー交響曲第5番あたりが筆頭、あとはモーツァルト、ショスタコーヴィチといったところです。協奏曲の伴奏を振ると、たいがいソロの音がかき消されてしまうくらいオーケストラを鳴らしてしまうのも毎度のことでした(笑)


(右)
フォーレ レクイエム
伊藤京子(ソプラノ)、大賀典雄(バリトン)、酒井多賀志(オルガン)
山田一雄指揮 東京都交響楽団 東京メトロポリタン合唱団
CBSソニー;SOCN14XJ(LP)


これは1973年の録音。ライヴ録音でなく、入念に準備されてセッションがもたれた録音らしく、オーケストラも合唱もよく整った、なかなかの好演です。ちなみにバリトン独唱は後のSONYの名誉会長ですね。このひとはもともと芸大声楽科出身で、この録音当時43歳、すでにCBSソニーの社長の地位にあったそうです。

SQ4チャンネル盤なので、ステレオだと位相がおかしく、音場感が濁って聴こえるのが残念ですね〜

(上写真左)
マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」
山田一雄指揮 東京都交響楽団 ほか
CBSソニー;40AC918〜9(LP)


ちなみにこの録音に参加している歌手のうち、アルトの長野羊奈子は若杉弘夫人、バリトンの平野忠彦はむかし手塚治虫の「ジャングル大帝」の主題歌を歌ったひとですね〜ヾ(^^*


こちらは1979年のライヴ録音。オーケストラの実力は残念ながら世界に通用するような超一流ではなく、とくに金管など楽譜どおり吹いているだけで、表情というものがありません。合唱団もアマチュアの寄せ集めの域を出ないんですが、ところがアマチュアならではのハートで聴かせてしまうんですね。この演奏の主役は合唱団といっていいでしょう。レコードで繰り返し聴くとアラが目立ってしまいますが、じっさいにホールで聴いていたらコーフンものだったかもしれません。

熱血指揮者の面目躍如たるものがありますね

ひと言に「熱血」と言いますが、その演奏スタイルは・・・ダイナミクスは最大限に、歌わせるところは徹底的に、粘る場面では思い切り粘るといった調子です。

ここで、あなたにクラシックの名曲で好きな作品があったら、ためしに鼻歌を歌いながら自分で指揮をしている想像をしてみてください。シロートなりに、シロートならでは、ついつい第2主題でテンポを落としたくなったり、コーダの手前で大見得を切ったり、最後の和音まではたたみかけるようにアッチェランドをかけたりしたくなりませんか? Hoffmannは、そうした誘惑に抵抗しなかった(できなかった?)のがこの山田一雄という指揮者の個性だったんじゃなかったかと思っています。

そう言うと、Hoffmannが山田一雄に対して相当批判的と受け取られたかもしれませんが、プロがそつなくまとめてしまうといった仕事ではなく、今日ではアマチュアにしか聴かれないような情熱が、つねに忘れられていないというよさも認めたいと思います。その完成度は「芸術」としてはいま一歩だったのかもしれませんが、いい意味で高度な「芸能」となっていたんじゃないでしょうか(「芸能」とまで言い切ってしまうのもためらわれるんですが)。


(左)
ブラームス 交響曲第2番
山田一雄指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団
山野楽器;YMCD-1051(CD)


これも先のマーラーと同じ「山田一雄の世界」という一連のコンサートの記録、録音は1978年です。このブラームスの、とくに終楽章の高揚にはすさまじいものがあるんですが、旋律の歌わせ方といい、コーダでの爆発直前のものものしさといい、終結部へのなだれ込むような勢いといい、まさに上に述べた「誘惑」に抗しきれないという特徴が、あらゆる場面で聴きとれます。気になるのは、テンポの速いところでもオーケストラがもたつく印象であること。このフンドシのゆるい感じは、これは指揮者の責任でしょう。



ここに挙げたマーラーの交響曲第8番なんだけどね、この演奏会を聴きに行っていたという知人がいるんだ。だから先日電話して当時の感想を訊いてみたんだよ

やっぱり感動的だったと・・・?

それが・・・「ぜんぜん覚えていない」だってさ(-_-;)・・・ええい、このおつけもの!

・・・それって「うつけもの」じゃないですか?(^o^;

(おまけ)


1949年、マーラーの交響曲第8番日本初演時の山田一雄。当時37歳。

* * * * * * * * *

小澤征爾、若杉弘、井上道義、山田一雄と、Hoffmannが複数回聴いている(関心のある)日本人指揮者はみんなとりあげてしまいました。あとはよく知らないひとばかりなので、日本人指揮者篇(?)とりあえずこれで一段落です。




2005.08.23 tues

ついでにアナログレコード再生用のカートリッジの適正針圧について―

カートリッジを買うと、説明書には各種スペックのほか、適正針圧が明記されています。いまでは1.5〜2.0gのものが標準的でしょうか。もしも適正針圧2.0g(1.5〜2.5g)と示されていたら、2.0gを基準に0.1g刻みで動かして、音の調整をしてみるのも面白いものです。

たとえばオーケストラ演奏を聴きながら針圧を重くしていくと、弦楽器の合奏がだんだんしっとり重厚になってきます。よく「濡れた黒髪ようなつやのある音」なんて表現される音ですね。これ以上は限界というところでピアノソロを聴いてみると、ボテボテの音で聴けたものじゃないはずです。そこで今度は針圧を軽くしていくと、だんだんピアノの粒立ちがよくなってきます。適当なところでまたオーケストラを・・・といった具合に、自分の好きなレコードを聴くに際して、もっともいいところを探すというのもひとつの方法ですね。



Hoffmannさんのカートリッジは現行品ですけど、設計は古いタイプですよね

長い間には浮気もしていろいろ使ってもみたんだけど、結局これしかないと。適正針圧よりもほんのわずかに重めの状態で使っているよ





2005.08.22 mon

アナログレコードプレーヤーのトーンアームは、針圧をかける機構の違いから2種類に分類することができます。

ダイナミックバランス型とスタティックバランス型です。前者はカートリッジを装着してゼロバランスをとった後、スプリングなどで針圧をかけるもの。これは機械的な精度を出すのが難しいので高級品に多いんですね。後者は、これがほとんどのプレーヤーに搭載されたアームに採用されている方式で、シーソー式にゼロバランスをとった後、後ろ側の錘の位置を支点側にずらして、つまりバランスをくずして針圧をかける方式ですね。このとき、ヤジロベエの土台が傾いていてはいけないのは当然です。

従って、プレーヤーを設置した際には必ず水平調整を行わなければいけません。ただしあまり厳密にやらなくても、ある程度水平になっていれば少々アバウトでもかまいません。いちばん悪いのは前から見て左右のいずれかに傾いている状態で、これはステレオの音場感や各楽器(歌手)の定位に影響します。それに比べれば前後方向の傾きについてはまだしもで、あまり神経質にならなくてもいいように思います。

あと、針をレコードの盤面に下ろしたときに、トーンアームがターンテーブル面と水平であること。これはたしかに基本なんですが、これまたかなり神経質に調整するひとがいますね。Hoffmannの経験上なんですが、ほんのわずかに前上がり(アームの支点からカートリッジ側が上向き)の方が音がいいことが多いんですね。おそらく針先の取り付け角度の影響だと考えられます。逆に前下がりでいい音がする例は一度もありませんでした。ただし、ほんのわずか、微妙な程度ですよ。




「少々アバウトでもかまわない」・・・っていうのはHoffmannさんの性格の問題じゃないんですか?(^o^;

だって、目で見てわからないところまで追い込んでもしょうがないじゃないか(笑)さもなきゃ音を聴き比べて、いちばんいいと思える状態にしておけばいいのさ(^^*





2005.08.21 sun

(日本人演奏家について、第3弾です)

これは・・・指揮者の井上道義さんが1971年に録音したレコードですね



モーツァルト 交響曲第40番ト短調K.550、セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ト長調K.525、行進曲ニ長調K.335-1、コントルダンス付きメヌエットヘ長調K.463-1
TRIO;PAC-3508(LP)

モーツァルト 交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」、交響曲第29番イ長調K.201
TRIO;PAC-3508(LP)

メンデルスゾーン 交響曲第4番イ長調Op.90「イタリア」
シューベルト 交響曲第8番ロ短調D.759「未完成」
TRIO;PAC-3508(LP)

井上道義指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団


Hoffmannがはじめてこの指揮者を聴いた頃はまだ若手といった印象でしたが、1946年生まれということですから、もう59歳なんですね。

すると、上のレコードを録音したときはまだ25歳!

かつては長髪であったのに、ある日突然坊主頭にして現れた、そのコンサート会場にはHoffmannも居合わせたんですよ(^^*プログラムには、たしかシェーンベルクの「ワルソーの生き残り」が組まれていたかな? その頃から演奏も、プログラムの組み方も、(日本人にはめずらしい)個性派でしたね。

上に挙げた3枚のレコードでも、若くして自分なりの音楽造りができていると言っていいでしょう。モーツァルトもメンデルスゾーンも決して彫りの深い表現ではないものの、さほど強いアクセントがないのに表面だけ整えたような演奏になっていません。シューベルトだけはいかにも従来からのシューベルト演奏のイメージどおりで、ちょっと落ちるかも(^^;

モーツァルトというと、とくに日本人は「どのくらいいいか」ではなく、「いい」か「悪い」かの二極に別れた判断をしてしまいがちなんですが、ここではモーツァルト演奏として場違いな印象もなく、メンデルスゾーンは終楽章のタランテラにしても、躍動的なリズムがごく自然に展開されていて、知らずに聴いたらとても25歳の若者が指揮した演奏とは思わないでしょう。

25歳にしてオーケストラの統率力についてはなんら疑問を挟む余地がありませんね

そういえばこのひと、ウィーン・フィルを振ったときのリハーサルで「こんなにボーイングの下手なオーケストラははじめてだ」とやって、楽団員が「もういっぺん言ってみろ!」と一時は騒然となった・・・なんてエピソードもあるとか(^^;

それにあるとき1年か2年か、まったく仕事を入れないで(主にオペラを)勉強していたこともあります。これはなかなかできることじゃないですよね。



ハイドン チェロ協奏曲ニ長調Hob.VIIb-2
ボッケリーニ(グリュツマッヒャー編) チェロ協奏曲変ロ長調
藤原真理(チェロ) 井上道義指揮 オランダ室内管弦楽団
DENON;OF-7023-ND(LP)


こちらは1981年の録音。

伴奏、すばらしく上手い演奏ですね! 表情も多彩で・・・(^^;;エート

・・・ソロの方が表現の幅が狭いのがよく分かるよね(^_^;このレコードに限らず、テンポは遅めというわけじゃないけれど速いと感じることはあまりなくて、これはつねに旋律を歌わせることを重視しているからじゃないかな

比較的最近の録音では、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を振ったマーラー交響曲第4、5、6番があります。


第6番のみ、CD・LP同時発売でしたヾ(^^*

マーラー 交響曲第4番 CANYON;PCCL-00002(CD)
マーラー 交響曲第5番 CANYON;PCCL-00097(CD)
マーラー 交響曲第6番 CANYON;PCCL-00361(CD)、C40L003(LP)
井上道義指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 イヴォンヌ・ケニー(ソプラノ;第4番のみ)


第6、4、5番の順に1988、1989、1990年の録音。「最近」でもないですね(笑)
なかでも、最初の録音である第6番はライヴ録音で、第1楽章は緊張のためかやや生硬な印象を残すものの、第2楽章、第3楽章はそれぞれの楽想が巧みに描き分けられて、終楽章に至っては、壮絶な高揚から凄絶な絶望への落差(幅)の表現が見事なものです(第5番もライヴ録音ですが、こちらは硬さがありません)。

ただ、個性派といっても、へんなクセがあるわけではなくて、モーツァルトはモーツァルトらしく、ハイドンやボッケリーニもそれぞれにふさわしい演奏であり、ただしオーソドックスなだけではなく、そこに都会的と言いたいような洗練された叙情性が加味されているんですね。さらに型にはまらない個性が随所にあらわれていて―

ベルリオーズの「幻想交響曲」を振ったときには、終楽章の鐘は舞台裏からピアノが「ぐわあぁぁん」と聴こえてきて、これはいまどきめずらしい。

先に挙げたロイヤル・フィルとのマーラーの交響曲第6番では、終楽章のハンマーに、自分で檜の丸太から作った巨大ハンマーを日本から持参して使ったとか(笑)

モーツァルトの歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」では、幕切れの六重唱の最後の部分だけを日本語訳詞で歌わせるなど、こう言っては失礼かもしれませんが、ふつうプロならやりそうもない、シロートっぽいアイデアを実践してしまうあたり、まるで黒澤明かフランシス・コッポラみたいな・・・(エヘンエヘン)話がそれた;;;


ひさしぶりの登場です〜ヾ(^o^;

Hoffmannさんは、いろいろな演奏家が若い頃に録音したレコードを聴くのがお好きですよね


そりゃあね(笑)その後大家となったひとたちについて「いまは上手くなったけど若い頃はね・・・」なんて、威張りがきくじゃないか(^0^)ノ

# いや、冗談です;;;


## 例によってupしてからの修正が多い・・・(^_^;




2005.08.20 sat

昨日も1枚画像upした、ケン・ラッセルの「白蛇伝説」(1988)です。


DVDのケースには「美しく耽美で異様な」なんて印刷されてますけど、じっさいの映像はほとんどユーモアの域に達している「グロテスク」ですね〜



主演はHugh Grant。その他の役者、とくにペンション経営者の姉妹などは、演技がいささか大根です(笑)まあ、ヒュー・グラントもたいして上手いわけではないが(^^;


例によってケン・ラッセルらしい映像満載ですね

原題は“The Lair of the White Worm”、すなわち“Dracula”で有名なBram Stokerによる同名の長編小説を映画化したものです。



“The Lair of the White Worm”(1911)

表紙(dust wrapper)に注目〜

Bram Stokerの名前は印刷されていなくて、“Another Great Thriller By the Author of Dracula”とありますね(笑)

じつは原作の方はストーリーがちょっと支離滅裂なんだよね(^o^;

ケン・ラッセルはうまく換骨奪胎して一本の映画にまとめていますね




2005.08.19 fri

このmonologueでもbbsでもたびたび名前の出る映画監督ケン・ラッセルは、その初期の仕事から音楽家(作曲家)を取りあげており、さらにオペラの演出まで手がけているだけのことはあって、さすがにどの作品でも音楽の使い方は上手いものですね。



たしかに、このようなロック調の音楽でも耳に残ってしまいますね〜(^^*



こちらの映画は、クラシックの通俗名曲詰め合わせみたいなもんだが、それがまた効果的なんだよね

これは・・・オスカー・ワイルドですね




2005.08.18 thurs

小澤征爾についてももっと書きたいことはあるのですが、本日は先にbbsで名前を出した指揮者若杉弘について―



若杉弘をはじめて聴いたのはWagnerのオペラでした。もっともHoffmannにとってはこれがWagner初体験だったので、ただただ感激していただけなんですが(笑)

その後実演に接したのもかなりの回数に及び、ドレスデン国立歌劇場と来日したときにはWeberの歌劇「魔弾の射手」の数回の公演を別な指揮者と振り分けて、リハーサルなしにもかかわらず(オペラでは新演出以外はリハーサルはやらないのが普通)、オーケストラから、前日の別な指揮者よりもはるかに充実した演奏を引き出していたのにはびっくりしました。

同オーケストラとはその後も来日したことがあって、ブラームス交響曲第4番が知情意のバランスのとれたすぐれた演奏であったほか、当時TVでは放送されなかったアンコール曲のWagner「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲が、白熱的な名演で忘れられません(余談ながらこのオーケストラ、どの指揮者と来日しても、たいていアンコールはこの曲なんですね)。

ただ、なんでもかんでもいいわけではなくて、先日、小澤征爾について「リズム感が悪い」と書きましたが、これは若杉弘に対しても感じることです。いや、どうも日本人ってリズミックなフレーズの処理が不得手みたいですね。これはRとLの発音が区別できないのと同じような欠点なのかもしれません(このように考えるようになったのは、同じ東洋人でもリズムを刻むのがベラボーに上手いチョン・ミュンフン指揮のCDを聴いてからです)。

若杉弘の指揮は、要所要所できちっと区切りをつけるかと思えば、息の長い旋律を巧みに歌わせることもあり、いかにもオペラの得意な指揮者らしいといっていいでしょう。このあたり、小澤征爾の自然体のテンポ設定とは異なって、しかし音楽に内容を感じさせる要素のひとつになっているみたいですね。

従ってマーラーの交響曲などは、この指揮者がとくに得意とするレパートリーであるのもうなずけます。都響との演奏はCD化もされていますが、Hoffmannはケルン放送交響楽団との来日公演における交響曲第5番、第9番の演奏が印象に残っています。表情付けはじつにていねいで、音楽のあらゆる要素に神経が行き届いた名演でしたが、ただそれがために未消化な部分もあって、響きがもうひとつ洗練されていないという面があったことも否定できないんですね。もっともこれは超一流とはいえないオーケストラの実力故かもしれません・・・が、このオーケストラはその後ガリー・ベルティーニが音楽監督となって、急速に技術が向上したんですよね。若杉ファンとしてはちょっとフクザツ・・・・。

概してやや線が細いものの、ドイツ・ロマン派の音楽をそれらしく響かせながら、とくに木管がいいバランスで聴こえてくるあたり、オットー・クレンペラーを思い出させますね。この比較は意外に思われるかもしれませんが、Hoffmannはクレンペラーが一般に言われるほどドイツ的な―というのは高域弦優勢のバランスの―指揮者ではないと思っています。

若杉弘は、マーラーの歌曲集「少年の魔法の角笛」のリハーサルに、この歌曲集の歌詞に採用されたアルニムとブレンターノ編纂による同名の詩集を持って現れたそうです。

なるほど〜Hoffmannさんがいちばん好きだとおっしゃる指揮者にふさわしいエピソードですね(^o^*

こういう指揮者って、ほかにはちょっといないんじゃないかな(^^*

なにか、おすすめのレコード・CDはありますか?

ベルリオーズの「幻想交響曲」とベートーヴェンの「田園」、それにモーツァルトのレクイエム! 若い頃の録音で演奏は読売日本交響楽団だ( ̄ー ̄)ニヤリ


なにもわざわざそんな入手困難なものを挙げなくても・・・(^o^;



・・・つまり、自慢したかったんですねっ;^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2005.08.17 wed

「1812年」で思い出すのは鬼才ケン・ラッセル監督が1971年に製作した映画“The Music Lovers”(邦訳題名「恋人たちの曲・悲愴」)です。出演はリチャード・チェンバレン、グレンダ・ジャクソンなど。作曲家チャイコフスキーのホモセクシャルに焦点を当てた名作です。

この映画の後半、トントン拍子に出世してゆくチャイコフスキーを、「1812年」の音楽に合わせて描いてゆく場面などは、いかにもケン・ラッセルらしい映像なんですね。

ちなみに以前語ったとおり、チャイコフスキーは従来伝えられていたようにコレラで死んだのではなく、現在では自殺であったことが明らかにされている(?)のですが、この映画では自ら生水を飲んで・・・(ムガムガ)


まだご覧になっていない方もいらっしゃるかもしれませんから、そこまでにしておきましょう;^^)つ(・x・;イエネー

ななななんと、これほどの傑作にもかかわらず、未だDVD化されていないのでお写真はなし・・・

ρ(^o^*興味のある方はこのあたりをご参考に・・・

ttp://www.iainfisher.com/russell.html




2005.08.16 tues

(レコード店・CDショップで耳にした会話)

その1 若い男が連れの女の子に
「このチャイコフスキーの『1812年』という曲は、この年ロシア軍がフランスに攻め込んできて、これを撃退した情景が描かれているんだよ」
(逆だよ)

その2 初老の男性ふたりの会話
「カラヤンは守銭奴で、そのうえスケベだったんだ。なにしろドイツじゅうに30人もメカケがいたんだぜ」
(「ドイツじゅうに・・・」という噂はフルトヴェングラーですね)

その3 中年のご夫婦、その夫が妻に
「シュトラウスという作曲家は『美しく青きドナウ』を作曲したあと、作風がすっかり変わってね、『ツァラトゥストラはこう語った』なんて、同じひとが作曲したとは思えないくらいだ」
(ヨハンとリヒャルト、別人です)

その4 中年男性が若い女性に
「マーラーの『大地の歌』はボクの大好きな曲でね、あの合唱の盛り上がりなんか・・・」
(『大地の歌』に合唱はありません、ホントに聴いたんか?)

その5 若い女性ふたり(シューベルトの肖像のジャケットを指さして)
「なーに、このひとぉー? ビョーキとか持ってそー(笑)」
(あ、当たってるかも・・・)

フルトヴェングラーのお妾さんって、たしか未亡人がインタビューで「そんなにいませんでした。9人です」とこたえていたそうですね(^o^;




2005.08.15 mon

(無花果亭日乗・・・この場合「観聴亭日乗」のほうが語呂がいいな)
小澤征爾がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を振ったコンサートです。ベルリン郊外のヴァルトビューネ野外演奏会場での1993年の収録。この日は「ロシアンナイト」と題されて、リムスキー=コルサコフ、チャイコウフスキー、ボロディンなどの有名曲がプログラムに並んでいます。



なんというか、華のあるひとですよねヾ(^^*

Hoffmannも、小澤征爾はもう何回も実演に接したことがあるのですが―


テンポの設定がじつに巧みですね。早いなとか遅いなとか感じさせない、作品そのものに内在する自然な速度と思わせる巧みさがあります。じっさいには微妙にテンポを動かしても、それと気付かせないような処理の上手さも際立っています。ところが、このためなにを聴いても単調な印象を受けることがあるんですね。大曲をまとめるのは得意なんですが、短い曲が並ぶ「組曲」なんて退屈してしまうことが多い。過不足のなさというのは、悪くすると表面だけ整えたみたいに聴こえてしまう。

それと、巧みなテンポ設定のおかげで目立たないんですが、リズム感が悪いんですね。とくにベルリン・フィルを振ったときに、金管のリズムが重くなります。これは、かつて小澤征爾とともに「ポスト・カラヤン」として名前のあがっていたクラウス・テンシュテットもそうでしたね(ベルリン・フィルの特性かもしれません)。

加えて―これはレコードやCDだとわかりにくいんですが―明快さを求めるあまりでしょうか、弱音が強調されないんですね。たとえばマーラーの交響曲第2番の終楽章で、合唱が入るところ―ここがあまり弱く入らないから、つまりスタートがそれなりの音量なので、このあとオーケストラがクレシェンドしようにもそのスロープが短くて、すぐ頭打ちになってしまう。盛り上がらなくなっちゃうんですね。

あらららら・・・(^o^;

・・・と、さんざん悪口を並べてますが、じつはHoffmannは小澤征爾の(隠れ)ファンなんですよ(笑)

なんですかもー(((;^o^)σ
)~0~)/プニッ♪



このDVDに収録されているチャイコフスキーの「1812年」なんて、その演奏の充実ぶりは驚くべきものです。Hoffmannはこの作品など俗悪の極みと思っているんですが、これほどの演奏で聴かされると、さすがにちょっとばかり気分が高揚してしまいますね(笑)



演奏後、オーケストラの団員の方がびっくりしていますね〜♪




2005.08.14 sun

さて、CDに対してアナログLPのことをレコードと呼んできましたが、いうまでもなく「レコード」ということばには「記録」という意味がありますね。この意味では、写真というのも、ある瞬間、ある場所における記録といっていいと思います(もちろん、表現手段としての写真というものもあるけれど、記録であることには違いない)。

よくあるハナシに、ある写真学校にたいへん優秀な生徒がいた、トップの成績でいよいよ卒業というときに、先生に質問をしてきたと・・・「ところで、ぼくはなにを撮ればいいんでしょうか?」

この問いに対しては、いろいろな答え方があると思います。田中長徳は「世界は不可思議だと感嘆させる写真を撮れ」と書いていましたが、これもひとつの回答でしょう。あるいは「今日で世界が消滅してしまうと仮定して、君が撮っておきたいと思うものを」というのもアリでしょうね。

それでは、Hoffmannさんは・・・?

「止まれ、おまえはいかにも美しい」と呼びかけたくなるような瞬間を探しているんだよ(^-^*

それはまた・・・ちょっと大風呂敷を広げすぎじゃないですか?;^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2005.08.13 sat

寝てたといえば、Hoffmannはところかまわず路上に寝そべってしまうことがあります。

だからあまりいい服は着られないんですね(^^*

それは違う(笑)、いい服なんてもともと持ってないよ(^_^;



でも、この季節はアスファルトが熱くって、寝そべるのも決心がいりますね




2005.08.12 fri

コンプレックスといえば、「知性への意志」―プロメテウス・コンプレックスについて話したことがありましたね。

Hoffmannの場合、食べ物だったら雑誌やネットの情報を参考に、いろいろ食べ歩いてみたいという欲求はあんまりなくて、(いままでにも食べた)好きなものがあればそれでいいやという人間なんですが、レコードやCDになると、未知の作品や演奏家のものにも食指を動かしちゃいますね。

いわんや本(書籍)においておや・・・(^^*

それでも、最近は決まったテーマ、決まった作家の本しか買わなくなってきたね

それは収容能力の問題でしょう?(笑)

本の場合、関心のあるテーマでもつまらないとすぐ投げ出しちゃう。無理して読んだりはしない。音楽の場合は、遠慮なく眠っちゃう。大きな声じゃ言えないが、以前ウィーンから来日したオペラハウスの公演で、チケットがX万円もしたのに演奏も作品もつまらなくて、途中からぐっすり寝てたことがある(^^;




2005.08.11 thurs

「理解できない」といえば、doll愛好もクラシック音楽好きも、たびたびこの「理解できない」攻撃を受けることがありますね。猫と女は呼ばないときにやってくる、とはよく言われることですが、「オレには(アタシには)理解できない」と言うひとも、たいがい呼んでもいないのにやってきます。

だれも感想なんか訊ねていないし、当然のことに「この趣味を共に楽しもうぜ」なんて誘ったおぼえもないんですが、こういうひとは呼ばれなくても、どこにでもヤカンみたいにクチバシを突っ込んでくるんですね。

きっと、他人の趣味や行動を評価・批判することには、なにか自尊心をくすぐるところがあるんでしょう。分かりやすくいえば「自分を偉く見せたい」という心理ですね。でも、この願望が強いひとというのは、プライドが高いわりに、自分は周囲から尊敬・評価されていないという不満・コンプレックスがあって、これが外に対する攻撃的な言動となってあらわれるんですね。

この文章にしたって同じこと(苦笑)


そんなに自虐的にならなくても・・・(^o^;




2005.08.10 wed

通俗名曲といえば、ベートーヴェンの交響曲からメンデルスゾーンやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲といろいろですが、ちょっと音楽に詳しい「オコチャマ」のスノビズムは、こうした「名曲」を頭から莫迦にして、代わりにバッハの作品あたりを名作だの傑作だのとよく持ち上げるんですね。

バッハがたいへんすばらしい、あるいは愉しい作品を数多く作曲したことについてはHoffmannも異論はありません。もっとも好きな作品は「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ミサ曲ロ短調」なんですが・・・同じ宗教音楽でもカンタータなんて、どこがいいのかさっぱり理解できません。いや、理解したいと思ってときどき聴くんですが・・・。

・・・いつも寝ちゃいますよね(^^*

まあ、べつにカンタータを高く評価するひとに喧嘩を売るつもりじゃないんだよ。きっとHoffmannが鈍感なんだろう(笑)クラシック好きとしての世間体もはばからず「理解できない」と公言するところが、Hoffmannの(裏返しの)スノビズムなんだよ(^o^*




2005.08.09 tues

「幻想交響曲」といえば、通俗名曲の最たるもの。たしかに標題音楽で思わせぶりな解説が付いていて、終楽章ときたら♪ドンガラ、ドンガラ、ドンガラ・・・ジャーン! ですから、一般受けはしやすいですね。

昔、若杉弘がボストン交響楽団にデビューする際、プログラムのメインで「幻想交響曲」をとりあげようとしたところ、当時同オーケストラの音楽監督だった小澤征爾から「アメリカのオケはああいう曲だと、指揮者の棒なんか見ないで勝手に突っ走っちゃうからやめたほうがいい」とアドバイスされたそうです(結局マーラーの交響曲第1番にしたらしい)。

学生の頃には音楽好きの友人は少なからずいたものの、なにせハタチ前後というのは生意気盛りで見栄っ張りですから、みんな通俗名曲なんて莫迦にしているんですね(^^;もっとも偉大な音楽家はバッハ。ピアノ・ソロとかヴァイオリン・ソロといった単一楽器による音楽こそが高尚・高貴な音楽であって、ロマン派の大オーケストラによる音楽など下品で下等なものであるという雰囲気がありました(Wagner好きを公言していたHoffmannはちょっと莫迦にされていましたね)。

だから「幻想交響曲」の演奏がどうのこうのなんてとても言えたもんじゃなくて、そのうち、持っているレコードもほとんど聴かなくなってしまっていたんですが、あるとき、知り合いの女の子が「幻想交響曲」を聴いてすごいすごいと驚いていたんですね。「こういう音楽ははじめて聴いた」と。ああ、どんな作品も聴き込んで分かってくることもあるけれど、はじめて聴いたときの気持ちも忘れてちゃいけないんだなと思いました。それからはHoffmannも意識してときどき聴くようになったんですよ。





2005.08.08 mon

ベルリオーズといえば、もっとも有名な作品は「幻想交響曲」。ベルリオーズの失恋や片想いの苦しみの末に作曲された作品なんですが、この仕事自体が作曲療法とでも言うべき、精神の均衡を保つための手段だったようですね。

感受性に富んだ若い芸術家が、恋の悩みから人生に絶望して服毒自殺を図る。しかし薬の量が足りなかったため死に至らず、重苦しい眠りの中で一連の奇怪な幻想を見る。そのなかで、恋人はひとつの旋律となって現れる・・・

―とは、ベルリオーズ自身による解説です。第2楽章では舞踏会のざわめきに恋人の姿が垣間見え、第3楽章では田園風景を背景にふたりの羊飼いの笛が聴こえる、そして第4楽章では、夢のなかで恋人を殺した主人公が断頭台で死刑を執行されるんですが・・・。

第3楽章の途中で殺人が行われていますよね(・・;

お、優美、気付いたか?


血が流れていますから、たぶん刃物による刺殺ですね・・・

検索してみたんですが、意外にも第3楽章の殺人シーンについて言及しているひとが見つかりません。バレバレだと思うんだけどなあ・・・。

あと、バーンスタインは第4楽章末尾の断頭台の描写を取り違えていますよね。ギロチンの刃が落ちてくるのは最後の一音のつもりでいるようですけど




2005.08.07 sun

昨日書いたように、実家のオーディオシステムはパワーアンプ1台入れ替えただけで、見事に化けてしまいましたので、今日も立ち寄って数時間レコードを聴いてきました。

ひさしぶりに針を下ろしたレコードのなかでも、とりわけ印象に残ったのが、リッカルド・ムーティ指揮、フィラデルフィア管弦楽団ほかによるベルリオーズ劇的交響曲「ロメオとジュリエット」でした。Hoffmannの好みでは、ムーティという指揮者のレコードは、若い頃の(ニュー・)フィルハーモニア管弦楽団との演奏がもっともよく、その後のフィラデルフィア管弦楽団との演奏は、オーケストラの音色に魅力がなくておもしろくないんですね。さらにムーティ自身もこの頃から物わかりのいい、大人の指揮者になっちゃったといった印象です。

ところが、今日聴いたベルリオーズはなかなかの出来で、ずっと前から持っていたレコードなのにいままで気がつかなかったのかと驚いてしまいました・・・で、システムは無理だけどレコードならと、自宅へお持ち帰り。帰宅後さっそく聴いてみたのですが・・・

・・・アレ?

ちなみにアナログプレーヤーシステム(ターンテーブルT社、トーンアームS社、カーリッジO社)が実家と同じメーカーで、アンプ、スピーカーは異なるものの、音の傾向はHoffmannの好みですから似たようなもの、それなのにこの結果はどうしたことでしょう・・・上に書いたように、オーケストラの音色にまったく魅力が感じられません。



やっぱりアンプの相性―それとも個性なんでしょうか・・・

しかも、自宅のスピーカーの方がゆったり感のある鳴りかたなのに、腰高に聴こえるのはなぜ・・・?




2005.08.06 sat

しばらく使っていなかった真空管のパワーアンプを実家に持っていきました。

かつてここにはプリアンプ、パワーアンプとも真空管式のシステムがあったのですが、パワーアンプが寿命か故障と修理の繰り返しで、修理代で本体が買えるほどになったのを機に、薄型のプリメインアンプ(FET)を導入していたんですね。ところが、レコード(LP)を聴くと、まったく物足りない、つまり、アナログ全盛期の真空管アンプの方がフォノイコライザーははるかに上等だったわけです。

しかたがないから、真空管のプリアンプのREC-OUT端子から、プリメインのTape-MonitorだかAUXだかに入れて―つまりプリアンプ二段通して―使っていました。ちなみにこのプリメインの出力は100w/ch。

今日、小型の真空管アンプを持っていって、このプリメインと入れ替えてみたところ、20年選手のスピーカーが朗々と歌いはじめてびっくり。(おおーっ、ホントはこんな音だったのかーっ)

真空管パワーアンプの出力は?

聞いて驚け、わずか13w/chだぞ・・・



あのシステム、そのままお持ち帰りしたくなっちゃったよ;^^)
(^o^;置き場所が・・・




2005.08.05 fri

(某オーディオショップにて)
「19万円か・・・安いな。どうしよ・・・安いぞ・・・」

(某中古カメラ店にて)
「おお、8万円! はちまんえん、激安だあ・・・とりあえず麻酔(カード)で逝っとくか・・・」

(スーパーマーケット食品売り場にて)
「298円か・・・・・・高いよ・・・」





2005.08.04 thurs

キリストにもキリスト教にもあまり関心のないHoffmannですが、もしもキリストの物語を舞台にかけるとしたら、マグダラのマリアが、罪を犯したというのも、悔悛するというのも、イエスの側の視点でそう解釈されるだけのこととしますよ

私なら、イスカリオテのユダには、イエスとそっくり同じ衣裳を着せますね(^^*遠目には区別がつかないくらい・・・




2005.08.03 wed

「せむし」というのは差別用語なんでしょうか。テレビなどでは、放送禁止用語とされているのかと思いきや、そうではなくて自粛されていることばらしいですね。

いったい何事ですか?

いや、「ノートルダムのせむし男」について書こうかと思ったんだが、そのまま書いていいのかと思って・・・

それじゃあ・・・「ノートルダムの背中が曲がった男の人」・・・とか言えばいいんでしょうか?

以前、どこかの劇団がこの作品を舞台にかけたときなんだけどね、朝屁新聞の劇評には「ノートルダム男」と記載されていたんだよ(^^;


差別語なんて、それと言われなければ分からないと思うんですけど

「ちびくろサンボ」は復刊したのかな・・・




2005.08.02 tues



いまさらだが(誤解を恐れず言えば)この映画、まるで「象徴」の宝庫のようですね。

テーマを思いついたと?(笑)

うん、三つ四つばかり・・・(^^*

いい映画って、そういうものなんじゃないですか(^o^*




2005.08.01 mon

匿名でしたが、「日記がつまらん」というご指摘がありました。ハテ、このhomepageには日記なんかないんだが・・・って、このmonologueのことなんでせうね。でもそんなことは別にして、自分で読み返してみたら確かにつまらないので更新停止しているわけじゃありません。

・・・って、upしなくちゃだれも読めませんよ〜(^o^;

オスカー・ワイルドは現代に至るまで、その人も作品も、ご当人が気取っていたほど貴族的なものとしては受け取られてはいないよね。単純にスノッブか、せいぜい大道芸人の扱いがいいところだ

「大道芸人」って・・・それ、Hoffmannさんは褒めているんですよね(^o^*

文章というものは、内容で面白がらせるものではないね。文章そのもので読ませるのが芸ってもんだ(苦〜;;;)




2005.07.30 sat



バルセロナのリセウ劇場におけるWagnerの楽劇「ニーベルングの指環」、第三夜「神々の黄昏」DVDです。「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」に続いて、これで完結ですね。Harry Kupferの演出による同作品は、これより以前のバイロイト祝祭劇場での上演の記録がLDで出ていましたが、最近DVDでも第一弾として「ワルキューレ」が発売されました。



LDで観たバイロイト演出と比べると、「大筋で一致、細部で異なる」・・・ではなく、「見た目は異なるが、細部では一致」といった印象ですね(笑)ここで細部と言っているのは、個々の歌手の演技のことなんですが、問題は演出の要請するところを表現し切れていない(把握できていない?)歌手がいることです。



それでも、このブリュンヒルデ、ハーゲン、グンターの三重唱などは圧巻です。この作品の大きな見せ場と言っていいでしょう。オーケストラがあまりWagnerらしからぬ軽めの響きであることも忘れてしまいそうです。

ちなみにグンター役は前三作でヴォータンを演じたFalk Struckmannなんですが、このひと、どちらかというとグンター役の方が適性がありますね(^^;



ブリュンヒルデ役のDeborah Polaski、結構舞台映えはするんですが、やっぱり声は弱いな・・・。



そして大詰めのカタストロフ。バイロイトでは、最後の最後で「あれれ」といった演出をしたKupferでしたが、さすがに(笑)ここでは変更を加えていますね。

Hoffmannさんも文章にたびたび変更を加えますよねっ(*^o^)σ)~0~)/プニッ♪



それでもやはり子供が・・・

当初の着想を捨てきれなかったものと見えるね

# あとはこれからご覧になるひとのために(^^*





2005.07.29 fri

たしかに、毎日暑いですね(^_^;;;

こう暑くては、なんにもやる気がしないね

そういうときは無理をなさらないで、のんびりしているのがいちばんですよ〜

いやいや(笑)そんなことじゃいかんよ・・・と言いつつ、なんにもしていないな(笑)



うふふ・・・




2005.07.28 thurs

だぁ〜れもいらっしゃいませんね〜

来ないね〜

女性の悪口なんかおっしゃるから、たたりじゃないですか?(^^;

まさか(笑)


なにか、今後の対策はお考えなんですか?

別に・・・なんも考えてないけど(・・?

(/_ _)/ドテ



せめて更新なさるとか・・・(^o^A;;というか、それ以外にないですよね

なにしろ暑いからね〜(^o^A;;;





2005.07.27 wed

いつだったか、人工受精児誕生のニュースに対して、「(この親たちは)そんなにまでして子供が欲しかったのか、生まれてきた子供が気の毒だ」と書いている評論家(?)がいました。

中世を「暗黒の中世」などというのは、いまどき時代遅れの戯言ですね。中世の人々は彼らなりに人生を愉しんでいたのです。現代人の感覚で「暗黒」呼ばわりするのは、無知蒙昧な優越感から発せられた妄言です。

いったい人工受精児のどこが気の毒なのか。人工受精児が気の毒であるとすれば、このような評論屋の下劣な発言が、なんらの批判精神もなく支持されたときではないでしょうか。

ついでに言うと、こうした暗愚な発言をするのは、決まって女性なんですね。





2005.07.26 tues

アルマの著作をそのままに信用することはできないとしても、グスタフ・マーラーの妹ユスティーネとアルマ・マーラーがグスタフ・マーラーを間にして、ある種の三角関係にあったことは間違いないでしょう。

哲学者ニーチェの場合も、その妹エリーザベトとルー・サロメとの間にも似たような確執があったようですね。

Hoffmannには妹がいないので、ちょっとロマンチックな憧れがあることは否定できませんが、ユスティーネにしろエリーザベトにしろ、妹というものは兄思いであればあるほど、意外にも恐怖の存在であるようです。


Hoffmannさんは女性というものがお嫌いなんですね(^^;

まあね

「まあね」って・・・サラっと言いますね〜(^o^;

もちろん、優美は別だよ(^^*

それでは、母(性)的な存在としての女性はいかがですか?


古代における地母神信仰の例を引くまでもないだろう、やっぱり恐怖の存在だよ




2005.07.25 mon

作曲家のグスタフ・マーラーといえば、陣痛に苦しむ妻に対して、苦痛を克服するには精神を集中すればいいだろうと、カントの哲学書を朗読して聴かせたなど、いささか常人ならぬエピソードの持ち主ですね。敵も多く、ウィーン国立歌劇場監督の地位も追われ、その後アメリカに渡ってメトロポリタン歌劇場で指揮棒をとることになります。

この間の経緯は妻であるアルマ・マーラーの回想録に詳しいんですが、最近の研究によると、ウィーン国立歌劇場の監督を辞任したのは、妻であるアルマがアメリカでの物質的に恵まれた生活を望んだためであったことが分かっているそうです。

まったく、女ってものは・・・

アルマ・マーラーの回想録って、それだけ読めば感動的なんですけどね・・・

最近ではこのアルマ・マーラーに関する本(研究書とまではいえない)も出ているみたいだけどね

2、3冊お持ちですよね

でも読んでない(笑)いわゆる「恋多き女」の半生なんて、わざわざ時間を費やして読むほどの価値はないよ





2005.07.24 sun

ガリー・ベルティーニ指揮、ケルン放送交響楽団によるマーラー交響曲全集(11CD)を購入しました。いつか全集でまとまるだろうと期待していたもの、国内盤CDを購入するのもひさしぶりのことです。既に1、2、3、4、5、7番を聴きましたが、たいへんすぐれた演奏で、指揮者の主張がオーケストラへの並々ならぬ統率力を通して明確に伝わってきますね。

ところで、この11枚組のセットは、通常2〜4枚収納できるケース3つを箱に入れたもので、結構な嵩があります。なぜ不織布に入れてひとつの箱にまとめなかったんでしょうか。そのほうがずっと小さくまとまったと思うんですが。問題はそれだけじゃありません―

ケース I
Disc1 第1番 全曲 ・ 第2番第1楽章
Disc2 第2番 第2〜5楽章
Disc3 第3番 第1〜4楽章

ケース II
Disc4 第3番 第5〜6楽章 ・ 第4番 第1〜3楽章
Disc5 第4番 第4楽章 ・ 第5番 全曲
Disc6 第7番 全曲
Disc7 第6番 第1〜3楽章

ケース III
Disc8 第6番 第4楽章 ・ 第9番 第1〜2楽章
Disc9 第9番 第3〜4楽章 ・ 第10番(アダージョ) 全曲 
Disc10 第8番 全曲
Dsic11 「大地の歌」 全曲


―なにを言いたいのか、もうおわかりですよね。なんともごていねいなことに、ケースI とII 、II とIII 、それぞれに、3番と6番がまたがってしまっています。長大な作品ばかりですから、Discをまたがってしまうのは仕方がありませんが、なにもケースまで・・・なんだかずいぶん頭の悪そうなものづくりですね>東芝EMI。これ、さきほど言ったように、不織布に入れて一箱にしてあればまだ許せるんですが。どうしてもプラケースを使うなら、1枚や2枚増えてしまってもかまわないから、せめて一作品がケースをまたいでしまうような収録の仕方は避けてもらいたいですね。

えーと・・・1枚増やすだけでも、4番は単独1枚に収録できますね、それを5番とともにケースI に収納すると・・・ケースII は3番からはじめて、3番のあとに6番の第1楽章を持ってきて、次の1枚に6番の第2〜4楽章とすれば・・・




2005.07.23 sat

地震のとき、ちょうど電車に乗っていて足止め。帰宅したら本やCDの山がくずれていてえらいことになっていました。

ともかく、優美が無事でよかった〜;・o・)/(T^T)怖かったですよ〜




2005.07.22 fri

(昨日に続いて「ドン・ジョヴァンニ」について書こう思っていましたが予定を変更)
2005.02.17 thursに紹介したウェーバーの歌劇「オイリアンテ」と同じ、Teatro Lirico di Cagliariにおいてライヴ収録されたDVDがまた出ました。今度はハイリヒ・マルシュナーの歌劇「ハンス・ハイリング」です。



ワーグナーに影響を与えた前期ロマン派のオペラというと、ウェーバーの「魔弾の射手」ばかりが有名ですが、マルシュナーの「吸血鬼」や「ハンス・ハイリング」も、そのミステリアスな雰囲気と音楽はすばらしいもので、このDVDの登場はおおいに歓迎したいところです。


まだ全曲聴いていないので演奏については保留、とりあえず歌手については概ね好演。ただしオーケストラはちょっと弱い、細部のニュアンスが表現しきれず、有名な序曲にしもいささかもたつき気味で長く感じられてしまいます。これは指揮者にも責任の一端があるかもしれませんね。それでも聴衆からは暖かい拍手が贈られています。こうした歌劇場でめずらしいオペラの上演に接することのできる聴衆は幸せですね。


Heinrich Marschner;Hans Heiling
M.Werba、A.C.Antonacci、H.Lippert、G.Fontana

Teatro Lirico di Cagliari;Pier Luigi Pizzi
Dynamic;33467(2DVD)




2005.07.21 thurs

ひさしぶりの音楽&DVDネタですじゃ。



これは1954年ザルツブルク音楽祭におけるモーツァルト歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の記録。昔から有名な映像で、よくヤ○ハホールあたりで上映されていたもの。LDプレーヤーを購入したときまっさきに入手、結局DVDでも購入してしまいました。

日本人としてはほとんど例外的に、オペラ演奏の経験が豊富な指揮者である若杉弘が、かつてインタビューで「オペラ史上重要な5作品」として名前をあげていたのが―

モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」
R.シュトラウス 歌劇「薔薇の騎士」
ドビュッシー 歌劇「ペレアスとメリザンド」
ベルク 歌劇「ヴォツェック」

―いかにも、この指揮者らしい選択ですね。

Hoffmannさんのご意見・お好みは?

若杉弘とほぼ同意見だけど、一作品だけ落としたいな(笑)その代わりにヤナーチェクの歌劇「利口な牝狐の物語」を入れるよ

落とす作品って、どれですか?(^o^;まあ、見当はつきますけど・・・




2005.07.20 wed

古い、というのは明治時代以前(幕末頃?)ですが、そのころの日本の町並みを撮影した写真を見ると、まるで人影がない、ゴーストタウンのようなものがありますね。これは、当時のfilmは感度が低かったため、露光時間が数十秒と長かった(シャッター・スピードが遅かった)から、動いている人間や牛馬は写らなかったわけです。

今日、あるエッセイを読んでいたら、著者が子供のとき、友人の兄が蛇腹式のカメラで写真を撮ってやる、「今日は曇りだから三十数えるまでじっとしてろ」と言われた、ところが十を数えるたあたりから笑いがこみ上げてきて、二十五、二十六のころには身体をゆすってゲラゲラと笑いころげ、この写真は失敗となった・・・という一節がありました。これもfilm感度が低かったから。

現代ではオートフォーカス、自動露出でシャッターチャンスを逃さないカメラがあたりまえの時代ですが、こんなのんびりした楽しみ方があってもいいかもしれないね・・・。

・・・あ、あった!


http://toycam.imaimax.com/archives/530otopin.php




2005.07.19 tues

(説得中)
銀座のホステスとは言わないけど、仮にキャバクラのオネーチャンに貢いだとする。10回も通って、ようやく店外デート、プレゼントだって必要だろう・・・いくらぐらいかかると思う?( ・_・)♭

う〜ん(^_^;


それだけして、ようやく思いを叶えさせてもらえるかどうか・・・それにくらべれば、その何分の一かの費用で一生楽しめるんだよ

・・・で、次はカメラですか、オーディオですか?(*^o^)σ)~0~)/プニッ♪

あわわわ・・・(^o^A;;←屁理屈大魔王





2005.07.18 mon

前に取りあげた本に鬼貫の俳句が引用されていたよね

骸骨の上を装て花見かな

英訳すると―


Look! Skeltons,
in their best holiday clothes,
viewing flowers.

―でしたね

見よ! 骸骨どもだ 祝日の晴着を着て 花を眺めているぞ

―と訳せるね。この英文を、webサイト上の翻訳機能で日本語に戻してみたよ。まず、飲foseekでは―

見てください!花を見るそれらの最良の休日衣服中のスケルトン。

えxciteだと―

見てください! スケルトン
それらの最も良い晴れ着では、見ることは花が咲きます。


Yaホーによれば―

見てください!Skeltons、花を見て、彼らの最高の晴れ着を着て。

印foseekはほとんど逐語訳ですね、休日の衣裳が「晴れ着」になっていません。Yaフーがいちばん無理のない翻訳かもしれませんね(^^;




2005.07.17 sun

かなり以前のことなんですが、国産のミステリを読んでいたら、死者のダイイング・メッセージが松尾芭蕉の句なんですね・・・で、その後ストーリーを長々と引っ張っておいて、犯人の名前は「松尾」さんでした、というものがありました。

( ̄□ ̄;はあ?

それにしても、被害者のダイイング・メッセージって、どうして犯人を名指しにしないでわざわざパズルのヒントみたいなことを書くんでしょうか。このあたりの事情が無理なく納得できるミステリって、意外と少ないんですね。


「は、犯人は・・・朝は4本足・・・昼は2本足・・・夜は・・・さ、3本足・・・(ガクッ)」とか(笑)




2005.07.16 sat

すてごまさん、おにうCDプレーヤー&アンプ購入記念企画)
オーディオ機器というものは、新品の状態から、日々鳴らし続けているうちにだんだん音が変わってくることはよく知られていますね。だんだん硬さがとれて高域が落ち着いてくるといった変化をたどることが多いんですが、こうして鳴らしこむことを、昔はエージングなんて言ったもんです。最近、気どって「ブレークイン」とか「バーンイン」なんて言っている評論屋もいるようですね。これ、どちらかというと、喫煙用のパイプについて使う方がなじみのあることばです。

以前、新しいCDプレーヤーが届いたという友人の家に、オペラのCDを持って行って、まず箱から出してアンプにつないで試聴―「この音覚えておいてね」。それから友人の手持ちのCDをあれこれ聴いて3時間ほど。ふたたび最初のオペラのCDを聴くと、これがさっきとは全然違う音になっているんですね。エージングって、最初の一日のうちの変化、数週間での変化、数ヶ月での変化と、いくつもの段階があるので、新品って結構楽しめるんですよね。



鳴らしこみって、なにかコツがあるんですか?

なに、自分の好きなdiscを、自分の好きな音量で、日々聴き続けていればそれでいいんだよ(^-^*それだけで、ちゃんと持ち主の音になる
(2004.12.08 wed参照)




2005.07.15 fri

カメラを1台処分して―つまり売り飛ばして、その足で別な中古カメラ店に寄ったんですね。ちなみに、「中古」を「ちゅうぶる」と読むひとはマニア度も病人並です(笑)。

・・・で、ある古いカメラを店員氏にすすめられました。ちょいと使いにくそうですが、形(すがた)がいい、使用感はありますが、動作は問題なさそう、レンズにも傷・クモリはないようです。

う〜んと考えていたら、店員氏に、このモデルは少々お高いけれど、ほらここのところに○○と刻印があってレアものなんですよ、数が少ないんですよ、と説明されて、いっぺんに気持ちが萎えてしまい、買う気が失せちゃいました。Hoffmannは特別モデルだとか、記念モデル・限定モデルというのが嫌いなんですよ。なかなか買えないひがみと思われるかもしれませんが―数が少なくて代価はお高い、というのは革張りの椅子にふんぞり返った重役さんみたいなもので、まずじっさいの仕事はできないものです。お飾りにはいいかもしれませんが、Hoffmannはカメラを、撮らないで飾っておく趣味はありません。


お買いにならなかったんですね(^o^




2005.07.14 thurs

ある講談師は、刑務所の慰問で舞台に上がった際、開口一番「満場の悪漢どもよ!」とやって看守たちをあわてさせたとか。

またある作家は、職業訓練校の講演に呼ばれ、「えー、人間、なにしたって食えます」と喋ったとか。

Hoffmannは、ある講習会で、初心者相手にややこしい説明をすることになり、「ワタシは莫迦です、ワタシのまわりでこれをやってる連中もあまり賢くありません。ある男なんか、居酒屋で酔っぱらうと必ず他人の靴を履いて帰ります。おまけに他人のメガネをかけて帰ることすらあります・・・もちろんワタシじゃありませんよ・・・あ、あなたもときどき靴を間違えるんですか? だいじょうぶ、そんな男でもちゃんできることですから、みなさんにもできないわけがありません―なにかご質問は?」




ポカーンとしているひと少々、表情を押し殺して能面みたいな顔になってるひと少々、あとほとんどのひとが寝てたから無問題!

なにしたって生活できるんですね〜(^o^*いいえ、ある意味感心してるんです・・・




2005.07.13 wed

いざというときに、手元に資料が乏しいというのはつらいですね。

モーツァルトのオペラ「魔笛」に、なぜザラストロが登場するのか調べていたんですが、やはりザラストロでなければならなかったわけではないようです。ただ、モーツァルト研究書って、手元に数冊しかないので、確信が持てません。


gallery#82準備中ですね



「魔笛」といえば、フリーソーメンとの関わりが重要とされていますよね

素麺じゃないと思うぞ・・・(^o^;





2005.07.12 tues



きょうはワンこ写真ですね〜ヾ(^^*おねむのワンこ・・・



こちらは猫写真。小さくてわかりづらいかもしれんが・・・

「びっくり顔」の木登り猫ですね〜(^o^*保護色ニャンこ・・・

一方が銀塩で、もう一方がデジカメなんだけど、わかる?(*^^)♭ヽ(^^;タブン・・・




2005.07.11 mon

いわゆるヘアヌード写真集なんてのが出始めたころには、それだけで話題になったもんだが・・・

最近ではあらたまって「ヘアヌード」なんて言いませんね

当たり前になっちゃったんだな。いまどき―もうないとは思うけど、スミ塗りやボカシで隠してあったら、思いっきり不自然に見えちゃうよ

木材とか・・・(^o^*

モザイクだろう(笑)隠すんならはじめから見えないようにすればいいのさ




(#^o^#)あらららら・・・




2005.07.10 sun

製作総指揮フランシス・コッポラ、脚本・監督ジョージ・ルーカスの映画を取りあげたら、いままで読んでこられた方はびっくりするんじゃないでしょうか。Hoffmannの好みとは異質ですよね(^^;

以前、VHSのテープで観た「THX1138」という映画の話です。いまは手元にはないんですが、最近DVDで発売されたんですね。これ、売れるんでしょうか?

物語は未来の管理社会、地下都市が舞台。人々は記号番号で呼ばれ、労働から娯楽まで、すべて監視・管理されています。主人公はTHX1138、この管理社会に疑問を抱いて、懺悔室で告白するんですが、神の声はエンドレステープ。やがて逮捕され、真っ白な部屋に拘置されてさまざまな処置(すべて番号であらわされ、意味不明)を受けるも効果なし、ふたりの男とともに地上へと逃亡。ロボット警官の追跡によってふたりの男は脱落し、ついにTHX1138だけが地下一階に達して換気ダクトを登り、地上へ出ると―巨大な落日の映像、立ちつくすTHX1138のシルエット。ここでバッハのマタイ受難曲の合唱が流れてTHE END・・・。(注;記憶で書いています)




つまり、マタイ受難曲が印象に残ってらっしゃるんですね(笑)

カネのかかってないB級映画を、隠れた名作だって騒ぐひとがよくいるけど、「THX1138」はどーみてもわけのわかんない映画だよ

DVDはお買いになってないんですね

うん・・・でも、ちょっとだけ、もういっぺん観てみたい鴨(^^;





2005.07.09 sat

カメラ雑誌などを読んでいると、とくにちょっと古いレンズについて、絞り開放だとやわらかい描写、絞るとシャープになる・・・とよく書いてありますね。

収差のことなんか別にしても、絞り込めば被写界深度(ピントの合う範囲)が広くなるわけだから、絞ればシャープっていうのはあたりまえのことだと思うんですが。つまり、このレンズは開放ではあまりシャープには写らないよ、ってことですよね・・・わざわざ上記のように表現しているということは、なにか特別な理由があるんでしょうか?

いや、カメラに関してはまるっきりドシロートのギモンなんですが・・・(^^;




すてごまさんご帰還ですよ(/^^)/バンザーイ




2005.07.08 fri

梶井基次郎なんてまるで好みではないんですが、ちょっと読み返していたら、猫の耳を見ていると切符切りでパチンと穴をあけてみたくなる、という一節がありました。結構有名な箇所だと思うんですが、「切符切り」っていまの若いひと、わかりますかね?

切符切りって、なんですか?(^^*

ホントに知らないの?(笑)




2005.07.07 thurs



種村季弘に、晴れの日も雨の日も入浴する、という意味から「晴浴雨浴日記」と題された本がありますよね

ああ、「性欲右翼日記」と思ったひとから「過激ですねえ」と言われたとか・・・


「観聴(カンチョー)亭」も似たようなものですね(2005.03.25 fir参照)

誰だってマニア系だと思うよね。だから我が家は「無花果亭」だ(笑)




2005.07.06 wed

昔、読んでいたら表題を見たひとに「スケベ」呼ばわりされてしまった本―

「聖少女」  先頃亡くなった倉橋由美子の長編小説。まあ、これは父親との近親相姦を聖化しようと試みる女の子の話だから、「スケベ」と言われるのも仕方がないの鴨。ハタチぐらいまでに読めばそれなりにおもしろい小説です。

“Playmates”  いまはもう手元にないペーパーバック、三流のサイコ・スリラーもの。表紙は5歳くらいの女の子が骸骨を抱いている写真だったんですが、誰だって表題だけ見たらグラマーな金髪オネーチャンしか想像しません罠。




「スケベ」ならまだしも、「助平」とか言われるとオッサンくさいよね〜(^o^;

それじゃあ・・・Hoffmannさんの「シケベ」(^o^*




2005.07.05 tues



これは枯れた紫陽花ですか? 見事なまでの日の丸構図ですね〜(^o^;

じつはこれ、最近入手したレンズのテスト撮影なんだけどね、縮小しているので分かりにくいかもしれんがピンボケだ。絞り開放とはいえ、まるでピントが合ってない(>o<)


あららららら・・・(^o^;;;

レンズに原因があるわけではないんだが・・・(-_-;




2005.07.04 mon

紫陽花写真もう1枚です。



ふだん、花の写真なんてまるで興味がないんですが、紫陽花だけは特別なんです。

葉っぱにカタツムリでもいてくれたら、理想的なんですよね(^o^*

いや、この場合は「でんでん虫」と呼びたいね(^-^*


それは・・・やっぱりノスタルジーですか(笑)




2005.07.03 sun

いまごろになって雨が降っても、もう遅い

今年は紫陽花がいまひとつでしたね〜

まあ、あまり遠出もできなくて、近所で間に合わせたせいもあるが・・・



去年、一面に咲いていた場所に行ったら、全部チョン切られてたんだよ(ToT)

だれか、持ってっちゃったんでしょうか・・・




2005.07.02 sat

本当に地球は丸いのか?

日本から東へ東へと進んでいくと、地球を一周して元の場所に戻ってくる・・・というのはじつは錯覚で、そこには自分が出発してきた日本と同じ世界があって、元々そこにいた自分はやっぱり東へ向かってさらに先の世界に到達している・・・

曼陀羅みたいですね(^^;



よく臆病な女の子が、ホラー映画なんか見ると、怖くなって後ろを振り返ることもできない、なんて言うよね

そこになにかいるかもしれないと・・・

それ、逆だよね。ユーレイだろうとなんだろうと、世界はこちら(認識する主体)が見るまでは存在していないんじゃないか・・・って考える方が自然だよ

そんなお話、ありましたね〜(^o^*




2005.07.01 fri

古代のインドには、大地は3頭の象に支えられて、その像は海に浮かぶ亀の背にのっかていて・・・なんていう世界観(?)がありましたね。

マゼランは地球は丸いんじゃないかてんで船に乗って海にくりだしていきましたが、なぜか途中で略奪行為に夢中になっちゃって・・・ま、そんなことはどうでもいいんですが、その戦闘中にあえなく戦死、残ったわずか18名の乗組員はどうにか故国に戻ったんでしたね。

たしかマゼランを撃退したのはマクタン島のラプ・ラプという部族長でしたね

やかましい街宣車といえば右翼が定番だけど、なんのこたあない、共産党だって選挙となればことさらにボリュームを上げて金切り声をあげている・・・

極右と極左は同じだと言いたいんですね(^o^;一周して・・・



(や、やっとワタシの写真が・・・)