monologue 2006.07〜2006.09

2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2006.09.30 sat



本日、こちらのdisc入手しました。

「ようやく」ですか、それとも「とうとう・・・」でしょうか(^^*

外箱が凝っていて「くり抜き」なんですが、プラケースを入れようとするたびに、ペレアスの頭部を直撃してしまいます(・・;

早くも少なからぬダメージを与えているみたいですね(^o^;

いま、聴いているところなんですが、以前Die Toteninselさんから「寸感」をいただいておりまして、本日こちらにupしました(ありがとうございます)。Hoffmannが付け加えることもなさそうです。ほとんど同じことを言うようですが、やはりペレアス役のル・ルーにくらべて、メリザンド役のユーイングが異質ですね。本人としてはずいぶんアクセントを抑えるなどして「それらしく」歌い演じているつもりらしいんですが、あまりにも俗っぽい(-_-;
アバドの指揮については、うまいことはうまいのですが、内的な劇的緊張よりも外へと向かう劇的効果をめざしたものと感じられます。オーケストラの響きは、ウィーン・フィルが演奏するとこうなりますよ、といった印象で、音色そのものには違和感がなく、これはこれで美しいですね。



それからこれも・・・ヽ(^o^*




2006.09.29 fri

またまたドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」のdiscです。



RAI(イタリア放送協会)ローマ放送交響楽団をカラヤンが振った1954年のlive録音。

歌手は主役がエルンスト・ヘフリガーとエリザベート・シュワルツコップと、かなり異色。ヘフリガーはともかくとしても、シュヴァルツコップが・・・先頃亡くなったばかりのひとなのであまり悪口も言いたくないんですが、メリザンドとしてはあまりにも異質。第一幕の冒頭など、ミシェル・ルーのゴローがわりあい素直な歌い口なので、素朴なゴローが老練なメリザンドの手管に引っかかっているみたいです(^o^;もちろんシュヴァルツコップにとってもこの公演は例外で、その後メリザンド役は歌っていないのだろうと思いますが、この違和感は声の質の問題ではなく、役作りに起因するものだと思います。

よく、このシュヴァルツコップとか男声のフィッシャー=ディースカウについて、「うますぎる」と批判的に言うひとがいますよね

うん。でもね、じつは「うまい」のではなくて、「つねに(歌唱上の)演技を忘れないけれど、時にあまりにも陳腐で類型的かつ紋切り型の役作りをしている」・・・ということなんじゃないかと思うね

そういうときに、「うますぎる」と言われるということですか・・・(^o^;

ここでのメリザンドの役作りなんて、別なオペラ―たとえばR.シュトラウスのどれかの役でもそのまま通用しそうだよ(笑)

主役の二人以外は、あまり過剰な表情付けを避けた抑制気味の歌唱ですから、よけい目立っちゃうんですね

オーケストラは響きが微温的というか、どこか生ぬるい印象です。



上と同じくRAIローマ交響楽団のlive、こちらはロリン・マゼールの指揮で1969年の録音。

録音時期が異なるので同列に比較はできませんが、、カラヤンとくらべると、表情の彫りが深いんですね。かなりていねいな表情付けを施していて、やや神経質なくらい―というのは、聴いていると「あ、テンポを揺らした」、「伸縮して・・・ふくらませる、と」・・・なんて具合に、やっていることがじつによく分かるんですね。もう少し自然な処理でもいいんじゃないかと思いますが、いかにもなフランス風に、単一色に塗られてその他の要素が払い落とされてしまった演奏よりは聴いていておもしろいですね。

万人がフランス的と思うような演奏ではありませんが、ブーレーズとはまた違った明晰への意志が感じられますね

ブーレーズだと「知的」という表現をしたいけど、マゼールの場合はもっと感覚的だね。それがややおおげさに感じられるのは、聴き手に対するサービスというか、旋律に身をまかせやすくしてくれているみたいだなあ

ちょっとサービス過剰かも・・・(^^;

マゼールの指揮を映像で見たひとなら分かると思いますが、ああいった明快な棒だと、オーケストラも実力以上に奏けちゃうんじゃないでしょうか。ここではRAIローマ交響楽団も、なかなかいい響きを聴かせてくれます。

この録音、低域の響きがかなり豊かですね(・・;

低域過剰と思うひとがいるかもしれないけれど、それはフツーのレコード(disc)の音に毒されているんだな(笑)あれはレコード会社の正規録音が、マイクをたくさん立ててさんざんいじりまわした結果だよ。聴き栄えのいいように、ヌケをよくしようとすると低域が薄くなる。あまり小細工しないで録音すると、低域が痩せないでこういったバランスになるんだよ(^^*




2006.09.28 thurs



これはClavesから出た1969年ジュネーヴにおけるlive録音、演奏はジャン=マリ・オーベルソン指揮スイス・ロマンド管弦楽団。ペレアスはジョルダン盤でも歌っているエリク・タピー、メリザンドはエルナ・スポーレンベルク、ゴローがジェラール・スゼー。

タピーはジョルダン盤よりずいぶん若くて・・・と言いたいところですが、若々しさはいずれの盤でもあまり変わらず。一方スゼーはクリュイタンス盤でも歌っていて、そちらは38歳のとき、この盤では50歳の円熟の歌唱です。

このdiscを購入したとき、オーケストラはきっと下手なんだろうなあ・・・と思っていたんですが、なかなかの好演。




2006.09.27 wed



「ペレアスとメリザンド」、本日はシャルル・デュトア指揮モントリオール交響楽団による1990年の録音。昨日のジョルダン盤でイニョルドを歌っていたアリオ=リュガスがここではメリザンドを歌っています。

ジョルダン盤で「内面から練り上げたのではなく、外面から造り整えたよう」と言いましたが、この表現はデュトア盤にとっておくべきでした。オーケストラを鳴らすのは得意な指揮者で、これは録音のせいもあるかと思いますが、とにかく混濁感の皆無な透明度の高いオーケストラはなかなか美しい。ところがその音色は魅力に乏しく、奏いているというよりまさに鳴っているといった印象で、内容を感じさせない表面的な響きと聴こえます。

演奏のコンセプトもこれまでにとりあげたdiscにあったような、聴き手の期待どおりのフランス音楽演奏に予定調和してますね(だからこそ表面的という印象を持つとも言えるでしょう)。そのあおりを受けてか、歌手も総じてあっさりと歌っている印象です。

そのわりにニュアンス不足となると・・・(^^;

Hoffmannさんがボド盤を、その欠点にもかかわらず「結構好き」とおっしゃった理由は、このdiscあたりとくらべればその点でまだしも・・・ということですね(笑)




2006.09.26 tues



これはアルミン・ジョルダン指揮モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団による「ペレアスとメリザンド」。ボド盤の翌年1979年の録音で、同傾向の演奏だったかな・・・と思ってひさしぶりに聴いてみたんですが、こちらの方がダイナミクスの幅があって動的な印象ですね。ややおおげさに言うと、なんとなく、一瞬セザール・フランクのオーケストラのように聴こえてしまうような響きです。これもドビュッシーの一面といっていいでしょう(そうか?)。オーケストラのアンサンブルもリヨン管弦楽団より上、音色も美しい。ただ、その抑揚が音楽のうねりには至らず、内面から練り上げたのではなく、外面から造り整えたように感じられます。作為的な小賢しさのない、言ってみれば純情な演奏ながら、そのためかちょっと素っ気ないんですね。

歌手はゴローのフッテンロッハーが印象的で、主役のタピー、ヤカールも(好みは別にして)悪くない出来です。ジュヌヴィエーヴはボド盤と同じタイヨン。「ペレアスとメリザンド」のdiscを並べると、同じ歌手の名前が何度も出てくるんですね。

フランスオペラとなると、やっぱり歌手の層が厚いとは言えないんでしょうか・・・




2006.09.25 mon


セルジュ・ボド指揮、リヨン管弦楽団による「ペレアスとメリザンド」。1978年録音で、正規録音としては1970年のブーレーズ盤以来なんですが、この年にはカラヤン、ベルリン・フィルも録音しているんですね。当時日本で出た国内盤は限定発売で、その後再発売はされなかったようです。何組プレスしたのか知りませんが、探すとなかなか見つからないんですな、これが(^^;

左の国内盤はクリムトの絵が世紀末的ですけど、作品にふさわしいんでしょうか?

右の絵、すてきですねっヾ(^∇^*

お、ベックリンが好きなんて花ちゃんお目が高いね〜(*^o^)/
(〃∇〃)えへー

歌手はミシェル・コマン、クロード・ドルモア、ガブリエル・バキエ、ジョスリーヌ・タイヨン、ロジェ・ソワイエと、フランス人が並んで、変な言い方ですが、歌詞は発音が安定しています。


・・・というのは、8年前のブーレーズ盤や同年のカラヤン盤とくらべてのことですね(^^*

ただ、個性は稀薄で今ひとつ魅力に乏しい・・・どことなく、万人受けしやすい、上品でやさしくおだやかなフランス音楽に予定調和してしまったようですね。「ペレアスとメリザンド」は、これで相当緊張感のある音楽だと思うんですが、どこまで聴いてもなかなかその緊張感に至らない。ボドって、ときどき火事場の馬鹿力(失礼)のような名演をものすることもあるんですが、ここではオーケストラが機能的に弱く、意あって力足りずの印象です。

ちょっとムードに流れてしまっているようですね

とはいうものの、Hoffmannはこのレコードが結構好きで、ときどき聴くんですね。ボドは某国営放送のオーケストラを振りに来日したこともあり、リヨン管弦楽団とも来日したことがあるはずなんですが、人気が出ないのは、やはり日本ではドイツ音楽偏重の傾向が強いからじゃないでしょうか。日本で人気のある二流、三流ドイツ人指揮者よりも余程実力のあるひとだと思うんですけどね。


左が国内盤で、右は独プレスですね

Eurodisc盤で聴くとオーケストラも歌手も響きが深くなって、演奏もより魅力的に聴こえるね

ほめられちゃいましたー(*^∇^)ヽ(^o^*)よかったね〜




2006.09.24 sun

いい本はゆっくり読みたい、と言ったのは澁澤龍彦、今般入手したアンゲルブレシュトの「ペレアスとメリザンド」を聴くことは、Hoffmannにとってもちょっとしたイベントなので、もったいつけるつもりはないんですが、ここはひとつ周辺からじっくり攻めていきたいと思います(^o^A;

周辺から核心へと・・・(笑)

Hoffmannさん、今日の晩ご飯はタケノコの煮物ですよっヾ(・∇・)



ご存知カラヤン、ベルリン・フィルによる1978年の録音。おそらく多くのひとは、フランス音楽、それもドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」とくれば、とにかくしなやかで柔らかい響き、決して激することのないややフラットな抑揚の音楽をイメージするんじゃないでしょうか。カラヤンの音楽がまさにそれ(^^;

モーツァルトのオペラで女声の伴奏を振っているショルティみたい・・・と言ったら分かりますかね(^^;ふわふわ〜

ちょっと陳腐な表現ということですか?(^o^;

それはそれとしても、このカラヤン盤ではそうした(演奏上の)演出が厚化粧と聴こえるのは困ったもんです。




デゾルミエール盤。これは1941年パリ、すなわちナチス占領下での録音ですね。この指揮者はプーランクのバレエ音楽「牝鹿」やチャイコフスキーの「白鳥の湖」(抜粋)ではかなり辛口の演奏を聴かせてくれましたが・・・。

辛口と言うよりも気品ある演奏じゃないですか? カラヤンがスポイルしてしまった要素を存分に活かしていて、古さを感じさせませんね〜

このデゾルミエール盤やアンゲルブレシュト盤(二種)を聴くと、フランス音楽のフランス人による演奏というものが、じっさいには、カラヤンのような演奏とは対極にあるものと思えます
分かりやすく言えば、デゾルミエールやアンゲルブレシュトの方がドラマティックに聴こえるんですね。

周辺から攻める読書って、中村眞一郎さんがその師から受け継いだ方法ですね

そのひと、知ってますっヾ(・∇・*掘炬燵さんですよねっ( ̄∇ ̄)♭ (・・?(^o^*花ちゃん、それは堀辰雄さん・・・




2006.09.23 sat



ちょっと気になって、
こんなの引っ張り出してみたり・・・ブーレーズ、コヴェントガーデン王立歌劇場によるドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」、1970年の録音です。かなり以前から所有していた・・・というか、これはHoffmannがこのオペラを聴いたはじめてのレコードだったんですよ。

「準備中」ですね(^^*

ブーレーズも近頃はすっかり物わかりのいいオトナになっちゃったみたいだけど、このころはマダマダ・・・(笑)

曖昧さのない、分析的な音楽造りですね。オーケストラの精妙な響きがとても印象的ですね

ブーレーズならではと思うけど、その「曖昧さのない」ってところ、それがこの指揮者だけのものだというのなら、異論あり・・・だな(笑)過去の演奏がそんなにふわふわぼけぼけの曖昧な演奏だったのかな? そもそもこんなに「ことば(フランス語・語り)」の重視された作品なのに・・・。たいがい、ドビュッシーといえば「印象派」っていう先入観があって、その「印象派」絵画あたりのイメージにとらわれすぎているんじゃないか?

ドビュッシーが印象派・・・というのももはや古いですね(^^*

それにしてもこのメリザンドは・・・


「うまいんだかへたなんだかわからない」・・・ですよね(笑)Hoffmannさんはこの歌手(もうひとりいますけど)を聴くと、必ずそうおっしゃるんですよね(*^o^)
(^o^;そだっけ?



・・・・・・ぽや〜ん(・∇・)←花ちゃん待機中;;




2006.09.22 fri



1948年パリ生まれの女流ピアニスト、アンヌ・ケフェレックです。今回取りあげるのはほとんどが、このピアニストが我が国に紹介された1970年代の録音・・・というか、その後はあまりさかんに録音はしていない模様。

上はバッハのパルティータ第5番、第2番、半音階幻想曲とフーガニ短調。1975年来日時に日本で録音されたもの。バッハ演奏としてどうこうということではなく、これ聴くと「ああ、若いっていいことだなあ」と思います。


左はスカルラッティのソナタ集、右はハイドンのピアノ協奏曲。ピアノの音はやや硬質な印象で、透明感があっていいですね。


このなかではハイドンが1981年の録音で、いちばん新しいんですね



決してダイナミックにバリバリ奏くひとじゃありません。よって、このリスト作品集(メフィスト・ワルツほか)などは、別に破綻があるわけじゃないんですがコシが弱いですね。それでも、リストなんてあまり興味がないHoffmannには、ちょいとエレガントな個性のあるこの演奏でも満更・・・(笑)

なんだか、一般にフランスの演奏家といわれてイメージする、そのまんま期待どおりの演奏ですね(^o^;私はリストならチッコリーニの方がずっといいと思いますけど・・・

あと、同時期の録音でショパンのレコードもあるけど、ほとんど聴かないから省略(笑)


こちらは室内楽。左はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲集、ヴァイオリンはピエール・アモイヤル、チェロはフレデリック・ロデオン。右はアモイヤルと組んだフォレのヴァイオリン・ソナタ集。


みなさん、目の覚めるような技巧派というわけではないんですが、若々しい上品な感覚で聴かせますね

それぞれの作品のベストの演奏とは思わないけど、なにも常に表現の深さだの完璧なテクニックだのを求めるのでなければ、こんなスタイリッシュな演奏のdiscも手許に置いておきたいよね(別にテクニックに問題があるわけではないけどね)

ここまでで、フォレがとくに音がいいんですけど・・・

ハイドンとフォレの2枚がフランス・プレスなんだよ(^^*あとは国内盤


こちらはラヴェル、左は「鏡」と「クープランの墓」。右はピアノ協奏曲ト長調と「左手のための」ニ長調。

「クープランの墓」がいいですね。「鏡」は有名な「道化師の朝の歌」が腰高な印象で物足りませんね

やっぱりばりばり奏くタイプじゃないから・・・それに協奏曲の方は伴奏が冴えないのが残念

冴えないというか、ニュアンス不足で大雑把ですね

ちなみにラヴェルはその後再録音しているけど、この若い頃の演奏の方が好きだな

Hoffmannさんがとくにお好きなのは、このラヴェルのdiscですね



これはCD、ケフェレックとイモージェン・クーパーによるシューベルトの四手のためのピアノ作品集。LP時代、1978年の録音で当時はLP3枚組で出たんですが、日本では1枚しか発売されなかったようです。このCDは2枚組で1995年に出たもの。

これはいいdiscですね〜

CDでもとくにEratoの再発盤CDって、出たときに買わないと、すぐなくなっちゃうんだよね(^o^;

ところで、有名な「軍隊行進曲」第1番を聴くと、古〜い映画を思い出しますね(^^*

「会議は踊る」(“Der Kongress Tanzt”1931独)だね(^^*




2006.09.20 wed

「ストレスの多い現代社会では・・・」という発言をよく聞くんですが、いつの時代とくらべて「ストレスが多い」んでしょうか。たしかに職場での人間関係や満員電車、街頭の騒音なんてものは現代人のストレスの原因となっているかもしれません。でも人間関係なら江戸時代の村社会でも、室町時代の貴族社会でもあったのでは? 満員電車はなかったとしても、現代にはない別なストレスの要因はあったのでは? これ、だれも調べることなんてできませんよね。なんの疑問もなく信じられている「ストレスの多い現代社会」という前提がそもそも証明不可能です。それに、なにをストレスと感じるのかもひとそれぞれ。カラオケでストレスを解消しているひともいれば、カラオケで歌わされることをストレスに感じるひともいます。「ストレスで神経すり減らして・・・」なんて言いますけど、それで病気になったり死んじゃったりすると言うのなら、平均寿命の延びている現代は、歴史上これまでになくストレスの少ない時代なのかもしれませんよ。

むしろ、ストレスが刺激になって寿命を延ばすという説もありますよね

ストレスと刺激は別のものじゃないのか? 季節や天候に変化がなくて、毎日毎日同じ生活の繰り返しだったら、そりゃ早死にもするさ(笑)




2006.09.19 tues




2006.09.05 tuesに映画
「恐怖の足跡」(原題“Carnival of Souls”1961米)を紹介したとき、「1963年の、これは名作として名高い「たたり」と似た雰囲気がある」なんて言いましたが、その後気になって「たたり」(原題“The Haunting”1963米)のDVD、買ってきました(以前観たのはVHS)。

監督は「ウェスト・サイド物語」のロバート・ワイズ、原作はシャーリー・ジャクソン(翻訳あり、早川文庫)。



今回観直してみてもよくできた映画です。大監督らしく、ちょっと音楽が大時代的ですが、これも雰囲気があって悪くありません。

「恐怖の足跡」が似た雰囲気ですか〜?(^^;

やっぱりこちらの方がずっと格調高いね(^^A;でも「恐怖の足跡」も、この映画と比較できるくらいの隠れた名作じゃないかな。音楽に関しては「恐怖の足跡」の方が古びていないし・・・


これはHoffmannとしてはかなりおすすめの映画なので、詳細(ネタバレ)は省きます。



いわく付きの「ヒル・ハウス(丘の家)」に超常現象の研究家と、とくに選ばれた女性二人、それに家の相続人が調査にやって来る・・・って、「ヘルハウス」(1973米)と似ていますね

「ヘルハウス」みたいな心霊科学映画の先駆けとも言えるね。でも、いまどきのホラーにくらべれば正調怪談と言ってもいいし、あるいは異常(病的)心理を扱ったゴシック・ロマンスと呼んでもいいだろうね



未見の方はぜひどうぞ。

980円なら安いですね〜




2006.09.18 mon

先にTestament社から発売されたワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」のLPセットについて、音質はCDで既発売の「ワルキューレ」、「ジークフリート」などとくらべて、LPの方がはるかにすぐれているものの、よほど大急ぎで製作したものか、プレスミスの目立つ盤が、とくに「神々の黄昏」で少なくないとの評判です(凹凸ではなくて、溝に沿った破線タイプか擦り傷状が多いそうです)。お手許にお持ちで、「まだそこまで聴いてないんだよ」、「まだ箱全部開けてないけど」といった、検盤のお済みでない方はご注意ください。輸入元では交換に応じているようです。

Hoffmannさんがお持ちのセットはいかがでしたか?

「神々の黄昏」で二面ばかり目に付いたけど、一面は音に出ないし、もう一面もちょいとノイズがのる程度。さほど気にならないのでそのまんま(笑)



♪ハイアホー、ハーハイヾ(^∇^*

♪ヴァイアヴァーガ、ヴァーガラヴァイアヽ(^0^*

♪ハロハロヘー、ヨーホートラライ・・・ヽ(^0^*  (・∇・;(・o・;Hoffmannさん、それ、違・・・




2006.09.17 sun

φ(^^*)カリカリ♪・・・はい、花ちゃん、このメモのとおりにね*^o^)/□
ヾ(・∇・*はいっ、がんばりますっ

・・・・・・・・・


ただいまぁ〜(-_-;あー疲れた・・・

おかえりなさ〜い(^o^*

おかえりなさいっヾ(・∇・*



わっ、びっくりしたΣ(・o・;;

Hoffmannさん、はやくはやくはやくヾヾヾ(・∇・;;;おまちかねのものがとどきましたよっヾヾヾ(・∇・;;;ホラホラ

ヾ(・∇・;))))こっちこっち
 (・・?))))こんどはなんなんだい? (^m^*))))クスクス



じゃ〜ん(^∇^*

おおっΣ(・o・;(^o^*



こちらですっヾ(^∇^*

花ちゃん、説明して♪(^o^*
(^o^*

はいっ、えーと・・・ドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」、アンゲルブレシュト指揮フランス国立放送管弦楽団の演奏、1963年の実況録音・・・えーと、そのフランスはバークレイ社のLPれこーどのセットですっヾ(^∇^;/□

あってましたかっ?□ヾ*^∇^)
(^o^*花ちゃん、スゴーイ♪(^o^*パチパチパチ♪

ひさびさの「物品引き寄せの術」ですな〜(^o^*

おめでとうございます(^o^*ますっ(^∇^*

ただこの術を使うと消耗が激しくてね(-_-;フウ・・・

体力の? それとも精神力ですか?(・・;

・・・フトコロだよ(^_^A;




2006.09.14 thurs

「異端の文学」なんてことばがありますね。どうにも鼻持ちならないスノビズムを感じることばですね。
自分や、自分の嗜好するものを、H.P.ラヴクラフトじゃないけど「アウトサイダー」呼ばわりするのは好きじゃありません。思春期の少年少女じみた、いかにも自分や自分の趣味は、周囲の連中とは違うんだ、なんて妙な自意識はHoffmannにはありません。そういった余計者意識なんて、エリート意識の一変種でしかないと思います。まあ、本道よりも脇道、傍流にこそ愉しみがあるのはたしかなんですが、Hoffmannにとっては、Hoffmannが好きなものはそれが本道―中心となります。周辺なんてものは存在しません。そもそも二元論的対立構造をつねに前提にしているのがおかしいのです。


単純に自己中心的なんでしょうか?(^o^;

いたるところに中心があるのさ(笑)




2006.09.13 wed

さて、Hoffmannもペーター・ホフマンに関連して少々思い出があります。

ペーター・ホフマン(Peter Hofmann;fはひとつ、スペルにご注意!)といえばやはりバイロイト音楽祭でのジークムント、そしてローエングリンがもっとも印象に残っています。

これも映像で観ることができるシェロー演出の「ワルキューレ」におけるジークムントでは、とくに第二幕をこれほど説得力をもって演じきった歌手はめずらしいのではないでしょうか。また、シェローの演出もすばらしく、ジークムント殺害の場面ではヴォータン役のドナルド・マッキンタイアの好演も手伝って、その悲劇的なドラマに、ひじょうに感動したものです。



ここで思い出―もちろんHoffmannはあんな「イケメン」ではありませんが、学生時代に「ジークムント君」というアダ名で呼ばれたことがあります。なんでオレがジークムント? と訊いたら、「それなら彼女を殺して自分も死ぬ」という一途さが「君にもあるだろう」という理由でした(ヲイ;;;)
ないよ・・・たぶん

これは「ワルキューレ」のストーリーを知らないひとは誤解しますよ〜(笑)



そして1979年バイロイト音楽祭の「ローエングリン」。これはLD、DVDで出ているものと同じ、ゲッツ・フリードリヒ演出のプロダクションの初年度で、このときの指揮者はエド・デ・ワールト。これはたいへん美しい演奏で、ところが翌年は指揮者が降りてワルデマール・ネルソンに代わってしまいました。このときのローエングリン役のP.ホフマンは、音だけで聴いていても印象強烈で、記憶ではLD、DVDにおける歌唱よりも、この初年度の方が出来がよかったような気がします(記憶なので確証はありません。指揮がよかったのでよけいにそう感じたのかもしれません)。いま思うと、Liveならではの高揚感に感激していたフシもありますが、まさにローエングリンという神秘的なキャラクターにふさわしい声だと思いましたね。



もうひとつ思い出―その後交際した女性(かなり年上)がペーター・ホフマンのファンで、彼女がこの歌手について語りはじめると、Hoffmannはかすかな嫉妬をおぼえたものです(^o^A;;だからというわけではないんですが、彼女が貸してくれたメトロポリタンで収録された「ローエングリン」のLDには、あまりいい印象はありませんでしたね。いや、ほかの歌手(とくにエルザ)がよくなかったんですよ(笑)

丸豚さんですね(^^;

また、同じくバイロイトでのゲッツ・フリードリヒ演出、ジェームズ・レヴァイン指揮の「パルジファル」でも、「純粋無垢な愚か者」を歌って、まさにこの歌手にぴったりの役だと感じたものです。つまり「聖なる愚か者」の「聖なる」というところ。やっぱり俗世を超越したような役柄には、声も容姿も似合うと思うんですね。これはCDは出ているんですが、映像がない。その後PHILIPSからバイロイトのワーグナー作品のLDセットが出たとき、「パルジファル」にはウォルフガンク・ワーグナー演出のプロダクションが選ばれており、パルジファルもジークフリート・イェルサレムだったのにはがっかり―というより憤慨したものです。

イェルサレムが・・・というわけではないんですが、いろいろ聴いていると、ただの愚か者にしか聴こえないパルジファルが意外と多いんですね(苦笑)

またそんなことおっしゃって・・・(^o^;歌劇・・・じゃなくて過激〜

ただしこの録音、映像がないためCDで音だけ聴くと、歌手ではパルジファルよりもグルネマンツのハンス・ゾーティンが際立って印象的です(おそらく多くのひとはクンドリー役のヴァルトラウト・マイヤーの名をあげると思われますが・・・)。余談ながらキャスト表を見ると、小姓役としてシノーポリの「タンホイザー」でヴェーヌスを歌っているルートヒルト・エンゲルト=エリの名前がありますね。

バイロイト音楽
祭の録音以外では、カラヤン指揮の「パルジファル」、バーンスタイン指揮の「トリスタンとイゾルデ」のdiscがあります。

後者―「トリスタン」は残念ながらHoffmannはあまり評価しておりません。これは別ページにも書きましたが、晩年のバーンスタインに特有の猛烈に遅いテンポが、ここではMahlerその他の演奏に聴かれるような求心力には至っていないと感じられること、歌手も、ハンス・ゾーティン、イヴォンヌ・ミントンなどはいいのですが、肝心の主役がもうひとつ、ペーター・ホフマンはどうも乗り気でない印象、ヒルデガルト・ベーレンスもイゾルデ向きでないと感じられるからです。ただしベーレンスに関しては好みの問題。


一方、カラヤンの「パルジファル」はすばらしい。カラヤンの全録音のなかでも最高傑作ではないでしょうか。一般に「パルジファル」といえばクナッパーツブッシュのバイロイト録音(とくに1951年と1962年の正規録音)の評価が高く、Hoffmannもこれには異論はないものの、告白すればカラヤン盤の方が好きかもしれません。キャスト(歌手)にも穴がなく、ドゥーニャ・ヴィエソヴィチのクンドリーも同じカラヤンの「さまよえるオランダ人」でのゼンタより成功しており、ここではペーター・ホフマンのパルジファルも絶好調なんですが、ことにファン・ダムによる「アムフォルタスの嘆き」は、聴いていて鳥肌が立つほどです。

Hoffmannさんは明らかにカラヤンよりもバーンスタインの方がお好きですのに、不思議ですね

バーンスタインは欠点も含めて好きだけど・・・なんでもいいというわけにはいかないよ。反面、カラヤンの録音で愛聴盤はといえば、片手の指で数えられるくらい(笑)ファン・ダムだってそんなに好きな歌手じゃないのにね・・・このdiscは特別なんだよ

「アムフォルタスの嘆き」での(まったく驚くべき斬新な!)和音は、あれ、長く伸ばす持続音ですから、カラヤン特有の「ぼかし」もあまり効かなくてかえってよかったのかもしれませんね

第三の思い出―(省略)




2006.09.12 tues




2006.08.31 thursの「ローエングリン」についての文章をご覧になったedcさんから、mailをいただきました。その一部を再録します。


---ここから---
バイロイト1982年のローエングリン、国内版のDVDが出ましたが、ドリームライフからの発売なのはほんとに残念でした。レーザーディスクのときから、画質はよくないですから、どうしようもないところもあるでしょうが、外国版のほうが多少よろしいかもしれません。ところで、トリスタンのディスク集のところにも書いていらっしゃいましたが、再び
>このひとはその後ロックに手を出して(声を出して)すっかり喉をつぶしちゃいました。
と、お書きになっていらっしゃるので、これについてちょっと。
この話は、よく目にしますが、50歳そこそこでオペラに出なくなったのは、やっぱりロックのせいというのが「定説」みたいですが。病気について公表されたのをネット上で見つけたころから、1994年(50歳)ごろ明らかな自覚症状が発現し、病院巡りの末、診断がついたということは、1980年代半ばから潜行していたと思われるパーキンソン病が原因ではないかと、私は思っています。

---ここまで---

病気の件ははじめて知りました。ペーター・ホフマンがロックを歌って「喉をつぶした」とは以前雑誌で読んだ情報でした。そのこと自体は事実に相違ないのかもしれませんが、少なくとも同時期かある時期からは(症状の自覚以前から影響があった可能性もあります)別な要因が作用していたことになります。いやはや、情報というものはなんでも鵜呑みにして、それだけで結論付けてはいけないというお手本ですね。おおいに反省させられました(大汗)

ただ、なにも言い訳するわけではありませんが、バイロイト音楽祭に限らず、また歌手に限った話でもなく、国際的な舞台に登場して脚光を浴び、その後さっぱり名前を聞かなくなってしまう音楽家というのはさほどめずらしくもありません。その理由はいろいろでしょう。檜舞台で火事場の馬鹿力を発揮してしまったが、その後はぱっとしない・・・とか、どこかの歌劇場の専属となって活動を続けているが、あまり報道もされないので私(たち)が知らないだけ・・・とか。さらに、知らないうちに引退していた・故人となっていた、なんてこともあるでしょう。

とくに日本ではdiscが出ていないと、海外での活動というのはよほど意識して調べないとなかなかわからないところがありますね(逆に言うと、日本ではひと昔前までは、さかんにレコード録音をしている音楽家ばかりが一流だと思われる傾向がありました)。とくに現在のようにインターネットのない時代であればなおさらです。

ペーター・ホフマンの場合で言えば、かつて雑誌記事かなにかで「ロックを歌って喉をつぶした」とあったのを読んで、来日時の絶不調というより以上にひどい声の記憶があったものですから、それで納得しちゃったんですね。ただ、まったく回復しないのも奇妙な話で、その後どうしているんだろう、クラシックはやめちゃったのかなと思っていたのです。一応断っておくと、Hoffmannは(誰が歌っているのであろうと)ロックを聴きませんが、ロックを歌うことがクラシックの歌手にあるまじき堕落だなどと思っているわけではありません。ロック歌手としての生活をしているのならそれはそれで・・・と思っていました。

つまり、かつて活躍していた歌手もとんと名前を聞かなくなった後、雑誌などに「引退したよ」とか「ご冥福をお祈りします」なんて書いてあれば、(関心の度合いにもよりますが)「そうなんだ」と思うしかないのです。ところがその情報が不十分であり、精確さを欠いていたことがをご教示をいただけたということですね。

ありがたいのは、edcさんのようなファンの存在です。徹底した情報収集を要することに関しては、プロの評論家などよりもはるかに頼りになるのは、音楽関係のことに限りません。

以下はedcさんの2通めのmailから―


---ここから---
1990年代の終わりごろから、うわさはありましたが、2001年でしたか、ネット上に公式ホームページが開設され、間違いない事実とわかりました。
http://www.peterhofmann.com/

P.ホフマンはワーグナー作品の映像、録音で知って、気に入ってしまった歌手ですが、その状況について不可解な印象があったため、かえって好奇心を刺激され、インターネットに接続以来、極力検索をかけて注目してきました。というわけで、わかったことなどを、ホームページにまとめました。

http://www.geocities.jp/euridiceneedsahero/
---ここまで---


もはやオペラの舞台に復帰することはなく、「芸術家としてのキャリアの終了を公式に伝えた」とのこと。痛ましい限りです。詳細はぜひともedcさんのHomepageをご覧ください。ペーター・ホフマンに関する情報満載です。

edcさん、どうもありがとうございました!

# なお、上記の情報につきましては、monologue/musik halle/Tristan und IsoldeのBernsteinのdiscの項にも(追記)として再録しております。



それにしても・・・(・・;

ん?

edcさんはどうしてここのサイトに流れ着いたのでしょうか?(^^;

「検索」だろう・・・いや、あんまり想像したくないが、さぞかしびっくりさせちゃっただろうなあ(^o^A;
えらいすまんこって・・・

mailをくださったこと自体、感謝しなければいけませんね〜




2006.09.11 mon



「ヴァイオリンが達者」で思い出したレコードがこれ―マスネの歌劇「タイース」。歌手にはビヴァリー・シルス、シェリル・ミルンズ、ニコライ・ゲッダといった懐かしい名前が並ぶ1976年の録音。ロリン・マゼール指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の演奏。



じつはこのレコードで、有名な「瞑想曲」のヴァイオリン・ソロを奏いているのが、指揮者のマゼールなんですね。指揮者として活動をはじめる前(ということは8〜9歳より以前)からヴァイオリニストとして活動していたマゼールなら達者も道理。ここでは意外なほど、ロマンティックな表情付け濃厚なソロを聴くことができます。

バックのオーケストラも振幅の大きい表現ですが、こちらはいかにも指揮者がコントロールしてそうなった、という印象なんですね。それに対してヴァイオリン・ソロは、あまり演出と感じさせない素直な抑揚で歌っているところがほほえましいですね(^^*

マゼールにしては、いい意味で肩の力が抜けているよね




2006.09.10 sun

オッコ・カムは1969年の第1回カラヤン国際指揮者コンクールで優勝したひとですね。その後DGGにベルリン・フィルと録音したシベリウスの交響曲第2番、ヘルシンキ放送交響楽団と録音した同第1番、第3番も悪くはないんですが、Hoffmannが真っ先に思いつくのはこれ―



ウルフ・ヘルシャーのソロによるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリンとオーケストラのためのワルツ・スケルツォ。伴奏がオッコ・カム指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団。数あるヘルシャーの録音のなかでも、伴奏の質の高さが手伝って、とりわけすぐれた演奏と感じられます。

歌いまわしも決して客観的に過ぎるわけではなく、感情が入っているのに、それでいて上品なんですね



もうひとつがこちら―スウェーデンBISのLPで、バッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1043、フルートのためのソナタBWV1013、管弦楽組曲第2番BWV1067。協奏曲のヴァイオリン・ソロがレイフ・セーゲルスタムとオッコ・カム。ジャケットには“Okko Kamu spielt 1.Violine bis Takt 16 im 2 Satz,danach 2. Violine. Leif Segerstam umgekehrt”と記されています。おもしろいことしてますね。

もともとオッコ・カムは1966年にフィンランド国立歌劇場のコンサートマスターとなって、その後独学で指揮を学んだひとですから、ヴァイオリンは達者です。録音は1975年で、デジタル録音ではありません。それでもこの時期に現代楽器によるバッハとあって、ほとんど注目されることもなかったようですが、なかなかいい演奏ですよ。自然な音場感の録音も相俟って、落ち着いた雰囲気に仕上がっており、わりあいよく聴くレコードです。

古楽器演奏に慣れた耳にはロマン的と聴こえるかもしれませんが、それも程良い印象ですね。オトナっぽいなと思いました



ジャケット裏―これはレコーディング風景でしょう。オーケストラはNationalmusei Kammarorkesterと表記されています。右上に写っているのはフルート・ソロのGunilla von Bahrという女流。



左上を拡大。指揮者(Claude Genetay)の向こうにセーゲルスタム、その右にオッコ・カムが写っています。

セーゲルスタムは作曲家で、指揮者としても少なからぬdiscを録音していますね。結構クセのあるひとらしいんですが、その演奏は明快そのもの。

そういえば、Hoffmannさんがはじめてツィンマーマンの「ユビュ王の夜会のための音楽」をお聴きになったのは・・・

ザルツブルク音楽祭でセーゲルスタムが指揮した演奏会をFM放送で聴いたんだな。ついでにここで言っておくと、同じ演奏会のプログラムで、ヘンツェの「ヴィターリのシャコンヌ(の主題)による協奏的変奏」という曲が忘れられない。ソロはクレーメルだった。この作品のdiscは出ていないみたい・・・あのときの録音、海賊盤でもいいから出ないかねー(^^;

ちょいと補足しておくと、オッコ・カムが1969年にカラヤン国際指揮者コンクールで優勝したとき、第4位だったのが飯守泰次郎。
その後のDGGへの録音は、シベリウス交響曲第2番に続いて第1番、第3番もベルリン・フィルと録音する予定だったものが、オーケストラ側が拒否したらしいんですね。つまりは指揮者の経験不足。オッコ・カム自身これを認め、コンクールに優勝したことはキャリアにとってマイナスとなったという趣旨の発言をしているそうです。

だから・・・(-_-;

だから・・・?(^^;

# いや、独学じゃ無理もない。やはり実戦経験というものも重要なんだろうとは思います・・・けどね・・・




2006.09.09 sat

楽屋落ちじゃありませんが、我が家のcontents―とりわけこのmonologueでは、話題が連想ゲーム式につながっているのがしばしばであることにはお気づきの方もいらっしゃるでしょう。ちょいとその流れをライヴ風に追ってみましょうか。

2006.09.07 thursに紹介したヴィラ=ロボスの宗教音楽作品集と一緒に買ってきたdiscがこれ―




クリスティーナ・オルティズによるブラジル近代ピアノ作品集。まずこれを聴いたわけです。このdiscにもヴィラ=ロボスの作品は収録されているんですが、shopにはオルティズ独奏によるピアノ協奏曲全集2枚組廉価盤もあったんですね。そちらは初発時に購入して聴いた記憶があったので買わなかった・・・ところが、家に帰って棚を探しても見つからない。そこでひっぱりだしたのがこのアナログLP―



ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ第3番」ほか。オルティズがソロで、バックはアシュケナージ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団。これを聴いて―

う〜ん、指揮者としてのアシュケナージは初期のころからバランス感覚に秀でていたんだなあ、なんて思ったり・・・


もしもこの次にこの2枚を聴いていたら、連想はそこで止まっていた鴨。左はショスタコーヴィチのピアノ、トランペット、弦楽のための協奏曲第1番、ピアノ協奏曲第2番、オルティズ、ベルグルント、ボーンマス交響楽団。右はショパンのバラード、英雄ポロネーズ、幻想即興曲。

いや、一応後で聴いたんだが・・・ショスタコーヴィチの1番が楽しい(^^*ベルグルントもボーンマス時代がもっとも・・・

幻想即興曲なんて、若さにまかせた勢いのショパンといった演奏ですね〜(^^*


次に聴いたのはこちら―左は同じくアシュケナージと共演したグリークのピアノ協奏曲とフランク交響的変奏曲ほか。右は小泉和裕と組んだラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲ほか。

・・・でも、やっぱりまだまだ指揮は下手だったなあ。よかれ悪しかれ、ピアノを奏いているときの「どこで切ってもアシュケナージ」と言われた個性がここでは感じられない・・・整った響きに濁りがないのはさすがといえど内容がない・・・この空虚な演奏ってだれかに似てる・・・そうそう、シャルル・デュ(以下略)・・・とか考えたり(^o^A;


オルティズさんってきれいな方ですね〜(^^*とか考えたり・・・

でもね、結構気性が荒くて、レコーディング中に会場を飛び出していったりすることもあったそうだよ。小泉和裕がこのレコーディングについて、「このときは、そんなこともなくて・・・」とインタビューで言ってた

クリスティーナ・オルティズについて書いておくと、1970年代のEMIって、ヴァイオリニストやとくにピアニストでは若手の紹介に熱心だったようですね。オルティズのレコードが出始めた頃には、ミシェル・ベロフ、ダニエル・アドニ、なんとか・ケルセンバウムといった当時若手の演奏家の録音がさかんだった模様。そのなかで、オルティズというひとは特別目立った存在であった形跡はないんですが、最新の録音を聴く限り、その後現在に至るまでいい道を歩んできたピアニストなんじゃないかと思えます。

逆に言うと、あまりに国際的に人気が出て、通俗名曲をどしどし録音する(ことが求められる)ような演奏家は、ダメになっちゃう傾向があるみたい・・・


それはちょっと偏見だと思いますけど・・・(^^;

でも、人気者になってもてはやされることって、当人なりの独自の道を歩むには障害となる可能性もあるんじゃないか?

・・・で、連想はここまでですか?



うんにゃ(笑)グリークのピアノ協奏曲とラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲をカップリングしたレコードを棚から見つけてきたよ。舘野泉のピアノ、オッコ・カム指揮、(旧)日本フィルハーモニー交響楽団の演奏だ

オッコ・カムさんって、Hoffmannさんお好きなんですよね

これ見よがしな作為を感じさせない素直な音楽造りがいいんだよ




2006.09.08 fri



いきなりこれを聴いたわけではなくて、ほかのdiscを聴いていて、その関連(連想)からたどりついたんですが・・・これはいろいろな意味で懐かしい(-_-

どうでもいいことですけど、右側のジャケット写真、撮影時期(季節)が特定できませんね〜(^o^;お二人の服が半袖とタートルネック・・・




2006.09.07 thurs




またまたジャケ買いCD(笑)

ヴィラ=ロボスにギュスターヴ・モローというのは意外ですね




2006.09.06 wed

2006.09.05 tuesに名前を出した映画、「たたり」(1963米)について書いておきましょう。

原題は“The Haunting”、ロバート・ワイズ監督で、DVDも出ているようです。HoffmannはVHSvideoで観ました。原作はシャーリー・ジャクスンで、翻訳は早川文庫から出ていましたね。1999年の「ホーンティング」はこの映画のリメイク。「たたり」という邦題は、そこからイメージするものがこの映画の内容にふさわしいとは思わないんですが、恐怖映画の古典的名作なので、機会がありましたらぜひご覧になってみることをおすすめします。

リメイクの方はご覧になってないんですか?

観てないよ。「SFXを駆使して再映像化」なんて宣伝されてたからどうせ(略)観ようという気がしないよ(笑)

# いま、検索してみたら、リメイクの方はかなり評判が悪いようですね(笑)




2006.09.05 tues

昨日の映画は「恐怖の足跡」(1961米)、原題は“Carnival of Souls”。製作・監督・出演のハーク・ハーヴェイはドキュメンタリーや産業映画の分野で活躍したひとだそうで、純然たるフィクションはこれ1本だけらしいんですが、それでもこのひとの名前は記憶されていいでしょう。



ストーリーはじつに単純。3人の女性の乗った自動車が事故で橋から転落し、泥で濁った川に沈みますが、ひとりだけ這い上がり奇跡的に命拾いします。彼女は忌まわしい記憶を忘れようと、ユタ州のある町へ移り、そこで教会のパイプオルガン奏者としての職に就きます。


ところが新しい町への途上、車のガラスにあやしげな男の姿が写り・・・


その男の影は新居であるアパートにも現れ、執拗に彼女につきまといます。


やがて彼女は幻想に取り憑かれ・・・。逃げ込んだバスのなかでは乗客が死霊となって迫ってきます。


昨日upした場面ですね


医師に相談しても事故のショックによる空想ではないかと診断され、その異常な行動から、親切だった町の人々の態度も変わってきます。




彼女はこれが空想なら自ら止めてみせると、いまは廃墟となった湖畔の遊園地に向かいます。


そこでは教会で幻視したとおり、死霊たちのダンスパーティが繰り広げられ、例の男と組んで踊っているのは・・・!


絶叫して逃げる彼女を追いかける死霊たち。

きちんとスーツを着てネクタイを締めている死霊なんて、ゾンビものよりも10年早いんじゃないですか



数日後、事故で沈んでいた自動車が引き上げられ・・・。

つくづく、恐怖映画のキモはatmosphereだと思い知らされる映画ですね〜(・・;


特撮もなんもないけど、これだけのことができると・・・1963年の、これは名作として名高い「たたり」と似た雰囲気があるね

そういえば、主人公の女性があまり他人と交わるのを好まないタイプであるのも・・・

それ、重要な設定だと思うよ

冒頭はじつに素っ気なく始まるのですが、飽きさせない展開ですね

テンポが悪いと言うひとがいるみたいだけど、そうでもないよね。まあ、84分というのもちょうどいい感じ。モノクロがかえって効果的だね・・・って、これ、最近コンピュータでカラーにしたDVDが出たんだよね(^^;

これはオリジナルに勝ることはないでしょうね

# 残念なのは、ラストの(重要な)シーンで、溺死体のひとりがまばたきするところ(# ゚Д゚)ゴルァ!!




2006.09.04 mon


これだけで映画のタイトルが分かったひとはなかなかのマニア(笑)



大ヒント。結構有名な場面?

みなさんパンダ目ですね〜ヾ(^∇^*




2006.09.03 sun

Hoffmannさんがよくご覧になっている中古カメラ店のWebサイトなんですが、商品についてのコメントで意味の分からないものがあるのですが・・・「新品同様」と「極上品」では、どちらが程度がよいのでしょうか?

どうだろう・・・「新品同様」というのは新品ではないということだね。「極上品」っていうのは・・・お店にとって利幅が大きいということだろう(^o^;

「完動品」というものもありますよね

「完動品」ってのは、「さっきまで、もしくはお客がさわる前までは動いていた」という意味だよ(^o^;;

「実用向き」とか「実用に問題なし」というのは・・・?

なにか問題があるのさ(^o^;;;




2006.09.02 sat



2006.07.16 sunにupした画像は、映画「メル・ブルックスの大脱走」(1983米)でした。邦題は「大脱走」の方が通りが良かったので採用されたものでしょう、原題は“To Be or Not To Be”、エルンスト・ルビッチの同名の映画(1942)のリメイクですね。ちなみにリメイク元もDVDが出ています。

主演はメル・ブルックス、ただしこの映画では俳優に専念して、監督はアラン・ジョンソン。

以下ネタバレ注意。これからこの映画を観てみようというひとは、スクロールしない方が幸せです(笑)


1939年、ポーランドの首都ワルシャワでブロンスキー劇団がヒトラーを茶化した芝居を興行中、政府からナチスを笑いものにするのは遠慮せよとのお達し。しかたなく「ハムレット」を上演していると、ブロンスキーの妻アンナが楽屋でファンの青年と・・・。妻役はアン・バンクロフト。



その青年のメッセージが元になって、ブロンスキーはナチスのスパイがポーランドの地下組織のメンバーをゲシュタポに通報するのを阻止しようと、ゲシュタポの高官に変装したり・・・



そのスパイに化けてみたり・・・



幾多のピンチを切り抜けて・・・「やったぞ、奴らをみごとにかついだ!」、「我ながらみごとだ!」、「我が生涯会心の演技!」・・・しかし・・・




このあたりのばかばかしい悲哀は、いかにも海外のちょっと乾いたユーモアならではですね(^o^*

日本だと内容空疎なドタバタか、そうでなければ理屈っぽい風刺になっちゃうんだよね



そしてついにナチスがポーランドに侵攻、劇団はナチス慰問公演の最中にイギリスへの亡命を画策。ブロンスキーはとうとうヒトラーにまで変装して・・・


無事飛行機で飛び立ってイギリスへ・・・ところがガス欠で不時着。「待ってろ、敵地かもしれん。私が様子を見てくる」


イギリスのパブに突如現れたヒトラー・・・「失礼。ここはイギリスですか?」




「とうとう来た・・・」という顔してますね(^o^*

(おまけ)


ちっちゃな名優ですねっヾ(^∇^*




2006.09.01 fri

昨日の「ローエングリン」と同時発売のDVD、これは1989年バイロイト祝祭劇場で収録されたワーグナーの歌劇「タンホイザー」です。これもかつてLDで出ていましたね。指揮はジュゼッペ・シノーポリ、演出はヴォルフガンク・ワーグナー。バイロイト音楽祭でのこのプロダクションは比較的好評だったようですが・・・



上演はドレスデン版だったんですが、このDVDでは大幅に短縮されて、序曲の前半からバレエの場面に入ります。パリ版でもないから至極あっさりした展開、バレエはあっという間に終わってしまいますね。


イワン・マルコ率いるハンガリーのジェール・バレエ団のモダン・バレエはエロティックとはほど遠く、なにやら体操しているようにしか見えせん。まあ、演出の要請かもしれませんが、それならもっと徹底するべきでは? なんだか「手抜き」に見えますよ。




タンホイザー役はリチャード・ヴァーサル。意外と安定した歌いぶりなんですが、なにしろ明るく軽い声質。はじめて聴いたとき、第一声で椅子から落っこちそうになったもんです(^o^A;映像で観れば容貌はただの「ひとのよさそうなおっさん」で、演技はあまりにも紋切型、ヴェーヌス賛歌で見せるちょっとした表情の甘ったるさ!



ヴェーヌスはルートヒルト・エンゲルト=エリ・・・って、Hoffmannのぜんぜん知らない歌手です。ちょいとエキゾチックな容貌ですが、歌はどうということもなし。



エリーザベト役のチェリル・スチューダー。このひとは人気が高く実力もあるとは思いますが、エリーザベトとしてはやや濃厚な味わいの声が、役柄にふさわしいと言えるかどうか・・・。

濃厚というより大人っぽいんですね



ヴォルフガンク・ブレンデルのヴォルフラムは抑制された歌唱で(後述する指揮者のコンセプトと一致)、表現に深みを出そうとしているようですが、その美声がやや流し気味になっています。

私はヴォルフラムの人物像としては、あまりにも類型的だと思いますけれど。真面目で友情に厚い男というだけではもはや・・・


同心円状のプラットフォームの配置を場面ごとに動かし変化させるのも、舞台背景の色彩の変化で季節や時間をあらわすのも、ヴォルフガンク・ワーグナーの昔からの手法ですね。




幾何学的に様式化された舞台(大道具)も・・・



・・・大詰めで緑の葉の芽吹いた杖を見せる律儀さも、ヴォルフガンクらしいところ(笑)

大道具といえば、狙ったとしか思えないくらいのチープ感なんですが・・・とくにこの聖母マリア像とか(・・;それと、第三幕でヴェーヌスがマリア像の背後から現れるのも、とってつけたようなアイデアと見えますね

それに続くシーンでは、右奥から左手前に向かってマリア像、ヴェーヌス、タンホイザー、ヴォルフラムと並んでいて、タンホイザーが右から左へと移動していくよね。このへんの演出がいかにも常套的だから、せっかくのアイデアも浮いちゃうんだな



演出に格別の魅力がなく、歌手も総じて冴えず、指揮はというと、これが評判はよかったらしいんですが、Hoffmannにはじつにつまらない(-_-;全体に抑制気味で、豊麗な響きや劇的な盛り上げの一切を排除し、内省的な緊張感を生み出そうとしたのだと思いますが、結果はといえば、排除はできたが緊張感には至らず、単に微温的で凡庸な演奏になってしまったようです。テンポ揺らすところも、歌詞に合わせてモチーフを強調するところも、場当たりかつ中途半端です。ちょっと前に、「なにもしていないようでいろいろやってる」指揮者のことを書きましたが、シノーポリの場合は、「いろいろやって(深刻ぶって)いるようでいて、じつはなにもしていない」といった印象です。

まあ、薄口で個性も稀薄な歌手たちにお似合いのオーケストラとは言えるかもしれんな

ダシ汁が足りない感じですね(笑)例によって合唱は優秀ですけど(^^;

バイロイトの「タンホイザー」なら、もっと以前のゲッツ・フリードリヒ演出(指揮はコリン・ディヴィス)の方を出して欲しかったなあ

それにしても、この上演のLDはとっくに処分されてしまったのに、あえて今回またDVDで購入されたのは・・・・?(^^;だいたい想像はつきますケド・・・

資料!(^0^;;;(^o^*やっぱり〜(^∇^*ぱり〜♪




2006.08.31 thurs



1982年、バイロイト祝祭劇場で収録されたワーグナーの歌劇「ローエングリン」のDVDが出ていたので買ってきました。以前、PHILIPSからLDでも発売されていたものですね。このDVDではまだ第一幕しか観ていないんですが・・・



画質はよくないですね、ちょっとがっかり。キャプチャ画像ではわかりにくいかもしれませんが、カメラ(のレンズ)で言うところの色収差と偽色が発生しているような画面です。いま、LDプレーヤーもTVも家にないので直接比較はできないんですが、LDの方がよほどましだったのでは・・・。



ローエングリン役のペーター・ホフマン。このひとはその後ロックに手を出して(声を出して)すっかり喉をつぶしちゃいました。このころはまだまだ声も若々しく・・・って、いま聴くとやや不安定なところもあることに気が付きます。それでも、とりわけ神秘性のある役柄にはふさわしい容姿の持ち主でしたね。

このひともホフマンさんなんですかっヾ(・∇・


この公演の演出をしたゲッツ・フリードリヒ夫人のカラン・アームストロングがエルザを歌っているんですが、容姿はともかく声はてんでなってません。ただし演技は大根ではなく、そこそここなします。


ちょっと演技が大げさな気もしますね

アップの多用される映像メディアで観るからだろう。たぶん、客席から舞台を観ている分にはちょうどいいんじゃないか?


このあたりにご注目。ローエングリンの勝利を讃える合唱になると、貴族や兵士などではなく、平民が奥から現れて合唱の主役になります。こうした民衆の扱いにこだわるところなど、ゲッツ・フリードリヒらしいですね。

反面、イデオロギー的だと非難されることにもなったんだな

それでもいまどきのチンプンカンプンな演出よりも筋が通っていていいと思いますよ。幕切れの音楽ともよく調和して高揚感にも不足はありませんね

ネルソンの指揮は威勢ばかりよくて、響きに芯がなくてフンドシがゆるい(笑)感じだけど、やっぱりワーグナーの音楽はいいね

(予告編)


さて、Hoffmannはこの上演をホメるでしょうか、貶すでしょうか、わかるひとは・・・?(^o^*


わかりました、はーいはいはい!(*^o^)/ 
ヾ(・∇・*)はいっ! わかりませんけど・・・




2006.08.30 wed



ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」、1955年バイロイト音楽祭実況録音のLPセットです。CDでは現時点で「ジークフリート」、「ワルキューレ」が発売済みですが、アナログLPが一足先にセットで発売されました。

先頃発見された、DeccaとTeldecのエンジニアによるstereo録音のマスター・テープをもとに、Testament社がリリース。良好な音質のstereo録音で、戦後バイロイトの黄金時代の記録がCD化されるというだけでも大事件なんですが、なんとアナログLPまで製作・発売してくれるとは・・・(/^^)/バンザーイ♪

2006.08.26 satに到着して大騒ぎ(笑)しましたが、それから数日経過してしまったのは、たまりまくりの仕事や、Hoffmannと入れ替わりに老父が入院したから、といった事情が原因・・・ではなく、まだ全曲聴いていなかったから。じつは四部作の序夜「ラインの黄金」ばかり、すでに3回聴き通したところです。

すばらしい、感動的!


なかなか先へ進めませんね〜(^o^*
(^∇^*ね〜

これぞ人類の文化遺産!


Hoffmannさん、ちょっとコーフン気味ですね〜*・∇・)
(^o^*最初に聴いたときなんて、感動して涙流しちゃっ・・・(ムガムガ)

しーっ(;-_-)♭(+ +;)
ヾ(^∇^*〜♪



これがカートンケース。



解説書も図版豊富。

(おまけ)




盤のレーベルはバイロイト祝祭劇場をデザインしたものですね。


こちらは昔から発売されていた1951年バイロイト音楽祭の実況録音、クナッパーツブッシュ指揮による「パルジファル」。我が家自慢のオリジナル盤(英Decca;LXT2651/56、6枚バラ)です( ̄- ̄)
エヘン

これとおんなじデザインなんですねっヾ(^∇^*


なにも自慢しなくても(((*^o^)σ
)~0~)/プニッ♪

# じつはさほど極端に入手困難な稀少盤というわけではありません>「パルジファル」オリジナル盤(^o^A;




2006.08.26 sat

ただいまぁ〜(-_-;あー疲れた・・・

おかえりなさ〜い(^o^*

おかえりなさいっヾ(・∇・*



わっ、びっくりしたΣ(・o・;;

Hoffmannさん、はやくはやくはやくヾヾヾ(・∇・;;;おまちかねのものがとどきましたよっヾヾヾ(・∇・;;;ホラホラ

ヾ(・∇・;))))こっちこっち
 (・・?))))なんなんだい? (^m^*))))クスクス



じゃ〜ん(^∇^*

おおっΣ(・o・;(^o^*


こちらですっヾ(^∇^*

花ちゃん、説明して♪(^o^*
(^o^*

はいっ、えーと・・・わーぐなーのがぐげぎ、にーべる郡のゆびわ、1955年、ハイライト音が臭いの実況録音・・・えーと、その穴黒れこーどのセットですっヾ(^∇^;

あってましたかっ?*^∇^)
(^o^*(^o^*だいたいは・・・♪

#ちょっとおおげさでしたね(^o^A;




2006.08.25 sat

だぁーれも来ないのでお休み。

ZZZZZZ・・・ZZZZZZ・・・ZZZZZZ・・・




2006.08.24 fri

英国の作曲家、グスターヴ・ホルストの組曲「惑星」については、以前ちょっとだけ話したことがあったよね

冥王星が入っていないのは、作曲当時まだ発見されていなかったからでしたよね

それで最近、こんなdiscも発売されてばかりだというのに・・・ねえ(^^;

いちばん新しく発見されたのに、早々と「やっぱり惑星じゃありません」というのはお気の毒ですね

まあ、看板だけの問題で、べつに冥王星そのものがなくなっちゃうわけじゃないんだけど、定義(への適用)の変更が存在そのものを肯定も否定もできるかのように見えるというのは、なんだか科学のみならず、現代社会の全般に見られる現象じゃないか? 

新しい見解(学説)の寿命が短いのに、そんな浮世離れした学問や教養を身につけようなんていう若いひとがそうそういるわけないですよね

その意味では今回、冥王星ってのは象徴的な存在となったよね・・・

文字どおり、冥王星は星になったんですよ




2006.08.23 wed

シューマン作品のちょっと変わったdiscでおすすめなのがこちら―



シューマンのチェロ協奏曲をショスタコーヴィチがヴァイオリン協奏曲版に編曲したもの。演奏はヴァイオリンがギドン・クレーメル、小澤征爾指揮ボストン交響楽団。DGGのCD。

原曲であるチェロ協奏曲も、いい演奏で聴くととても魅力的な作品ですけれど、この編曲版にはまた別種のおもしろさがありますね(^^*さすがショスタコーヴィチですね

ただ、ちょっと効果的すぎるというか、バックのオーケストラなんか華やかになっちゃったかなとも思うな。かえって作品としての欠点も見えてくる・・・それでも、これは滅法おもしろいdiscだね(^^*


左は交響曲第4番の初稿(1841年版)による演奏のdisc。ゲオルク・シュメーエ指揮ベルリン放送交響楽団。koch/schwannのCD。


出だしを聴いて、ベートーヴェンの交響曲第7番かと思っちゃいました(^o^;

右は交響曲第1番の1841年自筆稿による演奏。スウィートナー指揮ベルリン・シュターツカペレ。DENONから出た国内盤CD。

これも冒頭のファンファーレの音程が一部違いますね。解説書には当時の金管楽器で出しにくい音を考慮して、後に変更を加えたとありますが・・・それ以上にびっくりしたのは、第4楽章で鳥のさえずりが・・・!(・o・*なるほど、「春の交響曲」ですね〜

まあ、なんでもかんでも初稿だの第一稿だのがいいと言うつもりはない・・・(笑)4番なんておもしろいとは思うけど、最終稿の完成度の高さもよく分かるよね。でも1番は1841年版の方かいいかな(^-^*当然のことにシューマンにしろほかの作曲家にしろ、新作は望めないわけだから、こうしたdiscの登場は―それなりの価値ある作品に優秀な演奏であれば―歓迎したいよね

この3点のdiscに関しては、作品も演奏も、ともにその魅力は充分以上ですね。私はとくに交響曲第4番の演奏がすばらしいと思います(^-^*たぶんHoffmannさんも・・・

たしかに(^-^*めずらしい版を鑑賞するためということばかりでなく、作品を愉しむのに、この演奏で充分以上、なにも不足はないよね




2006.08.22 tues

「ロベルト」といえばシューマンを連想するのが正しき人間ってもんです(^o^A;ヾ(^_^*クロソウスキー?

・・・が、シューマンの作品のdiscにふれる前に、昨日「展覧会の絵」のレコードに続けて紹介しようかと思いながら、とりやめていたもの―




小澤征爾のRCA録音のひとつ、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のピアノ協奏曲編曲版です。オーケストラはニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ピアノ独奏はピーター・ゼルキン。1969年の録音で、これは国内プレスLP。

昨日紹介しなかったのは、演奏がさほどすぐれたものでもないため。テンポなどは独奏者の設定でしょう、指揮者は慎ましく合わせているといった印象で、かなり遅めなのに妙に窮屈。ピーター・ゼルキンは自意識過剰というか、表情もスタイルも作りすぎています。このひとがより自由に自分の音楽で個性を発揮できるようになるのはもう少し後の話。

ただこのレコードが貴重なのは、ベートーヴェン自身によるヴァイオリン協奏曲のピアノ協奏曲編曲版の録音であることで、たしかこの盤が世界初録音じゃなかったかな。ピアノ版でのカデンツァはベートーヴェン自身が作曲したもので、第1楽章のそれなど、ピアノ独奏にティンパニ・ソロのオブリガートが付くという斬新さです。




こちらは原曲であるヴァイオリン協奏曲、ウルフ・ヘルシャーのヴァイオリン、ハンス・フォンク指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団による演奏、旧東独のETERNA盤LPです。

ヘルシャーはHoffmannの好きなヴァイオリニストなんですが、ここでヘルシャーが奏いているカデンツァはピアノ協奏曲版のそれをウォルフガンク・シュナイダーハンがヴァイオリン用に編曲したものです。指揮者が弱いんですが、この作品の個性的な演奏のdiscとしておすすめです。録音も自然で好感の持てるもの。

一般的にはかなり「渋い」と受け取られるんじゃないですか



そしてこちらがヘルシャーによるシューマンのヴァイオリン協奏曲。シューマンの作品のみならず、古今のヴァイオリン協奏曲のなかでも、Hoffmannのとくに好きな音楽です。このdiscのカップリングはメンデルスゾーンの協奏曲で、伴奏はマレク・ヤノフスキ指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団。独Electrola盤LP。

シューマンのヴァイオリン協奏曲には古くはクーレンカンプ(ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮ベルリン・フィル、1937年録音)、メニューイン(バルビローリ指揮ニューヨーク・フィル、1938年録音)、比較的新しいところでクレーメル(ムーティ指揮フィルハーモニア管弦楽団)の録音があり、そのほかズザーネ・ラウテンバッハー(ピエール・カオ指揮ルクセンブルク放送管弦楽団)のVOX録音などもおもしろいんですが、このヘルシャー盤もなかなかのものですよ。

ここでクーレンカンプとメニューインの名前が並ぶのは皮肉だなあ・・・(・_・

たしかこの作品の楽譜が発見されてメニューインさんが初演する予定でいたのに、ユダヤ系であることからナチスから横槍が入って・・・

・・・クーレンカンプが初演したんだな

いずれにしてもこのお二人はかなり時代を感じさせる演奏ですね


メニューインはこの時代にしてモダン、バルビローリの伴奏がソロのない経過部になるとさっさと演奏しちゃうのが時代かな(笑)クーレンカンプは一時期即物的なんて言われていたらしいんだけど、結構崩していてかなりロマンティックな演奏だね。クレーメルは線が細くて知性が勝ちすぎているかも。ラウテンバッハーは意外なくらいエキセントリックな印象だな

ヘルシャーさんが穏健派に聴こえてしまいますね




2006.08.21 mon

「ロベルト」と言えば・・・?(^^*


「・・・は今夜」・・・だな(^o^A;やっぱり




2006.08.20 sun

先日、マルケヴィチ指揮によるムソルグスキー作曲ラヴェル編曲の「展覧会の絵」のLPを取りあげたので、ついでに・・・。



小澤征爾指揮、シカゴ交響楽団による「展覧会の絵」、1967年の録音。なんだかストレートなジャケットデザインですね(笑)
小澤征爾とシカゴ交響楽団とは、1963年にジョルジュ・プレートルの代役で指揮台にのぼった小澤が大成功を納めて以来の関係ですね。1967年といえば小澤征爾32歳。ここではオーケストラのうまさに助けられていることも否定はできませんが、指揮者の統率力が感じられます。ソロの表情など、奏者の表現だとは思うんですが、勝手に奏いているといった印象はなく、オーケストラの自発性と受け取れるあたりがさすがです。カップリングのブリテン(という表記は本来の発音とは著しくかけ離れているかもしれませんが、慣用に従います)のパーセルの主題による変奏曲とフーガ(「青少年の管弦楽入門」)はさらに充実した演奏です。

通俗名曲もいいところなんですが、こうしたあまり注目されることのないdiscを紹介することにはスノッブな愉しみがありますね(^0^)カンラカラカラ

なにを開き直ってるんですか〜(^_^;

ちなみにHoffmannが持っているのはRCA英プレス盤。同録音は国内CDでも発売されたことがあり、中古LPでも小澤、シカゴ響のほかのLPにくらべて、比較的入手しやすい盤です。


風雅なフーガですね〜(^o^*

(/_ _)/dote




2006.08.19 sat



アバドのブラームスのついでに、ひさしぶりに引っ張り出して聴いたのがこのカール・ベーム指揮ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集です。これまた既に「忘れられた」レコードですが、数あるベームの録音のなかでもほとんど最悪と言っていい演奏で、これは老齢による衰えでしょう、遅めのテンポは意図されたものではなくて、演奏には推進力がなく、オーケストラが勝手に奏いているのがわかります。だから表情付けもとおりいっぺんで、これを統率して一貫させようという(指揮者の)意思はどこからも感じられません。手放さずに持っているのは、いつの日かこの演奏の隠された美点に気付くこともあるかもしれないと思っているからなんですが、今回も失望に終わりました。

(追記)発言がチト過激すぎたか(^o^A;




いや、老齢による衰えといっても、ベームはその後やや持ち直すんですね。こちらのブラームスの悲劇的序曲、アルト・ラプソディ(アルトはクリスタ・ルートヴィヒ)、ハイドンの主題による変奏曲のレコードは上記交響曲全集とほぼ同時(たしか1〜2年後)の録音なんですが、演奏はよほどまし。これを聴くと思い出すのは、雑誌にこのレコードについて、小学生だか中学生だかが、「ベームのアルト・ラプソディはルートヴィヒに感心した」と書いていたこと。この少年、天才じゃないでしょうか(^o^A;ちなみに同じ文章のなかで、カラヤンのどれかのレコードについて「カラヤンは人口美の極地・・・云々」とやっていて、あらら・・・誤字が残念〜(苦笑)せっかく(以下略)

Hoffmannさんはこのアルト・ラプソディの演奏はどう思われますか?

クリスタ・ルートヴィヒは好きな歌手だけど、かんで含めるような歌い方をするひとで、輪郭をぼかす傾向があるんだよね。ベームの、折り目正しい楷書体のブラームスとは相性が悪そうでいて、意外にもいい組み合わせになっている・・・

ぼかす、というとカラヤンを思い出しますが・・・

じっさい共演している録音は多いけど、カラヤンの指揮でルートヴィヒが歌うと、両者の志向が似すぎているようで嫌なんだな




2006.08.18 fri

指揮者クラウディオ・アバド。若くしてウィーン・フィルなど世界一流のオーケストラと共演して、カラヤンの死後、ベルリン・フィルの音楽監督まで務めた、名実ともに大指揮者といっていい存在なんですが、チェリビダッケには「アバドの演奏は20分聴くと心筋梗塞を起こす」、グルダには「時にとても退屈なのです」などと言われ、ちょっとカワイソ・・・。かく言うHoffmannも、かつてbbsに「どんな作品であれ、どうしたものかまったく食指が動かない」と書いており、それは決して嘘ではないんですが・・・。



アバドのdiscもいろいろ聴いたけど、ほとんど手放しちゃったな

これは、いまも手許に残してあるブラームスの交響曲全集ですね。1970年代はじめの録音ですね

1973年頃かな。ブラームスの交響曲といえば、ベルリン・フィルの音楽監督に就任したころにも、同オーケストラを振って録音しているんだけど、聴いていない。この旧録音もほとんど―いや、まったく忘れられているね。たしか諸井誠氏が新録音の批評のなかで、旧録音もベルリン・フィルとの第2番だけは良い出来だったと書いていたのをおぼえている

Hoffmannさんが「氏」をつける方はめずらしいですけど(笑)・・・それはともかく、この全集録音は、第1番がウィーン・フィル、第2番がベルリン・フィル、第3番がドレスデン国立歌劇場管弦楽団、第4番がロンドン交響楽団と、全4曲、オーケストラが異なるんですね

DGGは後にラファエル・クーベリックの指揮でベートーヴェンの交響曲全集を作ったときにも、同じことをやっていたね。口の悪いひとは、そうでもしなけりゃ(オーケストラでも変えなきゃ)特徴に乏しいから、なんて言ってたけど、そんなことはない(笑)とくにクーベリックなんて、結構アクの強い指揮をするひとだと思ってるんだけどね

クーベリックさんのことを「アクが強い」なんて言うひとはHoffmannさんくらいじゃないですか(笑)

アバドのブラームスに話を戻すと、録音が1973年だとするとアバドは1933年生まれだから当時40歳、この若さで各国の一流オーケストラをまとめ上げてこれだけの過不足のない演奏をしているのは立派なものだよ

バランスのいい、オーソドックスな好演ですね。じっさい、それぞれのオーケストラの持ち味がよく活かされていると思います

決して強引な指揮をするひとじゃないからね、それだけに無理がない。そこが退屈なんて言われる原因でもあるんだけど(^^;

私にはどちらかというと、古典主義的な側面が強く出たブラームスと聴こえますね。全体のフォルムが整っていて、オーケストラも奏きやすそうです

ロマン派の音楽でも、感情に溺れたりすることのない節度を感じさせる演奏で、決して「過剰」ということがない。個人的には和声に対する感覚がとりわけ鋭敏な指揮者かなと思っているんだけど。当時の批評では、1〜3番では伝統あるオーケストラに対して多少遠慮があるものか、それに対して4番ではロンドン交響楽団を相手にして自分の音楽ができている、とか、やはり楽想の明るい第2番がもっともいいとか・・・どうも先入観が過ぎるんじゃないかと思えるなあ(「氏」はそんなひとではないけどね)

明るい音楽が向いていると言われるのは、やはりイタリア人だから・・・

そうみたいだね。イタリアというと、みなさん、「♪オー・ソレ・ミ〜オ〜」とか、明るく健康的というイメージを持っているんだな。でもね、イタリア映画を観てごらんなさい。「にがい米」のムカシから、いやもっと古くから、結構暗い映画がありますよ。あるいは生命力(性欲)あふれる猥雑さが支配的なものとか。イタリアのホラー映画なんか救いのない陰惨さでは随一だし、それにくらべると、アメリカのホラーなんかゲーム感覚の明るいものであることが分かる・・・(脱線しまくり;;;)

それはともかく、「過不足ない」とか「強引でない」とか言ったけど、アバドって意外とテンポに揺さぶりをかけて、ほかの指揮者がやらないような細かい表情付けをしているんだよね。それも、その場の思いつきではなくて結構徹底している・・・にもかかわらず、全体のフォルムを崩すほど極端じゃないから、ぼんやりしていると気が付かないこともあるし、作品全体が一貫していると聴こえるんだな。逆に言うと、時に濃厚な味付けをしていても、「本気」に聴こえないとも言える・・・(^^;

そこが「節度」であり、「バランス」のよさとともに「退屈」に通じるんですね(^^;

さらに「明快」と付け加えたい。LDも出ていたアルバン・ベルクの「ヴォツェック」なんて、いかにも20世紀の古典として手のなかに入れていて、聴きやすい明快な音楽に仕上がっている。そこが見事であると同時に、物足りなくもあるんだな

なんだか、結局「明るく健康的」という評価に落ち着いてしまいそうですけど(笑)

マーラー以降の音楽なんて、聴いていて時代やテーマの「軋み」が聴き取れるくらいでないと・・・決してカラヤンのように不協和音をぼかして、耳あたりの良さだけを志向した演奏ではないんだけどね

だからHoffmannさんは「まったく食指が動かない」・・・?

でも、ひさしぶりに聴き直したけどこのブラームスはいいよね。いまshopに並んでいるブラームスのdiscで、このアバド盤よりもすぐれていると断言できるものがどれだけあるか・・・個人的には「節度」よりも若々しさを感じさせるのが好ましい(^^*

♪若さゆえ〜ヽ( ̄0 ̄)/ (^o^;;ふ、古〜ぅ、どこでそんな歌おぼえたんだ?

ただ、録音に統一感がないのが残念だな。オーケストラも録音会場も違うんだから仕方がないのかもしれないけれど、2番は高域寄りのバランスで、3番はなぜかマイクが近く、4番は中域優勢でハーモニー重視の音造り、悪く言えば細部の見通しが悪いと聴こえる。解説書を見ると3番だけエンジニアが違う。もっともこの曲は録音が難しくて、響きがダンゴになりやすいと聞いたことがあるけど、どうなんだろう・・・

あと、お手許に残されているアバドのdiscは、昨日お写真をupしたモーツァルトのミサ・ソレムニスハ短調K.139「孤児院ミサ」とブラームスのセレナード第2番だけですか?

もうひとつ、ビゼーの歌劇「カルメン」があるよ。テレサ・ベルガンサがカルメンを歌っているレコードだ

「ヴォツェック」がなくなって「カルメン」が残っているというのは・・・?

いや、あの「カルメン」は発売当時待望されていたものでね。というのは、その少し前にショルティが「カルメン」を録音するというニュースが流れたときに、カルメン役にテレサ・ベルガンサの名前がアナウンスされていたんだな。それで結構前評判が高かったんだけど、いざショルティ盤が出たらベルガンサがキャンセルしてタチアナ・トロヤノスに代わっていた。それでベルガンサのカルメンを楽しみにしていたひとたちはがっかり。そこにアバド盤の・・・(以下略)




2006.08.17 thurs


たしかHofffmannさんは以前bbsに、この指揮者について「どんな作品であれ、どうしたものかまったく食指が動かない」と書いてらっしゃいましたよね・・・(笑)

ヾ(・∇・*Hoffmannさんが、まだ準備中だっておっしゃってますよ〜

# よくwebで掲示板などを見ていると、「触手が動かない」と書き込んでいるひとがいらっしゃいますが、いったいどんな生物なんでしょうか?(・・;;コワイヨー

## 言わずもがなのことを言えば、「触手」は伸ばすものですね ρ〜(*^^)〜〜〜〜〜σ ((((;・・)




2006.08.16 wed

マルケヴィチの音楽はとにかく明晰で、情緒に流されて曖昧になることのない、知性を感じさせるものですね。オーケストラを鳴らしても響きがふくらむことがなく、その風貌に似て痩身のオーケストラという印象です。

眼光鋭く、猛禽類を思わせる外貌ですね

耳もいいに違いない、オーケストラの優秀なトレーナーであることは間違いないんですが、すべてのdiscを聴いてみたいという指揮者じゃありません。映像付きで有名な日本フィルとの「春の祭典」など、やはり技術は追いついておらず、数あるdiscのなかから選ぶようなものとも思いません。いや、日本フィルはまだいい方で、もっと技術的には劣るのではないかというオーケストラとの録音もあります。

マルケヴィチが指揮をしているdiscで、おそらく一般によく聴かれているのは、ピアニストであるクララ・ハスキルと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲あたりかな(ピアノ協奏曲第20番K.466、第24番K.491)

ハスキルとの録音はベートーヴェン(ピアノ協奏曲第3番)やショパン(ピアノ協奏曲第2番)もありますよね。ハスキルのモーツァルトはほかにもいろいろすてきな演奏のレコードがありますから、マルケヴィチとの共演なら私はショパンがいいですね(^o^*

先日取りあげた「ディアギレフへのオマージュ」に収録されているようなバレエ音楽、あるいは近代の管弦楽作品はさすがに得意とするところですね。



こちらはムソルグスキー作曲、ラヴェル編曲の組曲「展覧会の絵」、R=コルサコフ編曲の交響詩「禿山の一夜」。徳間から発売された国内プレスLP、ETERNAの録音でしょうか。オーケストラはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。これは伝統あるオーケストラがその音色の持ち味を保ったまま、この通俗名曲にはめずらしい辛口な演奏を聴かせてくれて、とても新鮮です。これで作品が一流だったら・・・(笑)

このレコード、写真に撮るためにわざわざ実家から持ってこられたんですよね(^o^*

知る限り、まったく言及されることもないレコードなので、あえて取りあげておきたかったんだよ(^o^*ついでに言うと、徳間で発売したLPレコードは、どれも趣味のよいジャケットデザインだよね(笑)

ベートーヴェン、ベルリオーズ、ブラームス、チャイコフスキーなども、ひと工夫ある演奏なんですが、オーケストラの弱いものがあって残念。古典派音楽から一枚紹介すると―



コンセール・ラムルー管弦楽団によるハイドンの交響曲第103番、第104番。蘭PHILIPS盤。


オペラではグリンカの「皇帝に捧げし命」も悪くはないんですが、なんといっても、以前にも紹介したオッフェンバックの「ラ・ペリコール」がすばらしい。上品すぎず、かといって通俗に堕するもとなく・・・

2005.05.10 tuesに紹介したレコードですね。歌手も役者が揃っているという感じで、数あるオペレッタ録音のなかでも一、二を争う最上級の出来ですね

♪ニョニョニョニョ〜ヾ(^∇^)/

ちなみにお写真左は古い仏Columbia盤、右は1970年代頃の仏Pathe盤です。

マルケヴィチって、オペラの録音は少なかったのですね。あまり指揮しなかったんでしょうか?

あまりやらなかったんじゃないかなあ。これだけ細部まで神経の行き届いた演奏を志向する指揮者は、どうしてもオペラハウスでの指揮は敬遠しがちなるんだよね



声楽曲ではこれ、ヴェルディのレクイエム。演奏はソヴィエト国立交響楽団、ソヴィエト国立アカデミー合唱団、ソリストはガリーナ・ヴィシネフスカヤ(S)、
ニーナ・イサコワ(MS)、ウラジミール・イワノフスキー(T)、イワン・ペトロフ(Bs)。発売中のCDでは1961年録音と表記されているようですが、この仏PHILIPS盤では1960年モスクワ録音となっています。

マルケヴィチにしてはめずらしく温度感高め、熱気あふれる筋肉質の響きと聴こえますね




そしてストラヴィンスキーの「兵士の物語」です。これも仏PHILIPS盤(再発盤)。
ナレーションにジャン・コクトー、そのほかピーター・ユスティノフ(悪魔)、ジャン・マリー=フェルテ(兵士)、アンヌ・トニエッティ(王女)が語り手となって、7人の室内アンサンブルを指揮した音楽劇。これぞ「ラ・ペリコール」と並ぶ、マルケヴィチの最高傑作でしょう。

なんというか・・・ジャン・コクトーのイラストそのままのイメージの音楽であり、演奏ですね(^o^*




2006.08.15 tues

# ちょっと息抜き(*^o^)=3

指揮者のマルケヴィチさんのファーストネームは「イーゴリ」でしたね

「イーゴル」と表記されている場合もあるね

イゴールさんですか? このひとですねっヾ(・∇・)/




このひとはフランケンシュタイン博士の召使いのイゴールさんですよ〜(^o^;

いや・・・正しくは「フロンコンシュティン博士の召使い、アイゴール」だよ(^o^*



違いましたか〜ヾ(*^∇^*)ふは〜

# 昨日の続きは作成chu〜ヾ(^∇^*)




2006.08.14 mon

マルケヴィチのレコードでHoffmannが大切にしているのはこちら―



“Homage to Diaghilev”、「ディアギレフへのオマージュ」と題されたアルバム。1954年、ロシア・バレエ団主宰者であったセルゲイ・ディアギレフの没後25年を記念して製作されたものです。Angel Records;ANG.35151〜53。英プレス盤。

ボックス・ジャケットのデザインは、ロシア・バレエ団(“Ballets Russes”バレエ・リュス)の舞台美術を手がけていたナターリャ・ゴンチャローヴァのオリジナル。タイトルの左肩に彼女の署名が見えますね。

収録されているのはもちろんディアギレフ―ロシア・バレエ団にちなんだ以下のバレエ音楽。

サティ 「パラード」
ウェーバー〜ベルリオーズ編曲 「舞踏への勧誘」(バレエの表題は「薔薇の精」)
ドビュッシー 「牧神の午後への前奏曲」
ラヴェル 「ダフニスとクロエ」第2組曲
チャイコフスキー 「白鳥の湖」組曲
ショパン〜ダグラス編曲 「レ・シルフィード」からマズルカ

スカルラッティ〜トマシーニ編曲 「上機嫌な貴婦人」
ファリャ 「三角帽子」から粉屋の踊り
プロコフィエフ 「鋼鉄の歩み」
リャードフ 「キキモラ」
ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」から3つの踊り

演奏はすべてイーゴリ・マルケヴィチ指揮、フィルハーモニア管弦楽団。


解説書は、指揮者マルケヴィチのほか、ディアギレフの秘書ボリス・コフノの文章や、ロシア・バレエ団の舞台写真や衣裳デザイン画、関係者のポートレート等が満載の、36ページに及ぶ豪華冊子です。今回はお写真大きめでいきましょう(後日縮小します)―

















う、美しい・・・(・_・;

ディアギレフに関する資料がなかったかなと思って本棚を探したら、「ニジンスキーの手記」と「その後のニジンスキー」の2冊が出てきました。ヴァーツラフ・フォミッチ・ニジンスキーは1890年キエフに生まれ、1950年ロンドンで没した天才舞踏家。ディアギレフと出会い、パリでのロシア・バレエ団の旗揚げに参加して、とくに「薔薇の精」、「ペトルーシュカ」、「牧神の午後」は有名ですね。ところがハンガリー人のバレリーナ、ロモラ・デ・ブルスキと結婚したことでディアギレフの怒りを買い、ロシア・バレエ団を解雇され、その後29歳で発狂。ロモラの介護の甲斐もなく、バレエの世界の戻ることのないまま60歳で亡くなりました。



「ニジンスキーの手記」と「その後のニジンスキー」 いずれも市川雅訳 現代思潮社

「ニジンスキーの手記」は発狂直前(あるいは初期)に書かれたもの、ニジンスキー版「この人を見よ」ですね。「その後のニジンスキー」は妻ロモラの手記で、ここではディアギレフはかなり悪者にされています。もっともロモラにしてみれば、ディアギレフは夫ニジンスキーを頂点とする三角関係の憎い恋敵なので、多少は割り引いて読む必要があるでしょう。




2006.08.13 sun



飯守泰次郎指揮、東京都交響楽団によるワーグナーのCD。左は「ワーグナーの森へ」と題された管弦楽曲集。収録曲は「タンホイザー」序曲、ジークフリート牧歌、「夜明けとジークフリートのラインへの旅」、「ワルキューレの騎行」、「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死。2004年のライヴ録音。右は「ニーベルングの指環」ハイライト、歌手6名が共演しており、こちらは2005年のライヴ録音でSACDハイブリッド盤。

飯守泰次郎はバイロイト音楽祭でも長年助手を務めているひとで、さすがにオーケストラはワーグナーらしいいい音を出していますね。ただし各楽器の表情付けはいまひとつ。一部のソロやクレシェンド、合いの手が無機的でとってつけたよう。また「ニーベルングの指環」では、かなり情けない声を振り絞っている歌手もいて、これは相当聴き劣りがします。なにもここで往年の大指揮者や大歌手と比較するつもりもありませんが、ファンがコンサート当夜の思い出にと購入するといったローカルなパッケージ品としてのみ存在すればいいというものでもないでしょう。レギュラー価格で一般発売しようというCDなんですから、あまり物わかりのいい、なま暖かい目で甘い評価をしてしまうことにも反対です。いや、結構愉しんで聴いたんですけどね・・・でも2,500〜2,800円も出すのなら、ほかにもっと優秀なオーケストラや歌手のdiscがあるのも事実ですからね。

Hoffmannさんは、ワーグナーならなんでも聴いてみないと気がすまないんですよね(笑)

それでも手許に残すかどうかとなると別問題だよ。全曲盤なら歌手のことも含めて資料的な価値もあるけど・・・


こちらはストラヴィンスキーのバレエ音楽。左はクレンペラー指揮、(ニュー・)フィルハーモニア管弦楽団による「ペトルーシュカ」と「プルチネルラ」。右はマルケヴィチ指揮、フィルハーモニア管弦楽団による「春の祭典」の二種類の録音、1951年のmono録音と1959年のstereo録音です。前者の「ペトルーシュカ」はこのCDが初出、後者は1959年録音の方はLPで持っていたんですが、1951年録音は今回はじめて聴きました。

クレンペラーのdiscについては、bbs(2006.05.21)にDie Toteninselさんから以下の書き込みを頂いていました。

---ここから---
>クレンペラーの演奏を聴いていて、そんなことを思い出したりします
 例えば、クレンペラーがニュー・フィルハーモニアと録れた「ペトルーシュカ(1947年版)/プルチネッラ」(Testamento:SBT・1156)を例にとると判りやすいと思います。隣接する「音」により相互他律的に生成されるメロディよりも、むしろその瞬間瞬間に鳴る「音」を和声的な組織として積分的に構造化すること(つまり「響き」の運動体として捉えること)に重きを置いた、きわめて特徴的な演奏でした。遅いテンポがその傾向をさらに助長し、木管楽器の強調がその印象をさらに強める結果となっています。そこでは、前の音の記憶と、今ここで鳴っている音と、次に来る音の予感の連鎖から聴き手が期待の地平として読み取ろうするメロディは常に裏切られ、「音」が意味を担うことが極力廃されているために、メロディそのものが懐疑性を帯び、反省的な聴き方を強いられることになります。音色が概ね奏者任せで、楽器から出てくる音がデジタル的に並列されていく感があるのも、同じ理由によるものでしょう。一見親しみやすい旋律が多用された「ペトルーシュカ」の背後に秘められたモダニズム的特性を、これほどまで明確に解釈した例は珍しいといえるでしょう。
---ここまで---

たいへん見事な洞察で、Hoffmannから付け加えることはありません。クレンペラーというと、その世代故にいかにも大時代的なロマン主義的解釈をする指揮者であると決めつけているひとが多いんですが、認識を改めなさいと言いたいですね。Die Toteninselさん、どうもありがとうございます!

もう一度引用するけど、「前の音の記憶と、今ここで鳴っている音と、次に来る音の予感の連鎖から聴き手が期待の地平として読み取ろうするメロディは常に裏切られ・・・」と。この対極にあるのが「御都合主義」―言い換えれば聴き手への迎合ということになるんじゃないかな

そうだとすると、どのような作品も、はじめて聴くときって大切にしたいですね

この「ペトルーシュカ」では、そうした演奏の結果、陽気なにぎわいの音楽の部分でも、なんとも醒めた印象の不気味さが感じられるんだね

客観的というのとは違うんですが、熱くならないが故の不気味さ―(聴き手が感じる)不安定さって、クレンペラーでは「幻想交響曲」の終楽章もそうでしたね

「不安定さ」か、なるほどそう言った方がいいね(*^^)/(^^*)

# マルケヴィチについてはまた後日―。




2006.08.12 sat

今日、実家に行って、そちらに置いてあるレコードをいくつか聴いていました。気に入ったものがあればお持ち帰りすることもありうるわけです。聴いたなかにヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンのレコードがあって、なんともヴァイオリンという楽器の聴かせどころを心得た演奏はさすがと思ったんですが、多彩なレパートリーを常に高い次元で消化して、どちらかというとその器用さばかりが目立ちすぎるなど、ちょっとやりきれないなあというのも正直な印象です。先日取りあげたピアニストのように「悪魔に魂を売った」タイプではなくて、別に聴き手に媚びているわけでもない音楽造りはひじょうに健康的で、その人柄も評判のいいことは納得できますね。

結局お持ち帰りはしなかったんですね(^^*

いろいろ聴き続けていて器用さが鼻についてくると、「演出」が感じられてきて嫌になるんだな

このパールマンはジュリアード音楽院の名教師イヴァン・ガラミアンの門下生で、かつてピンカス・ズッカーマン、チョン・キョンファとともに「ガラミアン三羽烏」なんて言われていました。

ガラミアン門下といえば、たしかこのひともそうじゃなかったかな―




ポール・ズーコフスキー。同じ教師についても、進む道はさまざまですね。このひと、現代音楽ばかり演奏している印象がありますが、これは1971〜72年に録音したバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲です。米Vanguardの3枚組LP(VSD71194/6)。

帰宅されて、すぐにこのレコードをお聴きになったということは・・・

実家で、なにかが物足りなかったんだろうね(^^;



最近CD化されて入手しやすくなりました(CP2;118/119)。音質はLPの方がいいんですが、盤質に関してはそこはアメリカ盤ですからスレも多く、ここはCDをおすすめしておきます。

まあ、こういう演奏(家)を聴くと、たいがいの国際的な演奏家は聴衆に媚びているのかと思えてきてしまうんだな(^^;

Hoffmannさんは、聴かせるためでなく、自分のために奏いているような演奏家がお好きなんですよね

聴かせることを意識した演奏というのは、音楽造り以上に効果造りになっているんだよ。そこが「媚び」なんだな




2006.08.11 fri

デジ一乗り換えを検討中。

・・・とかいうと、最近発表になった機種に心動かされての錯乱衝動と思われるかもしれませんが・・・どう考えても、客観的になればなるほど、順当なのはいま使用中の機種と同じメーカー、観音のフルサイズCMOS搭載機ということになってしまいます。同社の銀塩一眼も手許にあるので、レンズも共用できるのですから、なにも迷うことはない・・・おもしろくもなんともありませんな。正直言うと観音に関しては、ボディは一流、レンズは1.5流と思っています。だからあまりレンズを増やすつもりもない。別に増やす必要はなくても、どうせ買うならあのレンズもこのレンズも使いたくなるというくらいの魅力的なボディにしたいもんです(-_-;う〜ん

一方、日光はレンズ一流、ボディ1.5流(笑)いや、日光のファンには申し訳ないんですが、AF、AEなどの機能と精度は、実用上なんら不足はないものの、このメーカーでなければ、というほどのものでもない(はっきり言えば操作性と信頼性は観音に半歩譲る?)。なんとなく、ムカシから「プロ用」というブランドイメージがあるのも、個人的には敬遠したいところ。レンズは・・・一本も持ってないし(-_-;;う〜ん

それじゃやっぱり座椅子レンズの魅力で訴人が気になるのか、それとも鼻の4/3か・・・いやいや座椅子レンズは銀塩用の古いmade in Germanyのものが何本か手許にあるため、さらに、いま座椅子レンズを買うなら銀塩カメラ座椅子遺恨用のレンズにしたいということもあり、あまり魅力を感じません。鼻の雷火レンズにしたって同じこと。ただ、手ブレ補正機能については、銀塩であればレンズ内蔵型が当然であったわけで、デジ一でもその流れできたものが、ここへきて情勢が変化するのか、ちょっと興味があります(かつてAFモーターはレンズ内蔵が有利ということで一応の決着を見た、そのトラウマ故か、なんとなく手ブレ補正機能もレンズ内蔵の方がしっくりしていたんですが)。また、やや消化不良とはいえ、鼻のいわゆるアナログ感覚の操作性は魅力的。おまけにマウントアダプター遊びができるんですよね・・・とはいえ、あのファインダーでMFは無理無理。いずれにしろ、どちらも第一世代は未完成と見ています。次の機種まで様子見・・・・・・としたい
(-_-;;;う〜ん

Hoffmannさんがしんけんなお顔で悩んでますよ〜ヾ(・∇・;ふは〜

きっと、なにかとっても「重要なこと」をお考えになっているのよ(^m^*クスクス・・・

(追記)
読み返してみたら、観音のレンズが1.5流なんてトンデモな発言をしていますが、これはHoffmannでも買えるような比較的低価格のレンズについての印象です。Lだの白だのは使ったこともなく、今後入手することもなさそうです。

なお、正直に告白してしまうと、日光というメーカーは銀塩の時代から、なんだか気取っているくせにガツガツしたイメージがあって、積極的に大嫌い(笑)あのロゴの入ったボディは絶対に手にしたくないんですよ(他人が使ってるのはかまわんよ・笑)。それにしても、日光に限った話じゃありませんが、最近出たデジ一のファインダーなんて、井戸の底を覗くよう・・・ってのはああいうのを言うんですね。撮影のたびにストレスをためちゃいそうです。

バランスをとるため(?)に書いておくと、観音には、もみ手をしながらえへらえへらすり寄ってくるいかにも軽薄な商売人のイメージがありますね。決して好きなメーカーじゃありません(苦笑)

(追記・その2)
鼻のボディはアダプタを介するとAEが効かなくなるとの情報あり(未確認)。ホントならなんのための4/3なんだ?(笑)




2006.08.10 thurs

昨日に続いて、最近取りあげたdiscの関連でいくつか補足―


2006.08.05 satにアルトゥール・ルビンシュタインのdiscはこれしか見つからなかったと言っていましたが、その後棚から何枚かLPが出てきました。ただしいずれも伴奏か室内楽―左からヴァイオリニスト、ヘンリク・シェリングとのブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集、ヴァイオリンのシェリング、チェロのピエール・フルニエと組んだブラームスのピアノ三重奏曲全集、ガルネリ弦楽四重奏団と組んだブラームスのピアノ五重奏曲ヘ短調Op.34、いずれも国内盤LPです。

結構お持ちでしたね(笑)でもこれ、明らかにシェリング、フルニエが目当てで入手したLPだとわかりますよ(^o^;

ルビンシュタインって、ソロだと、どこか聴き手に媚びたような演奏になるのが嫌なんだな。でも、室内楽とか合わせものだとあまり気にならない(程度の問題に過ぎぬことはウスウス感づいている・笑)・・・とはいっても、このへんのLPはめったに聴かないのも事実だ(^^;

なんだかんだおっしゃって、Hoffmannさんは若手の演奏家に甘いんですよね(^o^*



ルビンシュタインならむしろこちらの古い方がいいですね(^o^;ヽ(^o^*ホラやっぱり・・・仏PatheのReferenceシリーズの2枚組、SP盤からの復刻盤です。収録曲は以下のとおり(括弧内は録音年)―

ブラームス ピアノ四重奏曲第1番 プロ・アルテ四重奏団(1932)
ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番 ヴァイオリン;ポール・コハンスキー(1932)

ブラームス チェロ・ソナタ第1番 チェロ;グレゴール・ピアティゴルスキー(1936)
フランク ヴァイオリン・ソナタ ヴァイオリン;ヤッシャ・ハイフェッツ(1937)


ルビンシュタインのピアノを軸にした室内楽作品集ですね


録音年代を考慮すれば演奏様式は意外なほどモダンながら、やはり表情が濃いんだよね。どれもひじょうにすぐれた演奏だけど、とりわけてハイフェッツが・・・


ハイフェッツも、後のstereo録音の時代よりもこの時期の方がいいですね。いつかここで取りあげた「ツィゴイネルワイゼン」も1937年の録音でした


あの・・・らりーさんって、ピアノもひくんですか?ヾ(・∇・*


え? ラリーさんってだれ?(・・?

もしかして・・・「奥様は魔女」に出てくる旦那様の上司ラリーさんじゃないですか?Σ(・o・*

い、言われてみれば・・・(^o^;似てる鴨



シェリング、フルニエ、ルビンシュタインはシューマンのピアノ三重奏曲ニ短調Op.63も録音しており、これも国内盤が棚にありました。

ブラームスと同じデザインのジャケットですね

なぜか帯付き。ここに印刷してある文句は「望みうる最高のトリオ/ここには人間と音楽が一つになってこそ可能な魂の燃焼がある」・・・は、はずかすぃ(^o^;;


「昭和四十九年度芸術祭参加」とありますね(^^*時代ですね

「魂の燃焼」って演奏ではないと思うんだが・・・



シューマンのピアノ・トリオなら私はこちらのレコードがいいですね(^^*

パブロ・カザルス(チェロ)、ジャック・ティボー(ヴァイオリン)、アルフレッド・コルトー(ピアノ)による演奏だね(^^*1928年の録音♪

うわああああ・・・これ、いいですねっヾ(・∇・*


へえ、花ちゃん、このレコードのどこがいいの?(^o^*

3人のお顔がとーっても、ステキですっヾ(^∇^*(^o^*いいわよね〜ぇ



おしゃれ〜♪きゃあきゃあ(*^o^)/ヾ(^∇^*)カコイー♪きゃあきゃあ 君たちの趣味って・・・・・・(^o^A;;ワカラン

一応演奏についてコメントしておくと、さすがに技術的には現代のそれに及ばず、スタイルも古いことは否定できません。それでもこのレコードに針を下ろすと、骨董品的な意味での文化遺産にとどまらない切実さが胸に迫ってきます。

やっぱり、現代の音楽家の「ビジネス」としての演奏とは違いますよね〜(^-^*と言っては偏見が過ぎるでしょうか?




2006.08.09 wed


最近取りあげたdiscの関連で、落ち穂拾い―

まずはヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフによるブラームスのヴァイオリン協奏曲。昨日のコンヴィチュニー盤に関しては、その演奏についてまったく触れていませんでしたが、やはりこちらの二種の録音の方が印象が強いんですね。


左はジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団、右はオットー・クレンペラー指揮、フランス国立放送局管弦楽団をバックに演奏したもの。いずれも仏Pathe盤。後者は廉価盤で、オイストラフ、フルニエ、ガリエラ指揮、フィルハーモニア管弦楽団による二重協奏曲と2枚組です。

ヴァイオリン独奏、オーケストラともに、もっとも充実した演奏を聴かせてくれるのは、疑いなくクレンペラー盤ですね

ただし、オイストラフ最良の演奏は、これまた疑いもなく、こちら―



ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、アンドレ・クリュイタンス指揮、フランス国立放送局管弦楽団の演奏です。これも仏Pathe盤。クレンペラーとのブラームス録音と同じオーケストラですが、たしかこの録音も当初クレンペラーが予定されていたものが、クレンペラーの怪我でクリュイタンスが代役に立ったのではなかったかと記憶しています。

録音も演奏もすばらしいものですね! 独奏者と指揮者がそれぞれ自分の音楽を演奏しながら違和感なく協調していて、協奏曲演奏の理想ですね

クリュイタンスは代役だったとしても、代役以上の仕事をしているね。この曲、以前はそれほど好きではなかったし、さほど名曲とも思っていなかったんだけど(恥)、この演奏を聴いてすっかり考えを改めちゃったんだよ(^^;



若杉弘指揮、ケルン放送交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第3番。1977年の録音で、このLPはWDR(西ドイツ放送局)製作による非売品―といっても、そんなに入手困難な稀少盤ではなく、たまに中古shopで見かけることがあります。なお、盤の製作はElectrolaによるもの。

オーケストラの技術は超一流とはいきませんが、私は後のドレスデン国立歌劇場管弦楽団との録音よりもこちらの方が好きですね

一般発売されないのが不思議なくらいだね



若杉弘による「英雄」の録音はもう一種あって、こちらはザールブリュッケン放送交響楽団を振ったもの。1993年の録音でARTE NOVAから出ているCD。おそらくいまでも入手可でしょう。これまたオーケストラは国際級のレベルではありませんが、それを不満と感じさせないのは指揮者の力量?

この指揮者らしく、ちょっと柳腰の「英雄」といった印象なんですが、ドレスデンのオーケストラの方は上手いのに線が細いと感じられて、一方この演奏ではそれが繊細と感じられるんですよね




2006.08.08 tues


レコード棚から旧東独のETERNA盤を探してみたら、これが見つかりました。ブラームスのヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン独奏はダヴィッド・オイストラフ、フランツ・コンヴィチュニー指揮、シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)による演奏です。


同じ録音が2枚ですか〜(^o^;

レコード番号が「8 20 003」とまったく同じなのが旧共産圏らしい(笑)右の方はジャケットの表だけがop.47と表記されているね(^^;裏面と盤のレーベルはop.77となっているけど



国内プレスLPですが、ETERNAの名録音といえば真っ先に思い出すのがこれ。ハインツ・レーグナー指揮、ベルリン放送管弦楽団によるマーラーの交響曲第6番。第2版による演奏で、第2楽章と第3楽章が通常と入れ替わっているほか、終楽章のハンマーは3回。

とにかく音場感が自然で刺激成分は皆無、まさにDie Toteninselさんの書き込みにあったような、「素材をあまりいじらず、空気感を重視し、生の音の自然なやわらかさを生かそうという志向」が感じられる録音です。残念ながらこの国内盤にはエンジニアの名前は記されていません。

1981年の録音で、世界的にデジタル録音が一般的になってきた時期だね。このころは、ことさらにデジタル録音であることを強調したような、カリカリした録音が多かったんだよ。そこにこの録音が出てきて、アナログ録音ならではの長所がある、なんて言われたんだな


悠揚迫らぬ落ち着いた演奏も、こうした録音で最大限に活かされているという印象ですね。ジャケットも素敵です

同じ組み合わせの演奏で、第3番も出ていたね、演奏は同様のコンセプトで、作品的には第3番のほうがふさわしかったかな


こちらは若杉弘指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団によワーグナー序曲・前奏曲集。録音は1984年12月17〜21日。精確にいえばETERNA録音ではなく、CBS SonyとDeutsch Shallplatten共同のプロジェクトで、日本からもスタッフが派遣されており、エンジニアとしてClaus Struebenと半田健一の名前がクレジットされています。


若杉、ドレスデン国立歌劇場の組み合わせでは、その後1985年6月にベートーヴェンの交響曲第3番、1986年8月にマーラーの交響曲第1番のdiscが、このワーグナーと同様にCBS SonyとDeutsch Shallplattenによって共同製作されており、エンジニア二人も同じ。マーラーのみLPでの発売はありませんでした。たしかベートーヴェン国内盤発売のときに、日本からスタッフが赴きマイクを何十本立てた、なんて広告が出ていたように記憶していますが、マーラーのCD解説書の裏にある録音風景の写真を見ると、そんなにマイクが林立しているようではありません。

左は当時発売されたCBS Sonyの国内プレスLP、右はBerlin ClassicsのCDですね

国内盤LPは、細部に至るまでひじょうに鮮明に聴こえるね。分解能という点ではCDを上回る・・・でも、どこかハーモニーというものを置き忘れてきたみたいな響きと聴こえ、たとえれば、シャープネスを強めにかけて不自然になってしまったデジカメ写真のような印象だな。具体的には、高域を持ち上げているみたいだね

よく、初期のデジタル録音について、「デジタルくさい」なんて言いますけれど、この2枚ではアナログLPの方がデジタル録音であることをより意識させますね。CDの方がやわらかい響きで、このオーケストラの音色がよく分かりますよ

バランスはCDの方がいいかな。このLPだと、知らずに聴いたらどこのオーケストラか言い当てるのは難しいかも・・・でも、音像の実在感ではLPの方が上だろう

演奏は勢いや激しさで聴かせるものではなく、あくまでしなやかで美しい響きを重ねていく、といったものですね

録音のせいばかりでなく、ちょっと線が細いね。収録されているのは「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」、「リエンツィ」の序曲と「ローエングリン」第一幕への前奏曲、第三幕への前奏曲で、これはドレスデンにゆかりのある作品を選んだんだろう。でも、若杉弘には「トリスタンとイゾルデ」や「パルジファル」の音楽を録音してもらいたかったなあ



Berlin Classicsから出たETERNA録音のCDはいくつか持っているんですが、もっとも印象の強いのがこれ。シベリウスの交響曲第4番、第6番と「トゥオネラの白鳥」。演奏は4番がヘルベルト・ケーゲル指揮、ライプツィヒ放送交響楽団、6番と「トゥオネラ」がパーヴォ・ベルグルンド指揮、ベルリン放送交響楽団。

ベルグルンドは好きな指揮者で、この6番もいいんだけど、ケーゲルの第4番が・・・

聴くひとにある種の喪失感を与えかねないような演奏ですね(・・;

ロマン的に厚く(熱く)ならない透明な響きとか低カロリーの演奏とか・・・どうことばを費やしても言い表せない、孤独な喪失感にとらわれてしまう演奏だよね。聴いていて、とにかく人気(ひとけ)が感じられない・・・

温度感はひじょうに低くて、これっぽっちも感傷の入り込む隙がないんですよ(・・;




2006.08.07 mon

bbsを見ると、DieToteninselさんもHoffmannも「定番」と、注意深く(?)カギ括弧を付けてこのことばを使っています。そういえば、国内の某メーカーは自社のCDのシリーズに「定盤」なんてシールを貼っていたこともありました。

あまり使いたくないなあとは思いながら、ついつい「名演」とか「名盤」なんてことばが出てきてしまうことがあります。「名演」はともかく、「名盤」なんてレッテルはもはやなんの意味も持たないでしょう。これは聴く側が総じて幼くて、評論家の「指図」に黙々と従ってレコードを購入していた、いわば発展途上の時代にこそ意味を持っていた概念ですね。つまり、「名盤」なんて他人の評価であって、その「他人」が「我が選択判断こそは普遍なり」と印象付けるために用意した看板にすぎないのです。マニュアル好きで権威主義、プライドが高くて自分を偉く見せたいスノッブ、自分で判断するよりもアンチョコみたいなものがあればそれを参照して楽したい、自分の口から出ることばが本当は自分のことばではないことにも気が付かない乳幼児―というのは、ほとんどの現代(日本)人なんですが、こういうひとは、誰それのこれこれの作品の演奏が「名演」であることは聴かなくたってわかっている(指摘できる)、ということになります。

その「名演」のレッテルを貼る「権威」を持っているのは、いわゆる評論家ですね・・・いや、当人がそう自負しているだけなんですが(笑)その仕事は当然「評論」ですから、なんの仕事上の成果・実績もない―皮肉にも―なんら評価されるべき業績もなくたって、雑誌に記事を書けば今日から「評論家」です。さて、その雑誌というものは広告主が神様ですから、記事のなかで「名盤」を選ぶときは、各メーカー(の発売しているdisc)をまんべんなく取りあげる必要があります。また、いつまでも古いものばかりでもいけない。「名盤100選!」なんて特集記事はほとんど1年に1回(数回?)のペースで掲載されますから(掲載号はほかの号よりも売り上げが伸びるそうです)、目先を変える必要もある。毎回同じdiscになっては困るのですね。

田中長徳という写真家がいて、このひとのエッセイにあったんですが、あるとき銀座の中古カメラ店に行ったら、「長徳さん、最近ライカのM4が売れないんですよ。雑誌で取りあげてくれませんか」「よっしゃ」(笑)勘ぐれば、クラシックのdiscの世界でも、これに近いことはあるんじゃないか。国内盤の解説を執筆しているひとだって評論家なんですからね。繰り返しになりますが、スポンサーのご機嫌を損ねるわけにはいきません。

「名盤」というのも、そのひとにとっての・・・という意味ならいいんじゃないですか?

それなら「愛聴盤」というべきだろう。でも、「愛聴盤」となると、まったく見も知らぬ、格別興味もない他人の「愛聴盤」をぜひ知りたいというひとは、あまりいないよね

ほんとうはアマチュアの私的な「愛聴盤」談義のほうがおもしろそうだと思うんですけど・・・

いやあ、そうでもないぞ(笑)アマチュアといってもさまざまだからね・・・先日も某shopで耳に入ったんだけど、曰く「某指揮者の某交響曲演奏の映像を見ていたら、二管編成の曲なのに三管でやっていた。あの曲の楽譜には別な版があるらしい・・・」(これはフツーのこと)、曰く「某指揮者のモーツァルトのdiscを聴いていたら、第一楽章の主部第一主題が二度演奏されていた。とんでもないテープ編集のミスだ」(単なる繰り返し)・・・

あらあらあら・・・(^o^;

学生時代に聞いたのでは、「指揮者の某はじつはカタチだけ(指揮棒を)振っているのであって、じつはオーケストラの全員はコンサートマスターを見て演奏している」とか(ンなわけない)、「カラヤンは守銭奴だから音楽が濁っている」とか(くだらん)・・・言っている当人が大真面目なのがなんとも・・・

そういった例は極端ですよ〜(^o^;;

それに、読む側が喋っている(書いている)当人に対してまるで興味がないのに、そのひとの「愛聴盤」を知ったところで、またはそのレコードに寄せる熱い(?)思いを知らされたところでなんになる? アマチュアの「愛聴盤」紹介なんて、どこぞの中小企業の成り上がり社長が自費出版する一代記と同じで、本人の意気込みはともかく、だれも読まない・・・

えーと・・・それでもHoffmannさんだってそうした記事の載った雑誌をお持ちですよね。その記事や、あるいはワタシが面白いと思って読んだものにはなにか違いがあるのではないですか?

そうだね。自分のことを棚に上げて(^_^;;言ってしまえば、文章ってのは「芸」で読ませるものだということだね。どうでもいいことでも、文章によっておもしろく読ませることができなければ、そもそも書く価値がない。古い世代のほとんどの評論家は、そもそもこの点で失格なんだな

そんなにひどい・・・?

吉田某なんて・・・今回これこれのdiscを聴いた、じつは1年前に入手していたがそのままになっていて、今回初めて聴いた・・・なんて具合の、どうでもいい話(だけ)で読者の鼻面を引き回し、気が付くと3ページの記事の内2ページが埋まってしまっているという、そんなものばかりでね。しかもその文章たるや、これで読む側の関心が保持されるとは信じられないような、老人の繰り言、愚痴、ぼやきとしか思えないものだったよ。どうでもいいことをおもしろく読ませるのではなく、どうでもいいことやあたりまえのことを、さも重要な大発見のように書くのが得意なひとだったね

今日は歌劇、もとい、過激ですね〜(^o^;

言わずもがなのことを付け加えれば、あるいはこうしたネット上で、この上ない貴重な教示と刺激と愉しみを与えてくれる知己を得たとすれば、それは上記のような書籍ばかりを山ほど読んでいたところで決してめぐり会えることのない、またと得難い幸運なのです。

なんだか、突然文体が凝ってますね〜(笑)




2006.08.06 sun



本日のジャケ買いCD。

Hoffmannさんのジャケット買いってめずらしいですね。これはギュスターヴ・モローですね(^^*

ブラームスの弦楽四重奏曲第1番とクラリネット五重奏曲。演奏はPrazak Quartet、クラリネットはPascal Moragues。




2006.08.05 sat

昨日ピアニスト、アルトゥール・ルビンシュタインの名前を出しましたが、じつはCDは1枚も持っていません。いや、結構聴いたことはあるんですが、手許に置いておきたいというdiscがないんですね。

ホロヴィッツも以前ここでとりあげた、ワルターと共演した古いライヴ録音1枚だけしかお持ちじゃないんですよね

チャイコフスキーとブラームス第1番のピアノ協奏曲だね。あれはすさまじい熱気あふれる演奏だからね・・・で、ルビンシュタインもひとつくらいないかなと探したら、出てきたのがこれ



ブラームスのピアノ協奏曲第2番ですね。やはり、ブラームスなら・・・ということで残されたのですか?

それよりも指揮がクリュイタンスだからだな。オーケストラはトリノ・イタリア放送交響楽団で、1962年のライヴだね

演奏はなんともデリケートなピアノで、つねに激することなく、典雅と言いたいような上品なタッチですね

それで全曲通しちゃってるのが・・・なんだかものの道理を知り尽くした大人(たいじん)が、余興を披露してみせているような気軽さの感じられる演奏だね。質は高いかもしれんが、どうも省エネ演奏といった印象がある。べつに手抜きじゃないんだろうけど・・・

なにもブラームスだからといって深刻ぶって欲しいのではないんですが、たしかに表情の彫りが浅いようですね。オーケストラの響きが軽量級なのも、そうした印象に輪をかけているんじゃないですか?

ジャケット裏の写真を見るとクリュイタンスが指揮棒を持っている。このひと、棒を持つこともあったんだね



この演奏会のときの写真とは限りませんけどねヽ(^o^*




2006.08.04 fri

ふるーいレコード雑誌を見ていたら(読んでいたら、というほどの内容ではありませんのでね)、ピアニストについての特集記事で、ルビンシュタインは悪魔に魂を売ったタイプ、ギレリスは売らなかったタイプ・・・てな与太話がありました。なるほどねえ、どちらかといえば聴衆の期待する音楽をその期待どおりに演奏したルビンシュタインにふさわしい例えかもしれませんね。おまけに生前は大衆的な人気を博したものの、死後は忘れ去られるのも早い(だろう)、というあたりも悪魔に魂を売った人間の宿命というわけですね。一方、「鋼鉄のタッチ」なんて言われて、その演奏は剛直といったイメージで語られることが多い、いわゆる「通好み」なギレリスは(Hoffmannがそう思っているわけではありません)、「人気」などという誘惑にはまるで不感症のようで、このひとなら間違っても悪魔に魂を売るようなことはないでしょう。

それでは、いま人気の若手ピアニストはいかがですか?

そもそも売る魂すら持ち合わせていないひとがほとんどじゃないか?(^^;ピアニストじゃなくてヴァイオリニストだけど、CDショップで流れていたヴァイオリン演奏が、ぶったまげるくらい下手くそだったので、店員にだれの演奏かと訊いたら、近頃人気の天才少○の演奏だったんだよ。店員は「ね、いいでしょ? 買います?」てな調子でエヘラエヘラしてるし・・・実力がないのに人気だけあるっていうのは不自然を通り越して滑稽だな

人気が必ずしも実力と比例しないのは分かりますけれど・・・人気とか知名度が高まるのって、いろいろな理由がありますよね

「理由」というか「事情」というか・・・(^^;まあ、人気なんてものはマスコミなりメディアなりのさじ加減ひとつでどうにでもなるものだからね・・・と、これはむしろメディア側の論理(思い上がり)だな。それに実力だっていくらでもごまかしがきくともいえるわけで(中略)スポーツというものは(すべてではないがとくにプロの場合)国技であるsumoをはじめとして、たいがい八百長も含めて成り立って(中略)見せ物にいまさら(略)周到な演出がいかに重要であるかということを認識(略略〜;;)


単に、あらかじめ決まっていた、ということじゃないですか? 既に大晦日に初防衛戦の番組が組まれていたわけですから、その都合上(略)プロでなくても、たとえばオリンピックの選手選考だって、スポンサーの付いている選手なら直近の成績がどうあれ(ワタシも略〜;;)




2006.08.03 thurs

なにかってーと「まあ、いろいろな意見のひとがいますから」とか、「ひとそれぞれ、いろんな考え方があるでしょうから」と言うひとがいるんですが、こういうの、大嫌いです。べつに論争するのが好きなわけじゃありませんが、反対意見があるなら言えばよろしい。上記のような発言は判断停止というよりも、相手より自分を偉く見せたいというスノッブのものじゃないでしょうか。こういうひとは、いろんな考え方があっていいというのなら、ナチスも某国の将軍様も容認するんですかね。じゃああんたは自分の主張なんか口に出さず一生黙ってろ、と言いたいですね。

必ずしも主義主張を口に出すべし、と言っているわけじゃないんだよ。仕事にしろなんにしろ、先へ進まなくなっちゃうのさ

職場でなにかありましたか?(^o^;ちなみにHoffmannさんは自分のはっきり意見を言う方ですか?

・・・最近は議題とかテーマも次元の低いのばかりだから意見を求められても、そんなのどっちでも同じだろ、ってことがほとんどかなあ(^^;

その発言こそ他人を・・・

いや、ほんとうに愚かな人間は自分が愚弄されていることに気が付かないから無問題!( ̄ー ̄)♭それに少々の思い上がりがなかったら生きていけないぞ(笑)スノッブの行動や発言は「見せたい自分」というカタチから入るものだから、そこには自信というものはなくて、コンプレックスがあるだけだ

それはそれで、ものすごい主義主張ですね〜(^o^A;;ホメてるわけじゃないですよ




2006.08.02 wed

今日、「くどき上手」がやって来ました。

山形の銘酒ですね(^^*

さすがにいまは飲めないなあ(^o^A;体調が・・・




2006.08.01 tues

2006.07.22 satに「決して好きな音楽ではないんですが、演奏がいいので・・・」と、ジョージ・セル指揮によるR.シュトラウスのLPを紹介しましたよね。アーノンクールでしたか、この作曲家のことを「低級音楽製造家」なんて言っていましたが、ひさしぶりに聴いてみると、ほかの演奏ではどうかなとちょっと気になりましたので、手許にあるLPをいくつか聴き直してみましたよ。



フランツ・コンヴィチュニー指揮、ウィーン交響楽団による交響詩「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、「薔薇の騎士」からワルツ、「サロメ」からサロメの踊り。独eurodisc盤。

コンヴィチュニーといえばいかにもドイツの学匠といったイメージがありますが、レコードによっては、響きの線が細くて室内楽的に聴こえるものがあります。これなんかその代表ですね。オーケストラのソロなどは意外なくらい表情がなくて、録音のせいばかりではないと思われます。


無闇に派手な音響となっていないのはいいんですが、全体に表情が平坦ですね



オイゲン・ヨッフム指揮、バンベルク交響楽団による交響詩「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、「薔薇の騎士」からワルツ。eurodiscですが、1984年のデジタル録音でDMM盤。

ヨッフムというひとは写真で見るとかなり以前から巨匠風の、老成していたようなイメージがありますが、その音楽造りでは晩年至るまで若々しさを失わなかったひとですね。演奏はオーソドックスな安心して聴ける好演です。


結構モダンな感覚の演奏ですね。録音もまずまずですよ



これ、ジャケットだけは2006.04.24 monにも紹介しましたね。クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団による管弦楽曲集、仏Patheの2枚組再発盤で「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、「死と変容」ほか。

とはいえ、オーソドックスな演奏の印象をを吹き飛ばしてしまうのがクレンペラー盤。聴く側がいかにも旋律を歌わせるのを期待しそうなところでは、素っ気なくやりすごして肩すかしをくらわせ、テンポにしても、音楽が先へ進もうというその勢いを無視してゆっくりめのテンポを保っています。


なんだか「ドン・ファン」の「ティル・・・」でさえも不気味な音楽といった印象なんですが・・・

その意味では「死と変容」がいいかな。前にも言ったけど、クレンペラーというひとは耳あたりのよさとか、音楽の解釈(意味付け?)なんてことにはまるで関心がないんだね。即物的といえば即物的、それでも無表情なわけではなくて、ほのかにロマンティスムが漂う・・・そのかすかな香りこそが、じつはそれぞれの音楽の本質なのだと感じさせるあたりがクレンペラーの偉大さじゃないかなあ

普通なら録り直しそうな演奏の細かい傷など意にも介していないようですね



これはケンペ指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団による管弦楽曲全集。国内盤10枚組です。オーソドックスということばはこの演奏のためにとっておくべきだったか・・・もちろん凡庸な演奏などではなく、オーケストラの音色も魅力的なうえ技術的にも満足できるものなんですが、ややstaticにすぎるというひともいるかもしれません。いまひとつ響きの彫りが浅いと感じられるのは国内プレスのせいでしょうか。あるいは・・・この時期のEMI(Electrola)盤はSQエンコードされているものが多く、同じ録音については国内盤も表示こそないのですが、じつはSQ盤・・・という場合があるのですね(ムーティ初期の録音の国内盤にそういったものがありました)。このケンペのLPは位相にアヤシサは感じられず、通常のstereoのようなんですが・・・。

2006.07.27 thursでは、R.シュトラウスはあまりお好きではないから「省略」とかおっしゃって〜(((*^^)σ
(((^o^;

いや、このセットたしか1,000円位で買ったんだよ(*^^)
(^o^;;また資料ですか?

ちなみに、これまでにお聴きになったR.シュトラウス演奏でもっともお好きなものはどれでしょうか?

若杉弘指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の来日公演で演奏された「ドン・ファン」と「四つの最後の歌」だな。ソプラノはエディト・マティスだったよ。あと、ビルギット・ニルソンの「エレクトラ」は凄かった!




2006.07.31 mon

何年か前に、永井荷風の「墨東綺譚」(正しくはサンズイに墨)の生原稿が古書の入札大会に出品されたとき、最低入札価格がたしか3,000万円で、入札者がいなかったんですよね。生原稿はともかく、「墨東綺譚」の初版本っていまいくらくらいするんでしょうか。私家版50部本なら400〜500万円てとこですかね。

Hoffmannは岩波書店版、昭和12年9月25日の第二刷のものを持ってます。かなり以前ですが、某地方都市の古書店で3,000円でした。代金を払いながら「初版じゃなくたって雰囲気がありますよね、こういう本で読みたいんですよねえ」と言うと、ご主人は膝を叩いて「エライ!」と、単純なHoffmannはちょっと得意な気分になったもんです。



このhomepageでも、初版本だの、レコードではオリジナル盤だのと紹介していることもありますが、別に初版本だから気に入って入手したわけじゃありません。レコードだって、オリジナル盤をあさるばかりが能じゃない、second pressの方が音質もいいことだってあります。でもね、お店の方だって商売になるものを扱わなきゃならない。「第二刷ありませんか?」なんて言ったって、市場には「第二刷でござい」と出てくるわけじゃない。つまり、探すときは初版の方が容易なんですよ。レコードだって、「オリジナル盤求む」と言っておけば、親切かつ商売熱心な店主は探し出してきてくれるかもしれませんが、「再発盤求む」ではほとんど相手にされません。「そのうち見つかるでしょ」と言われてオシマイ。

だから、初版(オリジナル盤)の雰囲気を残している第2版とか第2刷に出くわしたときには、なんてったって安いし、これもせっかくのご縁、天の配剤、とっとと自分のものにしておくのが幸せへの道というものなんですよ。

ついでに言っておくと、「限定1,000部」なんて限定のうちに入りません。簡単に見つかるはずです。時代にもよりますが、ここ100年くらいなら「100部」でもマダマダ。本の場合、ホントの限定本てのは「3部」です。

たったの3部ですか?(^o^;キビシ〜

そう、作家が自分で一部保管して、一部は友人に贈り、残りの一部を市場に流すというパターンだな。これはまず手に入らないよ(^^*あきらめもつくというもんだ




2006.07.30 sun

うわー、LPじゃないっすかぁ、なつかしーなー。レコード・・・そう、ムカシはレコードって言ったもんスよねえ。いまじゃA面とかB面3曲目だとかなんて言わなくなっちゃいましたよね。これこれ、ジャケットの絵や写真も大きくっていいっスねえ・・・CDのは小さすぎますよね。針を下ろすとポツッって・・・そうそう、聴く前にクリーナーで拭いたりしてね。いやーなつかしいなあ・・・

いや・・・懐かしがるのはアナタの勝手ですけどね、あたしゃ毎日このジャケットを見て、クリーナーでほこりをとって、針を下ろして聴いてンのよ・・・(-_-;

ムカシのカメラってさあ、一枚撮るとレバーみたいなので巻き上げて、撮り終わったらつまみを起こしてクルクルと・・・なつか(以下略)

いや、だからさ・・・(-_-;

カメラに関しては、いまに「フィルムってなんすか?」という時代が来るのかもしれませんね(^^;

もういまごろどこかで言われているかもしれんな(^^;

Hoffmannさん、お父様からめーるが来てますよっヾ(・∇・

お、めずらしいな。なんの用だって?

えーと・・・でじたるかめらを買ったんだけど、現像はどこに出せばやってくれるのか・・・って書いてありますヾ(・∇・




2006.07.29 sat



Hoffmannさん、だれか呼んでますよっヾ(・∇・)

本日発売、早速入手(笑)この映画の詳細についてはまた後日。

やっぱり映画の字幕はこのフォントでないとね〜(^-^*

ふぉんとですねっヽ(^0^*ふぉんとですねっヾ(^∇^*

(/_ _)/dote

むかーし、女の子が貸してくれたマンガの本を見ていたら、登場人物が持っているハンバーガー屋の紙袋に、「ハンバーガーならヘルムート」と書いてありましたな〜(^o^*




2006.07.28 fri


このところ、ドヴォルザークの交響曲第9番がやたらと取りあげられてきましたが、これはHoffmannのひいきの指揮者がすぐれた演奏を残しているから。じつはHoffmannが好きなのは第6番です。左はサー・チャールズ・グローヴズ指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のLP。


右はイシュトヴァン・ケルテス指揮、ロンドン交響楽団のDecca盤ですね

グローヴズ盤があればそれだけでもいいんですが、ケルテスも捨てがたい・・・ブリューゲルのジャケットも(笑)まあ、6番が好きだというのはチトへそ曲がりなところもあります(笑)ワーグナーのあからさまな影響(模倣?)なんか、微笑ましいですよね(^^*

ワーグナーの影響って、たとえばどんなところですか?

う〜ん、それじゃあこれとかこれなんか聴いてみて(^^*

「さまよえるオランダ人」の序曲の一部と、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の徒弟たちの踊りの冒頭ですね

で、これがドヴォルザークの交響曲第6番、終楽章のコーダのはじめンとこだよ

あらまあ・・・(^o^;

ワーグナー以前の作曲家の多くが、作曲にあたってピアノという楽器の発想から逃れられなかったものが、ここで弦楽器なら弦楽器ならではの発想で作曲された、と言われるときによく例に挙げられる箇所だね

ちなみにワーグナーの2曲はクレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団の管弦楽曲集から。ドヴォルザークはグローヴズ盤からでした。




第6番の最近の録音では、チョン・ミュンフン指揮、ウィーン・フィルのdiscもいいんですが・・・6番とともに収録されている8番などは・・・



・・・以前BISに録音したエーテボリ交響楽団との演奏の方が若々しくて好きでしたね(^^;6番もこの時期にこのオーケストラと録音して欲しかったところです。

このジャケットのデザインから見て、当初は交響曲全曲を録音する計画だったのでしょうね




2006.07.27 thurs

(ケンペの続き)



これは晩年、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団との録音。ドヴォルザークの交響曲第9番。

またドヴォルザーク・・・と思ったら、このLPは演奏・録音ともにびっくりですね〜(・・;;

ケンペらしい歯切れのよい演奏もさることながら録音が最高! もともとこのオーケストラの本拠地は音響がいいので有名なホールなんですが、湿度も温度も低めな空気までもが見えてくるような高水準の名録音です。

Hoffmannさんの、「この録音にかなうCDなんかいまもって現れていない」っていう発言はカットしときましょ(^o^;


同じレーベルでベートーヴェンの交響曲第5番「運命」、ブルックナーの交響曲第8番も出ており、いずれも演奏・録音ともドヴォルザーク同様に見事なものです。


ex librisって、「蔵書票」という意味ですね。聞いたことのないレーベルですね

クラシックではほかに聞いたことがないなあ。この録音の国内盤がPHILIPSから出たときは「Tudor原盤」と表記されていたけど、ex librisとTudorの関係も分からない。権利が売却されたのか・・・Tudor盤は聴いたことがないけど、音質に関して国内盤はこのex libriss盤とはまったくの別物、ほこりっぽくもやがかかったように見通しの悪い音場感で、強奏部ではリミッターがかかっているようなフシもある・・・

おそらく電気的にいじったんですね

晩年の録音といえばドレスデン国立歌劇場管弦楽団を振ったR.シュトラウスも忘れてはいませんが、これも省略。

作品があまりお好きじゃないんですよね(^o^;




2006.07.26 wed


ドヴォルザークの交響曲といえばやはり第9番「新世界から」が最高傑作でしょう。指揮者のカルロ・マリア・ジュリーニが何度めかの録音をした際に、「さほど深い意義のある作品ではないが・・・前よりもよい演奏になっていれば・・・」といった発言をしていました。Hoffmannも第9番のdiscはいろいろ持っています。

第8番となると・・・親しみやすい旋律がこれでもかとばかりにてんこ盛りの音楽なんですが、個人的にはどうも陳腐の感逃れず、あまり好きじゃありません。それでもしいてあげるとなると、ルドルフ・ケンペ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の1972年デュッセルドルフにおけるライヴ録音でしょうか。この日のコンサートはワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番(独奏はフリードリヒ・グルダ)、そしてドヴォルザークの交響曲第8番で、2枚のLPレコードで国内盤も発売されていました。

ケンペといえば1950年代から1960年頃のウィーン・フィルやベルリン・フィルとの録音が評価が高く、1970年代のミュンヘン・フィルとの録音はあまり取りあげられることがありません。じっさい、ミュンヘンとの組み合わせではBASFからブラームスやブルックナーの交響曲、CBSからはシューベルトほか数点のLPが発売されていましたが、どれもあまりよくないんですね。EMI(Electrola)に録音されたベートーヴェンの交響曲全集なんて、日本ではなんとかアカデミー賞を受賞しましたが、これもちょっと不思議、と思っていたら、いまではすっかり忘れ去られてしまったようです。この時期のミュンヘン・フィルは響きが薄く、音色にまるで魅力がないんですね。どうもそのあたりでかなり損をしているんじゃないでしょうか。

ケンペさんってフレーズで粘らないから、オーケストラの響きに厚みがないと、上滑りしたように聴こえちゃうんじゃないですか?

そんななかで、この2枚のライヴ録音はほとんど例外と言っていいもので、録音はややデッドながら、ライヴならではの熱気が伝わってくる好演です。だれが言い出したのか、ケンペに対しては「職人的」と、これは悪い意味で言われることが多く、最近読んだ本でも、このドヴォルザーク演奏について、「ケンペ氏の職人的な面が色濃く出過ぎて・・・平面的」なんて書かれていました。


職人さんに失礼じゃないですか〜(^^;

一度評論屋が発言すると、みなさん右へならえで画一的に同じことを言うんだよね・・・どうも先入観が強すぎるんじゃないかと思うね


とはいえ、1
950年代から1960年頃のウィーン・フィルやベルリン・フィルとの録音がよりすぐれているのも事実です。初期盤(LP)はいまや途方もないお値段になっていますが、Testamentから復刻CDが出揃っており、どれもおすすです。上の2枚はワーグナーの管弦楽曲集。

右はベルリン・フィルとの「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルクの音楽、「さまよえるオランダ人」序曲、「神々の黄昏」から日の出とジークフリートのラインの旅ですね。こちらもとてもいい演奏なんですけれど・・・

ひときわすばらしいのが左の方だね―ウィーン・フィルを振った「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、「ローエングリン」前奏曲、「パルジファル」前奏曲と聖金曜日の音楽だ

この充実ぶりはオーケストラの違いでしょうか?

それよりも作品自体がより深い内容を持っているせいで、演奏までが格段にすばらしくなっているような気がするな


「ローエングリン」といえば全曲盤もいいですよね

この時期のケンペが録音したオペラ全曲盤では、ワーグナーの「ローエングリン」とスメタナの「売られた花嫁」が名演だね。さらに時期を遡ってmono時代になると、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とかいくつかあるけれど、どれも微温的でいまひとつの印象だ。セルと同じくメトロポリタン歌劇場などの実況録音については、また話が変わるんだけど、そちらは別のページで取りあげているから省略するよ(^^*



もうひとつ、これもウィーン・フィルを振った録音。コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」、チャイコフスキー組曲第3番から主題と変奏ほか。チャイコフスキーでヴァイオリン・ソロにワルター・バリリの名前がクレジットされているためか、人気の高い盤です。

当時は録音自体はstereoで行われていても、stereo盤とmono盤がそれぞれ発売されていたんですね。Hoffmannさんがお持ちなのはmono盤ですね

・・・しかも少々傷みの目立つ盤だ(笑)このレコードのstereo盤なんて、高くてとてもじゃないけど買えないよ(^o^;でも、負け惜しみで言うわけじゃないけど、この時期のLPって、mono盤の方が音質がよかったりするから不思議なんだな



ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」、演奏はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。

昨日優美が「あのDecca盤」と言っていたのはこれだね(^^*

ほんと、すばらしいですね〜(^-^*

# ミュンヘン・フィルとのベートーヴェンはかなり以前に聴いたときの印象しかなく、いまCDも安いので、もう一度聴いてみたいとも思っています。もしも聴いてみて万が一意見が変わってしまっても、そのときは笑って許してちょんまげ〜♪(^o^;;
(・・;Hoffmannさん、人格が変わってますっ




2006.07.25 tues

(バーンスタインの続きです)



バーンスタイン、ニューヨーク・フィルによる印象的なレコード、まずは行進曲集。収録されているのはスーザの「星条旗よ永遠なれ」をはじめとする5曲、J.F.ワーグナーの「双頭の鷲の下に」、ツィンマーマンの「錨を上げて」のほか、、「ルール・ブリタニア」、「ラ・マルセイエーズ」、「ラデツキー行進曲」と、国際色豊か。これは国内盤で、「推薦」なんてシールが貼ってありますが、これはメーカーで出荷時から貼り付けているもの(笑)

なんとも威勢のいい演奏ですね〜(^o^;「星条旗よ永遠なれ」のテンポなんてものすごく早くて、響きは厚いというよりにぎやかな感じです

これを聴くと、スポーツ的な快感が得られるね

♪ちゃーんちゃーちゃーちゃーちゃちゃーんヾ(^∇^*)/

花ちゃんは「錨を上げて」が気に入ったみたいですよ(^o^*


左はガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」と「パリのアメリカ人」。右はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」。いずれも米盤。

ガーシュウィンは、さすがにこういった音楽はお手のもの・・・

よく、フルオーケストラなので響きが重くてジャズ的でない、と言うひとがいるんだけどね

どちらかというとアンドレ・プレヴィンやマイケル・ティルソン=トーマスのほうが評価されていますよね

でも、別にジャズ的でなければいけないというものではないし、「ブルー」な気分はバーンスタインがいちばん―というより、バーンスタインの演奏にしか感じられないものだね

ドヴォルザークの方は、アクセントの付け方が独特ですね。北海道での学生オーケストラとのリハーサルを思い出しましたよ

2拍めにアクセントをおいた方がエキサイティングだ、っていうところだね(^^*



“Latin American Fiesta”と題されたLP。ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」第5番」のほかチャベス、コープランド、Camargo Guarnieri、Silvestre Revueltas、O.L.Fernandezの作品。

特別すぐれた演奏ですか〜?(・・*

ヴィラ=ロボスでネタニア・ダヴラツが共演しているのがミソ(笑)



あまり取りあげられることもないLPなんですが、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」。なかなかの名演なんじゃないかと思っているんですが・・・

私はあのDecca盤の方がいいと思いますけど・・・(^^;



ニールセンの交響曲第3番。これはデンマーク王立管弦楽団を指揮した貴重な録音です。


左は1963年9月23日、リンカーン・センター柿落としの際の実況録音。プログラムはベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」からGloria、コープランド、ヴォーン・ウィリアムズ、マーラー交響曲第8番のPartIなど。

バーンスタインって、こういったイベントが似合うひとですね

右は1967年テルアヴィヴにおけるイスラエル・フィルとの野外コンサート。アイザック・スターンのソロによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、マーラー交響曲第2番終楽章など。後者はヘブライ語で歌われています。

2006.07.24 monのトップの画像はこの際の映像ですね・・・って、そういえばマーラーの交響曲は取りあげないんですか?

いまさら・・・もう別格だよ(^^*

(おまけ)

ヘンな演奏もあります。左はニューヨーク・フィルとのJ.シュトラウスII世のワルツ集。「美しく青きドナウ」、「皇帝円舞曲」ほか。1970年代前半の録音。

銅像か大理石の像が踊っているみたいですね〜(^o^;

とにかく単調、ダイナミクスの処理もアクセントの付け方も画一的で、柔軟さがまったく感じられない。バーンスタインは1990年に亡くなっているけれど、その数年後にはウィーンでニューイヤーコンサートを振ることが決まっていたとか。もしも生きていたら、きっとこの録音とはまったく異なる、面目を一新するような演奏を聴かせてくれたんじゃないかな

右はニューヨーク・フィルとのJ.S.バッハ「マタイ受難曲」。英語歌唱。

なななななんですか〜(^o^A;まるでニューヨークの喧噪みたいな音楽ですね〜

例によってにぎやかだね(笑)エヴァンゲリスト(福音史家)なんか街頭でアジ演説をやっているみたいだ(^o^;

英語で歌われているのもかなり違和感がありますね。♪See Him! Whom? Look! Look Where?とくるんですからね(^o^;;;

しかもこの手もとにある盤に限ったことかもしれんが、ところどころでワウ・フラッターみたいな音の揺れがはなはだしい。盤に反りはないし、中心(穴の)ズレもないみたいなんだけど・・・まあ、珍盤の類かな(笑)

(おまけのおまけ)


ユニークなジャケット・デザイン。CBS Sonyの国内盤。カヴァー・アート、カヴァー・デザインに日本人の名前が記載されているので国内盤独自のものと思われます。曲目はチャイコフスキーの弦楽セレナーデと幻想序曲「ハムレット」。チャイコフスキー(の顔)がどこにいるのか、分かります?(笑)

(蛇足)

1967年テルアヴィヴでの野外コンサートの映像から。こんなに前の方の席で、しかも音楽のクライマックスで大アクビしてるひとがいますね(笑)




2006.07.24 mon


マルケヴィチにしてもセルにしても、オーケストラのトレーナーとしての能力は相当秀でていた・・・と。

レナード・バーンスタインなんかは、どうもオーケストラのトレーナーとしての才能は乏しかったんじゃないでしょうか。ニューヨーク・フィル在任中は、聴衆の人気を得て、魅力的なレコードを数多く録音しましたが、ニューヨーク・フィルの技術は向上しなかったんですね(むしろ下手になった?)。

セルのように、ひとつのオーケストラの音楽監督となって、長年にわたってそのレベルの向上に努め、成果を上げるひとがいる一方、マルケヴィチのように、特定のオーケストラの音楽監督となることなく(あるいは長くとどまらず)、世界各地のオーケストラに客演してどちらかというと超一流とはいえないオーケストラから、一ランク上の結果を引き出したひともいます。

バーンスタインは1969年にニューヨーク・フィルの音楽監督を辞して以来、各地のオーケストラに客演、これがおおむね一流どころで、こうしたスタイルの活動がバーンスタインにはふさわしい。だから1970年前後から以降、客演指揮者としてウィーン・フィルあたりを振った演奏は安心して聴けます。

一般的に、バーンスタインとウィーン・フィルというのは、相互にいい影響を与えあった、と考えられていますよね

逆に言うと、活動の拠点がヨーロッパに移ってからは、バーンスタインもすっかりオトナになっちゃった、とも言えるよね。ニューヨーク時代のバーンスタインには、その後失われてしまった、縦の線は多少乱れていても、活力のあるリズムやテンポの魅力があったとは思わない?

やんちゃの魅力ですね(^^*

それではLPをちょっと紹介しましょうか(^^*まずはニューヨーク・フィルの音楽監督就任以前のもの―



バーンスタインの初期の録音のひとつ―ストラヴィンスキー「兵士の物語」。1947年の録音で、演奏はボストン交響楽団のメンバー。これは米RCAの復刻LP。

以前SP盤でも聴きましたね


左は1953年12月、アメリカ人指揮者としてはじめてミラノ・スカラ座の客演指揮に招かれた際の実況録音。ケルビーニの歌劇「メデア」、時にバーンスタイン35歳。主演はマリア・カラス。

右もスカラ座でのライヴ、同じくカラスとの共演で、ベルリーニの歌劇「夢遊病の女」。1955年3月の公演。

どちらも、いわゆるオペラ指揮者ならこうはしないだろうという演奏ですよね。それだけに新鮮ですね〜(^^*

表情付けが濃厚で、なにしろ勢いのある演奏だね。カラスもこのころが全盛かな



そしてこれが1943年11月14日、急病でキャンセルとなったブルーノ・ワルターの代役として、バーンスタインがニューヨーク・フィルを指揮した際のデビュー・コンサートを収録したレコード。

この演奏会の成功によって、一夜にして有名になっちゃったんですよね

このコンサートがラジオ放送されていたのも幸運だったね。それに、ついにアメリカ生まれ、アメリカ育ちの指揮者が現れた、という国民の期待もあって一大センセーションを巻き起こしたんだね




2006.07.23 sun

(ジョージ・セルの続きです)


ジョージ・セルのレコードは概して晩年の録音の方が評価が高いんですが、オーケストラの違い、レコーディングとライヴ録音の違いというのも大きいですね。1970年の来日時における東京公演、1969年のベルリン・フィルとのライヴ、それに最近国内CDが再発売された'58〜'68年のザルツブルク音楽祭ライヴ録音など、どれも一聴の価値のある演奏だと思います。



ザルツブルク音楽祭ライヴ録音のシリーズって、CD5点、ぜんぶオーケストラが違うんですよね

それに古いところでは、ウィーンやニューヨークのメトロポリタン歌劇場におけるオペラのライヴ録音は、往年の大歌手の魅力もさることながら、セルの指揮もこの時代の凡百のオペラ指揮者のように、歌手のサポートのみに徹して、そつなくまとめただけの演奏とは異なる、すぐれたものです。

たしかメトロポリタンでカラヤンがワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」を指揮する予定が急病でキャンセルになったときに、カラヤンが「セルしかいない」と代役を頼んだんですよね

あっさり断られたそうだけどね(^_^;


左;モーツァルト 歌劇「魔笛」 1959年ザルツブルク音楽祭の実況録音。オーケストラはもちろんウィーン・フィル。
右;モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 メトロポリタン歌劇場 1944年の実況録音。



ムソルグスキー 歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」 メトロポリタン歌劇場 1943年の実況録音。


左;ワーグナー 歌劇「タンホイザー」 メトロポリタン歌劇場 1942年の実況録音。
右;ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」 メトロポリタン歌劇場 1944年の実況録音。

まあ、このへんのdiscについては、ほかのページでとりあげるので省略。

ジョージ・セル、クリーヴランド管弦楽団といえば、かつて(当時?)は「合奏力は技術的に完璧」、あるいは「機械的で冷たい」などと評されていたんですね。当時のアメリカではフリッツ・ライナー、シカゴ交響楽団、シャルル・ミュンシュ、ボストン交響楽団あたりも同じようなことを言われていたらしいんですが、それぞれ芸風はまるで違うし、いま聴けば結構熱い、ロナンティスムあふれるような演奏であったりするんですね。

これは、この時期がオーケストラの技術が向上した時期を重なるためではないかと思います。また、指揮者にしてもひと世代前ののひとたちは、よく言えば個性的、じっさいは恣意的な解釈を当然のようにしていましたよね。技術的に難しいパッセージなんかだと、オーケストラが奏きやすいように(奏けるように)、フレージングを変えてしまっている演奏も多いんですよ。それにくらべると、新即物主義と呼ばれる指揮者たちは、オーケストラの技術の向上とともに、それまでよりも楽譜を重視する(「楽譜に忠実」とまで言うにはマダマダ、程度の問題。さらに「楽譜に忠実」なんて評言は、その意味するところをはっきり定義してからでないと使えませんね)、そんな指揮者に世代交代が進んだ時代だったんじゃないでしょうか。

たとえば、初演指揮者であるピエール・モントゥーがパリ音楽院管弦楽団を指揮して1956年に録音したストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」など、かつてはこの作品の規範として評価が高かったんですが、いま聴くとオーケストラがぜんぜん奏けていません。一方、ほぼ同時期の1959年録音であるイーゴリ・マルケヴィチ、フィルハーモニア管弦楽団の演奏だと、これが結構ちゃんと奏けている(マルケヴィチは1951年にも同じオーケストラで録音していますが、そちらは未聴です)。

以前、高く評価されていた「春の祭典」といえば、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団のレコードもそうだったなあ

モントゥーもアンセルメも、オーケストラが暗闇を手探りで進んでいるような演奏がほほえましいですね(^o^*

(笑)まあ、セルにしてもマルケヴィチにしても、オーケストラのトレーナーとしての能力に長けていたのは間違いないよね




2006.07.22 sat

カール・ベームといえば新即物主義の先駆けみたいな印象がありますが、かつては即物的で冷たいなんて言われた演奏家も、いま聴くと結構ロマンティックで熱い演奏をしていたことに気付かされます。たとえばヴァイオリニストならハイフェッツなんかその代表ですね。指揮者ではフリッツ・ライナーとか・・・。

それでは、ジョージ・セルはいかがですか?



一地方オーケストラだったクリーヴランド管弦楽団を国際的なレベルにまで引き上げたと言われるセルは、録音で聴く限り、出来不出来があると感じています。精確ではあるものの、いまひとつ魅力に欠けるレコードもあれば、とくに晩年にはその精確さばかりが際立つようなことがなくなって、自然体の名演になっているものがあるんですね。

主題と主題の間の経過部の処理が巧みなんですよね

昨日からのつながりでクリーヴランド管弦楽団とのチャイコフスキーの交響曲第5番を聴いてみましたが、これはつまらない方(^^;

音が痩せているうえにスケールが小さくまとまっているといった印象ですね



一方これはDECCA録音の第4番、英プレス。演奏はロンドン交響楽団・・・昨日の続きならはじめからこちらを聴けばよかったんですね(^o^A;

オーケストラの響きの間に呼吸感というか、より自然な高揚が感じとれますね

まあ、アメリカ盤は盤質は悪いし、この頃の録音はバーンスタイン、ニューヨーク・フィルのものほどではないけれど、かなり高域上がりのバランスで聴きづらいんだよね。ちょっと録音で損をしているな

音が硬いと思うんですが・・・



その代表がこれ。ベートーヴェンの交響曲全集、米Columbiaプレスで盤質もガサガサですが、音質もささくれたようです。CBSの国内プレスと比較すると、まるで楽器のバランスまでが異なるように聴こえます。CDでは聴いたことがありませんが、これはさすがに米プレスLPの出る幕じゃありません。

いや、国内盤LPで聴くとなかなかいい演奏なんだよ


どれか一曲を選ぶとしたら、何番の演奏がお好きですか?



第6番の「田園」・・・かなあ。ただしクリーヴランド管弦楽団の演奏ではなくて、ニューヨーク・フィルを指揮したmono録音の方がいいな(^-^*

またあ・・・わざわざめずらしいLPを選んで・・・(((*^o^)σ)~0~)/プニッ♪


ちなみに左はクリーヴランド管弦楽団とのベートーヴェン序曲集、独CBSプレス。やはりバランスは高域上がりで多少キンキンしますが、米プレスよりはまとも。

米盤がドライな印象なのにくらべて、多少響きにうるおいが感じられて聴きやすいですね。ホールの響きが聴こえるからでしょうか

右は同じくクリーヴランドとの7番で米Epic盤。微妙な差ながら先の米Columbia盤よりもましなバランス。


左は米Epic盤のハイドン交響曲第88番と第104番。

やっぱりセルの古典派演奏はいいですね〜

右はヨハン・.シュトラウスII世とヨゼフ・シュトラウスのワルツ・ポルカ集。これがなかなか愉しいんですね。リズムやテンポも悪くはありませんが、むしろダイナミクスの処理で聴かせる傾向です。ウィーン・フィルあたりの肩の力の抜けた演奏も悪くはありませんが、こうした要所要所をきちっと演奏したものを聴くと、作品自体を見直してしまいます。

総じてアクセントが強めでめりはりがはっきりしてますね。それと、最後に収録されている「常動曲」がなんと続けて2回(!)演奏されているんですね(^o^;こんなレコードははじめてですよ〜

♪ぶんちゃっちゃ〜ヾ(^∇^*/♪


こちらはいずれもCBS Sonyの国内盤。左がモーツァルトの交響曲第39番、第40番。右がドヴォルザークの交響曲第9番とスメタナの「モルダウ」。それぞれ米プレス盤も手元にありますが、盤質は当然のこと、音質も国内盤のほうがはるかにいいですね。

モーツァルトの方は1970年の大阪万博に来日した際の写真ですね。国内盤はジャケットのデザインも洗練されていますが、私はアメリカ盤の独特なデザインも好きですね(^^*

たしかに、ちょっと古いものには古拙といいたい魅力があるよね

演奏については、このモーツァルトの交響曲はHoffmannさんのとくにお好きなレコードですよね

セルの最高の名演にして、同曲のベストの演奏かと思っているんだけど・・・ひとに話してもなかなか賛同が得られないんだよね(^o^*(「追記」参照)

私は「モルダウ」がとびきりの名演だと思いますよ(^^*


決して好きな音楽ではないんですが、演奏がいいので・・・左はR.シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」、「死と変容」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、右は「ドン・キホーテ」、チェロ独奏はピエール・フルニエ。いずれも米Epicのmono盤。入手したのは数年前で、ジャケットには損傷あるものの、盤面は米盤としてはかなりきれいなものでした。デッドストック品?

(おまけ)

晩年EMIに録音されたシュワルツコップとの共演盤。左はベルリン放送交響楽団を振ったR.シュトラウス、右はロンドン交響楽団を振ったR.シュトラウス、モーツァルト集。後者はR.シュトラウスで1曲、ピアノのブレンデルが参加。それだけならなんということもなかったんですが、じつはモーツァルトでやはり1曲だけヴァイオリン・ソロにエディット・パイネマンが参加しているため、これを目当てに一部のマニアが探していて、それが中古価格を押し上げているというちょっと「?」なレコードです(^o^A;

みなさん、女流演奏家には弱いんですね(^o^*

とくにヴァイオリニストの分野では顕著だね(笑)

(追記)
セルのモーツァルト交響曲第40番について―賛同が得られました(/^^)/バンザーイ
Die Toteninselさんのbbsへの書き込み(2006/07/31)から引用―
---ここから---
モーツァルトのト短調の交響曲が「セルの最高の名演にして、同曲のベストの演奏」というのは全くの同感ですね。さすがにお目が高いです。私もこれは間然するところのない名演奏だと思います。
---ここまで---
Die Toteninselさん、どうもありがとうございました!




2006.07.21 fri

指揮者に対する幅広い適応力を有するイギリスのオーケストラといえば、録音(disc)で聴く限り真っ先に思いつくのがロンドン・フィルハーモニー管弦楽団なんですが、ここは昨日からのつながりでロンドン交響楽団のレコードを取りあげましょう。



いまやすっかり忘れられた録音、カール・ベーム指揮によるチャイコフスキーの後期交響曲(第4〜6番)です。晩年、DGGに突如ロンドン交響楽団との組み合わせで録音されたもの。

ベームのチャイコフスキーとはめずらしいですね。あまりロシア的でないと言われそうですが・・・

民族的な要素というのも否定はしないけど、本場物志向ってあまり意味がないよ。そもそもチャイコフスキー自身が作曲家としてインターナショナルをめざしたひとじゃない?

鹿鳴館みたいなものですね(笑)

ベームの指揮は、さすがに衰えは隠せず、テンポは遅くて緊張感にも欠けている。でも、そのごつごつした旋律の歌い廻しが禁欲的な厳しさを志向しているようで(ただし上記の理由で完璧な実現には至らず)、嫋々たるセンチメンタリズム濃厚なチャイコフスキー演奏よりはよほど聴くべきものがあると思うよ

Hoffmannさんがネガティヴな評価をなさるときのキーワードですね(^o^*「センチメンタリズム」・・・




2006.07.20 thurs

さて、昨日紹介した映画「カリギュラ」ですが、映画の開始場面をはじめとする姉ドルシラとのシーンでは、音楽がアラム・ハチャトゥリアンのバレエ音楽「スパルタカス」から「スパルタカスとフリジアのアダージョ」が使われています。

なかなかの選曲だね


美しい音楽ですね。映画の冒頭ではそこにプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」の一撃が割り込んでくるんですね

ハチャトゥリアンといえば「剣の舞」が有名ですね。あれはバレエ音楽「ガイーヌ」のなかの一曲。「ガイーヌ」と「スパルタカス」については、作曲者自身の指揮でそれぞれの抜粋を演奏したレコードが録音されています。



左はウィーン・フィルを振った1960年代(1962〜1963年?)のDecca盤、右は1977年にロンドン交響楽団を指揮したEMI録音。選曲は一部異なります。

自作自演、必ずしも名演ならず―と言いますけれど、このひと指揮はお上手なようですね。リズムの処理などとても巧みです。あくまで品格を失うことなく集中力の高い演奏をしているのがウィーン・フィルらしいですね

これは昔から名盤の誉れ高いものだね。まあ、ほかにそれほどたくさんの録音があるわけではないから・・・で、1977年になって作曲者自身が再録音したわけだけど・・・

ロンドン交響楽団がまたノリノリの演奏ですね〜(^o^;

概してイギリスのオーケストラは指揮者に対する幅広い適応性があると言われるけれど、まったくそのとおり。演奏者の自発性とはこうしたものかと感心しちゃうね。このレコード、発売当時はほとんど評判にもならなかったみたいだけど、リズムといい、ダイナミクスの処理といい、オーケストラがすっかり自分たちの音楽にしてしまっているかのようで、これを聴くとウィーン・フィルとの録音がまだまだ上品過ぎると思えてくるんだよね

♪ずんだっずんだっずんだっ・・・ヾ(^∇^*/きゃ―きゃ―きゃ―ヽ*^∇^)/

は、花ちゃん、どうしたの?(・・;

「剣の舞」を聴いてしびれちゃったんですよヽ(^o^*♪




2006.07.19 wed



「カリギュラ」です。1980年米伊合作。

「カリギュラ」といえば「カリギュラII」「カリギュラIII」という映画もあって、そちら二作ははイタリア映画。この「カリギュラ」とは縁もゆかりもなく、二匹目の泥鰌を狙った、いわば際物のそのまた際物。一応早送りしつつ観たんですが、猛烈に退屈な駄作でした。しいて言うなら、イタリア映画ならではの、暗くて猥雑な雰囲気がそれらしくもあるんですが、パゾリーニのような生命力を感じさせるには至らず、なんだか不潔な印象しか得られませんでした。

こちらの元祖「カリギュラ」はいかがですか? Hoffmannさんが取りあげるのはちょっと意外なんですけれど(^^;

元祖ぉ? なんだかつけ麺みたいだね(^0^*まあ、ほとんどポルノ映画の扱いだけどね、これがなかなかよくできた映画だと思うんだよ。時代考証なんかはデタラメとは言わないまでも、相当甘い。でもセットなんか洗練されていて、ストーリーにもめりはりがあって全編を貫く構成も上出来、156分間飽きさせないよ。エンタテインメントとしては一級品だろう。よく言われる性器のアップ映像なんか必要なかったんじゃないか?

ペントハウス誌のオーナーが46億円を投じて製作したものだそうですね

そう、ボブ・グッチョーネというひとだね。で、どうもポルノ的なシーンはこのひとが勝手に撮影して入れちゃったらしいんだな(笑)

もしそれが本当なら・・・よくあるスポンサーの横暴ですね(^o^;



冒頭・・・これは「ダフニスとクロエ」みたいな雰囲気がありますね(笑)姉ドルシラとの愛の場面。


このDVDの字幕では「妹」となっていますよ

videoで観たときは「姉」だったよ。英語の台詞を聞いていても、話し方なんか、ドルシラの方が姉なんじゃないか?

いずれにせよ、姉弟とか兄妹というのは、アッシャー家の例を持ち出すまでもなく、Hoffmannさんの弱点をついた設定ですよね〜*^o^)(^o^;いやいやいや・・・


物語はティベリウス帝を殺害して帝位についた第三代ローマ皇帝カリギュラの暴君ぶりと、宮廷―ひいてはローマ帝国の腐敗・退廃を描いたもの。その暴虐の度は姉ドルシラの死後、狂気の度を加え、ついに暗殺されるに至ります。



これは公開処刑。巨大な芝刈り機が首だけ出して埋められた「反逆者」に迫り・・・。



これは皇妃カエソニアの公開出産の場面。



熱病にかかったカリギュラを看病する姉ドルシラ。


その後彼女は同じ熱病で死に至ります。「私は祈った。皇帝が祈ったのに!」

ここは全編のクライマックスですね



これは国営の売春宿。先ほど「156分間飽きさせない」なんて言いましたが、このシーンではポルノ的な映像が延々と映し出されて、これがあまりに長すぎるため、さすがに弛緩してしまっています。残念。

グッチョーネさんが勝手に撮影して入れちゃったというのはこの場面ですね。きっと、日本での公開当時はほとんど画面全体が「ぼかし」になってしまって、なにがなんだか分からなかったんじゃないですか(^_^;




・・・そして暗殺。直前の場面からすっかり雰囲気が一変して、その静謐な雰囲気はなかなかのもの。



ティベリウス役はピーター・オトゥール。配役が妙に豪華です(笑)



これはドルシラ役のテレサ・アン・サヴォイ。じつはHoffmannの好みなんです(^^*

これまでにうかがった好みのタイプとはちょっと違いますね〜(^o^;







ちょっと興味をそそられるのが、このフリークス。おそらくは当時の外科手術による人工的なものという設定でしょうか。

一番めは木材がかかっているから安心して(^_^;

モザイクでしょう(^o^;2番めのは別なシーンでもう一度出てきますが、目のところだけくり抜いたお面をかぶっているのが歴然としてますね




2006.07.18 tues

体調悪いうえ、このところ天候もよくないのでカメラを持って散歩に出ることができません・・・こうした不満の解消のためか、むしろ代償行為と言うべきか、ネットを徘徊しているとやたらレンズなどの機材が目について欲しくてたまらなくなります。

あああああ、ポチッとやってしまたい・・・


いいんじゃないですか?(^^*

あれも・・・これも・・・こいつも・・・それからそれから・・・

そ、そんなに・・・(^o^;






2006.07.17 mon

映画のなかの猫画像です。













まだまだあるんだけどね(^^*

なんの映画か、全部分かるひと、いらっしゃいます?(^^*




2006.07.16 sun

なにしろ突然の入院だったので、家ンなかはそのまんまの放置状態。幸い生ゴミの類は前夜に捨ててありましたが、ご飯は保温釜のなかでカピカピでした。そのせいでもないでしょうが、オカマが故障、ご飯が炊けません(ToT)






2006.07.15 sat

ただいま〜(^^*

お帰りなさい〜((((((((((/^0^)/

お帰りなさ〜い((((((((((/^∇^)/

長らくご無沙汰しておりましたが、本日、無事に帰宅いたしました。まだ本調子とは言えないんですが、ぼちぼち更新していきますので、どうかよろしくお願いいたします。