monologue 2007.07

2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2007.07.31 tues

PC不調。ただし常用マシンではなく、file鯖として使用しているものと、共有printerをつないでいるもの。

いよいよいかんなあと、余っているマシンを引っ張り出したんですが、OSがWindows98SEとか古〜いLinuxだったりして、W2kを入れ直したものの、M/Bの古さもあって大容量HDDが認識できないなどの問題も・・・。

そろそろまた一台造ってもいいんですが、しばらく自作から離れていたので、チップセットなどワケワカラン状態です。




ひさしぶりに雑誌2冊買ってきたけど・・・

こんなにありますのにねえ・・・




2007.07.30 mon



この指揮者に批判的なHoffmannですが、まあ、Wagnerですから入手しておきませんとね。




2007.07.28 sat


昨日取りあげた小澤征爾、水戸室内管弦楽団の交響曲第40番、協奏交響曲のdiscの帯(・・・っていうのか?)には「小澤征爾 初のオール・モーツァルト・アルバム!」なんて書いてあるんですが、これは明らかに間違い。Hoffmannの知る限り、「オール・モーツァルト・アルバム」はこれまでに上の2点が存在します。

左はニュー・フィルハーモニア管弦楽団との1969年のRCA録音で、交響曲第35番、第28番。右はボストン交響楽団とのクラリネット協奏曲、ファゴット協奏曲、ソロは同オーケストラの奏者、ハロルド・ライトとシャーマン・ウォルト。1978年のDGG録音で、Hoffmannが持っているのはいずれもLPです。

まあ、演奏は・・・(苦笑)

いかにもコンサートホールでの演奏といった印象で、モーツァルトならではの楽想の一切が他人事、その親しみが身近に迫ってきませんね。極端な言い方ですが、表面をなぞっただけ、と聴こえます

優美もなかなかきびしいね(^o^;たしかに、1969年の方は響きが重厚にすぎるし、協奏曲の方は薄味で淡泊、それでいて真面目一方だから、聴いていて楽しくないんだよね




2007.07.27 fri


小澤征爾指揮、水戸市津内管弦楽団によるモーツァルト・プログラムのCDです。左は交響曲第40番、協奏交響曲K.Anh.9(297B)レヴィン復元版で、2004年7月のlive録音。右は交響曲第36番、38番、「エクスルターテ・ユビラーテ」、録音は2003〜2005年。

オーケストラの編成が小さいのに、大編成かと思うような響きが小澤征爾らしいですね。交響曲第36番、38番はやや単調、交響曲第40番などは比較的いいんですが、協奏交響曲は響きもリズムも重すぎで、まるで象が踊っているみたいです。




こちらは同じ日本の室内オーケストラのモーツァルトでも、井上道義指揮、オーケストラ・アンサンブル金沢による交響曲第39、40、41番、「フィガロの結婚」序曲、2007年の録音です。

古楽器演奏を意識したと思われる自由闊達なフレージングとリズムに鬼才井上道義ならではの個性が光っていますね。まさに現代のいま、一から練り上げた演奏と聴こえるあたり、まだまだこのひとは若い!(もちろんいい意味で)

ジャケット写真が演奏内容にふさわしいですね(^^*

小澤征爾の場合、もはや確立されてしまった音楽造りが根本的に変化を見せることはないのでしょう。それはそれでいいと思います。




協奏交響曲K.297bの参考盤。カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏、1992年の録音。これなど、晩年のジュリーニらしく遅めのテンポで、響きも重いんですが、不思議とさほどリズムが重いとは感じられず、モーツァルトの音楽にふさわしい、軽妙で典雅な味わいはスポイルされていません。指揮はひたすら生真面目なんですが、同じ生真面目でもこのあたり、小澤征爾には欠けている要素じゃないでしょうか。



ついでにHoffmannの好きな演奏のdsicを紹介しておきましょう。アレクサンダー・シュナイダー指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団による演奏。1984年の録音で、これはASVのLP。カップリングはバッハのヴァイオリン、オーボエと弦楽合奏のための協奏曲、BWV1060、ヴィヴァルディの協奏曲RV556「聖ロレンツォの祝日のために」 。




2007.07.26 thurs



ひさしぶりの登場ですよっヾ(^∇^*) (^o^*)ワ、ワタシも・・・




2007.07.25 wed



映画のなかの猫画像です。

この男の子は、お父さんにそっくりですね〜

※ 2007.07.23 monにupした画像にご注目〜(^^)



2007.07.24 tues

映画のなかのヴァイオリン画像、モノクロ篇―







こちらは簡単ですね〜(^o^*






2007.07.23 mon

映画のなかのヴァイオリン画像―













さて、それぞれなんという映画でしょう?




2007.07.22 sun

終日、本棚の整理。






2007.07.21 sat

このへんの更新でお茶を濁す・・・。

はじめに大風呂敷をひろげるクセは相変わらずですなあ(^o^A;




2007.07.20 fri

ちょっと体調悪い・・・。




ときどきこのような画像をupすることに、どこかサド的な快感を覚えますね。

「自虐的」じゃないんですか?(笑)




2007.07.18 wed

ただいま〜(-_-;)))

おかえりなさ〜い(^o^*
おかえりなさいっ(^∇^*

ああ、ただいま(-。-;あー疲れた・・・


今日は職場の飲み会だったんですよね

ウン、テーブルふたつに分かれたんだけど、アミダで若い女の子ばっかりのテーブルになっちゃって・・・

それはよかったですね・・・って、楽しくなかったんですか?(・・?

話題もないし・・・気ばかり遣って退屈だったよ(;-_-)=3フウ

優美お姉ちゃん、Hoffmannさんのようなひとのことなんて言うか、花も知ってますよっヾ(^∇^)(^o^*なになに?

「毒人参」っていうんですよっヾ( ̄∇ ̄)(^o^;花ちゃん、それは朴念仁・・・




2007.07.17 tues

ひさしぶりに映画のなかで使われているカメラ画像を―。



これは先日のパゾリーニ監督「テオレマ」から、長女オデッタがテレンス・スタンプ演じる来訪者の写真を撮っている場面です。残念ながら大写しにならないので、機種が分かりません。


彼女、右手でピント合わせをしてからシャッターを切っていますね

マニュアルフォーカスだね、巻き上げはレバーで、ペンタプリズムが見えるから一眼レフ・・・ちょっとPentaxのようにも見えるんだけど、シャッター音は「カチャ」とレンズシャッター機みたいに軽いんだよね

シャッター音は後から重ねたものかもしれませんよ

ちなみに撮影されている側は、律儀に(?)さまざまなポーズをとっているね



こちらはメル・ブルックスの「新サイコ」から―

これは“minolta”のロゴがはっきり見えますね


やっぱり被写体はいろいろポーズをとっています(笑)




2007.07.16 mon







ただいま〜(´□`;)))ハアハア・・・

おかえりなさいっヾ(^∇^*

Hoffmannさん、そんなにお急ぎになって、どうなさったんですか?(・・?

いや、○時にね、仕事の関係で電話をしなきゃいけなくて・・・(ゼエゼエ)今日に限って携帯も持ってなくて・・・(ハアハア)

お水でも飲んでからに・・・そんな息遣いで電話したらヘンタイかと思われちゃいますよ(^o^;

タイヘンですよっヾ(^∇^*






地震ですぅ〜揺れてる揺れてる揺れてる〜ヾ(・∇・;)ノシ




2007.07.15 sun

(微妙に2007.06.05 tuesの続き)

蒸し暑い日が続きますね。こんな時節には猥雑で暑苦しいイタリア映画がいちばんです(^_^A;
(^o^A;ふは〜



・・・というわけで、2007.0605 tuesに「世にも怪奇な物語」第三話はフェデリコ・フェリーニ監督による「トビー・ダミット」取りあげた際にちょっと言いかけた映画、パゾリーニ監督による「テオレマ」“Teorema”(1968年伊)です。

あのオムニバス映画でテレンス・スタンプ演じるイギリスの俳優トビー・ダミットは、「福音書の贖罪を西部劇に置き換えた」映画に出演するためローマに招かれていたんですよね

そう。西部劇じゃないけど、ここでテレンス・スタンプが演じているのは、まさに荒野に現れる天使みたいな不思議な存在なんだよね



ミラノ郊外のブルジョワ家に突然現れた青年(テレンス・スタンプ)は、たちまち一家の父親、母親、長男、長女、さらに家政婦までも虜にしてしまいます。


そしてこの不思議な聖性をおびた青年は訪れたときと同様、不意に去って行き、残された家族はたちまち自己崩壊への道をたどります。



そのなかで、家政婦エミリアだけが精神の崩壊を免れ・・・


故郷に帰った彼女は断食の末、子供の病気を治し、空中に浮遊するという奇蹟を起こし・・・


ついにはとある工事現場の泥のなかに、我が身を生き埋めにしてしまいます。

この映画は、1968年という製作時点からも、ブルジョワジーの欺瞞と虚妄を描いたものとされていますよね

まあ、ただひとりプロレタリアートである家政婦だけが別扱いされているしね。でも、そんな社会派的な「解釈」による見方はおもしろくないよ

Hoffmannさんはどうご覧になりましたか?

善も悪もない、両性具有の天使がとある家庭に降りたって、それぞれに恩寵の光、啓示を与えた―

それじゃさっぱり分かりませんよ〜(^o^;

いいんだよ、寓話なんだから(笑)それじゃあ、ひとつだけ寓意らしきものを挙げてみようか・・・天使が去った後の自己崩壊って、なんのことはない、それぞれがもともと欲していた自分自身になっただけなんじゃないのか? それを受け入れることに未だためらいがあるための自己崩壊なんだよ

母親の若い男との情事、父親の同性愛、長男の妙ちきりんな芸術論・・・と。抑圧の解放というわけですか? それでは長女は?

これは露骨に示されていると思うんだけどね。長女オデッタの硬直状態は、母親の情事などよりもはるかに性的だよ

家政婦エミリアは?

もともと信仰厚い女性であることははじめの方の場面で分かるだろう

「テオレマ」って、「定理」という意味でしたよね

そう、既に証明されてしまった命題なんだよ。だから、ただありのまま(人間を)描いてみました・・・っていう映画なのさ

# もちろん、ぜんぜん別な見方をしたって一向にかまわない映画だと思いますよ(^^*寓話なんですから

(おまけ)

メッセンジャー役がパゾリーニ映画に欠かせないニネット・ダヴォリ。毎度お馴染みの笑顔、そして立ち去って行く後ろ姿もこのとおり(^o^*




2007.07.14 sat

昨日と一昨日3番めの画像はこの映画から―



フェデリコ・フェリーニ監督の「ジンジャーとフレッド」“Ginger e Fred”(1985年伊独仏合作)ですね

かつて若き日にジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアの物まねで人気を得た芸人―アメリアとピッポが、クリスマスのテレビ番組に出演することとなり、30年ぶりに再会する物語です。


アメリアにジュリエッタ・マシーナ、ピッポにマルチェロ・マストヤンニ。


いちばん上の画像に続く場面ですね。これぞ名場面ですね(^o^*
(^-^*いいよね〜



この映画、かなり露骨にテレビ(番組)というものを揶揄しているんですよね

もっとも、オカマありルンペンあり、ここでは凶悪な犯罪者まで、奇人変人大集合の猥雑さはフェリーニ映画ではいつものことだから、そのあたりの皮肉はやや薄まっちゃてるかも・・・(^^;


ジュリエッタ・マシーナがすばらしいですね。マストロヤンニも・・・

マストロヤンニって、Hoffmannの周辺の映画好きにはあまり評判がよろしくないんですが、この映画に関する限り、Hoffmannは結構好きですね。


再会、そして別れ・・・当日ギャラをもらえなかったピッポにお金を貸したアメリアは、さかんに「でもちゃんと返してね」と・・・

きっと、またこの二人は再会できるんですよ(^^*




2007.07.13 fri

それにしても、DVDってじつにありがたいもんですな。PCがあれば、我が家のようにTVがなくても(もちろんTVチューナーカードを内蔵していなくても)観られるんですからね。

Hoffmann家にはTVがないんですが、これを聞いたひとの反応は判で押したように「TVぐらい買えばいいのに」「いまは安いのがあるでしょ」というもの。こういった発言をするひとは、Hoffmannが貧乏でTVを買うことができないでいると思っているらしいのですね。まあ、Hoffmannが貧乏なのは確かにそのとおりなんですけどね。Hoffmannには、どうして多くのひとが、だれもがTVを観る(観たい)のが当然だと考えているのか、不思議です。ちなみにHoffmannは仕事でときどき住まいが変わりますが、地方へ行くほどこうした傾向が強い。つまりその根底には、閉鎖的で、だれもが同じことを考えて同じことをしていなければ気がすまない、同じことをしていない人間はアウトサイダーであるという田舎ものの発想があるんですね。TVに関して言えば、観もしないのに買う必要はありませんよ(仮にあったとしても観る時間などない)。

どんなに安いTVでも買うことができない貧乏人のひがみととられてもかまいませんけどね(笑)







2007.07.12 thurs



ワタシの実家から新人さんが続々ですよ〜(^^*

ほー(^^*



(^∇^*nikoniko

(^-^*nikoniko







2007.07.11 wed


引き続き「ドン・ジョヴァンニ」のDVD。以前にも取りあげましたが、フルトヴェングラー指揮による1954年ザルツブルク音楽祭の記録。結局、これがいちばんいいんですよね(^o^*


こちらはマドリッド王立歌劇場、2005年上演のプロダクション。演出はルイス・パスクワル。最近入手したDVDなんですが、存外よかったので、いずれまた取りあげることにします。

最近になって入手されたのは?

安くなるのを待ってたの(^o^*)ゞ




2007.07.10 tues

HoffmannがWagner作品とともに好きなオペラがモーツァルトの、とりわけ「ドン・ジョヴァンニ」です。こちらも昨今の珍奇な演出にはいささか辟易しているところで・・・


かなり以前から発売されていたものですが、これは1987年ザルツブルク音楽祭におけるプロダクションの記録。


ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏ですね

歌手はサミュエル・ラミー(レイミー?)、フェルッチョ・フルラネット、アンナ・トモワ=シントウ、ユリア・ヴァラディほか。いかにもカラヤン好みの歌手と、(当時の)新進を起用したキャストです。

ユリア・ヴァラディはカラヤン好みなんですかね〜(^^;



歌手に関しては小粒ながら比較的よく揃っていると思うんですが・・・ツェルリーナ役のキャスリーン・バトル、このひとは歌も演技も下手、どうして一時期あれほどもてはやされたのか、さっぱり理解できません。


観ていてちょっと気になったのは、ラミーよりもフルラネットの方が上背があるみたいなんですね。そのため―もちろん身分や立場の差をあらわす演出上の要請もあるんでしょうが―ドン・ジョヴァンニと並ぶとき、レポレロはいつも前屈みになっています(笑)

ラミーさんって、どことなく小泉前首相に似てますよね(^o^;( ̄o ̄;言われてみれば・・・




2007.07.09 mon

次々とリリースされるWagner作品のDVDですが、斬新な演出にも食傷気味・・・


だからというわけでもないのですが、こちらは最近になってようやく入手したメトロポリタン歌劇場の「ニーベルングの指環」DVDです。

ジェイムズ・レヴァイン指揮、オットー・シェンクによる伝統的な演出の上演ですね


左は「ワルキューレ」でのフリッカ役のクリスタ・ルートヴィヒ、右は「ジークフリート」のミーメ役ハインツ・ツェドニクですね

歌手は脇に歌も演技も巧みなベテランを配しているかと思うと・・・


こんなひともいたりして・・・

これはジークフリート役のジークフリート・イェルサレムですね

歌もよくないし演技も下手、無意味に(と見える)身体を揺すったりウロウロと右往左往しているのが、観ていてじつに落ち着かないんだよね

あまりいい意味ではなく・・・なにを歌ってもこのひとなりの歌になってしまうというか・・・役柄による歌い分けがいまひとつなんですよね

そういえば、「どこで切ってもイェルサレム」と言ったひとがいたなあ(^o^;「声楽界のアシュケナージ」と名付けようか(笑)



これは「神々の黄昏」からブリュンヒルデ役のヒルデガルト・ベーレンス。Hoffmannのあまり好きではない歌手なんですが、ミュンヘンでのレンホフ演出による「神々の黄昏」における歌唱よりはいいですね。

それでも、最初に言ったことと矛盾するようですが、このオットー・シェンクによる後ろ向きの演出はやはり退屈です。



やっぱりこっちの方がずっといい(^^*感銘の度においては比較にならず・・・

バイロイトのシェロー演出によるグィネス・ジョーンズのブリュンヒルデですね

(おまけ―というか、ついで)


上は「ワルキューレ」第一幕後のカーテンコール。これはHoffmannの戯言と思っていただいてかまわないんですが、Wagner上演を観る(聴く)際には、自ら進んで没入してしまいたいんですよ。全曲終わってからならともかく、幕間で、悲劇の登場人物が満面の笑顔でカーテンコールに現れるのは嫌なんですよね。

いつだったか、「さまよえるオランダ人」の上演でも、第二幕の後のカーテンコールでゼンタ役の歌手が聴衆に向かって手まで振って見せたことがあって、すっかりシラけちゃったんだよね(-_-;

う〜ん(^^;




2007.07.08 sun

「リュスランとリュドミラ」、ふたたびグリンカの歌劇の方に戻って・・・ロシア以外で上演されることは少ないようですが、序曲はたいへん有名ですね。どちらかというと、オーケストラの機能をアピールするためのショウピースとしての扱いなんですが、それはそれとして(^^*演奏はなんといってもこちら―

〜♪(公開終了)

きゃーきゃーきゃーヾ(^∇^)/

花ちゃんが大喜びですよ〜(^o^*




2007.07.07 sat



「ルスランとリュドミラ」、こちらはアレクサンドル・プトゥシコ監督による1972年の旧ソ連映画です。

もともとプーシキンの叙事詩が原作でしたね


これがなかなか・・・(・Α・)イイ!

これ、とーっても、おもしろい映画ですねっヾ(^∇^*


1972年の作としては古拙といった印象ながら、だからこそ楽しいファンタジーとなっているんですね




どことなく古典的なお色気(?)シーンも・・・


主役二人はキャラクター造型がいまひとつ・・・と思いきや、リュドミラは結構思い切った表情(演技)を見せてくれたりして・・・


お姫様のりんごかぶりつきシーン(^o^*

かえって可愛らしさ倍増ですねヽ(^o^*




2007.07.06 fri



2007.07.03 tuesに名前の出てきたグリンカの歌劇「リュスランとリュドミラ」のDVDです。サンクト・ペテルブルクのマイリンスキー劇場におけるキーロフ・オペラの上演を収録したもの。


ロシア・オペラには不案内なHoffmannですが、なかなか愉しめる作品です。




ただしオーケストラの実力はそこそこ。バレエなんかはむしろ下手。もっともバレエに関して、Hoffmannは自分の鑑賞眼にあまり自信がありませんが・・・。



指揮はValery Gergiev・・・というひと。こんな言い方をするのは、このdiscを入手するまでこの指揮者を知らなかったから。で、検索してみたら、ロシアの指揮者で名前はヴァレリー・ゲルギエフと読むこと、さらに現在ひじょうに人気があって、CDなどもよく売れている指揮者であることを知って、たいへんたまげてびっくりしています。

このdiscで聴く限り、この指揮者は外面的な効果造りにのみ腐心しているとしか聴こえないんですけどね・・・そうですか、このひとがいま世界的に人気のある指揮者なんですか・・・
そうですか・・・

このdiscだけではわかりませんよ〜(^^;

ほかの作品の演奏を聴いてみたいとは思わないな(苦笑)




2007.07.05 thurs

ttp://www.news.com.au/story/0,23599,21904047-2,00.html

ttp://rate.livedoor.biz/archives/50389495.html

すてきな声ですねっヾ(^∇^*

うまいよね。自己流といえば自己流なんだけど・・・なんというか、音楽っちゅうもんは技術だけじゃないんだね

なんともハートのある歌ですよね

それに、アマチュアにありがちな「どうだい、おれの歌は。いい声だろう」といった嫌らしさの感じられないあたりが、そこらのカラオケのど自慢とは違うところだね




2007.07.04 wed



Marco Poloから出た新譜CD、Siegfried Wagnerのオペラ“Der Kobold”です。

これまでに聴いたSiegfried Wagnerの作品は、どれも志高く、壮大な音楽にしようと大きく構えて・・・空振り(^o^;といった印象のものが多かったのですが、今回はそれほど・・・というか、こちらが慣れちゃったのかなあ(笑)


ときどき、ザックスやクンドリーの声が聴こえてきますね(^^*

ところどころに偉大なお父さん(Richard Wagner)が顔をのぞかせているみたいだね




2007.07.03 tues



2007.06.19 tuesにJoris Karl Huysmansの本をいくつか紹介しましたが、本棚の整理をしていたらまたまた出てきましたのでお写真を―。

“Auf Reede”、ドイツ語訳ですね。これ、本邦未訳でしたね



もうひとつ、本棚に見つかった本です。指揮者Igol Markevitchの“POINT D'ORGUR ― Entretiens avec Claud Rostand”。1959年刊。

フ、フランス語だ・・・(^o^A;


表紙の見返しに鉛筆でお値段が・・・Hoffmannさん、古書店で500円でお買いになりましたね(笑)

値段からすると店頭の均一棚かな・・・いつ買ったのかも覚えていない(^o^;;

ついでに、これまでに紹介していないMarkevitch指揮のdiscを―



グリンカの歌劇「皇帝に捧げし命」ですね

もともとは「イワン・スサーニン」という題だったオペラだね。台本も音楽も、いかにもロシアの国民オペラという内容なんだけど、ところどころ西欧的なベルカント・オペラになったりして・・・(笑)

私はグリンカのオペラなら「リュスランとリュドミラ」の方が好きですね

あれも音楽がいいよね。片やロシアの歴史オペラの元祖、片や初代御伽噺オペラだ

なんだか、つけ麺みたいですね〜(^o^*




2007.07.02 mon



1988年10月18日、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演のDVDです。クラウス・テンシュテット指揮によるこのオールWagnerプログラムの演奏会は、当時若きHoffmannが聴きに行ったものなんですよ。

2007.06.22 friにとりあげた1980年のウィーン国立歌劇場来日公演初日のモーツァルト歌劇「フィガロの結婚」live収録DVDに続いて、第2弾ですね(^^*

偶然とはいえ、自分が体験した公演を、20余年を経てこうして立て続けに映像で観ることになろうとは・・・ありがたやありがたや、長生きはするもんじゃ、ふぉっふぉっふぉっ・・・いやいや、わしも人生の秋を迎えていよいよ回想の時代に突入したもんじゃろか・・・(ゲホゲホゲホ)・・・ところで優美さん、晩飯はまだかのう・・・

いやだ、おじーちゃん、さっき食べたばかりでしょう(・_・;

げほげほげほげほ・・・

おじいちゃん、おくすりのお時間ですよっヾ(・∇・*)))



プログラムは「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルクの音楽、「リエンツィ」序曲、「神々の黄昏」から夜明けとジークフリートラインの旅、葬送行進曲、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、それにアンコールとして「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」。

テンシュテットさんは1984年に初来日して、この1988年が2度めの来日、その後1992年にも来日したんですが、このときは体調悪く、一度も指揮をすることなく帰国して、1998年に亡くなっているんですね

喉頭癌の発症が1985年だから、一度カムバックしての演奏会だね。かつてはその指揮姿が「タコ踊り」なんて言われたそうだけど、ここではかなりおとなしめだよね



これはプログラムの最後、楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲で、指揮棒を忘れてきて棒なしで指揮しているところ。

テンシュテットとロンドン・フィルといえば「テンシュテットなきロンドン・フィルはミック・ジャガーのいないローリング・ストーンズのようだ」とまで言われたほどの良好な関係にあったそうですね。

Hoffmannさん、ミック・ジャガーってご存じでした?(^o^* 

知らないけど・・・(^o^A;肉じゃがですかっヾ(^∇^*それはともかく、ここでもかなり充実した演奏、ロマン的かつ熱気のあるWagnrを展開してますね。ただしどの音楽も、オペラの序曲・前奏曲や間奏曲ではなく、あくまでオーケストラ・コンサートにおける独立曲として聴こえ、それはそれで悪くはないんですが、個人的にはやや物足りなくもあります。とはいえ、そうした印象は濃厚な表情付けと、ステージ上でのスケールの大きい音楽造りとトレードオフの関係ですね。

オーケストラの音色はやや明るめ、とくにヴァイオリンの響きの線が細めと感じましたが・・・

そのへん、イギリスのオーケストラの特徴かも。いま一歩重厚感があってもいいね。金管なんか張り出し気味だ。でも、それじゃあベルリン・フィルを振ったレコーディングがいいかというと、そうでもないんだな

「大地の歌」のページでHoffmannさんもおっしゃってましたけど、旋律やダイナミクスのうねりはあたかも一音一音に感情を込めているかのような深い内容を感じさせますね

そうそう、曲によってはちょっとデフォルメにすぎるんじゃないかと思うようなところもあって、逆に言えば洗練された現代的な演奏とは一線を画するものなんだけど、決して表面ばかり磨き整えたような、いかにもビジネス的な演奏にはならないあたり、テンシュテットのすばらしいところだね






2007.07.01 sun



ようやく「あの」映画の原作本を読みましたよ。

「あの」って・・・映画の表題も同じ“The Haunting”ですよね(^o^*原作はShirley Jackson

monologue 2006.09.19 tuesをごさんしょうくださいっヾ(・∇・*