monologue 2007.08

2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2007.08.31 fri



こここここ、これはカラスですか〜(^o^;;あまりにベタな・・・




2007.08.30 thurs

(2007.08.28 tuesにちょいとマリア・カラスの名前が出たので・・・)
マリア・カラスといえば、かつてファンの間で人気を二分したのがレナータ・テバルディですね。ドナルド・キーンは「当時のテバルディもたしかにすばらしい歌い手だったが、カラスに対するのと同じ気持ちをテバルディに対していだくことは無理というものだった」と書いていますね。

役になりきるということを知らなかったテバルディは、《椿姫》のヴィオレッタを歌ったあと、流行歌か何かを鼻歌で歌いながら足取りも軽く陽気に舞台から引き揚げてきたという話だ。これはあるいは作り話かもしれないが、テバルディの役作りについてなにがしかの真実を伝えている。・・・(中略)・・・カラスの場合は、まったく違っていた。彼女は、いかなる役も実在のものだと信じていた。

そうした相違について論じると、ヴェルディやプッチーニのオペラを聴くにあたっては、いかにもカラスの方が好ましく思えるようですが、現実における女性(女優)の人間的な魅力となるとどうでしょうね・・・

命がけの没入のカラスと、あくまで肯定的な人生観を思わせる優雅なテバルディ・・・このふたりの大歌手を比較すると、どうしても紫式部と清少納言の比較を思い浮かべてしまうんだよね(-_-)




2007.08.29 wed

(まだ昨日の続きだよん)
Verdiでも「レクイエム」となると、これがなかなか個性豊かな演奏が目白押しで、手許から遠ざけることができません・・・というか、手許に置いておきたい。やっぱり「レクイエム」というジャンル(?)の音楽は、Hoffmannにとって好きという以上の存在なんですよ。


手持ちのヴェルディ「レクイエム」のレコードから―これは昨日も取りあげたリッカルド・ムーティの指揮によるもの。左はフィルハーモニア管弦楽団を振った1979年頃の録音で英盤。右は再録音で、1987年ミラノ・スカラ座管弦楽団を指揮した演奏、独DMM盤。Hoffmannがいずれの演奏を好むのかは、もはや言うまでもありませんね。

ほかにもいろいろありますし、ヴェルディの「レクイエム」も別ページをつくりませんか?(^^*




2007.08.28 tues

(昨日の続きっすよ)
サテ、実家にアナログプレーヤーが置いてあるのは、いまの部屋に2台のプレーヤーを置くスペースが確保できないためばかりでなく、LPレコードも相当量実家に置いておかざるを得ないので、そちらで聴くことができるようにしておくためです。Wagner作品の全曲録音なんてほとんど手許にあり、実家にあるのはオットー・ゲルデスの「タンホイザー」とかカラヤンの「さまよえるオランダ人」、「ローエングリン」とか、ほとんどどうでもいいような(以下略)。オペラでいえばVerdiもごく少数を除いて実家ですね。おかげで若き日のリッカルド・ムーティは実家に行かないと聴けません。カラヤンも1970年代のVerdiはともかく、mono録音のマリア・カラスとの共演盤も同様です。

ムーティの初期レコーディングといえばEMIに録音したヴェルディの歌劇全曲録音がひじょうにすばらしい。「エルナニ」、「マクベス」、「ナブッコ」あたりも印象的ですが、ここでは以下の二組をあげておきます。


左はレコーディング・デビューを飾った「アイーダ」。録音が1974年ですから、下の解説書に印刷された録音風景のお写真は、ムーティ33歳のときのものです。右は翌1975年録音の「仮面舞踏会」。いずれも国内プレスLPです。



若いですね〜(^^*

その音楽造りも、覇気があってすばらしく、また若くしてオーケストラのみならず大歌手をも手中に収めて、手綱を引き締めたものだね




2007.08.27 mon

Hoffmannの常用アナログプレーヤーはフォノモーターがT社、トーンアームがS社、カートリッジがO社製という組み合わせで2台、古い方は実家に置いてあり、これは××年もの。手許で使っているのはその二世代ほど後の製品です。

さてこの実家のプレーヤーが不意に動かなくなってしまいました。つまり回転しない。ここしばらくオイル交換もしていなかったし、ベルトドライブのそのベルトも結構長く使っているもので、お世辞にも充分なメンテナンスを欠かさなかったとは言えない状態であったので、メカニカルな箇所の摩耗は、これは仕方がない。しかし電気系統の故障となるとこれはお手上げであるばかりか、使い切ったぞという達成感にはほど遠い気分です。一応単純な接触不良も疑ってみて、底蓋を外してところどころいじってはみたものの、やは電源は入ってもモーターは回転しません。

翌日取り扱い輸入元に電話して修理を依頼、修理に出すならカートリッジはもとよりトーンアームのウェイトくらいは外しておこうかなと、仕事の帰りに実家に寄ってケーブルなど外した後、ふと思い立ってスイッチを入れたら・・・ありゃま、前日はぴくりとも動かなかったモーターが回転しているじゃありませんか。××年目にして思春期かしら? ともあれ、これで基盤及びモーターの壊滅的な故障といった可能性は薄れて、安心の度合いが6割くらいは増してきましたね。

とはいうものの、またいつ機嫌を損ねるものか、それこそソッポを向かれるか分からない状態で使い続けるのも精神衛生上よろしくないので、必要に応じて在庫のある限り部品を交換してOHを、と依頼することにしましたよ。ついでに同じメーカーの現行製品について訊ねたところ、アナログですから昔のように数が出ないこともあって価格がお高めなのはやむを得ないとしても、やはり造りに関しては、今回修理に出すアナログ全盛期のモデルの方が上、とのこと。

よく、オーディオマニアというと年がら年じゅう次々と機器を買い替え、スピーカーもアンプも猫の目のように変わっていくようなイメージを持たれているようですが、Hoffmannの場合、できることなら同じキカイを安心して使い続けていければそれに越したことはない―いやむしろそうあって欲しい、キカイを取り替えなきゃならんという状況に至ることは決して歓迎できない、ありがたくないことだと思っているんですよ。



写真はイメージでごぜえますだ(-_-)




2007.08.26 sun



必携書! ( ̄ー ̄)♭

でも、とっくに翻訳が出てますよね〜(^o^* 
( ̄ヘ ̄〃)




2007.08.25 sat

・・・と、まあこのmonologueのページが、おおむね自由連想で書き連ねられていることには、お気づきの方もおられるでしょうか。



さて、この映画もちょいと以前に取りあげた話題からの連想で観たものです。

はあ・・・フランシス・F・コッポラの「地獄の黙示録」ですね。あまりHoffmannさん好みの映画ではないような気もしますけど・・・この場面のWagneの音楽からでないとすると・・・(・・?どこからの連想なんですか?

(笑)2007.08.06 monだよ(^^*

エート・・・・・・(-_-)・・・・・・Σ(・o・;あっ!



連想したのはこの場面ですねヽ(^o^;例によってまわりくどいですね〜

うっかり語りはじめると、いろいろと話題の尽きない映画なんだよね

やっぱり原作が・・・?

いや、映画そのものがいろいろな意味で問題作なんだよね。なんというか、たいした映画ではないとも言えるし・・・

撮影はトラブルが多発して膨大な時間と費用を要したとか・・・

一面ではそのとおりなんだけど、そもそもこの監督のやりかたがトラブルを誘発して、またそれを取り込んでしまっているようなところもあるよね




2007.08.24 fri

昨日ふれた島田荘司の「龍臥亭事件」では、小道具・大道具(?)に琴が使われており、琴についての解説とともに、登場人物母娘による演奏場面もあるんですね。

えーと・・・「箏」と表記するのが正しいんじゃないですか(笑)



・・・で、ひさしぶりに引っ張り出して針を下ろしたのがこのレコードヾ(^-^*野坂恵子の演奏で、作曲家三木稔の二十絃箏のための作品をまとめた国内盤4枚組LPです(Camerata;CMT-1015〜8)。

この演奏者による二十絃箏のレコードはほかにも何枚かお持ちですよね

ドビュッシーやラヴェル、バッハを奏いたものもあるんだけど、どうしても際物めいてしまうんだよね(^_^A;

やっぱりチェンバロとは違いますね(^o^*

でも、この4枚組に収録された作品はもともと二十絃箏のために作曲されているだけに、そうした違和感などないばかりか、どれもすばらしいよ。意外と親しみやすい音楽もあるし・・・




2007.08.23 thurs

2007.08.10 friに野村芳太郎監督の映画
「八つ墓村」(1977)DVDをとりあげて、このとき筑波昭の「津山三十人殺し 村の秀才青年はなぜ凶行に及んだか」(草思社)も紹介しましたね。この昭和13年にじっさいに起きた大量殺人事件「津山三十人殺し」を重要なモチーフに使った小説に、島田荘司の「龍臥亭事件」という長編がありまして、ひさしぶりに再読しました。

島田荘司のミステリは「新本格」なんて呼ばれた初期のものがとくに好きで、一時期かなり読んだものの最近はすっかりご無沙汰。そこで、「龍臥亭事件」の後日譚ともいうべき「龍臥亭幻想」ほか何冊か買ってきたんですが・・・

Hoffmannさんは大作好きですから長編ばかりですね(^^*

ミステリとしての仕掛けもスケールの大きいものが好きなんだよね。ところが、上記「龍臥亭」の登場人物でもある若い娘さんが主人公となっている長編があって、これがHoffmann的にはひどいシロモノ。一応最後まで読んだんだけど、この作者の小説で、徹頭徹尾ツマラナイと感じたのは、これがはじめてだよ

つまらないって、具体的には?

決して欲得で行動しない女性を描いているんだけど、まあそのあたりの純粋な正義感はいいとして、しゃべり方やその内容がただの低脳としか思えない。その他の登場人物もすべて無能。おまけにその性格設定も言動も、とにかく紋切り型の一語に尽きる。すべての要素が、安づくりのテレビドラマに似つかわしい予定調和の世界・・・

う〜ん(^^;)ここはあまりツッコまないでおきましょうか・・・


こちら2冊は以前からお持ちだったものですねヽ(^o^*

以前、gallery、dialogueの会話のなかに出てきたことがあったね(^^*リンクは貼らないけど、どこだか分かる?




2007.08.22 wed


Yan Pascal Tortelier指揮Ulster OrchestraによるDebussyとRavelの管弦楽曲集のdisc。1980年代後半から'90年代前半にかけてChandosに録音されたものをそれぞれCD4枚組にまとめたもの。なぜかDebussyはプラケースでRavelは紙箱。


なんとも洗練された、エレガントな演奏ですね。オーケストラの響きもたいへん美しく魅力的です。ただ、決して表面的とは思わないのですが、DebussyやRavelの音楽に時折垣間見られるグロテスクな味わいはスポイルされてしまっていますね

単発のdiscで聴いているとうっかり見過ごしてしまいそうだけど、こうしてまとめて聴くと、そのあたり不満を感じるね




2007.08.21 tues

(なんとなく、まだ昨日の続き)
さて、そんなスピーカーなんですから、モーツァルトでも聴けばいいところ、あえて聴いてみたのはこちらのdisc。




メシアンの「トゥランガリラ交響曲」―このLPは若き日の小澤征爾指揮トロント交響楽団のRCA盤、右下のCDはケント・ナガノ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による2000年の録音ですね

この作品にはアンドレ・プレヴィン、サイモン・ラトルといった指揮者の録音もあるけれど、やっぱり小澤盤が、いかにも「同時代の証言」といった若さ故の「気負い」が感じられて、そこが好ましかったんだよね。でも、ケント・ナガノ盤が出て―決して録音の良さではなくて演奏上の―その明快な響きに、優位を認めざるを得なくなったな

演奏・録音もそうなのかもしれませんが、やはりどのような局面でも刺激的にならないのは、このスピーカーの持ち味ですね

ただ、どのように録音されたdiscでも、やさしくおだやかな響きで聴かせるというのは、一見自己主張の控えめな装置のように思えて、じつはひじょうに強烈な個性を持っているとも言えるね




2007.08.20 mon

(昨日の続き)
直前までメインの位置に据えていたスピーカーは、花ちゃんの言うところに倣えば「『すぺんさー』さんと『どろしー』さんご夫妻」でした。これと「『はーうっど』さんと『えりざべす』さんご夫妻」と比較すると、「すぺんさー」の方がひと回り小型であることを割り引いても、音が若い。ややおおげさに言えばメゾ・ソプラノも可愛らしいソプラノのように聴こえ、肉付きはもとより柳腰の清楚さというよりも、思春期の新鮮さが際立つようなところがあります。対して「はーうっど」の方は、ふくよかさが増して刺激成分もやわらかな響きで包まれています。これまたちょいとおおげさに言えば、輪郭の絶妙なボケ味といったところでしょうか。いや、決してシャープさにおいて劣るわけではないんですが、直線よりも曲線のやさしさを感じるんですね。


それって、カメラで例えれば、Hoffmannさんご愛用のちょっと古い「来夏」レンズと共通する魅力じゃないですか?(^^*






2007.08.19 sun

そりゃまあ・・・スケベ心というんですかね、いろいろ目移りする、そんな時期がHoffmannにもときどき訪れるんですな。あまり言いたくはないんですが浮気したことも一度や二度じゃありません。Hoffmannの友人には「飽きたから取り替えた」なんてことをたびたび宣うようなのもいまして、あれはあれで執着心がないというのはちょいとうらやましいくらいですね。Hoffmannはというと、これがそのときそのときの気分が「本気」だったものか、「遊び」だったものか、いまとなっては断言できる自信もありません。もちろん、そのときは乗り換えちゃおうという意気込みに突き動かされての行動なんですけれど、「癒し系の愛人」、「刺激的な恋人」ってのは、やはり一生添い遂げるという存在とは異なるもの・・・そう、××年を経て、こうして最初の「正妻」と向かい合ってみると、ここが自分の居場所だったのかと、このいまさらながらの発見は、「そうだったのか!」ではなく、「やっぱりそうか・・・」という、ただ単にセンチメンタルなだけではない感慨深さを・・・

要するに、いちばんはじめに使ってらしたスピーカーに戻ってきたんですよね(((*^o^)σ
)~0~)/プニッ♪



「はーうっど」さんと「えりざべす」さんご夫妻ですねっヾ(^∇^*




2007.08.18 sat


ひさしぶりにWagner関係の本を買いました。ただし日本語。

「わ」? 「う゛ぁ」? どっちが正しいんですかっ?ヾ(・∇・;




2007.08.17 fri



この本について、以前に書きましたっけ?




2007.08.16 thurs


あまり好きじゃないとか言いながら、ときどき取りあげるチャイコフスキー。これは実家にあった後期交響曲(第4〜6番)、カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による'60年代DGG録音と'70年代初頭(?)のElectorola(EMI)録音のLP。ただしいずれも国内盤。ジャケットはそれぞれ似たようなものなので、お写真は重ねて撮っちゃいました。

演奏のアプローチの相違が、録音のコンセプトの相違と一致していますね。ややマイクの近いDGG録音はトスカニーニふうの即物的な演奏で、オフ気味に全体の響きをとらえたElectorola録音は感情移入過多かと思われるほど嫋々たるロマンティスム濃厚な演奏ですね

後者は続けて聴いていると、おなかいっぱいになって、ちょっとうんざりしてきちゃう・・・でも、カラヤンならさらにその後の録音を聴くよりも、この二種を聴き比べている方がおもしろいね


これも実家から持ってきた、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団による国内盤LP。古くから世評の高い演奏なんですが・・・


ジャケットのデザインはいいですね


この指揮者、ホントはチャイコフスキーなんてまるで興味がないんじゃないですか?(^_^;とくに第5番とか


このレコードについて、そんなことを言うのはHoffmannさんくらいのものですよ〜(^o^;

いずれにせよ、以上9枚のLP、さっさと実家に左遷させますよ(笑)




2007.08.15 wed



古書店店頭の平台から発掘。edition text + kritikのMusik-Konzepte Die Reihe ueber Komponistenというシリーズのうちの一巻。Richard Wagnerのものは持っていましたが、これはClaude Debussy。Heinz-Klaus MetzgerとRainer Riehnによる編集。未完のオペラ“La Chute de la maison Usher”の仏語・独語対訳テクストと、この作品を補筆完成させたJuan Allende-BlinによるDebussy論が収録されています。

そういえば、DVDの紹介がまだでしたねρ(^^*近いうちに取りあげませんか?






2007.08.14 tues



名場面!




2007.08.13 mon

Hoffmann家には自作PCが売るほどあるので(じっさいに何台か近所のひととその知人に売ったこともある)、web・mail用、homepage作成用、画像処理用と、用途別に使い分けています。先日からそのなかの一台が不調(ぺん4の1.6GHz)、それではと引っ張り出したマシン(CPUなんだっけ?)は知らないうちにお亡くなりになっていて、次に出したもの(雷鳥)はひと昔前のものとあって半端でない発熱・・・とうとう「ぺんさん」の667MHzのFSB133をFSB100に落として500MHzで走らせるハメに・・・。マシンスペックがどんどん下降してきましたなー(^^A;

でも安定して動いてますよね




2007.08.12 sun

「羊たちの沈黙」DVDの特典映像から、ジョディ・フォスターのNGシーンです。


銃を構えたクラリス!





あらららら・・・(^o^*

HoffmannはあまりNGシーンやメイキング映像を観るのは好きではありません。映画を観るときも小説を読むときも、ストーリーにのめり込んでしまいたい、というより全身全霊、そのように努力しながら鑑賞してます。逆に言うと、それでものめり込めない映画は小説は、Hoffmannにとってつまらないということです。どうせなら、騙されちゃったほうが楽しい―映画も小説も音楽も、観たとか読んだとか聴いたとかではなく、「体験した」と言えるくらいの「体験」をしたいんですね(笑)

いっそ騙されたいと・・・それでは、NG集なんてよけいですね(^o^*

ただ、昨日も、以前にも、「entertainmentとしては・・・」なんて言い方をしていますね。まるでこれが一段低いところでのホメ方のように見えるかもしれませんが、けっしてそうではありません。それでも、やはりここではHoffmannも「感動」という体験とはちょっと別のところに着地しています。そうなると、NGシーンもまあいいかなと・・・(笑)

やはり感動できれば最高ということですね

個人的には(自分の場合)、人生の価値ってのは、その生涯に体験した感動の総量によって決まると考えているんだけどね。だから、映画でも本でも音楽でも、感動したときにはいつも、この世に生まれた甲斐もあったと思うのさ(^-^*

それでは、Hoffmannさんがお嫌いな映画とはどのようなものですか?

曰く、「○○を通じて人間の真の在り方を・・・」だとか、「さまざまな人間模様を通して真実の愛、現代の友情を・・・」なんてのや、「勇気をもって生きていくヒロインの心の成長を・・・」てなやつは、大っ嫌い・・・というか、まるでキョーミがない(笑)

たしかに、Hoffmannさんってそんなのには騙されそうにないですね(^o^;




2007.08.11 sat



「羊たちの沈黙」(1991米)です。これまたentertainment映画としては最上の出来といっていいでしょう。

女性を殺害しその皮を剥ぐという猟奇事件が続発して、FBIは元精神科医の殺人鬼ハンニバル・レクターに示唆を受けようと、訓練生クラリスを獄中のレクターに接触させる・・・というストーリーですね



上の場面もそうなんですが、カメラワークは卓越したもの。




訓練生クラリスにジョディ・フォスター、レクター博士に怪優アンソニー・ホプキンス。クラリスは「仕事」になるとかなりメイクを変えていて、レクター博士との面談も1回めの緊張感から2回めの余裕、3回めの切迫へと、演技の使い分けは見事です。言うまでもなく、この映画のキモはほとんどこの二人の会話にあるんですね。

それにしても、手前の人物の後ろ姿を「前ボケ」にして、奥の人物とひとつの画面に収める手法が目立ちますね



この場面なんかもそうですが・・・

感情移入しやすい臨場感を演出しているよね



せっかくの(?)猟奇殺人犯“バッファロー・ビル”ですが、どうもレクター博士に食われてしまって、演じているテッド・レヴィンはお気の毒(笑)


とびきりの「異常者」がもっとも魅力的なキャラクターに描かれている・・・(^^;


演技に関しては、ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスを除くと、どうも類型的でおもしろくないんですよね(^^;



そのふたりをある種精神的な同一平面上に描く手法もなかなかのものです。


このラスト近い電話のシーンもたいへん効果的ですね(・・;レクター博士が電話をかけてきたということではなく、場面そのものが・・・


さらに、Hoffmann的には
このあたりのオブジェ感覚も見逃せないところです。



どことなく、幻想的なラストシーン・・・。

続きを匂わせるような幕切れで、公開当時は続編が期待されたそうですが、結局これ一作だったんですね

この映画で気に入らない点をひとつだけ―クラリスはつねに世の男どものイヤラシ〜イ視線に晒されていて、彼女はいつもその視線から目を背けているんですが、そのなかでレクター博士の視線に対しては・・・てなことはともかく、これ、feminism関係の論者が大喜びで飛びついてきそうな映画ですよね。Hoffmannはそのあたり、あえて無視して観ていましたよ。

feminismはお嫌いですか?(笑)

嫌い!( ̄ヘ ̄)だって流行りモノだもんね(笑)まあ、それは半分冗談だけど、feminism論者ってのは大嫌いだよ。偏狭で独善的で、自分以外の他人はすべて絶対的な悪であり敵であると決めつけている、ヒステリックな連中だからね。あれは狂信だよ




2007.08.10 fri

2007.08.03 friに市川崑監督による「犬神家の一族」(1976)をとりあげましたが、せっかくホメようと思っていたのに、あらためて観てみたら期待はずれもいいところ。



そこで今回はその角川映画による横溝正史ブームに便乗してつくられた(?)松竹の「八つ墓村」(1977)です。

野村芳太郎監督はじめ、1974年の「砂の器」のスタッフによる製作ですね



出演者はいずれも(いい意味で)ひと癖ある面々ですね

加藤嘉は「砂の器」での「こんなひとは知らねえ」の演技と同じですね(^^;市原悦子はメイクのせいで分からなかったんですが、声を聞けば・・・でも、萩原健一や山崎努はともかくとしても、山本陽子は「ひと癖」ありますか?

Hoffmannの尺度ではとびきりの美人さんだからいいのいいの(笑)



金田一耕助役は渥美清。このひともいいんですが、とにかくこの映画はentertainmentとしてよくできていますね。原作は読んでいないんですが、横溝正史自身も「原作のイメージに近い」と言ったとか。

だれが主人公、ということではなく、のほほんとした渥美清も、萩原健一の気怠さも、この映画のatmosphereに貢献しているんですね

その意味では、市川崑監督の横溝正史ものはゲーム性が強く、こうした雰囲気造りの面で引き込まれるものがないんだよね


(・∇・;ふは〜 
(^o^;花ちゃん、こわい?

優美お姉ちゃん、この落武者さん、はんさむさんですね〜ヾ(・∇・*(^o^*どのひと?

これはミステリーではなくホラー映画だとかオカルトものだという声もあるようですが、そんなジャンル分けによって映画の出来が左右されるわけではありません。個人的にはジョン・ディクスン・カーの「火刑法廷」を思わせるような展開がたいへん気に入っています。



「砂の器」をとりあげたときにも言ったんですが、どことなくヤニっぽい、こってり濃厚な色彩はいまどきのvideoとは違って、いかにもmovieといった映像であるのも、Hoffmann的には好ましいところですね。

私は芥川也寸志の音楽もいいと思います

(おまけ)



さて、この「八つ墓村」で取り入れられている、昭和13年にじっさいに起きた大量殺人事件「津山三十人殺し」については、筑波昭の「津山三十人殺し 村の秀才青年はなぜ凶行に及んだか」(草思社)が圧倒的な取材量をもって、生々しくも、被害者・加害者のいずれにも偏らない、ひじょうにすぐれたドキュメンタリーとなっており、おすすめです。



文庫本にもなっていますが、上記の版のほうが図版豊富、なによりその重厚な内容はハードカバー本でこそ読みたいものです。




2007.08.09 thurs





ついに入手しました! 現時点までに市販されたドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」の全曲録音のdisc(LP、CD、DVD)は、これをもってcompleteです(/^^)/バンザーイ

あちらのページに追加しておきましょう(^^*




2007.08.08 wed



本日入手したCD。

秘曲・・・ですね(笑)




2007.08.07 tues

ペーパーバックといえば、最近読んでいたのがこちら―



James Herbertの“Moon”。いわゆるサイコ・スリラーものです・・・って、途中で気がついたんですが、これ、以前翻訳で読んだ記憶があります。

早川文庫あたりがあやしい・・・


本棚に見あたらないんですね(^^;



気を取り直して読み始めたのがこれ・・・

Ramsey Campbellですね。こちらも比較的翻訳が出版されている作家ですが・・・あまりHoffmannさんらしくない選択ですね

どちらかというと「格調低い」ホラー小説だね(^_^;この本の翻訳があるかどうかは知らん




2007.08.06 mon

ちょっと以前の話なんですが、電車ンなかでペーパーバック読んでいたら、横ちょから覗き込んできたおにーさんが、Hoffmannのカオを見て、わざとらしく、さも軽蔑したようにヘラヘラ笑うんですよ。



覗き込んだ眼に映ったのは、これですねヽ(^o^;

まあ、“PLAYMATES”っていえば、ふつう想像するのはビキニ姿のグラマーなおねーちゃんに決まってるよね(^o^A;



表紙を見せておあげになればよろしかったですのに・・・ヽ(^o^;これ




2007.08.05 sun



Sylvie TestudのJeanne d'Arcすばらしい。

オネゲルのオラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」の新譜DVDですね。これはオラトリオですけれど、オペラのように舞台を設定した上演の記録なんですね

そう。この作品の主役であるジャンヌは語りのみなので、歌手ではなく女優が演じることが通例となっているんだけど・・・
ここでジャンヌ役を演じているSylvie TestudがじつにFantastic! Tres bien!

# 詳細は後日。刮目して待て!




2007.08.04 sat

Hoffmannの老母の友人が、「振り込め詐欺」いわゆる「オレオレ詐欺」に遭いかかりました。遭いかかったというのは、見事にダマされて現金振り込んじゃったんですが、口座番号を聞き違えていて(あるいは相手が言い間違えた?)、振り込み不能となっている間に息子さんがご帰宅・・・と(^^*ヨカッタヨカッタ

ちなみに老父の携帯電話にも、かつて「おれだよ、おれ」という電話があったそうです。


お父様はどうされたんですか?

「おれだよ、おれ」―「ケンタか?」―「そうだよ、ケンタだよ」―「ケンタなんて息子はおらん!」―「・・・すみません、間違えました(プツッ)」

※ 実話です(^o^;

最近では警察だの弁護士だのを名乗るケースが多いそうですね

あと、「デート商法」といって見知らぬ異性から電話があって、「一度お会いしましょう」てな具合になり、最初はやさしくて、結局高額な商品を売りつけるというのがある

男女関係にロマンチックな幻想を抱いているひとが引っかかりそうですね。そもそも見も知らぬ人間を信用する方がおかしいと思うのですが・・・

知り合いのそのまた友人の女の子なんだけど、交際していた男性がしつこく100万円もする絵だかなんだかを薦めるので「ウザいから」別れた、なんて言ってたそうだ。よく聞いてみたら、つきあいはじめてまだ一週間だったんだって

それって、「交際していた」と思っているのは本人だけでは?(・・;

当人はいまだに詐欺だったとは気付いていないんだよ




2007.08.03 fri

「買わなきゃよかったDVD、あるいは観なくてもよかった映画」、3本め
は「犬神家の一族」。市川崑監督による1976年の、横溝正史ブームを巻き起こすきっかけとなった角川映画ですね。


最近、同監督がリメイクしたそうなんですが、そちらにはあまり全然興味もなくて、むしろこの1976年の作がいいんじゃないかと思って、また個人的には「犬神家の一族」は横溝正史唯一の傑作(笑)だと思っていることもあり、ホメるつもりで購入したんですが・・・


・・・が? (^^;



以前にもupした場面ですね。ほとんどこの映画のトレードマークとなっている死体です。



discのデザインもこれですからねヽ(^o^;



印象的な場面もあるんですが・・・


俳優・女優の演技があまりにも紋切型にすぎます。どの場面をとっても、この監督は(上手いとか下手とかではなく)こんな類型的な演技で満足しているのかといささか呆れてしまいます。一例をあげると、上の場面―まるでなにかのパロディかと思わせるここでの演技なんか、ほとんど
完璧に滑稽と言うべきでしょう。

それで気がついたんですが、そもそもこの映画の脚本、演出そのものが予定調和の世界なんじゃないでしょうか? とくに財産(遺産)争いに関わるシーンなんて、安手のテレビドラマの次元を出ていないんですよ

そういうこと。せっかくホメようと思っていたのに、映画に仕立てただけの価値はどこにもなかったね。とにかく、クダラナイとしか(以下略)

(おまけ―あるいは、後の祭り)



石坂浩二の飄々とした演技はそんなに悪くはないんですが・・・


もっとも存在感があるのはこのひと―冒頭で死んじゃいますから、出番は少ないんですけどね(-_-;サスガ




三國連太郎さんですね。もっともこの役は、ストーリー上つねに背後にその影を落としているわけですから・・・ヽ(・・;このシーンでもそうですよね

それはそうなんだけど、それでもこのひとでなかったらここまでの存在感は示せなかったんじゃないか?


あと、岸田今日子さんも・・・

脇を引き締めている・・・と言えるほど出番がないんだよね




2007.08.02 thurs

「買わなきゃよかったDVD、あるいは観なくてもよかった映画」、よせばいいのに第2弾です(^^;



「スペースバンパイア」、原題“Life Force”。トビー・フーバー監督の、というよりもコリン・ウィルソン原作の映画で、これも一応吸血鬼映画のヴァリエーションと思って観たんですが・・・


コリン・ウィルソンといえばその思索には借り物が多いとはいえ、原作はそれなりに内容のある小説ですね

見る影もない、ひどい、あんまりだ。そもそもストーリーは無きに等しい。これが手抜きでないというのなら、驚くべきことだろう。こういうのを紙芝居と言うんだよ・・・いや、それじゃ紙芝居に失礼だな



約2時間観ている間、いろいろと言いたいことがあると思っていたのに、観終わったら山ほどあった文句も忘れてしまうほどの脱力感がおしよせてきた・・・(;-_-)=3フウ

お疲れさまですっヾ(^∇^;




2007.08.01 wed

暑さも盛り、不快なことがあると気分も増幅されちゃいますね〜(^o^A;

・・・というわけで、Hoffmann的に「買わなきゃよかったDVD、あるいは観なくてもよかった映画」をとりあげますよ。



「ロマン・ポランスキーの吸血鬼」、原題は“The Fearless Vampire Killers Or ; Pardon me, but your teeth are in my Neck”という長ったらしいもの。1967年の作で、ポランスキー夫人のシャロン・テートは直後にチャールズ・マンソン事件で亡くなり、これが最後の作品。

吸血鬼映画のパロディとして有名、比較的評判がよろしいので観てみたんですが・・・

MGMのタイトルからして遊んでますね(笑)



なかなか美しい場面もあり・・・


吸血鬼映画の約束事をうまく取り入れ、逆手にとっているんですが、これはパロディというよりもアメリカ的なギャクとしか感じられませんでした。スラヴ的な、しかし安っぽいセットは、これはあえて狙ったものとしても、その風景のなかで演じられるドタバタはあまりにも通俗的。とくにラストの鬼ごっこは、いま観るとドリフのコントと同程度といった印象です。


その後のポランスキー映画を、シャロン・テートの悲劇と切り離して観ることができないのは事実ですが、それとは無関係に―と言いつつ、Hoffmannはポランスキーなら、こんなコメディよりも「テナント―恐怖を借りた男」のような作品の方が出来がいいと思います

コメディがいかんというわけではないんだけどね

「テナント―恐怖を借りた男」はまったく傾向の異なる陰鬱な恐怖映画ですけれど、その後でこの「吸血鬼」を観ると、この監督のフェティッシュな性向がところどころに現れているのが分かりますね

なお、DVDをお求めの向きは、タイトルの五十音順に並んでいるshopで「キ」よりも「ロ」の棚を探す方が見つけられる確率が高いようです。そのいずれにもなかったら、念のために「ホ」の棚も探してみましょう。