monologue 2007.10

2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2007.10.31 wed

いまはむかし、使ってたスピーカーの話 (番外篇その2)

もうひとつ―イギリスはCastle(キャッスル)のDurham900(ダーハム900)。2wayバスレフタイプでトゥイーターは25mmソフトドーム、ウーファーは130mmポリプロピレンコーン型。出力音圧レベルは90dB/w/mでインピーダンスは8Ω、これだけでもオーソドックスな造りのユニットと分かりますね。エンクロージュアはW215xH400xD243mm、ウーファーが上、トゥイーターが下になる倒立配置で左右対称のレイアウト。キャッスル・アコースティック社はスピーカーユニットからネットワーク、エンクロージュアまでを自社生産する、ヨーロッパではめずらしいメーカーで、とくにその突き板仕上げは9種類から選ぶことができて、そのどれもが左右のスピーカーで木目を合わせているという凝りよう。ちなみにイギリスにはATCという高級スピーカーのメーカーがありますが、そのエンクロージュアはキャッスルのOEMなんだそうです。

ところが、その突き板仕上げの外観はともかく、全体に造りが安っぽいんですな。コストダウンの跡がありあり。ユニットのフレームは外から見る限りただのプラスチックで、入力ターミナルも見るからにチャチ。このターミナルのネジを増し締めしようとしたら、はなからバカになっていて、抵抗なくクルクル回り続ける始末。それでもこのスピーカーを購入したのは・・・キャッスルのスピーカーって、日本に輸入されている時期でも、ほとんど知られていなかったんですね。雑誌なんかで取りあげられていた記憶もありません。いや、だからね、あまりひとに知られていないものって、ちょっと使ってみたくなるじゃないですか。それがいい音で鳴ってくれたら、嬉しさもひとしおですからね。で、じっさいの音はと言うと、暖色系でおだやか、格別ワイドレンジではないものの、バランスは良好。響きに深いコクがあって、音の重なりで聴かせるタイプ、押しつけがましさのない、クラシックを聴くにふさわしい音造りでしたね。

ひとしきりその陰影感を愉しんでいたんですが、だんだん気になってきたのは、ディテールの再現がいま一歩で、ためにどうも表情の彫りが浅く立体感がないこと。表現そのものは格調高いのに造りの安っぽさが音にも現れているように思えてきて、あわれ放出に。いまはむかしのオハナシでした。

# まだいくつかあるんですが、某8○5については2007.10.27 satにちょっとだけ触れているし、某台形のものに関しては残念な思い出が語るのもつらく、某2/3はブックシェルフと呼ぶにはやや大きく、某同軸型に至ってはフロアタイプ・・・というわけで、こんどこそコンパクト(ブックシェルフ)スピーカーの話、これをもっていったん終了です。




2007.10.30 tues

いまはむかし、使ってたスピーカーの話 (番外篇)

昨日までのようにコンパクトスピーカーと呼ぶにはやや大きく、小型ブックシェルなんですが、本日は番外篇として、かつて手許に置いて鳴らしていたことのあるスピーカーの話です。いまは手放してしまったので、お写真はありません(画像は適宜検索して探してみてちょんまげ)。

まずはスイスのAcustik-Lab(アコースティックラボ)のBolero(ボレロ)。1990年に発表され、同社の名を一躍世界に広めたスピーカーですね。W200xH360xD225mmのバスレフ型エンクロージュアはドイツ製、そのバスレフポートは特徴的なスリット式。ユニットはフランスのフォーカル社製で、トゥイーターは25mmのファイバーグラス製逆ドーム型、ウーファーは125mmのダブルコイル方式のネオフレックスコーン。出力音圧レベルは90dB/w/mでインピーダンスは4Ω。仕上げは何種類かあって、Hoffmannが持っていたのはオーソドックスな鏡面ピアノブラック仕上げでした。

硬質の魅力というか、透明度の高い高域がたいへん美しく、曖昧さのない冴え冴えとした響きは特筆もの。それでいてドライにならず情感たっぷり。SN比もよくてホールの空気感の表現もこなし、音離れがいいからサイズを超えたスケールの空間再現も良好。緻密な表現は知的とさえ言いたいほどでした・・・と、これは購入時からしばらくの間の感想です。

じつはHoffmannは購入前にshopで試聴なんてやりません。shopで聴いたってなにも分からないし、もしもshopなどでいい音が聴けるようなら、それはちょっと派手めの音と思った方が間違いないもんです・・・と、そこまで分かっていながら、このスピーカーはshopで鳴っていたのを聴いて、見事に(!)衝動買いしちゃったんですよ。

自宅で2年も鳴らしていると認めざるを得なくなったのが、なにを聴いても硬質で、音量がある一線を越えると、とたんに高域がうるさくなること。ピアノはやや輝くくらいでいいんですが、弦がいまひとつ硬くてほぐれない、うっかり音量上げるときつくなる。オペラなどで歌手が声を張り上げると、(やや極端な言い方ですが)高域の音色が変化する。よく言えば鮮やか、悪く言えば派手派手・・・。

というわけで、2年で引退、いまはむかしのオハナシです。




2007.10.29 mon

コンパクト・スピーカー試聴記(さらに続き)


また白いすぴーかーですねっヾ(^∇^*

JBLのControl 1 PROです。これは2007年2月国内発売の新タイプですが、初代Control 1以来、たびたびのマイナーチェンジを経てきたかなりのロングセラーモデルです。19mmドームトゥイーターと135mmコーン型ウーファーによる2wayバスレフ型。そのトゥイーターの配置は写真のとおり向かってやや右で斜め下にバスレフポート。これは両チャンネルとも同じで、左右対称設計でないのが残念(小型なので問題はない)。出力音圧レベルは87dB/m、インピーダンスは4Ω。入力コネクタはワンタッチのプッシュ式、これはTANNOYのCPA5よりもさらに口径が小さく、太いケーブルは接続しにくいもの。エンクロージュアは発泡ポリプロピレンでもちろん防磁型。カラーはブラックとホワイトの2タイプがあり、Hoffmannが持っているのはホワイト。

British Sound萌え(笑)のHoffmannがJBLなんて意外でしょうか。じつは以前、Control 1をベースにしたと思われるJBLのPC用スピーカーを使っていたことがあるんですよ。たしかMedia3とかいいましたっけね。PC用ですからアンプ内蔵、ボリュームとトーンコントロールを装備して、先端がステレオミニジャックになっている、ひょろひょろのケーブルが直出し・・・PCshopで展示品処分特価で購入したんですね。これがなかなかいい音で、当時CDプレーヤーが故障してしまったときは、このスピーカーにポータブルのCDプレーヤーをつないで、CDに関してはもっぱらそのミニマムなシステムで聴いて、さしたる不満も感じなかったことを覚えています。それが壊れてしまってからは、いつかControl 1というスピーカーを手に入れて使ってみようと思っていたんですよ。で、そのPC用が白(というよりアイボリーだったかな)だったので、これも白を選びました。

Control 1シリーズのマイナーチェンジ機はいろいろあって、たいてい末尾にSとかEとかアルファベットが付くんですね。たしかEが付くのはパワーアンプ内蔵型でしたね。最近ではXtremeなんてのもありますね(PROが最新モデルですが、Xtremeも併売されている模様。本国ではどうなのか不明。日本では輸入元が違うんですね)。そのXtremeとこのPROのスペックを比較すると、許容入力が75wから150wに、出力音圧レベルが89dB/mから87dB/mになっています。ちなみにXtremeは黒しかありません。

さて、その音ですが・・・明快かつスピード感のある鮮やかな音が前に出てくる鳴りの良さ・・・なんていうとJBLというブランドに対するイメージとしていかにも予定調和の世界ですね。いや、必ずしもそうした先入観どおりではなく、ここで聴くことのできる音はびっくりするくらい良質なバランスで、決して帯域を欲張っていないにもかかわらず、音量を上げすぎない限り、それを不満と感じさせない聴かせ上手。とくに高域は魅力的で、妙な強調感がなく、それでいてくっきり。変な言い方ですが、繊細な高音ならぬ太い高音と聴こえます。全域にわたって多少輝きを感じるものの、ドライな感触もなく、決してけたたましいスピーカーじゃありません。ちょっと検索してみたところ「ハイ上がり」だの「ピーキー」だのといったご意見もあるようですが、おそらく音量が大きすぎるんじゃないでしょうか。少しボリュームを絞り気味にしてみてくださいと言いたいですね。

微細なニュアンスの再現に関しては完璧とは言えないものの、解像力も聴感上のSN比もまずまず、従ってホールの空気感などもそれなりに表現して、楽器の音そのものの音が迫ってくるだけの古臭いスピーカーとは一線を画するもの。ある意味、たいへん「わかりやすい」スピーカーであるとともに、聴き込めばさらにその先があるという、手に入れて鳴らしてみることが愉しめるスピーカーであると思います。

はいっ、優美さん、どうぞヾ(^o^*

は〜い(笑)それでは「優美の、このdiscがいいですよ〜」のコーナーです(^o^* ヾ(^∇^*ヒューヒュー♪



そんなスピーカーですから思い切ってこんなのを・・・オリヴィエ・メシアンのトゥーランガリーラ交響曲、ケント・ナガノ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ほかによる演奏です。この大編成による大作を細部まで解きほぐして再現しているのは、サイズを考慮すれば立派ですね。やはり適度にめりはりがつくので、躍動感のあるリズムの再現が魅力的なんですね。たしかに微妙な陰影感となるとやや不得手かとは思われますが、剛と柔の表情の変化なども単調にならず、決してにぎやかなばかりのスピーカーじゃありません

ソロが点描ふうに浮かびあがるあたり、コンパクトスピーカーならではのよさがあらわれているね



プッチーニの歌劇「ボエーム」です。レナード・バーンスタイン指揮、聖チェチリア音楽院管弦楽団ほかによる演奏(合唱指揮がなんとNorbert Balatsch!)。これはlive録音ではありませんが、セッティングによるステレオイメージの再現はなかなかのものですね。それに、歌手のこめた微細なニュアンスもよく伝えてくれています。どちらかというと、帯域は高域方向に伸びているんですが、そのあたり、ホールの空気感の再現に貢献しているんじゃないでしょうか。もちろん、変に中高域が張り出してくるわけではなく、自然と感じられるバランスを保っています。このサイズでオペラを聴いて愉しめるというのは、さすがですね。このバーンスタインの「ボエーム」はそんなにいい録音ではないのですが、ここでは小口径トゥイーターの性格か、意外にもイメージが奥にも展開する・・・その兆しが感じとれます。つまり奥行きを感じさせはじめるんですね。Hoffmannさんがおっしゃる微妙な陰影については、これは音色が明く、まぶしくない程度ながら輝く傾向なので、難しいところでしょう。弦楽器にいま一歩しっとり感が備わればと思うのですが・・・一般的にはトゥイーター軸上に耳がくるようにセットするのがセオリーですけれど、スピーカーをやや高めまたは低めにセットするというのもひとつの方法かもしれません。あるいは、いっそトゥイーターを下に倒立配置とする荒技もアリじゃないでしょうか・・・ヾ(^o^*エンブレムも回転しますからねっ♪

優美、いつの間にそんな・・・(・・;でも、それだと定位感は崩れて、音場は中抜けになっちゃうかも・・・

(笑)それでは、スピーカーをさらに内振りにして、左右の軸の延長線をリスナーの鼻先でクロスさせるというセッティングもありましたね

あれはひとによって好みの差が大きくて・・・どちらかというと耳に向ける方が違和感が少ないというひとが多いみたいだけど。内振りの角度を大きくするのは、音場型の再生手法だね。このスピーカーで試してみると、さっき感じさせはじめた奥行き感よりも音が前に出てくる傾向になるよ

でも、それが圧倒的な音圧で迫ってくるのではなくて、フワッと浮かびあがってくるあたりが、巷間「ジャズ向き」などと言われているところのJBLらしさとは異なるものであり、またコンパクトスピーカーらしさなのではないですか?

セッティング次第で・・・と?

それに、Hoffmannさんはオペラなどがお好きですから(私ももちろん好きですけどね)、ホログラムのようにステージが浮かびあがるイメージがいいんですよね。でも、ソースによってはやっぱり音が前に出てくるというか・・・プレゼンス感というのでしょうか、歌手が自分の眼前とか隣とか、同じフィールドで歌っているような雰囲気が欲しくなるときがありませんか?

・・・たとえば?

このdiscなど、いかがでしょうか?ρ(^^*



「ベル・エポックのシャンソン―ムーラン・ルージュからシャ・ノワールまで」と題されたdiscです。エレーヌ・ドラヴォーのメゾ・ソプラノ、イヴ・ブランのピアノ、ブラ四重奏団による1991年の録音です。イヴェット・ギルベール、ジャン・ルノワール、エリック・サティなどのシャンソンや、有名な「魅惑のワルツ」などが収録されています。

live収録ではなくてラジオ・フランスのスタジオでの録音なんですが、これはステージで歌っているイメージよりも、カフェやカバレットのテーブルの前で歌っているイメージが欲しいですよね

ああ・・・(^o^;う〜ん

だ・か・ら(笑)Hoffmannさんもいま、このdiscを再生するときに、わざわざ真空管のアンプにつなぎ替えたんじゃないんですか?(((*^o^)σ)~0~)/プニッ♪


# さて、コンパクトスピーカーはまだあるんですが、そろそろ我が家のメインスピーカーも愉しみたくなってきたので、ひとまずここで一段落とします。気が向いたらまたやるかもしれません(^^)




2007.10.28 sun

コンパクト・スピーカー試聴記(まだ続き)

大英帝国の伝統と歴史を誇るメーカー登場です。


TANNOYのCPA5。トゥイーター・ユニットからコイルを追放した世界初のICT(インダクション・カップルド・テクノロジー)という技術による同軸2wayバスレフ型。詳しいことは分からないのですが、トゥイーター振動板とスカート部分を一体成形として、低域用ボイスコイルに供給される電気信号の誘電作用でトゥイーターも振動させるものだそうです(世界初の技術といっても、逆に本格的な同軸型ではないとも言えるかもしれません)。ウーファーは125mmコーン型、エンクロージュアはMPL材。インピーダンスは6Ωで、出力音圧レベルは90dB/mと高め。シングルワイヤリングでターミナルはワンタッチタイプ、あまり太いケーブルは接続に工夫がいります。パンチングメタルによるネットのエンブレムは回転可能で横置きに対応、もっともちょっと触れただけでも動いてしまうので、Hoffmann家ではいつもヘンな角度になっています(笑)開発時期は結構古くて非防磁型。つい最近までshopで見かけましたね。

1970年代あたりからこっち、もはやTANNOYは昔日のTANNOYに非ず、というのは古いマニアの言い草で、一面賛同できないものでもありませんが、あまり石頭に新しいものをあれもこれも認めないのもどうかと・・・。とはいえ、このスピーカーにTANNOYのテイストを求めるのは筋違い。CPAというのはコンパクトPAの意味なんだそうで、なるほど、やや硬質の中音域が元気よく張り出してきますね・・・というか、中音域か中高域の音しか聴こえてきません。低音がまるで出ないんです。下はすっぱりカットされて高域も伸びきらずつまったよう。だから重心が上に寄って腰高、中高域ばかりがカンカンとにぎやか。音を表現してピーキーなんて言いますが、まさにそれ。しいてTANNOYらしさを探せば、そんなピーキーな音でありながら、明るいというよりはどこかほの暗い印象であることでしょうか。同軸型といえば音場感や音像定位にメリットが見いだせそうに思われるかも知れませんが、少し離れて聴けばこのサイズですから、他のスピーカーと比較して格別優位に立つというほどでもなし。近接試聴でもさほど・・・。

・・・ということで、優美さん、お願いしますヾ(^o^*

(笑)それでは「優美の、このdiscがいいですよ〜」のコーナーです(^o^* ヾ(^∇^*優美お姉ちゃん、がんばってくださいっ

このスピーカーは能率がいいのでつい音量を上げてしまいがちなんですが、そうするとHoffmannさんのおっしゃるようなアラが目立ってしまいますね。多少音量を絞り気味にしてぐっと近付いて聴くと、音の傾向は変わらないものの、小音量でも痩せてこないエネルギー感のある中音域という印象になりますね

・・・ナルホドね(・・*



Hoffmannさんが「うまいんだかへたなんだか分からない」とおっしゃる(笑)エリーザベト・ゼーダーシュトレームのソプラノ、パウル・バドゥラ=スコダのハンマーフリューゲル(ピアノのご先祖様ね)によるシューベルトの歌曲集です。このスピーカーでオペラなど聴くと、やはりある程度音量を上げてしまうので、歌手の声がカー、コーとなるんですが、リートなら小さめの音量でひっそり鳴らしても、音が飛んでくるんですね



米MercuryのLiving Presenceというシリーズの復刻CDです。1962年、アメリカのスタッフが旧ソ連に赴いて録音したOsipov State Russisn Folk Orchestraの演奏、主にバラライカの合奏ですね。このMercuryのシリーズは、たしか有孔35mmフィルムを使用して、当時高音質をうたっていたそうですが、ちょっとほこりっぽくて荒れ気味です。ところが、その雑味が独特の生々しさに通じているようです。どことなくラジオ的・・・なんて言うと悪口みたいですが、アクも取り除きすぎると旨味がなくなる、だから・・・というような意味で、これはこれでユニークな美点のある録音ですね。バラライカの合奏は、音楽的にも技術的にもたいへんすばらしいものです

・・・・・・(^o^A;マイッタマイッタ ヾ(^∇^*Hoffmannさんもがんばってくださいっ




2007.10.27 sat

コンパクト・スピーカー試聴記(続き)

イギリスのなかでもとくに先進的なメーカー、B&WのLM1です。



25mmポリエステル・ダイヤフラムのツィーターと125mmポリプロピレン・コーン型ウーファーという構成によるバスレフタイプ。インピーダンスは8Ω。出力音圧レベルは91dB/mと高め。入力ターミナルはシングルワイヤリング。トゥイーターが上に飛び出したB&Wらしい構造で、トゥイーター・ユニットは茶こしを伏せたようなネットに保護されています。スタンド(脚)一体型の個性的な形状。仕上げはブラック、ホワイト、シルバー、レッド、グリーンと5色あり。Hoffmannの持っているのはホワイト。ホワイトを選んだのはPCのモニタの左右に置くため。スタンド付き(一体型)ですからdesk上に設置するにも便利ですね。もちろん防磁型。

B&Wのスピーカーは以前Nautilusシリーズの小型モデルを使っていたことがあります。とにかくaccurateと形容したい音で、質的にはすばらしく、これといって欠点が見あたらないんですね。ところがそれだけに、これでなければ、というこだわりや愛着を抱くにも至らない。まったく贅沢な不満だとは思います
が、だんだん聴かなくなって手放してしまいました。

その直後にやってきたのがこのLM1です。上記のとおりスタンド一体型でホワイト仕上げが選べることから、PCのモニタの左右に置いて、DVD鑑賞などで常用しています(アンプは真空管式を使用)。それでは普段聴いている音はどうなんだ、と訊かれるとこたえに窮しちゃうんですね。あまりスピーカーの存在を意識していないんですよ。言い換えると、その再生音はなんらストレスなく耳に入ってくる。今回ひさしぶりにほかのスピーカーと同じように、audio装置の方に接続して聴いてみたんですが、意外と低域の量感たっぷりで、制動はやや緩め。といっても厚みのある響きというよりも、透明度が高く上品でさわやか、聴感上のSN比が高く感じられ、よく聴けば細部まできちんと再現しており、高域から低域まで嫌な音を出さず、ところがそれをしいて主張しないような自然な響きが特徴と感じられます。さらに多少音量を上げても破綻せず、また小音量でもバランスが崩れないのもさすが。つまりやや離れて聴いても、ぐっと近接して聴いても大丈夫ということです。特別にHi-Fiとは意識させないんですが、それがかえって好ましいんですね。ただしダシ汁が足りないというか、コクがないなという印象は否定できません。良くも悪くも際立った個性を感じさせないという点が、長時間いろいろな音楽を聴き続けていると物足りなくなってくるんですね。もしもこのスピーカーが正妻だとすると、日常なんの不満もないにもかかわらず、きっとよそで浮気しちゃいそうな気がします(笑)とはいえ、音の品位という面では、我が家の基準スピーカーと対等に渡り合えるだけのものがあるのはさすがです。

もしも上の写真のようにスタンドに乗せるとなると、自前の脚の底面―スタンド天板との接地面はなんらかの工夫が必要かと思います。こんなふうに設置して分析的な聴き方をしても充分期待にこたえるスピーカーなんですが、あんまり使い方としてふさわしくはないですね。

はい、それでは「優美の、このdiscがいいですよ〜」のコーナーです。優美さん、どうぞっヾ(^0^*

コーナーなんですか?(^o^A;エート・・・このスピーカーはロマン主義的な思い入れたっぷりのワーグナーなどよりも、古楽器演奏などの方が似合いますね



ジョルディ・サヴァール指揮、ル・コンセール・デ・ナシォンによるJ.S.バッハのブランデンブルク協奏曲です。イギリスやドイツの古楽演奏団体(指揮者・リーダー)には、ときにオーセンティックなアプローチに傾いて、まるですまして他人事のようなバッハ演奏となっている例があると思うのですが、ここでは聴き慣れたブランデンブルク協奏曲が、博物館の研究対象としてではなく現代において甦ったように聴こえます。言い換えれば演奏者が演奏を愉しんでいるのが、サヴァールのすばらしいところですね

なにげにきびしいご意見だね〜(^o^;



ファビオ・ビオンディのヴァイオリンと指揮、エウローパ・ガランテによるヴィヴァルディの「四季」です。ヴィヴァルディの「四季」といえば通俗名曲の最たるものですが、ビオンディの演奏はとりわけ生き生きとした躍動感がすばらしいですね

1990年代初頭、突然彗星の如く現れて、まるではじめてこの作品を聴くかのような新鮮さにあふれた演奏は当時大評判をとったんだよ



もうひとつ―またまた通俗名曲なんですが(笑)いいのは古楽器ばかりではないということで。シューマンとグリークのピアノ協奏曲、1990年、晩年のカトリーヌ・コラールのピアノ、Michel Tabachnik指揮モンテ=カルロ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏です。このスピーカー、音質は軟調傾向でさほどハイスピードな反応とは感じさせないんですが、鈍いようなこともなく、透明度が高いので、ピアノの音もいいんですね

このスイス人指揮者、カルト教団のメンバー16人が死亡した1995年の事件への関与疑惑で昨年起訴されていたようだけど、どうなったんだろう?




2007.10.26 fri

コンパクト・スピーカー試聴記(昨日の続き)


まずはデンマークのカートリッジのメーカーとして有名なortofon(オルトフォン)のモデル、Concorde105です。ただしこのスピーカーは日本国内企画。じっさい、カートリッジだって、いまでは日本で設計・製造しているんですよね(たぶん)。24mmドームツィーターと100mmの、コーン型ウーファーという構成によるリアダクト・バスレフタイプ。このウーファーがパルプコーンというのはいまどきではめずらしいですね。インピーダンスは6Ω。出力音圧レベルは87dB/m。入力ターミナルはバナナプラグ対応のシングルワイヤリング。見た目にも装飾的な要素はなく、実質本位ながら木目の肌合いが暖かみを感じさせる古典的な造りは安っぽさがなくてなかなか魅力的です。とはいえ、プロントバッフルの左右がラウンド形状とされているところなどは現代の製品らしいですね。防磁タイプ。

古き良き時代の懐かしい音、といった印象です。中域重視の音造りで、スピーカーの間のステレオイメージよりも、前に出てくる音そのものの実在感で迫ってきます。さらに低域がかなり厚手で、条件によっては低域過多になるかも。逆に和室、あるいは(これが日本には多い)洋室ながら和室並みにデッドな部屋でも、低域不足になることはなさそうです。個人的にはややデフォルメと感じないでもありません。まあ、ortofon製といってもortofon Japanの企画によるもので、日本国内向けというか、たぶん海外では販売していないんじゃないでしょうか(そのくせortofon Japanのhomepageにはいまもってスピーカーの製品情報が掲載されていないというのも不思議です)。おそらく、このスピーカーは安価なシステム(CDラジカセとか)から単品コンポーネントに買い替えようというひとに「うわぁ、すごい低音!」と思わせる、そんな訴えかけを狙った音造りなんじゃないかと思います。じっさい、一般的な家庭で鳴らすであろう中音量以下でバランスがいいという低域の量感なんですよね。

とはいえ、このたっぷり・ゆったり感は、音楽ソースによってはかなり効果的と思われます。昨今のHi-Fiスピーカーのめざす方向性とはまったく逆を行くものですが、だからこそこのような音造りは貴重ともいえるでしょう。高域方向はさほど伸びているとも感じませんが、刺激的な音を出さずに、中域・低域の響きに上手く乗せており、音色にも違和感はありません。どことなく、同社のロングセラーであるカートリッジ、SPUシリーズを連想させる音造りですね。出力音圧レベルはさほど高いわけではありませんが、比較的アンプにとっては御しやすい(鳴らしやすい)スピーカーじゃないかと思われます。

基準スピーカーと比較すると、響きの品位の点でやはり一歩も二歩も譲るのは仕方がないところ。細部の表情や微妙な陰影は再現しきれていません。しかしこの個性的な音造りは、古い録音でもあまりアラをさらけ出さずに、魅力的に聴かせてくれるというメリットがありますね。

試みに、スタンド天板とスピーカーの間をスパイク支持にしてみると、低域に関してはややタイトになるものの、高域のエッジが立ってきて、これはこのモデルの持ち味とは相反する傾向。ちなみにフェルトを介すると高域はおだやかに、ゴムでは低域ブンブンと、どれも一長一短ながら、ここはフェルトか・・・。

たっぷり、ゆったり、というやや古風な響きを活かして、ちょっと古い録音ですけれど・・・



フランツ・コンヴィチュニー指揮シュターツカペレ・ドレスデンによるベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」です。有名な交響曲全集ではなくて、1955年のmono録音ですね。悠揚迫らぬゆったり型の演奏で、現代の演奏と比較すると細部の表情付けなどはほとんどオーケストラまかせといったおおらかさが、これはこれで悪くないと思います。なによりオーケストラの音色が魅力的で、それも磨き込まれた美しさではなくて、手織り木綿のような暖かみのある肌合いの良さなんですね。このスピーカーにふさわしいdiscだと思います




2007.10.25 thurs

ちょっと思いついて、手持ちのコンパクトスピーカーをひとわたり鳴らして聴いてみようと思います。

コンパクトスピーカー特徴は、小型であるためにエンクロージュアの強度は上がり、バッフル面は小さくなって音の輻射が減少すること。これによって音源は明確化して、スピーカーユニットから放射される音は拡がりやすくなりますね。小型ですから当然フリースタンディングの状態にセットすることが容易で、そうすれば2本のスピーカーの間にミニチュアのステージが展開します。良質なコンパクトスピーカーなら、そのイメージ再現力に秀でており、さらにそのイメージもサイズを超えたスケール感が得られるはずです。

Hoffmannはaudio評論などやるつもりはないので、あくまで手許に置いて鳴らしている装置についての覚え書きみたいなものですが、当然のことにそこにはHoffmannの好みが反映されているので、ここでいわばメートル原器となる音(スピーカー)をあげておきましょうか。


こちらですっヾ(^∇^*

Hoffmannの好みはいわゆるBritish Sound。これはその代表となるBBCモニター・スピーカーのなかでも最小のモデルです。いくつかのメーカーがライセンスを取得して製造してきた歴史がありますが、ここでHoffmannの所有するモデルがどのメーカーによるものであるかは、この際どうでもいいでしょう。 このスピーカーは響きも美しく、とりわけ弦の音色がたいへん魅力的であるという、小さいながらもまさにBritish Soundならではの個性を備えています。

さて、これを基準に、明日から手持ちのコンパクトスピーカーを聴いてみましょう。




2007.10.23 tues

2007.06.06 wed、2007.08.15 wedにちらっとケース写真をupしたDVD、ドビュッシーの歌劇「アッシャー家の崩壊」です。正しくは「牧神の午後への前奏曲」、バレエ音楽「遊戯」、歌劇「アッシャー家の崩壊」が続けて演奏されているdisc。はじめの2曲ではロデリック・アッシャー、友人、マデライン、医者などによるバレエ付きで、「アッシャー家の崩壊」までひとつの舞台劇として上演されています。従って、それぞれの役柄には歌手とダンサーが割り振られているわけですね。

ドビュッシーによる「アッシャー家の崩壊」は未完のまま遺されて、有名なのはチリの作曲家Juan Allende-Blinによる補筆完成版、これはエリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団により演奏家形式による世界初演が行われ、オペラ形式ではドビュッシー生前から権利を獲得していたメトロポリタン・オペラが初演したはず。インバルの演奏は当時我が国でもNHK-FMで放送され、Hoffmannも聴いていますが、音楽も興味深く、演奏も上出来、とくにロデリック役のブルーノ・ラプラントの美声は印象的でした。


以前、その演奏を期間限定でupしたことがありましたね(^^*

このdiscでは“Rekonstruktion und Orchestration von Robert Orledge”と表記されていて、未完のトルソがまた異なった姿をあらわすのかと、いやがうえにも期待はたかまるというものです。

演奏はLawrence Foster指揮Wiener Symphoniker、歌手はScott Hendricks、Nicholas Cavallier、John Graham-Hall、Katia Pellegrino、2006年ブレゲンツ音楽祭におけるlive収録(
独Capriccio;93517)。



はじめは「牧神の午後への前奏曲」―


マデラインとロデリック、そして友人の登場。バックの群衆はこれもロデリックの友人たちということらしい―。舞台装置はきわめて美しく、回り舞台で頻繁に動き、場面転換します。




最後はマデラインとロデリックのふたり。


続いて「遊戯」―テニスボールはなく、男ひとり女ふたりのバレエでもなく、ここではマデラインはロデリック、医者、友人それぞれと踊り、最後はロデリック、医者と3人で―。




ここでもロデリックの友人たちがたいまつを手に登場します。



ここでも最後はマデラインとロデリックのふたりになります。


そして「アッシャー家の崩壊」―友人がロデリック・アッシャーを訪ねて来る場面からはじまります。




訪ねてきた友人の前に現れた医者。


ロデリック―ほかの歌手はダンサーとくらべてもさほど違和感がないんですが、このひとは腹がぶよぶよ・・・・・・ロデリックらしからぬでっぷり体型が残念(^^;




この場面では、友人と医者がダンサーに入れ替わって、背後で踊っています。



友人の朗読の場面。カメラワークについては、遠景とアップの切り替わり、そのバランスの良さなど、不自然さのない良好なものです。


ガラスの向こうに「早すぎた埋葬」からよみがえったマデリンの姿、その叫び声・・・たいへん印象的かつ美しい幕切れとなっていますね。マデラインは吊り下げられているようです。

ドビュッシーによって遺されたスケッチはわずかなもの(十数ページの未完成の楽譜、台本は完成)ながら、補筆部分の差は(音楽全体の印象としては)それほど大きなものではありませんでした。テクスチュアはJuan Allende-Blinの補作versionよりも複雑になったようで、どことなく陰鬱さも増しているように感じられますね。個人的にはドビュッシーの未完の作品の補筆完成版としては、Juan Allende-Blinによるものも、このRobert Orledgeも結構気に入りました。もちろん、この美しい舞台の上演が記録されたことも嬉しく、ドビュッシーの別なふたつの作品(「牧神の午後への前奏曲」、バレエ音楽「遊戯」)との組み合わせによる上演というアイデアも、必ずしも全面的に肯定するわけじゃないんですが、試みとしてはおもしろいですね(この3曲を組み合わせた上演形式が、Robert Orledge版の要求したものなのかどうかは不明です)。

正直なところ、前半のバレエがその後に続く歌劇(物語)の前史なのか、あるいは別な何かの象徴なのか、よくわからないところもあるんだけどね(^^;「アッシャー家の崩壊」単独上演となると、演奏時間が短いからほかのオペラと2本立てにされると、舞台装置も簡素になっちゃう。この方法なら可能な限りの手間と予算をかけられるよね

たしかに、意欲的なプロダクションですね(^^*これこそ映像に記録するだけの価値はありますよね

歌手はまずまずの好演ですが、ロデリックのいか
にも「狂気にかられておりますよ」といった演技はHoffmannには首肯できません。あまりにも短絡的かつ御都合主義が過ぎるんじゃないでしょうか。

2007.10.13 satの「ヴォツェック」のところでも同じようなことをおっしゃってましたね(^^;

またまた妙なたとえだけど・・・裏に住む不気味な老婆が魔女だったとしてもさほど怖くもないけれど、いつもニコニコしていた隣のおじさんがゾンビだったらこれはゾッとするでしょ?

なお、このDVDは海外盤(直輸入盤)なんですが、輸入元が添付したカードには「世界初録音」とあるものの、そこには
Robert Orledgeの名前が表記されていません。Juan Allende-Blinによる補筆完成版には既に録音がありますが、Robert Orledge版はたしかに世界初録音。でもそれならRobert Orledgeの名前ははっきり表記しておくべきでしょう。また”L'Ami de Roderick”の訳を「アミー・デ・ロデリック」とやっているのは、いくらなんでも恥ずかしいことですよ。

(参考)


こちら、Juan Allende-Blinによる補筆完成版、世界初録音のdisc。Poeにちなんだ作品を集めたもので、キャプレの「幻想的な物語」(「赤死病の仮面」による)、フローラン・シュミットの練習曲「幽霊宮」も収録。ジョルジュ・プレートル指揮モンテ=カルロ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏、歌手はフランソワ・ル・ルー、ジャン=ピエール・ラフォンほか。1983年録音で、Hoffmannが持っているのは仏Pathe(DMM)プレスLP。CDも出ていたはず。プレートルという指揮者は当たりはずれが大きいんですが、これはたいへんすぐれた演奏で、おすすめです。

これに、世界初演時のエリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団による演奏を加えれば・・・(^o^*最強?




2007.10.22 mon


ああ、買いはじめるときりがない・・・。


こんな本を引っ張り出したということは、あまり反省してませんね (((*^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2007.10.21 sun


古き良き時代の吸血鬼映画ですからB級には違いないんですが、結構きれいな女優さんなのに・・・



このカメラアングルは気の毒でしょう(笑)



ちなみに相手が吸血鬼と分かっていてひざまずいている男はこんなの・・・なんつーか、古い映画なのにオタクっぽい、マニア系の容貌ですなあ(^^;

Hoffmannさん、身につまされます?(^o^*




2007.10.20 sat



こんな科白、言われたことがありません(苦笑)




2007.10.19 fri

たいへん奇特な○○もいるもので、なんとも驚くべき申し出を頂いたのですが、丁重にお断り申しあげました。



ただいま〜ヽ(^^*

おかえりなさ〜い(^o^* 
おかえりなさいっヾ(^∇^*




2007.10.18 thurs

光文社古典新訳文庫のドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」はあっという間に読了してしまいました。ほぼ1日1巻のペース。「読みやすさ」、「ほかのどの翻訳よりも早く読める」、「リズム」に気を配ったという翻訳者の姿勢は見事に実を結んでいると讃えていいと思います。各巻末の「読書ガイド」や第5巻に収録された「解題」も有用なもので、なにより栞に登場人物名が記載されているのは気が利いた配慮ですね。

「読書ガイド」や「解題」には―全面的に賛同するわけではないんですが―それ以上に教えられることも多かったですね

さて、ほぼ同時進行で、2007.09.28 friに紹介した鈴木道彦訳によるプルーストの「失われた時を求めて」も読んでいるんですが、こちらはあえて「ゆっくり」読んで(読むように心がけて)いるところです(少しずつ読んでいる、ということではない)。既に別な翻訳で2回読んでおり今回が3回めだから、ではなく、ひさしぶりに「ゆっくり」読む技法を徹底的に駆使してみようと思っているんですよ(^^*

どなたの教えですか?(笑)


いま、Hoffmannの横ちょに積んである本からヽ(^^*

適当に選んで撮ったものなので、ここに並べてある本が必ずしも優良書というわけではありません。また、最近は作家論・作品論はほとんど買わない(読まない)ようにしているので、あまり新しいものはありません。


左上の横を向いている本は・・・(^o^;参考文献じゃないですね〜




2007.10.17 wed

2007.10.06 satに紹介しました光文社古典新訳文庫の亀山郁夫訳ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」はとっくに読み終えてらっしゃいますよね

うん。やっぱり、個人的には「罪と罰」、「白痴」、「悪霊」を超えるものではないというのが正直な感想だな

私は前にも言いましたが、ドストエフスキーってあまり好きじゃないんですよ。それでも「カラマーゾフの兄弟」からは、この文豪の集大成的な要素が強く印象づけられましたけど・・・やっぱり、未完だからでしょうか。つまり、「13年後」が書かれなかったから・・・

それはともかく、ゾシマ長老はその死後、すみやかに死体が腐敗臭を発しはじめたことで、奇蹟を期待していたひとびとを失望させ、信仰を揺るがせてしまいましたが、腐敗しない死体といえば・・・


参考;このへん

キリスト教の信仰とは正反対ですね〜(^o^;Hoffmannさんらしい連想ですね




2007.10.16 tues

あるDVD-BOXセットを買おうかな〜と思って、お値段の確認と在庫の有無を確認するため、メーカーのhomepageを見てみたんですよ。そうしたら、期間限定で「25%引き」とあるじゃないですか。で、某shop(大手家電量販店)に行ったところ、めざすセットが棚にあったので、店員に「これ、いまメーカーで25%引きにしてるんですよね?」と訊いたところ、「調べてみます」と言われてさんざん待たされたあげく、「値引きはメーカー直販のみで、当店では定価販売です」

あのー、そのメーカー・・・homepageでの直販はしてないんですけど(-_-メ

出鼻をくじかれて、すっかり買う気が失せちゃいましたよ。

それは残念でしたね(^^;

いや、結構お高いものだから、むしろホッとした鴨(笑)




2007.10.15 mon



レイ・ハリ
ーハウゼン特殊視覚効果による映画をもうひとつご紹介―「SF巨大生物の島」Mysterious Island(1961年・英)です。監督はサイ・エンドフィールド。原作は(一応)ジュール・ヴェルヌで、物語は「海底二万哩」の続編です。

南北戦争のさなか、北軍の捕虜となった南軍の兵士たちが気球で脱出、嵐に巻き込まれてたどり着いた絶海の孤島には、通常の何倍もの巨大生物たちが生息しています・・・で、その巨大生物に襲われたときの反応がすばらしい(^^*




巨大蟹に襲われた!



食べる・・・(゚д゚)ウマー



こんどは巨大鳥が襲いかかってきた!



やっぱり食べる・・・(゚д゚)ウマー(゚д゚)ウマー

さすが、サバイバル生活のキホンは食欲を満たすこと、これに尽きますね(^o^;

まあ、これらの巨大生物は、もともと食糧とするために巨大化されたものだということが後で分かるんだけどね



洞窟で見つけた伝説のオウム貝・・・じゃなくて、潜水艦。この島にはもうひとり、先住者がいました。


せなかにしょった巻貝がおしゃれですねっヾ(^∇^*


あれ、潜水具なんだよね。登場の仕方がニクイね




島の活火山が活動をはじめ、彼らは島を脱出しようと協力することになります。果たして無事脱出できるのか?

(おまけ)

ちなみにこのDVDのケース、CAST表の末尾には「巨大ガニ/巨大蜂/巨大オウム貝/巨鳥フォロラコス」とあります。


キャストだったんですね〜(^o^;




2007.10.14 sun



ドン・チャフィ監督の―というより、レイ・ハリーハウゼン特殊視覚効果による映画「恐竜100万年」(1966年・英)です。Hoffmannご幼少のみぎりには、TVでときどき放送されていましたな(笑)



世界最古のビキニスタイル(笑)じっさい、ビキニの水着にぼろ切れを貼り付けただけですね。

これはラクウェル・ウェルチですね(^^*メイクもばっちり♪ ヾ( ̄∇ ̄*このひと、どうみてもきちんとシャンプーしてますねっ


見どころはやはり恐竜などの特撮ですねヽ(^-^*
( ̄ω ̄*ラクウェル・ウェルチだと言うひともいるだろうな

原始的な特撮もいまとなってはいい味わいを醸し出しているよね

たしか、スタジオで人形を少しずつ動かして撮影しているんですよね。いまどきのSFXよりも余程手間がかかっていますよね

そもそも恐竜が人間と同時に出てくるのはもちろん、その恐竜も時代の隔たりを超えて登場してしまうのも、ご愛敬。



しかし××年ぶりに観ておどろきましたよ、こんなにレイシズムの匂い紛々たる映画だったんですね。

金髪碧眼の白人種は賢くて温厚な平和主義者、黒髪の有色人種は粗暴で好戦的、明らかに知性も劣っているという扱いですね

ま、だからといってどうということもないが( ̄ー ̄*白人なんざいい気なものよのう、ふぉっふぉっふぉっ・・・




2007.10.13 sat

昨日のジャクリーヌ・デュ・プレは多発性硬化症により若くして引退を余儀なくされた悲劇の女流チェリスト。その旦那はピアニスト・指揮者のダニエル・バレンボイムですね。結婚したときデュ・プレ21歳。バレンボイムが追いかけ回して相当強引に結婚したというだけに、難病に苦しむ(というか、口も利けずほとんど動くこともできなくなった)デュ・プレが42歳で死去するまで、生活の面倒を見続けたそうですが、こいつ、ちゃんとよそに女つくって、子供までできていたんですよね。
また、デュ・プレについても最近スキャンダラスな内容の暴露本が出版され、映画化までされていますが、Hoffmannは興味がありません。デュ・プレの演奏はハイドンの協奏曲など気に入っているものもありますが、衰えることのない絶大な人気と熱狂的な(内容の)評価は、いくらなんでも過大評価にすぎると思っていることは昨日も書きました。

さらに、バレンボイムが妻につくしたのか、裏切ったのかも、どうでもいいことです。ホントかどうか知りませんが、このひと、朝比奈隆がシカゴ交響楽団を振ってブルックナーを演奏した際、「日本人にブルックナーができるわけがない」と言ったとか。朝比奈隆といえばこれまた熱狂的な「信者」を多数もつ指揮者ですが、Hoffmannはこの指揮者の演奏をいいと思ったことが一度もありません。従って、肩を持つつもりもないんですが、「日本人にブルックナーができるわけがない」と言ったバレンボイム自身のブルックナー演奏が、これがまたロクなものじゃないんですよね。つまり、私生活やその発言なんかどうでもいい、ご当人がいい演奏をしてから、話はそれからだ、と思っています。そうそう、ついでに言っておくと、デュ・プレ全盛期の協奏曲録音は、バックのオーケストラをバレンボイムが指揮しているものが多く、disc(協奏曲録音の演奏)としての価値を相当落としてしまっていますね。たとえばドヴォルザークのチェロ協奏曲なんて、デュ・プレのチェロはいいのに指揮が下手で台無し(-_-;

まあ、そのデュ・プレとの共演盤などはかなり以前の録音ですが、こちらはバレンボイムの比較的最近の指揮です。



アルバン・ベルクの歌劇「ヴォツェック」、1994年4月、ベルリン州立歌劇場におけるlive収録・・・と表記されていますが、どうもliveではなさそう。バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレ、キャストはヴォツェックがフランツ・グルントヘーバー、マリーがヴァルトラウト・マイアー、大尉がグレアム・クラークほか。演出はパトリス・シェロー。


かつてLDで出ていたもののDVD化ですね。Hoffmannはこれが初見。歌手は上に名前を挙げたひとをはじめ、充実した歌唱、バレンボイム率いるオーケストラは可も不可もなし。



パトリス・シェロー演出ということで、かなり期待して観たんですが、これまたカフカ(省略形)ですね。別に期待はずれということではなく、これはこれで高水準の出来だとは思うのですが、この20世紀の名作オペラの上演ともなれば、「驚き」「衝撃」を求めたいんですよね。



解説書には、LD初出時の解説が転載されていますが、堀内某というひとが、賛辞とも皮肉ともつかない、なんとも曖昧にして意味不明な(ホメているのでも貶しているのでもないよ)文章を書いています。

なんだか、これよりほかに書きようがない(なかった)んだよ、といった内容ですね(^^;

さて、およそ「ヴォツェック」のタイトルロールともなれば、これまでに録音・録画されたLP、CD、DVDのいずれにおいても、そんなに無能な歌手が起用されているものではなく、それぞれに聴き応えのある歌唱を行っているんですが、Hoffmannがこれまでに接した上演、観たvideo、LD、DVDでの演出の扱い、その演技にはおおいに不満があります。たしかにテクストを読めば異常な言動に取り憑かれた主人公ではありますが、その演技でいかにもな異常性をこれでもかとばかりに見せつけるのは、あまりにも予定調和の世界ですね。突飛なたとえですが、痴漢や猥褻犯を演じるとして、半開きの口からよだれを垂らして、息遣いも荒く、目を血走らせてウヒヒ・・・なんて笑っていたら、これはもうお笑いの世界ですよね。ヴォツェックにしたって同じこと。付け加えれば、こんな演出(演技)をしているから、その「異常」はどこかよその世界の絵空事になってしまうんじゃないでしょうか。



歌劇「ヴォツェック」はもともとゲオルク・ビュヒナーの戯曲「ヴォイツェク」をオペラにしたものですが、この原作は映画化されています。ヴェルナー・ヘルツォーク監督による「ヴォイツェク」(1978年・西独)がそれ。ここでヴォイツェクを演じているクラウス・キンスキーの、抑えめともいえる演技には、上記のようなわざとらしい予定調和は微塵も感じられませんよ。

Hoffmannはこの怪優クラウス・キンスキーが好きなので、多少ひいき目もあることは否定できないけどね。Hoffmannが演出家なら、劇のなかのもっとも重要なクライマックスのためにとっておくべき演技・表情というものがあると思うんだよね

このひとが演じているだけで、ただごと(ただ者)ではない雰囲気が醸し出されているとは思いますけど(^^;

このDVDは残念ながら国内未発売ですが、テクストはほぼ原作に忠実なので、ドイツ語は分からなくてもストーリーをご存知の方ならば問題ありません。Hoffmannが入手したのは独Anchor Bay盤、英語字幕あり、リージョン・コードAllです。ご興味のある向きにはぜひともご覧になることをおすすめします。

#バレンボイムについては、Hoffmannがいい演奏だと思っているものもあるので、近日中のとりあげます。じつは、一度取りあげたことがあるんですが、おぼえているひとはおらんでしょうな(^^;自分でもいつ頃書いたものか、見つけられない;;




2007.10.12 fri



2007.10.04 thursにエルガーの“The Starlight Express”を聴いて、さらに引っ張り出したのがこれ―チェロ協奏曲。演奏はジャクリーヌ・デュ・プレのチェロ、バルビローリ指揮ロンドン交響楽団。英EMI盤。

Hoffmannはこの作品が大好きで、チェロのための協奏曲のみならず、あらゆる古今の協奏曲のなかでも、もっとも愛好している音楽です。ただし、いちばん好きなdiscはほかにあるんですけどね。もちろん、デュ・プレ、バルビローリの演奏もいいんですが、絶大な人気を誇るこの女流チェリストは、(おそらく並以上の容姿とその悲劇的な境遇故でしょうか)いくらなんでも過大評価されすぎているのではないかと思っています(^^A;とくに日本人というのは、悲劇的な運命とか苦悩の果てにとか、それでこそ生命を削るような壮絶な演奏をしたのだとか・・・後付の理屈をこねてでも精神論にもっていくのが得意ですからね(苦笑)


Hoffmannさん、ファンに殺されますよ〜(^o^A;



さて、エルガーと言えばBBC放送局製作のドキュメンタリー番組がありましたね。1962年、若き日のケン・ラッセルによる監督・脚本です。


エルガーの写真などもふんだんに使用されています。




1時間弱のドキュメンタリーとあって、ここでは後年のケン・ラッセル作品に観られるような、あざといまでの偏執ぶり(fetish)は表面には現れてきません。そのあたりは1968年製作の、同じくイギリスの作曲家ディーリアスを描いたドラマ仕立てのTV番組「ソング・オブ・サマー」を待たなければなりません(“Song of Summer”はいずれ取りあげる予定です)。



ちなみにこのバルビローリ指揮フィルハーモニア管弦楽団による「エニグマ」変奏曲、「コケイン」序曲のレコード(英EMI;ASD548)のジャケットデザインは、上記BBC放送局の番組の一シーンです。右下にも“Photograph-copyright B.B.C.T.V. from MONITOR film biography of ELGAR”と表記されています。




2007.10.11 thurs



ジャン=ジャック・アノー監督の映画「薔薇の名前」(1986年仏・伊・西独)については、何度も語ろうと思いつつ、そのままになっています。映画だけ観れば決して悪くはないんですが・・・。荒俣宏がどこかでこの映画をなんとも知的なミステリーで、我が国の金田一さんシリーズなどを思うと・・・てなこと書いてましたけれど、ウンベルト・エーコの原作を読んでみれば、やはりこの映画も金田一耕助シリーズとさしたる差はないんじゃないかと・・・(^^;


別にこの場面の類似をあげつらうわけじゃありませんよ(^_^;


左は「薔薇の名前」、右は「犬神家の一族」(1976年・東宝)ですね。これ、以前にもupしたことがありましたね〜(^o^;

いや、雰囲気はなかなかいいんですけどね。でもそれにしたって、潤沢な制作費による成果と見えないでもない・・・。


Hoffmann的には膨大な量の本(蔵書)が描かれていること、その本がミステリの重要な要素となっている点が、我が身のfetishをおおいに刺激することは認めざるを得ない・・・さらに火事場(しかも重要な登場人物が危機にさらされているとき)においても、ひたすら抱えられる限りの書物を持ち出そうとするばかりのウィリアム修道士(ショーン・コネリー)の行動は、なぜか嬉しく切なく、感動的なまでに身にしみて・・・
(・_・;(・∇・;

いやいやいや(汗)いまなら二人と一匹を救い出しますよ、もちろん!( ̄‐ ̄
*) (^-^*(^∇^*〜♪


ここでは以前ちょっとだけふれたアストロラーブ(天文観測儀)が扱われている場面をupしておきましょうかね。

(追記)
いや、「薔薇の名前」という映画それ自体は「犬神家の一族」など足元にも及ばぬ良作ではあるんですが、原作をほとんど換骨奪胎して、その「省略」が全面的にマイナス要因となっており、映像化したことによる新たな成果がないと思うのです。




2007.10.10 wed

自分で言うのもなんですが、なんともノリノリの語り口が冷静になってみるといささか恥ずかしい昨日―続いて本日は別な意味で少々照れくさいんですなあ(^o^A;

1960年の中川信夫監督「地獄」で共演していた天知茂と三ツ矢歌子の、こちらは17年後、1977年の共演作であります。




テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」(略して「土ワイ」)で、1977年から1985年の天知茂の突然の死まで制作された江戸川乱歩の「明智小五郎」シリーズ。その第一作がこの「氷柱の美女 江戸川乱歩『吸血鬼』より」でした。

「土曜ワイド劇場」といえば日本初の長時間枠ドラマ。その後他局も真似して「火曜サスペンス劇場」(略して「火サス」)など、続々と類似企画が立ち上げられた、その元祖となる番組ですね。なかでも、天知茂が名探偵を演じる「明智小五郎」シリーズは好評を得たヒット作で、9年間に全部で25話制作されています。いやいや、Hoffmannなどは懐かしくてタマランのですよ(^o^A;、まあ、ほとんどは再放送で観たんですけどね。先日実家に行ったら、TV(再)放送を録画したtapeが何本も出てきまして、ドラマの合間のCMにさえ、郷愁を誘われる始末。だって、ワープロの新製品のCMなんかやってるんですから(笑)

余談ながら、昭和のサブカルチャー(とは限定しすぎだが、大衆的・世俗的な文化という意味で)などに興味のある向きは、古いvideotapeなどは決して捨てずに、またCMなどカットせずにDVD化しておくのがオススメ。哲学者の高邁な思索などよりも、無名の農民が残した借金の借用書の方が歴史研究に珍重され貢献するのと同様、昭和を知るにはなんてったってCMこそがうってつけじゃあござんせんか。


Hoffmannさん、文体がまた・・・ヾ(^o^;



「土ワイ」の「明智小五郎」シリーズといえば、毎度タイトルは「○○の美女」(だからまたの名を「美女」シリーズとも言う)、ゲストの女優さんが登場し、その女優さんとは限らないんですがほとんど無意味な入浴シーンと裸で殺される女性被害者(そのために出演している、当時の日活ロマンポルノの女優たち)、犯人と明智の知恵比べ、明智の変装と(ラテックス?が顔に残った天知茂)事件の謎解き、大詰めにヒロインの死・・・とまあ、ある意味、「水戸黄門」のようなパターン化したマンネリズムが特徴で、それがまた見どころでもあるわけですね。

この第一作ではそのあたりのフォーマットは未確立の部分もあって、たとえば波越警部はここには登場しません(第二作から登場、だれが演じたかご存じですね?笑)。また、その後の作品に多数登場する、学芸会以下と言いたいくらいお粗末な演技を見せる俳優・女優もここにはいません(・・・と言っておこう、おおまけにおまけだよっ)。それだけに、ややゲーム性が勝ったような第二作以降と比較して、第一作は陰鬱な雰囲気に覆われたドラマが、むしろ江戸川乱歩にふさわしいとも言えます。



もちろん、これを芸術的な名作として称揚するつもりはありませんが・・・いいんです(笑)Hoffmannは天知茂が大好きで、これぞ人物像が揺れ動いていた江戸川乱歩原作の名探偵を超越した、まさに明智小五郎そのひとと思えるんですよ。

ドラマとしてはいかがでしょうか? さきほど、パターン化したマンネリズムがまた見どころでもあるとおっしゃった要素が、そのまま欠点にもなってしまうんじゃないんですか?

御都合主義もなんのその! 欠点を補ってあまりある俳優の魅力だよ(^^*

ところでHoffmannさん、上の画像はvideoから・・・?

うんにゃ(笑)

すると、あのDVD-BOXセットを?

N○Kでも放送していた「シャーロック・ホームズの冒険」DVDは気になりながらも未入手のままなんだけど、いや、あれはHoffmannよりも所有するにふさわしいすてごまさんが入手されているからね

ま、まさか対抗上?(^o^;;

おもしろいですね〜すてきなはいゆうさんたちですね〜ヾ(^∇^*

お、花ちゃんはどの俳優さんがタイプ?(^^*

あけち探偵さんと、なみこし警部さんと、どちらもすてきなおじさまですよね〜ヾ( ̄∇ ̄* (^o^*(^o^*


こちらは第二作「浴室の美女 江戸川乱歩『魔術師』より」から

#それにしても、このρ(^^;)σ上下の画像が同時にディスプレイに表示されるというのも、どういったものか・・・。




2007.10.09 tues


さても本日はのっけからショッキングな画像でございます<(_ _)>これでもちょっとエンリョした・・・

1960年新東宝の「地獄」。製作は(あの)大蔵貢、監督中川信夫、出演は天知茂、三ツ矢歌子、沼田曜一、嵐寛寿郎ほか。以前からDVDは出ていたんですが、チトお高い価格設定で躊躇しておりましたところ、あはれ、いつの間にやら廃盤に・・・で、米盤取り寄せましたよ( ̄ー ̄)米国向け輸出仕様盤か?


1950年代から'60年代、我が国の映画界は夏場となればこぞって怪談ものを製作していたわけですが、やはり当時のこと、怪談・怪奇映画に出演する俳優・女優となると、そこはかとなく二流の扱いであった模様。とはいえ、三ツ矢歌子は当時から大スターとして注目されていたとか・・・。

もっともここでHoffmannの注目は、やはり天知茂ですね。男性てのは多少歳をとってからのほうが魅力が増すもんで、この未来の「明智小五郎」(笑)もその点では同様なれど、この29歳当時からたしかな演技力を発揮しております。脇の沼田曜一も単に悪役と呼んで片付けられない存在感を示し、いわんや嵐寛寿郎においておや。


正統派の名画とは申せますまいが、なに、正統派をめざして製作されている映画のなかでも名作と冠して恥じぬものはほんのひと握り、残るはほとんど石ころ・ごみ屑・駄作揃い・・・一方こうした傍流には、世間に一流と認知されたもの以上の傑作・怪作が紛れ込んでいるのですよ。つまり、二流は一流よりも上位にあり、まさしく掃いて捨てるほど数多の自称・通称一流は、ありゃ実のところ三流、四流なんですな( ̄- ̄)


中川信夫はテッテ的に病的なグロ映画ばかり製作している(した)ように、当時もいまも言われ続けているようですね。じっさい、この「地獄」にしたところで、当時のエログロ路線の映画であることは否定できませんが、そも映画監督なんていまどきのビジネスマンならいざ知らず、芸術・芸能の本質を極めようとすれば、いかなる資質が必要不可欠であるか―そこに病的なまでのfetish(fetishism)が備わっていなかったら、もし常人並みの神経の持ち主であったら、観(魅)せるに足るすぐれた映画なんて制作できるもんじゃないでしょうが。



いずれこちらのページに保管せにゃなりませんな、これだけの映画は(-_- )ウン




今日はどうにも口を挟む余地がありませんでしたね〜(^o^A;




2007.10.08 mon



ORFEOの新譜CD、クナッパーツブッシュ最後のバイロイト出演の年、1964年8月13日のWagner「パルジファル」です。たぶんGolden Melodramから出ているものと同じだと思いますが、バイエルン放送協会所蔵の正規音源によるCD化というのがウリですね。

HoffmannさんはGM盤(CD)のほか、伊Merodram盤(LP)もお持ちですよね(^^;

はい、お持ちですが・・・正規音源とくれば、またそれがWagnerとなれば、とーぜん入手しなけりゃなりません(笑)これでパルジファル役がジョン・ヴィッカースなどでなかったら・・・(^^;




こちらはヒンデミット(ヒンデミート)のオペラ「カルディヤック」のDVDです。
左は2007.06.17 sunに紹介した、サヴァリッシュ指揮の1985年ジャン=ピエール・ポネル演出によるバイエルン国立歌劇場における公演のdisc。右は最近出たケント・ナガノ指揮パリ・オペラ座による2005年10月、パリのバスチーユ歌劇場におけるlive収録。

決して頻繁に上演されるとは言い難いこの作品のDVDが、さしたる時を置かずしてふた組も出るとは・・・世のなか、捨てたもんじゃありませんなあ(^-^*

きっと、このdiscはDie Toteninselさんもご覧になっているでせうね(^o^* ヾ(^∇^*背畝?

さて、さっそく観よ観よ♪(^-^*(^o^*(^∇^*

# いや、そんなニコニコしながら観るような話じゃないんだが;;;




2007.10.07 sun



昨日の「ドストエフスキーの手紙」(北海道大学図書刊行会)を紹介したついでに言っておくと、大学の出版(局)って、結構良書を出しているんですよね(^^*これは九州大学出版会

恒吉法海の「ジャン・パウル・ノート」ですね。日本語で読めるジャン・パウル関係書ってめずらしいですよね



こちらは法政大学出版局のアルフレート・クービン「対極」です。この大学の出版局はかなり意欲的な出版物を、多数刊行しておりますね。

この「対極」については以前もお話のなかでちょっとだけふれましたよね



参考までにこれは原書。これが正しいとすれば翻訳書の表紙は裏返しに焼いていることになります。おそらく、右開き・左開きの関係でバランスのよいレイアウトに配慮したものでしょう。

裏返しですか(笑)河出書房新社から「裏面」という表題でも翻訳が出ていましたよねヽ(^o^*まさしく「裏面」

(笑)クービンは画家なので本文中のイラストは自分で描いているんだけど、河出書房版にはそのイラストが収録されていないんだよね。でも、法政大学版もその印刷はあまりよくなくて、原書の方がいい

たしかに、黒が沈みきらず締まりが悪いですね。モノクロのイラストなんですから、改善を望みたいですね



さらに参考までに―下はクービンのイラストを集めた画集です。適当に開いて写真を撮ったので興味のある方はどんぞ(^^*







こ、このいちばん下のは・・・(^o^;

先日来ときどき名前の出てくるカフカですが、カフカについて語るならクービンくらい読んでおきなさいと・・・(ムガムガ)

Hoffmannさん! 過激な発言は禁物ですよ(笑)




2007.10.06 sat



光文社古典新訳文庫のドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」です。亀山郁夫訳。なかなか評判はよろしいようで以前から気にはなっておりまして、全5巻出そろったところで入手。まだ半分くらいしか読んでないんですが・・・。

翻訳はいかがですか?

原典に当たってみたわけではなく、もとよりロシア語は分からないし、翻訳をどうこう言える立場ではないんですが・・・とにかく重くなりすぎないで、テンポよく読み進められる日本語を目指した姿勢は、これは成功しているんじゃないでしょうか。個人的には、文学作品として、Hoffmannならこのことばは使わないなあ、という箇所少なからず・・・。

「文学作品として」というのは、べつに文豪の名作だから・・・などという先入観が判断基準ではなくて、日本語で読む小説として、という意味です。また「このことばは・・・」というのも、訳語として適切か不適切かということではなく、あくまで前述のとおり、日本語で読む小説として、という点での感想です(エラソーなこと言ってすまん;;;)。


Hoffmannさんはドストエフスキーの小説ではなにがいちばんお好きですか?

「罪と罰」、「白痴」、「悪霊」のなかで、もっとも最近読んだものだよ

「カラマーゾフの兄弟」は入らないのですか?

だからさ、この翻訳には期待しているんだよ(^^*ぜひとも上位に食い込ませるような読後感を・・・

私はドストエフスキーって、あまり好きじゃないんですよ。登場人物があまりにも饒舌で、ほとんど躁病か躁病気質じゃないかと・・・それに、ああ言えばこう言う、それも自分で言っておきながら、舌の根も乾かぬうちに否定してみたり・・・とくに女性の登場人物なんてほとんど分裂気質で、ひとの鼻面を引き回すばかりですよね。読んでいてちょっと不愉快にすらなってくるんですよ(^_^;

ははは・・・だってそういう小説だもの(笑)それに読んでいて不愉快になるというのは、それだけ感情移入しているってことじゃないのか?(^^*



合間にこんな本を引っ張り出してみたり・・・。

北海道大学図書刊行会から出た「ドストエフスキーの手紙」ですね。中村健之介編訳による、ドストエフスキーの手紙のなかから、生涯の主な出来事を語っているものを選んで発信年順に構成、ちょうど手紙による伝記となるように構成したものですね




2007.10.05 fri



ブラックウッドにはジョン・サイレンスものと呼ばれる短篇がいくつかあります。

「いにしえの魔術」については、以前取りあげましたよね。心霊医師ジョン・サイレンスが登場して異常な現象の謎を解明しようとするというストーリーでしたね

通俗といえば通俗、ちょっとentertainmentに傾いているけれど、なかなか愉しめる小説だよね。上のお写真は五編が収録されている連作短篇集。じつはジョン・サイレンスものはもう一篇あって、それも含めて国書刊行会から「ドラキュラ叢書」というシリーズのなかの一冊として翻訳が出ていたね



こちらはブラックウッドのジョン・サイレンスものと似た趣向で、カーナッキという主人公が怪異現象に立ち向かった話を友人に語るという体裁の短篇集、ウィリアム・ホープ・ホジスンの“Carnacki The Ghost-Finder”。これも同じく国書刊行会の「ドラキュラ叢書」で翻訳されていましたね

この本、出版社が“Mycroft & Moran”というんですね(^o^*




2007.10.04 thurs



2007.09.25 tuesに、いまは無き月刊ペン社から出ていた「妖精文庫」シリーズのうちの一巻、ベルギーの幻想作家ジャン・レイの「マルペルチュイ」を紹介しましたが、これも同じ「妖精文庫」シリーズで出た二巻本、アルジャーノン・ブラックウッドの「妖精郷の囚れ人」です。



「マルペルチュイ」に対応して同名の映画のDVDがあれば(2007.09.26 wedにupしたお写真にご注目)、このブラックウッドのファンタジーに対応するのが、イギリスの作曲家エドワード・エルガーによる“The Starlight Express”です。ブラックウッドの原作をViolet Pearnが翻案した劇の付随音楽。上のお写真はヴァーノン・ハンドリー指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による全曲盤(英EMI;SLS5036、2LP)。



参考までに、こちらも「妖精文庫」から出たブラックウッド作品―左は「ケンタウロス」、右は「ジンボー」。

ブラックウッドといえば怪奇小説作家として知られていますが、意外と作風は多彩なんですよね

日本で、いわゆる「ファンタジー」と呼ばれる小説はあまり好んでは読まないんだけど、このブラックウッドの三作品―ことに「ジンボー」は大好きなんだよね(^^*もちろんブラックウッドの怪奇小説も好きだよ




2007.10.03 wed



さて、Wagnerの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」はWagner唯一の喜劇、同時期に作曲されて相互補完的な位置付けをされる楽劇は「トリスタンとイゾルデ」ですね。

・・・って、この映像はスメタナの歌劇「売られた花嫁」ですよね(・・;

1982年4月25日、ウィーン国立歌劇場におけるlive収録のDVDなんだけど、どうもこの公演の前日は「トリスタンとイゾルデ」が舞台にかかっていたらしいね(^^*この場面を観ているとわかる・・・

強引につなげますね〜(^o^;


・・・というわけで「売られた花嫁」、主役はこのひとヽ(^-^*


Hoffmannさんの大好きな歌手、ルチア・ポップさんですね〜(^o^*

Hoffmannさん、ご飯3杯用意できましたよ〜ヾ(^∇^*



相手役の歌手は・・・いま気がついたんですが、ロクにキャプチャしてなくて、ここでも後ろ姿(^o^A;



こちらは三枚目役のハインツ・ツェドニク。ここで二枚目役を演じているひとよりも、よほど芸達者で、歌手としても(キャラクターは違えど)上だと思うんですけどね

その誰かさんとツェドニクさんって、意外とお顔の造作が似ているんですよね



歌よし、演技よしのポップですが、ここでは後方の男性歌手にご注目。このひとの映像は結構貴重では?

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の、このひとがハンス・ザックスを歌っているdiscがお好きなんですよね(^^*

にわとこがなんとやわらかく・・・ヾ( ̄∇ ̄*




2007.10.02 tues

Wagnerが大好きなHoffmannですから、ニュルンベルクと言えば「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。この楽劇のdiscだってよく聴きます。でも、もうひとつ、思い出すのはこちら―。



ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「カスパー・ハウザーの謎」(1974年・西独)です。

1828年のある夕暮れ時、ニュルンベルクの街角に、ぼろの服に傷だらけの手足の少年が立っていた。どこから来たのか、なぜそこに忽然と現れたのか、カスパール・ハウザーと名乗る以外、ことばも分からない様子のその若者は、どうやら生まれてこの方、地下牢のようなところで鎖につながれていたらしい・・・これまでにも小説化されたり、教育学の実例として研究されたりした歴史上の「捨て子事件」を映画化したものです。


その後カスパール・ハウザー
はさる学者に保護されて読み書きを覚えるのですが、自叙伝を書き始めているという噂が流れると、何者とも知れぬ男に二度にわたって命を狙われ、1833年5月21日、謎を残したままにこの世を去ります。



たしか、カスパール・ハウザーの正体については、バーデン大公国の王位継承者だとか、いや単なる詐欺師でサーカスの芸人だった、なんて説があるのですよね

優美、よく知ってるね(^^*まあ、なにを聞いてもことばも分からず、なにを見ても知覚できていないというコミュニケーション能力の欠如した一人格というのは、いろいろな意味で、ある種の―あるいはある時代、たとえば近代・現代の人間の象徴のようではあるね

そういえば、先日もお話に出てきましたカフカが、その日記に「私はカスパール・ハウザーのように孤独だ」と書いていましたね


カスパール・ハウザーについては、種村季弘の「カスパール・ハウザーの謎」(河出書房新社)がおすすめです。このじっさいに起こった事件に材を採った映画も、よくできていると思いますが、種村季弘の詳細を極めた長編エッセイを読むと、映画の方はやや物足りなくなってしまうのも事実です。



# この項、galleryあたりで、もっとじっくり取りあげてもよかったですね




2007.10.01 mon



もしも本や音楽、映画について語るhomepageをつくるとしたら、「阿呆船」なんてサイト名も悪くはないですね。