monologue 2008.04

2008.01 2008.02 2008.03
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2008.04.30 wed

引き続き、今月中に取りあげておきたいdiscです。



米VAIのCD、ご覧のとおり、Weill-Brechtの“The Threepenny Opera”の音楽―というより演奏を集めたdiscです。Lotte LanyaとGerman Castによる1930年のselectionをはじめとして、1929〜1931年のさまざまな演奏が収録されているんですが、そのなかに、Otto Klemperer指揮Berlin State Opera Orchestraによる“Kleine Dreigroschenmusik”も含まれているんですよ(演奏時間は9分半ほど)。

2008.03.30 sunに取りあげた、フィルハーモニア管弦楽団とのstereo録音は再録音だったんですね〜

ご都合主義でない、いい意味でドライな淡々とした表情がこの音楽にふさわしいね(^^*




2008.04.29 tues

ほんとにもう、このところ人生が豊かになっちゃいそうなdiscや本が手許にころがりこんできて、なにから取りあげたらいいものやら・・・とくに昨日のDVDに関しては、力をためて語りたいところなので(というほどのチカラがHoffmannにあるわけではないが)、本日は補遺―今月中に取りあげておきたいものです。

ホイッヾ(^∇^*



プーランクの歌劇「声」。これまでにもLPをいくつか取りあげたソプラノ歌手Jane Rhodesのソロ、Jean-Pierre Marty指揮Orchestre National de Franceの演奏による1976年のスタジオlive録音(放送用?)、仏INA memoire viveから出たCD.。

ジャン・コクトーの台本による一人芝居のオペラでしたね

2008.03.27 thursにとりあげた初演歌手Denise Duvalによる録音の、神々しいまでの歌唱を超えるのは困難としても、劇的な起伏が豊かな(演技が大げさということではありません)高水準のdisc。ラストは感動的。

スタジオなので聴衆はそんなに多くはないようですが、最後には熱狂的な拍手が収録されていますね

このひと、ちょっとおばさん声と聴こえるんですが、むしろこの作品ではそれがかえって効果的?





2008.04.28 mon

これとか・・・



昨日のこれとか・・・




2008.04.25 friに取りあげた“Entr'acte”もよかったですね〜

・・・なんかもう、ここ数日の間に入手したLP・CD・DVDときたらすばらしいものばかりで、DVDに限っても、どこから手を付ければ(取りあげれば)いいものやら・・・



なかでもこれなどたいへんな傑作、演奏も見事。さらに一昨日の・・・



バレエをこんなに夢中になって観たのははじめてです!

Hoffmannさんがモニタに向かって拍手してますよっヾ(・∇・*

めったに見られない光景ね〜(^o^*



これも届きましたよんヽ(^-^*




2008.04.27 sun



ドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」、全曲録音のdiscはcomplete・・・とここに書いたんですが、ななななんと、未入手のものがあったので(^o^A;あわてて手配して無事げと。Glyndebourne1999年(?)の公演のDVD。歌手はメリザンドがChristiane Oelze、ペレアスがRichard Croft、ゴローがJohn Tomlinson、指揮はAndrew Davis、演出Graham Vick。

かなーり以前に取りあげたリヨンのガーディナー指揮による公演と同様、室内劇として進行する演出。まだ途中までしか観ていないんですが、これまでのところ、なかなか(・∀・)イイ!

しょうさいはカツモクして待てっヾ(^∇^* (^o^*




2008.04.26 sat



さっそく入手(まだ観ておらんが)。

2007.09.28 friに鈴木道彦訳のプルーストの「失われた時を求めて」を入手したので、この大作の3度目の通読にとりかかると言って、2007.10.18 thursには「あえて『ゆっくり』読んで(読むように心がけて)いるところ」と経過報告しましたが、読みはじめておよそ7ヶ月、未だ読了しておりません。といっても我ながら感心するほど緊張感が途切れず、訳注も精読、場合によっては必要な箇所に戻って読み返したり、作中でヴァントゥイユの音楽が奏でられ、あるいは話者によって語られれば、フランクのレコードを引っぱり出すなど、考えつく限りあらゆる手段を講じて愉しんでいるところです。ところがこの大作も中間地点を越えて、それまでにちりばめられてきたさまざまな要素(ある意味、伏線のようなもの)が、いずれ収束する、その前触れとも言うべき展開を見せはじめるあたり、すなわち「囚われの女」に至ると、どうも死後出版であるため、プルーストの強迫的に綿密な推敲が徹底されていないこともあり、またstoryの特性も相俟って、「ふつうの心理小説」になっている、あるいは近付いているんですね・・・だから駄目だというのではなくて、つい勢いが付いてスイスイと「はやく」読んでしまうんですよ。ですから「囚われの女」は読み終えてから反省して、はじめからもう一度、一所懸命(?)、必死になって(?)「ゆっくり」読んでいます。

息の長い、どことなく回りくどい文章には、いまプルーストをお読みになっているからでしょうか・・・(^o^*




2008.04.25 fri

2008.03.18 tuesにバレエ「本日休演」の幕間「映画」のための音楽のレコードを紹介しましたね。その幕間に上映された映画のための音楽を担当したのがエリック・サティ。その映画はかつてLDで出ていたものの、「未だ(海外でも)DVD化されていないようですね(DVD化切に希望・・・というか、こういうものがいつでも観られるようでなければいけませんなあ)」と言ったんですが、この「幕間」“Entr'acte”(1924)、ちゃんと出ていました(^o^A;Rene Clair監督の“A Nous la Liberte!”DVDの“Special Features”に収録されていたんですね(ただし冒頭がわずかに切れている模様)。なお、このDVDではサティの音楽は管弦楽版、アンリ・ソーゲ1967年の指揮による演奏が使われています。



エリック・サティの貴重な映像です。右は脚本を書いたフランシス・ピカビア。ちなみに監督のルネ・クレールはピカビアの弟子。1898年生まれですから、この映画を撮ったとき少壮26歳です。

といっても前年(1923年)に「眠るパリ」で監督デビューはしていましたね

そういえば以前出ていたLDには、たしか「眠るパリ」も収録されていたなあ



シャンゼリゼのビルの屋上でチェスをしているのはマン・レイとマルセル・デュシャン。
そこに水をまいて洗い流してしまったのはピカビアだそうです。ダダイスト総出演ですね。



葬儀―駱駝に引かれた棺桶。ぴょぴょん跳びはねる陽気な葬儀・・・ところがロープのはずれた棺桶が勝手に暴走してだんだんスピードアップ、みんな駆け出します。







イメージの奔流・・・というか、楽しんで作っていますね、この映画(^^*



棺桶から登場した男は、見守る人々を次々と消してしまい最後は自ら・・・。

ああ、何度観ても楽しいなあ(^o^*

このDVDのメインである“A Nous la Liberte!”(1931年)は紹介なさらないんですか?

これがまた簡単にすませちゃもったいない名作だからね〜(^^*)次の機会に(笑)

どうでもいいが、某映画データベースサイト、“A Nous la Liberte!”について「音楽は所詮『大人組』の一人ジョルジュ・オーリックが特に作曲した」とあるが、「所謂(いわゆる)『六人組』」の間違いだろうな、やっぱり(^o^;

(おまけ)


このDVDに収録されたルネ・クレールの妻ブローニャのインタビュー映像から―。


これはバレエ「本日休演」の一シーン。アダムとイヴ、ふたりとも全裸ですね。この写真を撮ったのはマン・レイ。アダムはマルセル・デュシャンで、イヴは急遽引っぱり出されたロシア人女性ブローニャ。このときふたりに照明を当てていたのがルネ・クレールで、彼はブローニャと数ヶ月後に結婚したんですね。




2008.04.24 thurs



ジャンヌ・ダルクといえばオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」はLP、CD、DVDをこれまでにも何度か取りあげましたが、これはフランスの指揮者・作曲家Paul Parayの作によるミサ曲「ジャンヌ・ダルク」、自作自演盤です。

ポール・パレーといえば戦後デトロイト交響楽団あたりを指揮したレコード録音で、もっぱら指揮者としてのみ知られているのかもしれませんが(アメリカ人だと思っているひともいるようですね)、じつはパリ音楽院でローマ大賞を受賞したひと。

パレーにはジャンヌ・ダルクにちなんだ作品が2曲あって、ひとつは1913年作のオラトリオ「ジャンヌ・ダルク」もうひとつが1931年作のミサ曲。精確には「ジャンヌ・ダルク没後500年記念のミサ曲」、ジャンヌが火刑台にのぼってから5世紀となる1931年にルーアンの大聖堂で初演されました。


#ま、まだ書きかけ・・・(-_-;;




2008.04.23 wed



なにをしゃべるにも、自分で行動を起こさず、どこかから元ネタを仕入れなければならないHoffmannにとって、ほとんど百科全書のような本ですなあ(^^*いや、「お手本」か?

日本語で読むのはやはり楽ちんには違いない(笑)

図版を多数収録した本もありましたね(^^*抄訳ですけど




2008.04.22 tues


両方とも2008.04.20 sunにちょっとだけ登場したdisc(左はLP、右CD)です。左はBaden-Badenの演奏団体。“Bad”というのは温泉の意味なので、ドイツあるいはドイツ語圏でこれが街の名前に付いている場合は、たいがい温泉地ですね。Bad Ischl、Karlsbad、Marienbad・・・。


そういった土地で右のdiscに収録されたヒンデミットの「朝7時に湯治場で二流のオーケストラによって初見で演奏された『さまよえるオランダ人』序曲」など聴くことができたら楽しいでしょうね(^o^*




2008.04.21 mon



あるレコードのジャケット写真から―ここに写っている女性のうち、その亭主がある指揮者をこん棒でぶん殴ったんですが、それはどの女性で、殴られた指揮者というのはだあれ?




2008.04.20 sun

どうせだれも見てやしないから、けふは気軽に思いつくまま・・・



意外と有名な本らしい・・・。



この小説は原語では読めません(^^:



これには、すぐれた翻訳がありますね。



この本は以前upしましたっけね。ちょっとあるオペラを聴くのに参考にしようと思って(以下略)



このdiscの3曲め、じつは(いろんな意味で)有名な曲でしたなあ・・・。



よく、女性に見られるんですがイケメンの好きな演奏家となると、凡庸な演奏でも「百年に一人の逸材!」なんて盲目的な信仰心で(?)贔屓の引き倒しするひと、いますね。「ファンとはみんなこうしたもの」・・・なんてオペラはありませんな(笑)Hoffmannにも好きな演奏家というのはいますが、好きだからってなんでもいいというわけにはいきません(^^;ダメなものはダメ



大作曲家にしては駄作。いや、結構好きなんですけどね、でも到底傑作とは呼べません。



この作曲家の音楽は結構通俗的な印象なんですが、これを「映画音楽みたい」と言うのは誤解・・・というか、話が逆。



これは正真正銘、映画音楽。



このレコードのジャケットを見ていると、映画「第三の男」を観たくなりますね。




2008.04.19 sat



とにかくもう置き場所がないので、できるだけ本は買わないようにしているんですが・・・

「買わないようにして」はいませんよね(^^*

・・・そのように心がけているつもりなんですが、それでも手にとって見てみれば読まなきゃならんな、という本があるんですな。

「読まなければならない」という基準は?

そのまんまだよ。たいがいの本は見るだけ、ながめるだけ・・・ちょっと「見てみたい」と思って買った本は手許に残す必要もないし、残したいとも思わないだろう。でも「読みたい」と思わせた本はそれだけで間違いなくいい本だよ。そのくらいの目利きではあるつもりだ( ̄- ̄)ohon




2008.04.18 fri



Karl Amadeus Hartmannは1905年生まれのドイツの作曲家。早い時期にナチスへの抗議の意思を明らかにしたため、ナチス政権下においてはその作品は上演されず国内亡命状態に。ところがそのおかげで戦後は活動の場も広がり、作品もよく上演されて知名度もあがり、「20世紀最大の交響曲作曲家」などと称されることになりました。1963年に死去。

お写真は昨日のツィンマーマンのCDと同じ、独Wergoから出た交響曲全集5枚組LP。各国で賞を受賞したり推薦されたりのシールがベタベタ(^^;音楽はブルックナーやらマーラーの影響も垣間見られて、かなり親しみやすいもの。演奏は全8曲プラス“Gesangsszene”をKubelikが6曲、あとはLeitner、Macal、Riegerが1曲ずつ指揮。ベートーヴェンだのブルックナーだのばかり何度となく録音している、名前だけ有名な指揮者のdiscなんぞ束になってかかってきても、こちらのレコードの方が大切ですな(^0^*hahaha♪




2008.04.17 thurs



ベルント・アロイス・ツィンマーマンの「ある若い詩人のためのレクイエム」です。独WergoのCD。ケースは2枚組用なれどCDは1枚(おそらく解説書が分厚いため)。

ツィンマーマンは1918年生まれの、歌劇「兵士たち」で有名なドイツの作曲家、分類すればセリー音楽のひとということになるんですが、特定の流派の属することのない、孤高の作曲家。1970年にピストル自殺。この作品の作曲は1967〜69年、1時間を超える大作。オーケストラにお3群の合唱団ナレーター2名と歌手のソロはソプラノとバリトン、オルガンにジャズ・コンボ、さらに電子音やらテープによる現実音も使われている、ツィンマーマンらしいコラージュ音楽です。ナレーションはヴィトゲンシュタインやジョイムズ・ジョイス、カミュなど多数、tapeによる肉声はヒトラー、スターリン、チャーチルなど。ときどきWagnerやメシアン、さらにはビートルズまでが浮かびあがって(聴こえて)きます。

その生涯―激動と混乱の時代を集大成したような印象がありますね(・・;




2008.04.16 wed



ブリテンの「戦争レクイエム」です。第一次大戦でわずか25歳で戦死したウィルフレッド・オーウェンの詩による、第二次大戦中に爆撃で破壊されたコヴェントリの聖ミカエル寺院復興の献堂式で演奏するための委嘱作。戦争の犠牲者のためのレクイエムであり、同時に反戦を訴える作品。1960〜61年の作。

ブリテンはこの大作の初演のソリストにソ連のソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ、イギリスのテノール、ピーター・ピアーズ、ドイツのバリトン、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを想定して作曲したと言われており、これはこれら三つの国の歌手を一堂に集めることで大戦の真の和解・集結をめざそうとしたものでしょう。ただし残念ながら初演時にはヴィシネフスカヤがソ連を出国できず、代役としてヘルタ・テッパーが歌ったそうです。

このDECCA録音は作曲者当初の意図どおりのメンバー(歌手)により、1963年に録音されたものです。オーケストラはロンドン交響楽団、ほか合唱団はもちろん、オルガンのサイモン・プレストンや、メロス・アンサンブルも参加。作曲者自身による指揮。

自演乙!ヽ(^0^*

(/_ _)/ドテ

名曲の名演奏として名高いこのレコード、じつは録音がいいのでも有名。Hoffmann0の所有しているのは英DECCAのSET252/3で、再発盤ですが、それでも録音がたいへん良質なのはわかります。




こちらはシンフォニア・ダ・レクイエム(鎮魂交響曲)。日本の皇紀2600年の記念祝典曲を委嘱されて作曲されたものの、祝典にレクイエムなどもってのほかと、また皇室への非難とも受け取られ、当時日本では演奏されませんでした。なんでも当時ブリテンは少々手許不如意で、報酬の多い交響曲(序曲や行進曲では報酬が低くなったらしい)を作曲することにして、亡き父母の思い出に捧げようという考えだった・・・とも、期限に間に合わないのでとりあえずできあがっていた曲を送っちゃった・・・とも言われています。いずれにせよ、ブリテンの許には思いの外高額な報酬が舞い込んだそうなんですが、やはり曲名が曲名とあって、日本政府は演奏を拒否したんですね。

お写真はルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる演奏の東独ETRNA盤LP。この演奏のdiscはこれと、国内盤LP、CD0と持っているんですが(^^;ほかの演奏のdiscは持っておらず、聴いたこともありません。

まあ、演奏に関しては、このレコード一枚あれば充分ですね




2008.04.15 tues

体調が悪い。体調の悪いときというのは、健康なときにくらべればたとえわずかでも死に近い状態なので、そんなときこそ“Memento mori”と思っています・・・というわけでレクイエム。



ヒンデミットの「前庭に最後のライラックが咲いたとき―愛する人々へのレクイエム」―第二次大戦の犠牲者への哀悼を込めて1946年に作曲された、なかなかの名作ですね。ただし、どちらかというと初期の作品に聴くことのできる凝集力は後退気味とも思えます。

このBERLIN CLASSICSのCDはヘルムート・コッホ指揮ベルリン放送交響楽団ほかによる1966年の録音。歌手はアンネリース・ブルマイスターのメゾソプラノとギュンター・ライプのバリトン。コッホの指揮は地味ながら、自然体と聴こえる演奏はこれはこれで貴重。ブルマイスターはどうもおばさん声で、オペラなど歌うと違和感を感じることもあるんですが、宗教曲ではやや陰鬱気なまじめさが際立って、効果的ですね。




2008.04.14 mon

「時の終わりの劇」・・・ときたらこれも―



オリヴィエ・メシアンの“Quatuor pour la Fin du Temps”「世の終わりのための四重奏曲」です。1940年、メシアンが第二次世界大戦で従軍中、ドイツの捕虜になった際、収容所にて「ヨハネ黙示録」に基づいて作曲した、ヴァイオリン、クラリネット、チェロとピアノのための四重奏曲。編成が一風変わっているのは、たまたま収容所にそれらの楽器の奏者がいたため。ちなみに1941年の初演時、メシアンはピアノを担当。

discはいろいろ出ているんですが、このReinbert de LeeuwほかによるPhilips盤LPは、ジャケットデザインがご存知ハリー・クラークによるポオの「大鴉」の挿画のひとつ(部分)。「大鴉」の挿画はハリー・クラークとしてはさほどすぐれたものでもないんですが、このジャケットに使用されている一葉などは、ひと目見て、忘れがたい印象を残すものですね。




2008.04.13 sun



カール・オルフのオペラ“Comoedia Fine de Temporum”「時の終わりの劇」。1973年8月20日にザルツブルク祝祭大劇場において行われた初演メンバーの、これは公演に先立つ同年7月ケルンでの録音。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ケルン放送交響楽団、同合唱団、RIAS室内合唱団、テルツ少年合唱団、歌手はアンナ・トモワ=シントウ、ヴォルフガング・アンハイザークリスタ・ルートヴィヒ、ペーター・シュライアー、ヨゼフ・グラインドルほか。語りはロルフ・ボイゼン。独DGG盤。

カラヤンが残した膨大な録音のなかでもめずらしい、現代曲の初演であり(カラヤンとオルフとはナチス時代からのお友達でしたね)、ケルン放送交響楽団を振ったものであり、また本邦(国内盤)未発売にして、それがために古くから有名なレコード。いまじゃCDでも入手できるようですね。

ケルン放送交響楽団はたいして実力のあるオーケストラじゃないと思うんですが、これはなかなか。やはり放送局のオーケストラはレパートリーが広い(固定ではない)から、適応性に秀でているということなんでしょうか。劇そのものは難解ながら、音楽は打楽器大活躍の、そんなに難渋なものではありません。ちなみに最後に置かれた四重奏のカノンはKuijken兄弟らのヴィオール四重奏。









初演がカラヤンでなかったら録音もされなかったかもしれないし、作品自体、忘れられていたんじゃないでしょうか。従って貴重な盤であることはたしかですが、この演奏がいいのか悪いのか、ほかの録音がない(持っていない・聴いたことがない・そもそもほかの録音があるのかどうかも知らない)のでわかりませんな(笑)Hoffmannは間違ってもヒョーロン屋を気取りたいなんて思ってませんから、この音楽の演奏について、このレコード一種類だけで、その善し悪しを判断できるふりなどするつもりもないのです。

オルフといえばなんといっても「カルミナ・ブラーナ」が有名ですね。「カトゥリ・カルミナ」、「アフロディテの勝利」など、これと三部作を構成する作品なのに、影の薄いこと・・・。人口に膾炙している点で突出しているこの作品、旋律はわかりやすく、リズムも明確、まさにナチスのおぼえめでたい「平明にして健全なる古典主義」の音楽は、はやいハナシが非和声的単旋律を採用(多用)した擬古典主義です。



「カルミナ・ブラーナ」はHoffmannもいくつかレコードを持っています。古くから「名盤」として評価の高いヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団のDGG盤はさほど・・・と言いたいんですが、なにせテノールが(一曲しか歌わないんですけどね)怪人ゲルハルト・シュトルツェなので、やっぱり大切なレコード。ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団のEMI盤は合唱指揮がヴルヘルム・ピッツで、ソプラノがHoffmannの好きなルチア・ポップ。ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団もなかなかの熱演で、テノールのホルスト・ヒースターマンはかつて二期会オペラでWagnerの「ジークフリート」を上演する際招かれて来日、ミーメ役で個性派テナーの歌と演技を披露したひと。小澤征爾指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(映像ではなく音だけのLP・CDの方)は、晋友会合唱団の我らこそ主役の座と言わんばかりの充実ぶりが聴き応えあり。



このレコードはいまのお話のなかに出てきませんでしたけど・・・ひょっとしてこれが隠れた名盤?(・・;

うんにゃ、たまたま写真撮っただけ。たいしたことはない(笑)

「寝馬」って、なんですかっ?ヾ(・∇・*



話をオペラに戻して、こちらはソフォクレス作のギリシア悲劇をヘルダーリンがドイツ語訳したテクストによる“Oedipus der Tyrann”「オイディプス王」。



これは国内盤。解説書には録音風景の写真が印刷されています。ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団による演奏、オイディプス役は先ほど名前の出たゲルハルト・シュトルツェ、イオカステはアストリッド・ヴァルナイ。



そのおふたりの写真です。

Hoffmannさん、ことさらに尊大ぶってみせてらっしゃいます?(^^;

決して親しみやすい音楽ではなく、歌も「カルミナ・ブラーナ」のようなわかりやすい旋律を期待すると当てが外れます・・・が、この作品はポピュラリティと引き換えに、緊張感のはりつめた、より密度の濃い音楽となっています。

ギリシア悲劇に材を採ったオルフのオペラは、ほかに「アンティゴネー」、「プロメテウス」などがあり、前者はたしかに聴いた記憶があるんですが、いま、レコードが見あたりません。持ってなかったのかなあ・・・。

Hoffmannさん、足が腫れてますけど、どうかなさったんですか?(・・;

「オイディプス王」といえば、もうひとつ・・・(続く鴨〜)




2008.04.12 sat



ネットを漂流していたら・・・

>クラシック通のあいだでは、カラヤンを貶すことが「通」であることの条件であるようだが・・・

・・・という文章、あるいはこれと同工異曲の言い回しを何度か発見しました。

やれやれ、たったこれだけの文章でツッコミどころ満載なのは、他人様の意見をそのプライドに訴えて封じ込めようというイヤラシサと、そのようなイヤラシサというものがご当人のコンプレックスによるものであり、それを正当化するために自分で言い出しておいて「・・・であるようだが」と(自分の発言の)責任逃れをしているから(要するにアレ、自分の意見を言うのにいちいち「みんなそう言ってましたよっ」と付け加える、群れなきゃなにもできない・なにも言えない、やたら徒党を組みたがる村社会のド田舎者根性ですね)。

まあ、理論的な思考ができるくらいならもうすこしまともな文章を書くだろうから、どうせこんなこと言ったって理解できんだろうが、「クラシック通」とかナントカ「通」なんて曖昧で実体のない概念を自ら引っぱり出さなければ贔屓の演奏家の擁護もできないとはじつにナサケナイ。こんな手合いがいくら味方してもカラヤン(の評価)にはマイナスにこそなれ、なんの足しにもなりませんな。

ついでに言っておくと、「クラシック通のあいだで、カラヤンを貶すことが『通』であることの条件」てのは、30〜40年前のchu学生あたりの次元のハナシ。いまごろそんなこと言ってるのは、その程度のレベルということですよ。

自分と異なる意見を封じ込めようとして、あるいは自分を正当化しようとして、相手に「レッテル貼り」をするという発想自体、これこそ閉鎖的な村社会の群れなければなにも言えない人種が視野狭窄により判断停止に陥っているものと思います。故意なら悪意ある幼稚なレトリックですね。
そのような、ホントに聴いたんだかじつはぜんぜん聴いていないんだかわからないような音楽外の「世間話」や「捨てゼリフ」に逃げないで、音楽的に納得させる、少なくとも納得させようとする、せめてそうした努力の跡ぐらいは窺い見られる、まともな「カラヤン評価」の文章を読んでみたいもんですねどうもカラヤンを擁護するひとは、批判するひとを罵倒・冷笑するだけで(満足してしまって?)、その音楽についてはご自分の意見らしい意見を口に出さないんですね。

その点をふまえて―たとえば私、Hoffmannがここに書いているのは、自分が考え、自分で思っていることですよ。以前にも「雑誌に書いてあること云々・・・」ってmailをもらったことがあるんですが(ただしこのひとは決して悪意のない、まったくまともなひとでした)、自分が達した意見・感想しか言ってませんよ。どんな意見のひとでもみなさん自分の意見・感想を発言しているものとばかり思っていたんですが、そうじゃないんですか? どうも妙なレッテル貼り・決めつけをするひとには、ご自分本来の考えたこと・感じたことという寄って立つ自信が欠如しているように見えるんですよね。文章表現に関しては、批判するよりもホメる方がはるかに容易だと思うんですが、どうしてなんでしょう? 不思議です。

# 写真は本文とは関係ありません。




2008.04.11 fri



Peter Altenberg(及びその関連)の本は以前2〜3冊upした記憶があるので、これまで取りあげていないものを。Paul Zsolnay Verlagの一巻本。ときどき適当に選んだページを拾い読みするのが似合うAltenbergにふさわしい本ですね。

Hoffmannさん、まだ寝てなきゃダメですよっヾ(・∇・*


なんとなく、並べてみたくなった(笑)




2008.04.10 thurs



仕事を休んで大の字になって寝ていたが・・・なんとまあ一日中ピンポンピンポンと、いろんなひとが来ることよ。いや、以前同じ状況で、出てみたら新聞の勧誘に見てもいない某国営放送の集金だとか(家にTVがないので当然民放も見ておらんけどな)、はては「出会った方の幸せを・・・」なんてのばかりだったので、今日はぜんぶ無視したが・・・それにしても、ふだんHoffamnnの留守中はいつもこうなのか?

入れ替わり立ち替わり・・・頼むから寝かせておいて欲しいもんだ(-_-;

「ハリーの災難」みたいですね(^^;




2008.04.09 wed

Hoffmannさん、風邪でダウンですm(_ _)m

おかゆおかゆ〜ヾ(・∇・;)))(((;・∇・)/おくすりどこですか〜





2008.04.06 sun



中川信夫監督の「東海道四谷怪談」(1959年・新東宝)です。



主演は民谷伊右衛門に天知茂、お岩に若林嘉津子。脇に若き日の池内淳子も出演。

名作の誉れ高い映画ですね。なんといっても天知茂がいい、いくら賛辞を連ねても足りないくらい。極悪非道の狂言廻しは直助(江見俊太郎)に任せて、伊右衛門には武士としての気品を備えさせる設定に、まさにはまり役。そしてstoryも単純さ故の効果があります。以前、別の映画で「日本映画史に残る名作」と言ったんですが、これも同様。新東宝の映画では「地獄」と双璧。



「武士としての気品」というのは、強欲無比で暴力的な演出・役作りでないことや、最後に「許せ」と何度か言わせていることからも分かるんですが、
storyの「単純さ故の効果」って、どういうことでしょうか?

ドラマが怪談としての枠を超えて、心理劇としても観ることができるし、言ってみればギリシア悲劇のように多彩なヤヌスの風貌を獲得している・・・つまりドラマによけいな要素を継ぎ足していない(というより、省いている)分、「原型」となっているんだよね。どんな怪談でも、ミステリでも、この映画を元にして制作することが可能だろう

ああ、すると悪を分散させずにメフィストフェレス・直助に集中させているのも、結果としてよかったわけですね



傘、蚊帳、手鏡、櫛、さらには戸板といった(^o^;まさかダジャレじゃないでしょうね〜オブジェ感覚がすばらしい効果をあげていますね。

私はお岩に自らをを巳年と言わせ、これを複線にその後蛇を効果的に使ったり、
伊右衛門が蚊帳を売り飛ばそうとするのをお岩が押しとどめ、その蚊帳が後に小道具として大いに利用されるあたり、よく計算されているなと思いました 

さらに言えば、ここで蚊帳を赤(朱・緋)に染めたのも、じつに上手いと思うな。この映画では、この色がかなり効果的に使われているよね




いっぱい並べちゃいましたが、こうした場面場面に観られる画面構成にご注目。こうしたところに、storyばかりが重視される現代の映画では蔑ろにされてしまっている美意識を求めることが可能なのは、このあたりの時代まで。

余談ながらHoffmannは、撮った写真を見たあるひとから、「キミはやたら前ボケを入れるのが好きなんだね」と言われたことがあるんですが、このへんのキャプチャ画面選択に、好みがあらわれているの鴨(^o^A;

たしかに、映画というものはその起源をたどれば、写真撮影の感覚と深い縁がありますからね。前ボケというのは、被写体とのいわゆる距離感をあらわすのに利用されるんじゃないんですか?

「のぞき見」感覚だな。そう言われてみると、その場に自分がいるようなlive感よりも、客観的に観察するのが自分としては好みなのかもしれない・・・それと、様式化に対する嗜好が強いのかもなあ( ̄。 ̄*

ただし左右の家並みの上部を見せなかったり、格子戸の左右に赤い幕二枚、というのは、低予算による大道具省略のための苦肉の策と思われます・・・が、それを見事に逆手にとったはさすが!




伊右衛門が直助を斬る場面・・・一瞬、寺の室内に現出するは隠亡堀の水面と戸板に打ち付けられたお岩。この伊右衛門の度重なる凶行も直助の死も、お岩の因縁であることを印象付けるテクニックであると同時に、伊右衛門の心象を映し出しているようで、すばらしい効果。

ここでも障子が赤く照らされていますね






あまり女優には関心のないHoffmannですが、若林嘉津子もすばらしいと言っておきたい。とくに、宅悦が毒を盛られたお岩の顔面を見て短い驚きの声をあげる(だけ)、鏡を見たお岩がやはり短い叫び声を上あげる(だけ)、交錯する花火の映像と音、といったお岩と宅悦の場面の卓越した(^o^;またまたダジャレじゃないでしょうね〜演出、これを完璧に演じきっています。




2008.04.05 sat

フルトヴェングラーの録音がある同時代の作曲家(の作品)で、後世にその名を残している筆頭と言えば、やはりPaul Hindemithということになるでしょうか。交響曲「世界の調和」、管弦楽のための協奏曲、「ウェーバーの主題による交響的変容」のレコードを聴くことができます。もともとHoffmannはあまり積極的にヒンデミット(ヒンデミート)を聴くこともなかったんですが、ここ1〜2年の間に(導きがあって)オペラからはじめ、だんだん聴くようになってきたんですね。そして最近聴いているのはこのあたり―。



ヴィオラとピアノのためのソナタとヴィオラの無伴奏ソナタです。Kim Kashkashianのヴィオラ、ピアノはRobert Levin。



こちらはHindemithの“Trauermusik”、ほかにBritten、Pendereckiの作品を収録、ヴィオラは同じくKim Kashkashian、Dennis Russell Davies指揮Stuttgarter Kammerorchesterの演奏。

これも意外なくらい、親しみやすい音楽ですよね〜って、これ、聴いたおぼえがありますね(・・*


このdiscは最近入手したばかりで、これまでこの音楽を聴いていたのはこちらのレコード―




Gennady Rozhdestvansky指揮Leningrad Chamber Orchestra、Alexei Ludevigのヴィオラによる演奏の露メロディア盤。これは同レーベルらしい奇妙な組み合わせのレコードで、
この作品のほかにバッハ〜シェーンベルク編曲「前奏曲とフーガ」変ホ長調BWV552(USSR Symphony Orchestra)、ヤナーチェクのシンフォニエッタ(Moscow Radio Great Symphonyu Orchestra)が収録されています。悪い演奏ではないんですが、ややニュアンス不足(とくにソロ)。

これ、本当に室内オーケストラ? と思うようなたっぷりした響きですね。それにしても、これは名曲ですね

ホントに耳馴染みのいい音楽だよね(^^*



もう一曲―今回は歌劇・声楽曲を避けるつもりだったんですが―というのは、そんなの取りあげると「歌劇“Cardillac”の新譜DVDはいつになったら紹介するんだゴルァ」・・・なんて声が聞こえてきそう・・・でもないか(^^;、というわけで、“Das Marienleben”のレコードといきましょう。Roxolana Roslakのソプラノ、Glenn Gouldのピアノによる1976年11月から1977年3月の録音。

Hoffmannさんはグールドのレコードは、正規録音に関してはほとんどお持ちですけれど、あまりお聴きになりませんよね

まあ、ピアノ自体聴くことが少ないんだけど、グールドならやっぱりバッハかな。ベートーヴェンとかモーツァルトになるとあえてグールドを選ぶ理由がない・・・というか、バッハで聴けるような驚きがないんだよね(^^;そうなると、あとは比較的めずらしいところでシベリウスとか、このヒンデミットあたりを聴くことになる

個人的にはこの「マリアの生涯」、高橋悠治あたりがピアノを奏いて録音してくれないかなあと思うんですが・・・やらんだろうな(笑)




2008.04.04 fri



Furtwaenglerの露MELODIYA盤LP、ジャケットは共通なので重ねて撮っちゃいました(^o^;収録曲は以下のとおり―

Gluck ; “Alceste” Overture、d'Albert ; “Tiefland” Prelude、Glazunov ; Symphonic Poem“Stenka Razin”(M10 46683)
Heinz Schubert ; “Hymnisches Konzert”(M10 49723)
Ernst Pepping ; Symphony No.2(M10 49721)

1枚めの「M10 46683」はともかく、「M10 49723」、「M10 49721」が要注目。

露MELODIYAから出たフルトヴェングラーのシリーズのなかでも、地味な存在ですね〜(^o^;フルトヴェングラーならなんでも―全部欲しい、というひとしか買いそうにないんじゃないですか・・・って、Hoffmannさん、そこまでフルトヴェングラーにこだわりがありましたっけ?

いや、めずらしい曲だから入手したんだよ。繰り返し聴くだけの価値がある音楽かどうかもやや不安ではあったけど・・・でも、それはまさに繰り返し聴いてみなけりゃわからんからね(^^*だって、そもそも作品だけでなく演奏が(繰り返し聴く価値があるか)どうかを知るには、なにもフルトヴェングラーに限らず、なんでも聴いてみるしかないじゃない? 結局同じことだよ(笑)聴かずに書く(語る)のは評論屋だけの特権としておけばいいよ(^o^*

音楽にしても、小説にしても、忘れられた作品を聴いたり読んだりすることの意味ってなんでしょうか?

そりゃあその時代の傍流を知ることで見えてくるものだってあるからね。歴史に残っている名作だけを読めばその時代が分かるというものではない、流行小説やその亜流も読んでみないと・・・よくあるのが、川端康成や三島由紀夫あたりを―このふたりは海外でも翻訳が出ているもんだから、とくに海外では―日本文学の主流だとする誤解だよね。

評価の定まったものだけを聴いたり読んだりすればいいんだ、と言ったエラーイ先生がいたけど、まあお忙しい方はせいぜい効率的におやりになればいい(笑)そんなことを言ったって、センセイと呼ばれるひとは、専門分野の研究や学説に関しては最新の報告や成果を追いかけているんだから、じっさいは対象によってスタンスを切り替えているんだと思うよ

それはそれとして・・・(笑)



フルトヴェングラーの指揮による忘れられた作曲家の作品といえば、私ならこちらの方がいいと思いますけれど・・・(^^;Karl Hoellerのチェロ協奏曲とWolfgang Fortnerのヴァイオリン協奏曲

同感だ(笑)




2008.04.03 thurs



先月某日、チラッと写っていたジャケット(函)、Kurt Weillの作品集、David Atherton指揮The London SinfoniettaほかによるDGG3枚組LP。メジャーレーベルの発売だし、ワイルといえば(あるいはブレヒトにしたって)「それ、誰?」なんてひとはまずいないはず、そんなに知名度が低いわけではないのに、やっぱりあまり売れなかったそうで・・・。



こちらの録音はわりあい聴かれているんじゃないですか?


・・・クルト・ワイルについては、これを語るのにHoffmannよりもよほどふさわしい方がおられると思うのですが・・・いま、検索してみても的確に論じられている文章にはなかなかヒットしませんね。


やっぱりこれぞ「本物」の感ありヽ(^^*

♪Und der Haifisch, der hat Zaehne〜ヽ( ̄0 ̄)/

♪ウンと出〜トイレ行くと〜えあいむゲジゲジと〜ヾ(^∇^)/




2008.04.02 wed



DVDで「シャーロック・ホームズ バスカヴィル家の犬」“The Haund of the Baskervilles ”(1959年・英)を観て、急に思いついて引っぱり出したのがこのレコード。George Crumbの“A Haunted Landscape”、William Schumanの“Three Colloquies for Horn and Orchestra”、オーケストラはいずれもNew York Philmarmonic、指揮はクラムがArthur Weisberg、ウィリアム・シューマンがZubin Mehta(米New World Records;NW326)。このジャケット、このまま「バスカヴィル家の犬」の表紙に使えそうですね(笑)

ここでの注目は作品・演奏ともに前者。クラムは1929年生まれのアメリカの作曲家、題名どおりHaunted Landscapeをオーケストラで表現したというわけで、上記「バスカヴィル家・・・」への連想は別としてもなかなか聴かせる音楽になっています。




2008.04.01 tues

けふはエイプリル・フールですね。海外のTV局などはこの日のために用意した嘘―というよりジョークのニュースを流し、国民もこれを楽しみにしているとか。

有名なのはイギリスBBC放送で、過去にあった傑作は、ロンドンのビッグ・ベンがデジタル表示になるので、不要になった針を譲ることになった、というもの。長針短針合わせて8本ということで申し込みが殺到したとか(^o^*日本の新聞もすっかり信じ込んで記事にしていたそうです。

ほかに有名なのは、同じくBBC放送がスイスのスパゲティ農場をレポートしたドキュメンタリー番組ですね。農場主は、今年は温暖な気候に恵まれ、害虫スパゲティ虫も完全に駆除できて豊作ですよ、なんてニコニコしてインタビューにこたえ、バックでは木の枝からたくさんのスパゲティがぶら下がっているのを、農場のオバサンたちが脚立に乗ってつみ取っていたんですね(^0^;

翻って我が国はどうかというと、以前某大新聞が、このたび国会でゴルフ省を新設することが決定した、初代大臣は青木某だか尾崎某だかという、なーにがおもしろいんだかてんでわからんような記事を掲載していました。同じ日本人として恥じ入らずにはおられない、まったくもってセンスのなさというものの見本ですなあ(呆)

まあ、大方のマスコミには、年に一度、4月1日に嘘の報道をするにあたってのユーモア感覚の有無は問わないとしても、それではおまえさん、その他の364日間は真実だけを報道しているのかと、皮肉を込めて問いたいもんですな。