monologue 2008.12

2008.01 2008.02 2008.03 2008.04 2008.05 2008.06 2008.07 2008.08 2008.09 2008.10 2008.11
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2008.12.31 wed



静かに、淡々と、しかし忙しくてまったく落ち着かないうちに本年も幕。

みなさま、よいお年を〜ヾ(^o^*

おむかえくださいっヾ(^∇^*




2008.12.30 tues

(さて、どのdiscを聴こうかなあ・・・)

Hoffmannさん、お母様から築地で購入されたお魚が届いてますよ〜(^o^*

(築地・・・築地ってのはもともと埋め立て地のことなんだよな。土手とか堤防とか・・・堤防といえばbank、bankといえば銀行だな)

赤いお魚ですねっヾ(・∇・

(銀行に赤・・・赤字・・・“あかぢ”といえば東京渡辺銀行かあ、とんまな大蔵大臣が国会で・・・それはともかくとして、東京渡辺銀行といえば不況、世界的な不況といえばフランシスコ・ザビエル・・・って、それは「布教」のつまらない駄洒落(苦笑)世界的な大恐慌といえば、チャプリンの“あの”映画だよな。でもそのDVDはいま手許にない・・・そうそう、チャプリンといえば3度目の来日時(だったかな?)、ヴァイオリニストのジャック・ティボーがやはり来日していて、料亭で同席していたはず・・・よしっ)

〜♪

Hoffmannさん、そのれこーどはなんですかっヾ(^∇^

ジャック・ティボーというヴァイオリニストの演奏だよ。築地の魚にふさわしい音楽だろう?(笑) (・・?




2008.12.29 mon

昨日組んだマシン、OSのinstallに続いて周辺機器のドライバ(問題がなければ最新のものを探すのは後ほど)や各種アプリケーションを入れてひととおりの設定を行い(動作確認も)、さらにネットワーク設定をすませて(これは簡単)、限定的なれどなんとか運用開始に至りました。自作した後はこれが結構時間もかかってたいへんなんですね。年の瀬も押し迫ってきたというのになにをやっているんだか(笑)

じつは先日の1台めがまだぜんぜんなんだけど、まあ、新年に向けて・・・

おつかれさまです・・・って、すこしのんびりされてはいかがですか(^^*

外に出ると、Hoffmann家から駅まではビルやら団地やらの間を歩かなければならんので、いつも風がピューピュー吹いていて寒いこと。駅も吹きっさらしで寒い、地下鉄に乗り換えてもまだ寒い・・・。

まさか、「地下鉄寒(サム)」とかおっしゃりたいのではないでしょうね?(^^;

PCに熱中していたもんですから、つい「おれがCPUだったら、これだけ冷えればオーバークロックも結構いけるかも・・・」とか、並木道を歩けば、「おお、この3D描画はなめらかだなあ」、なんて考えたりなんぞしてますよ(笑)

映画の「マトリックス」みたいですね(^o^;






2008.12.28 sun

からふるですねっヾ(^∇^*



こ、これは・・・(^^;   
((((;・・)



やっぱりケーブルがごっちゃりしてますね(^o^;自作はクセになる?

いや、あのその・・・どうしてももう一台、必要があって・・・(汗)

こういうことになると行動が速いというか、後回しにせず、すぐに手を付けるんですね(笑)

OSをinstallしたあと、常用できるようにするまで時間がかかるんだよね。だから休みのうちにやってしまえるようにと思っったの(^o^A;今日はOSのinstallまで・・・

先日はintelのCPUだったので今回はAMDのAthlonで・・・って、毛糸洗いの洗剤じゃありません、とは古い駄洒落。グラフィックスコア内蔵のチップセットによるM/Bでグラボいらず、メモリも前回よりお安いものを洗濯、じゃなくて選択。光学drive、HDD、それにケースはまったく同じものを購入して(笑)組み立て時間は変わらず30分を要しました。慣れたときが危険ですから、慎重にやりましたよ。CPUクーラーの装着はintelよりも楽ちんで確実。ケースの側板は未だ外したまんまですが、これも静かで、たいへんよろしいですなあ(^o^*




2008.12.27 sat

たまーに、我が家のPCに対して妙なアクセス(アタック?)を仕掛けてくる(こようとする)のがいるんですな。これまでにも北欧からはときどきあったんですが、先日はドイツから。ふぁっきゅー。

どこのドイツだ?ヽ(^0^*

(/_ _)/ドテ



そういえば最近は聞かなくなりましたが、以前はLANによるインターネット環境の整った集合住宅などで(インターネットマンションなんて言われていましたな)、これが各戸に対してWorkgroup設定だもんだから、マイネットワークを開いたらご近所のPCがずらりと並び、共有設定されているフォルダなんか丸見えだった、なんてこともあったそうですね。Hoffmannの知人も、ある日マイネットワークに他人さまのPCが現れたとか。「・・・で?」と訊いたら、「男性の方のPCでしたねえ」なんて言ってましたけど(笑)


# お写真は(以下略)




2008.12.26 fri



時局便乗、言論統制、低俗かつ強迫的な記事で埋め尽くされた新聞・・・戦時中の話だと思いますか?

先日(2008.12.16 tues)倉橋由美子の名前を出したのをきっかけに、そのエッセイを読み返し、さらにカミュ、サルトル、ボーヴォワールなど拾い読み。断言しますが、カミュの思想もボーヴォワールの考察も、倉橋由美子の足元にも及ばぬもの。いずれもあらかじめ用意された認識あるいは認識拒否が概念操作的に持ち出されているにすぎない。とくに拒否的態度の背後にある世俗無視的な強がりはじつは当人のシャドウであり・・・おっと(汗)・・・という具合に、対象を臆せず見つめることが自己別格化とか自己弁護にはならず、それどころか自分をも裸にしてしまうことに気付いていない「批評」とか「評論」、さらにもちろん「感想文」も、これは読むに耐えない。


サルトルはいかがなんですか?

ひところ「旗手」として持ち上げられた、その持ち上げたひとたちが、あまりにサルトルの思想そのものに無関心かつ無批判だったことが、このひとの不幸だったんじゃないかと思っているんだけどね。それに、はっきり言ってしまうと、その晩年は耄碌していたとしか思えないよね


# 本文はお写真とは関係ありません。




2008.12.25 thurs

傍流、マイナーのなかに真に光るものを見つけたとき、それが汚い手で、不器用に、あるいは見当違いもはなはだしく、いじり回されるのを見るのは不快ですね。マイナーなままに、そっとしておいてもらった方が、だれにとってもよほど幸いというものです。



以前、我が家に女の子が遊びに来たんですが、本棚にサドの著書が並んでいるのを見て、仰天して逃げ帰っちゃった・・・というのは作り話ですが、年長の友人N氏はやはりサドの本を見て以来、Hoffmannを変態だと思っているようです(^^;

まあ、変態だけどな( ̄- ̄*

なにもひらきなおらなくても・・・(^o^;

自分を世間並みでない特殊な人間だとは思っていないよ。きわめて特性のない男だよ、だから変態なんだよ(笑)


# お写真は本文とは関係あります・・・メジャーになっちゃったのも不幸かな。




2008.12.24 wed

(昨日の続きみたいだが、そうではない)

それにしても、いまPCの自作人口って、どんなものなんでしょうか。パーツshopに行けば土日などは結構混雑しているんですが、どことなく昔ほどの活気が感じられないような気がします。「最速」を合言葉に、最新のCPUやグラフィックボードをすぐさま入手してベンチマーク走らせるといったコアなマニアは一定数はいると思うんですが、「マシンスペックはそこそこでいいんだけど」、「とにかく安くというわけでもないんだけど」、自作で・・・というひとは少なそう。PC雑誌も自作系の記事を主体にしたものはかつてほどの種類もなく、残っているものも部数はどうなんでしょ。それになんだかページ数も減って、薄くなっているみたいです。どうも活気がない。やっぱり自作も流行り廃りなのかなあ。

それはあくまでHoffmannさんの印象にすぎないのですから、じっさいにはそんなことはないのかもしれませんよ(^_^;

これにはメーカー製PC自体が安くなったということのほかに、たとえば1GHzを達成するのはどちらが先かとか、PentiumIIIと「雷鳥」の一騎打ちの頃のような話題性がなくなったとか、グラボなんかNVIDIAとATIだけが生き残ってスペックの優劣も単純化しちゃったとか、いろいろ原因はあるのでしょうけれど、もっとも大きな理由は、消費者が製品としてのPCに注目するその見方が、CPUのクロック数とメモリ容量ぐらいだからではないかな。デジカメもそう、消費者が重視するカタログスペックは画素数ばかりですよね。これがPCだとCPUとメモリ。だから、どちらさまもメーカー製で充分。

「・・・みたいだ」とか「・・・かもしれない」という前提からその原因や結論を導くのはいかがなものでしょうか(^o^;;

まあPCを買うときに、本体に内蔵された電源ユニットのメーカーやスペックやなんてだれも気にもかけないのは仕方がない。しかしHoffmannがなにより驚くのは、一般にはキーボードを重視するひとがあまりいないこと。メーカー製のPCを購入して、おまけに付いてきたようなキーボードをなんの疑問もなく使い続けていられるのはなにより不思議です。

「あまりいない」とおっしゃるのはHoffmannの周辺にいないということですよね。自分のまわりにいないからといって、それが世の趨勢などと判断するのは短絡的に過ぎるというか、ほとんど詭弁に近いのではないですか(^0^;;;

まったく、優美の言うとおり。読んでしまったひとにはお詫び申しあげますが、上記のHoffmannの考察はまったく無意味な文章を羅列した見本みたいなもんです。



ところで、キーボードを重要視するとノートPCはあまり使えない(使いたくない、の意)んだよね


キーのタッチがお気に召さないのですか?

いや、それはメーカーや機種によっていろいろなんだけど、まず英語キーボードが選べない。あと耐久性の問題、ヒドイのになると1年くらいでヘタっちゃうのがあるんだよね。ノートPCだと簡単に交換するというわけにはいかないから・・・。タッチに関しては、かつては「哀B笑む」の「真空パッド」が比較的よかったけど、いまの「れ登」はどうなのかな・・・


# お写真は本文とは関係ござらぬよ。




2008.12.23 tues

(昨日の続き・・・というか自分用のmemo)

HDDがSATAII、メモリがデュアルチャンネル対応といったあたりはともかくとして・・・。

今回のPC組み立てで少々とまどったのはCPUクーラーの取り付け。CPUはリテール品なのでクーラーはintel純正なんですが、装着が簡単ではないと感じたのは、このタイプを扱うのがはじめてだから仕方がない。でもなーんか外れちゃいそうな気がして不安です。じっさい、付けたり外したりを繰り返していたら、そのうち緩くなってしまいそう。以前のような板バネ=クリップ引っかけ式の方が装着は楽ちんだし、安心感がありますね。

お値段安めのM/Bに付属しているSATA用ケーブルなどは、やっぱり短め(もっと長いものが付属しているM/Bもあるようですけどね)。5インチベイ最上段の光学driveにはとどかない可能性を考慮して長めのSATA用ケーブルを別に入手しておいたのは正解でした。

光学driveはSATAインターフェイスのものを購入したところ、これはIDEのもののように音声用ケーブルをdriveからM/B(サウンドチップ)に接続しなくていいんですね。これは知らなかった(^o^A;ので、drive(もちろんバルク品)の包装を開けて、アレ、ケーブルが入ってないぞ・・・ってつなぐところもないや、とここではじめて気が付いた次第。

HoffmannはWindows98時代にUSB機器で苦労したんですよ。当時は未完成のインターフェイスで、挿したらフリーズしたり、ノートPCの場合電源が切れなくなったりしたもんです。おかげでUSBが嫌いになってしまって、いまでもマウスやキーボードはUSB接続タイプは嫌(じっさい、とくにUSBキーボードには、OSのinstall時や設定変更時にいろいろな問題を生ずることがあります)。それでもフィルムスキャナやプリンタなどはUSB接続があたりまえになってしまったので仕方がないから使ってますけどね。今回購入したM/BはUSB2.0のポートが背面に6つ、内部コネクタも6つ。これと接続できるようにケース前面にポートが6つある(内部コネクタは3つで足りるが)。せっかくだからじゃんじゃん使いましょうかね。

今回購入したミドルタワーケースはなかなか組み立てやすく、使い心地も良好なスチール製。Hoffmannはアルミ製ケースはあまり好きではないのです。ファンも背面は当然として前面にも標準装備。それぞれ12cm径と14cm径で静か。このケースファンの電源が4ピンというのもよろしい。今回のように2基ある場合、M/Bから電源を取ろうとすると、分岐しなければならない場合があるので。さらにお値段のわりに搭載されている電源ユニットもまずまず。あえて言えばSATA用コネクタが2口と少なく、それも1本に2口付いている形なので、光学driveとHDD各1台でもマウント位置によっては両方にはとどかないかもしれない。Hoffmannは必ずHDDを2台搭載するため、4ピンからの変換ケーブル(4ピンからSATA用2股に分岐)を別に用意していたので助かり(笑)耐久性は使い続けてみないと分からない。



やっぱり組み立ては愉しいなあ(^o^*

それがいちばん大事なことですよねっヾ(^∇^*


# お写真は本文とは関係ないざんす。




2008.12.22 mon

ちょっと必要があって、ひさびさにPC一台組みました。

じつはもう面倒くさいから出来合いのやつをテキトーに通販で買っちゃおうかなとも考えたんですが、どうにも安造りなのが気になるんですね。メモリやHDDの容量は強化できるのに、注文するときに選択の余地のないケースや電源ユニットに低コストのあおりがはっきりとあらわれています。また、絶対に使わないキーボードやマウスが付いてくる(「不要」として削除できない)のも嫌。もちろん、これをキーボードやマウスを断ったところでお値段が変わるわけもないんですが、タダ同然のものがタダ同然でくっついてきて、それでも使わないからという理由で新品を捨てるのはさらに嫌・・・というわけで、結局自作した方がましだわいという結論に至りました。

前回組んだのはPentium4の1.6(A)GHzと2.4GHzですからかなりのブランク。雑誌をのぞいたりWebをさまよってみたりしても、もはやCPUとチップセットの対応などてんでわからず。CPUとM/Bはともかくとしても、光学drive及びHDDはSATAとなり、電源ユニットのコネクタ形状もこんなのはじめて見たよ、メモリはずいぶん安いけど動作クロックはいろいろだ、グラボはなんですか、、Matroxってもうないの? PCI急行16倍? グラボの2枚挿しって、なんだか昔に戻ったみたい(やらないけど・笑)こりゃ手持ちのパーツはひとつも使えませんなあ、それでも組み立てのキホンに変わりはなさそう・・・というわけで、ここ数日の間にshopでひととおりのパーツを買い集めてきましたよ。

・・・で、結論から言うと、いざやってみれば大筋に変化はなく、組み立てそのものは30分で完了。電源投入してBIOSに入り設定変更及び確認・・・。



さすがにひさしぶりの組み立てとあって気分的に余裕がなく、作業中お写真は撮らず。これはOSのinstall中に撮ったもの。ケーブルがごっちゃりしてますが、このあとそこそこきれいにまとめましたよ。ケーブルの整理とかHDDのネジ止めなどは、OSのinstall中に作業するのがHoffmann流(笑)

よい子はマネしないでくださいね〜(^o^;



ケースは性感・・・じゃなくて精悍な黒、青色LEDがまぶしいですな・・・って、ホントにまぶしいんですケド(^^;

青色LEDなんてもうめずらしくもないだろうけど、我が家でははじめてだね。お値段安くて比較的よさそうな電源ユニット付き、前面と背面に2基のファンが標準装備ということでこれにしたんだよね、じつは電源入れるまで青色とは知らなかった(^_^;

ケースの色は黒を選んで正解でしたね、これなら白やアイボリーより黒の方が映えますよね。あと、意外と静音マシンですよね。横に置いてもほとんど気になりません。これはファンが大きめだからですね

それと、3Dのgameとかはやらないので、グラボはスペックにこだわらなかったらファンレスだったんだよね。これならDVDを観るのにも使えるね




2008.12.21 sun



今日は優美が我が家に来て、六周年の記念日だよ(^^*

おめでとうございますっヾ(^∇^*

ありがとうございます〜(^o^*



ひさしぶりなので花ちゃんも登場(^^*

これは花の「若いころ」のしゃしんですね〜(〃∇〃)

えっ・・・?(・・;(・・;




2008.12.20 sat

縁あってやってきたスピーカー(以下SP)、鳴らしはじめて10日。本日足回りにちょっと手を加えました。もともとフロアスタンディングのその底面には付属のスパイクをねじ込むことができるんですが、HoffmannはこのSPではスパイクを使いたくなかった。別にスパイクが嫌いなわけじゃないんです、ブックシェルフタイプのスタンドにはスパイクでかまわないし、極力箱鳴きを抑えてソリッドな音を志向したタイプのSPならスパイクがふさわしいと思います。でも我が家にやってきたSPには、見た目にも似合わないし、あまり引き締めるよりはゆったり方向に振りたいんですね。

Hoffmannの好きなSPは、音場感に関してはその再現を得意とするタイプなんですが、そのステージは二本のSPを結ぶ線上よりも奥に音展開する傾向です。もちろんそれがHoffmannの好み。前に出るか奥に展開するかはSPによってほぼ決まってしまうのに対して、二本のSPの内側に展開するのはアンプの個性によるところ大。ただしこれを外側まで拡げるのは、アンプだけの問題ではなく、SPのセッティング次第ということもあります。具体的には、まず左右の壁との距離。従って部屋の広さにより制限される場合があります。だからこの点では小型のSPが有利だったりします。もちろん小型ならなんでも音場感が豊かになるというわけではありませんけどね。さらに、SPの内振り角度。これによる変化については以前にも語った記憶があるので省略しますが、HoffmannはSPの内振り角度を、歌曲やオペラを聴くときと室内楽を聴くときで、少し変えることもあります。まあ、いつもじゃありませんけどね、こういうことは面倒くさがらずに、やる(笑)

さて足回りですが、スパイクを使わない三点支持としていた、その支持材に手を加え、配置を変更しただけ。10日前に「これからいろいろ試してみる」なんて言ったのに、もうこれで充分かなという印象です。(音の)安定感が増して、ステージの奥行きともども表情の彫りが深くなった印象で、その結果(演奏の)表現の抑揚もより拡大したように聴こえます。

けふの話題、キョーミのないひとにはすまんですなあ

えっ、このSPはKEFじゃありませんよ?

いや、「けふ」というのは・・・そもそもKEFは「ケー・イー・エフ」と読むべきであって、「ケフ」なんて言うのは・・・だから「ケフ」ってのは・・・

でもHoffmannさんだって、ふだん「ケフ」っておっしゃってますよね・・・「ケフ」・・・

いや、それは「ケフ」の方が言いやすいとうか、省エネというか・・・つまり「ケフ」と言っているのは・・・

Hoffmannさん、優美お姉ちゃん、咳止めもってきましたよっヾ(・∇・;)))さっきから「ケフ」「ケフ」って・・・



(古拙といいたい味わいです)




2008.12.19 fri

読むに値する文章かどうかということは、そこに人間の愚考・愚行を滑稽なものと見る視点があるかないかで決まるんですよ。もちろん、「人間」てのは書き手自身のこと。このHoffmannの文章だって同じ。

人間の愚行・愚考を滑稽なものとはまったく考えもせずに振る舞うと、いわゆるお笑い芸人の「芸」になるわけですね

多くのひとがしゃべったり書いたりしている文章は、そのひとの真正な意見ではなくて、そのことばが受けとり手の側にもたらす効果(笑わせようとか、びっくりさせようとか、オレに惚れさせようとか、尊敬してもらおうとか・・・)のためにその内容を選択し決定されて、発言されているんですよ。

なんかもう、電車に乗っていても、職場に座っていても、そこらへんみーんな「お笑い芸人」なんだな


そういえば、
「ひとが真に偏らない意見を出せるのは、関心のない事柄にだけである」ということばがありましたね(^^*


(もちろん別演奏のLPとCD)




2008.12.18 thurs

「その小説に出てくる丹下右膳という侍は・・・」と話をしていたら、横ちょでこれを聞いていた年配の同僚に「そりゃ丹下左膳だろう」、デタラメ言うな、とさんざんバカにされちゃいました(-_-;

「海底五万哩」という小説もありましたよね

うっかり人前でしゃべったら「・・・二万哩」の間違いだろう、なんて言われちゃいそうだね。まあ、「海底五万哩」はともかく、丹下右膳ははねえ・・・。そういえば以前にも書いた話だけど、「失楽園」の著者の名前をミルトンってこたえたら、「○○(なんとかいう物書きの名前らしい)を知らんのか、キミは本当に『シツラクエン』を読んだのか」と、お偉いさんから、やっぱりさんざんバカにされたこともあったなあ( ̄o ̄?


(お写真は「商品」としてはべつにどうということもない国内プレスLP。もちろん内容に価値あり)




2008.12.17 wed

近代以降の残酷の頽廃―病気も死も身近なリアリティを失って、ひょっとするとスプラッター・ムーヴィが解毒剤になるのかとも思っていたんですが、どうも薬と毒ってのは表裏一体で効能あるんだかないんだか・・・。

恐怖映画といえば映画館で失神者が続出したとか、その映画を観た後ヒステリー状態になったとか、そんな映画でもなければ恐怖映画のイミがないね。恐怖ってのは、本来手のなかで飼い慣らして愉しむもんじゃない、知らず、現実に浸食して、やおらこちらの首ねっこにつかみかかるようなものであるはずなんですよ。

ヒューマニズム? そんなものは下僕に任せておけ!



なお、我が家のスピーカーは会長v(^^*

今日はやや大音量で鳴らしてらっしゃいますね(笑)

大怨霊・・・?(・∇・;




2008.12.16 tues

コドモのころ、安部公房を読んで、これがおもしろかったからその作品をほぼ読破した後、似たようなのはないかなというわけで、倉橋由美子に手を伸ばし、その初期の短編小説からサルトルやカミュ、カフカへと流れてゆき、もうカフカまで至ればその先は無限に広がっていた・・・と(笑)

映画だって同じで、トーマス・マンとくればヴィスコンティの「ベニスに死す」へ、同じ監督の「地獄に墜ちた勇者ども」を観れば、その次はリリアーナ・カヴァーニの「愛の嵐」・・・という按配で関心は次の標的を見つけ出す、毎回ではないにしても、ときに「大当たり」にぶつかるもんですから、いまも未知の鉱脈・名品を発見できないかと触角をアンテナよろしく八方に拡げて、エモノの匂いを嗅ぎわけようとしているんですね。

こうして興味の対象は拡がったり、移り変わったりしていくんだよ(笑)


「快楽の漸進的横滑り」ですね(^o^*



(お写真はやっぱり本文とは関係なさそうですわい)

* * * * * * * * *


安部公房とか倉橋由美子とかカフカはともかくとしても、カミュやサルトルとは話が古い(笑)まあ、Hoffmannのコドモ時分にしてそのあたりは過去のひと。いまでも読むに値する価値があるのかというと、一度は読んでおくべきものとは思っているものの、それではいま再読を勧めるかとなると、ちょっと苦しいところです(^^;

もちろん「古い」というのは、ひとも著作も時代とともにあった(ありすぎた)ためで、時代はもっと遡っても未だ輝きを失っていない思想や文学は、当然、あるわけです。歴史上の思想なんて意外とactualityに縛られていて、たとえば国家の利益などという視点から遁れ得ていないものなんですが、一部の文学作品はもっと「原型」に接近していて、それがかえって作者の時代をいまでも生き生きと想起させる(再現する)ところがありますね。


「生きている過去」・・・ですか?(^o^;

それはそうとギリシア悲劇はすばらしい。オルフやストラヴィンスキー、あるいはコクトーなどがこれを素材にして作品を手がけたということからも、その「原型」としての価値は揺るぎないものであることがわかるよね

Hoffmannさん、足が腫れてますよっヾ(・∇・;




喪服が似合います?(^^;それともペルソナ?

# Hoffmannにとって、安部公房はいまでも大好きな作家で、倉橋由美子は尊敬している文筆家です。




2008.12.15 mon

Hoffmannの仕事はトラブル処理みたいなもんですから、猛烈に忙しくなってきたということは、そういう時期になった、そういう情勢になってきた、そんな時代なんだ、ということなんでしょうか・・・。



(お写真は本文とはまったくもって関係ないんだべさ)




2008.12.14 sun

休日でとくに用事もないし、天気は悪いし・・・というわけで早起きしてレコード・CD大鑑賞会。あんまり早起きだったものだから、昼頃気絶寝(^o^A;ちなみに気絶寝直前に聴いていたのは滅多に聴かないBeethovenの協奏曲。

眠りに誘われてしまうほどすばらしい演奏だったのですね(^^*

Beethovenといえば、たとえば交響曲第9番など、1970年に発売されたレコードは幸いなる哉。1970年というのはほかでもない、Beethovenの生誕200年なんですが、そんなことは別にしても我が国では大阪で万国博覧会が開催された、世界が未だ希望に満ちていた時代。これが1979年にもなると、もはや人類の輝かしい未来なんてだれも信じちゃいないし、高らかに歌われる歓喜の歌なんぞ白々しいばかり(ちなみにBernsteinのDGG盤の録音がこの時期)。時、まさにBachをはじめとするバロック音楽では古楽器(ピリオド楽器)演奏が勃興・台頭しつつあり、その後Beethoven以降の音楽にもこの流れが及ぶこととなり現在に至るのには、上記のような事情が影響していると見ておそらく間違いないでしょう。そう、もう楽器でも持ち替えないことにはBeethovenを演奏する理由も意義も見いだせなくなっちゃったんですよ。

そんなこたあどうでもいいじゃないか、と言われるかもしれませんが、上記のような流れのなかにいまの演奏様式があるということは意識されてもいいと思います。最近の研究による成果といった肯定的な判断もあまりに無反省だと、結局ただ「流行」に群がるのと変わりはなくなっちゃいます。いずれ未来の「研究成果」で見向きもされなくなったそのとき、かつての演奏を、またそれに熱中して賛美した自分自身を、あっさり否定しますか? それとももっともな理由付けをしますか?


言わば、神との裁きにどう「けり」をつけるか・・・ということですね(笑)

たとえば、Mengelbergが終戦後、活動を再開しないうちに亡くなり、Boehmが長生きしたのも・・・

・・・当然?

歴史の必然だ・・・あたかも(!)



(お写真は本文とはあんまり関係ないざんす・・・これ聴いてて寝ちゃったわけじゃないからねっ)




2008.12.13 sat

愛用のキーボードにコーヒーを飲ませたらこぼしたら、見事、お亡くなりに・・・( ̄□ ̄;)いまこれを入力しているのは別マシンから引っこ抜いてきた最後の1台。最高のお気に入りで、数年前に予備も含めて計5台購入、3台は長年の酷使で往生、1台がコーヒー地獄でお陀仏、いよいよこれが最後の1台。このモデル、もう製造していないんだよな。一応、「2番手」に使えるキーボードも4台入手済みではあるが・・・。

気を取り直してH.P.Lの小説なんぞ読み、その後webを漂流していたら、海百合の化石の写真が・・・(>。<)コワイヨー

ちなみにスピーカーの方は怪鳥ですね(^^*



(お写真は本文とは関係ありませんですだ)




2008.12.12 fri

やはりスピーカーの新規導入ともなると、いろいろな意味で刺激になりますね。しかしなにも常時、その新鮮さを味わうためだけに、あるいは音質や鳴り方を検証するために、はたまたセッティングを詰めるために、discを選んで聴いているわけではありません。いつだって、いまそのときに、聴きたいものを聴いているんです。

よく、「私は(アナタと違って)高価な名盤にはあまり関心がないんです」なんて、尋ねてもいないのに言ってくるひとがいるんですが、べつにHoffmannは高価なdiscだからって深い関心を抱いたりはしないし、世に言われる名盤だからという理由で聴いているわけでもありません。

たいがいだれだってそうなんじゃないんですか?(^^;

こんなこと、当たり前すぎてこうして書いていてもばかばかしくさえ思えてくるな。それに、世評の高い「名盤」なんて、あんまり聴いていないんだが・・・

どうも語っていることや書いていることを、語ったとおりに、書いてあるとおりに読めないひとが結構いらっしゃるんですね。といってもそういうひとが言語障害だというわけではもちろんなくて、たまたまめずらしいdiscなんか取りあげちゃうと、勝手に対抗意識を持ったり、逆にめずらしくもないdiscを取りあげると、ひとを小馬鹿にして優越感に浸ったりするらしいんですね。それだけならいいんですけど、その対抗意識や優越感を相手に伝えないではいられないみたいで、それがトンチンカンな言いがかりになる。言ってもいない、書いてもいないことに文句を付けられても困ります。

なにかの本で読んだ記憶があるんですが、A氏が「親の子に対する愛は本能ではない。偉大で尊いものである」と言ったら、B氏が「身勝手な親の愛もある」と反論した。するとA氏は憤慨して「それではキミは親の愛が本能だというのか?」と尋ねた・・・。

言うまでもなく、ここでB氏はべつに親の愛が本能だなんて言ってないんですよ。このA氏のような理論的でない、単なる(異常なまでの)「考えすぎ」、「思いこみ」、何事も自分の身に引きつけてしか判断できない態度は、女性に多いんですよね。たとえば・・・ただの一般論として、「どこもかしこも禁煙になっちゃったねえ」なんて話していると、「じゃあアナタはタバコのポイ捨てに賛成なんですかっ?」なんて目を三角にしてつっかかってくる・・・女性的ですね(苦笑)

だから、女性の前では世界経済の話も、近所の焼鳥屋が値上げした話も、スピーカーのインピーダンスの変化によるアンプのドライブ能力への影響の話も、なんでもかんでもセクハラにされてしまうことがあり得るんですね。よって、そも関わらないのが賢人の振舞哉。



(お写真は本文とはぜんぜん関係ありませんなあ)




2008.12.11 thurs

(昨日の続き)
昨日やって来たスピーカー、バイワイヤリングで接続・・・したとたんに、かなりの変化。とは言っても、同じケーブルではないので、この変化はsinglからbi-wireへの変更にのみよるものではありませんな。しかしながら、べつに音が変わった理由を検証する必要などあるわけではないので、良い方向への変化であればそれでよし。

2008.11.23 sunにupしたケーブルですね。その上の写真のものから下の写真のものに替えたわけですね。そういえば、この2種類のケーブルを同じスピーカーにつないだのはこれがはじめてでしたね

聴きくらべてみようなんて気はぜんぜんなかったからなあ(笑)

いわゆる、情報量が増えた、という変化ですね

昨日はもっぱらLPばかり聴いていたので、本日はCDを中心に。あとで自分で確認するため、聴いたなかからいくつかupしておきます。オーケストラものはρ(^^*このへん



こちら声楽曲、オペラなど―



格別音質がいいとかという理由で選んだわけではありませんよ。聴きたくなったものを聴いただけ(^^*

こうして並べてみると、なんだか不揃いな写真ですね〜(^o^A;ガタガタ・・・

いいのいいの(笑)




2008.12.10 wed

縁あって、新しいスピーカーがやって来ました。新しいといっても現行品ではなく、しかし中古ではなくて新品。その音は現代的とは申せず、古風なタイプ。これまでの経験上、古い録音を聴くことの多いHoffmannにはこのあたりがもっとも好みに合うんですな(^^*

・・・って、このスピーカーは(以下略)



最初に鳴らすのはやっぱりCDよりはLPレコード。まずは優美のテーマ音楽と花ちゃんのテーマ音楽です。何気なくmono録音もすぐに試しているわけです。

♪ちゃん、ちゃちゃん、ちゃかちゃかちゃん、ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃんヾ(^∇^)/


なんというか、気品の漂うような音ですね〜(^^*



Murrのテーマ音楽というのはこれまで考えてなかったので・・・少々ベタですが、こんなレコードに針を下ろしましたよ。これ、live録音で聴衆の笑い声が入っているため、そのあたりの音場感を確かめることができるんですな。

このレコード、よくちょいとこじゃれたaudio shopが常備しているんだよね(笑)

声楽はこのスピーカーの得意とするところのようですね、これは予想どおり(笑)それよりなにより、私はHoffmannさんが以前からお使いのアンプが、このタイプのスピーカーを鳴らすのには最適であると、あらためて感じ入っているんですが・・・

そう、アンプに関しては、ときどき替えてみようかなと考えることもあるんだけど、やっぱりこれで必要にして充分だなあと思えてくるね

・・・てなこと言ってますが、新品のスピーカーがはじめからいい音で鳴るわけではありません。なによりもまずはエージングが必要であることは言うまでもありませんね。むろん、エージングというのはその使用環境(鳴らしている時間とかふだんの音量)によって、1年とか2年、あるいはそれ以上かかる例もありますが、な〜に、鳴らしはじめて数時間でも変化が現れます(もちろん、1ヶ月とか3ヶ月とか半年とかでもどんどん変わってきます)。じっさい、数時間後にいちばんはじめに聴いたレコードに戻ってみれば、先程とはまったく異なった響きで聴こえるものです。

ほんと、はじめのレコードがずいぶん印象が違って聴こえますね!(・・;

また、今回やって来たスピーカーはバイワイヤリング対応なんですが、現在はショートバーを装着した状態でシングルワイヤリング接続中。これは(一応)バイワイヤリングにしてみなければいけませんね。さらにフロアスタンディングなので足回りも―さすがにベタ置きはしていないんですが詳細は省きますよ―これからいろいろ試してみる必要があります。まあ、あわてるこたぁない、ゆっくりやりますよ(^^*




2008.12.09 tues

Hoffmannさん、本日お休みですヾ(・∇・*




2008.12.08 mon


Simone Young, Philmarmoniker Hamburg
Struckmann, Buchwald, Elgr, Galliard, Koch, Sacher, Martrossian, Tsymbalyuk, Pieweck, Kwon, Humburg
Hamburg, 16 Maerz 2008
OECHMS OC925(CD)

Hamburg州立歌劇場で2008年3月にはじまった“Der Ring des Niebelungen”ツィクルス、その第一弾“Das Rheingold”のlive録音だそうです。HoffmannはこのSimone Youngという指揮者を聴くのははじめて。方々でBrucknerの交響曲を指揮したdiscのレヴューなど参照すると賛否両論ながら、「否」のご意見は「ブルックナーの交響曲(の良さ)はこれこれこういうものだ(と思う)が・・・」という書き出しが多いんですな。従って結構いいのかもしれないと思って(笑)機会があったら聴いてみようとは思っていたんですけどね。

ふつうに、すぐれた演奏ですね。強烈な個性を感じるわけではないんですが、辛口に過ぎず叙情に傾くこともなく、とりたてて欠点の見あたらない好演です。どちらかといえば淡泊、濁りのない透明感は、これは録音のせいもあると思いますが、申し分のない管弦楽のバランスは、これは指揮者のコントロールによるところでしょう。スコアを見ながら聴くのには最適かも。歌手はヴォータンのStruckmannが堂々たる歌唱であるほか、キャストに穴がありません。ただし“Das Rheingold”という作品は、これだけで指揮者やオーケストラの志向が分かるというものでもなく、“Die Walkuere”以降の作品で検証してみたいところ。いずれにせよ、今後が楽しみです。

解説書には舞台写真が掲載されていますよ。これはぜひDVDで観てみたいですね




2008.12.07 sun


Andre Cluytens, Chor und Orchester der Wiener Staatsoper
Grob-Prandle, Lustig, Milinkovic, Blankenheim, Boehme
Wien, 12.02.1956
WALHALL WLCD 0235(CD)

こんな録音が残っていたんですね、1956年、Wiener StaatsoperにおけるA.Cluytens指揮“Tristan und Isolde”です。

いったいどんな演奏なのかと思いきや・・・前奏曲を聴いていて驚くのは、弦でのポルタメントの多用。ポルタメントを除けば、そんなに大時代的な演奏ではなく、むしろ明快でフォルムも整っているんですが、まさにそのために極端なほどのポルタメントが、かえって異様ですらあります。前奏曲の後、幕が上がってもところどころ、とくに速いパッセージで弦が「うにょうにょ」しており(Cluytensって、こんな指揮するひとでしたっけ?)、どうもヴァイオリンが浮きあがって聴こえる録音のため、よけいに気になるんですね。歌手はトリスタンのR.Lustigが弱い。イゾルデのG.Grob-Prandlはドラマティックに過ぎない、女性的な熱唱。K.Boehmeのマルケ王は、その第二幕の長丁場、嘆きに嘆いて「ああ〜オラもうやってらんねェだよ〜」と、もう滑稽なくらい・・・アムフォルタスだってここまで悲嘆に暮れてはいなかった?(笑)

G-Pranddlはもともと録音の少ないひとのようですね。イゾルデはde Sabata盤でも歌っていましたが、あちらは音質が悪すぎて、その芸風がほとんどわかりませんでしたから、このdiscは貴重な記録ですね。その声は決して太すぎず、「咆吼」にならない繊細さを保ちながら、「強い」声なんですね





2008.12.06 sat


Otmar Suitner, San Francisco Opera Orchestra and Chorus
Rysanek, Napier, Thomas, Stewart, Grant
San Francisco, October 12, 1973
GM 1.0082(CD)

Suitner指揮による“Tannhaeuser”のlive録音は、1964年のBayreuth録音、1982年のDeutschen Staatsoper Berlin録音がありましたね。これは1973年にSan Francisco Operaに客演した際の記録です。San Francisco Operaといえばその公演のdiscはめずらしいんですが、活発な活動をしていて結構有名ですよね。わりあい古くからWagner作品も上演していたはず。

1973年の録音にしては音質こもり気味。ずいぶんものものしい演奏だなと思ったら、これ、音ゆれで響きが大きくうねりまくりなんですね(シンバルや拍手ではっきりとわかります)。なかなか熱気があるようにも感じられるんですが、これではあまり正確なところは分かりません。歌手の声もややノイジー、いかにもステージ上で歌っているという距離感があるのは悪くないんですが、声を張り上げるたびに付帯音がまとわりついて、これはさすがに鑑賞に差し支えるレベルです。せっかくのSan Francisco Operaの貴重な記録なのに、これは残念ですね。


T.Stewartのヴォルフラムが、なんだか腹に一物ありそうな悪役声なんですよね(^o^;


Franz Konwitschny, Chor der Deutschen Staatsoper Berlin, Staatsoper Berlin
Herrmann, Keplinger, Witte, Mueller, Unger, Pflanzl
Berlin, 04.09.1955 Deutshce Staatsoper unter den Linden Berlin Re-Opening
WALHALL WLCD 0234(CD)

これはKonwitschnyによる“Die Meistersinger von Nuernberg”、Deutschen Staatsoper unter den Linden Berlinにおけるlive録音、のRe-Openingと記載されています。

Konwitschnyといえば悠揚迫らぬ堂々としたオーケストラいかにもドイツの伝統的な指揮者というイメージを持たれているようですが、あまりにもおっとりしていて細かなニュアンスなどおざなりな面もあって、Hoffmannは必ずしも好きな指揮者ではありません。この“Meistersinger”でも前奏曲がはじまると、上記のようなイメージどおりの演奏なんですが、その後はlive録音の故でしょうか、むしろ速めのテンポで推進力も感じさせます。さすがに入念な表情付けを施しているとまでは言えず、基本的には作品そのものに語らせる姿勢なんですが、それなりにドラマの展開にも意を払っているようで、なかなか愉しめる演奏ですね。歌手はとくに突出したひともいないものの、まずまず上出来・・・と言いたいんですが、肝心のザックス役J.Herrmannが、変にクセのある声で、ザックスにふさわしい暖かな人間味とかやさしさは微塵も感じられず、第三幕なんか不機嫌にがなり立てるばかりで、ラストに至ってはほとんどうなり声に聴こえます。このひとを除けば全体に好感を持ったんですけどね、録音もなかなか鮮明なのに、残念です。

どうも今日は悪役声のひとが目立ちますね(^o^;




2008.12.05 fri


Herberth von Karajan, Orchestre e Coro del Teatre alla Scala di Milano
Suthhaus, Rysanek, Frick Hotter, Nilsson, Madeira
Milan, April 29, 1958
IDIS 6549/51(CD)

Karajanの“Die Walkuere”のlive録音といえば1969年のMetropolitan Operaの記録と、1951年のBayreuthにおける第三幕のEMI盤がありましたね。この1959年のScala座における公演の記録です。

これまた劣悪な音質、音が途切れたりゆれたりと、かなりお粗末な録音です。従ってよほど興味のある方以外は手を出さぬ方が無難ですね。ところがHoffmannはわりあいノイズそのほか録音の瑕に寛容なので、とりあえず最後まで聴きましたよ。演奏は、1951年のBayreuth公演(第三幕だけだけど)に近く、演奏は存外よかったというのが正直な感想です。Suthhausは衰え隠せず力みがち、ときに前のめりに突っ走ってしまい、そのせいがどうかKarajanまでがときに(おそらく自分の目指す演奏様式を)「踏み外す」んですよ。そのあたりが結構thrilling。Karajanはその都度「シマッタ;;」とか思っていた・・・かどうかは分かりませんが、後のベルリン・フィルとのレコーディングとはずいぶん違います。オーケストラはScala座にしては微温的にならず、これは指揮者の手腕でしょうか(ただし1969年のMetropolitan録音では指揮者の故につまらない響きとなっていると感じたんですけどね)。
歌手はFrick Hotter, Nilsson, Madeiraと豪華、さすがに聴き応えがありますね。ワルキューレのなかには、Christa Ludwig、Rosette Anday、Hilde Roessl-Majdanといった名前も見えます。ただし、念のため繰り返しますが、音質は劣悪ですよ。


Herbert von Karajan, Orchestra and Chorus of the Teatro alla Scala
Windgassen, Nilsson, Roessel-Majdan, Neidlinger, Hotter
Milan, April 4, 1959
GM1.0080(CD)

これまたKarajan、上記“Die Walkuere”の1年後、同じくScala座における“Tristan und Isolde”です。Karajanの同曲のlive録音には1952年のBayreuth公演の記録がありましたね。

録音はこもりがち。ひょっとしてノイズ除去の結果? 演奏は意外と骨太のロマンティシズム、後年のベルリン・フィルとのレコーディングにおける汚い響き(とTristan歌手)に比べればよほどまともな演奏ですね。歌手も豪華。どことなく窮屈そうなひとと、我関せずとばかり、あくまで自分の歌を歌っているひとと・・・(笑)しかし残念ながら前年の“Die Walkuere”ほどのおもしろさはなく、Hoffmannとしては1952年のBayreuth録音と同様、さほどでも・・・という印象です。この相違はおそらくHoffmannのそれぞれの作品の受け取り方の違いによるものかもしれません。




2008.12.04 thurs


Alexander Krannhals, Orqueatra Sinfonica del Sodre
Wilfert, Traxel, Hofmann, Synek, Matthaeus
Montevideo, 25.08.1959
Living Stage LS1062(CD)

この“Die Walkuere”のdiscは以前からshopで見かけてはいたんですが、買わないでいたもの。指揮者や歌手もさほど興味をそそらないし、これまでに入手したLiving Stage盤の劣悪な音質にいささか閉口していたこともあったため。ところが先日、shopのバーゲンコーナーに3セットあって、これは付いている値段から50%offだったんですが、全部お値段が違う。売れないので値下げして、さらに下げて、それでも売れ残ったんですね(^^;この値段なら、ということでいちばん安いものを買ったんですよ。

やっぱり音質はよくない。演奏はこれといって特徴もなし。かなりカットがあって、まあカットがあるのはめずらしくもないんですけどね、第三幕なんてはじまったと思ったら、一気に端折ってブリュンヒルデが駆け込んできます(^o^;



Ferdinand Leitner, Chorus and Orchstra of the Colon Theatre, Buenos Aires
Neidlinger, Crass, Alexander, Konya, Unger, Watson
Buenos Aires, October 27, 1968
Living Stage LS1024(CD)

Ferdinand Leitnerの指揮による“Die Meistersinger von Nuernberg”です。

この年代としては録音お粗末。録音のせいもあるかもしれませんが、総奏のあと静かになるような箇所では演奏が止まっちゃいそうに聴こえます。ただしオーケストラと歌手のバランスは悪くありません。その歌手はといえば、この歌劇場らしくなかなか豪華で愉しめるんですけどね、どうもオーケストラが非力なことに加えて、指揮者が交通整理以上の主張を感じさせてくれません。




2008.12.03 wed


Christoph von Dohnanyi, Wiener Philharmoniker, Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Hale, Behrens, Protschka, Rydl, Heilmann, Vermillion
Vienna, March-November 1991
DECCA 436 418-2(CD)

Dohnanyiがすぐれた指揮者であることを疑うわけではないんですが、Hoffmannはこの“Der fliegende Hollaender”のdiscはあまり愉しめませんでした。Haitinkの“Die Meistersinger von Nuernberg”で言ったような「デコボコを見逃すことなくきれいに均して、終始激することなく美しい響きを忘れない」という傾向がより徹底していて、ややクールに過ぎる。どうも響きも無機的になっちゃって、ウィーン・フィルの魅力も感じられず(もっともHoffmannはウィーン・フィルを「特別」とは思っていないんですが)。歌手もそうしたコンセプトに合わせているものの、スケールまで小さくなってしまっていると思います。こうした演奏の延長線上に、いまではKent Naganoの”Lohengrin”のようなより徹底した演奏もあって、いろいろな意味で中途半端と感じられるんですね。live録音だったら、また異なる印象となったかもしれません。




2008.12.02 tues

入手はしたけれども、またちゃんと聴いたけれども、未だあちらのページにupしていないWagnerのdsicがたまってきました。別にだれが見るわけでもなく、自分の覚え書きのページなので、やらなきゃなあと思いながらもつい先延ばしになっているんですなあ(笑)早いとこやらんから、どんどん新譜CD(DVD)が登場して・・・とにかくしばらくWagnerのdiscを取りあげることにしちゃいます。


Karl Boehm, Chor und Orchester der Bayreuther Festspiele
Adam, Ridderbusch, Hemsley, Kmentt, Jones
Bayreuth, 1965
Orfeo C 753 084 L(CD)


Boehm、Bayreuthの“Die Meistersinger von Nuernberg”といえば1964年、1968年の公演の記録が既にCD化されていましたね。これはOrfeoから出た1965年公演の正規盤です。

金管の強い録音バランスと思うひとがいるかもしれませんが、1960〜70年代のBayreuth録音はたいていこんなバランス。演奏も1960年代の元気だった頃のベームらしい、分厚い金管が強いアタックでメリハリをつけるもの。歌手も合唱も充実しています。以上、コメントは短いんですが、かなり気に入っている演奏です。


Bernard Haitink, The Royal Opera Chorus, The Orchestra if hte Royal Opera Hause
Winbergh, Gustafson, Allen, Tomlinson, Wyn-Rogers, Lippert
London, 12 July 1997
ROHS008(CD)

HaitinkのCovent Gardenにおける“Die Meistersinger von Nuernberg”のlive録音です。

指揮は良くも悪くも中庸をゆくもの。メリハリとかコントラストといった形容とは無縁で、デコボコを見逃すことなくきれいに均して、終始激することなく美しい響きを忘れないといった演奏ですね。ただ、その響きにいま一歩力強さが加われば・・・また、これだけ長い作品ですから、もう少しドラマティックな変化を付けてくれてもよかったのではないかとも思います。細部にこだわると、ちょっと素っ気ないと聴こえるんですね。ただし決して無機的にはならず、humanな暖かみを感じさせるのがHaitinkらしく、これはこれで説得力があります。歌手も総じて優秀で、intimateな雰囲気のある、いい歌を聴かせてくれます(ただし演出がどんなものだったのかは知りません)。

逆に言えば、そのHaitinkの様式からはみ出すような歌手がひとりかふたりでもいたら、また印象は異なったかもしれませんね




2008.12.01 mon



Wagnerといえば序曲・前奏曲ほか、いわゆる管弦楽曲集のdiscは星の数ほどありますが(そんなにないか?)、最近はどうなんでしょう、Wagnerの作品も頻繁に上演されて、さらに古いlive録音もさかんに復刻されていることもあって、管弦楽曲集なんて聴くひとも少なくなっているかも・・・おまけに新譜CDは世界的に売れなくなっており、いわんやクラシックのdiscにおいておや。あえて「名曲集」のような企画でレコーディングなどすることは少なくなっているかもしれません。



かつてのように、大スターと呼べるような指揮者、あるいは新譜が出れば多くのひとが飛びつくといった指揮者もほとんどいなくなって、だからというわけではないんですが、比較的古い録音で、これまであまり注目されることもなかったようなdiscを聴くのも愉しいもんです。


マニアと呼ばれるようなひとたちは思いこみが激しいというか、きわめて視野の狭いひとが多く、その思いこみは、自分がいいと思うものはだれでもいいと感じるはず、あるいは、自分だけがこのよさを理解できている、という両極端のいずれか。世界(世間)は自分の知る範囲だけで、それ以外は存在しない、認めない、知らないよという視野狭窄。

昔はこういう視野の狭いひとって、なぜかオペラ好きに多かった(笑)ところが、近頃ではオペラの公演も頻繁に行われるようになって、意外と純真に愉しんでいるひとの方が多くなってきたような気がする。ひょっとすると、イケメン男性歌手に「ぽぉ〜」となっているような女性の方が正直で素直なのかなとさえ思えるときがあるんだよね(^^;
それが至上、とは思わないけどね、それはそれでいいんじゃないか・・・

storyも、演出のコンセプトも理解できなかったとしても、終演後「ヨカッタ〜」と言っているひとは、それなりの純粋さでオペラを愉しんでいるとは言えますよね



モーツァルトの人気って、映画「アマデウス」を待つまでもなく、その短い人生にちりばめられた、音楽の天才ぶりから、いささか卑俗な人間性に至るまでのエピソードが人口に膾炙しているからではないかな。その意味ではJ.S.バッハは損してますね。その私生活はほとんどわからないし、すくなくとも映画やドラマにするには資料不足。むしろだからこそ、受難曲をはじめとする数々の宗教曲は神秘のヴェールに覆われて、より以上に崇高なものとしてうけとられ・・・ちゃっている(?)ひょっとすると、これはこれでバッハにとっては不幸なことかも。

これは誤解を招きそうな発言ですね〜(^o^;



心の欲するところに従えども矩を踰えず、とは自分の思うままに振る舞っても道理の規範から外れることはない、という意味とするのが通常の解釈。70歳にもなるともう体力がついていかんのよ、という解釈もあるんですが、いやいや、これは気の向くまま、テキトーにdiscを買っても、作品・演奏ともに大外れすることがなくなった、の意(笑)「名演」だの「名盤」だの、いわんやそれぞれの語に「歴史的・・・」なんて接頭語を付けたり、そんな紋切り型で陳腐なマニア用語(?)と縁を切るだけで、上記のような境地に達することができます。つまり、たいがいのものは愉しめるようになる。

もちろん、「良い子」は真似しないでね(笑)

作品や演奏に格付けしたり、信仰告白的な賛辞で「評価」したりするのは、それはそれで愉しいというひとがいても不思議ではありません。だって、いわゆる「プロ」の書いている雑誌記事なんてたいがいそうですもんね。これを真似る方が手っ取り早いし、なによりプロっぽくて自尊心は満足するでしょう。でもね、それだが自分自身なのかどうか・・・プロならショーバイですから割り切ってビジネスに徹するのも結構、そのあたりは考え方次第なんですが、アマチュアが自分自身でなかったら、そりゃピエロじゃないですか。

でも、こんなHoffmannの発言に影響されるのは、さらに愚かなことですよ。「良い子」はマネしないで、本来の自分自身に従うのが正しき道ってもんです。

個々のdiscについてはコメントなさらないんですか〜(^o^;