monologue 2009.07

2009.01 2009.02 2009.03 2009.04 2009.05 2009.06
2008.01 2008.02 2008.03 2008.04 2008.05 2008.06 2008.07 2008.08 2008.09 2008.10 2008.11 2008.12
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2009.07.31 ffri


超自然との一体化、個性の凝縮か、あるいは分裂、完全性の具現化か。

やはり鳥類の仮面を見ると・・・(^^;あの小説を思い出しちゃいますね




2009.07.30 thurs



先日読み返した・・・というか、拾い読みながらざっと目を通した本。



続けて参照したのがこちら―標題に「1930年代」とあります。右は直接論じているわけではないものの、ナチズムについて知るには前後・周辺を無視できません・・・というか左の本を読んでから右を読むとわかりやすい(逆か?)。

2009.05.14 thursにはエーリヒ・フロムの「自由からの逃走」が出てきましたからね、そこからライヒへ、さらにフランクフルト学派へ、という流れですね




2009.07.29 wed



この2冊、以前upしたことありましたっけ? たいへんユニークな本なんですが・・・。

世のなか、いつの間にやら「モノ」は「記号」だということになっちゃったわけですが、なに、ずっと以前から「モノ」も「コト」も「象徴」だったんですよ(笑)




2009.07.28 tues


左はかなーり以前、bbsでも話題になったデュレンマットの短篇集。右は、先日の話題と無関係ではないアイルランド作家の小説。こちらはHoffmannの英語力では・・・(^_^;



標題だけ見たのではわからんが、ビアズレーの日本における受容史を窺い知るのに好適。



腰巻(帯)にあるとおり、この小説は映画化されておりまして、かつてレンタルヴィデオ店ではときどき見かけたんですが、DVDはまだ出ていないのかな・・・。




2009.07.27mon


そういえばコルンゴルトの歌劇「死の都」、ゲッツ・フリードリヒ演出の映像がLDで出たきりですが、DVD化されませんかね。奥さんの歌(声)は例によってひどいものでしたが、それでももう一度観てみたいですね。




2009.07.26 sun



昭和30年代初頭に東京創元社から出た「世界大ロマン全集」といえば、その多くが後に創元推理文庫に収録されましたね。翻訳にもやや難のあるものもあり、また判型の制約から抄訳となっているものもあり・・・

デュマの「鉄仮面」、ハガードの「洞窟の女王」、ヴェルヌの「八十日間世界一周」、カーの「髑髏城」とか・・・「地下鉄サム」に「紅はこべ団」、「ゼンダ城の虜」、「消え失せた密画」といったあたりも創元推理文庫に入りましたね

しかし、その後再版されなかった貴重な作品があることをご存知でしょうか。たとえばこれ、ピエール・ルイスの「ポーゾール王の冒険」中村真一郎訳。ピエール・ルイスといえば奢霸都館(霸には「シ」(サンズイが付く)から作品集の刊行が予告されるも翻訳者生田耕作の死によって3巻をもって頓挫、「ポーゾール王の冒険」は出なかったんですね。

オネゲルがオペラにしているんですね(^^*さりげなく一緒にお写真に撮ってますね


Hoffmann家に何冊かある同シリーズから左の江戸川乱歩編「怪奇小説傑作集」2巻はその後昭和33年に同社が刊行した全12巻の「世界恐怖小説全集」に発展し、さらには創元推理文庫の帆船マーク(笑)の「怪奇小説傑作集」全5巻に至る、その源流となるもの。中央のH.H.エーヴェルスの「吸血鬼」は抄訳ながら意欲的な出版ですね。右は平井呈一の翻訳でいずれも抄訳、ブラム・ストーカーの「魔人ドラキュラ」と、もう一冊は知るひとぞ知るマリー・コレリの「復讐(ヴェンデッタ)」。ストーカーは有名な小説だから読んでいるひとも結構いるかもしれませんが、こうした大衆文学を抜きにして文学史は語れんのですよ。

Hoffmannさん、おっしゃっていることが中村真一郎ふうですね(^o^;本日の話題はこうして円環閉じられた・・・?




2009.07.25 sat



同じ作者の、同じシリーズの本をこれだけ積みあげたところで、1冊か2冊読んだらとりあえず満足しちゃって片付けちゃうんですけどね。おかげでなかなか全部は読み終わらない(同シリーズはほかにも出ているようで、これで揃いじゃありません)。

レストレイド警部がご活躍ですね



この本については、かなり以前、どこかで触れたような気がするんですが・・・。




そういえば、先日スティーヴン・ディーダラスになって街を彷徨する夢を見ました(^^;

この画像の選択は、ずいぶん込み入った連想ですね(笑)

はい(Yes)ヾ( ̄∇ ̄*




これはある映画から―。

スゴイ顔ですね〜(^o^;

いまどきいるかね〜こんなやつ?(^^;

Hoffmannさんはジョイスって、どう思われます?ヾ(`Д´*)キッ

よせやい(笑)えーと・・・じつは生きてて再登場・・・とか(笑)






2009.07.24 fri



こういった本の表紙写真をupすることには、スノブ的な快感をおぼえますな。だれの著書かわかるかな?(笑)

Hoffmannさんのお好みには遠い本と思えるんですが・・・(^^;




2009.07.23 thurs

追悼・若杉弘 (その1)

若杉弘の追悼に、LPレコードはいま手許になく、CDをどれか聴こうかと思ったんですが、いまはこれを聴いています。

こちらのページから引っ張ってきたショートカットですね


(自分用のmemo)
Hoffmannが接した若杉弘の指揮による演奏会・オペラの公演から、とくに記憶に焼き付いているものを、覚えているうちに書いておきます。

・ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(二期会)
3回の公演に通った。二期会でのワーグナーはほかに「ローエングリン」、「ジークフリート」、「ワルキューレ」、「神々の黄昏」の公演にも接したが、「マイスタージンガー」が最高。予定されていた大物歌手がキャンセルして音大を卒業して間もない歌手が代役を務めたが、これがまた予想以上の健闘ぶり。

・ベルク 歌劇「ヴォツェック」(二期会)
一部歌手が弱かったのと(別に隠すこともない、大尉役の歌手だ。当然の如くカーテンコールで盛大なブーを浴びていた)、演出が良くなかったのが残念。ほぼ同時期に小澤征爾が新日本フィルと同作品を上演したが、小澤の後期ロマン主義アプローチに対して、若杉の方は20世紀音楽としての「ヴォツェック」となっていた。

・ドビュッシー 歌劇「ペレアスとメリザンド」(NHK交響楽団・演奏会形式)
この指揮者による「ペレアスとメリザンド」を聴くことができたのがうれしい。ただしオーケストラはへたくそ、おまけにわざわざフランスから呼んできたペレアスの歌手が弱かったのがなんとも・・・。

・ウェーバー 歌劇「魔弾の射手」(ドレスデン国立歌劇場)
来日公演。ジークフリート・クルツと数回ずつ振り分けて、初日の切符を買っておいて行ってみたらクルツだったので、翌二日めに当日券で入場、無事若杉の指揮を聴けた。決して贔屓目でなく、若杉の方が覇気のある演奏だった。小粒な歌手と、あまりにも簡素な舞台がちょっと残念だった。また、同歌劇場のシステムを知らなかったHoffmannは、初日にアガーテを歌っていた歌手が、二日めには花嫁に付き添う4人の乙女のひとりを歌っていたのでびっくりした(笑)

・マーラー 交響曲第6番(NHK交響楽団)
東京都交響楽団とのマーラー・シリーズもよかったが、HoffmannがNHK交響楽団を嫌いでも、こちらが一枚上手だったとは認めざるを得ない。第一楽章など、若杉弘はかなり緊張していた。都響とのマーラーでは、CDになっているサントリーホールでの演奏ではないが、1番、4番、「大地の歌」、10番(クック版)、「少年の魔法の角笛」がとくに印象に残っている。声楽との絡みが上手い指揮者ながら、第1番はとりわけすばらしい演奏だった。

・ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、マーラー 交響曲第5番(ケルン放送交響楽団)
知情意の高度なバランス。オーケストラは一流とは感じられなかったが。

・ブラームス 交響曲第2番(ケルン放送交響楽団)
終楽章はこの指揮者には珍しいくらいの感情移入。たしか同オーケストラの音楽監督として最後の演奏会だったんじゃなかったかな。

・マーラー 交響曲第9番(ケルン放送交響楽団)
オーケストラが実力以上の熱演。じつによく鳴っていた。

・R.シュトラウス 交響詩「ドン・ファン」、四つの最後の歌(E.マティス)、ブラームス 交響曲第4番(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団)
すばらしい演奏会だった。アンコールがR.シュトラウスの「月光の音楽」とワーグナー「マイスタージンガー」前奏曲で、TVで放映されなかった後者がたいへん熱のこもった演奏で忘れられない。

・モーツァルト 交響曲第38番、ワーグナー 楽劇「神々の黄昏」からブリュンヒルデの自己犠牲と終曲 ほか(新日本フィルハーモニー交響楽団)
若杉弘は、若いころ「40代はマーラー、50代になったらブルックナー、うんと長生きして80になったらモーツァルト指揮者と呼ばれたい」といった発言をしていましたが、80歳代にならずに亡くなられたのは本当に残念です。

その他、マーラー全部、メシアンのトゥーランガリーラ交響曲(数ヶ月後に新日本フィルの定期公演で同曲を指揮する予定だった井上道義が聴きに来ていた)、バルトーク「中国の不思議な役人」、フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」など・・・数々のすばらしい音楽を、ありがとうございました。あらためて、ご冥福をお祈り申しあげます。



さて、引き続き若杉弘のdiscを取りあげたいところなんですが、いま手許にあるのはCDのみ、LPがないので(だから演奏会の記憶をたどってみたんだよ)、いずれ機会を捉えて語ることにします(上のお写真はかなり以前に撮ってupしたもの)。




2009.07.22 wed

指揮者若杉弘、昨日7月21日死去とのこと。
74歳。


画像は1989年4月5日、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団との来日公演から。若杉弘はHoffmannのとくに好きな指揮者であり、またこの日の演奏会も、とりわけ思い出深いものです。



ご冥福をお祈りいたします(-人-)

#若杉弘についてはmonologue 2005.08.18 thursあたりでも語っています。




2009.07.21 tues

海外文学の話なんですけどね、新訳だからっていいとは限らない。日常語(らしきもの)で綴られた文章はたしかに読みやすいかもしれませんが、新聞記事みたいな翻訳だったら出さない方がいい。往年の名訳が既に世に出ている作品において、これを退けるような新訳なんてそうそう出てくるもんじゃありません。よく、抵抗なく読める翻訳、なんて言うひとがいますが、そう言っているひとが抵抗を感じる日本語が、じつはよほどまともな日本語だった、なんてことでなければいいんですけどね。あえて言えば、たとえば永井荷風や泉鏡花の日本語に抵抗を感じるようなひとが、「これはいい翻訳だ」なんて言っても、Hoffmannは信用しませんよ。

また翻訳はともかく、ムジールの青春小説をいまどきのボーイズ・ラブ小説に位置付けて売り出そうという白痴的愚劣厚顔無恥出版社があります。まあ、「ヴェニスに死す」だってホモ小説だと思っているスットコオブドッコイがいるんだけどね。売れさえすればどうでもいいというのなら、「シューカン疹弔」や「浅屁シンブン」と変わりがない。ムジールなど出すのはおやめなさい。この低脳!

その本の帯で「ボーイズ・ラブ小説」なんて発言しているのは、当の翻訳者ですよ(^^;

翻訳の出来も知れたもんだな
(ケッ)


#お写真は新訳じゃありませんが、本文と関係あります。




2009.07.20 mon

ステキーヾ(^∇^*きゃあきゃあ♪

なんの騒ぎだい?(((*・・)
 (^o^*花ちゃんが、とーってもステキなメフィストフェレスさんですよ、って・・・

メフィストフェレスが?( ̄o ̄;するてえと・・・


これかな?


いや、意外とこれかも・・・

それが・・・(^^;

えっ、違うの?(・・?


まさか、これかい?

いーえ(笑)


このひとですよっヾ(^∇^*カコイー♪ Σ( ̄□ ̄;(^o^*






2009.07.19 sun



J.Sheridan Le Fanuの“Carmilla”―いかにもゴシック・ロマンスの系譜に連なる小説でございますよといった表紙ですね。



こちら2冊ともH.P.Lovecraftなんですが、この表紙デザインはいずれもこれまでにupしたことのあるものですね。



monologue 2007.05.25 friにupした画像―左はJames B. Twitchellの“The Living Dead”、副題は“A Study of the Vampire in Romantic Literature”。中央はAlgernon Blackwoodの短篇集“Tales of the Supernatural”です。「なんで馬がいるの?」と思ったひとはこちらのページをどんぞ。


こちらはその後入手した本。


参考(?)までに、Ken Russell監督の映画“Gothic”(1986)から―。




一方こちらはmonologue 2008.04.14 monから―。オリヴィエ・メシアンの“Quatuor pour la Fin du Temps”「世の終わりのための四重奏曲」のReinbert de Leeuwほかによる蘭Philips盤LP。

(おまけ)



この額はふだん我があばら屋の玄関を入ったところに飾ってあって、来訪したひとをこの絵が迎えるようになっています。

「この門より入る者、すべての希望を捨てよ」・・・とか書いておかれてはいかがですか?(^o^*


だって、家のなかに入ってからじゃ遅いだろう(笑)

もっといいのがありますよっヾ(・∇・*

えっ、どんなの、花ちゃん?(・・?

「ねう゛ぁーもあ」・・・ですよっヾ( ̄∇ ̄*




2009.07.18 sat

「ペニス羨望なる用語は男性優位の時世に生まれたものであり。従ってペ・・・えー、つまりその・・・」



このところ音楽ネタばかりなのでちょっと気分転換・・・といっても最近読んでいるのはもっぱらフロイト、ユング及びその関連。ただし心酔・傾倒しているわけではないよ。

プロメテウス的意思が嵩じると、既知から逃れてひたすら未知を求めることとなり、だからオカルトめいた方向に突っ走ってしまうことがある、思春期における神秘趣味なんかその典型。反面、そこで求められる未知はじつは既知の延長でしかないのであって、本当は本なんか読んでないで、言葉も通じない、食い物も飲み物もなじみのない、風景も見たこともないような地域を旅(遍歴)するほうが、よほど未知に出会えるんですけどね・・・ところがそんな地域が地球上になくなっちゃったから、やむを得ず神秘思想やオカルト趣味なんてものにのめりこむひとがいるわけですよ。こうなると、キリスト教もけったいな新興宗教も、いよいよかき入れ時ですな。


なにをおっしゃっているのか、よくわかりませんけど(^o^;神秘思想とかオカルトとかおっしゃてますが、ユングの名前とリンク先から見て、UFO(未確認飛行物体)のこと連想してしまいましたよ

まあ、UFOの話でもいいけど(笑)プロメテウス・コンプレックスのない人間はUFOなんか見ることはないだろう?

見る必要もなさそうですね(笑)でも、日本でUFOを目撃するというのは、遠く黒船来航の記憶じゃないですか?

メラネシアのカーゴ・カルト運動みたいな千年王国思想とも結びついているような気がするけど、やっぱり連続性への憧憬なのかなとも思うな

飛行物体なのですから機械、つまり男性原理であるはずなんですが・・・どうも人類が発明したメカニズムとは相当異なっているようですし、そのフォルムからして男性的というよりも、両性具有のimageがありますね






2009.07.17 fri

ジャンヌ・ロード主演のオペラ録音といえば忘れてならないのがこちら―。



プロコフィエフの歌劇「火の天使」、Charles Bruck指揮Orchestre du Theatre National de l'Opera de Paris、歌手はJane Rhodes、Xavier Deprazほか。この作品は作曲が1920〜26年でありながら、演奏会形式による初演が1954年、舞台初が1955年なんですが、ここに収録されているのは初演から間もない1957年の録音。仏AdesのCDは2008.02.29 friにupしていましたが、これは仏オリジナル盤(たぶん)。

なんだか縦長ですね


参考までに通常の30cmLPのジャケットを並べてみました。レコード棚に収納しにくいサイズですね(笑)解説書は、演奏者や舞台のの写真などは収録されていないものの、たいへん凝った造り。



いまでは考えられない、コストを度外視した豪華なものですね〜(・・;




2009.07.16 thurs

えー、このところ・・・具体的には12日以来、自宅帰省時に聴いてらしたLPレコードをupしてらっしゃるんですよね(^^*

そうそう、ときどき言っとかないと忘れちゃうね(笑)


Jane Rhodesのオペラ・オペレッタ録音を3点―。
左は
Bizet“Carmen”の抜粋盤、Robert Benzi指揮パリ・オペラ座管弦楽団の演奏で1959年のstereo録音。歌手はJane Rhodes、Albert Lance、Robert Massard、Andrea Guiotなど。
中央はHalevyの“La Juive”、これもハイライト盤。Marcel Couraud指揮Karlsruhe歌劇場管弦楽団の演奏、歌手はJane Rhodes、Tony Poncetほか。
右はOffenbachの“La Belle Helene”。Manuel Rosenthal指揮オーケストラは明記されていませんが、合唱団がオペラ・コミークなので同じかな?

いずれもJane Rhodesの主演、容姿に似合わぬアネゴ声がステキ(^^*


こちらは以前upした画像ですが、ジャンヌ・ロードのレコードですね。左はベンツィとの共演、オッフェンバックのオペレッタからアリア集、右はデュパルクの歌曲集。伴奏のピアノはクリスティアン・イヴァルディですね。デュパルクもいいんですが、オッフェンバックでの多彩な役作りは見事なものですね





2009.07.15 wed


ルイ・フレモー指揮バーミンガム・シティ交響楽団によるビゼーの組曲「ローマ」と交響曲ハ長調のレコード、ついに3日連続でmonologue冒頭を飾る快挙です(笑)同じ写真を並べるのも芸がないので、これはかなり以前にもupした画像ですが、左は東芝から出た国内盤で右が英EMI盤。

ここでちょっと組曲「ローマ」について覚え書き―1860〜1868年の作曲で1871年改訂。初演は1869年2月28日。当時どれくらい演奏されたのか分かりませんが、じつはグスタフ・マーラーがウィーン・フィルの定期演奏会で取りあげているんですね。具体的に書いておくと、1898/99年のシーズン、1898年12月18日の第4回定期演奏会で、。この日のプログラムは「ローマ」、ワーグナーのジークフリート牧歌、ベートーヴェンの交響曲第8番。マーラーがウィーン・フィルの定期演奏家で振ったフランス音楽はほかにベルリオーズの幻想交響曲と「ローマの謝肉祭」序曲、「ロブ・ロイ」序曲、フランクの交響変奏曲、ラモーのリゴードンのみ。


これも以前upしたもの。プーランクの組曲「牝鹿」ほか。これまた左が国内盤で右が英EMI盤。

さて、あらためて書いておくと、ルイ・フレモーは1921年生まれのフランスの指揮者、1953年にモンテ=カルロ歌劇場の常任指揮者に就任、1972年辞任後はバーミンガム・シティ交響楽団の音楽監督に、このオーケストラの監督の地位をサイモン・ラトルに譲ってからは、たしかシドニー交響楽団へ転身したんじゃなかったかな。我が国にも来日して在京のオーケストラに客演して、東京都交響楽団との録音もあるようですね(聴いたことはないが)。


プーランクといえばEMIには「牝鹿」組曲以外にこちらの録音があります―左の「グローリア」とピアノ協奏曲。バーミンガム・シティ交響楽団、「グローリア」の声楽は同合唱団、ノーマ・バロウズ。ピアノ協奏曲のソロはクリスティーナ・オルティズです。SQ盤ながら比較的弊害のない音質・音場感。
右はオッフェンバックの序曲集、仏Pathe盤。「地獄のオルフェ」が気品を持って響く。ちなみに英盤も持っていますが、音質にはさほどの違いはなし。


こちら独DGG盤。 上記EMI録音よりも以前の、モンテ=カルロ国立歌劇場管弦楽団との録音です。この3枚も以前取りあげたことがあるんじゃなかったかな。左はデュカス、サティ、中央がプロコフィエフ、グリンカ、R=コルサコフにボロディンといったロシアものの作品集、右はブリテン、トゥーリナ、ミヨー。ややマイクが近いくて、これはHoffmannの好みもありますが、EMIのオフマイクの方がいいですね・・・と言うのは、このモンテ=カルロ国立歌劇場管弦楽団はなかなか優秀で、カブルランやボスコフスキーの指揮によるEMI録音が魅力的だから。



モンテ=カルロ国立歌劇場管弦楽団との録音は仏Eratoにもあります。フレモーはEratoには古楽も録音していますが、これはベルリオーズの幻想交響曲。同録音の国内盤はおそろしく高域上がりのバランスで、キンキンして聴くに耐えず、しかしこの仏盤は比較的まともなバランスです。Erato録音はDGGよりはこのオーケストラの持ち味が活かされているようですね(DGG盤は異化されている? 笑)ジャケットはDelacroixの“La Barque de Dante”です。


フォレのレクイエムはEratoとEMIに2種類あります。Erato盤はモンテ=カルロ国立歌劇場管弦楽団、フィリップ・カイヤール合唱団、ソプラノはボーイ・ソプラノです。ジャケットのギュスターヴ・モローがいいですなあ。ボーイ・ソプラノは弱いが、低域厚手の優秀録音。EMI盤はもちろんバーミンガム・シティ交響楽団、同合唱団、ノーマ・バロウズ、ブライアン・レイナー・クックのソロ。録音はたいしたことはなく、SQエンコードされていることもあって音場感はやや位相ずれを起こしたように「ごっちゃり」気味。しかしなぜかオルガンの重低音がものすごい。これだけ重低音のレベル高いレコードもめずらしいですね。



フレモーの指揮は協奏曲の伴奏においても妙味あり、ということで、バーミンガム・シティ交響楽団とのEMI録音からラロのチェロ協奏曲とスペイン交響曲をあげておきます。チェロはポール・トルトゥリエ、スペイン交響曲のソロはポールの息子ヤン=パスカル。そしてもうひとつ、仏Eratoのシューマンのピアノ協奏曲ほか。ピアノはジェルジ・シェベク、オーケストラはコンセール・パドルー管弦楽団。

(おまけ)


仏VEGAの10inch盤、プーランクのスターバト・マーテル。演奏はOrchestre de L'Association des Collonne、Choeurs de L'Alauda、sous la direction de Louis Fremaux。SolisteにJacqueline Braumaire。Enregistrement realise sous la direction artistique de Francis Poulencとあり。





2009.07.14 tues



再びフレモーによるビゼー、交響曲とカップリングされているのは組曲「ローマ」です。アナログLP時代はフレモー盤以外にはガルデルリ盤があったくらいかな。もちろん、フレモー盤はHoffmannの好きなレコードで、弦から木管、金管に至るまで気品溢れる演奏は、交響曲よりもむしろこちらの方でより魅力的かも。



CDでは手許に2点―左はミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団、1993年の録音。交響曲と序曲「祖国」を併録。右はジャン=クロード・カザドシュ指揮リール国立管弦楽団1988年の録音。こちらのdiscのメインはローマ賞に応募して見事大賞に輝いたカンタータ「クロヴィスとクロティルド」。なかなか意義深いカップリングですな。

組曲の演奏は、一般的にはプラッソンの方が上か。響きは洗練されており、経過部の処理も巧みで、結果各曲が淀みなくスマートに進められてゆく様はさすが。対するカザドシュ盤はやや流れがぎこちない・・・ところが、そこがどことなくローカルな味わいに通じて、捨てがたい魅力。逆にプラッソンは、これはフォレやサティの演奏でもそうなんですが、ちょっとおしゃれなフランス音楽に予定調和してしまっていて、そこが物足りない。カザドシュの演奏は、作品の柄を一回り大きくして、とりわけ終曲で堂々たるクライマックスを築いています。このひと、ちょっと以前の仏harmonia mundi録音のベルリオーズやラヴェルなどを聴くと、悠揚迫らぬおっとり・ゆったり系の演奏をする指揮者という印象だったんですが、その後やや変わってきたみたい。残念なのは、オーケストラがやや技術的に落ちてきたんじゃないかと思われること。

やっぱりフレモー、バーミンガム・シティ交響楽団が・・・(笑)

いいね〜(^^*




2009.07.13 mon


ビゼーの交響曲ハ長調のレコード。左はベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の蘭Philips盤LPです。録音はおそらく1970年代前半、ホールトーンたっぷり、オーケストラの響きは美しく融けあい、それでいて細かい音まで充分に聴こえ、フォルテシモでもやかましくならない、刺激感皆無という録音です。演奏は作為を感じさせず、真面目と言えば真面目なんですが、ビゼー若書きの溌剌とした愉悦感にも不足はない。

右はルイ・フレモー指揮バーミンガム・シティ交響楽団によるLP。英EMI盤。なんとも気品ある演奏で、旋律の歌い方も、またオーケストラの響きにも、いい意味での軽やかさがあって、イギリスのオーケストラですが、ちょっとローカルな雰囲気も魅力的で、Hoffmannはこの演奏がいちばん好きですね。

まあ、この2枚はこれまでにも複数回取りあげているはず・・・。



そこで、ミュンシュ、マルティノン、ビーチャムといったあたりはおいといて、「未整理函」から見つけ出したのがこちら―ズデニェック・コシュラー指揮スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。既に故人となりましたが、コシュラーはわりあい好きな指揮者なんです・・・が、これ、演奏はたいへん素直で好感が持てるものの、録音はマイクが近くてドライに過ぎ、高域はやや金属的で、聴いていて疲れますね。以前、某録音技師が「ビゼーのオーケストラはダンゴになりがちで録音に苦労する」といった意味の発言を読んだ記憶があるんですが、それでマイクが近づいてしまったものかな。もちろん、ここで「マイクが近い」というのは聴感からの比喩であって、つまりマルチマイク(とその再構成による)録音を意味して言っているのは断るまでもないよ。繰り返しますが、演奏は悪くないんですけどね。



そこでコシュラー、スロヴァキア・フィルによるドヴォルザークの交響曲7、8、9番をちょっと聴いてみたところ、7番と9番はそんなにマイクが近くなくて残響も取り入れられている(8番はわずかに近い)。メモするの忘れたんですが、どれも国内盤で、ドヴォルザーク3枚はほぼ同時期の録音、ビゼーはもう少し後。ジャケットの表記によれば、プロデューサーとエンジニアは7、9番は同じひとで(8番は表記なし)、ビゼーは別なひと。このあたりが録音の違いに作用しているのかどうか・・・。ちなみに9番はこの指揮者とオーケストラのコンビによるレコード録音デビュー盤。第一作からして実力派であることを印象付ける好演です。高域キンキンがチト残念。

このレコードが出た当時の評判はどうだったんでしょうか?

時期的に左派系(左翼崩れ)の評論屋が何人も存命中だったはずだから、アメリカのオーケストラなどよりは好意的な批評が書かれたんじゃないかな(笑)

#バーンスタイン、チェリビダッケ盤もあったことを忘れていました(^^;次の機会に聴いてみようと思っています。




2009.07.12 sun



さああぁぁぁてヽ(^0^*)ノ聴いてきましたぞ(笑)



bbsで話題に上ったレオポルド・ストコフスキー、そのビゼーの交響曲のレコードでございますよ♪

ストコフスキーは(諸説あるが)1882年生まれ、1975年には公演における指揮活動から身を引いたものの、1976年にCBSと6年間の契約を締結して、なんとこの契約満了が100歳の誕生日の2週間前というもの。1977年9月13日に95歳で死去した指揮者ですね。まあ、ストコフスキーといえば映画「オーケストラの少女」でも有名で、オーケストラの特異な楽器配置やバッハをはじめとする編曲からスコアに手を入れるのも、ひたすら大衆的な親しみやすさを狙っての効果造り。ひと言で言えば派手派手な音響が特徴ですね。シリアスな聴き手にはウケが悪く、いまや忘れ去られたかの感あり。

さて、上のお写真はメンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」とビゼー交響曲ハ長調をカップリングしたレコード。1977年5、6月の録音とクレジットされていますが、じつはこのビゼーが遺作(6月4日)、この録音の3ヶ月後に亡くなられたんですね。予定ではこの後、ラフマニノフの交響曲第1番(2番とも、1、2番両方という情報もあり)、ベートーヴェンの交響曲第6番などを録音することになっていたそうです。

演奏は正攻法で攻めた至極まっとうなもの。といって、指揮者の意思が不徹底といった印象はなく、晩年のカール・ベームの録音に聴かれるような、オーケストラが勝手に演奏しているといったものではありません。この年齢にして流れが柔軟で生硬にならないという例はほかに思いつきません。明るく、健康的で、愉悦感にも欠けていません。終楽章などはリズム感とアクセントの強調で存分に盛りあげるあたりにストコフスキーらしさも。それでいて派手に過ぎないのは最晩年のストコフスキーの美点といっていいでしょう。メンデルスゾーンはやや響きが厚すぎて、リズムがやや重いかなとも感じられます。響きが厚いというのは、ちょっとバーンスタイン、ニューヨーク・フィルみたいな、合奏がガチャガチャしたところがあるため。それだけに音楽が生き生きしているとも言えるんですけどね。いまどきのスッキリ系ではなくて暖色系、と言ったらわかりやすいかな。このへんはもちろんビゼーにも共通するところ。このあたりをどうとらえるかで、このdiscの印象は変わりそう。それにしても、遺作となったレコーディングがこれだけ生命力に溢れているというのは驚きですね。

ちなみにここで演奏しているオーケストラ、National Philharmonic Orchestraナショナル・フィルハーモニー管弦楽団はレコーディング専門のオーケストラで、 BBC交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン交響楽団のメンバーが名を連ね、たとえばリーダーはシドニー・サックス、ほかにジョン・ジョージアディス、ベラ・デカニー(ヴァイオリン)、アラン・シヴィル(ホルン)、ジョン・ウィルブラハム(トランペット)と、なかなかの名手揃い。ひところはレコーディングだけではなく公開演奏も行っていた模様ですが、いまは活動していないんでしょうね。ここに取りあげたレコード(国内盤)の解説を読むと、いかにもストコフスキーの録音のために組織されたかのようなことが書いてあるんですが、別にストコフスキーのために結成されたというわけではなく、結成されたのも1973年頃で、いちばん最初の録音は映画音楽のレコードだったらしい。じっさい、リチャード・ボニング、ヴィリィ・ボスコフスキーとの録音もあったようですね。


最晩年のCBS録音は何枚か持っていました。左はチャイコフスキー、ディアギレフ版「オーロラの結婚」で1976年5月24、25、27日録音。これはバレエ「眠りの森の美女」の縮小改訂版で、ディアギレフ率いるロシアバレエ団によって1922年にパリ・オペラ座で初演された作品です。ストラヴィンスキーが一部編曲しているとか。そのストラヴィンスキーが手を入れた箇所、編曲の程度が分からないんですが、冒頭ハープのグリッサンドなど失笑禁じ得ず。終曲もこれでもかと、ためにためて盛りあげようとするあたり、さすがに演出過剰じゃないでしょうか。

中央は「ストコフスキー アンコール!」と題されたアルバムで、R=コルサコフ、ドビュッシー、ショパンほかの編曲ものを収録。1976年7月12、13、16日の録音。すみません、これは時間がなくて聴いていない・・・(^^;

右はビゼーの「カルメン」、「アルルの女」の組曲、「アルルの女」にはストコフスキー編曲と表記されています。1976年8月の録音。これも意外とまとも。ただし交響曲を聴いた後ではやや派手かなとも思います。やはりスコアに手を入れたところが効果造りを容認するとしても少々陳腐と言わざるを得ない。




こちら―シベリウス交響曲第1番、交響詩「トゥオネラの白鳥」、1976年11月2、4、5日の録音。これはビゼーの交響曲に次ぐ好演。シベリウス演奏として決して場違いではありません。こう言っては失礼なんですが、はじめて聴いたときには、凶器に場外乱闘ばかりの悪役レスラーが反則技を繰り出さなくてもじつは強かった、みたいな(笑)驚きがありましたね(^^;

最晩年のCBS録音はこれで全部ですか?

うんにゃ、たしかブラームスの交響曲第2番があったんじゃなかったかな


Hoffmannさんはストコフスキーのレコードはほかにも何枚かお持ちですよね

SP盤でバッハのトッカータとフーガの編曲版そのほか、LONDONのPhase4録音を何枚か・・・でもPhase4録音って、とにかくギラつくくらい派手であまり好きじゃない。演奏も遅いところはさっさと通り過ぎて、サビの部分というか、聴かせどころは思いっきり粘ってみたり、陳腐の極みで聴くに耐えないんだよね

ストコフスキーのバッハ作品の編曲ものは、オーマンディ、小澤征爾、サロネン、バッハ以外のドビュッシーなどではジェフリー・サイモンの録音がありますが・・・

正直なところ、どれも好きじゃない。別にガチガチの原典主義ではないけど、ストコフスキーの編曲って、あまりにも陳腐に過ぎる・・・オーマンディ、小澤征爾はともかく、サロネンなんて知性派がいまさらストコフスキー編曲のバッハを演奏すること自体、不思議でならないよ。でも、それだけにここに取りあげたCBS録音の、とくにビゼーとシベリウスは、指揮者ストコフスキーに対する見方を改めさせるきっかけにはなりそうだよね



これはおまけ。ストコフスキーが往年の手兵、フィラデルフィア管弦楽団を指揮したアルバムで、1960年2月25日の録音。このコンビによる貴重なstereo録音。バッハ、ワーグナー、ファリャが収録されているんですが・・・すみません、これも今回時間がなくて聴いていません(^o^A;お写真撮っただけ・・・機会があればいずれ取りあげるかもしれません。





2009.07.06 mon

今週は仕事が忙しいのでしばらくお休みします(-_-*)・・・・・・Σ(・・;はっ

kyorokyoro(・・;)≡(;・・)たしかにいま、視線を・・・







2009.07.05 sun



Hoffmannの好きな曲、ビゼーのハ長調の交響曲です。これはひさしぶりに聴いたガーディナー指揮リヨン歌劇場管弦楽団による1986年録音のErato盤。脱脂されたようなさっぱり感、現代的な低カロリー演奏がやや物足りない。

Hoffmannさんはこの作品のdiscはLP・CDともいろいろお持ちですよね、これまでに取りあげたのは、ハイティンク、フレモー、ベンツィ、ガルデルリ、小澤盤でしたか・・・

ベンツィは悪くはないけど、ガルデルリはノリが悪くて小澤は神経質でせせこましい。あと、ミュンシュ、マルティノン、ビーチャム、チェリビダッケなんてのもある。でも、ほとんど聴かないな。CDではクリュイタンス、プラッソン盤をときどき聴いている。録音・演奏ともに優秀なのはハイティンク、演奏だけならクリュイタンスもいいけど、フレモー盤がいちばん好きかな

それにしてもどうしてこの写真、水晶が置いてあるんですか・・・って、ああ、クリスタル・・・という連想ですね(^o^*♪

#光ったのは画像処理によるものだず(^^;(^o^;ですから、どうして山形弁なんですか〜ヾ(^∇^*んだんだ




2009.07.04 sat


R.シュトラウスのオペラは、LPレコードならほぼ全作品を複数組所有しているんですが、じつはめったに聴くこともない(笑)・・・くせに、いま、手許にはCDしかないもんですから、そうすると無性に聴きたくなったりするんですな。で、最近入手したもの―左が「インテルメッツォ」、1963年ウィーン国立歌劇場公演のlive録音、右は「アラベラ」、1958年ザルツブルク音楽祭における公演のlive録音で、オーケストラはウィーン・フィル、指揮はいずれもカイルベルト。「アラベラ」はほぼ同じキャストによる同年のミュンヘン公演がDGGから出ていましたが、甲乙つけがたし。



こちらは「薔薇の騎士」、1978年ザルツブルク音楽祭のliveで指揮はクリストフ・フォン・ドホナーニ。元帥夫人がヤノヴィッツ、オクタヴィアンがミントン、ゾフィーをポップが歌って、オックス男爵はグートスタイン、このひとバーンスタイン盤ではファーニナルを歌ってましたな。ついでに歌手役がパヴァロッティ。指揮はやや辛口で、これは「薔薇の騎士」に関してはHoffmannの好みです。あまり甘ったるいのは好きではないし、R.シュトラウスが工夫を凝らしたスコアは、これくらい「縦の線」を重視してやってもらわにゃあ・・・と思っています(その意味で、躍動感としなやかな旋律の歌い回しで聴かせる某指揮者は雑すぎる。その証拠にその指揮者だと同じオーケストラでも、へたくそな奏者が混じっていることがすぐわかる)。

オクタヴィアンが17歳というのはたいていのひともよくご存知だろうけれど、(R.シュトラウスによれば)元帥夫人は「せいぜい32歳」で「若くて美しい」とされ、オックス男爵は「35歳」で「不作法な伊達男」とされていることは、意外と知られていないんじゃないかな。

このオペラの時代設定はマリア・テレジア統治期ですから18世紀半ば頃ですよね・・・とすると、32歳というのはかなりオトナなんじゃないですか?

でも、R.シュトラウス自身が「せいぜい(32歳)」と言っているんだから(*^^)♭
(^o^*あっ、そうですね

元帥夫人という役は、好みを別にすればこれまでさまざまな歌手がそれぞれの役作りで演じてきており、聴きくらべも愉しいんですが、オクタヴィアンとなるとあまりダメな歌手もいなくて、ユリナッチ、ルートヴィヒ、フォン・シュターデ、ミントンなど、いずれも上出来。映像で観ることのできる某歌手があまりにも下品なチンピラじみた演技をしているのが、せいぜい悪い印象となっている程度(ふたりいるよ)。ゾフィーは、この役、なかなか満足させてくれるひとがいませんね。ローテンベルガーもポップも好きな歌手なんですが、ポップはスザンナみたいなゾフィーになっているし、ローテンベルガーは清純な乙女というよりどこか母性的です(^^;それでもこのふたりの名前を出したのは、「その他」より魅力的だから。

「スザンナみたい」・・・とおっしゃるのは、スーブレットふうということですか? それはそれで「あり」なんじゃないですか?(^^*




2009.07.03 fri

最近フロイト関連の本を読んでいて、なぜかそこからユングに興味が移りつつあります。まあ、好きにはらんだろうと思いますけどね(^^;ユングなんて以前はほとんど関心がなかったのに・・・って、いや、ユング派の著者による本はM-L.フォン・フランツとか、結構読んでいたかな。



これは河合隼雄のエッセイ。最近読んだ本というわけではないんですけどね。



この河合隼雄と種村季弘の対談が左の「天使と怪物」に収録されていて、その話のかみ合わない様はまさに抱腹絶倒もの。べつにTannenmueller氏(笑)に反感を持っているというわけでもないようなんですが、いまなんの話をしているのかわからないとトボけているかのような(いまふうに言えば)KYぶりは、このひとが真面目すぎるためなのか、それとも学者の堅いアタマの故なのか・・・それにしたって精神分析の専門家なのにね(笑)




2009.07.02 thurs

職場で、これまで口もきいたことのない女性から、変な情報誌だかなんだかわけのわからない本を買って読んでくれ、としつこく言われました。なんでも親類のだれだかが書いたんものなんだそうですが、丁重にお断りしたら、「アナタは本がお好きだと聞いていたんですが、そうじゃなかったんですね」と言われちゃいましたよ。面倒くさいから、「ええ、だれがそんなこと言ってたんですか? 私は本なんか読みゃしませんよ」とこたえておきましたとサ(笑)





2009.07.01 wed

(・_・;)=(;・_・)・・・kyorokyoro



Hoffmannさん、どうかしましたかっ?ヾ(^∇^*

ん? ああ・・・なんだか、視線を感じたんだけど・・・( ̄o ̄;気のせいかなあ・・・