monologue 2010.04

2010.01 2010.02 2010.03
2009.01 2009.02 2009.03 2009.04 2009.05 2009.06 2009.07 2009.08 2009.09 2009.10 2009.11 2009.12
2008.01
2008.02 2008.03 2008.04 2008.05 2008.06 2008.07 2008.08 2008.09 2008.10 2008.11 2008.12
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2010.04.27 tues



しくばらお休み。

ですから「しばらく」ですよ〜(^o^;




2010.04.26 mon

このところB級映画ばかりupしているので、たまにゃ掛け値なしに、ベラボーにすばらしい映画でも取りあげちゃいたいところなんですが・・・



これなんかもう何度観たかわからないくらい、Hoffmannの大好きな映画なんですけどね、ときどきこのmonologueでキャプチャ画面をupしてきたものの、きちんと取りあげたことがない。それで、こんどこそと思ってあちこちキャプチャしたんですよ。ところがどこもかしこも名場面。どう並べたらいいのか途方に暮れています。

これまで、ほとんどコメントなしにキャプチャ画像を並べただけの映画が2本ありましたね(^^*

これこれだね。でも、上の映画は画像を並べることすらできない(^^;

それにしても、主役でも準主役でもない上の画像をupしますか〜(^^;Hoffm,annさんって映像となると、とりわけ様式美への嗜好に傾きますよね〜(笑)

♪ブンブンブン、首がとぶ〜ヾ(^∇^*)ノ (^o^;花ちゃん、それは「放送禁止歌」なのよ〜




2010.04.25 sun


新奇な趣向とトンデモな表題(邦題)で名高い大蔵貢の新東宝が1962年に公開した「沖縄怪談 逆吊り幽霊」、「支那怪談 死棺破り」、「米国怪談 太陽の怪物」をご存知でしょうか。当時のポスターを見てもいかにも3本立ての扱いと見えるんですが、じつは「沖縄怪談 逆吊り幽霊」と「支那怪談 死棺破り」は一本の作品なので、「沖縄怪談 逆吊り幽霊・支那怪談 死棺破り」と表記するのが正しい。支那怪談」は「沖縄怪談」のなかで語られる劇中劇なんですね。で、「米国怪談」はというと、これはハリウッドから権利を買い取った“The Hideous Sun Demon”という、1959年の米映画。



その「太陽の怪物」The Hideous Sun Demon(1959年・米)のDVDが発売されたので、ここで取りあげちゃいます。まあ、B級映画としては有名なので、あらためて解説するまでもないかな。放射能事故にあった科学者が、以来日光を浴びると身体が退化して怪物になってしまうというお話。おとなしくしてりゃいいものを、酒場に行って、おまけにそこの女にかかわって、女の間夫(古いな・笑)に袋だたきにあった末、怪物に変身して相手を殺してしまいます。

ちなみに上の画像の小母さんはモンスターじゃありません(^_^;


はじめのうちは「チラ見せ」で引っ張るのがほほえましい常套手段。


「狼男」とか「ジキル博士とハイド氏」のvariationで、そこに当時流行りの放射能(被爆)を取り入れた、SFタッチのモンスター映画ですね(^^;



よく、科学の犠牲となった科学者の悲劇、みたいに紹介される映画なんだけどね、ナーニ、酒とオンナにだらしない科学者の自業自得だよ、こりゃ。「なんでよりによってこのボクがこんな目にあうんだあ!」なんてヒス起こすし(^_^;

そもそもの事故にしても、二日酔いで実験に失敗したということのようですね(^^;



ラストは石油タンク(ガスタンクかな?)のてっぺんで警官に撃たれて落下―駆けつけた放射線医学の権威である博士は「我々は彼の教訓を活かそう」と言ってオシマイ。教訓って、「病気になったら酒と女はつつしむように。お医者様の言いつけを守っておとなしくしていなさい」ってことですかね(笑)

石油タンクにしろガスタンクにしろ、こんなところで銃撃戦をして大丈夫なんですかね〜(^o^;



放射線医学の権威である博士の診察は胸に聴診器をあてるだけ、凶悪犯逃走中ということでLA全域に非常線を張っているにしては、最後に追いかけている警察官はひとりだけ・・・と、B級風味芬々ですね〜(^o^A;

さすが大蔵貢が目を付けるだけのことはある?(笑)




2010.04.24 sat

先日導入されたスピーカースタンドは、支柱がマグネシウム合金、天板・底板はアルミとスチールの貼り合わせ(?)とのことですが、近頃audio関連ではこのマグネシウムが流行っているようですね

スタンドやスパイクを含むインシュレーター、それにケーブルのシールド処理にも使われていて、スピーカーの振動板にはなんとJBLまでが採用しているよね

振動吸収率が高くて応答性が良くなり、ハイスピードな音になるというふれこみですね

流行りになったのは最近だけど、アナログ時代からトーンアームパイプやカートリッジのヘッドシェルにはマグネシウム製って、あったけどね。じつはむかーし、マグネシウム製のヘッドシェルを使ったことがあるんだよ。それまでのアルミ合金と真鍮を組み合わせたシェルと交換してみたら、なんとも変な付帯音が付いて(と思って)、それ以来マグネシウムって避けてたの(^^;

それではこのスタンドを入手されたのは、マグネシウムという素材に期待があったためではないのですか?

安くなってたから・・・(^o^;そしたら、思いのほかよろしいので、さっそくマグネシウム製のスパイク受けを買ってきたんだよ。でもこれは今のところあまり好結果とはなっていない

インシュレーターとなると、機器との兼ね合いのほか、土台との相性もありそうですね

そういうこと。いずれにせよ、素材がこれこれだからというだけでは判断できないという例だね



そのスタンドのスパイク受けはいろいろお試しになってますよね

とりあえず手持ちのものでね(^^*ここに映っているほかにもいくつか持ってるけど、安いのばっか(笑)スタンドの底板に付いているのはわりあい鈍角のソフトスパイクだから、受け側も鈍角に対応していてほしい。ところが、売っているものを見ても、webでメーカーの製品紹介を見ても、この角度についての記載がある例はほとんどないんだな。スパイク側に至っては耐荷重さえ明記していないものがある始末だ。麗々しく効能を謳うよりも、規格をきちんと明示してほしいもんだね

Hoffmannさん、ほとんどトーンコントロール代わりに愉しんでいらっしゃるのではありませんか?(^o^*

いやあ、結構音場感に与える影響も無視できないよ(笑)




2010.04.23 fri

(なんとなく、まだ昨日から続いています)
Hoffmannさんは電源工事後の音について、「強烈なキャラクターが付加されたという印象ではなくて」、「足腰が安定して基礎体力が増強されたといった改善と聴こえる」とおっしゃいましたが、そのことによって、よい録音と悪い録音の違いはどう感じとれるようになったと思われますか?

録音のいいものはよりいい音になったと思うよ

たとえばどんな録音でもそこそこ無難に聴かせる、あるいは良質に聴かせる装置というのは、かなり濃い味付け、強烈なキャラクターを付加する装置だからなのではないか、もしもnatural傾向の装置なら、良質な録音ならその魅力を引き出して、問題のある録音ならアラをさらけ出すことになるのではないかと思っていたのですが・・・

悪い録音といっても、卓上操作で音場感や位相のおかしいものは電源がどうあれ、どちらにせよ救いようがないけれど、そんなのは別にすれば、装置との相性もあるからね

ときどきおっしゃっている、小型の装置向きとか・・・

そうそう。これも既に言ったけど、キツめの高域や、大太鼓の「ドスン」が頭打ちになるダイナミクスの問題なんかは、電源やアンプの性能によってクリアされることもあるからね



これなんかはすっかり見直しちゃった例―。

ギュンター・ヴァント指揮ケルン放送交響楽団によるブルックナーの交響曲全集ですね。たしかに独harmonia mundiらしい硬質でキンキンした高域(とくにヴァイオリン)が、多少やわらいでいるような気がしますね

やや高域よりのバランスではあるんだけど、これは録音のせいばかりではなさそうだよね。歌わせるよりも、音を積み重ね、組み合わせて構築してゆくタイプの演奏で、表現主義的とさえ言いたいようなブルックナーになっている。ヴァントのブルックナー録音はその後のNDR(北ドイツ放送交響楽団)との録音も結構つきあって聴いてきたんだけど、たとえオーケストラが超一流でなくても、またヴァント自身がその後の録音の方がうまくいったなんて発言をしていても、このケルン放送交響楽団との録音の方がずっと好きだな


音がよくなったので、演奏までより魅力的になったというわけですね



こちらはNDRとのブラームスの交響曲全集。同じく独harmonia mundi原盤。ブラームスもその後の録音よりこちらの古い方が好き♪ 万人がブラームスらしさを感じる演奏ではないかもしれないけれど、その意味では後年の録音はご都合主義と聴こえる。ヴァントの演奏がよかったのはこの頃まで・・・かな?(笑)




2010.04.22 thurs

(さらに昨日の続き)
そして電源工事後のセッティング変更ですが、現在、スピーカーの間隔は約2mといったところですね

リスニングポイントと結ぶと、一辺が約2mの正三角形だね。もう少し間隔は詰めてもいいかもしれないけれど、しばらくはこれで・・・

やはり正三角形というのはいちばんの基本ですね。内振り角度は例によってかなり大きく、これはHoffmannさんのお好みですね

正面向きの状態にしてから少しずつ内に振っていったら、結局こうなるんだよね。広がり感よりも中央の密度を重視して奥に展開させたいんだな

奥行きの深い音場感を得るためには、スピーカーは背後の壁面からできるだけ距離をとることが重要かと思っていましたが・・・


それと、左右の壁面(または音を反射するもの)から離すことだね

スピーカーの背後は、いまはそれほど離れていませんよね。それでも音場が奥に展開しているというのは・・・?

まあ、吸音材とたまたま余っているスピーカースタンドを後方に配したことで、吸音と乱反射の効果が出ているのかも。それと、機器をセットしているラックのスパイク受けだね。これを交換したら、これまで以上に奥行きが出てきたよ

スピーカースタンドのスパイク受けを交換すると、かなり音に影響が出ると思ってはいましたが、ラックの脚部でもこれだけ変わるというのは不思議と言えば不思議です

まあ、いまは帰宅するたびに1〜2ヶ所に変更を試みているところだよね。いっぺんにあちこち変えると泥沼にはまっちゃうし、ヘタするとかえって音が悪くなっても気が付かない、なんてことになりかねないからね。なにごともせっかちは禁物だってことさ(笑)


電源工事を施したことによって、そうした「変化」もよくわかるようになりましたよね。それだけにいじり甲斐があるというわけですね(^o^*

オトナのおもちゃですかっヾ(^∇^*




2010.04.21 wed

(昨日の続き)
電源工事の成果たるやじつに驚くべきものでしたな( ̄o ̄;月並みな言い方ですが、ヴェールが37枚くらい剥がれたよう、くもっためがねを拭いたみたい、いままで聴いていた音はなんだったんだ、てなもんです。S/N比の大幅な改善、レンジは強弱、上下方向ともに拡大、よって微細な音まで克明になって、派手ではないのに目の覚めるような鮮やかな音。

工事完了後すぐに出てきた音はやや高低バラバラな印象もあり、ために分解能ばかりが向上して、若干高域よりのバランスとも思えたんですが、なに、webで電源工事をされた方のお話を読めば、はじめのうちはたいがいそんな調子になるみたいですよね。だからあわてず騒がず、1〜2ヶ月後の帰宅時にはかなり落ち着いた音となって、またセッティングも微調整することで、音場感もHoffmann好みのほどよくブレンドされた響きが2本のスピーカー間の奥に展開するようになりました。

高域には歪み感皆無、低域は量感と音程の明瞭さが両立し、全域にわたって柔軟かつ力強い。S/N比の向上めざましく、微小レベル、細部まで克明、ためにホールの空気感が感じとれて、曖昧さが解消されたことによりかえって響き成分が増えたかの印象です。すべての音が「軽々と」鳴るようになって、レコードによっては、これまでキツめと思っていた弦楽器がスッと伸びて、大太鼓の「ドスン」も精一杯、頭打ちだったものが余裕くしゃくしゃ(^-^*
(^o^;クシャクシャですか〜カートリッジやスピーカーの限界だと思っていたのは大きな間違いだったと気付かされました。さらに音数が増えて、パレットの色彩も豊かになった・・・と言っても、強烈なキャラクターが付加かされたという印象ではなくて、まさしく基礎工事にたまもの、足腰が安定して基礎体力が増強されたといった改善と聴こえるんですね。ま、こんな他人の笑いがとまらない様子を読まされてもつまらんでしょうからこのくらいにしておきますよ(^o^;

アンプやCDプレーヤーといった機器の電源ケーブルは付属品のままなんですよね

当初はなにもかも、それまでと同じ。電源タップを挿し込む先が壁コンセントからこの電源ボックスに変わっただけ。工事業者氏によれば、このウチ、古い集合住宅にしては引き込み線なんか結構太めのものが使われているんだって。たしかに、壁コンセントはときどきテスターで計っていたんだけど、時間帯によって多少の変動はあれど、100Vを割り込むことはほとんどなかったんだよね。それに、昨年来自宅には冷蔵庫だの洗濯機だのはないから、常時電源がつながっている機械はそんなにない。それでもこれだけ違うんだから驚きだよね。その後、スピーカーの間隔や内振り角度、機器の振動対策などを見直して現在に至っている

電源を独立させた際に、アースも落とせるようになったんですね

そうそう、それが電源工事のもうひとつの目玉(@_@;機器の電源ケーブルは概ね3pinだから、壁コンセントにはないアースをとってみたかったんだよね。アースってなかなか難しくて、必ずしも効果があるとは限らない。まして我が家は集合住宅だし、ヘタするとハムを引くことだってあり得る。もしもおかしなノイズでも出てきて、これが解消できないようなら途中で切っちゃえばいいやと思って、とにかく3芯のケーブルでアースも接続してもらったの。で、結局心配していたハムの問題はなし。音を出さずにヴォリュームを上げてスピーカーに耳を近づけてもほぼ無音。むしろこれはアースの効果じゃないかなあ

結果的にハムノイズは発生しなかったわけですね

きょうのおかずはソーセージですよっヾ(^∇^*




2010.04.20 tues

またもや太くて黒いものが見えますなあ(^^;



硬い芯を感じさせるんですけど、表面はぬめっ、とした感触ですね(^o^*これまた立派♪

ちょっとぶにょぶにょしてますねっヾ(・∇・*やっぱり2本、壁を這ってます



これはなにかというと、じつは自宅の屋内配線材、すなわち電源ケーブル。昨年、出稼ぎによって自宅のもろもろのモノが一時的にも大幅に減って、「いまなら可能」と、禁断の電源工事に踏み切ったんですよ。ブレーカーから分岐させて新設ブレーカー2器を通したaudio用電源を確保。屋内配線材はちょいと贅沢をして、これが太くて硬いもんですから壁内に入れるのは難しく(そこまでやるのも面倒だし・笑)、壁面を這わせちゃいました。工事業者氏の話によれば、まず借家では問題あり、さらに同居家族、主に(重荷?)奥さんの同意が得られず、といったひとも多いとか。幸いにして我が家は優美も花ちゃんも理解があるので(笑)問題なし(^-^* 
(^o^*(^∇^*♪

従って末端は壁コンセントならぬコンセントボックス仕様。コンセントはaudio用なれどことさらに高級品ではありません。はじめからこのあたりで見積りしてくださった業者氏はさすが。ケーブル代は通常の屋内配線材からすれば桁違いに高価ではあるものの、工事費はリーズナブルなものでした。

ええと・・・なぜ「禁断の」電源工事なのでしょうか
?(笑)

いやあ、電源関係に凝りはじめるときりがないからね〜(^o^A;機器の電源ケーブルだって純正品のまんまだし。でも、手を付けるとすればまずは大元だよね。その意味では、工事をするとすれば、本だのCDだのが場所をふさいでいないいまがチャンスだったからね

電源に関してはずっとほったらかしていただけに、なすべき順序で対策できるというわけですね

じつは出稼ぎに出る直前に、audio用の電源タップを導入していたんですよ。それまで使っていたのはどこにでも売っているOAタップ。ところがこれ、上を向いているということがない、かならずひっくり返っている(笑)それで見た目も悪いからしっかりしたボックスが欲しくなって、入門機に位置付けられるグレードながら、audio用のタップを入手したんですよ。当初は、まあ、多少いいかも・・・程度の変化だったんですが、1〜2ヶ月後に帰宅した際には電圧がかかっていたことでエージングが進行したんでしょう、かなりいい音になっていた。これはやはり電源を見直さなきゃいかんなと考えざるを得なくなりましてね。

それで電源工事の効果は・・・?




2010.04.13 tues



ちょっと休みますよ。




2010.04.12 mon

眼前になにやら太くて硬くい、リッパなものが黒々とそそり立っていますな。



天にむかってニョッキリと・・・ヾ(・∇・*テカテカと黒光りしてますねっ

・・・カチンカチンに屹立してますね(^o^;
しかも2本も 
キミたちもノリがいいなあ・・・(^o^A;

視線を上にもっていくと、先端で四方に広がって・・・のっかっているのは先日導入した新スピーカー、つまりここに元気よくおっ立っているのはスピーカースタンドなんですよ(^^;DVDなど映像系に使用しているアクティヴ(パワード)スピーカーをのせるのに適当なスタンドを探していたんですよ。高さがちょうどよければ安いのでいーや、とほぼモデルも選定済みだったんですけどね、それよりも高級品なれど、たまたま展示品でお安くなっていたものがありまして予定を変更して購入しました・・・って、これまでいろいろ使ってきたスピーカースタンド、どれもこれもあらかた値引率の大きい展示品でしたなあ(^o^A;

現在自宅及び出稼ぎ先で常用しているスタンドは3組6本、どれも3本脚。実家にもうひと組あって、これのみ1本脚。3本脚3組のうち2組は支柱に砂をつめているんですが、砂をつめて音がよくなったかというと微妙。上にのせるスピーカー次第。だから残るひと組の支柱は中空のまんま。叩くと鳴きますが、この鳴きも想定しての音造りかな。いや、このスタンドがまた結構悪くないんですよ。

今回入手したものは、1本脚、支柱にははじめっから微粒砂が封入されており、この支柱がマグネシウム合金製。天板・底板はアルミとスチールの貼り合わせ(?)で、どこを叩いてもコツコツと、共振はしっかり抑え込まれています。ねじはスピーカースタンドにはめずらしく、六角レンチでないプラスねじ。天板・底板とも4点止め。展示品とあって組み立てられた状態で届けられましたが、かなりしっかり固定されているのは、shopでちゃんとチェックしてきたんでしょう、しかも店頭で見たときよりかなりきれい、梱包前にクリーニングしましたな(^-^*さすが♪

映像系のアクティヴスピーカー用にするつもりだったんですが、やはりまずは新スピーカーをのっけてCDを聴いてみたくなるのが人情です。中空末広がり3本脚スタンド(笑)と交換してみました。底板には鈍角のスパイクをセットするようになっていて、スパイク受けはとりあえず手持ちで余っている鋳鉄製、4点だからガタ取りは慎重に・・・。

ここで言っとかなければならんことがありまして、じつはCDプレーヤーの調子が悪くて、いまアンプにはポータブルのCDプレーヤーがつながってンの。いつぞやupしたこともある英国メーカー製(たぶん工場はチャイナだろうけどな)で、クラシックが聴けるなかなかのバランスのよさが貴重、とはいえ、やはり彫りが浅くて解像度も低く、音場感という点ではかなり厳しいものがあります。つまり常用のCDプレーヤーのようにはいかない。ところがね、スタンドを換えたらこのポータブル製でも音場感の片鱗らしきものが見えてきたんですよ。つまり、スピーカーにへばりつき気味の音だったのが、三次元的に空間に浮かぶようなimageに近づいた。さらに低音がズンドコ。うひゃぁ、まいった。

グッと重心が下がりましたね〜といって、濃厚な味付けというわけではなくて、スピーカーの能力が引き出されてきたみたいです。見た目にもすっきりしていていいスタンドですね(^^*




2010.04.11 sun



この俳優さん、クラシック音楽好きならその父親の方をよくご存知のはず。カール=ハインツ・ベーム、そう、指揮者カール・ベームの息子さんです。

「血を吸うカメラ」Peeping Tom(1960年・英)、興行的には大失敗、批評家には「変態映画」とのレッテルを貼られて監督のマイケル・パウエルは失脚、見る影もなく落ちぶれ果てることとなった映画ですね。主人公マークは少年期のトラウマにより、死の恐怖に怯える女性の表情をカメラで撮影しつつ殺害する・・・こりゃたしかに1960年のイギリスでは非難囂々でしょうな。その後一部ではカルト的な人気を得て語り継がれてきたわけですが・・・。

・・・ですが?(^^;

傑作!

ひさびさの絶賛モノですか?(^^*



1960年公開ということで、やはり同年公開されたヒッチコックの「サイコ」と比較されることの多い映画ですね。少年時代のトラウマが・・・ってあたりはたしかに同じ。「サイコ」では被害者の恐怖が描写され。「血を吸うカメラ」では加害者の心理的葛藤が描かれる・・・なんて違いもよく言及されるところ。

思うに、ヒッチコックは合理的に解決しなけりゃ気がすまないんですね。「サイコ」のラスト、ちゃんと精神科医が解説しちゃうでしょ。あれは謎解きの映画なの。そしてモノクロ映像によって赤い血を見せないなど、下品だの残酷だのと世間に非難されないように、あらかじめ手を打ってある。その結果できあがった映画を格調高いといっても別に間違いではない。ただ、ちょっとテクニックとしての振る舞いが目立つのもたしかですね。

一方で「血を吸うカメラ」は謎解きでもなんでもない、はじめから犯人は分かっているし、主人公の過去になにがあったのかについても「ほのめかし」ながら、かなり早い時点で語られている。しかしその原因によってなぜ主人公が殺人を犯すようになったのかについては、必ずしも納得のいく謎解きはなし。もちろん、最後に説明してくれる医者なんか出てこない。そのへんは合理的でないんですよ。つまり非合理的で不条理な怖さがある。

ために、「サイコ」を観たお客さんは映画館を出ればオサレな喫茶店でお茶して(べつにラーメン屋で餃子をつまみに一杯やってもかまわんが)、「ああおもしろかった」でおしまい。サイコさんなんて映画のなかの話であって、おとなりさんやましてや自分自身のなかに狂気が忍び寄る恐怖なんて、てんで感じることはない。対して「血を吸うカメラ」は他人事ではない、狂気がいまの自分の身とすれすれのところに存在しているのではないかという怖さが後味に残るんですよ。「サイコ」を観ていると「うまいな〜」と思うけど、「血を吸うカメラ」だとテクニックを超えて、主人公やヒロインへの感情移入の度合いとも無関係に、恐怖が迫ってくる。もっと言っちゃうとね、どんな恐ろしいstoryや映像であっても、我々映画を観ている側というのは常にその身を安全圏においているはずですよね。その安心感をも脅かすのがこの映画なんですよ。

この映画のなかでの鏡の使い方にも通じるご指摘ですね

映画のなかで視線とか見ることへの偏執ぶりが強調されているシーンってめずらしくないし、その偏執自体をテーマにしている映画も結構あるんだよね

ヒッチコックとの比較で言えば、
古典主義に対するロマン主義といったところでしょうか、「血を吸うカメラ」は早すぎたんですね

現代に至って評価されるのも当然の出来映えだよ


カラーの色彩、カメラワークなどは文句なしに優れたものですね。俳優、女優の演技もすばらしい。上の画像は主人公マークに好意を寄せる娘ヘレンが、マークの撮影したfilmを見てしまうシーン。6〜8カットくらい並べようかとも思ったんですが、最初と最後だけにします。あたしゃこのシーンで鳥肌が立って背筋が寒くなり、またこの映画に似合わぬ反応かもしれませんが、感動すらしてしまいましたよ。先日廉価DVDが発売されたので、ぜひとも左の表情が右の表情に変化してゆく様をご覧あれ。

血も殺人シーンも出ない、映らないというので、残酷場面を期待される方は肩すかしを食わされそうですが・・・

まあ、現代は刺激には事欠かないからね〜でも、そこまで映像(や音とか)でサービスされないと怖くない(怖がれない)というのも、ひとの趣味は様々とはいえ、いささか感受性の欠乏症状と言わざるを得ないような気がするね(^^;



ちなみにポスターなどでも使われて、よく見かけるのがこのカット。じつはとんでもないネタバレ映像(シーン)なんですよね。しかしながら、おそろしく効果的かつ戦慄的な映像ですね。




2010.04.10 sat

けふ、定位置のスピーカーをS社のものに戻しましたよ。一聴してスピード感は後退、いわゆるパンチのある音とは対極にある、あくまでソフトタッチな響き、とくに低音の甘さ。エッジはやや丸みを帯びて、刺激感皆無。音場は2本のスピーカー間に浮かびあがって、左右を結ぶ線上より奥に展開、だから直接音に対する響きの割合が増して、オフマイク録音のような距離感が印象的。じつはこれがHoffmannにとってはいちばん大事。もちろん新しいスピーカーでもこのへん配慮したセッティングを試みて、それなりの再生にはなっていたんですが、それでも1ヶ月足らずでエージングが完了とはいかず、さすがにS社の方は、昨日今日導入したスピーカーとはちゃいます、ってなところでせうか。

う〜ん、最近知り合った新鮮かつ刺激的な愛人から、安心して家事をまかせられる正妻のもとに帰ってきて癒されてるみたいですなあ(笑)

精細なのは新しい方、でも正妻はS社というわけですね(笑)しばらく聴かれてから、CDプレーヤーとアンプを接続しているケーブルを交換されましたね。これはやはりスピーカーの傾向に合わせて・・・?

そ。新スピーカーならナチュラル系の親出、S社なら小股が切れ上がった系の(なんだそりゃ?)安久路鈴区がおもしろい(この組み合わせでなければぜったい駄目、というこだわりがあるわけではないのよ)。それにスタンドの位置も変わっている。新しい方ではスピーカーの間隔をやや狭めていたけど、S社はもっと広め、セッティング位置での内振り角度は同じで聴く位置は変わらないから、S社がより内に振られていることになる・・・

Hoffmannさんはスピーカーの外側にまで音を広げる必要はないんですね。極端に言えば、音場感はstereoよりもmonoふうというか・・・サラウンドとかマルチチャンネルに関心がないとおっしゃるのも納得ですよ(^o^*

きょうの晩ごはんは皿うどんですよっヾ(^∇^*




2010.04.09 fri

このところ、やたらピアノ音楽のdiscを聴いています。ドビュッシーやバッハあたりはともかくとしても、ショパンやらシューマン、あろうことかめったに聴かぬベートーヴェンまで。ショパンなんて、ここ1ヶ月くらいの間に、これまでの1年間分は聴いたんじゃないかな。

いや、原因はわかってンの。2010.03.11 thursあたりから数日間に取りあげた新しいスピーカーのせいなんですよ。スピード感ある装置って、ピアノがいいんですな。程度の問題はあれ、やっぱり装置がdiscを選ぶってことはあるんですよ。

ピアノ作品のdiscからジャケット絵を2点ほど―。



かわいいですね(^^*「幸せな家族」



こちらは有名ですね。「尼寺へ行けーっ」

きょうの晩ごはんはオムレットですよっヾ(・∇・*




2010.04.08 thurs

昨日チャイコフスキーの交響曲第6番のdiscが出てきましたね。この曲のさまざまな演奏については、いろいろ語ってみたいと以前から考えていました・・・が、そう言ったからといって期待して待つひともおらんだろうし、手許にあるdiscをもう少し聴いてからにしたいので、本日は第4番と第5番のdiscについて―。


左はヘルマン・アーベントロート指揮ライプツィヒ放送交響楽団による第4番の東独ETERNA盤。これは以前にもCDを取りあげましたっけね。ほかの指揮者ならここぞとばかりに濃厚な表情をつけるところ、あっさりスルーしてしまう、ために禁欲的というか、sentimentalに堕することのない厳しさが勝ってる演奏です。さらにmono録音であることも作用してか、終楽章にも派手さはありません。Hoffmannの好きな演奏です。

右はジークフリート・クルツ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる第5番、同じく東独ETERNA盤。劇的効果を狙えばいくらでも効果を上げられるという点では第4番と同様の音楽ですね。でもこの第5番って、Hoffmannはあまり好きじゃない。どうやってもチャイコフスキーの俗悪なまでのsentimentalismが横溢するのがちょっと耐えられない。でもこの演奏は作品そのものが語るところにまかせて、劇的な効果を演出していないのが好感の持てるところ。それでいて即物的にならず、たいへんいい意味での模範的な演奏ですね。




2010.04.07 wed



Bohuslav Martinuボフスラフ・マルティヌーといえばこのdisc、“Les Fresques de Piero della Francesca”「フランチェスカのフレスコ」ピエロ・デラ・フランチェスカのフレスコ画「聖十字架物語」に霊感を受けて1955年に作曲された作品で、初演指揮者ラファエル・クーベリックに献呈されています。この1956年8月26日のザルツブルク音楽祭のlive録音は、その初演Urauffuehrungの記録ですね。オーケストラはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。ちなみにカップリングされているのは同日の演奏会からチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。

20分弱の作品なんですが、もっと聴いていたいと思わせる、旋律の美しい近代の名品。演奏はと言えば、何度も使った表現でまたかと言われるかもしれませんが、青白い炎がちろちろ燃えているような、初演ならではの熱気と気負いが貴重な記録です。その意味で特別な演奏。
もっとも「悲愴」になると、いきなりオーケストラがのびのびと自発性を発揮するのはご愛敬。




2010.04.06 tues

交響曲ってのもたまにはいいもんですね。

先日「幻想交響曲」のレコードを取りあげたばかりですよ〜(^o^;



ま、どちらかというと
交響曲という音楽ジャンルに対してはやや敬遠気味のHoffmannですが、それというのもほとんど聴く側のひとりよがりによるドラマ性の投影がうさんくさいから。たとえばベートーヴェンの交響曲第5番のいわゆる「運命」、こんな表題が付いているためもあるんでしょうが、苦悩とか闘争から勝利に至る、なんてimageがありますよね。マーラーの交響曲やショスタコーヴィチのそれにだって、そうした「思いこみ」じゃないかというような聴き方が蔓延している。音楽をことばで表現するために暗喩で言っているのならまだしもなんですが、どうなんだろう、ちょっと滑稽なくらい、歓喜だの絶望だのと「解説」されすぎてやしないでしょうか。ロマン派の音楽なら多少は許せるかな・・・というか、ベルリオーズやマーラーならそもそも作曲家が意図したドラマ性なのでかまわない。ベートーヴェンも第9番となるとことばが入ってきてしまうから仕方がない。でもね、ご都合主義的なうさんくさいドラマ性が背後霊みたいにへばりついている音楽なんて、あまり積極的に聴きたくはなくなっちゃったんですよ。


あまり(自分が)よく知らない作品ならそういったsentimentalismが関わってこないので、気になりません。上のお写真はヴォーン=ウィリアムズ、フローラン・シュミット、マルティヌー、マニャール、バックスなどの交響曲全集のdisc。このあたりになると、ひとりの作曲家による交響曲といっても一曲ごとに作風異なり多彩。聴くひとによっては作品によって出来不出来の差が激しいと思うかも。

さて、優美はこのなかでどれが好み?(^^*

どれもいいと思いますけど、しいて選べばマニャールとマルティヌー・・・ですね(^o^*

花ちゃんは?(^^*

丸てぃぬーさんの箱がおしゃれですねっヾ(^∇^*





2010.04.05 mon

先日audio shopをのぞいたところ、鳴っていた音がなかなかいいものでしてね、それは中古品のスピーカーだったんですが、店員氏と話し込んで、やがて接続替え・・・また別な装置を・・・と、どれもいい音。もちろん、自宅に導入して使おうとなると、そこには厳然とした好みがあって、それが判定基準となるのは言うまでもないんですが、一歩退いて鑑賞するブンには、Hoffmannの場合、「絶対にこれでなければ駄目」というようなことはなくて、どれもこれもその持ち味は魅力的と聴こえます。つまり、一対一比較をしない限りにおいては、短所なんかにゃ気が付かない、気が付かないということは、そも短所なんか存在しないんじゃないかってことです。おかげでaudioに関しては幸せです(笑)

もちろん、我が家の音もいいと・・・(^^*

自慢するわけじゃないけど、そのshopの店員氏がウチに来たとき、音を聴いて「へぇーっ」って感心してるのよ。「そんなに高級品じゃないでしょ」って言ったら、「いや、もっとハイエンドな装置を揃えていてもぜんぜん鳴らせていないひとが結構いるんですよ。このスピーカーとアンプの組み合わせははじめて聴いたんですけどね・・・ちゃんと○○○だし、△△△に鳴ってるし(以下略)」って、スピーカーまわりやアンプ、CDプレーヤーの背面まで乳房・・・じゃなくてつぶさに観察して、使っているインシュレーターとかケーブルとかその効果について、いろいろ質問された(^^;

○○○とか、△△△に鳴っている、というのはお世辞ではなさそうですね。じっさい、そのあたりがHoffmannさんの装置の特徴ですから(^^*

つまりね、Hoffmannの場合、そこんとこがクリアされていれば、たいがいの装置は魅力的に聴こえるということなんだな、と気が付いたわけなんだよね

自慢も謙遜もお嫌いなHoffmannさんのことですから、おっしゃりたいことはわかりますが・・・

おめでたい、幸せな奴だと言われてもかまわんよ。おめでたいならそれに越したことはないし、ふだん聴いている音に不満がなくて幸せならそれ以上に結構なことはないじゃないか(笑)

さすが「屁理屈大魔王」ですね〜(^o^;

(笑)よく、自分の装置に不満があるとしきりに言うひとがいるけれど、事大主義的というか、たかがaudioという手段に過ぎぬものに求道精神(ぷぷっ)を持ち込んで、それに基づく向上心を演出しているんじゃないのか? それを恥ずかしいとか滑稽だとか感じない低劣で幼稚な精神が、たとえばゴミとかいう程度の低い作家の愚劣きわまりないエッセイや、audio雑誌の「記事」という名の広告に対する人気を支えているんだと思うけどね




2010.04.04 sun

若い友人が近々結婚する、とは昨年のうちに聞いていたんですよ。それをHoffmannに伝えた男によれば、相手の女性がだれなのかもそのときちゃんと言いましたよ、とのことなんですが、スマン、すっかり忘れておった(いや、忘れたんじゃなくて、そもそもおぼえていなかったんですな)。で、その若い友人と、彼が結婚する予定の女性を前にして、「ところでキミ、だれとケッコンすんの?」とやってしまいましたよ。「知ってて訊いているんでしょ・・・?」「知らんから訊いてるんだよ」

「相手はニンゲンの女かね?」とか「はは〜ん、できちゃったんだな?」なんてやらかさなくてヨカッタヨカッタ(^o^A;

ちっともよくありませんよ〜(((;^o^)σ)~0~)/プニッ♪

さて、ストラヴィンスキーでも聴きましょうかね

〜♪

ピアノが打楽器みたいですね〜(^^*




2010.04.03 sat



最近観た映画はこのへん―。どれもたいしたことはない。

なかよしさんにんぐみですかっヾ(^∇^*




2010.04.02 fri



このおじさま、ルターさんですかっ?ヾ(・∇・*




2010.04.01 thurs

座右の銘なんてものは他人に語るものではない、自分で自分を律しているのならばそれで充分、なにも(自分を偉く見せようとして)声高に宣伝するこたぁない、とはこれまでにも言いましたな。歴史上の偉人がたとえば臨終に際に一家言吐いて、それがいまに伝えられたりしているけれど、なに、あれだって別に後に続く若者たちやら後世の同じ道を歩もうというひとたちのために、参考になるありがたいオコトバを残そうなんてつもりだったわけではあるまい。

先日、職場を離れてゆく若いひとの前で「人生、なるようにしかならん」と言ったら、餞別のことばとでも思われたのか、「書きとめて覚えておきます」なんて言われちゃった。お世辞かもしれんが、しまった、もっと気の利いたことを言えばよかったわい、と思ったものの、後のまつり。

一応付け加えておくとね、「なるようにしかならん」というのは、可能な限りの努力、挑戦、回避でも逃亡でもいい、とにかくやってみた結果に対する判断なんですけどね、努力も挑戦もしないのも選択肢としてあり、なんですよ。つまり、なるようになった結果を自分で引き受けるってことなの。

もちろん、こんなの座右の銘でもなんでもないことはことわるまでもありませんぞ。

ちなみにHoffmannさんには「努力」なんていうことばは似合いませんね(^^*

努力なんてしないなあ。ま、そのくせ簡単には諦めない、というところはあるんだけどね(笑)