monologue 2010.06

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2004.12




2010.06.28 mon



別に立派なことを語っているからいい本だとか、すぐれた人物だとかいうわけではありません。本来の自分自身で、自分のことばで語っているから読むのですよ。あったりまえのことなんですが、世のなかにはそれができていないひとがたくさんいて、そんな本があふれているのです。Hoffmann自身は無知無教養なので、せめて読む本くらいはまともなものを選ばなければ、やがて来る人生の結末が不幸なものになってしまいますからね。

逆に言うと、自分を無知無教養と感じさせてくれるような他人の思考を求めているということではありませんか?




2010.06.27 sun

下のお写真のうち1本は最近購入したもの。あまり気に入ったんで自宅と出稼ぎ先にと、同じものをもう1本買っちゃいました。また1本はぜんぜん気に入らず始末に困っていて(笑)、もう1本はとにかくソフトな音で聴きたいとき用。



Hoffmannはいわゆる「電線病」ではないので、ケーブル類は必要があると安いものを入手する、そうこうするうちに何本か余ってしまったものもある、という程度です。

・・・と、そんなことを言うと、それこそ「電線病」も重症で、高価なケーブルをあれこれ挿し替えているマニアを莫迦にしているんだななんて思うひとがいるんですな。どう解釈しようと勝手ですが、断っとくけどそんなこたぁ言ってもいないし、書いてもおりませんからね。ケーブルがたくさんあろうと、ゴチャゴチャしていようと、Hoffmannは「軽蔑」もしなけりゃ「感心」もしませんよ。そんなものは各人めいめいお好きなようにおやりになればいい。電線とっかえひっかえもいいじゃないですか。Hoffmannはエッラッソーに「かくあるべし」とか「あーゆーのは感心しませんな」などと、自分の考えを押しつけるつもりは毛頭ない。考え方やスタンスが自分と違うからといって莫迦にする理由にはならないのですよ。

ヒトラーは菜食主義でしたが、自分の真似をしてワタシも菜食主義でございます、という連中を思いっきり莫迦にして軽蔑していたんですと。




2010.06.26 sat

職場で若い男がふたり、幽霊は実在するかしないかで意見が割れていました。Y君は「いる」と。対するT君は「それならここに連れてこい、そしたら信じてやる」と―。なんだか小学生みたいですな(笑)そこを通りかかったHoffmannが意見を求められまして、返事はもちろん「ンなもん、いるわけないだろ」。すると、幽霊実在説のY君が「一般に、教養のあるひとの方が超自然を信じるっていいますよ」とかぬかしてやんの。で、信じないT君とHoffmannは声を揃えて「おれ、キョーヨーなんかねえもん」(笑)

そういや、○ウム真理教の事件のときも、結構高学歴の連中が信者になっているとか言われてましたな。ナーニ、教養とか知識ってぇものは、じっさいに「ある」ものではなくて、他人に対して「あるふり」をするものなんですよ。そこらじゅうにあふれているblogなんか見てごらんなさい。読者は不特定多数の会ったこともないひとたちがほとんどのはずなのに、どうしてこうも中身のない見栄を張らなきゃいられないのか、不思議です。せめて自分のことばで語ることができないのか、と。

身びいきと言われるかもしれませんが、Hoffmannの知っているドールサイトにはそんなひとはいないんですけどね。ドーラーって、素直なひとが多いのかな(言うまでもないが、Hoffmannを除く)。

ドーラーのみなさんって、気取りのない方が多いんですよね(^^*




2010.06.25 fri


Hoffmannは決してケチん坊だから貧乏くさいのではなくて、じっさいに貧乏であり、かつケチンボなのです(貧乏なのでケチ、というわけではない)。だからかえって、欲しくて欲しくてたまらないというモノがあまりないんですね。

貧乏であるが故の無駄のなさ、っていうのも否定はできないんだよね

どういうことでしょうか?


たとえば京○ラがContaxブランドのfilmカメラをやめたときだけどさ、もしもHoffmannが経済的に恵まれておれば、当時市場に残っていたレンズなんか、さぞかし買いあさったもんだと思うんだよ。で、きっと1年かそこらで全部売り飛ばしていたに違いない(^^;Hoffmannの老父の教えなんだけど、どうしても欲しいと思っても1ヶ月か2ヶ月我慢してみろと・・・

それでも欲しいものなら仕方がないというわけですね

うん。だけど、我慢している間に興味が失せてしまうものも結構あるんだよね(笑)




2010.06.24 thurs



今般自宅に帰った際に、以前から興味を持っていた針圧計を導入してみましたよ。こいつぁお手軽でいいですなー。

我が家のアナログプレーヤーに取り付けられたカートリッジはごらんのとおり設計の古い重針圧タイプ。基本的に3.75gに設定して、さらにこれよりほんのわずか重めとしたつもり。トーンアームはナイフエッジで慣れていないと必ずしも調整が容易ではないものの、さすがに××年も使い続けているので、コツはつかんでほぼ意図したとおりに調整できているはず。

さっそく測ってみると・・・3.84gと出ましたな。この針圧計の測定精度は0.02gとされているので、ほぼ正しく調整されていたと言っていいでしょう。で、せっかくだからいろいろ試してみようと、もう少し重めの3.90gにしてみると、弦楽合奏がしっとり。ピアノはボテボテの寸前。逆に3.30gとすれば弦はやや軽く明るくなるものの、ピアノの粒立ちがよくなる。もとの3.84gに戻してから微調整の結果、現時点では3.80gで落ち着いた梅雨空の夕暮れ時。

そういえば以前、電源の極性もテスターで確かめてみれば、全部きちんと合ってらっしゃいましたね

それは自慢するほどのことじゃない。ちょっと試してみればすぐにわかるよ。あまり真剣になって違いを聴き取ろうとかするよりも、適度にリラックスして聴くのがコツかな




2010.06.16 wed

しばし休みますよ。




2010.06.15 tues



勘のいいひとならここ数日の流れから当然の帰結としてこの本が登場することは予想されていたんじゃないでしょうか。とりわけピコ・デッラ・ミランドラについてなにかを読む際には必要不可欠。単に芸術解釈の書として読んでもおもしろい。昨今のなんとかいう底の浅いくだらぬ映画など観て時間をつぶしている場合じゃないんですよ。

秘儀すなわちmysteriesですね

そういえば以前ルネサンス関係の本を読んでいたら、イタリア・ルネサンス運動で言われるところの人文主義を、すべて「ヒューマニズム」と英語表記してあった。日本人には「人道主義」と誤解を受けるんじゃないのかなあ


ええと・・・「ユマニスム」とするべきところでしょうか?

それじゃフランス語だよ(笑)ここは「ウマネシモ」が正しい


それこそ日本人には馴染みのないことばではありませんか?

Hoffmannなら最初のページで「人文主義」に「ウマネシモ」とルビをふって、その後は「ウマネシモ」で通すね




2010.06.14 mon


ヴァザーリの「ルネサンス画人伝」(正・続)、ウォルター・ペイターの「ルネサンス」―美術関係には・・・じゃなくて、とりわけ美術関係にもてんで無知なHoffmannですが、一応このあたりは読んでいます。一昨日のピコ・デッラ・ミランドラはウォルター・ペイターの本で一章が割かれていますねヴァザーリ正篇にはウッチェロの章あり、続篇にはヤーコポ・ポントルモの名前があって・・・



ポントルモといえばこちら―ポントルモが晩年の約2年間に書き残した日記です。なにを食ったの食わなかったの、今日はこんな大便が出たとか、天気がどうだから仕事がはかどるとか・・・そんな内容。生々しくも静謐感漂う思索。イタリアでは1984年に再刊されて、Hoffmannが持っているのは1988年に出たドイツ語版。デューラーの影響を受けて、それがために非難されもした画家の著作(一次資料)なんですから当然と言えば当然ながら、さすが翻訳大国ドイツです。一般的には我が国も翻訳大国とは言われているらしいんですが、こういった本を出すようでないとね。




2010.06.13 sun



ルネサンスの画家が登場する小説といえばこちらはパオロ・ウッチェロの架空の伝記。この本、以前にもupしましたっけね。ひさしぶりに再読。昨日の小説が「時代」(「社会」というより)を描いている、そのスケール感には及ばないが・・・。

なんにせよ、こうした小説は虚々実々の混合加減が勝負。その点で高度な完成度を誇るのは、ほかならぬ我が国の山田風太郎ですね。


×馬×太郎はいかがですか?

あんなの「小説」と呼べるほどの文芸作品じゃないよ。登場人物も血の通っていない切り紙細工だ

きょうのおかずは焼き鳥ですよっヾ(^∇^*

天才というものは一羽の鳥を持っている(einen Vogel haben)ものなのだよ( ̄- ̄* (・∇・?




2010.06.12 sat



15世紀フォレンツェを舞台に、ルネサンスの画家ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラの生涯を描いた小説です。いわゆる「コスチュームもの」に弱いHoffmannですから、ロレンツォ・デ・メディチ、サンドロ・ボッティチェリといった歴史上実在の人物が続々と登場するとタマラんのです(^^*無知無教養なHoffmannが読んでもおもしろい小説。




2010.06.11 fri



Peter Wapnewskiの本にあったんですが、歴史上の人物でそのひと(と業績?)について書かれた本がいちばんたくさん出版されたのはイエス・キリストで、次点が長らくナポレオンだった・・・ところが21世紀を待たずしてRichard Wagnerがナポレオンを抜いて第2位になったんだとか。

上のお写真は直接Richard Wagnerやその作品について論じているわけではありませんけどね。いろいろ教えられることも少なくはないんですが、あまり下世話な情報など、知ったからといってどうということもありません・・・って、こりゃいかにも下世話な話題が満載です。作品の受容史としての側面から読んでみれば・・・あ、ナーンダ、さほど目新しいことも書いてないなあ。

Hoffmannさん、きょうのおかずはいかげそですよっヾ(・∇・*




2010.06.10 thurs



貧乏だけど、本だけは買う。




2010.06.09 wed

あまり音楽ネタは取りあげたくなくなってきた。webを漂流していて、音楽的に納得のできる音楽話がほとんど見つからない。演奏会の「感想」あたりはいいんですが、disc批評となるとあまりにもひとりよがりが過ぎると思えるものばかり。ただ「いい」とか「ダメ」とか言ってるだけ。「○○は××より100倍いい」などと根拠不明な数字を持ち出したり、「聴き手の感性は千差万別」と予防線を張って、私に言わせれば」なんて言い回しを多用する。「ざっくりした言い方ですが」なんてのもそう。「ざっくりした言い方」てのもいまひとつ意味不明なんですが、自分の主張を通したいのなら手を抜かないで、ちゃんと説明しなさいよ。ま、たぶん自信がないからそんな逃げをうつんでしょうな。ともあれ、音楽的に納得・理解できる、せめて説得力のある「感想」でも開陳してくれているなら結構なんですが、「貧相、貧弱、貧乏くさい」なんてことばが並んでいるだけというお粗末。また、ファンの「贔屓」がほほえましいのも程度の問題。そこらへんのゴロタ石みたいな演奏家を「×××年にひとりの逸材」だなんて、これ、ホメ殺しの皮肉? 本気ならもはや滑稽の域。

翻ってみれば我が家の場合も、そこにはタブーとしている言い回しなど、厳格な規則があるんですが、それ自体がひとりよがりといえばそれまで。音楽談義(ヒョーロン)なんてコバヤシヒデーオッサンだとかヨシダヒデェーカズのムカシからこれっぽちも進歩していない。度し難いsentimentalismが横溢するコエダメもどきの世界。ああ、おれもたいして変わらんな。嫌だ嫌だ。



# お写真は本文とはほとんど関係ありません。




2010.06.08 tues

思い違いによる誤った情報とか理論・理屈を垂れ流している場合、それが本当の意味での誤解や無知そのものから生じていることはめったになくて、ほとんどは知ったかぶりがその原因
なんですよ。Hoffmannを含む多くのひとは、生半可な知識を濫用して、支離滅裂な事態を収拾できなくなっている魔法使いの弟子なのです。




2010.06.07 mon

我が家のオーディオアクセサリーをご紹介―。



はあ・・・どう音に効くんですか?(^o^;

適度にしみこませると(装置に、ではなくてHoffmannに)、音が良くなるんだよ(^^*

適度に・・・って、たいがい最後はわけがわからなくなってしまうんじゃないですか?(((;^o^)σ)~0~)/プニッ♪

・・・で、どうして2本並んでいるんですか?

えー、あのその・・・まあ、オムツみたいなもんで・・・(^^;

昼用と夜用ですねっヾ(^∇^* (^o^A;昼酔う、夜酔う




2010.06.06 sun



左上になにか写っていますね〜(^o^;

Hoffmannさん、あんまり飲みすぎちゃだめですよっヾ(・∇・*




2010.06.05 sat



まあ、この分野ではmajorながら、そもこのジャンルがminorなので・・・。

つまりなにを言いたいのかというと、物事、自分が知っているから他人も知っているだろうという前提で語ってはいかんということです。それより悪いのが、自分が知らないだけで「隠れたなんとか」とか、「無名の何々」呼ばわりすること。Hoffmannもこのhomepageで―いま読み返してみれば―たぶんやっておる箇所が少なからずありそう。気をつけにゃあいけませんなあ。

ところで、「ウルトラセブン=護法童子」説ってのを考えたんですけど・・・いや、べつにウルトラマンでもいいんですけどね、だれかもう先に思いついて文章にしてるひと、いますかね?




2010.06.04 fri



audioシュミを、あたかも生涯をかけたかのような一大事として語るひと、よくいますね。テマエがやりたくてやっているだけのオアソビに過ぎないのに、これを自らに課せられた試練の如く語るのは、たとえば大蔵大臣(もう死語かもしれんが、奥さんのことな)へのへたくそな言い訳なのか、audioというママゴト遊びに、真摯な求道精神をもって取り組んでいるという気取りは、尊大にして幼稚な精神の産物。そういうひとはゴミとかいう男が自慰行為の果てに吐き散らかした汚物(audioエッセイのことだ)でも崇め奉っておればよろしい( ̄- ̄) (^o^;それくらいにしておいた方がいいですよ〜

・・・で、上のお写真をupされた理由は?(^^;


えーと・・・・・・忘れた(笑)




2010.06.03 thurs

インド起源の仏教という宗教が伝来してこのかた、たとえば「日本霊異記」以来、日本の怪談は仏教の影響かを逃れ得なかったと言っていいでしょう。中国からと伝わった怪談話にしても、仏教風味が加えられていますよね。長い時を経て明治維新で西洋文明が流入してきたとき、彼の国のはるかにすぐれた技術力をほとんど無条件に取り入れてしまったのに、なぜかキリスト教はそっちのけであったのは、これは日本国民にとってたいへん幸運だったと思うんですけどね。ところが文学の世界ではこの科学万能主義に追随するかのように、自然主義文学が台頭して、いやもうそればっかり。キリスト教の影響は逃れたけれど、仏教も国民の生活からは遠く離れて日陰ものの身に、いわんや古来からの土俗的な信仰に至っては―維新政府は神道を国家宗教としたけれども、それは看板の付け替えに過ぎない―「迷信」の名のもとに空虚な抜け殻と化してしまったわけです。

そうした流れのなかで、十数世紀を超える蓄積を放棄することなく、その命脈を保ち続けさせたところに、泉鏡花や幸田露伴のおもしろさというのがあるんじゃないでしょうか。






2010.06.02 wed

「千一夜物語」、
「カンタベリ物語」、「デカメロン」などを拾い読み。

パゾリーニからの連想ですか?(^^*どれも枠物語ですね

Hoffmannさん、ラーメンが煮えましたよっヾ(・∇・*




2010.06.01 tues

眩暈の5月も終わり、飢渇の6月はこのあたりの話題から・・・



〜♪

フォレのヴァイオリン・ソナタのレコードだな。ジャケットはモネの「睡蓮」だ

刻々と変化してゆく陽光の反射を描いたといわれる連作ですね

でも、刻々と変化するうちの「瞬間」を写しとっているんじゃないかと思うんだけどね

時間軸を感じさせませんか?

瞬間だからこそ、そのうつろいゆくさまを感じさせるんだろうな・・・水面や睡蓮の葉とか花の反射がね

〜♪

・・・睡蓮って、晩になると光りますのね。露ではなく、花びらが光るんですわ(-_- )Hoffmannさん、ビールはいかがですか、飲み残しですけれど

・・・えっ?(・・;おいおい、優美・・・

仝√♀☆→〒※◎々〆

! ( ̄0 ̄;いえ、いえ。違ひます・・・花ちゃん、おいで。早く・・・  (・∇・*))))

ああ、幼稚園に行って、ゐないんですわ
( ̄o ̄;  (・∇・?  ( ̄□ ̄;

( ̄- ̄* ・・・・・・((((*・∇・) ( ̄o ̄A;

(^o^* お骨をちょーだい♪(*^∇^) Σ( ̄□ ̄;;;