monologue 2010.09

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2008.01
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2004.12




2010.09.31 Σ( ̄□ ̄;

DX-3
CDP-101
DCD-2000
DAD-1000
CD-63
XL-V1
P-D1
SL-P10
DP-101
CD-1
CD-803
XR-Z90
L-03DP
DX-5

以上、なんだかわかるひとはいるかな?(^^*

CDプレーヤーの型番のようですね(・・*

正解。我が国において各社から発売された、CDプレーヤーの第一世代機の型番だね。メーカー名と定価は次のとおり―

シャープ DX-3 165,000
ソニー CDP-101 168,000
デンオン DCD-2000 189,000
Lo-D DAD-1000 189,000
マランツ CD-63 189,000
ビクター XL-V1 189,000
パイオニア P-D1 198,000
テクニクス SL-P10 198,000
ダイヤトーン DP-101 248,000
ヤマハ CD-1 250,000
NEC CD803 215,000
オーレックス XR-Z90 225,000
ケンウッド L-03DP 240,000
オンキョー DX-5 250,000

いや、先日某shopでおもしろい会話を小耳に挟みましてね。若いんだか老けてるんだかわからんようなお兄さんが、店員に「さいしょにCDプレーヤーが出たときは高くて買えなかった。なにしろ値段は各社横並びで全部250,000円だったんだから」と言っていたんですよ。これにはHoffmannも「あれ?」と思いましたね。そしたら、その場にいたもうひとりのお客さん―これはあきらかにもう少し年齢がいってそうなオッサンなんですが、「250,000円だったのはヤマハとオンキョーだけですよ。たとえばソニーは168,000円でしたよ」と口を挟んだの。そしたらお兄さん、わかってないなあといったちょいと上から目線の得意気な調子で、「あ、それは第三世代機ですね(エヘン)最初は全部250,000円横並びだったんですよ」と―。

「それは第三世代機ですよ」だなんてずいぶんと具体的かつ念の入ったコメントからして、これ、決してホラ吹きではなく、また単純な思い違いでもなく、はたまた若年性の記憶障害でもなく、おそらく誤った情報を鵜呑みにしている結果なんでしょうね。オッサンのほうはもうめんどくさそうに苦笑して黙っていましたけどね。オジサン、アナタの言っていることが正しいのは後ろにいたこのHoffmannがちゃんとわかっていますよ。

それにしても、あのお兄さん、どこであんなとんちんかんな情報を仕入れてきたものやら・・・「横並び25マンエン」発言の直前にも「国内盤初のCDは定価3,000円」なんて言ってたし(正しくは3,800円)、きっとこれまでにも、そしてこれからも、自分より若い人たちにこの間違った知識を開陳して、さらにこの「横並び」先生のハナシを鵜呑みにしたひとはまたこれをだれかに・・・こうして歴史は歪曲されてゆくんですなあ。CDプレーヤー第一世代機の発売なんてそんなに昔のことでもないのに、このありさま。

以前にも言ったことがありますが、間違った情報というのは、うっかり勘違いとか記憶違いではなくて、「知ったかぶり」によって広まってゆくものなんですよ。

それにしても、Lo-Dとかオーレックスとか、NECのCDプレーヤーとか・・・あ、その後京セラも出してましたよね、懐かしいですね〜(^^*

えっ・・・(・・;な、懐・・・?




2010.09.30 thurs

去る9月26日、池内淳子死去とのこと。


新東宝「女吸血鬼」(1959)から―。


こちら同じく新東宝の「東海道四谷怪談」(1959)から。




2010.09.29 wed

自宅では、深更に至るとこのあたりのレコードを聴いていました。


小さめの音量でひっそりと鳴らし、耳傾けるのにふさわしい音楽ですね(^^*


フォレの歌曲集。モーラーヌとそのモーラーヌに師事した村田健司の歌唱で―。

これはいずれも以前取りあげたことがありましたね


フランクのチェロ・ソナタ。ヴァイオリン・ソナタのチェロ版ですね。左の瑞BIS盤はFrans Helmerson、右のcrd盤はRobert Cohenのチェロ。

私はやはりこの音楽はヴァイオリンで聴く方がいいかなと思いますけれど、深夜にチェロの落ち着いた響きで聴くのも悪くはありませんね
(^^*


ドビュッシー、左のBIS盤はヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタほか室内楽及び歌曲を収録した作品集。チェロ・ソナタは上のフランクと同じ奏者、でもこういったレコードはだれが演奏しているかなんてあまり意識しないで聴いちゃいます。右は国内盤ですがWestminster録音、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタにフルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタを収録。

Westminster盤はmono録音ながら、ジャン・フルニエ、アントニオ・ヤニグロら名手の表現が愉しめますね




2010.09.28 tues

セヴラック、シベリウスからバッハへ、そしてドビュッシー、ましてや高橋悠治、高橋アキの演奏で聴けば、さらにeccentricなピアノ音楽(演奏)へと手が伸びますな。


そこでバルト−クとシェーンベルクのピアノ協奏曲のレコードを。ピアノはピーター・ゼルキン、バックは小澤征爾指揮シカゴ交響楽団。バルトークが1965年、シェーンベルクが1967年の録音。1965年時点でP.ゼルキンが18歳、小澤30歳。いずれのレコードも、ゼルキンはひたすら情感表現に傾き、シェーンベルクなど、これがシェーンベルクか、と思わせるようなロマンティックな演奏で、これを小澤征爾がバランスよく支えているといった印象。ふたりのかなり異質な性向がぶつかりあうことなく、両立しているのはおもしろい。P.ゼルキン、小澤といえばその後1969年にはオーケストラをニュー・フィルハーモニア管弦楽団に変えてベートーヴェンのピアノ協奏曲(ヴァイオリン協奏曲の編曲版)を録音していますが、あちらは小澤征爾がゼルキンのテンポに従属してしまっていて退屈な演奏となっており、このバルトークやシェーンベルクの方が愉しめますね。




2010.09.27 mon

ちょっと自宅に帰ってアナログを聴いてきましたよ。今回はなぜかめったに聴かないピアノ音楽を中心に。そのきっかけはこちら。shopに行って見つけたDeoda de SeveracのCD2点―。


左は“Le Coeur du moulin”歌劇「風車の心」、Jean-Yves Ossonce指揮Orchestre Symphonique Region Centre-Toursほかによる演奏。右はジェラール・プーレのヴァイオリン、深尾由美子のピアノによる、「ピレネーの太陽」と題されたdisc。セヴラックが6曲、3曲がヴァイオリン曲、3曲はピアノ曲。もちろんヴァイオリン小品が貴重。ほかにファリャの「6つのスペイン民謡」、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、サラサーテ4曲で、トリはツィゴイネルワイゼン。セヴラック以外はお馴染みの名曲が並ぶ。生き伸びればこんな音楽を聴くこともできる、幸せだ。



セヴラックといえばポピュラリティを獲得しているのはやはりピアノ作品、お写真はチッコリーニのピアノ作品集。これはセヴラックに多少とも関心を持っている方ならおそらくよくご存知のdiscなんじゃないでしょうか。

さて、セヴラックを聴いたらその流れで次はなにを聴くか、マスネでもピエルネでもいいんですけどね、ここは微妙に趣向を変えてシベリウスのピアノ音楽―。



舘野泉によるシベリウスのピアノ作品集、東芝から出た4枚組です。これは以前にも何度か取りあげたはず。

お次は・・・セヴラック、シベリウスといったピアノ音楽から、Hoffmann的にはなんら無理も不自然もなく、バッハに流れ着いてちゃいます。


J.S.バッハのピアノ演奏、高橋悠治の、いずれもよく知られているDENONのPCM録音盤やポリドールの編曲集ではなくて、左はCBS Sonyの1971年録音、パルティータ第6番3声及び6声のリチェルカーレ、4つのデュエットを収録。右はもうひとつはコジマ録音のレコード、1974年の実況録音でジョン・ケージとバッハのトッカータ第2番という組み合わせ。まあ、ケージなんて聴きゃしないんですけどね(^o^;


高橋悠治のレコードを取り出したのでもう一枚、ドビュッシーの「映像」ほか。とにかく明晰。ブーレーズのドビュッシー(CBS録音のな)を聴くような印象。ちなみに右は妹さんの高橋アキによる「映像」第1集ほか。これまた明晰、ピアノの音(響き)に対する鋭敏な感覚。ひたすら思慮深い、知的な印象が強く、いや、これはちょっと知性が勝ちすぎているんじゃないかというくらい。その意味では兄悠治も相当な知性派でありながら、それと意識させることなく、常に自然体と感じさせるあたりがニクイね(笑)妹は「ムムッ」と傾聴させるが、兄貴は聴くひとに「自分もこんなふうに奏いてみたい」と思わせる自発的な愉悦感。





2010.09.26. sun

ちょいと出かけておりまして、本日帰宅。



性器表現じゃないよ(^^;




2010.09.21 tues


Francois Le Rouxによるフランス歌曲といえばこのへん―。
左からレイナルド・アーン、デュパルク、サン=サーンス。フランス歌曲における名バリトンはいつの時代もいるようでいて、やっぱり数少なく、限られており、貴重な存在です。上に挙げたなかではとりわけアーンがこの歌手の性向にふさわしいように思えます。サン=サーンスは作品自体に魅力が乏しいんですな(わっ、言ってしまった・笑)




2010.09.20 mon



Wagnerの“Parsifal”を聴いていて、ふとジョゼファン・ペラダンの短篇小説など読んでみる・・・



ペラダンといえば薔薇十字団、その関連でフランセス・イエイツの本など読みながらエリック・サティを聴いてみたり・・・。サティもLPならいろいろ持っているんですが、CDだとあまりない。それでもチッコリーニのピアノで聴ければ充分?


歌曲はねえ・・・LPならブルーノ・ラプラントかな、女声はLPでもCDでも、これといったものがないんですよね。左はAnne-Sophie SchmidtのソプラノとJean-Pierre Armengaudのピアノ。比較的いい方。右はCollette Alliot-LugazのソプラノとFrancois Le Rouxのバリトン、ピアノがJeff Cohenによるフランス(デュオ)歌曲集。フォレ、デュパルク、マスネ、ドビュッシー、グノー、ラロ、サティ、プーランク、ショーソン、ビゼーを収録。サティは“Je te veux”の1曲だけ。



Collette Alliot-LugazとFrancois Le Rouxといえばガーディナーのドビュッシー「ペレアスとメリザンド」のDVDがありましたね。ふたりともなかなか舞台映えのする容姿、歌もいいし、この演出では室内劇となっているんですが、舞台はなかなか美しいものです。これで画質がもう少し良好であれば。詳細はこちら―。

・・・って、未だコメントが付いてませんよ〜(^o^;




2010.09.19 sun



H.R.Wakefieldの怪談ばなしでも読もうかなと思って本棚を探したらあちこちから(笑)何冊も出てきた。ウェイクフィールドって、そんなに好きな作家というわけでもないんですけどね。

いくつかの短篇はいろいろなアンソロジーに収録されていますけれど、じつは翻訳紹介されているのはごく一部なんですね


結局ウェイクフィールドを探している間に見つけて手に取った、こちらを拾い読み。左はE.Nesbit、右はA.N.L.Munby。いずれの作家も、以前別な本をupしたことがありましたね。それにしても、ネスビットの表紙デザインはちょっとひどい?(笑)



ひどいといえばこれも―J.Sheridan Le Fanuの“Mr Justice Harbottle and Others”です。もっともハーボットル判事のおかれた状況を描写してふさわしい絵柄かも・・・これはこれで味わいがあります。

レ・ファニュって、動作よりも状態を叙述するタイプですから、もうすこしstaticな絵柄のほうが似合うんじゃないでしょうか?


こちらはJack Adrianの編んだE.F.Bensonの作品集(短篇集)。左なんか、戦後間もない昭和のSM雑誌でイラストに使われていそうなタッチですなあ(^o^;

E.Fベンソンは作風が多彩なひとですが、この絵はちょっとグロテスクに傾いてますね(^^;収録作品は左の方が・・・




2010.09.18 sat

最近読んでいた本―なぜか映画関連本ばかり。

「カリガリからヒトラーへ」 ジークフリート・クラカウアー 丸尾定訳 みすず書房
「カリガリ博士の子どもたち 恐怖映画の世界」 S.S.プロウアー 福間健二・藤井寛訳 晶文社
「銀幕の百怪 本朝怪奇映画大概」 泉速之 青土社
「怪奇映画天国アジア」 四方田犬彦 白水社
「映画の考古学」 C.W.ツェーラム 月尾嘉男訳 フィルムアート社

どれも再読。はじめの2冊はいまさら解説不要の古典ですね。「カリガリからヒトラーへ」は副題が「ドイツ映画1918-1933における集団心理の構造分析」とあり、そのとおりの本。「カリガリ博士の子どもたち」はおもしろいんですが、ちょっとまとまりのないエッセイみたいな本で、あたかも「恐怖映画漫遊記」といった印象。

さて、
映画(技術)史
を論じるC.W.ツェーラムの本に至って、このあとポオの「アッシャー家の崩壊」を読みましたよ。なぜ映画史から「アッシャー家の崩壊」につながるのかは、勘のいいひとなら「ははーん」と思われるのではないかな。そのほか種村季弘の映画評論、「怪物の解剖学」(青土社)、「怪物のユートピア」(三一書房)、「夢の覗き箱」(北宋社)、「死にそこないの美学」(北宋社)あたりを拾い読みしていました。さて、サンマが焼けたようなので飯にしますよ。



えー、サンマに取りかかっている最中に恐縮なんですが、映画史からポオの「アッシャー家の崩壊」に至る連想について説明していただけますか?

ふぁんたずまゴリラですよねっヾ(^∇^* (^o^;花ちゃん、それはファンタズマゴリア・・・




2010.09.17 fri

サンマが97円(゚д゚)ウマー

もっとも、昨年は68円ほどで売っていた記憶がありますけどね。しかしなんですな、例年ならサンマなんてそれほどたびたび食卓にのせるというわけでもないのに、今年は不漁と聞くとやたらと食べたくてたまらなくなっちゃうんですよね(笑)


たいして興味もなかった本が、稀覯本と言われると、とたんに欲しくなってしまう心理と似てますね(^o^*




2010.0912 sun

サンマが不漁でお高いですなあ。先日一尾150円だったので買い控えていたら、次の日には198円。220円なんてお店もありました。その後120〜150円で見つけて、これがクチバシも黄色くて、そこそこ太ったやつだったので、ようやく買って食べましたな。ええ、おいしかったですよ(^o^*生きててヨカッタ・・・

さんま、さんま
さんま苦いか塩っぱいか
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。


作家もやたら食い物のエッセイを書くようになったら老人になった証拠ですね。しかし昔の作家ちゅうのは精神的に幼いんだかオトナなんだかわからんようなところがあります。上に引いたのは詩ですけどね。

♪Summertime and the living is easy〜ヽ( ̄0 ̄*)/

♪サンマ〜たいむ〜ヾ(^∇^*)/





2010.09.11 sat



上山安敏の「フロイトとユング」(岩波書店)です。フロイトとその高弟ユングの邂逅と離反といえばだれでも知っていることですが、これを当時の宗教学や反ユダヤ思想などのヨーロッパ文化史のなかで、その意味をあらためて問い直すもの。精神分析運動を科学のなかに位置付けるに際しての、とりわけオカルティズムに対するふたりのスタンスの違いを、視点は壮大なスケールで詳述しています。著者は京都大学法学部の教授(この本が退官記念となったとの由)。あとがきに「毎年講義の数駒は、この本の内容で埋めた」とあり。疑いもなく、立派な人物に違いないと断言できます。

♪お〜フロイト〜、ニヒト ディーゼ 定年ヾ( ̄0 ̄*)/

♪お風呂おいで〜ヾ(^∇^*)/




2010.09.10 fri

このところあまり時間がとれなくて本を読んでいません。



比較的翻訳の出ているスラヴォイ・ジジェク。左の「斜めから見る」を先日来再読。ジジェクは続々と新著を出しているようですが、翻訳されたものを読む限り、たいがい同じことを繰り返し語っているんですなあ。なんだかだれかのhomepageみたいだ(笑)オペラや娯楽映画がしばしば取りあげられるので意外と読みやすくておもしろい。ついつい手を出しちゃうんですね。



こちらは「オペラは二度死ぬ」はリュブリアナ大学の哲学教授ムラデン・ドナーとの共著。左にちくま文庫の「否定的なもののもとへの滞留」が写っていますが、なぜか2冊ありますな。じつは1冊はもう書き込みだらけ(^^;

Hoffmannさんはラカンなんてお読みになりましたっけ・・・?

読んだことないな(笑)

のどアメが500個もあるんですかっヾ(^∇^*




2010.09.06 mon

本に関しては収納の問題もあり、というのはつまりいいかげん置き場所がないということなんですが、よって、「ちょっと読んでみたい」という程度の本は買わないようにしているところ。新書本にはそういったものが多いので、だから書店に寄っても、新書本の棚は見に行かないんですが、それでもついうっかり足を止めてしまって、購入してしまったものもあります。以下は比較的最近入手した新書本―。

「モスラの精神史」 小野俊太郎 講談社現代新書
「映画で読むエドガー・アラン・ポー」 北島明弘 近代映画社SCREEN新書
「暴走する脳科学」 河野哲也 光文社新書
「〈意識〉とは何だろうか 脳の来歴、知覚の錯誤」 下條信輔 講談社現代新書

「ニーチェ ― ツァラトゥストラの謎」 村井則夫 中公新書
「魔女とカルトのドイツ史」 浜本隆志 講談社現代新書
「ナチスと映画」 飯田道子 中公新書

「モスラの精神史」など、まさに「ちょっと読んでみたい」だけの本。もっとも、戦後、昭和の世相史としても読める。「映画で読む・・・」は資料として便利、手許に置く価値あり。「暴走・・・」と「〈意識〉とは・・・」は先日来脳科学本を読んでいて、この分野に関するHoffmannのあまりの無知さ加減を思い知らされ、基本を押さえておこうと思って読んだもの。もっとも、下條信輔の著書はほかに2、3既読のものあり。「ニーチェ」は2010.08.28 satにも挙げてましたな。副題のとおり「ツァラトゥストラ」について論じた本ですが、新書で読めるニーチェ解説本のなかでもとくに良書。「魔女とカルト・・・」はナチズム関連書。チト、ナチズムに対する見方が単純・一面的ではあるが。ナチスといえば「ナチスと映画」も、「映画で読むエドガー・アラン・ポー」と同様にコンパクトな資料として便利。



朝寝朝酒でつぶしたんですよねっヾ(^∇^*




2010.09.05 sun

新書本―岩波新書とか中公新書、講談社現代新書など、長い間には結構読んで、また手許にもたまってしまいましたね。新書本には、その分量(いかなるテーマであろうと、明らかなボリューム不足)からしても、あるテーマについてそのとっかかりとなる程度の、いわゆる入門書としての役割を担っているケースが多い。従って、いずれ物足りなくなって洋梨、もとい、用なしとなってしまい、あらま可哀想にたいして場所もとらんのに、いらないやと処分されてしまうこともまた多い。それでもなかには学生時代に入手して読み、いまではほかの関連書を所有しているにもかかわらず、ちょっと確認のため参照するのにたいへん便利なもんですから、未だに手許に置いている、というものもあるんですね。

例をあげると、白井浩司の「『サルトル』入門」(講談社現代新書)、これなど昭和41年(1966年)初版でこれはサルトルが来日した年、まさにサルトルの絶頂期にまとめられた本。これとサルトルの死後、昭和63年(1988年)に執筆された西永良成の「サルトルの晩年」(中公新書)の2冊を手許に置いておけば、事実関係の確認の際などはたいへん重宝します。また参照資料としてだけでなく読み物としても優れた新書本としては、古いものながらたとえば貝塚茂樹の「史記」(中公新書)をあげておきたいところですね。もっとも、貝塚茂樹の本でつまらない、価値のない本などありゃせんけどな。新書本に限っても岩波新書の「中国古代再発見」、「諸子百家」ほか良書揃い。


♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか〜ヾ( ̄∇ ̄*)/




2010.09.04 sat

残暑厳しき折なれど、莫迦みたいに本ばかり読んでいます。昨年の今頃はどうだったかなと思って、このmonologueを振り返ってみたところ、8月から9月にかけてはやっぱり本ばかり取りあげてますな。不思議なことに、2009.08.23 sunにはバルトークの弦楽四重奏曲のdiscをupしていて、今年も先の2010.08.29 sunに「中国の不思議な役人」ほかのdiscを取りあげている。暑苦しいとなぜかバルトークが聴きたくなるのか?(笑)

で、ここ数日の間に読んだ本―。

「書きたがる脳 言語と創造性の科学」 アリス・W・フラハティ 吉田利子訳 ランダムハウス講談社
「プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?」 メアリアン・ウルフ 小松淳子訳 インターシフト
「脳の時計、ゲノムの時計」 ロバート・ポラック 中村桂子、中村友子訳 早川書房
「フランス〈心霊科学〉考 宗教と科学のフロンティア」 稲垣直樹 人文書院
「文豪怪談傑作選 幸田露伴集」 東雅夫編 ちくま文庫
「都市の詩学 場所の記憶と徴候」 田中純 東京大学出版会

2010.08.28 satにリストアップした「音楽嗜好症」 オリヴァー・サックス 大田直子訳 (早川書房) が音楽と脳の関係についての本だったので、「書きだしたらとまらない」あるいは「書きたいのに書くことができない」という「症例」から脳のしくみを考察する「書きたがる脳」を、さらにそれならHoffmannみたいに「読まずにいられない」脳はどうなのよ、と「プルーストとイカ」へ。奇妙な表題ですが、読字(書)による脳の働きとその変化についての考察。「脳の時計、ゲノムの時計」は科学書であるよりも科学論。読み物という以上におもしろいけれど、科学的なスタンスをとることなく科学を論じるという意味では哲学書に近い? そこらへんの連想で「フランス〈心霊科学〉考」へ。ちくま文庫のシリーズはもちろん泉鏡花ほかも読んでます。夏は日本の怪談を、冬は英国あたりの怪談を読むのがそれぞれふさわしいようですなあ。



Oh、No!┐( ̄∇ ̄*)г