monologue 2010.11

2010.01 2010.02 2010.03 2010.04 2010.05 2010.06 2010.07 2010.08 2010.09 2010.10
2009.01 2009.02 2009.03 2009.04 2009.05 2009.06 2009.07 2009.08 2009.09 2009.10 2009.11 2009.12
2008.01
2008.02 2008.03 2008.04 2008.05 2008.06 2008.07 2008.08 2008.09 2008.10 2008.11 2008.12
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2010.11.31 Σ( ̄□ ̄;



えーと、なんだっけ・・・そうそう「トータル・リコール」Total Recallとかいう映画。1990年、米はハリウッド謹製の娯楽大作でござい・・・って、それだけの映画ですな。監督がだれなのか、主演俳優の名前の正確な表記はどうなのかなんてどうでもいいや。



フォリップ・K・ディックの短篇小説をモチーフにしたそうなんですが、読んでません。たぶん、こんな話じゃあるまい。失われた記憶、identity喪失と回復、疑似人格など、なんとも魅力的なテーマを扱いながら、そんなことを忘れさせるような、あっけらかんと明るく内容空疎なentertainmentでまとめてしまうのはある意味見事ですよ。登場人物は驚き、怒り、大暴れするけれど、だぁーれも悩んでいない。観ている側もなにも考えなくてヨロシ、絵空事―というより他人事なんですから(笑)


Hoffmann的には、こんなfetishな道具立て(?)にちょっとばかり惹かれるものはあり、それがせめてもの救いかな。

まあ、Hoffmannさんのお好みからは遠い映画ですね(^o^;

繰り返すけど、扱っているテーマ、モチーフは相当な可能性を秘めているのに、こんな映画になっちゃうんだから・・・ま、映画造りも商売だかンね(^_^;




2010.11.30 tues

またまた訃報。レスリー・ニールセンが28日、83歳で死去、眠りにつくような大往生だったとか。


1950年代から二枚目俳優として活躍し、1980年代からコメディ俳優として新境地に至り、不動の人気を得た、息の長い役者さんですね。画像は左がSF映画の古典「禁断の惑星」Forbidden Planet(1956年・米)、右は「レスリー・ニールセンのドラキュラ」Dracuka Dead and Loving It(1995年・米)から―。

「禁断の惑星」は観念が具象化したイドの怪物を扱った名作、「ドラキュラ」は言わずと知れた吸血鬼映画のパロディですね。上の画像、言われなければ同じひととは気が付きませんね(^o^;

よく、男性は年をとってからの方がいい顔になるって言われるけれど、まさにそのとおりだね(^o^*

Hoffmannさんはこのひとのコメディ映画のDVDはいくつかお持ちですよね

でも、あんまり好きじゃない(^^;いかにもアメリカ的なバタ臭さが鼻について・・・でも、この「ドラキュラ」はメル・ブルックス監督の映画とあって、なかなか楽しめるパロディとなっているよ

メル・ブルックスといえば「ヤング・フランケンシュタイン」を思い出しますが・・・

あれはユニヴァーサル映画への偉大なるオマージュだよね、メル・ブルックスの最高傑作かも・・・この「ドラキュラ」はあそこまでの高みには達していないけれどね



Hoffmannさん、きょうの晩ごはんはギョーザですよっヾ(^∇^*




2010.11.29 mon

訃報が続いちゃいますが、先週、Hammer映画でおなじみの女優イングリッド・ピットが73歳で亡くなられたとのこと。ナチスの時代にはユダヤ系の母親とともに強制収容所に抑留されながらも終戦を迎え、戦後は旧東独から亡命するという波瀾万丈の人生を送ったひとですね。なんというか、このひとの魅力はそんな人生の闇の部分をてんで感じさせないところ(^^*ご関心の向きはこちらをどうぞ。



いま、適当なキャプチャ画像が見あたらなくて・・・これはAmicusの映画から―。

「このひとの魅力はそんな人生の闇の部分をてんで感じさせないところ」・・・なんですか?(^o^;

そりゃあ、背負っているものが他人様に見えてしまうようでは、人生の送り主として二流三流だよ(^^*

ところで、上の画像はAmicusのオムニバス映画「怪奇! 血のしたたる家」The House That Dripped Blood(1971年・英)から、最後のエピソードですね。これはHammerの吸血鬼映画のパロディみたいですね

よく、AmicusというとHammerのライバルって言われているけれど、この映画なんか、どちらかというとHammerへのオマージュか、親しみを込めたパロディと見えるよね。キャストもHammer常連のクリストファー・リィやピーター・カッシングなどが出演していて、どことなくHammer映画のときとは違った、肩の力の抜けた雰囲気が感じ取れる(^^*




2010.11.28 sun

先頃(9月16日)、俳優の小林桂樹が亡くなられましたね。そこで、この映画を観てみました。



「日本沈没」(1973年・東宝)です。ご存知小松左京による同名の小説を原作にした、いまで言えばパニック映画の草分け。小林桂樹が田所博士を演じています。じつはHoffmannがこの映画を観るのはこれがはじめてなんですよ。


CGのない時代の特撮は「ゴジラ」以来おなじみのミニチュア。「ウルトラマン」並という声も聞こえてきそうですが、これはこれで悪くはありません。ところがねえ・・・小松左京の原作は子供の頃読んだ記憶があるんですが、そのとき以来強く印象に残っているシーンや台詞がぜんぜんないの(^^;テンポよく進むというより、なんかもう、梗概だけ映像にしたみたい。140分というのは決して短い映画ではないんですが、それでも到底原作のスケールは描ききれなかったんですね。



出演している俳優陣もいまひとつ。小林桂樹の田所博士をはじめとして、みなさんちょっと人物像が紋切り型にすぎやしないでしょうか。山本総理の丹波哲郎は、このひとはなにを演じても丹波哲郎ですからいいとして
(^o^;いいんですか〜滝田裕介の幸長助教授が海底乱泥流を発見したときのパニックぶりなんてほとんど滑稽なくらい。藤岡弘も日本人の若者を代表するにはチト脂っこい、島田正吾の渡老人も到底90歳には見えないし、むしろ夏八木勲あたりの脇の方が自然体で安定していますね。

たしかに、たとえば田所博士がケルマデックの操縦士に心当たりはないかと問われて、「あいつしかおらん」と小野寺青年の名前を書く、その「あいつしかおらん」と言わせるだけの説得力がありませんね(^^;そこまで描かれていない?

その小野寺青年を演じている藤岡弘がまた、冴えないんだな。印象に残っているのは、やたら愛想笑いをしているシーンばかりだ(-_-;



原作にある細部をごっそり割愛しちゃってるから、胸に迫るものもかなり割引されてしまっていて残念です。「映画より原作の方がはるかにいい」という典型的な例ですね。

描いた映像よりも、原作からカットされてしまったエピソードなどの方が気になっちゃうなあ・・・

街全体が倒壊するシーンは特撮で可能ですけれど、その半ば廃墟と化した町並みでのドラマなどは、これをセットで再現するのは困難でしょうからね

なんだかさ、手間のかかるところはカットしちゃいました、と見えるんだよね


(おまけ)


こちら、原作者小松左京がカメオ出演しているところ。さすがにお若いですね。




2010.11.27 sat


ご存知フリッツ・ラング監督の「メトロポリス」Metropolis(1926年・独)です。これは最近紀伊国屋書店から発売されたBlu-ray disc。よって、キャプチャ画面でなく、モニタをデジカメで撮ったものですけどね。この映画は既にDVDでKino Video版(これも鮮明!)、紀伊國屋書店から先に出ていたクリティカル・エディション版などを所有しており、このうえBlu-rayまで観なくても・・・とは思ったんですが、結局入手しちゃうんですな(^o^A;というのはこのdisc、2008年にアルゼンチンで発見された16mm filmにより欠落場面を埋めたもので、2001年にドイツで復元されたこれまでの最長プリント(紀伊國屋書店のC.E版もこれ)よりも約25分長いものなんですね。さすがに入念な修復(限界はあるが)によって、画質は良好。



大きめ画像をひとつだけ―ただし繰り返すけど、モニタをデジカメで撮ったものだから、トリミングされておるよ。

Hoffmannさんはサイレント映画をよくご覧にになりますが、フリッツ・ラングはお好きですか?

じつはそれほどでも・・・とくにハリウッドに渡ってからはちょっとね(^_^;ただラングって、わりあいDVD化に恵まれていて、入手できるものは観たい。でもどちらかというと、F.W.ムルナウやカール・Th・ドライヤーの方が好きかな

カール・ドライヤーといえばこの「メトロポリス」といっしょに買ってこられた・・・

あれはまたいずれ取りあげるよ(笑)




2010.11.26 fri

最近入手してゾッコン(笑)のdiscです(^^*



この世は生きるに値するね!(^^*

はあ?(^o^;


わかんない? それじゃあ・・・

いや、それは―頭髪はくずれおち、眉も鼻も真っ赤にくずれた化け物だった。
そいつがぼくを、そこだけ白くひかる眼でじっとながめ、ケタケタと笑った。
「君! ・・・・・・この世は生きるに値するね!」


ああ、先日お読みになった山田風太郎さんの小説からの引用ですね(^^*


「生きているときは生きていることの大切さに鈍感で、雑で乱暴な生き方をしていましたが、一度死んでみると、どんなにつらい日であっても、生きていたときの日々が輝いていたとわかりました」

えーと・・・それはなにからの引用でしょうか? 幽霊の台詞みたいですね(^o^;




2010.11.25 thurs


いずれもマーラーの交響曲第2番と第6番のdisc。左がテンシュテット指揮ロンドン・フィルのlive盤2番は1989年2月20日、6番が1983年8月22日。中央はハイティンク指揮シカゴ交響楽団で2番が2008年、6番が2007年のlive、ただしどちらも日付が数日にわたっているので(おそらく)編集あり。右はジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団による演奏で、2番が2006年、6番が2007年の録音。

いや、たまたまテンシュテットとハイティンクの2番とジンマンの6番のdiscがかなりお安く売っていたもんですから、さらに買い足して並べてみたんですよ。外面を整えることなどまるで念頭になく、しかし作為的にならずして、フレーズになんともハートを感じさせるテンシュテット、世界一と言ってもいいであろうヴィルトゥオーソ・オーケストラを振り、効果造りを廃してなお、作品そのものから説得力のある高揚感を引き出してみせるハイティンク、ややクールな感触で、録音のせいもあってか、まるでスコアが見えるようなジンマンと、どれも愉しめました。

おそらく多くのひとと意見が異なるところだと思うんですが、これまでHoffmannはテンシュテットはliveよりもレコーディングの方が出来がいいのではないかと感じていました。じっさい、6番に関してはやはりEMI録音の方がいいかなと思います。しかし2番についてはこのlive盤の方が圧倒的ですね。

テンシュテットさんの2番といえば、これまでは北ドイツ放送交響楽団とのlive盤をときどき聴かれていましたよね

EMI録音のロンドン・フィルよりもオーケストラの響きが渋くていいんだけど、前半、かなりもたつく印象なんだよね(笑)



ついでにハイティンクの6番について付け加えておくと、これはシカゴ盤もすぐれた演奏ではありますが、その凄絶さにおいてフランス国立管弦楽団2001年live盤には及ばず。そのフランス国立管とのlive録音も、5番はそれほどでもない。

この5番はダメですか? 私は、マーラーの音楽にあるさまざまな要素をあまり意識しすぎることなく、むしろ表現は禁欲的といいたいくらいに控えめで、かえってほかの演奏からは聴き取れないような古典的な均整のとれたバランスを達成していると思うのですが・・・

いや、もちろん、立派な演奏だよ。でも同じコンセプトでも6番では全曲を通してより劇的に高揚していくのがすばらしいんだよね。これは楽曲の性格による結果かもしれないけど


6番といえばバルビローリ盤。右はTestamentから出た2種類のlive盤なんですが、1967年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団とレコーディングされたEMI盤が忘れがたい。左はそのEMIの、上から6、9、5盤のdisc。どれもLPで所有しているんですが、現在の出稼ぎ先でも聴きたくなって、先頃CDで入手。あらためて聴くと、バルビローリはこの時期にして意外にも次世代感覚を先取りしているようなところがありますね。

Hoffmannさんは、この第6番を実演でお聴きになったことはありますか?

あるよ。小澤征爾、山田一雄、井上道義、若杉弘も2回、それに・・・




2010.11.24 wed


映画関連本を読みはじめると、しばらくはそればっかり。きりがありません。




2010.11.23 tues



にっかつロマンポルノについての資料です。世相を知るには純文学や高踏的な芸術映画よりも大衆文学、通俗映画の方がよほど好適です。とはいえ、本は読んでもさすがにこのあたりの映画そのものを観てみようという気にはならんのですけどね。それはともかく、はたしていまどきのアダルト系DVDなどが、将来においてそんな資料となりうるとは考えにくいんですよね。いま、その現代に身を置いているからかもしれませんが・・・。




2010.11.18 thurs



もうしばらく休みます。




2010.11.14 sun


映画のなかのカメラ画像。これはmamiya645、プロのカメラマンらしく中版をご使用ですね・・・って、左のフレーミング画面はこれは中版じゃありませんね(笑)


ゲイリー・A・シャーマン監督の「ゾンゲリア」Dead & Buried(1981年・米)です。この映画は邦題で損してますな。もともとは「新ゾンビ」という邦題が予定されていたらしいんですが、急遽公開が決まって、「ゾンビ」と「サンゲリア」をミックスした「ゾンゲリア」になっちゃったらしいんですよね。確かにゾンビ映画ではあり、鼻の穴への硫酸流し込みとか眼球への針刺しなど、「痛い」残酷シーンばかりが目立っちゃってますが、なかなか渋い恐怖映画です。

静かな漁村で休暇中のカメラマンが村人たちに焼き殺され、保安官が事件を追ううちに、葬儀屋を経営している死化粧師にたどりつく・・・。



これ以上はネタバレになっちゃうので言えないなあ(^^;

オチはわりあいよくあるパターンかもしれませんが、その結末に至るまで、謎に意外性を持たせて破綻なく盛りあげていくのが見事ですね(^^;ちょっと地味かなと思うくらい

それはインパクト強烈な邦題が、内容に対してあさっての方向を向いているから、そう感じるのかも(笑)あと、脚本が後に「ヘルハザード/禁断の黙示録」(1991年・米)を監督したダン・オバノンで、ところどころにラヴクラフトのテイストが感じ取れるのが微笑ましいね。オチだってそのつもりで観てみれば、ゴアシーンで観せる映画というよりも、正統派の恐怖譚じゃないか?(フッフッフッ)

「ヘルハザード/禁断の黙示録」はmonologue2007.09.08 satでちょっとだけふれてましたね・・・って、あまりいいことはおっしゃってませんよ〜(^^;

いや、あらためて観てみると、そんなにダメな映画ってわけでもないな(^o^A;




2010.11.13 sat

2010.11.03 wedに、こんなこと言いましたよね。

---ここから---
「13日の金曜日」だって「エルム街の悪夢」にしたって、はたまた「エイリアン」でも、シリーズ化されての「2」だの「3」だのはつまらないけれど、はじめの1本には捨てがたいという以上の魅力があります。

---ここまで---


そこで、ちょいと記憶を新たにしておこうかと、「13日の金曜日」と「オーメン」を観てみましたよ。なぜこの2本かというとBlu-rayが出ているので、どんなものか確認してみたかったから。我が家ではBlu-rayはキャプチャできないので、画像はモニタをデジカメで撮ったもの―。


こちらは「オーメン」。どうしたものか、高画質であることをほとんど意識しませんでした。なぜか―これはやはり映画がつまらんからですね。いや、あくまでHoffmannの好みの問題なんですけどね。storyは爽快といいたいくらいにテンポよく進み、展開してゆく・・・破綻があるわけではないけれど、ソツのないご都合主義としか見えません。いかにも大資本でハリウッドのプロがお仕事しましたといった印象です。中身が退屈なら、いくら画質がよくてもありがたみも感じないってことです。


一方こちらは「13日の金曜日」は、おお、Blu-rayの精細な画面はよろしいなあと思いながら観てました。暗部も沈んでいながら「見える」んですよね。これは我が家のPC用モニタでも分かる。「13日の金曜日」はいま観てもいいですなあ。マリオ・バーヴァの「血みどろの入江」あたりの影響を受けながらも、その後続々と制作されることとなるスラッシャー映画の約束事を確立した名作です(ただし、いいのはこの第一作だけだよ)。

このdisc、収録されている特典映像がとてもおもしろいですね




2010.11.12 fri

SENNHEISERのRS180のその後―。

現在ユニヴァーサルプレーヤー(DVDはRegion free、SACDも再生可能)のアナログ出力をトランスミッターに直接入力して使用中。電子レンジを使うと影響が出ると聞いて試してみたら、ナルホド、何度か音が途切れた・・・が、フッと音が消える感じで、プツとかパチ
とかいった耳に痛いノイズは発生しないのがよろしいですな。音のバランスはエージングが進んだものか、低域が充実してきて重心が下がってきました。ことさらに分解能(近頃マニアが口にするのはこればっかりなんだよね)を際立たせるよりも、適度な量感の低域とバランスを保つ強調感のない高域、とくに音の重なり(ハーモニー)の美しさで聴かせる傾向はまさしくSENNHEISERの血筋。

一例を挙げておくと、beyerdynamicのDT990 Edition2005にはブルックナーやブラームスといった重厚タイプがよく似合い、ULTRASONEのPRO2500には映画の音声に妙味あり。おもしろいことに、ピアノを聴くと、AKGのK1000やRS180も含めて、ヘッドホンによってピアノのタッチにかなりの微妙な(おかしな形容だな・笑)相違がある。もっともこの程度の変化は音量差によっても生じるもので、各々のdiscの再生においては(スピーカーで聴くにしても)音量設定の影響が大きいんですな。機器によって演奏に対する判断が異なる、なんて程度の発想ではマダマダ考えが甘いんスよ(笑)




2010.11.08 mon

SENNHEISERのRS180、RS180というのはシステムの型番で、ヘッドホンはHDR180、トランスミッターがTR180ですね。カタログスペックを記しておくと、HDR180はオープンエア型ワイヤレスシステムで伝送距離はなんと約100m、本体左右のパッドを外したところに単4充電式ニッケル水素電池を装着。連続使用時間は最大24時間とのこと。トランスミッターTR180に掛けて充電する。初回は16時間充電せよとのことながら、じっさいは8時間ほどで充電中のインジケーターが消灯しましたな。トランスミッターへの入力は3.5mmステレオミニプラグ、スルーのRCA出力あり。取扱説明書は付属のCD-ROMにpdfファイルで収録されています。日本語ヴァージョンは35ページほど。

使うときはトランスミッターから外して、トランスミッターとヘッドホン本体両方の電源ボタンを1秒長押ししなければならないのはチョト面倒。外したら(またはアタマに装着したら)自動的にonになってくれるようならよかった。逆に使用中にトランスミッターに掛ければ充電が始まりoffとなる。本体には電源ボタンのほか、ヴォリューム調整の+−ボタン、LRバランス調整機能もあり。慣れれば使用中の操作も難しくはありません。一方のTR180には0db/-8dB切替式のアッテネーター機能あり。iPodなら0dB、アンプのRecOut端子やCD/DVDプレーヤーから入力するなら-8dBにしておけばいいだろう。

なんといってもワイヤレスの開放感(解放感かな?)はすばらしい。伝送距離100mはともかく、家ンなかでウロチョロしても音が途切れることはありません。我が家(及び近隣)には干渉するものがないということか。取説には電送周波数は2.4〜2.48GHzとあり、何段階か自動的に切り替えられているのかもしれない。また、遮蔽物があっても問題なく、たとえばトイレに入ってドア閉めても大丈夫。赤外線だとこうはいかんだろうね。ノイズがのるということもなし。この数日間、使用中に一度も音が途切れないのは立派。最大24時間連続使用可というのはさすがに試しておらんので、バッテリーの消耗加減で伝送品質や音質がどう変化するのか(しないのか)は不明ですが、まず実用上問題が発生することはないでしょう。その意味では24時間というスペックからは安心感が得られますね。

ヘッドホンの装着感はまずまず。バッテリー抜きで約209g。やや側圧強め、これは使っているうちに多少馴染んでくるかも。イヤーパッドは布製、感触はソフトだがやや荒い印象。クッションとしては微妙に硬いと感じる。耐久性は不明。ULTRASONEやbeyerdynamicには負けるか。ただし側圧の強さと相俟って装着すると安定している。外観の造りは値段なりかな、グレーのボディはテカテカの樹脂製でこれも高級感には欠けるんですが、これは軽量化とのトレードオフでしょうな。

肝心の音質は、我が家のULTRASONEのPRO2500やbeyerdynamicのDT990 Edition2005と比較すれば、かなりニュートラル。際立った個性よりも正攻法で高音質を追求するあたりがこのメーカーらしいところ。同じSENNHEISERの製品でいうと、Hoffmannがこれまで何度か購入寸前までいった(笑)HD650ほどの緻密さには至らず、低域、高域ともに及ばない、さほど広帯域とは感じさせず。高域端はいま一歩抜けきらないようで、このへんの影響か、余韻が拡散する様は開放型ならばさらに上を望みたいところ、今後のエージングに期待したい。ただし急いで付け加えると、この強調感のない自然な響きはかなり好きですね。重厚というよりは軽妙でありながら、中域を中心としたバランスの良さが厚みを感じさせ、その落ち着いた暖色系の音はどこか良質な木造のホールを思わせますね。これは買ってヨカッタ(^-^*




わたしはヘッドホン ある物書きの持ちものなのっヽ(^∇^*

わたしのご主人は音楽が大好き〜ヽ(^o^*

わたしは あのひとの耳に息を吹きこんで


その心をしっかりとらえてしまって


疲れも癒してさしあげるっヾ(^∇^*

あのひとのヘッドホンなの〜ヽ(^o^* 

キ、キミたち、恥ずかしいからやめてくれんか・・・(-_-
ヾ(^∇^*♪




2010.11.07 sun

さて、じつは以前から気になっていたのがワイヤレスヘッドホン。ついでに言うと、手許にあるヘッドホンのなかでももっともニュートラルで高音質といいたいK1000ですが、唯一気になるのは、ケーブルのタッチノイズでしょうか。いや、そんなに神経質じゃないんですけどね、でもワイヤレスならタッチノイズも発生しないわけですから、その意味でもちょっと興味があったんですよ。

とりあえずBluetoothは圧縮だから選外、SENNHEISERに2.4GHz帯のデジタル無線技術を採用したイヤホンMX W1があったなあと思い出して、先日某量販店で店員氏に頼んでちょっと出してもらったの。だけどこれ、なんだか不安定な気がして頼りない、「上にある突起部で調整するんですよ」とは教わったものの、その場でチョイチョイとはいきませんな、結構なお値段がするだけに、ビンボーなHoffmannとしては、ものは試しと気軽に購入してみるというわけにもいきません。

「そういえば、πからもワイヤレスヘッドホン出てましたよねえ、皿うどん機能内蔵のやつ」と言ったら、「お客さん、外で使うんじゃなくていいんですか?」、「いや、室内で使うよ」、「トランスミッターが据え置き型でオーバヘッドでもかまわなければ、先日こんなの入りましたけど・・・」と出てきたのがSENNHEISERのRS160、RS170とRS180の3モデル。「入ってきたばかりで展示もしてないんですけど、RS160とRS170は密閉型でRS180がオープンエア、RS170がサラウンド機能付きですね」、「いや、πがそうだから皿うどんと言っただけで、2chでいいんだよ」、「無線技術はMX W1と同じですよ。お値段は・・・」、「へー( ̄o ̄*」


・・・というわけで(^^*



な、なんでウチにあるの?Σ( ̄□ ̄;;; ヾ(^∇^*トボケ老人ですかっ




2020.11.06 sat

つい先日は映画を観るときのスピーカー選びなんて言いながら、今年の1月、2010.01.05 tuesから2010.01.08 friあたりでヘッドホンの話をしているとおり、じつはいまもってヘッドホンにハマっているところであります。



というのは、その後我が家のリファレンスともいうべきAKGのK1000の、専用アンプが故障しちゃいまして、なにせこれも古いもんですから、一度は修理不能との回答あり。K1000単体だとアンプのスピーカー出力端子に接続すれば聴くことはできるものの、やはり専用アンプを通してこそのK1000ですから、そこをなんとかならんかと、shopの店員氏も頑張ってくれて、時間はかかったもののなんとか修理完了しましたよ。修理担当者からは、今回は本体でしたけど、今後もしも電源ユニットが故障したらもう直せませんよ、とのコメントあり。

なくしてみてそのありがたみを思い知らされるのは親ばかりじゃありませんな。そんなこんなで元気になって帰ってきた専用アンプにK1000をつないでお愉しみの日々・・・もちろん、1月にupしたULTRASONEやbeyerdynamicもご活躍。

アタマが3つか4つ欲しくなりますね(^o^*キングギドラ?



アルゴ探検隊もびっくりです〜ヾ(^∇^*




2010.11.05 fri

なんかもう、ホラー映画ばかり取りあげているが、なぜかというと、このところホラー映画ばかり観ているから(笑)



分身の術〜じゃなくて、これは「エクソシスト」の大ヒット後、数多制作されたパチもののひとつ、「デアボリカ」Diabolica(1973年・伊)。正確に言うと、これは「エクソシスト」と「ローズマリーの赤ちゃん」をミックスして、さらに支離滅裂にしてしまった(笑)駄作。


首は回転するわ、緑色の反吐は吐くわ、空中に浮かぶわ、さらに妊娠して生んだ赤ん坊は・・・というわけで、ご丁寧にひととおりやっておりますなあ

・・・ということ以外、とくに語るべきこともなさそうですね(^^;



こちらも「エクソシスト」のバッタもん、「レディ・イポリタの恋人 夢魔」L'Anticristo(1974年・伊)。ただし模倣作とはいえ、これは「デアボリカ」よりもよほどまともな佳作。監督はアルベルト・デ・マルティーノ、出演者もメル・ファーラー、アリダ・ヴァリ、ウンベルト・オルシーニほか。演技派が脇を固めています。


悪魔憑きらしい台詞を吐きますが、それでいて400年前に火あぶりにされた先祖の霊にとりつかれているという設定らしく、やや場当たりの感なきにしもあらず。悪魔払いの儀式もあっさりめ。空中浮遊とかは昔ながらの合成なんですが、それでも充分。ちゃんとドラマになっているもんね。

このイポリタという女性は、幼くして父親の運転する車で事故に遭い、母を亡くしたうえに自らは脚の自由を失って車いすの生活を余儀なくされており、この憑依現象は彼女の抑圧されたリビドーの発露とも見ることもできて、ドラマとしての奥行きもありますね




2010.11.04 thurs

恐怖映画もアメリカはゲーム性が強くてあっけらかんとして、イタリアはより暗く陰惨、イギリスは格調高い・・・とは一般的には言えるんじゃないかと思うんですが、もちろん例外もあり。昨日のルチオ・フルチを救いのない陰惨と言うなら、本日は救いのない陰鬱―イギリスのピート・ウォーカーによる作品です。

かなり以前、DVDが届いたときに棺桶型のケースをupしたことがありましたね


これだねヽ(^^*

ルチオ・フルチも反骨・反権力の映画監督と言われますが、ピート・ウォーカーはそれ以上じゃないでしょうか。このひとの映画では、権力者は常に偽善と悪意に満ちており、信仰や社会的モラルといった旗印のもとで悪逆の限りを尽くします。それが狂信的な正義感にかられての行動でありながら、その実、己が抑圧された欲望を凶器であるところの暴力なんですね。


左は“House of Whipcord”(1974年・英)、ここでは私設裁判所・収容所による狂信的な社会的モラルの暴力を描き、右の「魔界神父」“House of Mortal Sin”(1975年・英)では聖職者がだれに疑われることもなく、やはり狂信と抑圧による倒錯した性欲のはけ口としての非道の様を描いています。その絶望的な救いのなさは、ほとんどこれらの映画をentertainmentと呼ぶのさえためらわれるほど。信仰、権力、社会的モラルへの懐疑・・・というよりも徹底的な不信感、嫌悪感と敵意は明らか。



こちらは狂った老婆による殺人と人肉食を描いた“Frightmare”(1974年・英)。ここでは家庭・家族の情が狂気を野放しにして、その前に無力に崩れ去ってゆく・・・。上記二作にも出演していた怪女優シーラ・キースが主演。スプラッターの度合いも増して、しかしそんなことは抜きにしても、後味の悪さは随一。

ピート・ウォーカーと比べたら、ダリオ・アルジェントなど、観終わったあと爽快感があると言っていいくらいですね(・・;

いや、もう観るたびに打ちのめされちゃうんだよね・・・到底好きな映画とは言えないけれど、ちょっとほかにはない個性だよね




2010.11.03 wed



映画のなかの猫画像。


大げさにスピーカーの選択とか言って、結局こんな映画観たりして(^^;いや、最近DVDが再発になったもんで(笑)


これはまた・・・よりによってルチオ・フルチの映画ですね(^^;

たくさんキャプチャしたけど、どのシーンをupするかで悩んだゾ(笑)

左が「地獄の門」City of tha Living Dead(1980年・伊)、右が「ビヨンド」The Beyond(1981年・伊)。ちなみに上の猫は「地獄の門」から。スプラッター、というより人体破壊モノと呼んだ方がいいかな? ルチオ・フルチってあんまり観ていないのでエラソーなことは言えませんが、この2本は「地獄の門が開いた」という共通のモチーフによるstory。いや、storyが破綻しているのなんのと言われることの多い映画ですけどね、そんなにヒドイ出来ではない、どこかで観たような映像・描写をよりドギツクしただけといえばそれまでながら、キモチ悪いだけではなくて、惻々と恐怖感を煽る雰囲気にも欠けてはいません。HoffmannはUniversalやHammerの「古典」の方が好きではありますが、だからといって観もしないで「くだらん」と決めつけたりはしませんよ。いや、観てみれば美点もある。

私としては、せめてダリオ・アルジェントを、と思うのですが・・・(^_^;

アルジェントの方がいいかなとも思うけれど、ちょっと洗練されすぎちゃってる印象もあるんだな。イタリア映画らしい(とHoffmannが感じる)救いのない陰惨さとか、パゾリーニにも通じる猥雑さを求めると(求めるのか?)、ルチオ・フルチの方かも・・・(^^;

えー、そいういった路線ならマリオ・バーヴァはいかがですか?

おっΣ(・o・;優美さん、いいところを突いてくるねえ〜(*^^)/
(^-^*エヘン ヾ(^∇^*優美お姉ちゃん、さすがですっ♪

マリオ・バーヴァはいずれ取りあげるとして、ここでついでに言っておくと、Hoffmannのあまり好みでないスプラッターものでも、やはり第一作というのはそれなりに観るべきものがあるケースが多いのは、「キング・コング」や「ゴジラ」の昔からの法則(笑)ですなあ。「13日の金曜日」だって「エルム街の悪夢」にしたって、はたまた「エイリアン」でも、シリーズ化されての「2」だの「3」だのはつまらないけれど、はじめの1本には捨てがたいという以上の魅力があります。




2010.11.02 tues

(昨日の続き)
単にあれこれ選べるのが愉しいということです。さらに説明すると、よく、「これでなければダメ」っていうマニアがいるでしょ。なかには豪勢に3台くらいプレーヤーやらスピーカーやらを並べて、「ボーカルにはこれ」とか「ベートーヴェンはこれじゃなきゃぜったいダメなんです」なんて言っている・・・Hoffmannは(少なくともaudioに関しては)「あれもこれも」という自分の「いいかげんさ」が幸いであると思っているんですよ(笑)これ、決して自慢のつもりで言っているのではなく、もとより謙遜でもありません。

ただし、古い映画などで聞き取りづらい―たとえば子役のやや舌足らずな―台詞などが、聞き取りやすいスピーカーというのがあるのも事実です。もちろん、だからといってそれがほかよりもいいスピーカーであるということにはならないところがミソ(笑)




2010.11.01 mon



DVDやBDなどの映像でオペラや映画を観る際は、スピーカーの選択から。この配置のままでは音場感などは犠牲となるが―。それでも幸せだ(^^*