monologue 2010.12

2010.01 2010.02 2010.03 2010.04 2010.05 2010.06 2010.07 2010.08 2010.09 2010.10 2010.11 
2009.01 2009.02 2009.03 2009.04 2009.05 2009.06 2009.07 2009.08 2009.09 2009.10 2009.11 2009.12
2008.01
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2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2010.12.28 tues



自宅で観た映画・・・と続けようと思っていたんですが、ちょっと時間がありません。下手するとこのまま年を越してしまうかもしれないので、少々早めながら・・・

よいお年を〜(^o^*ヾ(^∇^*おとしをっ♪




2010.12.27 mon

自宅で読んだ本―。

「フィンランド語は猫の言葉」 稲垣美晴 文化出版局
「ペトロフ事件」 鮎川哲也 講談社大衆文学館
「山田風太郎 明治小説全集 十二 明治バベルの塔」 山田風太郎 ちくま文庫
「暗い森の少女」 ジョン・ソール 山本俊子訳 早川文庫モダンホラー・セレクション

「フィンランド語は猫の言葉」は、書店にあふれる有名無名の著者によるあらゆるテーマを扱ったエッセイのなかでも、もっとも愉しく、感動的な一書。これほどまでに肩の力が抜けた―というのは、「知ったかぶり」や「気取り」といった媚とは無縁ということ―エッセイにはめったにお目にかかれるものではありません。高名な作家のいたずら書きみたいな凡百の雑本を100冊読むよりも、これ。とりわけ語学学習者は必読。もう何度も読み返した本なんですが、今回は舘野泉のシベリウスを聴きながら読みましたよ。







2010.12.26 sun

ちょっと自宅へ帰ってました。



クスリマス(イブ)にはなんとなく(柄にもなく)こんなコードを聴いちゃいました。

「カンターテ・ドミノ」ですね、これは有名なレコードですよね・・・って、「クスリマス」ですか〜(^o^;



聖夜にちなんでもうひとつ、こちらはアンネリーゼ・ローテンベルガーによるクリスマス・ソング集。各国の民謡も多数収録。ただしドイツ語歌唱。

私はこのレコードのなかでは、民謡ではなくて、クリスマス・ソングではないかもしれませんが、「赤いサラファン」が好きですね♪




2010.12.21 tues



本日は優美が我が家に来て八周年の記念日ですよ(^^*


おめでとうございますっヾ(^∇^*

ありがとうございます〜(^o^*





2010.12.20 mon

最近読んだ本でごぜえますだ―。

「狂気の王国」 フリードリヒ・グラウザー 種村季弘訳 作品社
「壜の中の世界」 ンクルト・クーゼンベルク 前川道介・三宅晶子・竹内節訳 国書刊行会
「シオラック家の運命」 ロベール・メルル 鈴木豊訳 集英社
「パニック・パーティ」 アントニイ・バークリー 武藤崇恵訳 原書房
「四人の申し分なき重罪人」 G.K.チェスタトン 西崎憲訳 ちくま文庫

小説ばかり。なんかもう、文学の「仕掛け」を愉しもうという読書ですなあ(笑)晩年の種村季弘がグラウザーを立て続けに訳したのはなぜなんだろう? 翻訳者といえば前川道介が関わっている本ならハズレはない。ロベール・メルルは三輪秀彦の訳した「マドラプールに消えた」(早川書房)も好き。ちょっと(露骨な?)暗喩が鼻につかないでもないが。アントニイ・バークリーは好きなミステリ作家。とにかく、こちらの意表を突いてくれるんですよね。チェスタトンに関しては言うに及ばず。



ちなみにこちらのお写真の本はまだ読みかけ。映画関係本を読んでいていつも思うのは、映画の原題を併記しておいて欲しいということ。この本などは巻末にまとめてあるだけまだしもながら、いちいち参照するのは面倒、やはり文中に併記してあれば便利だよね。




2010.12.19 sun



そうそう、カナダ産のスラッシャー映画ということで思い出した。以前取りあげたことのある「血のバレンタイン」My Bloody Valentine(1981年・加)のノーカット版が、1年ばかり前にDVDで出ていたんですね。削除のない「完全版」は劇場公開時においても日本でしか観られなかったんだそうで、世界じゅうのファンから待ち望まれていたリリースです。まあ、Hoffmannはさほどのファンでもないんですが、やっぱり(笑)観ちゃいましたよ。BDもあったんですが、「そこまでは・・・」とDVDで入手。でもこれ、炭鉱内の暗いシーンが多いのでBDにするべきだったかな・・・。削除箇所は10箇所、完全版本編を観ることもできるし、カットされたシーンだけを特典映像で確認することも可能な親切設計。でもね、Hoffmannは本編だけ観ていて、ちゃんと全部の箇所がわかりましたよ・・・って、自慢にゃなりませんな(^o^A;

削除シーンはどれもいわゆるゴア・シーンですね。Hoffmannさん、そんなにご覧になりたかったんですか?(^^;

それほどでもないが・・・観られないとなると観たくなるという心理だよ、ましてや30年近く封印されていたわけだし・・・それに、いかなる事情であれ、検閲だの自粛だのによるカットなんてないほうがいい





2010.12.18 sat


ティーン・スラッシャー映画もう1本、「ヘルナイト」Hell Night(1981年・米)です。監督はトム・デ・シモーネ、主演はご存知「エクソシスト」のリンダ・ブレア。



大学の新入生歓迎会、恒例の肝試し大会で、いまは廃屋となった古い豪邸に一泊するのは新入生の男女4人。この屋敷がまたいわく付きで、その昔、主が妻と奇形児の子供たちを殺害して自殺、しかし子供のひとりは死体が発見されず、いまも屋敷内を徘徊しているという噂が・・・って、もうその後の展開はわかりますよね(笑)今年に限って惨劇が起こるというご都合主義もお約束♪ 新入生たちを脅かそうとする先輩たちが次々と血祭りにあげられ、ついに凶行は4人の新入生たちにまで及び・・・。



ヒロインのリンダ・ブレアは今年一番の美少女という設定なんですが・・・いや、演技も出演者のなかでは貫禄のそれでしてね、それでも決してすれた印象のない清純派を演じているんですけどね・・・つまりその、相手役のピーター・バートンがまさに甘いマスクの美少年だけに、いやあのその・・・(^^A;

出演者の皆さん、この種の映画にありがちな、ぱっと出の素人さんではありませんね。演技に関しては、どなたも悪くないと思いますよ

その意味ではリンダ・ブレアのネームヴァリューに乗っかっただけの映画ではないね


もうひと組のカップルはお調子者にセクシー系ってのもお約束。このヴィンセント・ヴァン・パタンは子役時代から活躍しているひとなんですが、じつはプロテニスの選手なんですと。ここではお調子者ながら、いざとなればやるときはやる、といった好青年ぶりを演じています。こういうキャラクターは、うっかりすると優等生タイプの主役を食っちゃいますね(笑)

なるほどですね〜たしかにスポーツ選手らしい、いい体格をされています(^^*


スプラッター度もほどほど。舞台となる古い豪邸はそこはかとなくゴシックムード漂い、古典的な幽霊屋敷ものの変種として観ればなかなか悪くない雰囲気です。逆に言うと、どことなく古くさい印象も否定はできないんですけどね。

前年の「13日の金曜日」を意識しているようなところもありますね




2010.12.17 fri




クスリマス・・・じゃないや、クリスマスも近いのでこんな映画を―「暗闇にベルが鳴る」Black Christmas(1974年・加)です。監督はボブ・クラーク、主演はオリビア・ハッセイ。


クリスマスシーズンのトロントは私立大女子寮。学生たちはクリスマスを実家で迎えるための帰省を前にしてパーティを開いているところ。そこに連日のようにかかってくるいたずら電話。下品なことばに酔っぱらったバーバラがやり返すと、電話の主は「殺してやる」と―。その後自室に戻った女学生がクローゼットに隠れていた殺人鬼にビニールをかぶせられて窒息死させられてしまいます・・・が、階下では学生たちが寮母にプレゼントを贈っている最中でだれも気が付かず。




オリビア・ハッセイ演じるジェシカは恋人であるピアニスト志望のピーターに、妊娠したが生みたくないと告白、ピーターは堕胎に反対。やがて殺された女子学生が行方不明であることから警察が捜査を開始、その後寮母も殺され、また、いたずら電話の連続に逆探知装置が取り付けられます。


バーバラが自室のベッドで謎の殺人鬼に襲われているころ、やはり階下ではなにも知らずに・・・というシーン。なかなか効果的ですね。



いたずら電話の逆探知に成功した警察、ジェシカに電話して「いますぐ外に出ろ、電話は寮のなかからかかってきているんだ!」ジェシカに迫る殺人鬼の正体は・・・。


これは、いわゆるティーン・スラッシャー映画でしょうか?

スラッシャー映画の草分けといわれている映画だね

でもスプラッターではありませんね。残酷シーンは抑えめで、惻々と恐怖感を高めていくあたりはよくできた映画だと思います。殺人鬼の正体は・・・さほど意外でもありませんが、その動機や内面などがまったく説明されていないのが、かえって不気味です

よくできたサスペンスものだよね。犯人については、ときどき「真犯人は別にいたんだ!」って言ってるひとがいるんだよね。ラストで電話の音と電話の主の声が聞こえるから・・・でもこれ、単にそこまでのstory展開のエコーだと思うんだけどね、現実のものではなくてさ


この結末は、あえて「真犯人はあいつじゃなかったの?」と疑わせる、つまり観る側を宙ぶらりんな不安へと突き放そうという意図かもしれませんよ。そのために、こんな事件があった女子寮に、眠っているヒロインひとり残してみんな引きあげちゃうという、いささか非常識な結末になっているんじゃないですか?

ああ、警察は寮のなかを捜索もしないで・・・おかげで死体もそのまんまだもんね

最後にその死体が窓越しに映し出されて・・・その映像と電話のベルが相俟って、なんとも不気味な余韻を残して幕切れとなるわけですよ


ところで、この映画で要注目はアル中気味アネゴ肌のバーバラを演じるマーゴット・キダー。この映画の前後にはブライアン・デ・パルマの「悪魔のシスター」Sister(1973年)にも主演、その5年後、「スーパーマン」の恋人役でブレイクした女優さん。ところがこのひとの人生はその後波瀾万丈、変転著しく、交通事故に遭って重傷、おまけに破産、躁鬱病・パニック障害で失踪、ホームレスとなってしまいます。いまはリハビリを経て映画界に復帰。Hoffmannの所有している北米盤DVDの豊富な特典映像に、最新のインタビューも収録されています。




2010.12.16 thurs




その後、またまた続々と海を越えて飛来してきた銀色の円盤たち。




2010.12.15 wed




ベルリオーズのオペラ「ベンヴェヌート・チェッリーニ」の2007年ザルツブルク音楽祭公演のDVD、これもじつに斬新―というより珍奇な演出なんですが、案外とおもしろく観ちゃいました。なんとかゲルギエフとかいう指揮者は、以前取りあげたグリンカの「ルスランとリュドミラ」のDVDとはかなり異なった印象。オーケストラの違いか。ついでにいかにも不潔そうなヒゲも目立たなくなってますな(笑)キャプチャしてないので画像は省略。

それにしても、チェッリーニの自伝はおもしろい。本人は数年かけて口述筆記させ、自分は文筆の教育を受けていないからと、詩人である友人に託した・・・この友人がまた立派な御仁で、修正も改変も一切加えなかったんだそうです。おかげでゲーテを感激させ、ルソーもおおいに刺激された自伝となったんですね。なにしろ波瀾万丈の人生なんですが、他人の悪意に見舞われた件も決して愚痴っぽくならず、毒殺されかかった一件も淡々と語る、内容は冒険心に富み、その語りはまさに大人(たいじん)の風格。




2010.12.14 tues



これはWagnerの“Parsifal”、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団ほかによる2004年のバーデン・バーデン祝祭劇場における公演のDVDから。演出はニコラウス・レーンホフ。かなり以前、このdiscを入手した際にもちょっとだけ取りあげましたね。お写真のティトゥレルはあたかもゾンビの扱い。はじめて観たときにはいささか呆れてしまったものですが、近頃は歳のせいか(笑)ま、これはこれでありかなと思うようになりました。癒えることのない傷を負って、死ぬこともできずに苦しみ続けるアンフォルタスは、いわば「生ける死者」であり、それが先王-父に投影されていると思えば納得ですよ。



お花が匂う春の朝に森のこやぶで生まれたんですねっヾ(^∇^*みみずくおじさんが言ってました (^o^;花ちゃん、それはバンビよ〜




2010.12.13 mon



相も変わらずヘッドホン・リスニングにハマりっぱなしなんですけどね(^^*ヘッドホンだと録音の善し悪しがよくわかります。念のため断っておきますけどね、Hoffmannが「録音が悪い」というのは、ごく古い録音に対して言う場合もありますが、それよりもマルチマイクによる不自然な音場感について言っていることがほとんどなんですよ。stereoとは名ばかりの左右のピンポン録音(mono×2だ)とか、調整卓上の操作の結果でしょう、楽器の距離感の不自然さ(ある楽器がオーケストラの展開するなかからではなく、いきなり眼前に聴こえる、とか)などが、まるわかり(^^;とはいえ、近頃の録音では、そうそうケッタイなシロモノは(少なくともHoffmannの聴いているクラシックの録音では)少なくなりましたな。

ヘッドホンといえば、このお写真に写っている最近入手されたものではないんですが、Hoffmannさんがお気に入りのモデル、webで検索すると「高域に刺激感」とか「ドンシャリ」といった評価がもっぱらなんですが、我が家ではぜんぜん「ドンシャリ」じゃありませんよね

そうなんだよね。むしろ落ち着いた重厚感が支配的と感じる。まあ、つながれた装置や鳴らしている音楽(disc)によっても印象は異なるだろうし、また聴く側の問題もあるからね。やっぱり自分で使ってみんことにゃわからんもんだね

ところで、ヘッドホンの向こう側からこちらを見ているのは・・・(^^;

音楽の われを屡々捉えふるは 海にも似たり・・・ヾ( ̄∇ ̄*

花ちゃん、意味わかるの?(;^o^)
ヾ(^∇^*ぜんぜんわかりませんっ





2010.12.12 sun



リチャード・フライシャー監督の「絞殺魔」The Boston Strangler(1968年・米)です。1962年から1964年にかけて、ボストンで発生した連続殺人事件の顛末を、ドキュメンタリータッチで描いた作品。出演はトニー・カーティス、ヘンリー・フォンダほか。


セミ・ドキュメンタリーふうの構成はこんなところにも―やたら目に付く画面分割。ちなみにDVDの英語音声はstereoで、音や台詞もピンポンみたいに左右を行ったり来たり・・・ちょっと目まぐるしいなあ。



捜査陣がわらをもすがる思いで頼った「超能力探偵」ピーター・フルコス、このあたりも史実どおりに描かれていますが、ために、さほどドラマの展開に貢献しない要素でさえも丹念に描かれていて、冗長との印象も避けられず。しかし・・・



後半、別件で逮捕したアルバート・デサルヴォこそ「ボストン絞殺魔」ではないかと尋問を行うシーンでは、ここまで事件をドキュメンタリーふうに積みあげてきた甲斐あって、息詰まる緊張感。冗長と思えるシーンも無駄ではなかった?



なんといっても見どころはトニー・カーティスの鬼気迫る演技。おかげで映画としての出来は立派なもの・・・なんですが、ちょっと待て・・・この映画、事実に基づくとされているんですが、じつはアルバート・デサルヴォが1964年に別件(強姦事件)で逮捕されて、この連続絞殺殺人事件に関しては、(勝手に)自白して公判中に制作されているんですよ。つまり、デサルヴォはこの時点では容疑者にすぎなかったのに、映画のなかではすっかり真犯人扱いされている。よってせっかくのトニー・カーティス迫真の演技も(俳優に責任はないが)脚本家の想像の産物であり、「見てきたような嘘」なんですよね。法廷で立証されていないものを、勝手に有罪として、その犯行を映画にしちゃまずいでしょ。だいいち、デサルヴォの二重人格なんてのも、あくまで映画のなかでの設定であって、あまり根拠がない。それでも臆面もなく「実際の事件に基づいている」なんて看板を掲げている。

まあ、集客すなわち金儲けが最優先のハリウッドのことですから、ンなこと、かまやしないってわけでしょう。
いや、たしかに映画としてはよくできているんですけどね。

・・・で、その後裁判ではどうなったんでしょうか?

物証はなくて本人の自白のみ、法廷で自白しなければそれまでだから、逮捕のきっかけとなった強姦事件のみについて責任能力を争って、その結果終身刑となり、ボストン絞殺魔事件については起訴されなかったんだよ。そして服役中の1973年に、獄中で何者かによって刺殺されたそうだ




2010.12.11 sat



ルチオ・フルチの「墓地裏の家」The House by the Cemetery(1981年・伊)です。

自殺した前任者の仕事を引き継ぐためにニューイングランドに移り住むこととなった歴史学者。息子は謎めいた少女メイから警告を受け、やがて不可解な出来事が重なり・・・じつはその家は19世紀に禁断の人体実験を行っていたフロイトシュタイン博士の家だった・・・というstory。


晩年、生活のために駄作を量産したと言われるフルチですが、これはその直前の時期の佳作。しかしながら、フロイトシュタイン博士が行っていた人体実験ってなんだったんですか? 前任者は殺されたのではなくて自殺したのはどういうわけ? ゾンビ化(?)したフロイトシュタイン博士が屋敷に移り住んできたひとたちを殺すのはどうして? 殺してどうすんの? この結末はどういうこと?・・・等々、ツッコミどころは満載。まあ、つじつま合わせなどまるで意に介さないフルチ監督ですから、言わぬが花(^^;
ヾ(・∇・*)))呼びましたかっ? それに、このフロイトシュタイン博士は動作が鈍くて怪談の上から跳び蹴りでもかましたら、簡単にひっくり返って「きゅう」とか言いそうなんですけどね(笑)


男の子は可愛くもなければ勇ましくもないんですが、女の子は可愛らしい(^^*これ、イタリアン・ホラーの法則(そうか?)。それはともかく、この映画、幽霊屋敷ものだと思って観ればなかなかいいatomosphereを醸し出しており、悪くはありません。フロイトシュタイン博士はばっちいけれど(笑)残酷描写もフルチとしてはさほど派手でもしつこくもなく、雰囲気で恐怖感を盛りあげる佳作と言っていいんじゃないでしょうか。

う〜ん・・・(^^;




2010.12.10 fri

最近読んだ本―。

「河原者ノススメ 死穢と修羅の記憶」 篠田正浩 幻戯書房
「さかさまの幽霊」 服部幸雄 ちくま学芸文庫
「創造する無意識 ユングの文芸論」 C.G.ユング 松代洋一訳 平凡社ランブラリー
「幻想の古代史」上・下 ケネス・フィーダー 福岡洋一訳 楽工社
「オルレアンのうわさ」(第2版) エドガール・モラン 杉山光信訳 みすず書房
Elliott O'Donnellの怪奇実話の本、いろいろ

「○○ノススメ」とは、表題はなんともセンスが悪いが、内容はいい本。「幻想の古代史」は装幀が・・・最近この種の本が流行っているんでしょうか、まあ、おもしろかった。「オルレアンのうわさ」は数年ぶりに再読。試着室に入ったきり行方不明といった都市伝説を読み解く、マスコミ論の古典的名著ですね。昔はよく、怪奇小説好きはいずれ実話ものにゆきつく、なんて言われたものですが、オドンネルにはちょっと山師的な匂いがありますね、おもしろいことはおもしろいんですけど。





2010.12.09 thurs

寒い夜は、静かに(やり)過ごす。




2010.12.08 wed

videoやDVDで、とくに「しかるべき」海外盤で映画を観るようになってこの方、かつてTVで観ていたロードショー番組というのは、あれはいったいなんだったんだろう、と思わざるを得なくなりましたな。

CMでぶつ切りにされることなどには目をつぶっても、放送時間枠に納めるために、ほとんどの映画はかなりのカットを余儀なくされ、おまけに4:3の画面に合わせるため、本来横長であるるはずの画面の左右も切り取られてられてしまう・・・。いや、そもそもディレクターズ・カットなるものの存在が示すように、映画館での公開版だって、さまざまな(きわめて散文的な)事情によって編集されている、つまりは監督の意図を無視したカットは施されている。ときには監督のあずかり知らぬシーンや音楽が追加されていることもありますよね。そこに上記のとおり、TV放送のための大鉈が振るわれてしまうんですから、これはもはや「何之某監督の作品」と呼べるものではないのではないか・・・。いや、かならずしもディレクターズ・カット版が至上とは限らないんですけどね。しかしながら、なんともつじつまの合わない、storyがまるで伏線もないままに唐突に展開する映画だと思っていたのに、これまで知られていたアメリカ公開版ではなくて、ディレクターズ・カット版や某国公開版で観てみたら、なんだ、ちゃぁんと筋が通ってるじゃないか、ってことがあるんですよ。

よって、Hofmannの場合、同じ映画のDVDを複数種類所有していることがあるのは、幼稚な「見せびらかし」などではもちろんなく、また画質がどうのこうのといった程度の、単純な理由ではないんですよ。

同じ映画のDVDを複数種類お持ちになっている場合の、理由というか原因が、もうひとつありますよね(^^*

・・・? なんだっけ・・・( ̄o ̄?

「間違えてまた買った」というケースですよっ(((*^o^)σ)~0~)/プニッ♪



※ 画像は本文とはほとんど関係ありません。




2010.12.07 tues



前々回だったかな、帰宅時にひさしぶりに聴いて夢中になってしまったレコード。フランク、ピエルネ、ヴィエルヌのピアノ五重奏曲、ジャン・ユボーのピアノ、ヴィオッティ弦楽四重奏団の演奏による仏Erato2枚組LP。

フランスのピアノ五重奏曲といえば、おそらく多くのひとがフランクの作品を最高傑作と考えているんじゃないかな。いや、そのとおりなんですけどね、しかしHoffmannはあらためて聴いてみて、ヴィエルヌのそれも、フランクの名作に一歩も引けをとらない傑作であるとの思いを新たにしましたよ。

ルイ・ヴィエルヌといえばオルガン奏者として有名で、その作品もオルガン曲が比較的よく知られているんですが、室内楽もすばらしい。このピアノ五重奏曲は、第一次世界大戦で少年義勇兵として17歳の若さで戦場に散った息子への思いを注ぎ込んだ挽歌です。

あまりにも美しく深い悲しみに満ちた、これほどの名曲が録音に恵まれないのはなぜなのでしょうね・・・

いや、むやみに凡庸な演奏を重ねられて人口に膾炙してしまうくらいなら、むしろいまのままの方がいいのかもしれないなあ・・・



あと、ヴィエルヌなら私はウージェーヌ・イザイに献呈され、そのイザイに「フランク以後、最高のヴァイオリン・ソナタ」と絶賛されたというヴァイオリン・ソナタが好きです

そういえば、チェロ・ソナタはパブロ・カザルスに捧げられたんだよね。この2曲にしても、どうしてこれほどの名曲がさかんに演奏されないのか、不思議だよね




2010.12.06 mon

先日自宅に帰宅した際、めずらしくR.シュトラウスが聴きたくなって、「四つの最後の歌」のレコードを聴いたんですよ。そのとき、結構メモをとってきたのにそのメモが見あたらない(^o^;まあいいや、記憶で書いちゃおう―。


左はアンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団のバックでアンネリーゼ・ローテンベルガーが歌ったレコード。1970年代の録音、独Electolora盤。ローテンベルガーは衰えが目立って、もともと低めの音域で地声になりがちな欠点があからさま。内面表現でそのあたりをカバーしているものの、第一曲の冒頭などほとんどフラットに聴こえてしまうのはいかんとしがたい。プレヴィンの指揮も歌とのからみという点では不満。

たしかに、いま一歩歌手とオーケストラがかみ合わないもどかしさがありますね

右はクラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、ルチア・ポップのソプラノ。最晩年のおばさん声になる手前のポップの声。四曲を巧みに歌い分けているとは言い難いものの、美しくかつ個性的な歌は見事。オーケストラはテンシュテットらしく、旋律線重視で縦の重層的な面白味に欠ける。ただし情感の表現はテクニックとしてのそれではなく、胸に迫る好演。

指揮者は典型的な情念派ですよね。その伴奏と可憐なポップの声という組み合わせは、これはHoffmannさんのお好みの演奏ではありませんか?(^^*



エリーザベト・シュワルツコップ、ジョージ・セル指揮ベルリン放送交響楽団による、これは古くから有名なレコードですね。シュワルツコップはHoffmannにとってはあまり好きな歌手ではないんですが、冒頭からさすがに格が違うわいとは認めざるを得ません。歌い口(発声?)がやや古いくさい印象もあるんですが、入念なコントロールの行き届いた歌はさすが。ただしこのレコードが好きかと言われると微妙なんですけどね(^^;オーケストラはやや響きが明るめ。

たぶんHoffmannさんがこの歌手をお気に召さない理由であるところの、テクニック上の「あざとさ」が、ここではあまり気になりませんね。ただ、線が細すぎてちょっと不安定気味に聴こえてしまうのが、旧世代の歌手故でしょうか



フラグスタート、フルトヴェングラー、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による1950年5月22日のlive録音。これは国内盤です。声の威力はこれが一番かな。でも細部のニュアンスなど、表現としてはどうだろう・・・録音がよくないので断定的なことは言えません。いずれにせよ、HoffmannがめずらしくR.シュトラウスを聴きたくなったときに、そこに求める演奏とはやや隔たりが大きい。

咆哮するばかりの歌手とは思いませんけれど・・・ここまで聴いてきた歌手とはタイプが違いすぎますよね(笑)




2010.12.05 sun



アメリカから、あるいはイギリスから続々と飛来してきた銀色の円盤ですよ。あ、国内から届いたやつもありますな(輸入盤だけど)。このところやってきた面々は、超の字がつくような名作やら通俗コメディも数本混じっていますが、いわゆるホラー映画がほとんどです。古典的ghost storyあり、ティーン・スラッシャーにB級Z級スプラッターあり、イタリアンから北欧産、ゲルマン系におフランス謹製と多彩な顔ぶれ。静かな寒い冬の夜には、やっぱり西洋怪談がふさわしいですなあ(^^*




2010.12.04 sat



いや、たいして意味のない連想から引っ張り出した本ですよ。




2010.12.01 wed

先日購入したワイヤレスヘッドホン、SENNHEISERのRS180なんですけどね、現在もmonologue
2010.11.12 friで書いたとおり、ユニヴァーサルプレーヤーのアナログ出力をトランスミッターに直接入力して使用しています。で、このトランスミッターの入力端子が3.5mmのステレオミニプラグ。ユニヴァーサルプレーヤの出力はRCAだから・・・



・・・こんな変換ケーブルを買ってくるわけですね。まあ、今回は手持ちのなかにあったのでわざわざ買ってこんでも済んだが。ちなみにこれは国内メーカーのお安いもの。以前、同様のケーブルで結構なお値段の海外製品を購入したら、左右の表示(赤・白)が逆になっていたことがありましたな。まあ、別にこのケーブルでなにも問題はありません。



でもね、我が家の余ったケーブルを見ているうちに、こんな方法もあるなと・・・ふつうのRCAケーブルの片側に3.5mmへの変換プラグをかませる。接点は増えるけれど、1mに及ぶケーブルの品質は一歩向上するんですから、ひょっとするとこの方がいいかもしれない、少なくとも変化はあるだろう・・・というわけでやってみたら、上のお写真のケーブルなんてそんなに高級品ではないんですけどね、ああ、こちらの方が断然いいや。

いや、最初は余っているなかから、もっと太くてプラグの造りも立派なケーブルを使ってみたの。そしたらケーブルが重すぎて、軽量なトランスミッターが傾いちゃう(笑)あまり太すぎず重すぎず、高品位なケーブルというのもこれでメリットがあるんだわいとしみじみ思う、極月は亥の刻。