monologue 2011.11

2011.01 2011.02 2011.03 2011.04 2011.05 2011.06 2011.07 2011.08 2011.09 2011.10 
2010.01 2010.02 2010.03 2010.04 2010.05 2010.06 2010.07 2010.08 2010.09 2010.10 2010.11 2010.12
2009.01 2009.02 2009.03 2009.04 2009.05 2009.06 2009.07 2009.08 2009.09 2009.10 2009.11 2009.12
2008.01
2008.02 2008.03 2008.04 2008.05 2008.06 2008.07 2008.08 2008.09 2008.10 2008.11 2008.12
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2011.11.31 Σ( ̄□ ̄;



これは以前取りあげたことのある中川信夫監督の「怪談蛇女」(1968年)のDVD、右は国内盤で、左はNTSC、Region0(all)の米盤。アメリカでのタイトルは“Snake Woman's Curse”。



米盤のジャケットはリバーシブル仕様になっていて、裏返すとこのとおり。この印刷の印象に似て、画質は米盤の方がやや明るめと見えます。いやね、間違えて買っちゃったのよ(^o^;




2011.11.30 wed



2011.11.16 wedに、海外発注したDVDの「予習」と言ってリリーナ・カヴァーニに関する本をupしていましたが、ようやく届いたので報告小間で。“I cannibali”と“Milarepa”、いずれもイタリア盤、やっぱりこのあたりになるとイタリア本国でしか出ていないんですね。




2011.11.29 tues



さて本日取りあげまする映画は「プレスリーVSミイラ男」Preslly vs Miira(2002年・米)でござい・・・って、おもいっきり
おバカなタイトルだと思われるかもしれませんが、そのとおり(笑)ロックン・ロール界のキングとミイラ界のキングが老人ホームで繰り広げる壮絶な死闘!(笑)ところがね、これが存外おもしろかったんですよ。タイトルで敬遠していると損ですぞ。

プレスリーは生きていた! 老人ホームで生活しているセバスチャン・ハフ、当人によればじつは彼こそ本物のエルヴィスで、かつてプレスリーのそっくりさんと入れ替わって地方巡業でのんびり暮らしていたところ、入れ替わっていたそっくりさんの方が死んじゃった、つまり世間で死んだと思っているのは、あれがセバスチャン・ハフなんであると・・・。


(これは回想シーン)

・・・しかし、そっくりさんのショーの最中、ステージから転落して腰を痛めてしまったたためにいまは老人ホームで寝たきりに近い状態。そんなおじーちゃんの言うことなんか、誰も信用しません。もはや死を待つのみかとショボクレていたところ、ホームの老人たちが次々と謎の怪死に見舞われる事件が・・・これがふとしたはずみで蘇ったミイラ男の仕業であると知った、この(自称)プレスリーは、同じホームの、これまた自分こそ暗殺を逃れたジョン・F・ケネディであると称する黒人の老人とともに立ちあがります。



栄光に満ちた過去を振り返るばかりの日々、身内もなく、ホームでの友もボケてしまったり一足お先にオダブツしたりで、もはや人生を諦めていた老人が、ミイラ男との戦いに臨んで、忘れていた活力を取り戻すクダリは感動モノ。ケネディ老人はスーツを着て車椅子に乗り、プレスリーはもちろんステージ衣装に身を包み、歩行器につかまってヨタヨタと戦いの場へ赴きます。



そしてラスト、満天の星空だけが彼らの孤独な戦いと勝利を祝福してくます。なんかね、よくあるでしょ、「そうらいいだろ、感動するだろ、ほら、感動しろよっ」というクサイ映画。ところがここではそういった押しつけがましいクドさがなくてかえって効果的、しみじみとしてしまいます。ミイラ男の造形も安っぽく、巨大な虫なんかただのオモチャにしか見えない、かなりの低予算ぶりなんですが、やっぱり映画造りってのはセンスなんですなあ。傑作とまでは言いませんが、怪作というよりもまとも、佳作以上のいい映画でした。こんな映画を造るなんざ、アメリカっちゅう国も、まんざら捨てたもんじゃありませんなあ・・・ゲホゲホゲホ 旦(^∇^*))))
おじーちゃん、おくすりの時間ですよっ




2011.11.28 mon

えー、いまさらですが、「悪魔の棲む家」The Amityville Horror(1979年・米)です。



スチュアート・ローゼンバーグ監督による、もはや古典ですね。じっさいに起きた事件に基づいているとして、ドキュメンタリー風に構成しているのが効果的な、いわゆる「幽霊屋敷もの」です。それだけに、印象的なシーンは、なんといっても屋敷の外観と、終盤の血の流れる階段ですね。ただし「じっさいに起きた事件に基づ」いているというのはホラー・・・じゃなくてホラです。

ま、よくできた映画かなとは思うんですが、こういったハリウッドのメジャー級映画って、あまり親しみがわかないんですよね(^^;




一方こちらはアンドリュー・ダグラス監督によるリメイク、「悪魔の棲む家」The Amityville Horror(2005年・米)です。こちらは堂々と(?)女の子の幽霊が出てきますね。リメイクはオリジナルより出来が悪いという定説がありますが、ちょっと検索してみたら、見たひとのご意見は「全然ダメ」か「まあ悪くない」といったところみたいです。Hoffmannはたいして期待もせずに観たせいか、そんなに悪くないと感じました。storyはほぼオリジナルどおりで、いまの撮影技術、特殊効果で作ったらこうなる、というリメイクです
ね。その意味ではオリジナルへの敬意が感じとれて、好感が持てます。



これ、印象に残ったシーンなんですが、どうやって合成したのかなと思ったら・・・



特典映像のメイキングを観たところ、合成じゃありませんでした。ちゃんと命綱は付いているんですが、徐々に慣らして、最後は本当に屋根の上を歩いたんですね。



ちなみにこの映画の子役はみんな可愛らしいですね・・・ってゆーか、インタヴューにこたえている様子は貫禄充分、完全に一人前の女優さんみたいです。う〜ん、さすがだ(^o^A;

ちなみに父親役のライアン・レイノルズも、役作りのために子役の子どもたちとは、あまりprivateでは親しくしないようにしていたんですと。おかげで子どもたちはこの俳優さんに嫌われているんだと思っていたとか。映画の撮影っちゅうのは、どちらさまもたいへんなんですなあ。




2011.11.27 sun

ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」三部作をとりあげた(第一作はかなり以前だが)ついでに第四作、「ランド・オブ・ザ・デッド」Land of the Dead(2005年・米・加・仏)ですよ。



印象的なシーン、ちょっと「恐怖の足跡」Carnival of Souls(1961年・米)を思い出しちゃいました。


ま、前にも言ったとおり、ゾンビを貧困層、あるいは虐げられた民衆に見立てた社会派ゾンビ映画です。主人公の仲間の、顔にやけどを負った銃の名手チャーリーは、これ、人間とゾンビの中間的な存在の如く印象付けるためのキャラクターなんでしょう。そこまでお膳立てした「考えるゾンビ」、「仲間の死に悲しみ、怒りを覚えるゾンビ」をどう捉えるかで、感想は異なってくるんでしょうね。

Universalの制作・配給とあって、いかにも予算も余裕があって、storyもスケールが大きく、それだけにハリウッド的なシステムに予定調和してしまっているのがツマラナイ。さらに言えば、悪役はわりあい魅力的で、脇役もキャラが立っているんですが、ヒーローたる主役(サイモン・ベイカー)があまりにも存在感希薄。富裕層の生活ぶりは典型的というよりほとんど陳腐なステレオタイプでいささか失笑もの。正直なところ、Hoffmannはこの抹香臭いゾンビ映画は好きじゃありません。

チョロはゾンビになってなお、人格をこれっぽっちも失うことなく、カウフマンに復讐にやってくるのもなんだかご都合主義が過ぎるんじゃないか。それに、主役のライリーはカウフマンのためではなくて、都市が攻撃されると市民が巻き添えを食うから出動するんだよね。でも、富裕層の描かれ方がアレだから、どうにも感情移入できない。むしろ攻撃されてめちゃめちゃになんって、ゾンビの反乱が広がればいいんじゃないか、なんて思えちゃうんだよね

主役の存在感が希薄なのは、ゾンビ(民衆)が主役になっているからではないでしょうか? 私はこの映画を観ていて、たとえばムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」のようなロシア・オペラを連想しちゃいましたよ

過激な残酷趣味が物足りない・・・とは言わないけれど、人間ドラマ(ゾンビを含む人間ドラマ、という意味)性が色濃くなった分だけ、救いのない絶望感とか破滅への恐怖感といったものは薄まってしまった・・・というよりてんで感じ取れなくなっちゃってるんだよね

たしかに幕切れは、そこはかとなく未来への希望を感じさせるような終わり方でしすね。なんだか観た後に「猿の惑星・征服」のような印象を残しますね



こちらのゾンビはゲスト出演の・・・わかります?(笑)以前取りあげた「ショーン・オブ・ザ・デッド」Shaun of the Dead(2004年・英)の監督・脚本のエドガー・ライトと脚本・主演のサイモン・ペッグですね。「ショーン・オブ・ザ・デッド」はロメロ監督もお気に入りなんだそうです。Hoffmannだって、こんなお遊びにケチをつけたりはしませんよ、念のため(笑)




2011.11.26 sat



ひさしぶりにバルビローリのCDをいくつか購入。



いや、The Barbirolli Society盤(以前はDuttonから出ていた)なんですけどね、数が増えて、なんかもう、shopの棚の前に立つと、なにを持っているのか持っていないのか、記憶に自信がなくなっちゃって手を出せないでいたんですよ。だから棚から根こそぎ持ってきて並べておいて、webで持っていないやつをいくつか注文したの。通販てのはこういうときに便利ですね。




2011.11.25 fri



「デオダ・ド・セヴラック 南仏の風、郷愁の音画」椎名亮輔(アルテスパブリッシング)。最近書店で見つけた本ですけどね、奥付によれば今年の9月20日の刊行。もうすこし気候が暖かいうちに入手したかったなあ。




2011.11.24 thurs

本日はロメロのゾンビ映画第三作、「死霊のえじき」Day of the Dead(1985年・米)です。



この映画、邦題で損をしちゃいましたね。映画自体は第一作、第二作に及ぶものとは思わないんですが、残酷描写はここまでの三作のなかでは随一、地下要塞という舞台の閉塞感も効果的です。人間側のエゴや醜さをを前二作よりも徹底して描いているあたり、その後の作品につなげてゆく中継的な位置付けが可能でしょう。もちろん、なにより悪役のローズ大尉のキャラクターが魅力的ですばらしい。上の画像はその最低男の末路ですが、Hoffmannも、もしも人生の幕引きにゾンビに食われることとなったならば、ローズ大尉のように「おれの肉で窒息しやがれ」なんてセリフを吐いてグチャグチャのオダブツとなりたいもんです。

〜♪

キャラクターの魅力と言えばこのゾンビ、バブもいいですね。この画像はベートーヴェンの第九交響曲を聴いているところ。



ローガン博士が殺されたことを知って慟哭するバブ。悲嘆にくれるゾンビに感情移入させて、その復讐の的が悪役ローズ大尉であることから、観客はバブの復讐(活躍だ)に爽快感さえ覚えるわけですね。

このあたりの扱いが、いずれ製作されることとなるゾンビ映画を(結果として)予告しているわけですが、逆に言えばここからロメロ・ゾンビの行き詰まりがはじまっているのかもしれません。いや、悪くはないキャラクターとその扱いなんですけどね、どうもロメロにしてsentimentalismの介入に抵抗できなかったんだなあと思うんですよ。ゾンビを人間として扱ってしまえば、その行く末は社会派ホラーとなってしまうことは自然な成り行き。次の「ランド・オブ・ザ・デッド」の後には外伝的な小さなエピソードを点描したような作品が続いているでしょ。つまり社会派は結局行き詰まっちゃうんですよ。



それにしても、この俳優さんの演技は見事です。言うまでもなく、台詞抜きですからね。

このひと、メイキングで観ると、なかなかハンサムな方なんですよね(^^*



個人的には残酷趣味は少々やりすぎ・・・と言いたいところなんですが、トム・サヴィーニの仕事ぶりにケチはつけたくない(笑)なお、ゾンビたちの「お食事」シーンで手前を横切っているマフラーのひと、これ、ロメロ自身なんですよね。

さらにもひとつエピソードを―ピッツバーグではゾンビ役のエキストラ募集には苦労しなかったそうで、皆さん喜んでやって来てくれて、なかには大学教授とその夫人なんてのまでいたとか、そしてその日の撮影が終了すると、メイクも落とさずにそのままファミリーレストランやマクドナルドに行って食事をしているひとたちもあったとか・・・なんだか聞いているだけで楽しそうで、うらやましくらいですね(^o^*




2011.11.23.wed



これは何度かupしたことのある本―Gregory A. Wallerの“The Living and the Undead”です。入手したのはかなり以前。1986年頃の、University of Illinois Pressからの刊行。

当時のHoffmannは“Living Dead”と言われたら吸血鬼のこととしか思わない純朴な少年(?)だったので、いざ読んでみたら文学だけでなく映画などのメディアに現れたゾンビなどについての記述が多くて、ちょいとがっかりしたもんです。よく見れば副題に“From Stoker's Dracula to Romero's Dawn of the Dead”とあったのにね。しかも裏表紙は「ゾンビ」Dawn of the Deadのスチール写真だ(笑)

その後、Hoffmannも成長したんだかあるいは老成したんだか、はたまたボケたんだか、いつの間にやらゾンビ映画などもよく見るようになってきましてね、いまやトボケ老人となって、このhomepageのはじめの方では、ホラー映画は古典に限るっというようなことをほざいていたことなんざ脇においといて、本日はロメロのゾンビ映画など取りあげてしまうわけです。



じつはこのmonologueでは、かなーり以前の2008.01.11 friに「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」Night of the Living Dead(1968年・米)を取りあげておりまして、この時点でロメロの三部作と言われている「ゾンビ」(1979年)、「死霊のえじき」(1985年)、さらに2005年の4作め、「ランド・オブ・ザ・デッド」までは観ておるんですね。ちょっと引用してみましょうか―。

---ここから---
結論から言うと、Hoffmann的にはこの第一作だけがいいかなと・・・。ここでは「生ける死者」が、「正常な」登場人物たちにとって、ひたすら理不尽な恐怖の対象であることに徹しているのが好ましいんですね。その後の映画では「生ける死者」が「ゾンビ」という名のsupernaturalな存在となって、特定の個人よりも、社会にとっての脅威―恐怖となってしまう。そのため、「ランド・オブ・ザ・デッド」なんて安っぽい社会派映画と成り下がっているんですね。もっとも、おそらくそのあたりがかえって評価されているのだろうと思いますが、制作順に観ていくと、なんだかギリシア悲劇でアイスキュロスやソフォクレスが本質的・根源的な人間像を描いたのに、エウリピデスに至って社会における人間像となってしまったのと同様なツマラナサを感じるんですよ。ロメロなら、断然この第一作ですね。
---ここまで---


いま読み返してみても「やっぱりなあ」と思います。この頃は「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」一本があればそれで充分だったんですよ。ところがね、何度か観ているうちに第二作の「ゾンビ」Dawn of the Dead(1978年・米・伊)もこれは相当な傑作だと思うようになりました。



第一作がふつうの民家におけるゾンビとの一夜の攻防なら、こちらはショッピングセンターが舞台。さすがにファンも多くてほとんど語り尽くされているとは思うんですが、主人公側に感情移入させられているかと思うと、ゾンビの大暴れに爽快感を覚えてしまうシーンもあり、ときにユーモアもにじませつつ、身勝手な欲に駆られた人間たちの醜さを描いてゆく様はまったく見事と言うほかありません。

ところで、「ゾンビ」にはversionがいくつかあるようなんですが、Hoffmannは米国劇場公開版とダリオ・アルジェント版の二種類をを観ています。アクションをゴブリンの音楽にのせてテンポよく観せるアルジェント版はお祭り気分でドンパチを楽しんで、爽快感を求めるのであればこれはこれでアリだとは思いますが、Hoffmannはユーモアとほろ苦いイロニーが交錯する米国劇場公開版の方が好きですね。いや、こちらでなくては、良くも悪くも第三作につながっていかないでしょ。




2011.11.22 tues



エクソシストといっても映画の話じゃありません。よく神父さんのセリフであるじゃないですか、「悪魔はひとの心の中にあるです」、「あなたも、心に悪魔を宿したことがあるでしょう」、とかって。あれ聞くとがHoffmannなんかは「こいつ、救いようのない莫迦だな」としか思わないんですよ。Hoffmannは神だの悪魔だのなんて、まるっきり信じちゃいないんですけどね。しかし不思議なものでしてね、日常、エクソシストとして「お仕事」しているひとというのは、上記のような寝言を言っている低脳よりもよほどましな人間だと思えるんですよ。




2011.11.21 mon

最近読んだ本―。

「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」 アンドリュー・パーカー 渡辺政隆・今井康子訳 草思社
「三葉虫の謎 『進化の目撃者』の驚くべき生態」 リチャード・フォーティ 垂水雄二訳 早川書房
「子どもの頃の思い出は本物か 記憶に裏切られるとき」 カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也訳 化学同人
「隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学」 シャンカール・ヴェンダム 渡会圭子訳 インターシフト






2011.11.20 sun

最近届いたDVDから―。



左の“KANETO SHINDO'S KURONEKO”はもちろん新藤兼人監督の「藪の中の黒猫」(1968年)、そのBlu-ray盤。出演は中村吉右衛門、太地喜和子、乙羽信子・・・って、どの名前も変換で出ないなあ。右の“The Black Cat”はルチオ・フルチ監督の「恐怖! 黒猫」(1980年・伊)です。「藪の中の黒猫」は名作、海の向こうからの送料含めてもお値段は安い、ルチオ・フルチはミステリとしては支離滅裂なstoryながら、雰囲気はなかなか悪くない、一般に言われるほどの愚作ではないと思うんですけどね。

しかしなんだな、こいつぁじつに残念だったなあ〜


え? なにが残念だったのですか?(・・?

ユービン局が持ってきたんだけどさ、やっぱりこのdiscはヤ○ト運輸に配達してもらいたかったねえ(^o^*

(/_ _)/ドテ




2011.11.19 sat

先日のマゼールBoxに続いて、またCDセットの大物が届きました。



本日はベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団創立50周年記念のBoxset。CD50枚組でCypresからのリリースです。ちなみに50周年を迎えたのは2010年、王立を名乗るようになったのも同じ年だそうです。このオーケストラのdiscといえば、LPではポール・シュトラウス指揮によるフランク、CDではパスキエのモーツァルトやシベリウスのヴァイオリン協奏曲などを所有して愛聴しておりまして、そのあたりはこのsetにも収録されているためダブってしまうんですが、そのほかブラームス、コダーイ、グリーグにシューマンなどの名曲が若干、あとはほとんど聴いたことのない珍しい作曲家の作品です。無作為に数枚取り出して聴いてみたところですが、いやあ、愉しいなー(^-^*




2011.11.18 fri

先日、戦後のドイツ映画馴染みが薄いなんて言っちゃいましたが、本日はドイツ映画のDVDが2本―。



左は2011,11,15 tuesで言ったとおり、映画本からの導きで、同時に映画そのものとの関連で引っ張りだしてきた本。ここで取りあげられている小説はHoffmannとも無縁じゃありません(笑)右のDVDはその小説の映画化。もう観ましたけどね、わりあいフツーの映画でした(fetishismが足らんのよ)。



ハンス・ハインツ・エーヴェルスの「アルラウネ」。大向こう受けを狙った通俗entertainmentと言ってしまえばそれまでなんですけどね、ちょいと人造人間か改造人間譚のような妖しさが匂うあたり、さらにファムファタル(運命の女)の物語であるところ、アーサー・マッケンの「パンの大神」にも通じるような気がするんですよ。右のDVDは1950年のArthur Maria Rabenalt監督による“Alraune”「妖花アラウネ」。主演はHildegard Knef、ほかにErich von Stroheim、Karlheinz Boehmが出演。この映画、ずっと以前から観たいと思っていたんですよ・・・で、観てみたんですが、あまり怪奇味はなくて、典型的なメロドラマといった印象でした。念のため言っとくけど、「メロドラマ」っちゅうのは悪口じゃないかンね。なお、“Alraune”は1928年にも映画化されており、そちらは監督がHenrik GaleenでPaul Wegener、Brugitte Helmがご出演。DVDは本国ドイツでも出ていない模様。観たいなあ。

ところで、いつぞや取りあげた「血を吸うカメラ」で主役を演じていたカールハインツ・ベームは指揮者カール・ベームの息子さんですね。よく「カール・ハインツ・ベーム」とか「カール=ハインツ・ベーム」なんて表記されていますが、正しくは「カールハインツ・ベーム」なんじゃないでしょうか。間違ってたら五面な賽よ(笑)もちろん、原作者の名前はHanns Heinz Ewersですから「ハンス・ハインツ・エーヴェルス」で正しいのよ。

Hoffmannさん、きょうの晩ご飯はオムレツですよっヾ(^∇^*このトマトケチャップのお味はいかがですかっ?




2011.11.17 thurs



ラヴクラフトの作品集、Penguin Classics版です。じつはこれも映画関係で読み返そうと引っ張りだした本。既に手許に届いたDVDを見た後に原作にあたってみるためと、これから届く予定のDVDを見る前に原作に・・・ま、よした方がいいとは思ったんですがね(笑)ちなみに表紙の絵はこのページではもはやお馴染みですね。中身の作品より格調高いかもなあ。それにしてもラヴクラフトの小説って、めったに使わないような単語が頻出するので読みにくいんですなあ。



結局いま読みたいものはこの2冊には収録されていなかった(^^;それで創元推理文庫版で読んでいますよ。やっぱり繰り返し同じことを叙述している箇所が目に付きます。ただ、そのクドいところが「芸」になっちゃってることも、否定はできないんだよなあ。




2011.11.16 wed



これまた映画関係本。画像は以前upしたことがありましたね。ドイツ映画って、戦前・戦中の表現主義黄金時代はともかく、戦後以降はどうもイギリスやフランス、イタリアのそれと比較すると馴染みの薄い印象があるので、ちょいと調べてみたくなって入手した本です。買う前に巻末索引を見ましてね、Christoph Schlingensiefはともかくも、Joerg Buttgereitまで取りあげられているくらいだから、たいがいのところは網羅されているんだろうなあ、なんて思いましてね(笑)



これはLiliana Cavani(名前のスペルは覚えやすい!)に関する監督論・作品論。先日海外にDVDを発注しましてね、ちょいと予習ですよ、フッフッフッ・・・( ̄ー ̄*




2011,11,15 tues



映画関係本ですよ。このなかでも、とくにいちばん右の「ファンタスマゴリア」を読んで・・・



・・・そのあと取り出したのがこちらの本とDVD。いずれ日をあらためて取りあげちゃおうかな。




2011.11.14 mon



これはいわゆるスパイクベース。かなり古くから売られており、未だ現行製品であるPerfect SoundのピンポイントAVベースです。ミニパイクとディスク(ベース)は別売りで、色はゴールドとブラックの二種あり、スパイクはゴールドがGP-520、ブラックがGP-510、ディスクはゴールドがGP-728、ブラックがGP-718という型番。お写真手前がGP-510で上がディスクのGP-728とGP-718ですね。ゴールドのスパイクはいま手持ち分全部使用中で写っていません。

一番最初に入手したのはゴールドのベースでした。スピーカースタンドのスパイク受けとして長らく使っていたんですけどね、その後別のものに交換してみたらそちらの方がよかったので、余っちゃった。そこでスパイクの方も導入してスピーカー屋やアンプやらのしたに使ってみたんですよ。ところがね、なんかあまり効果が芳しくない。全域に渡って音がすっきりするんですけどね、どうも腰高になっちゃって、地に足が着かない印象。ところがその後いくつか他社のスパイクやベースを使ってみて気が付いたのは、これ、なぜか音楽の「ノリ」がよくなるんですね。使ってみると楽しい音になる。さらに、純正組み合わせではなくて、このスパイクを別なベースで受けてみると、バランスも改善される。いまのところ、j1 projectのB35またはB35DLCと組み合わせてCDプレーヤー及びuniversalプレーヤーを支えてもらっています。これは帯域バランスを高低いずれにも振ることなく、落ち着いた響きとなって、なおかつ音楽から性器・・・じゃねえや(笑)、生気を損なうことがないのでたいへん気に入っています。B35は受けのスリバチが深いので、設置するときも楽ちんなのが隠れたメリット(笑)


で、受け側のディスクの方は・・・?

これも別なスパイクと組み合わせていろいろ試しているところなんだけど、いまはまた小型スピーカー用スタンドのスパイク受けに使っているよ

とくに重心が腰高のバランスとは感じませんが?

それはね、実をいえば怨霊・・・じゃなくて(^o^A;、音量次第でもあるんだよね。音量をちょっと大きめにすると、たいがいのアクセサリー類はその違いが無視できる程度になっちゃう。ただ、このスパイクは基本的に元気な音になるから、中音量以下でその他の要素にいい効果を発揮してくれればありがたいんだけど・・・




2011.11.13 sun

次はWIRE WORLDです。Hoffmannさんがお持ちなのはいちばん下のクラスのSOI6(ソリスタイス)と、ひとつ上のOAI6(オアシス)ですね。多くのメーカーでは、製造しているRCAケーブルはさまざまでも、同じメーカーであればたいていの場合は音質は同傾向にあると思っていたのですが、このふたつのケーブルはかなり性格が異なりますね。
SOI6の方は音が溶けあう軟調傾向。音場は適度な距離感があって、とにかく刺激感のないソフトな音調ですね。細部の見通しはいま一歩かもしれませんが、これが持ち味なのだと思います。Hoffmannさんがヘッドホンシステムにこのケーブルをお使いになっている理由がよくわかります。
一方OAI6はやや高域側のレンジが広がって、刺激のないなめらかさは失わず、積極的に分解してきます。このため、重心はやや腰高な印象もありますが、よく整っていて節度を感じさせます。昨日のQEDよりも落ち着いていて、きれいに整った音ですね。音像は三次元的に定位しますが、距離はやや近くなります。このことと相俟って、微弱な音もよく拾って出してはいるんですが、響きがあまり尾を引かないようで、このため豊かな音場感を醸成するというよりも、正確なモニター系といった印象ですね。

・・・って、ああ、一対一で相対評価とすると説明しやすくなりますね(^o^;
( ̄_ ̄*そゆこと

もう1本ぐらいやってみる?(笑)

もうカンベンしてください〜(^o^A;




2011.11.12 sat

えー、それではHoffmannさんがご愛用のRCAケーブルについて、私がコメントしてみますね(^_^A; 
( ̄o ̄*マカセタ

まずはACROLINKの6N-A2200IIです。このメーカーの製品としては下から2番目のグレードですね。これはHoffmannさんが以前のお住まいにいらした時分には、CDプレーヤーとアンプの接続に常用されていたものです。さほど広帯域とは感じさせず、高低ともほどほど。解像度も決して高いという印象はなくて、音のブレンド感が魅力のケーブルですね。音場は広くはなくて、どちらかというと中央寄り、加えてやや遠めに展開して、豊かなホールトーンが感じられるあたり、Hoffmannさんのお気に召したのだと思います。ですから、大編成のオーケストラなどをリラックスして聴くことができます。オペラだと、もう少し歌手の声など、音像をくっきり描いて欲しいような、あとわずかの解像感を求めたくなることもあります。ピアノソロだと、なんだかブリューゲルの絵みたいに(笑)すべての音が丸く聴こえてきます。

次にイギリスのメーカー、QEDのPerformance Audio1です。これは導体が銀メッキOFCでしょうか。たしかに銀コーティング線らしい高域の輝き、きらめきが聴き取れます。といって派手になりすぎず、品位を保った、整った美音ですね。そのあたりに耳の注意が向けられてしまうので、低域が薄いわけではないのですが、重心はやや高めな印象があります。このケーブルに限らず、低音って高域側の印象でかなり左右されますよね。じっさいに低音が控えめなケーブルなんてあまりなくて、ところが最近の製品は高域端を伸ばす方向ですから、どうしても高域寄りのバランスと聴こえてしますのではないでしょうか。話がそれてしまいましたけど、このケーブルに関しては、もう少し中域に厚みが備わっていてもいいかなとは思います。音像の実在感がいま一歩で、むしろそのようなリアリズムを求めるよりも、あくまでこの美音に浸るべきケーブルなのかもしれません。チェンバロなどを聴くと高音域が明快に立ってきて、どことなく往年のBBCモニタースピーカーのバランスを連想させるようなところがありますね。

・・・フウ(^o^A; 
ヾ(^∇^*おつかれさまですっ




2011.11.11 fri

RCAケーブル衝動買い(^^;これが大当たり、わはははは・・・。

Hoffmannさんはインターコネクトケーブルとはおっしゃらないんですね

インターコネクトケーブルっちゅう言い方はどうも年寄りにゃあ馴染みが浅くってね

それはそうと、ケーブルに関してはいつもひと言程度しかコメントなさらないんですよね。たまにはレビューのようなこともおやりになってみてはいかがですか?

たいして高級品も持ってないし、あまり人様の参考にはなりそうもないぞ。だいいち、音に関してきちんと語るのは荷が重いなあ・・・そうだ、優美がやってみてよ(*^^) 
(・o・;ええーっ?




2011.11.10 thurs



これも先日届いたDVD。つ、ついに入手した・・・。

これは・・・「スタフ王の野蛮な狩り」ですね(^^*




2011.11.09 wed




このところ、ちょこちょこと(どーんと、ではなく)海外からDVD、Blu-rayが届いております。お写真はそのなかからシャーロック・ホームズものの古典。

左は定番中の定番とも言うべきBasil Rathbone、右はRonald HowardのTV版ですね・・・で、いかがでしたか? やはりRathboneこそホームズらしいimageがあるんでしょうか、それとも・・・

う〜ん、こちとらてんで無知無教養な単なる「ホームズ好き」、とうていシャーロッキアンと自称できるようなもんじゃないから、知ったかぶりはできないのよ(^o^;ただ、いろいろ観ていると、ジェレミー・ブレット版がじつによくできていると思えて、また先日ケース写真のみupしたソヴィエト版ホームズが、これまた佳作以上の出来であることにも気付かされるとだけ言っておこう




2011.11.08 tues



そういえばHoffmannの服って、上着からズボン、シャツに至るまで黒ばっかりなんですよ。逆に一枚も持っていないのはチェック柄。




2011.11.07 mon

最近入手したCD、まとめて3枚―。



左はブルッフの管弦楽曲、スウェーデン舞曲集、ロシア民謡による組曲、セレナーデ。珍しい作品ですが、先日取りあげた弦楽四重奏曲ほかの室内楽作品ほどの魅力はなし。

中央はメシアンの「世の終わりのための四重奏曲」、ミヨーの「世界の創造」室内楽版、パウル・クレー四重奏団ほかによる演奏。お写真はブレているように見えますが、こういうデザイン。これは作品も演奏もいいですね。ことにミヨーの室内楽版は新鮮です。

右はバルビローリ指揮ベルリン・フィルによるブラームスの交響曲第2番、1962年6月6日コヴェントリー大聖堂におけるlive録音。liveらしい勢いのある演奏ですが、個人的にはウィーン・フィルとのElectrola正規録音の方が好きかな。Hoffmannはウィーン・フィルなんて格別魅力も感じないし好きでもないんですが、バルビローリが振った録音を聴くと、やっぱりほかとは違うのかなと思っちゃいます。同オーケストラの響きの美しさを引き出しすことにかけては、このバルビローリがいちばんだったと思っています。




2011.11.06 sun

マゼールのboxset、ようやく発売されて手許に届きましたよ。



次々と聴いてみたんですが、どうもクリーヴランド管弦楽団との録音は、マゼールのテクニックがあざといばかりに感じられてあまりおもしろくない。ベートーヴェンの交響曲などは各曲、終楽章まで聴くのが少々苦痛です。なんかね、終楽章から第1楽章に戻って、続けて聴いても違和感がない。音楽の表情が単一色で塗りつぶされているかのよう。「ドン・ジョヴァンニ」の全曲録音を思い出しますね。

同じくクリーヴランドとのチャイコフスキーの後期交響曲も同様ながら、こちらは入念な表情付けも後期ロマン主義ならではのデフォルメとも思えて、そんなに気にならない。チャイコフスキーといえば「1812年」はバイエルン放送交響楽団とウィーン・フィルとの二種類の録音が収録されていますが、ここでも変わらぬマゼールの表情付けは、この俗悪な音楽をますます俗悪にしているようで、いささか失笑モノ。これ、やりすぎると下品になるという例じゃないでしょうか。

バイエルン放送交響楽団とのR.シュトラウス。ああ、このオーケストラも、良くも悪くもマゼールの棒に忠実ですね。クーベリックの振ったdiscを聴いて、これが同じオーケストラとは思えません。しかし、R.シュトラウスの作品としてはかなり完成度は高い。

ドビュッシーやラヴェルのウィーン・フィルは同オーケストラならではの個性がマゼールの音楽造りにプラスアルファの美点を付け加えているような気が・・・しないでもない。いや、ここに収録されていないマーラーの交響曲録音ではそんな音楽になっているですが、ここではそれほど成功していないなあ。

フランス国立管弦楽団とのマーラー交響曲第1番は・・・自宅に置いてあるアナログLPで聴くのとはズイブン印象が異なります、もういっぺん聴いてみないとなんとも言えません。同オーケストラとのベルリオーズ「幻想交響曲」、ホルストの「惑星」はR.シュトラウス同様、マゼールのテクニックばかりが目立ちます。ちょっと嫌みなくらい。

ベルリン・フィルとのWagnerはなかなかいいですね。オーケストラの底力か、リズムを重くしない重量感があって見事です。そういえばElectrola録音のブルックナーの交響曲第7番と第8番もいい演奏でしたね。マゼールって、Hoffmannの知る限り1970年代はベルリンでは人気がなくて、ベルリン・フィルの定期演奏会に登場すると、ステージに出てきただけでブーをとばされていたこともあったんですよ(これはさすがに失礼だよね)。そのオーケストラを振ってこれだけの録音を行っているんですから、ちょっと皮肉かも。

あと、ウィーン・フィルとバイエルン放送交響楽団による各1枚のストラヴィンスキー、ピッツバーク交響楽団とのシベリウスはまだ聴いていません。グローフェ、レスピーギ、サン=サーンスあたりは、あまり聴こうという意欲が湧かないなあ(笑)

Hoffmannさんがお好きなマゼールのdiscは、1960年代のベルリン放送交響楽団との録音なんですよね

'60年代のレコードとしてみれば、バッハにしろモーツァルトにしろ、同時期のカラヤンなんかメじゃないぞ。あんなにいい演奏していたのになあ・・・この当時の録音を集めて発売してくれればすごいセットになるんじゃないかと思うんだけどね




2011.11.05 sat



チェリビダッケのEMIから出ていたセットは左に写っているブルックナーしか入手していませんでした。あ、ブルックナーはシュトゥットガルト放送交響楽団とのDGG盤も入手しています。Hoffmannにとって、チェリビダッケはなによりブルックナー指揮者なんですよ。

・・・で、その他のセットは手を出していなかったの。そしたら限定版とのことながら、大幅値下げでリリースされたのが「チェリビダッケ・エディション」とかいうシリーズ。右に写っている宗教音楽とオペラ(の序曲、前奏曲など)をまとめたセットを購入しました。やはりチェリビダッケが声楽をどのように処理しているのかはちょいと興味がありましてね。

とりあえず真っ先に聴いたのはBrahmsの「ドイツ語によるレクイエム」とMozartのレクイエム。コンセプトは同じながら、Brahmsのほうがいいですね。Mozartはややきれいごとに終始してしまった印象です。「きれいごと」といっても、コルボのような媚を感じさせるようなイヤラシサではないんですけどね、緊張感に至らず、色彩感にも乏しいモノトーンのimage。もっともこれは古楽器演奏のダイナミックな演奏に慣れてしまったからかも。次にVerdiのレクイエムを聴けば、場当たりな効果を狙わず、緊張感を保ちながら淡々とした歩みで徐々に終曲に向かって高揚してゆく、これぞチェリビダッケの演奏。

オペラの序曲、間奏曲ではWagnerの「パルジファル」から「聖金曜日の音楽」が、これはチェリビダッケかというくらいドラマティック。ちょっと外面的な効果を狙っているようにも聴こえて意外。内面的な深さと、Wagnerによってスコアに込められた特異な響きの再現に関しては、「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死が頂点。これまで海賊盤で聴いてきた演奏とはかなり印象が異なります。これは同じ演奏なのかどうか・・・時間がとれたら聴きくらべてみたいですね。

今回発売されたセットは置き場所も取らなくていいですね(笑)




2011.11.04 fri



「乱読」っちゅうもんは恥ずべきことだと思っています。でも、たまにゃ「暇つぶし」で本を読むことだって、ありますよ。




2011.11.03 thurs



もう何度か言ったことですが、本棚の並び順にはいろいろと意味がある・・・のではなくて、いつの間にかそこからなにか新しい発想が生まれてくるんですよ。




2011.11.02 wed



このところイタリア産のいわゆるホラー映画をよく観るので、なんとなく取り出して読んでいた本。フランスのゴンクール賞作家、ドミニック・フェルナンデスのエッセイ集、というか、文明批評かな。べつにイタリア映画を観るのに直接参考になるわけではないんですが、周辺から攻めてゆくのも必要なんですよ。



フェルナンデスといえば去勢(カストラート)歌手の生涯を描いた小説「ポルポリーノ」が有名ですね。カストラートについては、いまはなかなかいい参考書の翻訳が出ています。

それでは、今夜はグルックのオペラか、それともモレスキのdiscをお聴きになりますか?(^o^*

うんにゃ、今宵はイタリアワインを脇に、「黄色映画」など観賞するべえ(^^* ヾ(^∇^*んだんだ




2011.11.01 tues




先日ハンス・ザックスの「謝肉祭劇集」を読むときに、その横ちょに並んでいたのでいっしょに引っ張りだしてきた本です。左の本を読むと大便がしたくなります(笑)

徳利スターっていうんですよねっヾ(^∇^*

花ちゃん、それを言うならトリックスターよ〜(^o^;

徳利なら徳利大明神とか・・・さて、イッパイやるかな(((*^^)