monologue 2012.10

2012.01 2012.02 2012.03 2012.04 2012.05 2012.06 2012.07 2012.08 2012.09
2011.01 2011.02 2011.03 2011.04 2011.05 2011.06 2011.07 2011.08 2011.09 2011.10 2011.11 2011.12
2010.01 2010.02 2010.03 2010.04 2010.05 2010.06 2010.07 2010.08 2010.09 2010.10 2010.11 2010.12
2009.01 2009.02 2009.03 2009.04 2009.05 2009.06 2009.07 2009.08 2009.09 2009.10 2009.11 2009.12
2008.01
2008.02 2008.03 2008.04 2008.05 2008.06 2008.07 2008.08 2008.09 2008.10 2008.11 2008.12
2007.01 2007.02 2007.03 2007.04 2007.05 2007.06 2007.07 2007.08 2007.09 2007.10 2007.11 2007.12
2006.01〜2006.03 2006.04〜2006.06 2006.07〜2006.09 2006.10〜2006.12
2005.01〜2005.03 2005.04〜2005.06 2005.07〜2005.09 2005.10〜2005.12
2004.12




2012.10.31 wed



中世の旅芸人からの連想で、我が国に目を向けてみた。これは篠田正浩の「河原者ノススメ 死穢と修羅の記憶」(幻戯書房)。いわゆる芸能人という人種のルーツ。同時に、現代のそれが、いかに本来備わっていたはずの聖性を失ってしまっているのかということがよくわかるはず。




2012.10.30 tues



monologue 2012.10.22 monに左の本―ヴォルフガング・ハルトゥングのまさに書名そのまんま「中世の旅芸人」(法政大学出版局)を、中世の旅芸人についての参考図書として挙げましたが、右のフランツ・イルジーグラー、アルノルト・ラゾッタの「中世のアウトサイダー」(白水社)も読みやすくて参考になるので追加。こちらは大道芸人のほか、乞食、娼婦、ハンセン病患者、風呂屋に床屋といった階級についても論じています。旅芸人についてだけじゃないのか、なんて思わないように。こうした被差別者が同列に論じられているところがミソなんですよ。




2012.10.29 mon



たまたま本屋をのぞいたら本日発売、魔が差して買っちまっただよ(笑)「別冊映画秘宝 ウルトラセブン研究読本」(洋泉社)。読んでいておもしろいことはおもしろいんですが、なーんかコンテンツが雑然と並べてあるだけの印象も。ひし美ゆり子はいまでも(Hoffmann的にはいまの方が・笑)綺麗な方ですなあ。



その横ちょに積んであった、同じく「別冊映画秘宝」の「ナチス映画電撃読本」も併せて購入。先日ナチス関連の本を取りあげて、そこからナチスに関わりのある映画にも話が続いていきましたけどね、この本が手許にあったら・・・まあ、なんの影響もなかっただろうな(笑)しかし、「アイアン・スカイ」Iron Sky(2012年・芬・独・豪)っちゅう映画のことはぜんぜん知りませんでした。これはぜひとも観てみたいぞよ。それと、ダリオ・アルジェントの「フェノミナ」Phenomena(1984年・伊)が、じつは「裏設定でナチスが勝利した世界を舞台に想定」・・・って、ホント?




2012.10.28 sun

急に肌寒くなってきましたね〜(^^〃




いや、いくらなんでもここまで冷え込んではおらんぞΣ( ̄□ ̄;




2012.10.27 sat

それにしても、これまで「そんなにお高くない」電源ケーブルを導入して、気に入らないものが出てきて入れ替えられてるってことは、新たに採用されたケーブルは、もうすこしお値段の張るものか、それともさぞかし高級品nano? なんて思われるかもしれませんが、逆です。どんどんお安いものに取って代わられているんです(^^;

勘のいいひとならおわかりかもしれませんが、つまり通販業者からの購入です。通販業者というよりも、自作代行業者と呼んだ方が実体に近いかな。まあ、これももう少し使ってみないとあまり自信を持ってどうこう言えないんですが、これまでのところ、概ね素直で癖のない音を出すケーブルが多いんですよ。我が家にはaudio関連の検索語でたどりつくひとはほとんどおられないようなので、あまり興味のある方はいらっしゃらないかもしれませんが、そのうちにいくつか並べて取りあげてみるかもしれません。

monologue 2012.08.24 friに映像系のケーブルを取りあげていましたよね(^^*




2012.10.26 fri

音楽を聴いていて、作品や演奏に対する評価―っちゅうことばはあまり使いたくないんだが―が変化するのはHoffmannにとって不思議でもなんでもありません。いわんや装置においておや。最初は気に入っていたスピーカーなりアンプなりが、2年も使っていると、だんだん欠点ばかりが気になりはじめるということはあります。でも、この場合は変化というよりも、「気づき」かな。

いやね、ケーブルなんですけど、とりあえず導入してつないでみたら、あまりいいの悪いのと性急に判断しちゃわないで、しばらくはそのまま聴いているわけですよ。そのうちにケーブル替えたことなんか忘れちゃって、「ここんとこ調子いいな」と思うか、「なんか変だな」と感じるかしたら、元に戻してみる。そうスっと、導入したケーブルの傾向と、それに対する自分の評価っちゅうか、好き嫌いが判明するというわけです。

たとえば自宅の電源工事以来、機器の電源ケーブルを徐々に取り替えてきたわけです。わかりもしないのに、潜在・・・じゃなくて線材だとか、シールドがどうとかプラグが某社製とかこだわってもしょうがないので、あまりお高くないものをテキトーに選んできたんですよね。で、導入したからには、できるだけ好意的に、その交換によって良くなったところを意識するようにしていたんですが、やっぱりだんだん気に入らないものが出てくる。ケーブル1本、余分に入手してどこか入れ替えてみたら、入れ替えた方が良くて、はみ出したケーブルはどこに使ってみても、定着しない。

そんなことやってたらね、もう何本かの電源ケーブルとRCAケーブルが追放の憂き目を見ることになっちゃった。あまりお高くないとはいえ、結構なお値段だったのにね。だからこれはダメだって結論を下すのは本当に残念なんですよ。でも、気に入らないとなると、手許に置いとくのも嫌な性分でしてね。

そんなことやってて、しばらくしてから気がついたんですけどね、その、バイバイしちゃったケーブルが揃いも揃ってロジウムメッキのプラグなのよ。この事実をもって、Hoffmannにゃあロジウムメッキは合わないと断定してよろしいのかどうか、いまンところはわからない。RCAプラグがロジウムっちゅうのはもうひとつも残っていませんけどね、ロジウムメッキのプラグを持つ電源ケーブルは2、3本残っている。いずれにせよ、今後新たにケーブルを導入するに際しては、プラグのメッキ材質を確かめてから選択することになるでしょうなあ。

♪そうとも、私はのら犬メッキーヽ( ̄0 ̄)/ (^o^;ななな、なんでそんなの知ってるの?

♪めったに聞かない恋の畜生〜ヾ( ̄∇ ̄)/ (^_^;花ちゃんまで・・・






2012.10.25 thurs



一昨日「月末にはバレンボイム、バイロイトのハリー・クプファー演出による『ニーベルングの指環』が出るんだよねえ」なんて言いましたが、あれれ、もう届いちゃった。

やはり一昨日言ったように、とくに「ラインの黄金」や「ワルキューレ」終幕での、レーザー光を駆使した演出はBD盤の高画質で観てこそですね。こうなると、そもそも映像メディアがリリースされていないヴィーラント演出などは諦めもつきますが、パトリス・シェローの一時代を画した舞台がここまでの画質に至っていないのはまことに残念です。

あらためて観賞してみると、バレンボイムの指揮はまだしもこの頃の方がよかったかなと感じ、以前は弱いとしか思えなかった一部の歌手たちが、いや、結構頑張ってるじゃないスか・・・。

ミュンヘンの「リング」で奇天烈としか思えず、このひとWagner作品の演出はやめて欲しいなあなんて言っていた(discが出たら買わなきゃならんから・笑)レンホフですが、そのミュンヘン「リング」からは早くも古びたかのような印象を受けて、しかし昨今の常軌を逸したかのようなトンデモ演出の後では、先日の「トリスタンとイゾルデ」、「ローエングリン」、「パルジファル」などはまだしもまともに見えてしまうんですから、これから先、Hoffmann自身の好き嫌いなんて、どうなってゆくことか、わかったもんじゃありませんな。受け手の評価が不変なんてことはありえません。

ペーター・コンヴィチュニーなんて嫌いダ。



こう書いておこう。いつの日か、この一文を見て「こんな時期もあったんだな」なんて苦笑する日がHoffmannにやって来るものかどうか・・・(笑)




2012.10.24 wed



ビンボーで欲しいものもなにも買わずに我慢しているHoffmannですが、Wagnerのdiscは別です( ̄- ̄*)ひとはパンのみにて生きるに非ず・・・

「パンの実に手を切るべからず」・・・?(・∇・?

セバスティアン・ヴァイグレ指揮フランクフルト歌劇場の「ニーベルングの指環」、「ジークフリート」と「神々の黄昏」が発売されて完結。届いたばかりで未だ聴いてませんが、オーケストラに関しては、「ラインの黄金」はさほどとも思わなかったものが、「ワルキューレ」では見違えるように充実した演奏となっているので、ちょっと期待しています。いずれあちらのページに追加しますよ。

(2012.10.28 追記)
「ジークフリート」を聴いた。見事だ。




2012.10.23 tues



昨日取りあげたグラインドボーンの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」がよかったからというわけではないんですが、左は2007年同音楽祭live収録の「トリスタンとイゾルデ」。イルジ・ビエロフラーヴェクの指揮で、歌手はロバート・ギャンビル、ニーナ・ステンメほか。レンホフ演出によるこのプロダクションはグラインドボーン音楽祭初のWagner上演。中央と右はケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団、温泉で有名なバーデン・バーデンの祝祭劇場におけるlive収録の「ローエングリン」(2006年)と「パルジファル」(2004年)。演出がこれまたいずれもレンホフなのはタマタマ。

じつはこの3点、DVD発売時にすべて入手済み、その後BD盤が出たわけですが、もうDVD持っているからいいやと見送っていたもの。ここへ来て入手したのはかなーりお安くなっていたのと、某shopのポイントで全部買えちゃったから(^^*

月末にはバレンボイム、バイロイトのハリー・クプファー演出による「ニーベルングの指環」が出るんだよねえ。DVDではじめて観たとき、あのレーザー光を駆使した演出こそもっと高画質で観たいものだわいと思ったもんですから、やっぱりあれも買うつもり。

このところ、DVD旧譜が軒並み値下げ傾向にあり、そのまま廃盤となるものも見受けられ、ここで入手しておいた方がいいのか、Blu-ray化を待つのが得策か、ビンボーで生活の苦しいHoffmannとしては、おおいに悩むところですなあ。

貧乏ですかねえ・・・(^^;

だって、上の3点だってポイントがたまってなけりゃ買えやしなかったぞ

ポイントがたまっていたということは、それだけお買い物をしたからなんじゃないですか〜(*^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2012.10.22 mon



Wagnerの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のBlu-ray盤がやって来ました。2011年6月のグラインドボーン音楽祭におけるlive収録。指揮はウラディミール・ユロフスキ、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、歌手はジェラルド・フィンリー、マルコ・イェンチュ、ヨハネス・マルティン・クンツレほか。演出はディヴィッド・マクヴィガー。

最近観た「マイスタージンガー」の映像のなかでも出色の出来じゃないでしょうか。歌手は必ずしも強力とは言いかねるんですが、ホールもそんなに広くないのでしょう、咆哮せずに歌いやすそうに見えます。指揮のユロフスキはcpoから出ているReznicekやWilhelm Peterson-Bergerなどのdiscでは聴いていた・・・って、あちらはMichail Jurowskiか。とスっと、この指揮者を聴いたのははじめてかな。ちょっと聴くと熱血のようでいて、結構考えていますね。そうしたところが浮いちゃったりしないでもないんですが、あまり神経質にならずにオーケストラを美しく鳴らしています。

演出はとにかく違和感なく納得のできるもの。Bayreuthのなんとかいう女は爪の垢でも煎じて飲みなさい。ただし、ところどころ先人のコピーかなと思う箇所もあります。たとえば、第三幕の歌合戦の場で旅芸人たちが現れるあたりは、来日公演もあったベルリン・ドイツ・オペラのゲッツ・フリードリヒ演出を思わせますが、フリードリヒ演出だとヴァルターが歌っているとき、次々と舞台袖から登場して、その歌に聴き入っているんですよ。民衆も含めてこうした階層の人々の存在をとりわけ重視するフリードリヒらしい演出なんですが、ここではただいるだけ。曲芸とか見せてますけどね。つまりお祭りに呼ばれたゲストでしかない。中世ドイツ(ヨーロッパ)の旅芸人たちの身分とか立場を演出に利用していないのは、これは意図的と言うよりはあまり深く考えていないからでしょう。ま、おかしなイデオロギーに汚染されているようなどこぞの演出とは大違いで、こういう舞台を観るとほっとしますなあ。



これ、参考図書。




2012.10.21 sun

映画「エマニエル夫人」Emmanuelle(1974年・仏)のシルビア・クリステルが亡くなられたそうですな。まあ、この映画を観ていないHoffmannでも、スチール写真などはすぐに思い浮かびます。シルビア・クリステルがこれ以外にどんな映画に出演しているのか、Hoffmannはぜんぜんわかりません(^o^A;それでもこの代表作、当時は一世を風靡して、パロディとか模倣とかもあったようです。



上の画像は天知茂の明智小五郎シリーズ第12作、その名も「エマニエルの美女」(!)から。この、全25作に及ぶTVシリーズの脚本家には数名の名前が並んでおりますが、これと第8作「悪魔のような美女」がジェームス三木とかいう男の脚本によるもの、さらに第22作めの「禁断の実の美女」が合作で、まあ表題からも検討がつくかと思いますが、シリーズ中でも悪夢の如き最低な駄作です。

monologue 2008.02.02でも同じことをおっしゃってますよ〜(^o^;




2012.10.20 sat

さて、その「失われた時を求めて」なんですが、拾い読みと各巻単独の翻訳に接したのを別にすると、これまでに全巻通読したのは3回です。新潮社版、筑摩の全集版、そして鈴木道彦訳の集英社文庫版、各1回。現在光文社古典文庫と岩波文庫から刊行中なので、寿命が許せば、すくなくともあと2回は読む通す予定なんですが、既刊分を読みはじめてしまうと、次の巻が出るまで中断を余儀なくされてしまうので、いずれも未読。いっそ続刊が出るたんびに振り出しに戻って、1→2、1→2→3、1→2→3→4、1→2→3→4→5・・・という按配に読んでみようかな。この思いつきはなかなか壮大で悪くないざんショ。



お写真はJean-Yves Tadieの“Proust”、これはSuhrkampから出たドイツ語訳。下に開いて置いてあるのは三笠書房版、五來達訳による「見出された時」、斎藤磯雄訳の「愉しみと日々」を併録。




2012.10.19 fri




シャルリュス男爵、ロベール・ド・モンテスキューなんて出てきたからではないけれど、「失われた時を求めて」を貫くテーマというか、さまざまな要素のなかでも、同性愛というのはとりわけ重要。ここ数年来、作家論とか作品論(研究)の類はあまり手を出さないようにしていたんですが、それでも手許にあるなかからこんな本を引っぱりだして読み返してみると、これは必要な文献であるわいとの感、いまさらながらに。とくにこの原田武「プルーストと同性愛の世界」(せりか書房)はプルースト研究のためばかりでなく、同性愛について考察するのに最適にして必須の本。さすが、せりか書房はいい本を出しておりますなあ。







2012.10.18 thurs

これはmonologue 2008.05.04 sunで取りあげたパリ・オペラ座におけるRoland Petitバレエ団による「プルースト」“Proust ou Les Intermittences du Coeur”のDVDから―。音楽はフランクのヴァイオリン・ソナタをはじめ、レイナルド・アーン、フォレ、ドビュッシー、ベートーヴェン、ワーグナーなど。



第1場(Tableaux1)と最後の第13場はヴェルデュラン家のサロンのソファにプルースト(を思わせる風貌の「話者」)が座っていて、すべてその思い出(記憶)として描かれているようなんですが・・・。



これはシャルリュス男爵。



花咲く乙女たちとアルベルチーヌです。いや、これが「失われた時を求めて」ならこれでいいんですけどね、「話者」をあえてプルーストの風貌に似せて、タイトルを“Proust・・・”とするならば、つまりプルースト自身の記憶だというのなら、花咲く乙女たちは男の子たちであるはずで、アルベルチーヌも男性でなければおかしいということになるんですけどね(^^;

「失われた時を求めて」の結末で「話者」は小説を書こうとするわけですから、その物語がここに展開していると見てもいいわけですが、それだと、この舞台は「もう書いちゃった」後に思い起こしているか、あるいは「構想中」みたいなことになりますよね。まあ、そんな屁理屈はどうでもいいんですけどね(笑)いや、半分くらいは冗談ですから。







2012.10.17 wed



フォルカー・シュレンドルフの「スワンの恋」Un Amour de Swann(1983年・仏・西独)から―アラン・ドロン演じるシャルリュス男爵。

ラウル・ルイス監督の「見出された時」Le Temps Retrouve(1998年・仏・葡・伊)ではジョン・マルコヴィッチが演じているんですが、いまキャプチャしていない。




2012.10.16 tues


プルーストの「失われた時を求めて」の登場人物といえば、その重要性と魅力において随一といっていいのがパラメード・ド・シャルリュス男爵ですね。メロヴィング王朝から続くフランスきっての名門出身、傲岸・不遜な大貴族、あらゆる芸術から女性の衣装に至るまで洗練された鑑識眼を持ち、時に野卑な(たとえばscatologicalな!)言説を弄する趣味人、ナルシスト、そして身分の低い男たちへの同性愛に情熱を燃やす繊細な魂の持ち主・・・。

そのモデルがロベール・ド・モンテスキュー伯爵です。この、フランスの名家のほとんどと姻戚関係にあり、パリ社交界で異彩を放っていた世紀末人の魅力が当時の文学者たちに与えた影響は大きく、プルーストのみならず、ユイスマンス、ジャン・ロラン、アンリ・ド・レニエ、オクターヴ・ミルボーも自作に登場させています。

どうでもいいけど、「時に野卑な言説を弄する」ってところだけは、Hoffmannも同じですなあ(^^A;



左はロベール・ド・モンテスキュー最初の詩集「カランドリエ」の翻訳。白鳥友彦訳、森開社。右はフィリップ・ジュリアンによる「1900年のプリンス 伯爵ロベール・ド・モンテスキュー伝」、モンテスキュー詩抄付き。志村信英訳、国書刊行会。これはフィリップ・ジュリアンの処女作なんですよね。執筆時に生存していた関係者に直接会って、話を聞いているのが強み。なんかもう、はりきって書いている感じが翻訳でも伝わってきます。




2012.10.15 mon

プルーストの「失われた時を求めて」といえば、音楽はWagnerの「トリスタンとイゾルデ」か「パルジファル」か・・・フランクの作品を連想するのも正統派。Hoffmannはルイ・ヴィエルヌのピアノ五重奏曲あたりもよく似合うと思います。



お写真はジャン・ユボーとヴィオッティ四重奏団によるCD。アナログLPも持っていて、以前取りあげたことがあるはず。出稼ぎ先でも聴きたくなって、CDも入手しちゃいました。このCDはオリヴィエ・シャリエのヴァイオリンによるヴァイオリン・ソナタも併録。

アナログ盤はmonologue 2010.12.07 tuesで取りあげていますね(^^*ちなみにヴィエルヌのヴァイオリン・ソナタは私の大好きな作品ですよ〜

ヴァイオリン・ソナタといえば、長男がわずか17歳で第一次大戦に命を散らし、ヴィエルヌが失意と孤独の内に暮らしていた頃、あるホテルで、作曲家とヴァイオリニストがこの作品を練習していたら、道路を隔てた一軒の家から、まさにそのソナタのピアノ・パートが聴こえてきた・・・そのピアノの主はマドレーヌ・リシュパンという女性で、もちろん、そんな近くにヴィエルヌが滞在しているとは知らずに奏いていたんだそうだ。これが縁となって、富裕なリシュパン嬢はその後ヴィエルヌに援助の手を差し伸べることとなったという・・・事実は小説与力なりってやつだな

ななな、なにが「与力」ですか〜せっかくのいいお話がぶちこわしですよ〜(((;^o^)σ)~0~)/プニッ♪




2012.10.14 sun

「カルメン」のページに地味〜に追記中。

作品にも演奏にぜんぜん関係ないことばかり思い浮かぶんですが、discのレビューではなく、ましてやヒョーロンなんぞではないので勘弁な。いまさらだけど、discを選ぶ参考にするんなら、役には立ちませんぞ。

それはそれとして、「カルメン」のdiscを検索してみたんですけどね、未だ入手していないものでなにかよさそうなものはあるかなと・・・でもいまのカタログを見る限り、ほかに聴いてみたいものもなし。カラヤンとかカルロス・クライバーとか、Hoffmannの関心を引かぬdiscが徒に並ぶばかり。ちょっと古いところでも、イタリアオペラ風にベルカントで朗々と歌いあげたカルメンとかホセなんて、聴きたくないなあ。聴きたくないものを聴かないのも趣味のうち、っちゅうか、無理に聴かずにすませられるところが道楽というもののメリットだ(笑)

それにしても(と、連想が働いて話が横に滑ってゆくのはHoffmannの常であるので、読んでいるひとも怒りゃしないだろうと思うんだが)、ビゼーの作品を聴くたびに、プルーストの「失われた時を求めて」のどの巻かに手が伸びてしまいます。これはビゼーの音楽からではなくて、もちろんビゼー未亡人からの連想。念のため付け加えておくと、ビゼーの未亡人ジュヌヴィエーヴは、ビゼーとの間に生まれたジャック・ビゼーを連れて弁護士と再婚。パリに有名なサロンを開き、その趣味の良さと女主人のウィットにより、社交界で格別の名声を博したんですよ。その連れ子ジャック・ビゼーの学友にマルセル・プルーストがいて、ジュヌヴィエーヴは「失われた時を求めて」に登場するゲルマント公爵夫人のモデルのひとりになっているのです。




2012.10.13 sat

「カルメン」のページ、未だ作成中ですがとりあえずupしちゃいました。

それにしても、いまでは「カルメン」といえば、そもそもビゼーが作曲したとおり、台詞を語るオペラ・コミーク版が当然といった風潮がありますが、レチタティーヴォによるグランド・オペラ版も再評価されていいような気がします。とくに、フランス語ネイティヴでない歌手だったら、おかしな発音で喋るフランス語よりも、レチタティーヴォの方がいい、というか、救いがあります。また、クリュイタンス盤のように、オールフランス人キャストによるメリットというものはたしかにあるんですが、こちらはフランス語の発音なんて、どこまで自然なのか、微妙なところは聴き取れないから、むしろネイティヴでない歌手のフランス語の方が聴き取りやすい場合もあります。

そのこととは別に、このオペラの舞台はスペインですよね。むかしよく言われた「本場もの」ってえのは、「カルメン」の場合、フランス人が歌ったものを指しているんでしょうけれど、スペイン人だってカルメンやホセを歌うのにふさわしいとは言えないんでしょうか・・・。そうスっと、ヴェルディの「マクベス」はどうしよう。音楽はイタリアだけど、原作はイギリス人で、登場人物はスコットランド人なんだよね。「蝶々夫人」や「アイーダ」になると話はさらにややこしい。「蝶々夫人」の原作はアメリカ、音楽イタリア、登場人物日本。「アイーダ」のリブレットはフランス人の手によるもので、音楽はイタリア人、登場人物はエチオピア人だ。エチオピア出身の歌手なんてだれかいましたっけ? まさか黒人ならみんな同じようなもんだなんては言わないだろうな。それならヨーロッパ人だってどこでも同じってことになっちゃう。

いやね、いまどき「本場もの」なんて言うひと、あんまりいないとは思うんですけどね、それでもバレンボイムが「日本人にブルックナーが演奏できるわけがない」とか言ったそうじゃないですか(ホントかどうか知らんが)。これ、「アメリカ人に能はわからない」というのと同じだよね。バレンボイムのブルックナーなんてロクなもんじゃないし、一方で能を理解していると言える日本人がどれだけいることか・・・。

ただ、急いで断っておくけれど、Hoffmannは「音楽に国境はない」なんて思ってはいません。日本人の多くがRとLの発音を区別できず、フランス人にHが発音できないように、やっぱり(たぶん脳の具合で)どうしても十全には理解できないものってのは、あるんじゃないかと思っています。

Oh! 脳〜 ┐( ̄∇ ̄*)Γ




2012.10.12 fri



ミシェル・プラッソンの録音したフランス・オペラをまとめたセットを入手しました。その最初に収録されていたのがビゼーの「カルメン」で、これを聴いたのがきっかけで「カルメン」のdiscをあれこれ引っぱり出していたんですよ。そんなにたくさんは持っていないんですが、思えば「カルメン」のdiscについてはこれまで結構書き散らかしてきたので、いま「カルメン」のページを作成中です。




2012.10.11 thurs



ドナルド・キーンがその音楽エッセイのなかで、「レコード収集のおもな楽しみは、たぶん、オペラ全曲盤セットを揃えていくことよりも、自分が特別な親近感をいだいている抜粋曲や独立したアリアの類を見つけることにある」と書いています。

Hoffmannはドナルド・キーンというひとは好きなんですけどね、でもこの発言はいただけない。これはこのひとの考えであって、こんなふうに自分の考えを普遍のもののように言うのは、ちょっと思いあがりが過ぎるんじゃないでしょうか(このエッセイは英語で書いたものなので、ひょっとすると翻訳のせいでニュアンスがこうなっちゃたのかもしれません)。

ドナルド・キーンが熱心に音楽を聴きはじめたころは、たしかにオペラの全曲盤などほとんど存在せず、それこそ抜粋曲やアリアの1枚を聴くことが普通だったので、そうした習慣から、こうした考えに至ったのでしょう。

でもね、Hoffmannが物心ついて音楽を聴きはじめたころには、オペラの全曲盤というのは、よほどの秘曲でなければ、あたりまえに存在して売られていたんんですよ。もちろん、3枚組とか5枚組ともなるとコドモの小遣いではなかなか手が出せませんから、その全曲盤の数々が憧れだったわけです(ここ重要)。だからHoffmannの場合は、アリア集なんてあまり好きじゃない。ひとつのアリアはそのオペラのその場面で歌われるものであって、独立曲として歌われ(演奏され)ているのを聴いても、なんだかウソっぽくて、嫌なんですね。もちろん、その「部分」を聴きたくなって、じっさい聴くこともありますが、その場合でも、全曲盤からその「部分」を、聴く。

ある音楽大学の教授から聞いた話なんですけどね、声楽科の学生があるオペラのアリアを勉強している・・・ちゅうことは繰り返し歌っているわけなんですが、そのアリアがどんなstoryのオペラのどんな場面で歌われているのか、てんで知らぬままに歌っている学生が結構いるんですと。それでも歌えちゃうのがアリアとか重唱とか、つまり「部分」なんですよ。聴く方だってそう、古くは「『シチリアの晩鐘(シチリア島の夕べの祈り)』なんて穏やかな題名なのに、ずいぶん激しい序曲ですね」なんて言った音大の先生もいる。ひょっとしたらさ、演奏している側だって、どんな内容のオペラだか知らないということがあり得るんじゃないでしょうか。全曲盤なら、それはない。

さらに一歩進めて、オペラ全曲盤もlive録音なら、なおいい。そこにはウソが入り込む余地がありませんからね。







2012.10.10 wed

monologue 2012.10.01に予告した映画は、すべて最近観たタイ産のホラー映画です。



まずは「タキアン」Takien(2003年・泰)。チャールーム・ウォンピム監督。

ジャングルにダムを建設しようと調査にやってきた一行を襲う森の精霊。それでも伐採をはじめる作業員たちに、怒った精霊が襲いかかり・・・。

タイは仏教国ですが、ヒンドゥー教、精霊信仰などが加味された独特の仏教となっているそうで、なるほどそんなお国柄のよくあらわれたゴーストホラーですね。自然の景観美しく、前半はなかなかおもしろいと思って観ていたら、どうも展開が唐突で、まとまりもよくない。ヒロインの娘さんはstory上あまり見せ場もなくて魅力がないなあ。それにしても、主人公の青年のことを好きな女の子は、あれじゃいくらなんでもかわいそうじゃないですか。



「シスターズ」The Sisters(2004年・泰)。監督はティワ・モエイサイソンというひと。

警察で取り調べを受けている女性。仲間たちがなぜ、どのようにして死んでいったのかを説明するが、信じてもらえない。彼女の語る、その真相は・・・。

いわゆるJホラー(そんなに観てないけどな)の影響濃厚、っちゅうか、「リング」と「呪怨」を足して2で割ったコピーですね。思わせぶりが鼻につくうえに、チャランポラン系の若者(ばか者)がギャーギャー騒いでいるだけで、退屈でした。



「ビハインド」The Unborn(2003年・泰)。バンデッド・ソンディ監督。

クスリを盗んだか横流ししたかよくわからないんですが、とにかくそれがバレた娘が池に沈められてしまい、運良く病院に運ばれて一命は取り留めたものの、医者からは妊娠中と告げられたうえ、なにか目に見えない存在につきまとわれるようになる。それはわが子を捜す死んだ女の霊なのか・・・。

またもJホラーの影響下にあることは明らかなれど、storyは正統派怪談といった印象で、古典的ghost storyといっていいんじゃないかな。主人公の娘さんもだんだん魅力的に見えてくるあたり、さすが。男優がどうにも大根揃いなのは残念。それにしても、タイ映画ってのは、どんでん返しが好きだね。ちなみに右の画像は脇役、主人公の友人。ちょっとHoffmannの好みのタイプです。幽霊に怯えている主人公に向かって、「ああ、それで隣に座ってるのね」なんて冗談を飛ばすあたり、Hoffmannと同類であります(笑)



「セルラー・シンドローム」Video Clip(2007年・泰)。パークプーム・ウォチンダー監督。

主人公は修理などで持ち込まれた携帯電話から動画を抜き出して、盗撮動画などを公開する会員制サイトを運営している仲間たちに提供していた。ある日、ミーナという女の子と知り合ったが、やがて携帯電話に彼女の盗撮動画が送られてくるようになる・・・。

ちなみに画像の携帯電話には「寒寸」のロゴ(笑)storyはてえと、こりゃイマドキの設定だなあ。まあ、盗撮とか携帯の画像・動画ってのはあちらの国でも問題になっているらしいんだけど。オカルトではなく、ホラーといえなくもないが、サスペンスものとして観れば出来はまずまず。ラストは予想がついちゃいましたけどね。女の子もヒロインらしい美少女なんですが、いかにも「今風」でHoffmannの好みではなく、こうしたアタマの弱そうな連中がstoryの軸になっている映画はあまり好きじゃありません。これもJホラーの影響濃厚、Jホラーって世界を席巻してるんだねえ。



「ピサジ 悪霊の棲む家」Pisaj(2004年・泰)。監督はマシュー・チューキアット・サックヴィーラクルという長い名前のひと。こんな名前、覚えられんよ。国際的に活躍するには不利じゃないスか。

目の前で両親を殺されたウィは伯母を頼って居候に。伯母の家では問題児アームの面倒を見ることになり、そのアームはこの家にいるなにかについてほのめかす。翌日ふたりは家に閉じこめられてしまい・・・。

これは主人公の女の子がとてもかわいいですね。両親が殺されるのを目にして以来、その犯人が自分を狙って追ってくるという強迫観念から、幻覚に怯えているという、なにが現実で幻覚なのかわからないで苦しんでいる演技も秀逸。問題児とされていた少年も、それほどの悪ガキではなく、ウィに対する態度が変わってゆくのも自然。最初にさんざん「いやな奴」とされていた青年も、じつはなかなか「いい奴」で、だからって頼りになるかというと微妙(笑)なのもご都合主義じゃないところがいいね。storyはすべてが納得とはいかず、謎を残したままなんですが、そのあたりのさじ加減もうまい。まあ、正直なところ、主演の女の子のかわいらしさでちょっと甘い評価になっちゃってますけどね(^^;断っとくけどシャワーシーンとか、サービスカットは一切なし。もちろんそれでよろしい、ホラー・クイーンはそうでなくっちゃね♪







2012.10.09 tues



ちょいと所用で自宅へ帰っていました。本も買ってDVDも観て、おまけにレコードもしこたま聴いてきましたので、いろいろ更新予定です。

先日予告した映画も、忘れずに取りあげてくださいよ〜(^o^;




2012.10.01 mon







予告篇―最近観た映画から。