Don Giovanni






リチャード・ボニング指揮、イギリス室内管弦楽団による録音。国内プレスLPです。

ボニングというひとは、なにかというと「原典版を採用した」だの「初演版の復元に成功した」だのと言う指揮者なんですが、ここでも1788年ウィーン初演版を取りあげ、さらには当時の演奏を「復元」したつもりでいるようですね。オーケストラ演奏中にもチェンバロが即興的に加わり、歌もかなり装飾がにぎやか。いま聴くと、後の古楽器演奏の先取りのようにも聴こえなくもないんですが、かなり恣意的な印象が強いんですよね。若いひとはあまりご存じないかもしれませんが、古楽器演奏って、いまみたいに一般的になるより以前は評判悪かったんですよ。ひとつには評論家の石頭のせいもあったわけですが、きちんとした研究の成果を音にしているというより、かなり感覚的なものだったんですね。たとえば、奏法がどうというよりも18世紀風の衣装を着てカツラまでかぶって演奏する(それだけの)団体とか・・・まあ、なんでもはじめのうちは主張も多少大げさでないと誰も振り向いてくれませんからね(^^;ここでも似たような傾向が感じとれるます。はっきり言って、特異なリズムもテンポの設定も、指揮者の思いこみじゃないでしょうか。

ちなみにこの国内盤に添付されている解説書は1976年の発行とありますが、録音は1969年。つまり、日本では売れそうもないだろうとオクラになりかけていたらしいんですよ。じっさい、この国内盤が発売されたとき、レコード雑誌ではさんざんな酷評を蒙って、解説書を書いている評論家が次号に反論を寄せて、さらにまた反論が・・・なんていうことがあったようです。

歌手については、ドンナ・アンナを歌っているサザーランドが指揮者ボニングの奥さんなんですが、このひとがまた日本では人気ないんですよね(^^;このひとは発声が独特、マリリン・ホーンのツェルリーナはミスキャスト。ピラール・ローレンガーのドンナ・エルヴィーラ、ガブリエル・バキエのドン・ジョヴァンニはそれなりにいい、あとドナルド・グラムのレポレロ、ヴェルナー・クレンのドン・オッターヴィオはあまり冴えない、というか、クレンは装飾音のおかげで歌がほとんど滑稽になっています、ちょっと気の毒ですね。まあ、珍盤の類。


それでもお持ちでいるのは、「資料」・・・なんですねっ(*^o^)σ)~0~)/プニッ♪




ロリン・マゼール指揮、パリ・オペラ座管弦楽団による1978年の録音。CBSソニーの国内盤LPです。

透明といえば透明、オーケストラの響きが軽めに聴こえますね。さすがに指揮者のコントロールは行き届いていますが、どの場面を聴いても表情は大筋が変わらないから、細部の演出がかえってチマチマとして、スケールが小さく感じられます。作品のドラマ性を放棄したような演奏ですね。解説書によれば、このレコーディングは1978年6月22日から7月6日の間に行われているんですが、じっさいに録音に費やされたのは9日間だったそうです。日程がとびとびだったのは、マゼールが忙しいせいで、この期間ロンドンでヴェルディを計7日、パリでベルリオーズを1日振っていて、パリーロンドン間を往復して一日も休みがなかったんだとのこと。それと、これはオペラの録音なら当たり前なのでしょうけれど、録音の順番も曲順とはまったく無関係で、歌手も無駄のないように必要なひとだけが当日集まって出番のところを録音する、といった具合だったとか・・・わかっちゃいるけど、はっきりそう言われると湯冷めしちゃいますね〜(^^;

それを言うなら興醒めですね(^o^;キャビアの親はチョウザメ・・・

第二幕の終わりまで聴いて、そのまま序曲に戻っても、まるで違和感がない演奏なんだよね

歌手は女声3人―エッダ・モーザー、キリ・テ・カナワ、テレサ・ベルガンサがまったく違った声質で面白いですね。これ、ジョゼフ・ロージー監督による映画も製作されていて(観てないけど)、その関係から容姿も含めて歌手が選ばれているのでしょうね(選んだのはこの録音の企画者であるパリ・オペラ座の芸術監督ロルフ・リーバーマンらしい)。それにしても、女声については、コントラストが効いていてユニークです。ただしモーザー、テ・カナワはあんまりいいとは思いません前者は明らかに表現が単調、後者は歌い方も発音も癖が強すぎます。ベルガンサももう少し声が若い頃だったら・・・(^^;また男声はライモンディ、ファン・ダムをはじめ可も不可もなしといったところです。




リボル・ペシェク指揮、プラハ室内管弦楽団によるチェコSupraphon盤LP、プラハ初演版による演奏で1981年の録音。

まさに室内楽的でスケールは大きくないし、劇的な緊張度も高いとは言えません。歌手も国際的な知名度を誇るようなひとはいないんですが、どことなく小都市の劇場での標準的な上演といった趣があります。intimateな雰囲気のある好演です。まあ、「スケールが小さい」、「緊張度が低い」と言ってもいいんですけどね。このdiscが発売されたときも、まるで話題にもならなかったんですが、国際的に活躍している指揮者や歌手を並べればいいってもんじゃないという意味で、ちょっと甘いコメントです・・・とは言うものの、レポレロ役はちょっと発音がおかしい。





バレンボイム指揮、イギリス室内管弦楽団による1973〜74年の録音、英EMI盤LP。

まあ、あんまり好きな演奏でもないんですが、その後のバレンボイムの演奏を思うと、このころの方がよほど指揮者として充実していたんじゃないかと思います。歌手はロジェ・ソワイエ、ヘーザー・ハーパー、ジェレイント・エヴァンス、ヘレン・ドナートと、ほかの「ドン・ジョヴァンニ」録音ではなかなか聴けないひとたちで、その意味では貴重。ただしここではいずれもあまり冴えない歌唱で、とくにソワイエのドン・ジョヴァンニは弱い。





クリップス指揮ウィーン・フィルによる1955年のDecca録音。

歌手はシェピ、ダンコ、デラ=カーザ、デルモータ、エーデルマン、ベリー、ベルガー、エルンスターと、当時のウィーンを代表する歌手たちです。独唱もよく、重唱及びオーケストラとのからみという点でもアンサンブルの見事さでは随一。指揮がやや微温的と感じますが、それは同時期のフルトヴェングラー盤などを聴いてしまっているため。逆に言うと、「ドン・ジョヴァンニ」のdiscを録音年順に並べてみれば、フルトヴェングラーがいかに特異な存在であるかがわかろうというもの。伝統的なウィーンのスタイルを聴きたければ、これ。








フリッツ・ブッシュ指揮グラインドボーン音楽祭管弦楽団による1936年の録音。

指揮は強烈な主張ではないものの、現代でも通用するモダンなもの。即物的というと印象悪いので、ヒョーロン屋ならこういうとき、ザッハリヒとか言うんだよな(笑)なんだかね、オトナの演奏といった味わいです。









ベーム盤二種です。左はプラハ国立歌劇場を指揮しての1966年の録音。戦後このころまでウィーン・フィルはDECCAと専属契約を結んでいたので、DGGではベームといえどウィーン・フィルを使えなかったんですね。もっとも「ドン・ジョヴァンニ」にプラハ国立歌劇場というのはなかなかに意義深い録音であったとも言えます。歌手はフィッシャー=ディースカウ、フラジェルロ、アーロヨ、シュライアー、ニルソン、グリストほか。ドン・ジョヴァンニのF=DはHoffmannの嫌いな歌手だと言うことを別にしても、ちょっと神経質すぎやしないでしょうか。ドンナ・エルヴィラのニルソンはイゾルデみたいに気品がある、といえば聞こえがいいんですが、ここでは気位ばかりが高いといった印象で、ドン・ジョヴァンニもこの女性を誘惑しようとはいい度胸してますな。じっさい、エライ剣幕で詰め寄られてオタオタしているように聴こえます。この録音でいいのはツェルリーナのグリストと、決して超一流とは言いがたいものの、ほの暗い、渋めの音色が作品にふさわしいオーケストラですね。

右は1977年ザルツブルク音楽祭のlive録音。歌手は ミルンズ、ベリー、トモワ=シントウ、ツィリス=ガラ、シュライアー、マティスほか。このレコードが出た当時、ベームも衰えてかつての録音に聴かれるような推進力に欠けている、なんて評されたようですが、いま聴くと、たしかにリズムは硬いものの、そんなに覇気のない演奏ではなく、それなりに生き生きとしたオーケストラです。もっともやや粗く感じられるのは、指揮者の統率が行き届いておらず、オーケストラが勝手に演奏しているような面があるためかもしれません。歌手は総じて欠点が少なく、live録音であることを考慮すれば可も不可もなし。シェリル・ミルンズは貴族的な気品がいま一歩なれど、数多ある「ドン・ジョヴァンニ」全曲録音のなかでは決して悪くはありません。ただしレポレロのワルター・ベリーは演技が大げさすぎて、声の衰えをカバーしようとしているみたいで、ちょっと痛々しいですね。


1977年だったか1978年だったか忘れましたけどね、ザルツブルク音楽祭の祝祭大劇場で当時売り出し中のキ・テ・カナワがリサイタルやってる同じ日に、小劇場でベテランのワルター・ベリーがリサイタルをやってる年がありました。世代交代っちゅうもんですなあ。




ベームの指揮で、ウィーン国立歌劇場1955年11月6日のlive録音。セッコはピアノでドイツ語歌唱。歌手はロンドン、ウェーバー、デラ・カーザ、デルモータ、ユリナッチ、クンツ、ベリー、ゼーフリートと豪華。フルトヴェングラーが1954年ザルツブルクで同オペラを指揮し、その没後ザルツブルクではミトロプーロスが指揮を引き継いだわけですが、同じ時期にウィーンではベームが振っていた・・・と。歌手も一部世代交代の兆しあり、記録としてもなかなか興味深いものがあります。




こちらはベームがメトロポリタン歌劇場で振ったlive録音二種。いずれもセッコはピアノ伴奏。

左は1957年12月14日、歌手はシェピ、コレナ、デラ・カーザのほかエレアノール・スティーバー、ジャン・ピアース、ロバータ・ピータース。右は1959年2月14日、歌手はロンドン、デラ・カーザ、スティーバー、ヴァレッティほか。

メトのオーケストラもベームが振ると違ったもんですなあ。音質はいずれも良好ながら1959年のほうがやや上。ロンドンも悪い歌手ではないんですが、やはり1957年盤のシェピはさすが。いずれの盤でもベームの気力が充分ながら、地獄落ちの迫力は1957年がより上回るかな。




これは上記ベーム指揮メトロポリタン歌劇場、1957年録音のLP。たぶん同じ公演を収録したものだと思いますが、いま確かめていません。



サヴァリッシュ指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団による1960年のケルン歌劇場におけるlive、鮮明なmono録音。2009年に突然リリース。

歌手はプライ、クラス、グリュンマー、ヴンダーリヒ、マティスほか。ドイツ語歌唱。プライはどこか楽天的でこれはこれでおもしろいドン・ジョヴァンニですね。1960年当時のサヴァリッシュといえばカラヤンをも脅かすほどの人気だったそうですが、ここでは超一流とは言い難いオーケストラを統率して、歌手も含めて見事なアンサンブルを聴かせてくれます。ただ録音のせいもあるかもしれませんが、ちょっと軽量級と聴こえますね。ベームだったら弦はヴィヴラートをかけて金管はわりあい即物的、もっとアタックが強めだから、重量感がある割にモダンな感覚となる、サヴァリッシュだと弦もあっさりめで、アタックもそんなにガツンとやらないから、重量感よりも俊足系と聴こえるんですね。




ジュリーニ指揮、フィルハーモニア管弦楽団の1959年の録音、仏Pathe盤LP。

この時期にして貫禄のジュリーニ、作品のあらゆる要素を消化しつつ、劇的な緊張感にも欠けていない、たいへんすぐれた演奏ですね。ただし歌手はムラがあって、どことなくドイツ風のヴェヒター、シュワルツコップ、対してイタリア風のタディなどがすぐれており、サザーランドとアルヴァが弱い。録音はたいへん良質。




クレンペラー盤、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団を振った1965年の録音。独プレス盤LP。

音質はとても良く、響きの重量感が作品にふさわしいですね。ただこの盤、この作品のデモーニッシュな側面(のみ)を強調したものと評されることが多いのが不満です。デモーニッシュな・・・って言うと、たいがいフルトヴェングラーあたりの演奏を思い浮かべるひとが多いし、それはそれで正しいかもしれませんが、クレンペラーの演奏はもっとドライで即物的です。フルトヴェングラーの情念が渦巻くようなものではない、ずっと叙事詩的な「ドン・ジョヴァンニ」ですね。もちろん淡泊で即物的だからこそ、感じとれるものがあるんですが、少なくとも戦前以来のロマン主義的な演奏とは違うと思いますよ。

クレンペラーの演奏って、どこかロマン的な要素が底に流れているような気がするんですけど・・・

テンポが遅いからじゃない? 遅めのテンポといっても、クナッパーツブッシュよりはギュンター・ヴァントがクレンペラーに近いと思うよ


歌手はギャウロフの声がちょっとサディスティックに聴こえるんですが、誰と違って・・・というわけではないけれど、貴族的な品格があって悪くはありません。それにしても、こうしてクレンペラーの一連の録音のキャスト表を見ていると、以前はそうそうたる歌手陣だと思っていたんですが、じつは当時としては積極的に若手を起用した録音だったみたいですね。「魔笛」が高い評価を得ているのは、(脇役に至るまで)ほとんどの歌手がベテラン勢で占められていたためなのかもしれない・・・。

とくに日本では、いちど評価の定まったひとは出来不出来に関係なくいつまでもホメられ続けますからね〜(^^;

日本の社会構造からしてそうだよね




クレンペラーのもうひとつの「ドン・ジョヴァンニ」。ケルン放送交響楽団を振った1955年5月17日の録音。歌手はロンドン、ツァデク、ウェーバー、シモノー、クッシェ、シュトライヒほか。Testamentから出たCD。

音質こもりがちでこじんまりとまとまった印象なれど、クレンペラーらしさではこちらがより個性的。ぶっきらぼうで即物的。このスタイルで近代の音楽をやってもおかしくない。それでいて底に流れる深い内容を感じさせるのは不思議。この録音を聴いてから、よりスケールの大きい上記1965年盤を聴くと、クレンペラーも晩年に至って、(この指揮者としては)ややロマン主義に傾いたのかなとも思います。歌手は可も不可もなし。シュトライヒがブレスの前後で発声が大きく乱れて音程ズリ上げになるのは不調?





フルトヴェングラー指揮、ウィーン国立歌劇場の1950年live録音。米Recital Records盤LP(いわゆる海賊盤みたいですね)。LP4枚組で第1面の裏が第8面、第2面の裏が第7面・・・という、ひところアメリカで流行したオートチェンジャーLPプレーヤー(知ってます?)対応のセット。

フルトヴェングラー盤といえばドン・ジョヴァンニ役をチェーザレ・シェピが歌ったもの(1953年、1954年。後者は映像収録されたものもあり)が有名ですが、これはティト・ゴッビが歌ったもの。レポレロはエーリヒ・クンツ、ドンナ・アンナがリューバ・ヴェリッチュ、ドンナ・エルヴィーラはシュワルツコップ。同じ指揮者の別演奏(録音)と比較しても充分に存在価値があります。ことに劇的な振幅の大きさは随一、よく、フルトヴェングラーによる「ドン・ジョヴァンニ」について、モーツァルトの様式とは反するとか、大時代的なロマン化などというひとがいますが、そもそも「ドン・ジョヴァンニ」という作品には、来るべきロマン主義の萌芽が存在するんじゃないでしょうか。


そういうこと言うひとは、当世流行の古楽器演奏に肩入れしているんだろうけど・・・流行の尻馬に乗るよりも、好みでもなんでもいいから、自分のアタマで判断し、語ってもらいたいね

録音が古いせいもあるのかと思いますが、とにかく重厚ですね。歌手もどちらかというと、ドラマチックな声のひとが並んでいますよね

古楽器演奏などではなく、同じように「壮大」だの「デモーニッシュ」だのと評されるクレンペラー盤が、この演奏の対極にあるね


ティト・ゴッビはシェピとはかなり違った個性の持ち主ですね

声が「重い」ね。貴族的というより野性味が感じられる。だからよけいに演奏がドラマチックに聴こえるんだね。このひと、オペラ歌手のくせに(?)舞台に出る前に葉巻を一服するというので有名だったんだよね(^o^;


なにを隠そう、このレコードこそHoffmannがはじめて購入したオペラのレコードのひとつなんですな(笑)「ひとつ」というのは、同時にベーム指揮によるバイロイト音楽祭liveの「さまよえるオランダ人」も購入したから。オペラのLPといえばたいがいは2〜5枚の組物、お値段もそれなりで、コドモの身分では清水の舞台からバンジージャンプする勢いで小遣いはたかなきゃ買えませんでした。友人とふたりで「思い切ってオペラのレコードを買おう!」と鼻息も荒く、電車に乗って大型レコード店に赴き、内心「こんな買い物しちゃっていいのか」と、ドキドキしながらレジに持っていったもんです(^o^A;hahaha・・・

「さまよえるオランダ人」は国内盤だったけど、この「ドン・ジョヴァンニ」は対訳どころか解説書もついていない、ただ配役の一覧が箱に貼り付けてあるだけで、当時はどんなストーリーなのかも分からないまま、毎日聴いていたんだよ(^^;

思い出のレコードだったんですね。ちなみにそのとき、お友だちはなにをご購入されたんですか?

たしかベーム指揮のJ.シュトラウスII世「こうもり」だったよ





こちら上記1950年盤のCD、正規盤。














フルトヴェングラーの後を継いでミトロプーロスが指揮した1956年ザルツブルク音楽祭live録音。

情念タイプのフルトヴェングラーとくらべると、ミトロプーロスの指揮はドライとまでは言いませんが、叙事的。極端なテンポ変動がないためかえって厳しさが際立つ結果となり、ひょっとするとフルトヴェングラーよりもスケールが大きいかも。シェピ、グリュンマー、デラ・カーザ、ベリーといった歌手は引き続き出演、新たにツェルリーナをシュトライヒ、騎士長をフリックが歌っており、たいへん魅力的。





エルメンドルフ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる1943年の録音。ドイツ語歌唱でセッコはピアノ。音質良好。

カール・エルメンドルフは1891年生まれのドイツの名指揮者。オペラの録音がいくつか残されていて、「トリスタンとイゾルデ」、「魔弾の射手」、「ルイザー・ミラー」、「フラ・ディアボロ」などの録音も残されており抜粋だったりカットがあったりするものの、どれも充実した演奏です。ちなみに1943〜44年にシュターツカペレ・ドレスデンの音楽監督を務めており、前任がベーム、後任がカイルベルトでした。

アーラースマイヤー、テシェマヒャー、ベーメ、シェヒ、ホップなど、歌手も含めて当時のドレスデンの高いレベルを示す演奏です。ドイツ的な演奏なんですが、年代を考えればかなりモダンな感覚で、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュはもとより、ヘーガーとかローターといった穏健派の演奏とも異なる積極性も感じられて、中庸以上の好演です。ほかの作品のdiscも含めて思うのは、作品に対する柔軟性があること。このあたり、スカラ座にもたびたび客演して、イタリアにはWagnerを紹介し、ドイツではイタリア・オペラを積極的に取りあげたというエルメンドルフのバランス感覚でしょうか。











ワルターがウィーン国立歌劇場で指揮した1937年8月2日ザルツブルク音楽祭のlive録音。




後で述べる理由により、Hoffmannがもっとも感動した「ドン・ジョヴァンニ」のdicsがこれ―ブルーノ・ワルター指揮メトロポリタン歌劇場による1942年3月7日live録音。歌手はエツィオ・ピンツァ、アレクサンダー・キプニス、ヤルミラ・ノヴォトナ、チャールズ・クルマン、ビドゥ・サヤンと、卒倒しそうな往年の大歌手たち。ワルターの指揮するオーケストラも見事ながら、この伝説的な名歌手たちのアンサンブルがすばらしく、ほとんど奇蹟と呼びたいような公演の記録です。

奇蹟ったって、ミスがない完璧な演奏という意味ではありません。Hoffmannが仰天したのは、第二幕でドンナ・エルヴィラとともにいたレポレロが、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、マゼット、ツェルリーナたちから詰め寄られるところ―ここでレポレロ役のキプニスが出を誤って、しばらくオーケストラとずれたまま迷走するんですが、なんとここでドンナ・エルヴィラ役のノヴォトナが、とっさにレポレロの歌詞をオクターヴ高く歌い、キプニスを正しい位置に導くんですよ。

すばらしいじゃないですか。これぞプロ、さらにそのプロが共同して作りあげる芸術作品ってもんです。歌がいいのはもちろんのこと、Hoffmannはこれを聴いて、すっかりノヴォトナのファンになっちゃいました。




こちらはジョージ・セル指揮メトロポリタン歌劇場による1944年12月9日のlive録音。歌手はエツィオ・ピンツァ、サルヴァトーレ・バッカローニ、フローレンス・カーク、チャールズ・クルマン、エレオノル・スティーバー、ビドゥ・サヤンと、これまた豪華なキャスト。




メトロポリタン歌劇場、1951年1月6日のlive録音、指揮はフリッツ・ライナー。




カラヤン指揮ウィーンフィル、1960年8月3日ザルツブルク音楽祭live録音。歌手はヴェヒター、L.プライス、ベリー、シュワルツコップ、シュッティ、パネライほか。




カラヤン指揮ウィーンフィル、1970年7月27日ザルツブルク音楽祭live録音。歌手はギャウロフ、ヤノヴィッツ、バロウズ、ツィリス=ガラ、エヴァンス、パネライミリヤコヴィチほか。





1956年9月20〜28日の録音とあるので、エクサン・プロヴァンス音楽祭上演後のセッション録音かな。ハンス・ロスバウト指揮パリ音楽院管弦楽団、エクサン・プロヴァンス音楽祭合唱団。歌手はカンポ、シュティヒ=ランダル、ダンコ、ゲッダ、コルティス、モッフォほか。

指揮はややドライで即物的、それだけに古びた印象はありません。なんかね、聴き手に媚びていない、淡々とした語り口でありながら、Mozartならではの軽快感が愉しめます・・・が、歌手がほぼ全滅状態。カンポは弱く、モッフォはそもそも歌手としての才能なし、いい歌を聴かせてくれるのではと期待したダンコのドンナ・エルヴィラとシュティヒ=ランダルのドンナ・アンナは知的表現という点でまったく不満。それぞれドンナ・エルヴィラとドンナ・アンナという女性の性格が把握できていないのか、それとも表現できないだけなのか。いくらかましなのはレポレロのコルティスくらい、ただし笑いながら歌ったりして、すっかり浮いちゃってます。結果、作品の上っ面をなぞっただけのものとなってしまいましたとサ。





上記discと同じキャスト、ただしこちらは1956年7月12日とのデータあり。live録音ですね。歌手はマゼットが上記Pathe録音ではアンドレ・ヴェシェールでしたが、こちらの盤ではパネライ。セッコはPathe録音ではチェンバロなのにこちらではピアノ。音質は良好。INA、すなわちRadio Franceから出た(というか、tape提供かな)disc。

序曲冒頭の気迫からして違いますね。これが同じ指揮者なのかというくらい、ノリがいい。ただし歌手はほとんど同じ面々なので、live録音ならではの臨場感が多少印象をましなものにしている程度。コルティスの「カタログの歌」中の「ウヒヒヒ・・・」も同じだし、そのほか下手なひとはやっぱり下手。








クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団による1985年のセッション録音。

派手さはありませんが、オーケストラはたいへん充実した演奏。歌手はヴァラディが神経質なドンナ・アンナを演じてユニーク。ほかに女声ではオジェー、マティス、男声ではパネライがベテランの味なれど、ドン・ジョヴァンニのタイタスが弱いのが残念。




ムーティ指揮ウィーン・フィルによる1990年の録音。

1985年録音のカラヤン盤でドン・ジョヴァンニを歌っているサミュエル・ラミーをレポレロに起用している点で、作品のとらえ方というか、演奏のコンセプトがうかがわれますね。とにかく劇的緊張感では随一。地獄落ちの場面は鳥肌もの。





マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団による1995年の録音。

古楽器の奏法を取り入れているようで、それが中途半端に聴こえないのはさすが知性派の指揮者。オーケストラが溌剌としていてすばらしい。歌手はスコウフス、ロットなどが魅力的。




アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団による1988年の録音。

モダン・オーケストラを起用して古楽器ふうに響かせています。このdiscなどはその「いいとこ取り」が成功している例じゃないでしょうか。演奏は刺激的ですが、響きは刺激的に過ぎることがない。巨匠時代の古い録音に続けて聴くと、表情付けなどじつに丹念かつ丁寧で、おもしろいんですね。アーノンクールが指揮したdiscって、とりあえず聴いてみたくなって入手するものの、二度三度と聴いて愛聴盤になることはあまりないHoffmannですが、この「ドン・ジョヴァンニ」はときどき聴いています。





ガーディナーが我が国でも認知されはじめた時期って、まだアナログLPのデジタル録音初期でしたね。古楽器演奏も一般的になりつつあった時期と重なります。そのころのErato録音などを聴くと、録音のせいなのかもしれませんが、いや、とんがってるというか突っ張っているというか、とにかく鋭い音なんですね。だからというわけではありませんが当時ガーディナーのインタヴュー記事など読むと、ほかの古楽器奏者について、ライバル意識むき出しな挑発的発言が多かったんですよ。そのころから比較すれば、ガーディナー(の音)もズイブン丸くなったもんです。この「ドン・ジョヴァンニ」など、歌手も含めて、古楽器演奏としては模範的と言っていいかもしれません。ウィーン再演版による演奏。




シギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プティット・バンドの演奏はアンサンブルを重視した演奏ながら、緊張感にも不足はありません。オーケストラが活躍する箇所(地獄落ちとか)はティンパニの強調などでスケール感もあるんですが、アリアとなるとやはりやや軽量化された「ドン・ジョヴァンニ」と聴こえます。テンポなど、とりたてて奇をてらったものではなく、どちらかといえば穏健派なのに、個性的と聴こえるあたりがさすが。プラハ初演版による1995年の録音。




マルティン・ハーセルベック指揮ウィーン・アカデミー合奏団、オリジナル楽器による演奏。1991年プラハのヴィノフラディ劇場におけるlive録音。プラハ初演版。ここまでの三種のオリジナル楽器による「ドン・ジョヴァンニ」のなかでは、じつはこれがもっともよく聴くdiscなんです。




















こちらはエクサン・プロヴァンス音楽祭における上演のDVD。1998年プレミエのピーター・ブルック演出による公演の2002年再演時の記録です。このプロダクションは日本でも上演されたそうですね。指揮はダニエル・ハーディング、マーラー・チェンバー・オーケストラによる演奏。

低予算か、引っ越し公演が行われることを考慮したものか、舞台装置は簡素なもの。これはこれで悪くはないんですが、このDVD、お値段高めの割には問題が多いんですね。

まず、音質がよくない。収録時の問題なのか、disc製作時の問題なのかは分かりませんが、到底2002年の収録とは思えません。画質もいまひとつ鮮明さに欠けます。

そしてなにより、字幕がよろしくない。まあ、言葉遣いなんかは解釈の余地があろうかとは思いますが、第一幕の終わり近くで、ドンナ・エルヴィーラ、ドン・オッターヴィオ、ドンナ・アンナが仮面をとってドン・ジョヴァンニにつめよるところ―ドン・ジョヴァンニは“Donna Elvira!”、“Don Ottavio!”、“Ah credete!(ああ、信じてください!)”と返すんですが、ここ「ドンナ・エルヴィーラ!」、「ドン・オッターヴィオ!」、「ドンナ・アンナ!」と字幕が出るんですね。ドン・ジョヴァンニはドンナ・アンナの名前は呼ばないで、「ああ、信じてください!」と言うんですよ、ここにはなかなか意味深いものがあると思うんですが・・・この箇所は無視しちゃいけないでしょう。

わかってないなあ・・・(-_-;

演奏はいかがですか?

ハーディングの指揮はザルツブルク音楽祭の公演よりも生き生きとしているね。歌手はちょっと崩しすぎのひとも・・・そのあたりはまたいずれ語ることにしよう