Le nozze di Figaro






オトマール・スイートナー指揮シュターツカペレ・ドレスデンによるモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」です。歌手はプライ、ギューデン、ローテンベルガー、ベリー、マティス、ブルマイスター、シュライアーらと超豪華。1964年の録音。我が国では国内盤が出ていたという記憶はありませんが、輸入盤のshopではよく見かけた、つまりLP時代から有名なレコードですね。

「フィガロの結婚」といえば、1960年ごろまではドイツ語圏ではドイツ語で歌われることがふつうだったようですね。フルトヴェングラーによる1953年ザルツブルク音楽祭のlive録音もドイツ語歌唱でした。「リンリン」、「ドンドン」がドイツ語だと「ディンディン」、「ウシウシ」とくるんですが、この作品でのモーツァルトの音楽はドイツ語のほうが自然と聴こえます。異論はあろうかと思いますが、聴き慣れているその「慣れ」をあえてご破算にしてみれば、イタリア語歌唱のほうがむしろ違和感があるような気がします。

歌手はヒルデ・ギューデンのみがやや古いスタイル、そのほかの歌手はいずれも若々しくて、数ある「フィガロの結婚」の全曲録音のなかでもトップの座を争うもの。指揮はスポーティといいたいような速めのテンポと洗練されたものながら、基本的に典雅な「フィガロの結婚」となっているあたり、やはり1960年代という時代かな。ちょっと小造りにまとまってしまったような印象もあります。それだけに多くのひとがこの作品に期待するようなスタイルであり、安心して聴くことのできる好演ですね。スイートナーはこのドレスデン時代が最盛期じゃないでしょうか。ベルリン国立歌劇場へ行ってから後、1970年代を過ぎたあたりから、だんだんルーチン・ワークと聴こえてくる。ちなみに日本でのみ評価が高いと言われるベートーヴェンの交響曲全集のセッションを見学したひとから聞いたんですが、リハーサルでもいちばん熱心なのはプロデューサーで、これがオーケストラの奏者たちにソロの練習を何度も繰り返させている間、スイートナーはずっとほかの奏者とおしゃべりしていて、まるで遊んでいるように見えたとのことでした。

どうも指揮者も、ひとつのオーケストラとあまりに長くコンビを組んでいると、演奏の質が落ちてくる傾向があって、レニングラードにしてもシカゴ、ボストンにしても同様だったんじゃないかと思うんですが、とりわけ(国家によって身分を保証されていた)東独のような旧共産圏ではそうした例が多かったのではないかと思います(ライプツィヒとかさ)。現代のサラリーマンにしても、転勤だの配置換えだので四苦八苦しているひとは、やはり鍛えられているのか、しっかりしたのが多くて(Hoffmannを除く)、役所とか地方公共団体系の職員の質の低さというのは、こうしたところにも原因があるのかもしれない。いや、民間だってそうです。愚かなトップが周囲にイエスマンばかりを集める、という現象だけでは説明がつかない例があって、これは上層部のおぼえがいい、手許に置かれることによって結果的に長期にわたって同じ仕事ばかりしていると、よほど自分を律することのできるひとでないと、日々ルーチン・ワークを繰り返すだけの平凡な組織人に堕してしまう、という現象なんじゃないでしょうか。


話がそれていきますね〜(^o^;

いやね、こないだ○○○○○○の出先機関である×××××に行って、そこの40歳くらいの課長と会ってきたんだけどさ、自分の仕事なのに途方もなく無知で、責任とりたくないのか自分の考えが口に出せず、意志薄弱というか、これでよく勤まるなあと呆れちゃったのよ。あれだったらウチのハタチちょっと過ぎたくらいの女の子(と言ってはいかんのだが)のほうがよほどしっかりしてるぞ




クレンペラー盤、独プレスLP。ここでは当然イタリア語で歌われているんですが、この演奏を聴くと、音楽はドイツのものだと思えますね。その意味では、クレンペラーの代表盤に数えあげられることの多い「魔笛」よりも、むしろこの「フィガロの結婚」のほうがクレンペラーらしいとも言えるかもしれません。歌手のグリスト、ゼーダーシュトレーム、ベルガンサ、バキエ・・・って、いかにもモーツァルトの録音がありそうでいて、ほかにはあまり目立ったものがないので、その点でもこの録音は貴重。もっともゼーダーシュトレームというひとは、なにを歌っても上手いのかヘタなのかわからないんだけど(^o^;

端役ですが、二人の少女のうちのひとりを無名時代のキリ・テ・カナワが歌っていますね




バレンボイム指揮イギリス室内管弦楽団による1976年の録音。

歌手はフィッシャー=ディースカウ、ハーパー、ブレゲン、エヴァンス、ベルガンサほか。





エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルによる1955年のstereo録音。

歌手はペル、デラ・カーザ、ギューデン、シェピ、ダンコほか。当時のウィーン伝統的なスタイル。かつてLP時代、現在のように過去のlive録音のCDなどがなかったころは、ウィーンにおけるオペラの黄金時代の記録を愉しみたければ、これが定番とされていました。いまでもその価値は失われていないと思います。










1980年9月30日、ウィーン国立歌劇場来日公演初日のモーツァルト歌劇「フィガロの結婚」の東京文化会館におけるlive収録。指揮はカール・ベーム。ジャン=ピエール・ポネル演出のプロダクション。このとき、Hoffmannもこの会場にいたんですよ。

音だけは賊盤CDが出ていたんですが、その後NHKが放送したテープをDVD化。ちょっと値段が高いのがNHKのガメツイところ。序曲演奏中のテロップも、字幕も消すことができません。それでもこの貴重な映像が観られるのはすばらしいことですね。





ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽によるEMIへの1959年のセッション録音、stereo。

歌手はタディ、モッフォ、シュワルツコップ、ヴェヒターほか。タディがやりたい放題で悪ノリ気味なのがまとまりを欠いている印象ですが、ジュリーニがひたすら真面目なので、少しくらいハメを外した歌手がいてちょうど良かったのかも。ちなみに右のmono盤のほうが音質がいい。




ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽による1961年2月6日のロイヤル・アルバート・ホールにおけるlive録音。上記1959年のセッション録音を受けての公演かな。

歌手はコレナ、ゼーダーシュトレーム、ブラン、シュワルツコップ、ベルガンサ、キュエノーほか。ジュリーニの指揮は1959年録音ではやや真面目すぎるかと思っていたんですが、ここではlive録音であるためでしょうか、抑揚が大きくなって、より躍動感が感じられます。






カラヤン指揮ウィーン・フィルの1952年(1950年という資料もあり)の録音。

歌手はロンドン、シュワルツコップ、ゼーフリート、クンツ、ユリナッチほか。速めのテンポ設定はウィーンの伝統的スタイルに対するアンチテーゼなのかな・・・にしても、歌手は歌に表情を付けきれない様子で、オペラの指揮としては×。レチタティーヴォを省略しているのは当時としてはわりあい普通のことなのかもしれませんが、この演奏だと、それも象徴的。
























CDはジャン=クロード・マルゴワール指揮王室大厩舎・王宮付楽団によるモーツァルトのダ・ポンテ三部作「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」、「コシ・ファン・トゥッテ」のセット。1996年の収録。

オーケストラはなかなか表現意欲に満ちた演奏を繰りひろげており、あくまで美しい響きを保ちながらも、要所要所の金管及び打楽器のアクセントは強め。歌手に関しては、ほとんど類例がないほどに、細やかなニュアンスを大切にした歌唱で、ルーチンワークとはまったく無縁と聴こえます。ちょっとしたパッセージにこめられた意図に耳を傾けていると、これはじつに新鮮でおもしろい。メジャーな歌劇場で国際的に名の売れた大歌手が歌っているdiscからは到底聴くことができそうにもない、知的かつ丁寧な歌唱。